へし折れた鼻から夥しい量の血があふれ出す。ガーレンの鼻から顎にかけ、あっという
間に赤が塗りたくられる。
「おのれ……一度ならず、二度までも……ッ!」
無残に『領土』から垂れ流される『資源』に、ガーレンの怒りが頂点に達する。
これを好機(チャンス)と見たドイルは素早く立ち上がり、下半身の強化スプリングを
も起動させ高速で踏み込むと、万全のスプリングパンチをお見舞いする。
効いた。ガーレンの巨体が大きくのけぞる。
右手首から飛び出た刃で胸に一太刀浴びせ、ジャンプ。右足、左足と華麗な二段蹴りを
決め、スマートに着地まで魅せるドイル。が、ガーレンも倒れない。
「どうやら……」虚ろな目で、重心を低く構えるガーレン。アマチュアレスリング特有の
体勢だ。「やはり君は投げ殺される運命にあるらしい」
突如、腕立て前方転回でドイルに迫ると、側転に技を切り替えて側面に回り、ダイナミ
ックな月面宙返りで瞬く間にドイルの背後を取った。
「しまった!」
ドイルの腰にがっちり組みつき、血まみれの笑顔でガーレンがささやく。
「貴様には、我が国でもっとも重い刑罰を与えてやろう」
後方への反り投げ。むろん、ただの投げ技ではない。
──ドイル、飛ぶ。
まさに投石機ならぬ投人機。筋力のみを動力に射出されたドイルは、高度、飛距離とも
に十メートルほど投げ出され、成す術なく地面と激突した。
投げの威力はダメージのみならず、武器(タネ)にまで悪影響を及ぼす。
「くそっ……今の音、どこか配線が狂ったな……」
得意満面でドイルに歩を進めるガーレン。
「どうかね。今まで生きてきて、これほど投げられた経験などなかっただろう」
この問いに、ドイルはコンマ一秒とかからず即答する。
「いや、今以上に飛んだことはいくらでもある……。私のアパートには怒らせるとおっか
ない大家がいるからな」
「減らず口を……ッ!」
今度は正面から組みつこうと、ガーレンが全速力で駆ける。あっさり捕まるドイル。
「動きが鈍っているぞ。三半規管でも痛めたかね」
「ちぃっ……手品は、これからだぜ……」
ドイルが自らの鼻をつまんで左にひねる。と、涙腺付近に仕込まれた水袋から、左目を
通して塩水が猛烈な勢いで噴射された。
「───?!」
ガーレンの左目のやや下──人体急所のひとつ『涙穴』に叩きつけられる塩水。目と鼻
を同時に水分が侵入し、クラッチどころではなくなったガーレンの両腕がドイルから離れ
る。すかさず左肘の刃のスイッチを入れ頸動脈を狙うドイルだったが、不運にも先ほどの
投げで配線の接触が悪くなっており、単なる肘打ちに終わる。
「チッ、運がねェ……。いや、ロシアの英雄さんが幸運だというべきか」
悔しがるドイルだが、話しぶりにはまだ余裕がある。今日のために外科手術で仕込んだ
カラクリは数知れず。手札は大量に残っているのだ。
仕込み武器をどうにかせねば──初めてガーレンはドイルの戦法に脅威を覚える。よほ
ど今の涙穴攻撃に面食らったようだ。そこでガーレンは一計を案じる。
「君はなかなか面白い戦士だな。しかし残念ながら、肝心な素手でのファイトはお粗末な
ようだ」
「なんだと……」
ドイルの眉が不快そうに動く。これをガーレンは見逃さなかった。
「もっとも、この私と素手でやり合うなど最初から無理な話だ。遠慮せず何でも使いたま
え、次は毒ガスか? それとも爆薬か?」
「侮辱する気か……私をッ!」
「君にも一応、肉体に対するプライドがあるようだな。ならば、私とやってみるかね……。
武器を使わず、正々堂々と」
ドイルは少し間を置いてから、いきり立った。
「……面白い。やってやろうじゃないか、堂々と!」
両手の指をいじり、体内の全武器をオフにする。ガーレンは己の策略が功を奏したこと
を知った。
──ロシアは武力だけでなく、外交戦略も一流でなければならない。
「ヌオオオオッ!」
まずは打撃でドイルを弱めようと、ボクシングスタイルで攻めるガーレン。
しかし、ガーレンの凄まじい右ストレートをかいくぐり、ドイルはさらに強力な右スト
レートでカウンターを決めた。武器に一切頼らない、純粋無垢な拳。
「ガハッ……!」
まさか──膝をつくガーレンに、ドイルは力強くいい放つ。
「だいたいアンタの戦力は分かった。さすがロシアの英雄といわれただけあって、とんで
もない潜在能力(ポテンシャル)と精神性(スピリッツ)を秘めている。しかし……私の
知り合いにロシアの恥晒しっていっていいほどダメな男がいるが──そいつの方がアンタ
より上だ」
間に赤が塗りたくられる。
「おのれ……一度ならず、二度までも……ッ!」
無残に『領土』から垂れ流される『資源』に、ガーレンの怒りが頂点に達する。
これを好機(チャンス)と見たドイルは素早く立ち上がり、下半身の強化スプリングを
も起動させ高速で踏み込むと、万全のスプリングパンチをお見舞いする。
効いた。ガーレンの巨体が大きくのけぞる。
右手首から飛び出た刃で胸に一太刀浴びせ、ジャンプ。右足、左足と華麗な二段蹴りを
決め、スマートに着地まで魅せるドイル。が、ガーレンも倒れない。
「どうやら……」虚ろな目で、重心を低く構えるガーレン。アマチュアレスリング特有の
体勢だ。「やはり君は投げ殺される運命にあるらしい」
突如、腕立て前方転回でドイルに迫ると、側転に技を切り替えて側面に回り、ダイナミ
ックな月面宙返りで瞬く間にドイルの背後を取った。
「しまった!」
ドイルの腰にがっちり組みつき、血まみれの笑顔でガーレンがささやく。
「貴様には、我が国でもっとも重い刑罰を与えてやろう」
後方への反り投げ。むろん、ただの投げ技ではない。
──ドイル、飛ぶ。
まさに投石機ならぬ投人機。筋力のみを動力に射出されたドイルは、高度、飛距離とも
に十メートルほど投げ出され、成す術なく地面と激突した。
投げの威力はダメージのみならず、武器(タネ)にまで悪影響を及ぼす。
「くそっ……今の音、どこか配線が狂ったな……」
得意満面でドイルに歩を進めるガーレン。
「どうかね。今まで生きてきて、これほど投げられた経験などなかっただろう」
この問いに、ドイルはコンマ一秒とかからず即答する。
「いや、今以上に飛んだことはいくらでもある……。私のアパートには怒らせるとおっか
ない大家がいるからな」
「減らず口を……ッ!」
今度は正面から組みつこうと、ガーレンが全速力で駆ける。あっさり捕まるドイル。
「動きが鈍っているぞ。三半規管でも痛めたかね」
「ちぃっ……手品は、これからだぜ……」
ドイルが自らの鼻をつまんで左にひねる。と、涙腺付近に仕込まれた水袋から、左目を
通して塩水が猛烈な勢いで噴射された。
「───?!」
ガーレンの左目のやや下──人体急所のひとつ『涙穴』に叩きつけられる塩水。目と鼻
を同時に水分が侵入し、クラッチどころではなくなったガーレンの両腕がドイルから離れ
る。すかさず左肘の刃のスイッチを入れ頸動脈を狙うドイルだったが、不運にも先ほどの
投げで配線の接触が悪くなっており、単なる肘打ちに終わる。
「チッ、運がねェ……。いや、ロシアの英雄さんが幸運だというべきか」
悔しがるドイルだが、話しぶりにはまだ余裕がある。今日のために外科手術で仕込んだ
カラクリは数知れず。手札は大量に残っているのだ。
仕込み武器をどうにかせねば──初めてガーレンはドイルの戦法に脅威を覚える。よほ
ど今の涙穴攻撃に面食らったようだ。そこでガーレンは一計を案じる。
「君はなかなか面白い戦士だな。しかし残念ながら、肝心な素手でのファイトはお粗末な
ようだ」
「なんだと……」
ドイルの眉が不快そうに動く。これをガーレンは見逃さなかった。
「もっとも、この私と素手でやり合うなど最初から無理な話だ。遠慮せず何でも使いたま
え、次は毒ガスか? それとも爆薬か?」
「侮辱する気か……私をッ!」
「君にも一応、肉体に対するプライドがあるようだな。ならば、私とやってみるかね……。
武器を使わず、正々堂々と」
ドイルは少し間を置いてから、いきり立った。
「……面白い。やってやろうじゃないか、堂々と!」
両手の指をいじり、体内の全武器をオフにする。ガーレンは己の策略が功を奏したこと
を知った。
──ロシアは武力だけでなく、外交戦略も一流でなければならない。
「ヌオオオオッ!」
まずは打撃でドイルを弱めようと、ボクシングスタイルで攻めるガーレン。
しかし、ガーレンの凄まじい右ストレートをかいくぐり、ドイルはさらに強力な右スト
レートでカウンターを決めた。武器に一切頼らない、純粋無垢な拳。
「ガハッ……!」
まさか──膝をつくガーレンに、ドイルは力強くいい放つ。
「だいたいアンタの戦力は分かった。さすがロシアの英雄といわれただけあって、とんで
もない潜在能力(ポテンシャル)と精神性(スピリッツ)を秘めている。しかし……私の
知り合いにロシアの恥晒しっていっていいほどダメな男がいるが──そいつの方がアンタ
より上だ」
武器を用いぬ闘争になっても、ドイルの優勢は明らかだった。
破壊者として全筋力を挙げて攻め立てるガーレンの、常に一歩上をゆくドイル。
拳と蹴りのコンビネーションから、長い脚を存分に生かした左ハイがガーレンのこめか
みを捉える。がくん、と崩れ落ちるガーレン。
「ロ、ロシアである、この私が……」
「あのアパートで暮らして、なおかつトレーニングも課したら、嫌でもこれくらいにはな
る。敗北を知ったと感じたなら、さっさとタイホされてくるんだな」
振り返り、遠ざかっていくタキシードの背中に、ガーレンは怒りの猛突進をしかける。
「ハラショーロシアッ! 私こそがッ、ロシアこそが世界最強なのだァッ!」
背後から怒涛の勢いで押し寄せるガーレンに、ドイルは振り返ることなく左手親指のス
イッチを入れた。
──爆発。
ドイルの背中から噴き出た炎熱が、ガーレンの巨体を覆い尽くした。
「グッドラック」
火傷まみれで力尽きるガーレンに、ドイルは一度も目をやることなく立ち去る。
テロ組織最高幹部にして真のロシア連邦、アレクサンダー・ガーレン。祖国を愛しすぎ
たがゆえの野望は、今、幻と消えた──。
破壊者として全筋力を挙げて攻め立てるガーレンの、常に一歩上をゆくドイル。
拳と蹴りのコンビネーションから、長い脚を存分に生かした左ハイがガーレンのこめか
みを捉える。がくん、と崩れ落ちるガーレン。
「ロ、ロシアである、この私が……」
「あのアパートで暮らして、なおかつトレーニングも課したら、嫌でもこれくらいにはな
る。敗北を知ったと感じたなら、さっさとタイホされてくるんだな」
振り返り、遠ざかっていくタキシードの背中に、ガーレンは怒りの猛突進をしかける。
「ハラショーロシアッ! 私こそがッ、ロシアこそが世界最強なのだァッ!」
背後から怒涛の勢いで押し寄せるガーレンに、ドイルは振り返ることなく左手親指のス
イッチを入れた。
──爆発。
ドイルの背中から噴き出た炎熱が、ガーレンの巨体を覆い尽くした。
「グッドラック」
火傷まみれで力尽きるガーレンに、ドイルは一度も目をやることなく立ち去る。
テロ組織最高幹部にして真のロシア連邦、アレクサンダー・ガーレン。祖国を愛しすぎ
たがゆえの野望は、今、幻と消えた──。