昨日、邪神改めバカの神のおかげで戦わずに済んだのは、加藤にとってラッキーだった。
丸一日を休息に当てることで、完全ではないにせよ体力を回復させることが出来た。
今日は早朝から、加藤はストレッチとランニングで軽く汗を流す。後に末堂との試合を
控えているが、緊張している様子はない。むしろ感謝すらしていた。
武神から入手した情報をまとめると次の通りだ。
加藤が出会った末堂は、紛れもない本物であり、しかも現実での記憶を失っていた。実
際に話しかけてみたが、
「末堂、なんでてめぇまでこんなとこにいやがる!」
「あァ? 俺はおまえなんて知らねぇよ。寝ぼけてるんじゃねぇか」
「まさか忘れちまったのか? 俺だよ、加藤だよ!」
「だから知らねぇって」
まったく噛み合わない。武神に記憶を操作でもされたのだろうか。
さらにこの十日間で、武神は末堂に強化を施したと述べた。より強大な壁として、加藤
の前に立たせるために。どちらも空手家なので、互いに互いを知り尽くした上での戦闘に
なるところもポイントだ。具体的にどのような強化をされたのかは戦ってみなければ分か
らないが、筋力面、技術面ともに以前より充実しているにちがいない。
ようするに、武神の良い手駒にされてしまっているわけだが、不思議と怒りは湧いてこ
なかった。武神は性格こそ人間離れしているものの、ある種の筋は通すタイプであること
は何となく分かってきた。井上は無事に帰したし、昨日も試練を脱線した邪神を打ち倒し
た。おそらく悪意で末堂を加藤の対戦者に仕立て上げたのではない、と思う。
息を吐き出し、加藤は独りごちた。
「……楽観のしすぎかな」
なんにせよ不可避なカード(組み合わせ)だ。加藤としても、末堂は白黒をはっきりさ
せておきたい相手である。
加藤はこれまでの末堂との戦歴を振り返る。
ノールールでの試合は行ったことはないが、戦歴はほぼ五分五分、白星の数は加藤がや
や優勢か。
さて、末堂を分析した際、まず目に付くのがパワーだ。二メートル五センチの体躯から
繰り出される打撃は圧巻の一言。加藤も不覚にも上段突き一発でのされてしまった経験が
ある。が、末堂は決して鈍重なパワーファイターではなく、疾く、そしてクレバーだ。力、
速さ、戦略が絶妙に融合した時の末堂は本当に強い。
それでも数値で劣る加藤が、互角以上にやり合えた理由。それは加藤の狂犬のようなセ
ンスにこそある。末堂がブレーキを踏む場面で、加藤は迷わずアクセルを踏む。敵が想定
していない一手をあえて打つ。空手を道として究めるのでなく、空手をいかに効率よく使
うかを考えていた加藤。人並み外れた実戦志向が、平凡な体格の彼を神心会のトップファ
イターへと押し上げたのである。
「末堂、俺ァ手加減はしねぇぜ。ぶっ潰す!」
無情に佇む水平線に、加藤は誓った。
多種多様な試練を打破しレベルアップした加藤と、武神の加護を受けパワーアップを果
たした末堂。
武神はこの戦いの果てに、二人に何を見せるつもりなのか。
丸一日を休息に当てることで、完全ではないにせよ体力を回復させることが出来た。
今日は早朝から、加藤はストレッチとランニングで軽く汗を流す。後に末堂との試合を
控えているが、緊張している様子はない。むしろ感謝すらしていた。
武神から入手した情報をまとめると次の通りだ。
加藤が出会った末堂は、紛れもない本物であり、しかも現実での記憶を失っていた。実
際に話しかけてみたが、
「末堂、なんでてめぇまでこんなとこにいやがる!」
「あァ? 俺はおまえなんて知らねぇよ。寝ぼけてるんじゃねぇか」
「まさか忘れちまったのか? 俺だよ、加藤だよ!」
「だから知らねぇって」
まったく噛み合わない。武神に記憶を操作でもされたのだろうか。
さらにこの十日間で、武神は末堂に強化を施したと述べた。より強大な壁として、加藤
の前に立たせるために。どちらも空手家なので、互いに互いを知り尽くした上での戦闘に
なるところもポイントだ。具体的にどのような強化をされたのかは戦ってみなければ分か
らないが、筋力面、技術面ともに以前より充実しているにちがいない。
ようするに、武神の良い手駒にされてしまっているわけだが、不思議と怒りは湧いてこ
なかった。武神は性格こそ人間離れしているものの、ある種の筋は通すタイプであること
は何となく分かってきた。井上は無事に帰したし、昨日も試練を脱線した邪神を打ち倒し
た。おそらく悪意で末堂を加藤の対戦者に仕立て上げたのではない、と思う。
息を吐き出し、加藤は独りごちた。
「……楽観のしすぎかな」
なんにせよ不可避なカード(組み合わせ)だ。加藤としても、末堂は白黒をはっきりさ
せておきたい相手である。
加藤はこれまでの末堂との戦歴を振り返る。
ノールールでの試合は行ったことはないが、戦歴はほぼ五分五分、白星の数は加藤がや
や優勢か。
さて、末堂を分析した際、まず目に付くのがパワーだ。二メートル五センチの体躯から
繰り出される打撃は圧巻の一言。加藤も不覚にも上段突き一発でのされてしまった経験が
ある。が、末堂は決して鈍重なパワーファイターではなく、疾く、そしてクレバーだ。力、
速さ、戦略が絶妙に融合した時の末堂は本当に強い。
それでも数値で劣る加藤が、互角以上にやり合えた理由。それは加藤の狂犬のようなセ
ンスにこそある。末堂がブレーキを踏む場面で、加藤は迷わずアクセルを踏む。敵が想定
していない一手をあえて打つ。空手を道として究めるのでなく、空手をいかに効率よく使
うかを考えていた加藤。人並み外れた実戦志向が、平凡な体格の彼を神心会のトップファ
イターへと押し上げたのである。
「末堂、俺ァ手加減はしねぇぜ。ぶっ潰す!」
無情に佇む水平線に、加藤は誓った。
多種多様な試練を打破しレベルアップした加藤と、武神の加護を受けパワーアップを果
たした末堂。
武神はこの戦いの果てに、二人に何を見せるつもりなのか。
──時刻は正午。末堂と武神が揃って島に姿を現した。
末堂は胸に『武神』と縫われた真新しい空手着を身につけ、武神は相変わらず半裸に腰
みののように粗末な布を巻きつけている。
加藤は久々に遠路から訪ねてきた友人を迎えるような態度で、二人を出迎える。
「よう、待ってたぜ」
「加藤……だっけか。おまえも空手を使うらしいな」
「あァ、おまえより上手にな」
露骨な挑発に、末堂の眉がピクリと動く。短気な彼らしい反応だ。
「俺より上手に、だァ?」
「おうよ。おまえみたいなノッポは下段で痛めつけて、体が沈んだところに上段でも決め
りゃあ終わりだからな」
「てめぇなんぞのローが俺に効くと思ってんのか?」
「試してみりゃあすぐ分かるこった」
すでに友人同士ではなくなっていた。いつどちらが仕掛けてもおかしくない。舌先でも
手加減なし。
「その減らず口をすぐ叩けなくしてやる」
「やってみろよ」
「……今日は死んだっていい」
「死んでもいい……か。残念だな、俺は死ぬわけにゃいかねぇ」
両者は同じタイミングで拳を作る。姿形は違えど、同じ流派だけあってどこか似ている。
視線を交える両雄。どちらも目を逸らさない。
武神は腕を組み、黙って最終試練を見届けようとしている。
(やっぱこいつ──末堂だわ)
これまでのやり取りから加藤は再認識した。あれもこれもどれもが、あまりにも末堂す
ぎる。思わず感動しそうになる自分を必死に抑える。
末堂は胸に『武神』と縫われた真新しい空手着を身につけ、武神は相変わらず半裸に腰
みののように粗末な布を巻きつけている。
加藤は久々に遠路から訪ねてきた友人を迎えるような態度で、二人を出迎える。
「よう、待ってたぜ」
「加藤……だっけか。おまえも空手を使うらしいな」
「あァ、おまえより上手にな」
露骨な挑発に、末堂の眉がピクリと動く。短気な彼らしい反応だ。
「俺より上手に、だァ?」
「おうよ。おまえみたいなノッポは下段で痛めつけて、体が沈んだところに上段でも決め
りゃあ終わりだからな」
「てめぇなんぞのローが俺に効くと思ってんのか?」
「試してみりゃあすぐ分かるこった」
すでに友人同士ではなくなっていた。いつどちらが仕掛けてもおかしくない。舌先でも
手加減なし。
「その減らず口をすぐ叩けなくしてやる」
「やってみろよ」
「……今日は死んだっていい」
「死んでもいい……か。残念だな、俺は死ぬわけにゃいかねぇ」
両者は同じタイミングで拳を作る。姿形は違えど、同じ流派だけあってどこか似ている。
視線を交える両雄。どちらも目を逸らさない。
武神は腕を組み、黙って最終試練を見届けようとしている。
(やっぱこいつ──末堂だわ)
これまでのやり取りから加藤は再認識した。あれもこれもどれもが、あまりにも末堂す
ぎる。思わず感動しそうになる自分を必死に抑える。
加藤清澄 対 末堂厚、開幕!