図らずも前門の虎と後門の狼

29話 図らずも前門の虎と後門の狼

遊園地を後にしたミーウこと修明院美宇は市街地へとやって来ていた。
果たしてここに殺し合いに乗っていない参加者、そして伊藤椿は居るのだろうか。

「あ、これ、椿が欲しいって言ってた奴だ」

とあるCDショップの店先に並べられていたCDに注目するミーウ。
以前、椿が欲しいが中々見付からないと言っていた物だ。
土産に持って行ってしまおうかとも思ったが、盗品では椿も喜ばないだろうと思い止まった。

「椿どこに居るんだろ、って言うか、まだ生きてるのかしら……」

今現在の安否も知れぬ親友の姿をミーウは捜す。

「!」
「……誰だ」

一人の人間の青年と遭遇する。髪も服も黒を基調とし、澱んだ目付きをした見るからに明るくはなさそうな印象だ。

「……待って」
「あ?」
「取り敢えず、その、私は戦うつもりは無いから」
「ふぅん……まあお前弱そうだしな。俺もやり合うつもりは無ぇよ」
「弱っ……ン゛ン゛ッ、いや、それは良いわ……人を捜しているの」
「人?」
「友達……伊藤椿って言うんだけど。私と同じ制服で、桃色の髪の女の子、見てない?」
「見てねぇな。デケェ虎ならさっき鉢合わせになったがな……悪いが、他を当たってくれ」

そう言い終わるや否や、青年はさっさと立ち去ろうとした。

「ちょっと待って!」

もう一個聞きたい事が残っていたミーウは青年を引き留める。
青年は迷惑そうにミーウを睨めつけた。

「何? お前に構ってるヒマ無ぇんだけど俺」
「もう一個だけ聞きたい事が有って……貴方、この殺し合いには……乗ってる?」
「……」

青年は即答はしない。ミーウは万一の事態も考えいつでも武器を構えられるようにする。
少し間を置いて青年は返答した。

「強そうな奴とならいくらでも戦いてぇとは思ってるよ」
「……そう」

その返答内容から読み取れるのは、この青年は言わば「対強者限定で殺し合いに乗っている」と言う事。
「強者」と言うのは殺し合いに乗っているか否かは関係無いのだろう。
この青年は仲間とするには危険過ぎるとミーウは判断した。

「もう良いだろ?」
「えぇ、ありがとう……」

青年は去って行った。
名前を聞き忘れた事にミーウが気付いた時にはもう青年の姿は見えなくなっていた。

◆◆◆

狼獣人の兵士、北原大和。
シェパード犬青年との交戦後、市街地へと逃げ込み、現在は建物と建物の間の細い路地に身を潜めていた。

(隠れてばかりでも駄目だ、何か、行動に移さないと……)

殺し合いに乗っていない参加者を集めゲームに反抗する、それが大和の大凡の目的である。
その為には身の安全ばかり気にしてはいられない。
路地から少し顔を出して辺りの様子を窺うが、先程の犬青年の姿は無く追ってきてはいないようだった。
安全を確かめ、大和は通りに出る。

「行くか」

気持ちを切り替え大和は歩き始めた。

次の出会いは十分と経たない内に起きた。
とある十字路に差し掛かった時、曲がり角の向こうから足音が近付いてくるのを大和の耳は聴く。

「!」

大和はその場に立ち止まり足音の主が現れるのを待つ。
万一の場合を考え軍刀をいつでも抜けるようにする。

「……あ? 誰だ? ……今度は狼か」

現れたのは人間の青年。

「待ち伏せでもしてたのか?」
「いや違う。俺は殺し合うつもりは無い。あんたは……どうだ?」
「ふぅん……さっきの狐と同じような事言ってんな」

青年の口ぶりから、どうやら殺し合いに乗っていない参加者は自分以外にも居るようだと大和は少し安堵する。
だが今問題なのはこの青年が殺し合いに乗っているか否か。

「ったく、同じ事何度も言うのは嫌いなんだけどな」

吐き捨てるようにそう言って、少し間を置いてから青年は返答する。

「強そうな奴となら、戦いてぇとは思ってるよ」
「……そうか」

大和の声に滲むのは落胆の色。
青年は殺し合いに積極的になっている訳では無いが「強者と戦う」と言っていると言う事は殺し合いそのものは否定していない。
なら自分の同志とは成り得ない――大和はそう結論付けた。
それならこの青年はどうするべきか、それを大和が考え出したその時。

「ところでさ、お前、陸軍の兵士だよな? その戦闘服」
「あ、ああ」

急に青年の様子が変わったような気がして、大和は身構える。

「って事は強いか?」
「……っ」

その台詞で大和は確信に至る。青年は自分と戦う気だと。
次の瞬間、青年が動く。
大和の頭部目掛けて腕を振りかぶった。
身体を後ろへ反らし、青年の腕を避ける大和。
青年の手にはマイナスドライバーが握られている。もし避けるのが遅ければ大和の脳髄を刺し貫いていただろう。

「やるじゃん。あの見掛け倒しの虎とは違ぇみてぇだな」
「やめろ……! 俺は殺し合う気は無いって言ってるだろ!」
「知るかよ。さっき言っただろ? 強ぇ奴と戦うのが目的なんだって。やる気が無いならその気にさせるしか無ぇな。
ほら、さっさとその刀、抜けよ!」

大和の説得にも耳を貸さず、青年はとても素早い身のこなしで襲い掛かる。
その上、急所を確実に狙う攻撃が多く、大和は回避で精一杯となってしまう。
この時点で青年が一般人では無く戦い慣れしていると言う事が大和にも分かった。
自分も本気を出さねば殺られると言う事も。

「その刀飾りかよ?」
「くそっ!」

ここで死ぬ訳には行かない。大和は軍刀を抜き、反撃を開始する。
マイナスドライバーよりも遥かにリーチが有り斬れ味も鋭い軍刀の刃が青年に向かう。

「そうこなくっちゃなァ」

楽しそうに笑みを浮かべながら青年は斬撃をかわす。
軍の訓練で仕込まれた剣術を大和は繰り出すも、青年には当たる気配が無い。
涼しい顔で避けられるのみ。挑発にも見えるその表情、そして全く攻撃が当たらない事に苛立ちを募らせる大和。

「何だよ俺に一太刀も浴びせられねぇのか、お前もその程度かァ? がっかりだな」
「うるさい……!」
「もういいや。終わりにしちまおう」
「!?」

期待外れの色を滲ませた宣言の直後、大和は脇腹に焼けるような熱を感じた。
それがマイナスドライバーが脇腹に深く刺さったせいであると理解するのに数秒を要した。

「ぐあ……!?」
「筋は良いモン持ってると思ったけどそれだけだったな」

青年は大和の脇腹からマイナスドライバーを引き抜き、間髪入れず、ドライバーの次の行き先を定め突き出した。
大和の胸元。戦闘服の頑強な生地と、毛皮に覆われた皮膚、筋肉を刺し貫き、心臓に達した。
その瞬間大和の死が決定付けられる。

(そんな、まだ、何も、出来ていないのに……! 畜生……)

薄れゆく意識の中、結局殺し合いに一矢報いる事も出来なかった事を、大和は悔やみ続けた。

◆◆◆

アスファルトの上に倒れ、今や屍と化した狼兵士を見下ろす茂晴。
彼が狼に対して口にした通り、最初に出会った虎よりは手応えの有る相手だった。だが結局、それだけであった。

「ったく弱い奴ばっかだな……」

つまらなそうに言いながら、茂晴は狼の持っていた軍刀を回収し、次の獲物を探すべく立ち去った。


【北原大和  死亡】
【残り40人】


【午前/E-5市街地】
【修明院美宇】
状態:健康
装備:グロック19(15/15)
持物:基本支給品一式、グロック19の弾倉(3)
現状:殺し合いには乗らない。椿及び殺し合いに乗っておらず役に立ちそうな参加者の捜索。殺し合いからの脱出方法を探す
備考:伏島茂晴の容姿のみ記憶。

【午前/E-5市街地】
【伏島茂晴】
状態:健康
装備:マイナスドライバー
持物:基本支給品一式、手鉤、三十二年式軍刀
現状:強そうな奴と戦いたい。優勝については今の所保留
備考:修明院美宇の容姿のみ記憶。美宇から離れた場所に居る。


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最終更新:2016年08月15日 19:55