その後、ルイズが持参した『水のルビー』と、ウェールズが持っていた『風のルビー』による虹の生成という『確認作業』により、目の前にいるのが本物のウェールズであると確信したルイズたちは、すぐにアンリエッタから預かっていた手紙をウェールズへと渡し、『ウェールズが持っている手紙』を回収すべくそのままアルビオンのニューカッスル城に移動する。
『大陸の底』から城に戻るという珍妙な帰還方法に、ルイズたちは驚くばかりであった。
そして出迎えの兵士たちに黒色火薬の原料である硫黄(輸送船の積荷である)を大量に調達してきたことを告げると、兵士たちはワッと歓喜の声を上げ、明日の正午の決戦に備え始める。
「これで王家の誇りと名誉を叛徒どもに示しつつ、敗北することが出来るだろう」
「栄光ある敗北ですな! この老骨、武者震いがいたしますぞ!」
「してみると間一髪とは、まさにこのこと! 戦に間に合わぬとは、これ武人の恥だからな!」
わっはっは、と笑い合うウェールズと兵士たち。
その会話を聞いてルイズは顔をしかめ、ギーシュは仰天し、キュルケは彼女にしては珍しく沈痛な顔を見せ、タバサもまた眉をピクリと動かした。
ちなみにワルドは無表情、ユーゼスは軽く溜息を吐いただけである。
そして一向はウェールズの居室へと通され、アンリエッタの手紙を手渡された。
「これが、姫からいただいた手紙だ。この通り、確かに返却したぞ」
「……ありがとうございます」
少し沈んだ表情で手紙を受け取ったルイズは、ウェールズに質問する。
「あの、殿下……。先ほど『栄光ある敗北』とおっしゃっていましたが、王軍に勝ち目は……ないのですか?」
「無いよ」
一国の皇太子は、キッパリと断言した。
「三百と五万では、どう足掻いても勝ち目は無い。万に一つの可能性すらね」
「な……」
絶句する魔法学院の生徒たち。特にルイズとギーシュのショックは大きいようだった。
「そ、それでよろしいのですか、殿下!?」
「む……、君は?」
「……ト、トリステイン王軍に仕(ツカ)えるグラモン元帥の四男、ギーシュ・ド・グラモンと申します。
いえ、わたくしの名前などよりも―――ウェールズ殿下、あなたはまさか死ぬおつもりで……!?」
「当然だ。私は真っ先に死ぬつもりだよ。
……グラモン君、分かってくれとは言わないが……時に我々は『命』よりも、『誇り』や『名誉』を貫かねばならぬものなのだよ」
「う……」
その言葉を聞いて、ギーシュは黙ってしまった。
『命を惜しむな、名を惜しめ』とは、他でもない自分自身が、常日頃から父より言い含められてきた言葉である。
名誉は命よりも大事―――とは、アルビオンやトリステインだけではなく、ハルケギニアの貴族全員(ごく一部に例外はあるが)に共通している『根本』のようなものであった。
そのことは『貴族として』のルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールも理解が出来る。……自分だって、仮に戦争に参加したら、命を惜しまずに進もうとする……と、思う。確信を持って『進む』と断言しきれないのが、少し情けないが。
しかし、『少女として』のルイズは、それに異を唱えていた。
思わず、衝動的に言葉が出てしまう。
「……殿下、トリステインに亡命なされませ! お願いでございます! わたしたちと共に、トリステインに―――」
「それは出来んよ」
笑いながら、ウェールズはルイズの懇願を断わった。
「殿下、これはわたくしだけの願いではございませぬ! 姫さまの願いでございます! 姫さまの手紙には多分、末尾であなたに亡命をお勧めになっているはずですわ!」
「……ルイズ、やめなさい」
苦しそうな様子でキュルケが声をかけ、ワルドが静かにルイズの方に手を置くが、なおもルイズは食い下がってウェールズを説得しようとする。
「あの姫さまが、ご自分の愛した方を見捨てるわけが―――」
「そのようなことは、一行も書かれていない」
しかしウェールズは、ゆっくりと首を振ってルイズの言葉を否定した。
「殿下!」
どうしても納得がいかないルイズは、ウェールズに詰め寄った。
「……アンリエッタは王女だ。自分の意思を……国の大事に優先させるわけが、ない」
「…………っ」
ルイズはその口調から、アンリエッタが書いた手紙の内容を知る。
そしてウェールズの意志が、自分程度では動かせないことも。
『大陸の底』から城に戻るという珍妙な帰還方法に、ルイズたちは驚くばかりであった。
そして出迎えの兵士たちに黒色火薬の原料である硫黄(輸送船の積荷である)を大量に調達してきたことを告げると、兵士たちはワッと歓喜の声を上げ、明日の正午の決戦に備え始める。
「これで王家の誇りと名誉を叛徒どもに示しつつ、敗北することが出来るだろう」
「栄光ある敗北ですな! この老骨、武者震いがいたしますぞ!」
「してみると間一髪とは、まさにこのこと! 戦に間に合わぬとは、これ武人の恥だからな!」
わっはっは、と笑い合うウェールズと兵士たち。
その会話を聞いてルイズは顔をしかめ、ギーシュは仰天し、キュルケは彼女にしては珍しく沈痛な顔を見せ、タバサもまた眉をピクリと動かした。
ちなみにワルドは無表情、ユーゼスは軽く溜息を吐いただけである。
そして一向はウェールズの居室へと通され、アンリエッタの手紙を手渡された。
「これが、姫からいただいた手紙だ。この通り、確かに返却したぞ」
「……ありがとうございます」
少し沈んだ表情で手紙を受け取ったルイズは、ウェールズに質問する。
「あの、殿下……。先ほど『栄光ある敗北』とおっしゃっていましたが、王軍に勝ち目は……ないのですか?」
「無いよ」
一国の皇太子は、キッパリと断言した。
「三百と五万では、どう足掻いても勝ち目は無い。万に一つの可能性すらね」
「な……」
絶句する魔法学院の生徒たち。特にルイズとギーシュのショックは大きいようだった。
「そ、それでよろしいのですか、殿下!?」
「む……、君は?」
「……ト、トリステイン王軍に仕(ツカ)えるグラモン元帥の四男、ギーシュ・ド・グラモンと申します。
いえ、わたくしの名前などよりも―――ウェールズ殿下、あなたはまさか死ぬおつもりで……!?」
「当然だ。私は真っ先に死ぬつもりだよ。
……グラモン君、分かってくれとは言わないが……時に我々は『命』よりも、『誇り』や『名誉』を貫かねばならぬものなのだよ」
「う……」
その言葉を聞いて、ギーシュは黙ってしまった。
『命を惜しむな、名を惜しめ』とは、他でもない自分自身が、常日頃から父より言い含められてきた言葉である。
名誉は命よりも大事―――とは、アルビオンやトリステインだけではなく、ハルケギニアの貴族全員(ごく一部に例外はあるが)に共通している『根本』のようなものであった。
そのことは『貴族として』のルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールも理解が出来る。……自分だって、仮に戦争に参加したら、命を惜しまずに進もうとする……と、思う。確信を持って『進む』と断言しきれないのが、少し情けないが。
しかし、『少女として』のルイズは、それに異を唱えていた。
思わず、衝動的に言葉が出てしまう。
「……殿下、トリステインに亡命なされませ! お願いでございます! わたしたちと共に、トリステインに―――」
「それは出来んよ」
笑いながら、ウェールズはルイズの懇願を断わった。
「殿下、これはわたくしだけの願いではございませぬ! 姫さまの願いでございます! 姫さまの手紙には多分、末尾であなたに亡命をお勧めになっているはずですわ!」
「……ルイズ、やめなさい」
苦しそうな様子でキュルケが声をかけ、ワルドが静かにルイズの方に手を置くが、なおもルイズは食い下がってウェールズを説得しようとする。
「あの姫さまが、ご自分の愛した方を見捨てるわけが―――」
「そのようなことは、一行も書かれていない」
しかしウェールズは、ゆっくりと首を振ってルイズの言葉を否定した。
「殿下!」
どうしても納得がいかないルイズは、ウェールズに詰め寄った。
「……アンリエッタは王女だ。自分の意思を……国の大事に優先させるわけが、ない」
「…………っ」
ルイズはその口調から、アンリエッタが書いた手紙の内容を知る。
そしてウェールズの意志が、自分程度では動かせないことも。
ウェールズはフッと微笑みながら、ルイズの肩を叩く。
「―――君は正直な女の子だな、ラ・ヴァリエール嬢。正直で、真っ直ぐで、良い目をしている。
……だが、そのように正直すぎては大使など務まらぬよ」
「殿下……」
「しかしながら、亡国への大使としては適任かも知れぬ。明日にも滅ぶであろう政府は、誰より正直だからね。何せ、名誉以外に守るものが無いのだから」
話題を転換するように、ウェールズは少々強引ではあるが『明るい材料』を提示した。
「……まあ、実を言うと『レコン・キスタ』側にも付け入る隙はある。
最近、このアルビオンには正体不明の……何と言うか、『怪物』が出現していてね。この『怪物』が現れるのが、なぜか『レコン・キスタ』が陣取っている地帯ばかりで、その対応に彼らは少々苦労している。
とは言え、それにしてもこの戦力差を覆すほどではないが」
「……………」
話を逸らしたかったのだが、気休めにもならなかったことに気付くウェールズ。
一方、ユーゼスはウェールズが語ったその『怪物』について考えていた。
(……アインストのことか?)
トリステインに現れたのだから、アルビオンに現れたとしても別に不思議ではない。
だが、『レコン・キスタ』が陣取っている地帯ばかりに出現するとは……。
思考に没頭し始めるユーゼスをよそに、沈痛な雰囲気がウェールズの居室を支配している。
そして、そのしんみりとした空気を拭い去るようにウェールズは手をパンパンと叩き、明るい声で言った。
「さて、そろそろパーティの時間だ。君たちは我が王国が迎える最期の客だからね、是非とも出席してほしい。出される料理の味については、私が保証するよ」
ルイズは納得がいかない様子ではあったが、キュルケに連れられて部屋を後にした。ギーシュもまた釈然としない顔をしているが、どうやら無理矢理に納得しようとしているらしい。タバサとユーゼスは、やはり無表情である。
しかし、ワルドだけは残って、ウェールズと何か話をするようだった。
ワルドは一礼し、消えゆく国の皇太子に願いを告げる。
「恐れながら、殿下にお願いしたい議がございます……」
「―――君は正直な女の子だな、ラ・ヴァリエール嬢。正直で、真っ直ぐで、良い目をしている。
……だが、そのように正直すぎては大使など務まらぬよ」
「殿下……」
「しかしながら、亡国への大使としては適任かも知れぬ。明日にも滅ぶであろう政府は、誰より正直だからね。何せ、名誉以外に守るものが無いのだから」
話題を転換するように、ウェールズは少々強引ではあるが『明るい材料』を提示した。
「……まあ、実を言うと『レコン・キスタ』側にも付け入る隙はある。
最近、このアルビオンには正体不明の……何と言うか、『怪物』が出現していてね。この『怪物』が現れるのが、なぜか『レコン・キスタ』が陣取っている地帯ばかりで、その対応に彼らは少々苦労している。
とは言え、それにしてもこの戦力差を覆すほどではないが」
「……………」
話を逸らしたかったのだが、気休めにもならなかったことに気付くウェールズ。
一方、ユーゼスはウェールズが語ったその『怪物』について考えていた。
(……アインストのことか?)
トリステインに現れたのだから、アルビオンに現れたとしても別に不思議ではない。
だが、『レコン・キスタ』が陣取っている地帯ばかりに出現するとは……。
思考に没頭し始めるユーゼスをよそに、沈痛な雰囲気がウェールズの居室を支配している。
そして、そのしんみりとした空気を拭い去るようにウェールズは手をパンパンと叩き、明るい声で言った。
「さて、そろそろパーティの時間だ。君たちは我が王国が迎える最期の客だからね、是非とも出席してほしい。出される料理の味については、私が保証するよ」
ルイズは納得がいかない様子ではあったが、キュルケに連れられて部屋を後にした。ギーシュもまた釈然としない顔をしているが、どうやら無理矢理に納得しようとしているらしい。タバサとユーゼスは、やはり無表情である。
しかし、ワルドだけは残って、ウェールズと何か話をするようだった。
ワルドは一礼し、消えゆく国の皇太子に願いを告げる。
「恐れながら、殿下にお願いしたい議がございます……」
「大使殿! このワインを試されなされ! お国の物より上等と思いますぞ!」
「何! いかん! そのような物をお出ししたのでは、アルビオンの恥と申すもの! この蜂蜜が塗られた鳥を食してごらんなさい! 美味くて頬が落ちますぞ!」
「は、はい、どうも……」
困惑した様子で、ギーシュは勧められるままワインや料理を口に入れていく。
……自分にそれらを勧めた男たちは『アルビオン万歳!』と最後に怒鳴って去っていった。
そのまま、しばらく何かを考え込むギーシュだったが、やがてクワッと目を見開くとワインをガブ飲みし始める。
どうやら酒の力を借りて憂鬱な気分を吹き飛ばそうとしているらしいのだが、その飲みっぷりを見た周囲の人間がまた騒ぎ立てるので、何だか余計にいたたまれなくなっているようだった。
キュルケも男たちに酌をして回っているが、どうにもいつもの元気に影が見える。
ルイズはこの独特の空気に耐えられないらしく、パーティ会場の外に出ていた。
タバサも内心は読み取れないが、他の人間と会話などは行わず、黙々と料理をたいらげている。……何人かが彼女の顔を見て『どこかで見たような』と言っていたが、何なのだろうか。
ワルドだけは唯一、城の人間と談笑などをしていた。意外に胆が太いと言うか、大物なのかも知れない。
そして最後にユーゼスは、このパーティ会場にいる全員の様子を、隅で眺めていた。
(誇りと名誉、か……)
どちらも自分とは縁の遠い言葉である。
だが、そのような生き方や死に方も、あるのだろう。
無理に理解する必要などはない。
ただ、彼らが確かに存在し、戦い、そして散っていった―――それだけは『知って』いる。『記憶して』いる。感覚として『覚えて』いる。
かつて自分が利用した『彼ら』のことを、自分は忘れない。
そして、その『彼ら』の中にまた新たな人物が追加されることになるのだろう。
直接に関わったわけではないので、印象はどうしても薄くなるが。
「何! いかん! そのような物をお出ししたのでは、アルビオンの恥と申すもの! この蜂蜜が塗られた鳥を食してごらんなさい! 美味くて頬が落ちますぞ!」
「は、はい、どうも……」
困惑した様子で、ギーシュは勧められるままワインや料理を口に入れていく。
……自分にそれらを勧めた男たちは『アルビオン万歳!』と最後に怒鳴って去っていった。
そのまま、しばらく何かを考え込むギーシュだったが、やがてクワッと目を見開くとワインをガブ飲みし始める。
どうやら酒の力を借りて憂鬱な気分を吹き飛ばそうとしているらしいのだが、その飲みっぷりを見た周囲の人間がまた騒ぎ立てるので、何だか余計にいたたまれなくなっているようだった。
キュルケも男たちに酌をして回っているが、どうにもいつもの元気に影が見える。
ルイズはこの独特の空気に耐えられないらしく、パーティ会場の外に出ていた。
タバサも内心は読み取れないが、他の人間と会話などは行わず、黙々と料理をたいらげている。……何人かが彼女の顔を見て『どこかで見たような』と言っていたが、何なのだろうか。
ワルドだけは唯一、城の人間と談笑などをしていた。意外に胆が太いと言うか、大物なのかも知れない。
そして最後にユーゼスは、このパーティ会場にいる全員の様子を、隅で眺めていた。
(誇りと名誉、か……)
どちらも自分とは縁の遠い言葉である。
だが、そのような生き方や死に方も、あるのだろう。
無理に理解する必要などはない。
ただ、彼らが確かに存在し、戦い、そして散っていった―――それだけは『知って』いる。『記憶して』いる。感覚として『覚えて』いる。
かつて自分が利用した『彼ら』のことを、自分は忘れない。
そして、その『彼ら』の中にまた新たな人物が追加されることになるのだろう。
直接に関わったわけではないので、印象はどうしても薄くなるが。
……そんなことを考えながら無表情にパーティを眺めていると、座の中央で歓談していたウェールズがこちらに向かって歩いてきた。
どうやらポツンと一人でいるので、興味を惹かれたらしい。
「ラ・ヴァリエール嬢の使い魔だね。……しかし、人が使い魔とは珍しい。トリステインは変わった国だな」
「ハルケギニア全体で見ても、珍しいらしいがな」
ユーゼスは、敬語を使わなかった。
それにウェールズは気分を害した風もなく、気さくに話しかける。
「気分でも悪いのかな?」
「いいや。……ここに来る前に負った傷が痛みはするが、それほど問題でもない」
「おや、それは大変だ。すぐに傷薬を用意させるから、治療に当たるといい」
「別に急がなくとも構わんよ」
ユーゼスを気遣うウェールズだったが、ユーゼスはそれを右手を上げて断わった。
「どうやら、楽しんでくれてはいないようだね」
「賑やかな雰囲気は苦手なのでな。
……それに、お前たちの話を聞いていると、昔の知人を思い出す」
もう会うことは出来ない、もしかすれば友と呼べたかも知れない男。
彼もまた、この場にいる者たちと同じ心境だったのだろうか?
「ほう、興味深いな。どのような人物だったのだね、その君の『知人』とやらは?」
「そうだな……常に自らの美学を貫き、それに殉じた男……。
『戦い』という行為に意義を見出し、自らが認めた相手に全てを託し、その相手と戦って散っていった。
……あるいは私とは、永久に分かりあうことが出来ない人間だったのかも知れない」
「……………」
ウェールズは、黙ってユーゼスの話に耳を傾けている。
「その男はこうも言っていたよ。
『戦いにおける勝者は、歴史の中で“衰退”という終止符を打たなければならず、若き息吹は敗者の中からつちかわれていく。自分は無様な戦いをして勝者になるくらいならば、誇り高き敗者になりたい』……とな」
「―――そうか。……私はその人物の気持ちが、少しだけ分かるような気がするよ」
「死ぬことが怖くないのか?」
ユーゼスが理解不能なのは、その思考であった。何せあの男―――トレーズ・クシュリナーダも、このウェールズ・テューダーも、死を恐れている様子が見えない。
「私たちを案じてくれている……という訳ではなさそうだな。単純に疑問に思っているだけのようだ。
ならば答えよう。―――怖い。
死ぬことが怖くない人間なんて、いるわけがないだろう? 王族だろうが、貴族だろうが、平民だろうが、それは同じだと思うよ」
「ならば、なぜ死に急ぐ?」
「おいおい、私たちは別に死に急いでるわけじゃないよ。『生き急いでいる』と言ってもらいたいね。
そして、なぜそうするかと問われたならば……守るものがあるからだ」
「ふむ」
「守るべきものの存在と大きさが、死の恐怖を忘れさせてくれる。
……エルフとの戦争によって間違いなく荒廃するであろう、民草と国土。そして王族としての……いや、自分自身の名誉と誇りがな」
遠くを見るような目で、ウェールズは語った。
「我らは勝てずとも、せめて勇気と名誉の片鱗は見せつけ、ハルケギニアの王族は弱腰ではないことを見せ付けねばならぬのだ」
「なぜだ?」
「内憂を払えなかった王家の、最後に課せられた義務とでも言えば良いかな。
……君の知人風に表現すれば、『敗者の中から芽吹く、若き息吹のため』とでも言うところか」
「……………」
ユーゼスはその言葉を聞き、ウェールズの決心が固いことを悟った。
「ただ……もし、君がアンリエッタに会うことがあれば、こう伝えてくれたまえ。『ウェールズは勇敢に戦い、勇敢に死んでいった』と。それでもう、心残りはない」
「了解した……」
「―――出来れば君とは、もう少し早く出会っていたかったな。そして、君の知人とも話をしてみたかった」
言って、ウェールズはユーゼスの前から去っていく。
……ユーゼスは何も言わず、ただその背中を見送っていた。
どうやらポツンと一人でいるので、興味を惹かれたらしい。
「ラ・ヴァリエール嬢の使い魔だね。……しかし、人が使い魔とは珍しい。トリステインは変わった国だな」
「ハルケギニア全体で見ても、珍しいらしいがな」
ユーゼスは、敬語を使わなかった。
それにウェールズは気分を害した風もなく、気さくに話しかける。
「気分でも悪いのかな?」
「いいや。……ここに来る前に負った傷が痛みはするが、それほど問題でもない」
「おや、それは大変だ。すぐに傷薬を用意させるから、治療に当たるといい」
「別に急がなくとも構わんよ」
ユーゼスを気遣うウェールズだったが、ユーゼスはそれを右手を上げて断わった。
「どうやら、楽しんでくれてはいないようだね」
「賑やかな雰囲気は苦手なのでな。
……それに、お前たちの話を聞いていると、昔の知人を思い出す」
もう会うことは出来ない、もしかすれば友と呼べたかも知れない男。
彼もまた、この場にいる者たちと同じ心境だったのだろうか?
「ほう、興味深いな。どのような人物だったのだね、その君の『知人』とやらは?」
「そうだな……常に自らの美学を貫き、それに殉じた男……。
『戦い』という行為に意義を見出し、自らが認めた相手に全てを託し、その相手と戦って散っていった。
……あるいは私とは、永久に分かりあうことが出来ない人間だったのかも知れない」
「……………」
ウェールズは、黙ってユーゼスの話に耳を傾けている。
「その男はこうも言っていたよ。
『戦いにおける勝者は、歴史の中で“衰退”という終止符を打たなければならず、若き息吹は敗者の中からつちかわれていく。自分は無様な戦いをして勝者になるくらいならば、誇り高き敗者になりたい』……とな」
「―――そうか。……私はその人物の気持ちが、少しだけ分かるような気がするよ」
「死ぬことが怖くないのか?」
ユーゼスが理解不能なのは、その思考であった。何せあの男―――トレーズ・クシュリナーダも、このウェールズ・テューダーも、死を恐れている様子が見えない。
「私たちを案じてくれている……という訳ではなさそうだな。単純に疑問に思っているだけのようだ。
ならば答えよう。―――怖い。
死ぬことが怖くない人間なんて、いるわけがないだろう? 王族だろうが、貴族だろうが、平民だろうが、それは同じだと思うよ」
「ならば、なぜ死に急ぐ?」
「おいおい、私たちは別に死に急いでるわけじゃないよ。『生き急いでいる』と言ってもらいたいね。
そして、なぜそうするかと問われたならば……守るものがあるからだ」
「ふむ」
「守るべきものの存在と大きさが、死の恐怖を忘れさせてくれる。
……エルフとの戦争によって間違いなく荒廃するであろう、民草と国土。そして王族としての……いや、自分自身の名誉と誇りがな」
遠くを見るような目で、ウェールズは語った。
「我らは勝てずとも、せめて勇気と名誉の片鱗は見せつけ、ハルケギニアの王族は弱腰ではないことを見せ付けねばならぬのだ」
「なぜだ?」
「内憂を払えなかった王家の、最後に課せられた義務とでも言えば良いかな。
……君の知人風に表現すれば、『敗者の中から芽吹く、若き息吹のため』とでも言うところか」
「……………」
ユーゼスはその言葉を聞き、ウェールズの決心が固いことを悟った。
「ただ……もし、君がアンリエッタに会うことがあれば、こう伝えてくれたまえ。『ウェールズは勇敢に戦い、勇敢に死んでいった』と。それでもう、心残りはない」
「了解した……」
「―――出来れば君とは、もう少し早く出会っていたかったな。そして、君の知人とも話をしてみたかった」
言って、ウェールズはユーゼスの前から去っていく。
……ユーゼスは何も言わず、ただその背中を見送っていた。
相変わらず馬鹿騒ぎを続けるパーティ会場の空気に辟易してきたので、ユーゼスは寝室の場所を聞き、そこに向かうことにした。
……身も蓋もない言い方ではあるが、自分が『全力』を―――いや、そこまでせずともクロスゲート・パラダイム・システムを駆使しさえすれば、この状況を覆すことは、十分に可能である。
だが、ユーゼスにそれをする気は毛頭なかった。
(―――ハルケギニアの問題は、ハルケギニアの人間が解決するべきだ)
『ただの人間としてのユーゼス・ゴッツォ』としてならば、協力しても良いとは思っている。
だが、自分はウルトラマンのような救世主ではない。彼らとは違うのだ。
たとえ他の星なり異次元なりから侵略者が襲ってきたとしても、超常の力を持つ者は迂闊に他の文明を救済するべきではない……と考えているのである。
また、中途半端に手助けすることによって『依存』が生じ、ハルケギニアの人間の進化が停滞してしまうのも、自分の望むところではない。
……それでは、まるで自分がハルケギニアの支配者になったようではないか。
今更、そんな俗なことに興味などは湧かないし、救世主呼ばわりされて悦に浸る趣味もない。
昔の自分なら、それを何よりも切望したかもしれないが……そんなことに意味などないと気付いてからは、ウルトラマンに対する憧れも随分と減少してしまった。
自分はどうせなら、『人間』としてこの新たな人生を歩んでいきたいのである。
(……しかし考えてみると、ミス・タバサをアインストから助けたのは早計だったかも知れんな)
まあ、さすがに異次元空間に引きずりこまれたのでは、仕方がないような気もするが。
今までもそうだが、今後は余程のことがない限りクロスゲート・パラダイム・システムの使用は極力避けるべきだ、とユーゼスは改めて認識した。
自分自身が慢心しないため、そして何よりも、このハルケギニアのためにも。
(まあ、この場にいる人間が生きようが死のうが、私にとって関わりがあるとも思えんしな……。忘れはせんが、思い出しもせんような連中だ)
―――しかし、やはり根底にあるドライな思考は変わらないようであったが。
そして会場の出口から出ようとすると、ぬっと横からワルドが現れる。
「……何か?」
「君に、言っておかねばならないことがある」
感情を殺した声で、ワルドは告げた。
「明日、僕とルイズはここで結婚式を挙げる」
「…………は?」
珍しく―――ユーゼス・ゴッツォにしては非常に珍しく、間抜けな声が出てしまった。
ユーゼスは気を取り直し、一回だけ額を指で小突いてから、ワルドに質問する。
「……申し訳ありませんが、こんな時に、こんな場所で結婚式を挙げる意味と意図が、全く理解出来ません」
「是非とも僕たちの婚姻の媒酌を、あの勇敢なウェールズ皇太子にお願いしたくなってね。皇太子も、快く引き受けてくれた。決戦の前に、僕たちは式を挙げる」
この男は馬鹿か、とユーゼスは思った。
そんなことをしている余裕があるのなら、一刻も早くトリステインに戻った方がマシなような気がするのだが……。戦場から脱出するのなら、早い方が良いに決まっているのだし。
と言うか、式を挙げるにしても唐突すぎる。婚約者とは言え、再会して3日ほどしか経過していないと言うのに。
何を焦っているのだろうか?
「……はあ、そうですか」
しかし反対する理由などないので、取りあえず生返事を返しておいた。
「君も出席するかね?」
「ええ。御主人様を置いて逃げ出す使い魔は、使い魔ではありませんから」
「そうか。では、僕とルイズの婚姻を祝福してくれたまえよ?」
ユーゼスは曖昧に頷き、そしてワルドは無表情のままで去っていく。
(あの男の様子……どこかで……)
ワルドの様子に、妙な既視感を覚えるユーゼス。しかし、それに該当する人物が誰だったのかが、どうしても思い出せなかった。
……身も蓋もない言い方ではあるが、自分が『全力』を―――いや、そこまでせずともクロスゲート・パラダイム・システムを駆使しさえすれば、この状況を覆すことは、十分に可能である。
だが、ユーゼスにそれをする気は毛頭なかった。
(―――ハルケギニアの問題は、ハルケギニアの人間が解決するべきだ)
『ただの人間としてのユーゼス・ゴッツォ』としてならば、協力しても良いとは思っている。
だが、自分はウルトラマンのような救世主ではない。彼らとは違うのだ。
たとえ他の星なり異次元なりから侵略者が襲ってきたとしても、超常の力を持つ者は迂闊に他の文明を救済するべきではない……と考えているのである。
また、中途半端に手助けすることによって『依存』が生じ、ハルケギニアの人間の進化が停滞してしまうのも、自分の望むところではない。
……それでは、まるで自分がハルケギニアの支配者になったようではないか。
今更、そんな俗なことに興味などは湧かないし、救世主呼ばわりされて悦に浸る趣味もない。
昔の自分なら、それを何よりも切望したかもしれないが……そんなことに意味などないと気付いてからは、ウルトラマンに対する憧れも随分と減少してしまった。
自分はどうせなら、『人間』としてこの新たな人生を歩んでいきたいのである。
(……しかし考えてみると、ミス・タバサをアインストから助けたのは早計だったかも知れんな)
まあ、さすがに異次元空間に引きずりこまれたのでは、仕方がないような気もするが。
今までもそうだが、今後は余程のことがない限りクロスゲート・パラダイム・システムの使用は極力避けるべきだ、とユーゼスは改めて認識した。
自分自身が慢心しないため、そして何よりも、このハルケギニアのためにも。
(まあ、この場にいる人間が生きようが死のうが、私にとって関わりがあるとも思えんしな……。忘れはせんが、思い出しもせんような連中だ)
―――しかし、やはり根底にあるドライな思考は変わらないようであったが。
そして会場の出口から出ようとすると、ぬっと横からワルドが現れる。
「……何か?」
「君に、言っておかねばならないことがある」
感情を殺した声で、ワルドは告げた。
「明日、僕とルイズはここで結婚式を挙げる」
「…………は?」
珍しく―――ユーゼス・ゴッツォにしては非常に珍しく、間抜けな声が出てしまった。
ユーゼスは気を取り直し、一回だけ額を指で小突いてから、ワルドに質問する。
「……申し訳ありませんが、こんな時に、こんな場所で結婚式を挙げる意味と意図が、全く理解出来ません」
「是非とも僕たちの婚姻の媒酌を、あの勇敢なウェールズ皇太子にお願いしたくなってね。皇太子も、快く引き受けてくれた。決戦の前に、僕たちは式を挙げる」
この男は馬鹿か、とユーゼスは思った。
そんなことをしている余裕があるのなら、一刻も早くトリステインに戻った方がマシなような気がするのだが……。戦場から脱出するのなら、早い方が良いに決まっているのだし。
と言うか、式を挙げるにしても唐突すぎる。婚約者とは言え、再会して3日ほどしか経過していないと言うのに。
何を焦っているのだろうか?
「……はあ、そうですか」
しかし反対する理由などないので、取りあえず生返事を返しておいた。
「君も出席するかね?」
「ええ。御主人様を置いて逃げ出す使い魔は、使い魔ではありませんから」
「そうか。では、僕とルイズの婚姻を祝福してくれたまえよ?」
ユーゼスは曖昧に頷き、そしてワルドは無表情のままで去っていく。
(あの男の様子……どこかで……)
ワルドの様子に、妙な既視感を覚えるユーゼス。しかし、それに該当する人物が誰だったのかが、どうしても思い出せなかった。
寝室に行くため、ロウソクの燭台を片手に廊下を歩く。
―――歩いていると、その途中で窓から月を見て涙を流している少女がいた。
少女は歩いてくる自分に気付くと、慌てたように濡れた目元をぬぐう……が、またすぐに涙が溢れてくる。
「何を泣いている、御主人様」
「……うるさい、わね……」
ぬぐっても無意味だと判断したのか、ただ涙を流れるままにするルイズ。
その手をユーゼスの方に伸ばそうとしていたが、しばし迷った後―――その手を引っ込めた。
(ここでコイツにすがりついたりしたら、何だか……ダメな気がする)
何がダメなのかはよく分からないのだが、とにかく色々なものが崩れてしまいそうな予感がしたのである。
ルイズは油断すれば自分の使い魔へと飛び込んでしまいそうな身体を抑えつつ、少しかすれた声でユーゼスに問いかけた。
「あの人たち……どうして、どうして死を選ぶの? ……分かんないわ、姫さまが逃げてって言ってるのに……、恋人が逃げてって言ってるのに、どうしてウェールズ皇太子は死を選ぶのよ?」
それにユーゼスは、ルイズの予想通りに感情を込めず回答する。
「『守るものがあるから』、だそうだが」
「……何よ、それ? 愛する人より大事なものが、この世にあるって言うの?」
「少なくとも、彼らにはあるのだろう」
人の価値観など、それこそ人それぞれだからな、とユーゼスは言う。
―――その冷静な口調が、頭に来る。
まるで自分よりこの使い魔の方が、ウェールズのことを理解しているようではないか。
「……わたし、説得する。もう一度、ウェールズさまを説得してみるわ」
「無駄だろう。あの男の意志は固い」
ますますルイズの頭に血が上る。
そして次の一言で、ついに我慢の限界がおとずれた。
「―――敗北の末にあるものを、あの男は知っているのだろう」
「!」
またそれだ。
自分が見た夢、そこに出て来た人物もそんなことを言っていた。
「っ、分かんない、全然分かんないわ!! 負けて、死んで、それで後に何が残るのよ!!?
……いいえ、残される人たちのことなんて、全然考えてないじゃない!! みんな、自分のことだけしか考えてなくって、馬鹿で……!! あれじゃ、姫さま、が……!!」
後半部分はもはや意味が通っていなかったが、言いたいことの概要はユーゼスにも分かった。
「なんで、なんで負けるって、死ぬって分かってるのに……!」
「……そうだな。私も理解が出来ないよ」
実際のところ、『ウェールズの敗北論』と、『トレーズの敗者論』には食い違う点がそれなりにある。
だが、共通している部分も確かにあった。
敗北から、何かを見い出す。
ユーゼスには、理解も共感も同意も出来ない考え方である。
だが、それを尊重することは出来た。
それに、他でもない自分自身も―――イングラム・プリスケンとガイアセイバーズに敗北し、得たものが確かにあったのだから。
「だが、敗北が必定であろうとも、彼らは自分の意志で戦場に立とうとしている。それを曲げることは許されない」
「意志を曲げたって、生きているならそれで……!」
「お前にはないのか? 『死んでも曲げたくない意志』や『信念』が」
「……!!」
「もっとも、私はそんな立派な物を持ち合わせてはいないが……」
いや、昔は持っていたような気もするな……などと自嘲する。
―――まだ、理想に胸を燃やしていた頃。友と一緒にあの青い星へと降り立ち、その美しい自然を―――
―――歩いていると、その途中で窓から月を見て涙を流している少女がいた。
少女は歩いてくる自分に気付くと、慌てたように濡れた目元をぬぐう……が、またすぐに涙が溢れてくる。
「何を泣いている、御主人様」
「……うるさい、わね……」
ぬぐっても無意味だと判断したのか、ただ涙を流れるままにするルイズ。
その手をユーゼスの方に伸ばそうとしていたが、しばし迷った後―――その手を引っ込めた。
(ここでコイツにすがりついたりしたら、何だか……ダメな気がする)
何がダメなのかはよく分からないのだが、とにかく色々なものが崩れてしまいそうな予感がしたのである。
ルイズは油断すれば自分の使い魔へと飛び込んでしまいそうな身体を抑えつつ、少しかすれた声でユーゼスに問いかけた。
「あの人たち……どうして、どうして死を選ぶの? ……分かんないわ、姫さまが逃げてって言ってるのに……、恋人が逃げてって言ってるのに、どうしてウェールズ皇太子は死を選ぶのよ?」
それにユーゼスは、ルイズの予想通りに感情を込めず回答する。
「『守るものがあるから』、だそうだが」
「……何よ、それ? 愛する人より大事なものが、この世にあるって言うの?」
「少なくとも、彼らにはあるのだろう」
人の価値観など、それこそ人それぞれだからな、とユーゼスは言う。
―――その冷静な口調が、頭に来る。
まるで自分よりこの使い魔の方が、ウェールズのことを理解しているようではないか。
「……わたし、説得する。もう一度、ウェールズさまを説得してみるわ」
「無駄だろう。あの男の意志は固い」
ますますルイズの頭に血が上る。
そして次の一言で、ついに我慢の限界がおとずれた。
「―――敗北の末にあるものを、あの男は知っているのだろう」
「!」
またそれだ。
自分が見た夢、そこに出て来た人物もそんなことを言っていた。
「っ、分かんない、全然分かんないわ!! 負けて、死んで、それで後に何が残るのよ!!?
……いいえ、残される人たちのことなんて、全然考えてないじゃない!! みんな、自分のことだけしか考えてなくって、馬鹿で……!! あれじゃ、姫さま、が……!!」
後半部分はもはや意味が通っていなかったが、言いたいことの概要はユーゼスにも分かった。
「なんで、なんで負けるって、死ぬって分かってるのに……!」
「……そうだな。私も理解が出来ないよ」
実際のところ、『ウェールズの敗北論』と、『トレーズの敗者論』には食い違う点がそれなりにある。
だが、共通している部分も確かにあった。
敗北から、何かを見い出す。
ユーゼスには、理解も共感も同意も出来ない考え方である。
だが、それを尊重することは出来た。
それに、他でもない自分自身も―――イングラム・プリスケンとガイアセイバーズに敗北し、得たものが確かにあったのだから。
「だが、敗北が必定であろうとも、彼らは自分の意志で戦場に立とうとしている。それを曲げることは許されない」
「意志を曲げたって、生きているならそれで……!」
「お前にはないのか? 『死んでも曲げたくない意志』や『信念』が」
「……!!」
「もっとも、私はそんな立派な物を持ち合わせてはいないが……」
いや、昔は持っていたような気もするな……などと自嘲する。
―――まだ、理想に胸を燃やしていた頃。友と一緒にあの青い星へと降り立ち、その美しい自然を―――
柄にもなく回想などをするユーゼスだったが、先ほどの言葉にルイズも何か感じるものがあったらしく、うつむいてしまった。
そして目を閉じたまま、キュッと唇を結んで沈黙する。
……しばらく黙ってそのままでいると、ルイズはいきなりハッと気付いたように顔を上げた。
「…………左腕、出して」
「?」
「いいから、早く」
言われるがまま、左腕を出す。
ルイズは軟膏の入った缶と真新しい包帯を取り出すと、ユーゼスの包帯を解き、薬を指ですくって彼の左腕に軟膏を塗っていく。
「……さっき、お城の人に貰ったの。火傷の治療に効く魔法薬ですって。……やっぱり戦争してるんだから、薬だけはいっぱいあるみたいね」
「……………」
ユーゼスは、無言で軟膏を塗られていた。
しかし、明日には結婚式を挙げるというのに、どうにもこんな調子ではサマになるまい。
「あまり落ち込むな、子爵と結婚するのだろう?」
「…………は?」
間抜けな声を出して、ピタリとルイズの手が止まった。
「なに言ってるのアンタ。そりゃあワルドとは婚約者だけど、まだ結婚なんて出来ないでしょう。
……立派なメイジにはなれてないし、アンタのことだって、屈服させてないんだし……。
―――もしかして、慰めてくれてるつもり?」
さっきまで泣いていたはずなのに、何だか嬉しそうな顔を見せるルイズ。
「?」
しかし、今度はユーゼスが困惑した。
確かに多少は慰めの意味を込めたつもりだったが、何だか会話がかみ合っていないような気がする。
(……まさか、明日に式を挙げるというのに、相手にそれを伝えていないわけはないだろうし……)
結婚のことはサッパリ分からないが、結婚というものは段階を踏んでいくものだったような気がする。もしかして、自分の知識が間違っているのだろうか?
世間からずっと離れすぎていると、こういう時に不便である。
「……慰めとしては、あんまり良くなかったけど……でも、ありがとう、ユーゼス」
「……ああ」
「もう遅いし、わたしは部屋に行くわ。……それじゃ、お休みなさい」
「明日は早いだろうからな、ゆっくり休んでおけ」
「ええ」
ユーゼスの包帯を巻き終え、廊下を歩いていくルイズ。
この時、ユーゼスは『結婚式があるから明日の朝は早い』というニュアンスで言っていたのだが、ルイズは『アルビオンを脱出するから明日の朝は早い』というニュアンスで聞いていた。
「……?」
何だか妙な違和感を覚えつつ、取りあえず窓から2つの月を眺めてみる。
―――汚染されていない大気を通して目に映る青い月と赤い月は、美しかった。
そして目を閉じたまま、キュッと唇を結んで沈黙する。
……しばらく黙ってそのままでいると、ルイズはいきなりハッと気付いたように顔を上げた。
「…………左腕、出して」
「?」
「いいから、早く」
言われるがまま、左腕を出す。
ルイズは軟膏の入った缶と真新しい包帯を取り出すと、ユーゼスの包帯を解き、薬を指ですくって彼の左腕に軟膏を塗っていく。
「……さっき、お城の人に貰ったの。火傷の治療に効く魔法薬ですって。……やっぱり戦争してるんだから、薬だけはいっぱいあるみたいね」
「……………」
ユーゼスは、無言で軟膏を塗られていた。
しかし、明日には結婚式を挙げるというのに、どうにもこんな調子ではサマになるまい。
「あまり落ち込むな、子爵と結婚するのだろう?」
「…………は?」
間抜けな声を出して、ピタリとルイズの手が止まった。
「なに言ってるのアンタ。そりゃあワルドとは婚約者だけど、まだ結婚なんて出来ないでしょう。
……立派なメイジにはなれてないし、アンタのことだって、屈服させてないんだし……。
―――もしかして、慰めてくれてるつもり?」
さっきまで泣いていたはずなのに、何だか嬉しそうな顔を見せるルイズ。
「?」
しかし、今度はユーゼスが困惑した。
確かに多少は慰めの意味を込めたつもりだったが、何だか会話がかみ合っていないような気がする。
(……まさか、明日に式を挙げるというのに、相手にそれを伝えていないわけはないだろうし……)
結婚のことはサッパリ分からないが、結婚というものは段階を踏んでいくものだったような気がする。もしかして、自分の知識が間違っているのだろうか?
世間からずっと離れすぎていると、こういう時に不便である。
「……慰めとしては、あんまり良くなかったけど……でも、ありがとう、ユーゼス」
「……ああ」
「もう遅いし、わたしは部屋に行くわ。……それじゃ、お休みなさい」
「明日は早いだろうからな、ゆっくり休んでおけ」
「ええ」
ユーゼスの包帯を巻き終え、廊下を歩いていくルイズ。
この時、ユーゼスは『結婚式があるから明日の朝は早い』というニュアンスで言っていたのだが、ルイズは『アルビオンを脱出するから明日の朝は早い』というニュアンスで聞いていた。
「……?」
何だか妙な違和感を覚えつつ、取りあえず窓から2つの月を眺めてみる。
―――汚染されていない大気を通して目に映る青い月と赤い月は、美しかった。