梯子を下ると殺風景な十メートル四方ほどの地下室が広がっていた。
すでに地上での異常は察知していたのか、マウスは並んで二人を待ち受けている。部屋
の隅にはロープで縛られたいじめっ子たち。眠られているが、まだ暴力を振るわれた様子
はない。
「あいつらがマウスです、シコルスキーさん!」
「どうやら間に合ったようだな」
突然の乱入者にも動じず、マウスを代表して唇(リップ)が尋ねる。
「君たちがこうして入ってきたということは、上の彼は屈伏したようだな。……名前を聞
こうか」
「しけい荘203号室在住、シコルスキーだ。子供たちを返してもらう」
「返すわけにはいかない。彼らにはこれから再教育を施さねばならないのでね」
「どうする気だ?」
「我々の手で適切な体罰を加え、曲がった心を矯正する。彼らは日本の将来を担うに相応
しい、国家権力の先兵となるのだ」
悪びれず淡々と語る唇に、シコルスキーはため息をつく。
「だったら力ずくで奪い返すしかないな」
「こちらとて君たちをここから帰すつもりはない。後ろにいる小学生ともどもたっぷりと
教育してやろう。歯(トゥース)、舌(タング)」
歯と舌が唇から離れ、左右に散る。心配そうにルミナが呟く。
「……シコルスキーさん」
「下がってろ、ルミナ。今からこの部屋は闘争領域(ファイティングエリア)になるッ!」
すでに地上での異常は察知していたのか、マウスは並んで二人を待ち受けている。部屋
の隅にはロープで縛られたいじめっ子たち。眠られているが、まだ暴力を振るわれた様子
はない。
「あいつらがマウスです、シコルスキーさん!」
「どうやら間に合ったようだな」
突然の乱入者にも動じず、マウスを代表して唇(リップ)が尋ねる。
「君たちがこうして入ってきたということは、上の彼は屈伏したようだな。……名前を聞
こうか」
「しけい荘203号室在住、シコルスキーだ。子供たちを返してもらう」
「返すわけにはいかない。彼らにはこれから再教育を施さねばならないのでね」
「どうする気だ?」
「我々の手で適切な体罰を加え、曲がった心を矯正する。彼らは日本の将来を担うに相応
しい、国家権力の先兵となるのだ」
悪びれず淡々と語る唇に、シコルスキーはため息をつく。
「だったら力ずくで奪い返すしかないな」
「こちらとて君たちをここから帰すつもりはない。後ろにいる小学生ともどもたっぷりと
教育してやろう。歯(トゥース)、舌(タング)」
歯と舌が唇から離れ、左右に散る。心配そうにルミナが呟く。
「……シコルスキーさん」
「下がってろ、ルミナ。今からこの部屋は闘争領域(ファイティングエリア)になるッ!」
シコルスキー側から、左に歯、中央に唇、右に舌。
どいつから来る──とシコルスキーが身構えた瞬間、まるでタイミングを計ったように
三人は同時に駆け出した。
正面からまっすぐ攻めてくる唇、跳び上がる歯、スライディングのように滑り込む下か
ら舌。
上段、中段、下段からの同時攻撃を完璧に防御することは極めて難しい。
唇の中段突きはブロックし、舌のスライディングはかろうじてかわした。が、歯の跳び
蹴りだけはクリーンヒットを許してしまう。
「……グッ!」
マウスは離脱も素早かった。右フックを返すが惜しくも届かない。
シコルスキーが蹴られた箇所を拭うと、正面に立つ唇が、これまで保っていた無表情を
崩して笑みをこぼしていた。
「これで勝敗は決した」
三角形フォーメーション。唇、歯、舌をそれぞれ頂点とする、シコルスキー包囲網が完
成した。
「ま……まずい……ッ!」ルミナにもこのフォーメーションがいかに危険か理解できた。
ヘヴィ級ボクサーをも手玉に取るマウスの絶技が、いよいよ本領を発揮する。
「さ」と唇。
「て」と歯。
「始」と舌。
「め」と唇。
「よ」と歯。
「う」と舌。
「か」と唇。
右後方に立つ舌が指を鳴らす。音に反応してとっさに振り向くシコルスキー。
しかしこれは罠である。他の二方向から同時に拳が叩き込まれた。威力はさほどでない
とはいえ、死角からの打撃。ぐらりと体が揺れる。
どうにか踏みとどまるが、舌が絶妙なタイミングで膝に蹴りを入れる。さらに全身が傾
けるシコルスキーに対し唇は、
「もう君は我々に触れることすらできない」
両目を狙った平手打ち。オートメーション化された工場のように整然と効率的に作業が
こなされる。
視力を失い立ち往生する獲物に、三人は一斉に襲いかかった。
滅多打ち。全方位から容赦なく拳が打ち込まれる。いかにしけい荘で鍛えられ、無類の
タフネスを誇るシコルスキーといえど、ダメージの蓄積は免れない。
早くも劣勢に立ったシコルスキーは、奥の手の発動を決意する。
「寂、先生……使わせてもらう……」
シコルスキーはいきなり膝をつき、両手を首の後ろに回し、背中を丸めた。
「なんだ、これは……?」
「空拳道に伝わる奥義だ……。これで俺の戦力は七倍になったッ!」
「──ふざけるなッ! 歯、舌、徹底的に叩きのめすぞッ!」
どいつから来る──とシコルスキーが身構えた瞬間、まるでタイミングを計ったように
三人は同時に駆け出した。
正面からまっすぐ攻めてくる唇、跳び上がる歯、スライディングのように滑り込む下か
ら舌。
上段、中段、下段からの同時攻撃を完璧に防御することは極めて難しい。
唇の中段突きはブロックし、舌のスライディングはかろうじてかわした。が、歯の跳び
蹴りだけはクリーンヒットを許してしまう。
「……グッ!」
マウスは離脱も素早かった。右フックを返すが惜しくも届かない。
シコルスキーが蹴られた箇所を拭うと、正面に立つ唇が、これまで保っていた無表情を
崩して笑みをこぼしていた。
「これで勝敗は決した」
三角形フォーメーション。唇、歯、舌をそれぞれ頂点とする、シコルスキー包囲網が完
成した。
「ま……まずい……ッ!」ルミナにもこのフォーメーションがいかに危険か理解できた。
ヘヴィ級ボクサーをも手玉に取るマウスの絶技が、いよいよ本領を発揮する。
「さ」と唇。
「て」と歯。
「始」と舌。
「め」と唇。
「よ」と歯。
「う」と舌。
「か」と唇。
右後方に立つ舌が指を鳴らす。音に反応してとっさに振り向くシコルスキー。
しかしこれは罠である。他の二方向から同時に拳が叩き込まれた。威力はさほどでない
とはいえ、死角からの打撃。ぐらりと体が揺れる。
どうにか踏みとどまるが、舌が絶妙なタイミングで膝に蹴りを入れる。さらに全身が傾
けるシコルスキーに対し唇は、
「もう君は我々に触れることすらできない」
両目を狙った平手打ち。オートメーション化された工場のように整然と効率的に作業が
こなされる。
視力を失い立ち往生する獲物に、三人は一斉に襲いかかった。
滅多打ち。全方位から容赦なく拳が打ち込まれる。いかにしけい荘で鍛えられ、無類の
タフネスを誇るシコルスキーといえど、ダメージの蓄積は免れない。
早くも劣勢に立ったシコルスキーは、奥の手の発動を決意する。
「寂、先生……使わせてもらう……」
シコルスキーはいきなり膝をつき、両手を首の後ろに回し、背中を丸めた。
「なんだ、これは……?」
「空拳道に伝わる奥義だ……。これで俺の戦力は七倍になったッ!」
「──ふざけるなッ! 歯、舌、徹底的に叩きのめすぞッ!」
五分間、マウスは丸まった背中を全力で踏みつけた。なのにビクともしない。むろん効
いてないわけではないが、疲労は彼らの方が大きい。
コンビネーションを得意とするだけあって、マウスの身体能力はほぼ近似値である。ス
タミナとて例外ではない。つまり今三人は、同時に息を切らしている。そしてこれこそが、
シコルスキーの待ちわびた瞬間であった。
ずっと丸まっていたシコルスキーが、突如動き出す。起き上がり、驚異的な脚力によっ
て刹那でマウスの背後を取った。
「し、しまった!」
疲れ切っていたマウスは反応が遅れる。
「息が上がってるぜ」
「まずいッ! 早くフォーメーションを──!」
シコルスキーが速かった。二秒にも満たぬ間に、それぞれに一撃ずつ拳を叩き込み、鮮
やかにノックダウンを奪った。
かろうじてだが、三人とも意識は残されている。
「一応警官だからな、加減はしておいた。子供たちはもらっていくがな」
辛くも勝利し、いじめっ子が縛られている方向に向き直るシコルスキー。
──ところが。
「シコルスキーさんッ! 逃げてェェッ!」絶叫するルミナ。
銃声が一発、地下室を駆け巡った。だがシコルスキーの右膝には同時に三発もの銃弾が
命中していた。
片足という支えを失い、崩れ落ちるシコルスキー。
「ク、ククク、効いたよ……だが我々が国家権力であることを忘れてもらっては困る。こ
ういうのもアリなんだよ」
三つの銃口から硝煙が立ち上る。ニューナンブを片手に嘲り笑うマウス。シコルスキー
の右膝からの出血は収まりそうにない。
いてないわけではないが、疲労は彼らの方が大きい。
コンビネーションを得意とするだけあって、マウスの身体能力はほぼ近似値である。ス
タミナとて例外ではない。つまり今三人は、同時に息を切らしている。そしてこれこそが、
シコルスキーの待ちわびた瞬間であった。
ずっと丸まっていたシコルスキーが、突如動き出す。起き上がり、驚異的な脚力によっ
て刹那でマウスの背後を取った。
「し、しまった!」
疲れ切っていたマウスは反応が遅れる。
「息が上がってるぜ」
「まずいッ! 早くフォーメーションを──!」
シコルスキーが速かった。二秒にも満たぬ間に、それぞれに一撃ずつ拳を叩き込み、鮮
やかにノックダウンを奪った。
かろうじてだが、三人とも意識は残されている。
「一応警官だからな、加減はしておいた。子供たちはもらっていくがな」
辛くも勝利し、いじめっ子が縛られている方向に向き直るシコルスキー。
──ところが。
「シコルスキーさんッ! 逃げてェェッ!」絶叫するルミナ。
銃声が一発、地下室を駆け巡った。だがシコルスキーの右膝には同時に三発もの銃弾が
命中していた。
片足という支えを失い、崩れ落ちるシコルスキー。
「ク、ククク、効いたよ……だが我々が国家権力であることを忘れてもらっては困る。こ
ういうのもアリなんだよ」
三つの銃口から硝煙が立ち上る。ニューナンブを片手に嘲り笑うマウス。シコルスキー
の右膝からの出血は収まりそうにない。