58話 ああ、このまま世界が終わるなら
柏木寛子、アゼイリア、狐閉レイナの三人は森をひたすら歩いていた。
三人は無言、歩く事に集中する。
理由はある、彼女達がいるエリアE-3は午後一時から禁止エリアになる。
それまでにエリアE-3から出なければ命が無くなる。
首にはめられた忌々しい首輪によって。
「大丈夫? 寛子」
「へ……平気」
先の戦闘で右足を撃ち抜かれた寛子を気遣うアゼイリア。
出血は留まる所を知らず、寛子の顔色も確実に悪くなっていく。
一刻も早く手当をしなければ、だが、寛子は足の怪我故早くは歩けない。
「建物が見えてきたわ! もうすぐよ!」
レイナの言う通り木々の間に建物が見え始めた。
だがまだ安心は出来ない、一際大きな建造物が見えるためだ。
あの建造物は地図を見て察するならば、E-3にある変電所。
当然変電所付近も禁止エリアに含まれている。変電所付近の市街地に出て東に向かわなければならない。
そのまま北方向に行ってしまうと午前9時に禁止エリアに指定された区域に入ってしまうためだ。
西も同様である。
「寛子、もうちょっとだから、頑張って」
「ありがと……」
寛子を励ますアゼイリア。
実の両親からも貰えなかった優しさや愛情を、寛子はこの時確かに感じていた。
無論、レイナからも。
この二人は今や自分の両親以上に大切な存在となっている事を寛子は否定できない。
「私、がんばるから……」
ここでへばる訳にはいかない。
まだ頑張らなければ。
寛子は足の痛みと、揺らぐ意識を必死に振り払い、足を進めようとした。
ダダダダダダダッ
掃射音が響く。
「えっ……?」
レイナが見たのは、全身から血を噴き出して倒れる寛子とアゼイリアの二人。
そしてその向こうに、短機関銃らしき物を持った黒髪の少女の姿。
「あ……」
少女が自分の方へ銃口を向けた。
次にどうなるか、瞬時にレイナは予想出来た。
ダダダダダダダダッ!!
少女――八神雹武の持つ短機関銃、ベルグマンMP18が火を噴いた。
だが、放たれた銃弾の雨を、レイナは横に飛び込むようにして回避した。
レイナ自身、どうしてこんな事が出来たのか分からない。
もしかしたら危機的状況に、獣としての本能が一瞬目覚めたのかもしれないが、今はそんな事はどうでも良かった。
短機関銃はこちらにもある。
レイナは先刻手に入れたイングラムM10を手に取り少女に向けて引き金を引いた。
ダダダダダダダダダダッ!!
既に不発弾は排出したイングラムM10は、ベルグマンMP18とは比較にならない発射速度で、
雹武に.45ACP弾の雨をお見舞いする。
しかし雹武もまた華麗なステップで銃弾を回避した。
弾切れになったMP18を捨て、雹武は二六年式拳銃を取り出す。
レイナもまた、弾切れになったイングラムから、ベレッタM92FSに持ち替えた。
双方、拳銃を構える。
ダァン!!
ほぼ同時に引き金を引き、発砲した。
「……ぐぅっ」
レイナの左頬が抉れる。
血が溢れ黄色い毛皮が赤く染まった。
対する雹武は。
「……っ……ッ」
右目があった場所には穴が空き、赤黒い血液が流れ出ている。
そこから入った銃弾は、雹武の脳髄を破壊し頭蓋骨を突き抜けていた。
レイナ達一般国民は知る由も無い、陸軍の暗部が生み出した生体兵器は、一般人によってあっさりと活動停止に追い込まれた。
「寛子! アゼイリア!」
急いで二人の元へ駆け寄るレイナ。
だがアゼイリアは既に事切れていた。
寛子はまだ辛うじて息はあったが全身に銃弾を受けもう立ち上がる事すら出来ない。
「レイ、ナ……」
「寛子……!」
見捨てたくは無かった。このまま放っておけば、出血多量か、禁止エリアによって死んでしまう。
だが、とてもおぶっていく力も無い。
「……ここまでみたいだね、私」
「そんな!」
「……行って」
「えっ……」
「ぐずぐずしてたら、レイナまで死んじゃう」
「そんな……折角ここまで生きてきたのに」
「早く……レイナまで死んだら、本当にどうしようも無いよ」
「……っ」
レイナは苦渋の決断を迫られる。
現実的に考えれば寛子を連れて行く事は出来ないのだ。
ここに置いて行くしか。
だが、寛子をここに置いて行くと言う事は、寛子を見殺しにすると言う意味になる。
本当にそうするしか無いのか。他に方法は無いのか。
「レイナ!」
「!」
寛子の大きな声で、レイナは我に帰った。
「お願い……お願いだから……行って……!」
「……」
「……短い間だったけど、優しくしてくれて、本当に、嬉しかった。
ありがとう。本当に……ありがとう」
寛子は笑顔だった。心からの笑顔。
この殺し合いが始まった時の様子からは考えられない程の。
「……」
レイナは無言で立ち上がると、放っていたイングラムを拾いデイパックに突っ込み、街に向かって歩き出した。
寛子の方を振り返る様子は無い。
寛子はレイナの背中を見送る。
「……ありがとう……」
レイナには聞こえないぐらいの小さな声で、寛子はレイナに再び礼を言う。
正直、死にたくは無かった。まだ生きていたかった。
だが、レイナやアゼイリアのおかげで、自分は心が少しだけでも救われた。
澱んだ心のまま死ぬよりはずっと良いかもしれない。
まだどこかで生きているであろう憎き人狼、稲葉憲悦に一太刀浴びせたかったが、もう叶わない。
せめて、地獄で彼が来るのを待とう、と、寛子は思う。
ポケットに手を突っ込み、懐中時計を取り出す。
この周辺一帯が禁止エリアになるまで残り20分を切っている。
自分の命は後20分。
レイナは後20分で安全な場所に出れるだろうか。
「……生き延びて欲しいな」
自分の命よりも、寛子はレイナの命の方を案じていた。
そして。
午後一時。
「……」
市街地の路地裏で、狐閉レイナは懐中時計を見詰める。
午後一時を回った、だが自分の首輪は沈黙したまま。
どうやら自分は無事に禁止エリアから抜け出せたらしい。
だが。
「……寛子……」
それは同時に、柏木寛子の命が終わった事を意味していた。
レイナは悲しみに暮れ、嗚咽こそ漏らさなかったが、涙を流した。
【アゼイリア 死亡】
【八神雹武 死亡】
【柏木寛子 死亡】
【残り13人】
【F-3/市街地/日中】
【狐閉レイナ】
[状態]疲労(大)、左頬に擦過射創、深い悲しみ
[装備]ベレッタM92FS(11/15)
[持物]基本支給品一式、イングラムM10(0/40)、イングラムM10予備弾倉(2)、針金、ニッパー、
三十年式銃剣、ベレッタM92FSの弾倉(3)、コンバットナイフ、S&W M3ロシアンモデル(4/6)、.44ロシアン弾(6)
[思考]
基本:殺し合いから脱出したい。
1:……。
2:首輪を調べたい。
最終更新:2013年04月10日 00:20