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「闘りゃんせ(銀杏丸さま)」(2009/11/27 (金) 20:45:56) の最新版変更点
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死臭みちたる冥府の中、きらりと光るものがあった。
鎧だ。
きらきらと、まるで太陽のかけらのように光るそれは、冥府の住人にとって忌むべきもの。
彼らの主の、彼ら自身の仇敵の象徴ともいうべきものだ。
聖衣、なかでも格別な黄金の聖衣。
神話の昔から戦い続けた憎い相手のそれである。
が、死臭はそれからふいてくる。
死者を支配する立場にいるだろう彼ら冥闘士たちは、死臭に震えていた。
いや、すくみあがったというべきだろう。
もはや勝負になってはいない。
黄金の聖衣の主が、腕を一振りするだけで、一蹴りするだけで、
冥界の淀んだ大気が引き裂かれ、黒い冥闘衣が砕け、冥闘士が死ぬ。
もはや、暴威と呼ぶべきだ。
「にげぇ」ろ、とつながる筈だった冥闘士の声は、潰された肺から吐き出された空気によって、
酷く濁ったおくびの様な音となって消えた。
煌く黄金の小宇宙、たなびく死臭を踏みしめて、虎が猛威を振るっていた。
その眼光に雑兵冥闘士はすくみ、あるいは逃げまとい。
その鉄拳にあまたの冥闘士は命散らして消え果てて。
その健脚に死した冥闘士は踏みしめられて。
金色の虎、その名を天秤座の童虎という。
二百数十年を五老峰にて座視してきた男の感情が燃えていた。
あの春の日の別れから二百数十年。
朋友との別れから十三年。
主君が、仇敵が、友が、仲間が、想い人が、弟子が、師が、その時の流れの中に消えていった。
それを五老峰から座視せねばならなかった男の激情が燃えていた。
「どうした?この程度か?
不甲斐ないのぉ…」
嘲りではなく、落胆。
それに激昂したひとりの冥闘士が殴りかかるが。
「精進が足りん」の声と共に破裂し、びしゃりと冥界の地にその肉片をばら撒いて終わった。
何らかの技が使われたのだ、と理解した冥闘士たちはついに逃げ出した。
誰だって命は惜しい。
「死人が逃げるなよ」
その声をいったい何人が聞けただろう。
瞬く間、というより、認識したら仲間たちが死んでいた。
逃げ出したはずなのに、いつの間にか敵に向かって突っ込んでいた。
ああ、光速で移動したのだと理解したとたん、その冥闘士も死んでいた。
虎がその爪を振るうたびに、虎がその腕を振るうたびに、稲穂のように命が刈り取られていく。
「その聖衣、黄金聖闘士とお見受けする。」
思うさま暴威を振るう猛獣を駆逐せんと、一人の冥闘士が名乗りをあげた。
「私は」
名乗りをあげた、が、最後まで口上を述べることはできなかった。
「喧しい、死人が喋るな」
簡単な話だ。今の童虎が、そんな冥闘士を見逃しはしないのだから。
べしゃりと大地に叩き付けられた冥闘士はそのまま沈黙した。
頭部が半分以上潰れてしまえば、そもそも話すことなどできはしないのだから。
「もはや、どちらが暗黒の住人かわかりませんね…」
童虎の眼光に耐えるだけの実力をもっているのか、その女のような細面の男は死臭の渦の中で微笑んでさえ見せた。
彼の纏う昏い輝きを湛えた冥衣の羽から、なにか黒い霞のようなものが辺りに満ちていく。
「ごきげんよう、虎どの。
私は天究星ナスのベロニカ…」
ヴヴヴ、と、死臭を纏った黒霞が唸った。
否、蝿の羽音だ。
「そして、さようなら」
金の虎を食らいつくさんとばかりに、蝿の群れが童虎を飲み込んだ。
「まったく、この神聖な死の静寂を破るなんて…。
忌々しいったらありゃしないわね…」
仕事は済んだとばかりにきびすを返し、その場を後にするベロニカだったが。
突如として黒霞を引き裂いた金の龍に驚愕を浮かべる。
金の龍はそのまま天にのぼって霧散した。
それが小宇宙の、この虎の技だと理解した時、ベロニカは初めて死を恐怖した。
「ほぉ、まさに五月蝿いという言葉通りじゃのぉ」
埃を払うような仕草とともに生み出された金色の龍の前に、蝿が敵うはずもない。
金の龍、その名を童虎秘儀・廬山龍飛翔。
小宇宙の龍の顎を視界に納める間に、ベロニカは粉砕された。
同時に、童虎に向かって一頭の巨大な獣が踊りかかる。
獅子の頭と山羊の胴体、蛇の尻尾を持つ合成獣「キマイラ」だ。
いや、キマイラだけではない。
二頭犬「オルトロス」や、半人半蛇の怪人「タゲス」、百の腕をもつ巨人「ヘカトンケイル」など、
ギリシア神話にその名を残す怪物たちが群れを成して童虎へと踊りかかっていた。
「蝿が虎に敵うはずもありますまいに…」
そうつぶやくのは、天霊星ネクロマンサーのビャクだ。
その宿星名の通り死者を操る能力をもっており、この冥府において彼は完全に己の力を振るうことができる。
腐臭をあげ、腐肉を飛び散らせ、汚汁をたらしながら童虎に向かって踊りかかる怪物は、みな、死体なのだ。
神話の昔、英雄たちによって討伐され、敗者として死の眠りについた者たちを、ただ己の都合のみで使役する。
そのおぞましい力、それがネクロマンサーの力だ。
「ああ、すばらしい…。
死んでしまえば、全て僕の思いのままなのに…。
どんな美人も生きていれば老いる…、醜い老婆になってしまう…、でも、でも!でも!
僕がこうして使ってあげれば!老いない!死んでしまえば老いないんだ!
醜くならない!
ああ、ハーデスさまはなんて偉大なんだぁ…」
感極まったように己の肩を抱いて身震いするビャク。
そこでふと、自分が使役する怪物たちの動きが止まっていることに気がついた。
「おぉ、流石は流石は怪物たち…。
かの黄金聖闘士とてこれだけぶつければ…
…あぁ、そうだぁ、死んだ黄金聖闘士を使えばいいじゃないかぁ!」
ケラケラと、タガの外れたように笑うビャク。
が、それも突然破られる。
怪物たちが突如宙を舞った。
「貴様はわしの逆鱗に触れた」
ぼぐ、という音をビャクは聞いた。
自分の顔面に拳が打ち込まれた音だ、一体だれが?この目の前の男だ、憤怒に燃える男の鉄拳だ。
黄金聖闘士・天秤座ライブラの童虎の鉄拳だ。
「死者を操り…、走狗としたこと!
万死に値する!」
ぼたぼたと、ぼとぼとと血反吐を撒き散らすビャクの目には、黄金の虎がいた。
ビャク自身、殴られたのだと気がつくのに、刹那の間を要した。
頭髪は逆立ち、小宇宙は煌く。
今の童虎の目に映るのは、ビャクではない。
亡き友だ。
血涙を流しながら同胞と戦った黄金聖闘士だ。
不動の壁となって散ったアルデバランだ。
無念とともに散ったデスマスクとアフロディーテだ。
同胞に禁忌の技を仕掛けなければならなかったサガ、シュラ、カミュだ。
教皇の座に縛られ、それ故に殺されたシオンだ。
「うるさいぃいぃぃいいいぃいぃぃィゐぃいいいいいぃぃい」
砕けた顎のせいか、奇妙にどもって裏返った声。
そこには間違いなく、恐怖が篭っていた。
ビャクは、死人と死病渦巻く生まれ故郷ですら感じたことのない恐怖を抱いていた。
輝く命に、燃える生命に、怒れる虎に。
「みンなァ、死ィぬゥNだよォおあぁあぁ」
複雑な印を組むや、童虎が倒したはずの怪物たちがふたたび立ち上がる。
だが、もはや原型をとどめているものは数えるほどしかない。
ヘカトンケイルは右側の腕がもう二・三本ほどしかなく、オルトロスはその名を示す双頭を失い、鋭い爪しかない。
タゲスなどは下半身を失い、人間の上半身のみがこちらへと這ってきている。
目を背けたくなるような惨状だった。
それでもなお戦わせようとするビャクを、童虎は心底醜いと思った。
童虎一人に向かい雪崩落ちる怪物たち。
虚ろな眼窩から腐汁をたらし、ちぎれた腸をたなびかせ、腐肉をこぼしながら童虎に向かってくるその姿は、
ころしてくれ、ころしてくれと懇願するように童虎には思えた。
限界以上の命令を出したのだろう、明らかに先ほどよりも肉体の崩壊が進んでいるが、
怪物たちは聖闘士並みのスピードで襲い掛かる。
すまんな、と、誰に言うともなくつぶやくと、童虎から金色の龍が飛ぶ…。
その数十と二つ。
━━━━廬山龍飛翔━━━━
天秤座の黄金聖衣には、聖闘士にとって禁忌とされる武具が搭載されている。
武器の使用を禁じるアテナが唯一武器を授けた聖闘士という存在には意味がある。
武器をもって全聖闘士の天秤となるべし。
アテナの無言の絶対命令を下された存在であるが故、童虎には自制と理性を求められる。
今、この場においてさえ童虎は自制と理性をもって事に当たっていた。
それ故に、十二の武具を開放した。
絶対の法理たる生と死を捻じ曲げる者にアテナの制裁を。
それが今、童虎が武具を開放した理由である。
理性ある闘争の神、それがアテナだ。
理性なき闘争の神、アレスとの致命的かつ絶対の差。
闘争という極限において、なお、理性を失わぬこと、それこそが人類が霊長たる証なのだ。
本能のままに争うは獣、理性をもって戦うからこそアテナの聖闘士は「ソルジャー」たりえるのだ。
十二の黄金龍、十二の廬山龍飛翔。それが意味することはただの一つ。
怪物の殲滅。
タゲスがはじけとび、オルトロスが崩れ落ち、ヘカトンケイルが押しつぶされ、キマイラが切断される。
ただの一瞬、ほんの刹那、それだけで死体は死体へと還った。
ただ呆然と、その様を眺めるしかないビャク。
その彼の肩を、ぽんと、まるで友人のように叩く手があった。
はじかれたように振り替える、そのままあご下に衝撃、虎の声が響く。
「廬山昇龍覇」と!
ビャクは舌で口中をさぐるが、不思議と下あごに触れない。かわりに舌が妙にひきつった感触を受けた。
簡単な話だ、もうないのだから。
べり、という音は、上あごから歯が落ちた音だろう。
脳が直接下からぶん殴られたためか、今のビャクは自分がどんな状態にあるのかわからない。
例えるならば、ゼリーか漂うクラゲか。
それでも不思議と耳は、よく聞こえた。
恐怖は耳から入り、脳を浸して全身を腐らせる。
黄金の虎に、彼は赤子のように震えて泣いた。
ビャクは自分の意のままにしたかっただけなのだ。
人は人と触れ合うことで距離感を掴む。
その距離感を掴みかねた者は、生涯その摩擦を恐れてすごす。
摩擦を厭い、摩擦を嫌い、そして摩擦から逃げだしたビャクは、結局は死を弄んでいたに過ぎない。
「廬山百龍覇」
それがおろかなネクロマンサーが最期に聞いた音だった。
そして…。
「天暗星ウィル・オー・ウィスプのブラジオン!」
「天威星ティンダロスのレイザークロウ!」
「天速星バイアクヘのブラー…」
「天微星ミーゴのトリプレイガス!」
死臭が死臭を呼び、殺意が殺意を招く死の舞台にて…。
「ホ、一丁前に名乗りおるか?
わが名は童虎!黄金聖闘士、天秤座ライブラの童虎!
黄金の龍の顎を恐れんものからかかってこい!」
戦いは、続く!
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