どろりとした悪意が滲んだ顔で、デスマスクは哂う。
「生きるの死ぬのは一瞬だ。
無理に延命させずに、今ここでさっくり逝かせてもいいんじゃないか?
お前には無理でも、俺には出来る。積尸気の使い手である俺にはな」
無理に延命させずに、今ここでさっくり逝かせてもいいんじゃないか?
お前には無理でも、俺には出来る。積尸気の使い手である俺にはな」
悪意に対し平静を装う冷静さを、アフロディーテはこの時点ではまだ持ち合わせていた。
「それを他人に強制するのは、いかがなものかと思うがな」
デスマスクの口が弧を描く。
「ハッ今更!今更なにを言っているんだお前?
染み付いた血の匂いをいくら薔薇でごまかしたってな、こびり付いた血潮は落とせやしねぇよ。
それとも、お前、あのガキに触れなきゃ自分の汚れが理解できないほどモウロクしちまったか?」
染み付いた血の匂いをいくら薔薇でごまかしたってな、こびり付いた血潮は落とせやしねぇよ。
それとも、お前、あのガキに触れなきゃ自分の汚れが理解できないほどモウロクしちまったか?」
ぎちりと、テーブルの下のアフロディーテの握りこぶしが軋んだ。
「馬鹿いうなよ、お前。俺ほど殺しちゃいるまい?
…おまえがこのままあのガキに世の悪意を隠したってな、いずれは暴かれる。
知ってるか?無垢なものほど汚れのほうから好かれてるんだぜ?
あの餓鬼が、ピスケスのアフロディーテの甥が、聖域に見つからずに生きていけると思うなよ」
…おまえがこのままあのガキに世の悪意を隠したってな、いずれは暴かれる。
知ってるか?無垢なものほど汚れのほうから好かれてるんだぜ?
あの餓鬼が、ピスケスのアフロディーテの甥が、聖域に見つからずに生きていけると思うなよ」
考えないようにしていた事だった。
あの無垢な少年が、鉄火と殺意の渦巻く狂乱の世界へと征く。
あの無垢な少年が、鉄火と殺意の渦巻く狂乱の世界へと征く。
「…いくら奇麗事を言っても、俺もお前も本質は同じだ。
目的達成の為なら、いくらでも屍を積み重ねられる人種だ。」
目的達成の為なら、いくらでも屍を積み重ねられる人種だ。」
楽しげにデスマスクは哂う。
この男にとって、偽善は憎むべきものだが、露悪は好ましいものだ。
隠せばいずれ暴かれる、ならば端から露わにしてしまえばいい。
この男にとって、偽善は憎むべきものだが、露悪は好ましいものだ。
隠せばいずれ暴かれる、ならば端から露わにしてしまえばいい。
「もうその道を歩き出しちまったんだ。いまさら嘆いてもしかたねぇよ。
せいぜいくたばるまで屍の山ぁ築くだけだ。
それが冥闘士だろうが、海闘士だろうが、聖闘士だろうが、人間だろうが知ったこっちゃねぇ。
大将について行くって誓ったろう?シュラと、俺と、お前で」
せいぜいくたばるまで屍の山ぁ築くだけだ。
それが冥闘士だろうが、海闘士だろうが、聖闘士だろうが、人間だろうが知ったこっちゃねぇ。
大将について行くって誓ったろう?シュラと、俺と、お前で」
しかし、それでもアフロディーテには躊躇いがある。
つい先ほどまでだんらんの場だったからだろうか。
つい先ほどまでだんらんの場だったからだろうか。
「願わくば、秘密は墓穴まで持っていきたいものだ…」
デスマスクがそれに食い付かない道理は無かった。
悪は悪であるべきであり、染まりきれない半端者など必要ないのだ。
少なくとも、彼の道には。
悪は悪であるべきであり、染まりきれない半端者など必要ないのだ。
少なくとも、彼の道には。
「無理いうなよ。
そのうちあのガキも学校通わせるんだろ?だったら淫ば…」
そのうちあのガキも学校通わせるんだろ?だったら淫ば…」
黒薔薇がテーブルごと切り裂くが、デスマスクはふわりと避ける。
「怒るなよぉ、父なし子なんてどこでもそんな目で見られるんだよ。
軽い冗談だ。」
軽い冗談だ。」
にやにやと哂うデスマスクに、アフロディーテの麗貌が怒りに染まる。
「…痛くない事になっている腹を探られたくないのは、お前も同じだろう?
路地裏の」
路地裏の」
燐光がアフロディーテの立っていた場所をなぎ払っていた。
一切の表情が消えたデスマスクの顔がそこにあった。
一切の表情が消えたデスマスクの顔がそこにあった。
「怒るなよ、お前風の冗談だ」
侮蔑でもなく、悪意でもなく、ただ淡々と事実を話す。そういった風のアフロディーテ。
殺気が大気を焦がす。
大気が小宇宙で歪む。
黄金の小宇宙が煌々(けいけい)と燃え盛る。
いうなれば、一触即発。
殺気が大気を焦がす。
大気が小宇宙で歪む。
黄金の小宇宙が煌々(けいけい)と燃え盛る。
いうなれば、一触即発。
「盟にーちゃーん!こっちこっちー!」
アドニスに呼ばれて盟は歩く。
師匠と離れられて内心ほっとしているのは事実だ。
師・デスマスクはああ見えて身内には優しい、だからこそ聞いてはいけない話なんだろうとあたりをつけた。
師匠と離れられて内心ほっとしているのは事実だ。
師・デスマスクはああ見えて身内には優しい、だからこそ聞いてはいけない話なんだろうとあたりをつけた。
そういうことばかりだ。
子供だから知らなくていい、などと言う事はない。
何れにせよ何らかの形で選択を迫られる。
その選択肢の内、盟が己の意思で最良をの選択をなすことのできるモノなどたかが知れている。
それが分からない程彼は幼くない。不幸にも、だが。
何れにせよ何らかの形で選択を迫られる。
その選択肢の内、盟が己の意思で最良をの選択をなすことのできるモノなどたかが知れている。
それが分からない程彼は幼くない。不幸にも、だが。
「盟にーちゃんねー、ホントは秘密なんだけどね、盟にーちゃんだからね!」
アドニスが秘密を打ち明けてくれるようだ。
盟にーちゃんという呼び方に、少しばかりの気恥ずかしさと、
生き別れ同然に世界各地の修行地へと飛ばされた異母兄弟を思い出す。
城戸光政。
あの男の息子であるというだけで、理不尽にも暴力の世界へと叩き込まれた兄弟たち。
彼らを救うには幼すぎ、彼らを無視して安寧をむさぼるには盟は賢しすぎた。
盟にーちゃんという呼び方に、少しばかりの気恥ずかしさと、
生き別れ同然に世界各地の修行地へと飛ばされた異母兄弟を思い出す。
城戸光政。
あの男の息子であるというだけで、理不尽にも暴力の世界へと叩き込まれた兄弟たち。
彼らを救うには幼すぎ、彼らを無視して安寧をむさぼるには盟は賢しすぎた。
「なんだい?アドニス」
力が欲しい。
何者にも屈しない、何者をも屈させない、何者をも傷つけない、そんな夢のような力が。
アテナの聖闘士の最高格である師・デスマスクのような力が欲しい。
何者にも屈しない、何者をも屈させない、何者をも傷つけない、そんな夢のような力が。
アテナの聖闘士の最高格である師・デスマスクのような力が欲しい。
「これー!」
ぼう、とアドニスの掌が光っていた。
「これねぇ!おじちゃんの真似ー!」
盟は絶句した。
未だ自分が会得できない小宇宙の発露、それをこんな幼子が。
天賦の才というのだろうか?
未だ自分が会得できない小宇宙の発露、それをこんな幼子が。
天賦の才というのだろうか?
「きらきら光ってね!きれい!
きれいでつよいの!おじちゃん!」
きれいでつよいの!おじちゃん!」
この子は理解しているのだろうか、己のもつ才を。
破壊の才覚を。
破壊の才覚を。
「拳はな、人間が最初に手にして最後に手放す武器だ。
どんなお大尽だろうが、どんな聖人だろうが、最期は掌を開いちまう。
拳を開く時は負けるときだ」
どんなお大尽だろうが、どんな聖人だろうが、最期は掌を開いちまう。
拳を開く時は負けるときだ」
デスマスクが盟に最初に言ったことばを思い出す。
「盟にーちゃん?」
アドニスの声にはっとして、盟は勤めて明るい声と顔をつくった。
「むー。
盟にーちゃんもおじちゃんみたいな顔するー。
わらってない」
盟にーちゃんもおじちゃんみたいな顔するー。
わらってない」
城戸光政の息子である以上、笑顔でいることを求められるケースは多かった。
自然、身についた技術であり、初見で見破られたことは師をおいて他にない。
ましてやこんな幼子に見破られるほど易くはない。
自然、身についた技術であり、初見で見破られたことは師をおいて他にない。
ましてやこんな幼子に見破られるほど易くはない。
「おかーさんがね、こんこんするとね、おじちゃん盟にーちゃんみたいな顔する」
優しい嘘でも、嘘は嘘だ。
アドニスと彼の母を守る為の嘘、この少年は見抜いていた。
アドニスと彼の母を守る為の嘘、この少年は見抜いていた。
「ごめんよ、アドニス。
本当に、ごめんよ」
本当に、ごめんよ」
笑顔で謝る盟だが、アドニスは怪訝な顔をしたままだ。
当然だ、今の盟は泣いている。
泣かぬと決めたのだ、聖闘士として生きる事を決めた日から。
当然だ、今の盟は泣いている。
泣かぬと決めたのだ、聖闘士として生きる事を決めた日から。
「ないてる?盟にーちゃん?」
「アドニス、男はな、泣いちゃいけないんだよ。
泣いていいのは背中だけだ」
泣いていいのは背中だけだ」
自分でも何を言っているのかわからなかった。
だが、なぜか父である男の背が思い浮かんだ。あの男も泣いていたのかもしれない。
だが、なぜか父である男の背が思い浮かんだ。あの男も泣いていたのかもしれない。
「うん!わかった!
ぼく泣かないよ!」
ぼく泣かないよ!」
盟の言葉の意味を理解したのか、していないのか、アドニスは素直に頷いたのだった。
すると、突然アドニスは走り出した。
盟が驚いたのは彼が突然走り出したからではない、その表情にだ。
幼子に似合わぬ、必死な顔。
彼を追って走り出した盟も、その理由に気がついた。
巨大な小宇宙のうねり、そして積尸気から漏れる死のにおい。
師・デスマスクと、ピスケスのアフロディーテがぶつかろうとしているのだ。
すると、突然アドニスは走り出した。
盟が驚いたのは彼が突然走り出したからではない、その表情にだ。
幼子に似合わぬ、必死な顔。
彼を追って走り出した盟も、その理由に気がついた。
巨大な小宇宙のうねり、そして積尸気から漏れる死のにおい。
師・デスマスクと、ピスケスのアフロディーテがぶつかろうとしているのだ。
「だめーっ!」