聖少女風流記 慶次編 第三話 「愚物の王太子」
以外にも、ジャンヌ・ダルクの肖像画は一枚も残されてはいない。
現在、世界の美術館などに展示されている数多の彼女の絵や彫像は、
全て、後世の人間が想像の羽を広げて描いたものである。
いや、想像というよりも、作者が理想とする聖女の姿を具現化させたものだろう。
ひとつひとつの絵画がそれぞれ違うジャンヌ・ダルクの顔を描き、
ひとつひとつの彫像がそれぞれ違う光を纏う聖女を形作っている。
ジャンヌ・ダルクは無数の顔を持つ。
彼女を、愛する人たちの中に、一人ずつ宿っているからだ。
現代でも、彼女を天使とも、神の使いと信じるものは数多い。
しかし。
「フン。つまらぬ場所よ。だが、高みの見物にはちょうど良いか」
天魔の王がワイングラスを傾けながら、不敵な笑みを浮かべている。
闇の覇者、織田 信長。サタンの力を呑み込みし、人類最大の凶。
傍らには無骨で蓬髪の獣のような男が立っている。宮本 武蔵である。
が、信長の正面に、瘴気の満ちた暗闇には相応しくは無い、絶世の美女が立っていた。
雪のように白い肌が闇を弾いている。信長は女に言った。
「フフフ。おみゃーさんが俺の下に付くとはな」
生まれの方言を交えながら楽しげに笑う魔王。更に続ける。
「世の果てまで見通す、だったか? ならば、俺の運命はどうでゃ?」
女は短く応える。
「……今のままなら、時の天秤は闇に傾いたままでしょう。即ち、あなたへと」
「フン。つまらん答えだわ」
信長は退屈そうに応えた。ワインを飲干してから、また呟く。
「前田、慶次。……ジャンヌ・ダルクか。本当に、俺を楽しませられるか、アイリス」
慶次の名前が信長の口から出た途端、武蔵がギリリと歯を食いしばった。
アイリス、と呼ばれた美女は一瞬、逡巡した。その瞳に、何故か哀しみが宿っている。
「…ええ。でも、もう少し、待って下さい。ジャンヌの、大望が果たされるまで」
「フン。やはり、気に掛かるか。まあいい。俺には無限の時間がある。
しばらく待ってやろう。……あの聖女が、猿を天下人に仕立て上げるまで。
一応は、お前の顔を、立てて、な」
武蔵が怪訝に思う。何故、この女如きに魔王が気を使うのだろうか。
「ありがとうございます。これで、少しは、未来に、希望が」
言葉を遮るように信長が哂う。
「フハハハハ。無いわ。この俺が、この世に永遠に君臨する限り。
既にこの大陸の各国は俺の手の内にある。あとはフランスだけよ。
それも、シャルルだの言う愚物如き、手の内に落とすのに半日も掛からぬ」
「……聖女と傾奇者の力、甘く見ないよう」
アイリスが立ち去ろうとする。その背に、信長が問い掛けた。
「待て。お前は、あの女が本当に人以上の天女と思うか。 …お前なら、分かるはずだ」
アイリスは暫し立ち止まった。振り返らずに応える。
「分かりません。彼女が人に生まれながらも天使の類なのか、ただの人間なのか。
ですが、私は思います。 ……天使も、人から見たら化け物の類かも知れぬ、と」
「フム。面白いな。いずれ立ち塞がるか。天女と、傾奇者が、俺の前に」
アイリスはしばし立ち尽くすと、やがて応えた。
「……今の私には、運命を見届けるしか力がありません。
あまりにも巨大になりすぎたあなたの力と闇の前で、私の力は掻き消えてしまった。
ですが、ひとつだけ、言える事があります」
「フム。申してみよ」
「人の思いというものは、時に神も魔も超えてしまう事があるやも知れません」
オルレアンの解放という奇跡を成し遂げてから、ほんの翌々日の事である。
ジャンヌは休む事もせずに兵を率い、王太子の宮殿へと急いでいた。
戦勝に沸くオルレアンの民の引き留めや、貴族たちの休養を求める声を振り切り、
ジャンヌは急いでロッシュに向かっていた。
この頃の王宮は1ヶ所にとどまらず、いろいろな城を巡回する形を取っていた。
ロッシュはオルレアンからほど近い。
ジャンヌは5月11日に王太子に再会し、すぐさまランスで戴冠式を行う事を
シャルルに提案している。
その提案の場にはシャルルの他に、彼の寵臣であるラ・トレイモユがいた。
更に、ジャンヌと共にジル・ドレが高位貴族という立場で同席をしている。
「ですから、今が天のお導きなのです! 今こそ、王太子様が王になられる時なのです。
神はそう仰っているのです!」
金切り声に近いジャンヌの声が謁見の間に響き渡る。
それでも、シャルルは首を立てに振ろうとしない。理由は簡単である。
戴冠式を行うべきランスが、イギリスの同盟国であるブルゴーニュ派の勢力下だからだ。
ランスまでの道のりは、四方を敵勢力に囲まれながら進軍する事となる。
このシャルルという愚物に、そんな胆などある訳は無かった。
彼の意識の中にあるのは、自分の身の安全と、自分の栄達だけである。
慶次は胸クソが悪くなってきた。
十代の少女が命懸けでフランスを救おうとしている時に、王が己の身ばかりを案じている。
そして、その横にかしずく男(ラ・トレモイユ)の醜い顔にも吐き気を覚える。
この顔は、シャルル以上に己の事しか考えていない顔だ。
慶次は2人をぶん殴りたくなる衝動をジャンヌの為に抑えながら、低い声で言った。
「ならば、先にいる敵を払えばいいのでしょう。それだけの事だ」
結果、慶次のこの一言が通る事になる。
勿論、更に徹底して自分の安全を優先させて、だが。
シャルルはジャンヌや慶次たちに先兵隊を命じた。
ロワール河流域に布陣しているイギリス兵とブルゴーニュ軍をジャンヌ軍に一掃させ、
領地を確保させ、砦を奪い、その後に自分が砦に入城する。
その後、その砦を基地としてまたジャンヌたちに先兵をさせ、先の砦や街を奪い、
安全を確保した後に、自分たちの軍がまたその砦や街に進軍していく。
それの繰り返しでランスまで到達する。あくまで自分の安全を最優先させて。
これが、フランス次期国王の下した、ランス行きへの条件である。
ジャンヌはこの条件を呑んだ。いや、呑まざるを得なかった。
神が、自分に下した役目を果たす為に。
「胸糞がわるくなったろう、慶次殿」
アルチュールが謁見の終わった慶次に問い掛けてきた。慶次は大声で言った。
「いや、驚き申した。あれが次の帝とは。まるで生まれたての子猿ですな。
小心で、せこせこしていて、さぞや一物も小さいのでしょう」
慶次が笑いながら言った。言い方は爽やかでも、内容が内容である。
周りの貴族が一斉に慶次を見る。ジヤンが慌てて慶次の口を塞ごうとする。
が、アルチュールは可笑しそうに笑いを噛み殺している。
「いやいや慶次殿、失礼ですぞ。 ……小猿にはまだ愛嬌がある」
ジヤンが阿呆のように口を空けてアルチュールを見た。
追放されたとは言え彼は、名門貴族である。しかも元は、シャルルの側近だった男だ。
「全くその通りですな。猿にあったら謝らねばなりますまい」
慶次とアルチュールは声を合わせて大声で笑った。周りの貴族は凍り付いている。
アルチュールが少し真顔に戻る。
「聖女殿は、どうされた?」
慶次はやんわりと応えた。
「ジル・ドレ殿と共に、今後の道のりを決める為に別室へ」
アルチュールは少し黙り込んだ。意を決し、慶次に問う。
「変わられたのではないか、ジャンヌ殿は。オルレアンの解放の翌日から。
……貴殿と、少し距離を取っているように思えるが」
「そんな事は…ないさ」
慶次は微笑んで返した。が、アルチュールの言った事は慶次が誰よりも感じている。
「フム。無粋だったな。そなたは、聖女をただの女として見ているのだった。
人の色恋に口を挟むと、その内に馬に蹴られるな」
アルチュールがおどける。彼なりの気遣いだろう。少し難しい顔になり、彼は言った。
「ラ・トレモイユにはあったか、慶次殿」
「ああ。あの醜く太った男か。覚えているよ。虫唾の走る笑い方の男だな」
慶次は男の風貌を思い出す。
ブクブクと太った体に短い手足。柔和な笑顔を絶やさないが、目は酷薄なまでに冷たい。
「見た目で油断するな。権力に執着する化け物だ。俺が追放されたのもあの男だ。
王太子は所詮、あの男と皇后の傀儡に過ぎん。 ……手強いぞ、呂布と違う意味で」
アルチュールの不安は当たっている。
ラ・トレモイユは、日に日に賞賛の声が上がるジャンヌに脅威を感じている。
あの小娘に、いつ自分の権力の座が脅かされないか、と。
権力に執着する男の動きは速い。 ……彼は既に、ジャンヌ転落の為の手を打っていた。
そしてそれが、ジャンヌ・ダルクの悲劇の引き金となる。
「ご助言かたじけなく存ずる。ですが心配ご無用。 ……ジャンヌ殿は、俺が必ず護る」
アルチュールはそれを聞いて安心したように立ち去った。
が、慶次の胸の内には漠然とした不安が残る。
変わり始めたジャンヌ。動き始めた大きな歯車。権力に執着する化け物たち。
ジャンヌはその日、眠れなかった。
求めても求めても、聞こえないからだ。ハッキリと聞こえていた、神の声が。
(どうしてですか、神様? 啓示通り、オルレアンを解放したのに。
もうすぐ、シャルル様だって王になるのに。どうして、応えてくれないのですか)
自分がいけないのだろうか。
自分の心の中に、神よりも、信仰よりも大切なものが生まれている。
天にいる父よりもずっと信じられるものが、すぐ隣に存在している。
(……慶次さんを愛する事が、いけないのでしょうか?)
気付いている。慶次を欲しがっていたあの夜。
自分は処女ではなくなってしまったという事を。肉体的にではなく、精神的に。
神と慶次の間で揺れるジャンヌに、天の声は届かない。
以外にも、ジャンヌ・ダルクの肖像画は一枚も残されてはいない。
現在、世界の美術館などに展示されている数多の彼女の絵や彫像は、
全て、後世の人間が想像の羽を広げて描いたものである。
いや、想像というよりも、作者が理想とする聖女の姿を具現化させたものだろう。
ひとつひとつの絵画がそれぞれ違うジャンヌ・ダルクの顔を描き、
ひとつひとつの彫像がそれぞれ違う光を纏う聖女を形作っている。
ジャンヌ・ダルクは無数の顔を持つ。
彼女を、愛する人たちの中に、一人ずつ宿っているからだ。
現代でも、彼女を天使とも、神の使いと信じるものは数多い。
しかし。
「フン。つまらぬ場所よ。だが、高みの見物にはちょうど良いか」
天魔の王がワイングラスを傾けながら、不敵な笑みを浮かべている。
闇の覇者、織田 信長。サタンの力を呑み込みし、人類最大の凶。
傍らには無骨で蓬髪の獣のような男が立っている。宮本 武蔵である。
が、信長の正面に、瘴気の満ちた暗闇には相応しくは無い、絶世の美女が立っていた。
雪のように白い肌が闇を弾いている。信長は女に言った。
「フフフ。おみゃーさんが俺の下に付くとはな」
生まれの方言を交えながら楽しげに笑う魔王。更に続ける。
「世の果てまで見通す、だったか? ならば、俺の運命はどうでゃ?」
女は短く応える。
「……今のままなら、時の天秤は闇に傾いたままでしょう。即ち、あなたへと」
「フン。つまらん答えだわ」
信長は退屈そうに応えた。ワインを飲干してから、また呟く。
「前田、慶次。……ジャンヌ・ダルクか。本当に、俺を楽しませられるか、アイリス」
慶次の名前が信長の口から出た途端、武蔵がギリリと歯を食いしばった。
アイリス、と呼ばれた美女は一瞬、逡巡した。その瞳に、何故か哀しみが宿っている。
「…ええ。でも、もう少し、待って下さい。ジャンヌの、大望が果たされるまで」
「フン。やはり、気に掛かるか。まあいい。俺には無限の時間がある。
しばらく待ってやろう。……あの聖女が、猿を天下人に仕立て上げるまで。
一応は、お前の顔を、立てて、な」
武蔵が怪訝に思う。何故、この女如きに魔王が気を使うのだろうか。
「ありがとうございます。これで、少しは、未来に、希望が」
言葉を遮るように信長が哂う。
「フハハハハ。無いわ。この俺が、この世に永遠に君臨する限り。
既にこの大陸の各国は俺の手の内にある。あとはフランスだけよ。
それも、シャルルだの言う愚物如き、手の内に落とすのに半日も掛からぬ」
「……聖女と傾奇者の力、甘く見ないよう」
アイリスが立ち去ろうとする。その背に、信長が問い掛けた。
「待て。お前は、あの女が本当に人以上の天女と思うか。 …お前なら、分かるはずだ」
アイリスは暫し立ち止まった。振り返らずに応える。
「分かりません。彼女が人に生まれながらも天使の類なのか、ただの人間なのか。
ですが、私は思います。 ……天使も、人から見たら化け物の類かも知れぬ、と」
「フム。面白いな。いずれ立ち塞がるか。天女と、傾奇者が、俺の前に」
アイリスはしばし立ち尽くすと、やがて応えた。
「……今の私には、運命を見届けるしか力がありません。
あまりにも巨大になりすぎたあなたの力と闇の前で、私の力は掻き消えてしまった。
ですが、ひとつだけ、言える事があります」
「フム。申してみよ」
「人の思いというものは、時に神も魔も超えてしまう事があるやも知れません」
オルレアンの解放という奇跡を成し遂げてから、ほんの翌々日の事である。
ジャンヌは休む事もせずに兵を率い、王太子の宮殿へと急いでいた。
戦勝に沸くオルレアンの民の引き留めや、貴族たちの休養を求める声を振り切り、
ジャンヌは急いでロッシュに向かっていた。
この頃の王宮は1ヶ所にとどまらず、いろいろな城を巡回する形を取っていた。
ロッシュはオルレアンからほど近い。
ジャンヌは5月11日に王太子に再会し、すぐさまランスで戴冠式を行う事を
シャルルに提案している。
その提案の場にはシャルルの他に、彼の寵臣であるラ・トレイモユがいた。
更に、ジャンヌと共にジル・ドレが高位貴族という立場で同席をしている。
「ですから、今が天のお導きなのです! 今こそ、王太子様が王になられる時なのです。
神はそう仰っているのです!」
金切り声に近いジャンヌの声が謁見の間に響き渡る。
それでも、シャルルは首を立てに振ろうとしない。理由は簡単である。
戴冠式を行うべきランスが、イギリスの同盟国であるブルゴーニュ派の勢力下だからだ。
ランスまでの道のりは、四方を敵勢力に囲まれながら進軍する事となる。
このシャルルという愚物に、そんな胆などある訳は無かった。
彼の意識の中にあるのは、自分の身の安全と、自分の栄達だけである。
慶次は胸クソが悪くなってきた。
十代の少女が命懸けでフランスを救おうとしている時に、王が己の身ばかりを案じている。
そして、その横にかしずく男(ラ・トレモイユ)の醜い顔にも吐き気を覚える。
この顔は、シャルル以上に己の事しか考えていない顔だ。
慶次は2人をぶん殴りたくなる衝動をジャンヌの為に抑えながら、低い声で言った。
「ならば、先にいる敵を払えばいいのでしょう。それだけの事だ」
結果、慶次のこの一言が通る事になる。
勿論、更に徹底して自分の安全を優先させて、だが。
シャルルはジャンヌや慶次たちに先兵隊を命じた。
ロワール河流域に布陣しているイギリス兵とブルゴーニュ軍をジャンヌ軍に一掃させ、
領地を確保させ、砦を奪い、その後に自分が砦に入城する。
その後、その砦を基地としてまたジャンヌたちに先兵をさせ、先の砦や街を奪い、
安全を確保した後に、自分たちの軍がまたその砦や街に進軍していく。
それの繰り返しでランスまで到達する。あくまで自分の安全を最優先させて。
これが、フランス次期国王の下した、ランス行きへの条件である。
ジャンヌはこの条件を呑んだ。いや、呑まざるを得なかった。
神が、自分に下した役目を果たす為に。
「胸糞がわるくなったろう、慶次殿」
アルチュールが謁見の終わった慶次に問い掛けてきた。慶次は大声で言った。
「いや、驚き申した。あれが次の帝とは。まるで生まれたての子猿ですな。
小心で、せこせこしていて、さぞや一物も小さいのでしょう」
慶次が笑いながら言った。言い方は爽やかでも、内容が内容である。
周りの貴族が一斉に慶次を見る。ジヤンが慌てて慶次の口を塞ごうとする。
が、アルチュールは可笑しそうに笑いを噛み殺している。
「いやいや慶次殿、失礼ですぞ。 ……小猿にはまだ愛嬌がある」
ジヤンが阿呆のように口を空けてアルチュールを見た。
追放されたとは言え彼は、名門貴族である。しかも元は、シャルルの側近だった男だ。
「全くその通りですな。猿にあったら謝らねばなりますまい」
慶次とアルチュールは声を合わせて大声で笑った。周りの貴族は凍り付いている。
アルチュールが少し真顔に戻る。
「聖女殿は、どうされた?」
慶次はやんわりと応えた。
「ジル・ドレ殿と共に、今後の道のりを決める為に別室へ」
アルチュールは少し黙り込んだ。意を決し、慶次に問う。
「変わられたのではないか、ジャンヌ殿は。オルレアンの解放の翌日から。
……貴殿と、少し距離を取っているように思えるが」
「そんな事は…ないさ」
慶次は微笑んで返した。が、アルチュールの言った事は慶次が誰よりも感じている。
「フム。無粋だったな。そなたは、聖女をただの女として見ているのだった。
人の色恋に口を挟むと、その内に馬に蹴られるな」
アルチュールがおどける。彼なりの気遣いだろう。少し難しい顔になり、彼は言った。
「ラ・トレモイユにはあったか、慶次殿」
「ああ。あの醜く太った男か。覚えているよ。虫唾の走る笑い方の男だな」
慶次は男の風貌を思い出す。
ブクブクと太った体に短い手足。柔和な笑顔を絶やさないが、目は酷薄なまでに冷たい。
「見た目で油断するな。権力に執着する化け物だ。俺が追放されたのもあの男だ。
王太子は所詮、あの男と皇后の傀儡に過ぎん。 ……手強いぞ、呂布と違う意味で」
アルチュールの不安は当たっている。
ラ・トレモイユは、日に日に賞賛の声が上がるジャンヌに脅威を感じている。
あの小娘に、いつ自分の権力の座が脅かされないか、と。
権力に執着する男の動きは速い。 ……彼は既に、ジャンヌ転落の為の手を打っていた。
そしてそれが、ジャンヌ・ダルクの悲劇の引き金となる。
「ご助言かたじけなく存ずる。ですが心配ご無用。 ……ジャンヌ殿は、俺が必ず護る」
アルチュールはそれを聞いて安心したように立ち去った。
が、慶次の胸の内には漠然とした不安が残る。
変わり始めたジャンヌ。動き始めた大きな歯車。権力に執着する化け物たち。
ジャンヌはその日、眠れなかった。
求めても求めても、聞こえないからだ。ハッキリと聞こえていた、神の声が。
(どうしてですか、神様? 啓示通り、オルレアンを解放したのに。
もうすぐ、シャルル様だって王になるのに。どうして、応えてくれないのですか)
自分がいけないのだろうか。
自分の心の中に、神よりも、信仰よりも大切なものが生まれている。
天にいる父よりもずっと信じられるものが、すぐ隣に存在している。
(……慶次さんを愛する事が、いけないのでしょうか?)
気付いている。慶次を欲しがっていたあの夜。
自分は処女ではなくなってしまったという事を。肉体的にではなく、精神的に。
神と慶次の間で揺れるジャンヌに、天の声は届かない。