響く打撃、蠢く殺気、轟く悲鳴。これらはしけい荘が今日も平和であることを示す証で
ある。
──オリバの巨拳が腹筋を穿つ。
──柳の鞭打が肌を抉る。
──ドイルの刃が肉を切り裂く。
なすすべなく崩れ落ちるシコルスキー。ここでいつもなら泣きわめくか、命乞いをする
か、逃げ出すか、のいずれかであったが──。
シコルスキーの目にはあざけりの光が宿っていた。あえて表現するなら、この場は勝た
せておいてやる、といったような輝きだった。決して負け惜しみや強がりではなく、本気
でそう思っている。
シコルスキーはよろよろと立ち上がると、
「いやァ痛かった……。さすがに強いな、みんな……」
と部屋に戻っていった。その佇まいにはやはり余裕というか、貫禄が漂っている。
残されたオリバ、柳、ドイルは追撃をしにくい雰囲気となってしまい、立ち尽くすのみ。
「シコルスキーめ、原因は分からんが最近変わったな」首をひねるオリバ。
「やはり大家さんも感じたか。明らかに様子がおかしい」同調するドイル。
「ふむ、猛毒のキノコでも食べたか……」実に柳らしい推測を展開する柳。
結局議論はうやむやになり、いざとなればシコルスキー本人に吐かせれば良い、という
結論に終わった。
ある。
──オリバの巨拳が腹筋を穿つ。
──柳の鞭打が肌を抉る。
──ドイルの刃が肉を切り裂く。
なすすべなく崩れ落ちるシコルスキー。ここでいつもなら泣きわめくか、命乞いをする
か、逃げ出すか、のいずれかであったが──。
シコルスキーの目にはあざけりの光が宿っていた。あえて表現するなら、この場は勝た
せておいてやる、といったような輝きだった。決して負け惜しみや強がりではなく、本気
でそう思っている。
シコルスキーはよろよろと立ち上がると、
「いやァ痛かった……。さすがに強いな、みんな……」
と部屋に戻っていった。その佇まいにはやはり余裕というか、貫禄が漂っている。
残されたオリバ、柳、ドイルは追撃をしにくい雰囲気となってしまい、立ち尽くすのみ。
「シコルスキーめ、原因は分からんが最近変わったな」首をひねるオリバ。
「やはり大家さんも感じたか。明らかに様子がおかしい」同調するドイル。
「ふむ、猛毒のキノコでも食べたか……」実に柳らしい推測を展開する柳。
結局議論はうやむやになり、いざとなればシコルスキー本人に吐かせれば良い、という
結論に終わった。
同様の疑問は他の三人も抱えていた。
いくら殴ろうが、いくら蹴ろうが、シコルスキーは終始勝者であるかのような表情を浮
かべているという。
あのオーバーすぎる負け犬リアクションがなければ、シコルスキーをいじめる楽しさは
半減してしまう。あるいはそれを狙ってシコルスキーが演技をしている可能性もあるが、
これほど突発的にそこまでの根性が宿るとは考えにくい。
まさしく、しけい荘最大の危機。オリバはシコルスキーを除く全員を自室に集めた。
「ゲバル。君はルームシェアをしているが、最近シコルスキーに変わったところはあるか
ね?」
「いやァ~俺も来月の米大統領来日の件で忙しくて……ただ、理由は知らないが鏡をよく
磨いているな」
「鏡か……ふむ」
思案にくれるオリバ。が、パズルはすぐに行き詰まる。
続いての証言者はスペック。
「最近アイツ、タマニ部屋ノ中デ暴レテルンダヨナ。トレーニングデモシテルンジャネェ
カ? モシカシテ、ソレデ自信ヲツケタノカモナ」
「トレーニングか……。ゲバルが気づかぬはずがないから、どうやら一人でいる時のみ行
っているようだな」
オリバの頭の中に浮かぶパズルに、また一つピースが差し込まれた。
「あ、そういえば」突如、ドリアンが声を上げた。
「なんだね?」
「少し前、シコルスキーが催眠術を習いに来たな。もっとも初歩しか教えてないから、よ
ほど単純な者でなければかからんだろうが……」
得意げにドイルが身を乗り出す。
「分かったぞ! あいつ、俺たちに催眠術をかけてるんじゃないか? 本当はボロボロな
シコルスキーが、平然として見えるように」
「いくらなんでも、付け焼刃の催眠術では難しいだろう」
冷静な柳の指摘に、押し黙るドイル。
皆が議論に熱中する中、オリバは黙々と考え込んでいた。
鏡、トレーニング、催眠術──これらとシコルスキーの余裕を繋ぎ合わせる。
「──謎は解けたッ!」
いくら殴ろうが、いくら蹴ろうが、シコルスキーは終始勝者であるかのような表情を浮
かべているという。
あのオーバーすぎる負け犬リアクションがなければ、シコルスキーをいじめる楽しさは
半減してしまう。あるいはそれを狙ってシコルスキーが演技をしている可能性もあるが、
これほど突発的にそこまでの根性が宿るとは考えにくい。
まさしく、しけい荘最大の危機。オリバはシコルスキーを除く全員を自室に集めた。
「ゲバル。君はルームシェアをしているが、最近シコルスキーに変わったところはあるか
ね?」
「いやァ~俺も来月の米大統領来日の件で忙しくて……ただ、理由は知らないが鏡をよく
磨いているな」
「鏡か……ふむ」
思案にくれるオリバ。が、パズルはすぐに行き詰まる。
続いての証言者はスペック。
「最近アイツ、タマニ部屋ノ中デ暴レテルンダヨナ。トレーニングデモシテルンジャネェ
カ? モシカシテ、ソレデ自信ヲツケタノカモナ」
「トレーニングか……。ゲバルが気づかぬはずがないから、どうやら一人でいる時のみ行
っているようだな」
オリバの頭の中に浮かぶパズルに、また一つピースが差し込まれた。
「あ、そういえば」突如、ドリアンが声を上げた。
「なんだね?」
「少し前、シコルスキーが催眠術を習いに来たな。もっとも初歩しか教えてないから、よ
ほど単純な者でなければかからんだろうが……」
得意げにドイルが身を乗り出す。
「分かったぞ! あいつ、俺たちに催眠術をかけてるんじゃないか? 本当はボロボロな
シコルスキーが、平然として見えるように」
「いくらなんでも、付け焼刃の催眠術では難しいだろう」
冷静な柳の指摘に、押し黙るドイル。
皆が議論に熱中する中、オリバは黙々と考え込んでいた。
鏡、トレーニング、催眠術──これらとシコルスキーの余裕を繋ぎ合わせる。
「──謎は解けたッ!」
地上最強の包囲網が完成した。シコルスキーを囲む、オリバ、柳、ドリアン、ドイル、
スペック、ゲバル。
シコルスキーは、突っかけるスペックの無呼吸連打をやすやすかわし、
「真の強者は一撃しかいらぬ」
と宣言通り、ストレート一発でスペックをのしてしまった。
ドイルをアッパーで片付けると、背後から迫る柳を振り返りざまのハイキックでノック
アウト。
「ガソリンはお好きかな」
「どちらかというと血を浴びる方が好きだ」
喉を一本拳で切り裂かれ、手に持ったガソリン満タンのバケツとともに沈むドリアン。
鮮血がシコルスキーに降り注ぐ。
残るは二強、オリバとゲバルのみ。
「アンチェイン、力を合わせるしかなさそうだ」
「ふぅむ……やむをえんな」
オリバとゲバル。ダブルアンチェインによる同時パンチ。当たれば即死まちがいなしの
二撃を、シコルスキーはそれぞれを片手で軽々と受け止めた。
驚愕するオリバ。
「し、信じられん……ッ!」
防御が終われば反撃の時間。シコルスキーはドロップキックの右足をオリバに、左足を
ゲバルにぶち込み、なんと二人を同時に昏倒させてみせた。
「これで分かっただろう……しけい荘最強が俺だってことがッ!」
──こう叫んだ瞬間、シコルスキーは大きく手を叩いたような音を耳にした。
スペック、ゲバル。
シコルスキーは、突っかけるスペックの無呼吸連打をやすやすかわし、
「真の強者は一撃しかいらぬ」
と宣言通り、ストレート一発でスペックをのしてしまった。
ドイルをアッパーで片付けると、背後から迫る柳を振り返りざまのハイキックでノック
アウト。
「ガソリンはお好きかな」
「どちらかというと血を浴びる方が好きだ」
喉を一本拳で切り裂かれ、手に持ったガソリン満タンのバケツとともに沈むドリアン。
鮮血がシコルスキーに降り注ぐ。
残るは二強、オリバとゲバルのみ。
「アンチェイン、力を合わせるしかなさそうだ」
「ふぅむ……やむをえんな」
オリバとゲバル。ダブルアンチェインによる同時パンチ。当たれば即死まちがいなしの
二撃を、シコルスキーはそれぞれを片手で軽々と受け止めた。
驚愕するオリバ。
「し、信じられん……ッ!」
防御が終われば反撃の時間。シコルスキーはドロップキックの右足をオリバに、左足を
ゲバルにぶち込み、なんと二人を同時に昏倒させてみせた。
「これで分かっただろう……しけい荘最強が俺だってことがッ!」
──こう叫んだ瞬間、シコルスキーは大きく手を叩いたような音を耳にした。
203号室で我に返ったシコルスキーを、ノックもなしにお邪魔していたしけい荘一同
が囲んでいた。
「あれ……?」
「ご苦労だった、ドリアン。おかげで目を覚ましたようだ」
凄まじい形相の住民たちの中で、ただ一人オリバはにこやかに笑っていた。
「楽しかったかね」
「いや、あの……」
「君の叫び声と動きで大まかな内容は理解できた。おそらくはスペックをパンチで倒し、
ドイルと柳を立て続けにノックアウト、ドリアンを沈め、さらにはゲバルと私を同時に倒
してのけた……といったところか」
声一つ出せないシコルスキーを尻目に、説明は続く。
「シコルスキー。君は部屋で一人の時に、鏡を使い、自分自身に自己催眠をかけ、幻覚の
中で我々を打ちのめすのを楽しんでいた。単純な君ならば習いたての未熟な術でも効果が
あるだろう。そして日頃からよく鏡を磨いていたのは催眠術の精度を高めるためだったわ
けだ」
汗、涙、鼻水、唾液、そして尿。シコルスキーから体液が抜けてゆく。
「いい運動にもなるし、最高のストレス解消だったろうよ。現実で受ける暴力など滑稽に
しか映らなかっただろう。“夢の中ではいつも俺にボロ負けしてるくせに”とね……」
推理完了──。
シコルスキーは悟った。きっと催眠術のやり方を忘れるほど殴られるにちがいない。
響く打撃、蠢く殺気、轟く悲鳴。これらはしけい荘が今日も平和であることを示す証で
ある。
が囲んでいた。
「あれ……?」
「ご苦労だった、ドリアン。おかげで目を覚ましたようだ」
凄まじい形相の住民たちの中で、ただ一人オリバはにこやかに笑っていた。
「楽しかったかね」
「いや、あの……」
「君の叫び声と動きで大まかな内容は理解できた。おそらくはスペックをパンチで倒し、
ドイルと柳を立て続けにノックアウト、ドリアンを沈め、さらにはゲバルと私を同時に倒
してのけた……といったところか」
声一つ出せないシコルスキーを尻目に、説明は続く。
「シコルスキー。君は部屋で一人の時に、鏡を使い、自分自身に自己催眠をかけ、幻覚の
中で我々を打ちのめすのを楽しんでいた。単純な君ならば習いたての未熟な術でも効果が
あるだろう。そして日頃からよく鏡を磨いていたのは催眠術の精度を高めるためだったわ
けだ」
汗、涙、鼻水、唾液、そして尿。シコルスキーから体液が抜けてゆく。
「いい運動にもなるし、最高のストレス解消だったろうよ。現実で受ける暴力など滑稽に
しか映らなかっただろう。“夢の中ではいつも俺にボロ負けしてるくせに”とね……」
推理完了──。
シコルスキーは悟った。きっと催眠術のやり方を忘れるほど殴られるにちがいない。
響く打撃、蠢く殺気、轟く悲鳴。これらはしけい荘が今日も平和であることを示す証で
ある。