遥か地底深き亡者の国―――冥府。
その最果てで、タナトスはゆっくりと目を開いた。
「ヤハリ来ルカ…」
「愚かしい」
「愚かしい」
その傍らから響く声。黒尽くめの衣装に身を包む幼い少女が二人。まるで能面のように表情がない。
「神の力に触れてなお、刃向おうなど。人間風情が」
「神の力に触れてなお、刃向おうなど。人間風情が」
異口同音に放たれる侮蔑の言葉に、タナトスは眉を寄せた。
「μ(ミュー)。φ(フィー)。人間ヲ侮ッテハィケナィヨ…特ニ彼等ノヨゥナ相手ハ厄介ダ」
「そうでしょうか」
「そうでしょうか」
「ソゥダトモ。油断スレバ、足元ヲ掬ワレルヨ」
「買被りすぎでは?」
「買被りすぎでは?」
「フフ…カモシレナィ。ダケド彼等ヲ見ティルト、我ハ期待シテシマゥンダ」
「期待?何を」
「期待?何を」
「彼等ハ…運命ヲ越ェル存在ナノカモシレナィ、トネ」
ミューとフィーは顔を見合わせ、溜息をついた。冥王タナトスは偉大な主ではあるが、理解し難い存在だった。
「…彼奴等をどうされるのです?」
「…彼奴等をどうされるのです?」
「無駄トハ思ゥガ、帰ッテ貰ェルヨゥニ頼ンデミルヨ。ソゥデナケレバ…此方モ迎撃スルトシヨゥ」
「では、我々が」
「では、我々が」
「ィヤ。キミ達ダケデハ恐ラク止メラレマィ…キミ達ヲ含メタ冥府ノ番人達ヲ全員遣ワソゥ」
タナトスの言葉に、二人は息を呑んだ。
「全員を?数名の侵入者程度に、そこまで?」
「全員を?数名の侵入者程度に、そこまで?」
「ソゥ。何度デモ言ォゥ。彼等ヲ見縊ルナ」
タナトスは暗闇の中に視線を向ける。その奥に、人ならざる異形の気配が蠢いていた。
「―――<狗遣い>」
「うふ…侵入者なんて久々ですわね。この仔も丁度お腹を空かせていたところですし…ねえ?」
蒼氷(アイスブルー)の瞳が印象的な少女が楽しげに笑う。頭から爪先まで全身土砂降りの雨に打たれたかのように
ずぶ濡れの彼女の手には、血のように赤い革紐が握られている。その先にいるのは、とてつもなく巨大な何かだ。
それは絶えず不気味な唸り声を上げ、猛り狂っている。
「―――<収穫者>」
「ああ。やってくる。やってくるのね…真っ赤な果実(フルーツ)が。待ち遠しいわ…」
林檎を模した髪留めを付けた、朴訥ながら整った容姿の女性。のどかな雰囲気を持つ彼女の手にはしかし、禍々しい
兇器が存在していた。血で黒ずみ、錆が浮いた大鎌は、数多くの命を刈り取ってきたことを示していた。
「―――<緋色の騎士>」
「はっはっは…面白そうじゃないか。中々息のよさそうな連中だ」
黒馬に跨り、鳶色の瞳を爛々と輝かせるのは炎のような赤い髪を靡かせた男。生前には数多の蛮勇を為し、死しては
冥府最強の騎士となった彼は、口元に不敵な笑みを浮かべる。
「―――<河渡り>」
その声に答える者は誰もいなかった。
「…<河渡り>?ァレ?ィナィノカィ?」
タナトスは怪訝な顔で繰り返す。おずおずと、狗遣いと呼ばれた少女が手を上げた。
「あの…実は、彼は既に出向いております。タナトス様から呼び出しがかかる前に侵入者の気配を見つけたようで…
それで、彼は<河>の番人ですし、さっさと行ってしまったのですが…」
「ァァ…ソゥカ。其レジャ仕方ナィネ。確カニ<河>ハ冥府ヘノ最初ノ道ダカラ…ナラ一番手ハドゥセ彼ニナルカ…
ダッタラ問題ハナィヨ。迎撃ニ動ィタノナラ予定通リダ。マズハ彼ニ任セヨゥ」
そしてタナトスは残る面々を見回した。番人達は我こそはと言い募る。
「どうか私に御任せを…最も無惨な侵入者共の死に様を御覧にいれて差し上げますわ」
「いいえ。私達に御任せあれ」
「いいえ。私達に御任せあれ」
「ちょっと待て!侵入者はこの俺が握り潰してやるんだよ!」
「うふふ…皆さん出しゃばりなこと。タナトス様が指名するのはこの私…ですわよねぇ?」
「…キミ達、マサカ我ヨリ<アバル>ヲ信ジテルンジャナィダロゥネ…マァ、皆ヤル気一杯ナノハ頼モシィ」
苦笑しつつ、タナトスは命令を下す。
「各自、己ノ判断デ動ィテクレテ構ワナィ。但シ、クレグレモ油断ナキヨゥ…サァ、往ッテォィデ」
その言葉を引き金として、番人達が我先にと出撃していく。タナトスはそれを見届け、一人静かに佇む。
「来ルノダロゥネ、キミ達ハ…ドンナ障害ガァロゥトモ」
薄っすらと笑う。心底愉しそうに。嬉しそうに。
「サレド、キミ達カラ奪ッテシマッタモノハ返サナィ。返ス訳ニハィカナィ…ァァ、ケレド其レハキミ達モ同ジカ」
それはまるで敵ではなく、愛しき誰かを想うように。
「ナラバ我ガ手カラ奪ッテミセルガィィ。出来ルモノナラネ―――」
その最果てで、タナトスはゆっくりと目を開いた。
「ヤハリ来ルカ…」
「愚かしい」
「愚かしい」
その傍らから響く声。黒尽くめの衣装に身を包む幼い少女が二人。まるで能面のように表情がない。
「神の力に触れてなお、刃向おうなど。人間風情が」
「神の力に触れてなお、刃向おうなど。人間風情が」
異口同音に放たれる侮蔑の言葉に、タナトスは眉を寄せた。
「μ(ミュー)。φ(フィー)。人間ヲ侮ッテハィケナィヨ…特ニ彼等ノヨゥナ相手ハ厄介ダ」
「そうでしょうか」
「そうでしょうか」
「ソゥダトモ。油断スレバ、足元ヲ掬ワレルヨ」
「買被りすぎでは?」
「買被りすぎでは?」
「フフ…カモシレナィ。ダケド彼等ヲ見ティルト、我ハ期待シテシマゥンダ」
「期待?何を」
「期待?何を」
「彼等ハ…運命ヲ越ェル存在ナノカモシレナィ、トネ」
ミューとフィーは顔を見合わせ、溜息をついた。冥王タナトスは偉大な主ではあるが、理解し難い存在だった。
「…彼奴等をどうされるのです?」
「…彼奴等をどうされるのです?」
「無駄トハ思ゥガ、帰ッテ貰ェルヨゥニ頼ンデミルヨ。ソゥデナケレバ…此方モ迎撃スルトシヨゥ」
「では、我々が」
「では、我々が」
「ィヤ。キミ達ダケデハ恐ラク止メラレマィ…キミ達ヲ含メタ冥府ノ番人達ヲ全員遣ワソゥ」
タナトスの言葉に、二人は息を呑んだ。
「全員を?数名の侵入者程度に、そこまで?」
「全員を?数名の侵入者程度に、そこまで?」
「ソゥ。何度デモ言ォゥ。彼等ヲ見縊ルナ」
タナトスは暗闇の中に視線を向ける。その奥に、人ならざる異形の気配が蠢いていた。
「―――<狗遣い>」
「うふ…侵入者なんて久々ですわね。この仔も丁度お腹を空かせていたところですし…ねえ?」
蒼氷(アイスブルー)の瞳が印象的な少女が楽しげに笑う。頭から爪先まで全身土砂降りの雨に打たれたかのように
ずぶ濡れの彼女の手には、血のように赤い革紐が握られている。その先にいるのは、とてつもなく巨大な何かだ。
それは絶えず不気味な唸り声を上げ、猛り狂っている。
「―――<収穫者>」
「ああ。やってくる。やってくるのね…真っ赤な果実(フルーツ)が。待ち遠しいわ…」
林檎を模した髪留めを付けた、朴訥ながら整った容姿の女性。のどかな雰囲気を持つ彼女の手にはしかし、禍々しい
兇器が存在していた。血で黒ずみ、錆が浮いた大鎌は、数多くの命を刈り取ってきたことを示していた。
「―――<緋色の騎士>」
「はっはっは…面白そうじゃないか。中々息のよさそうな連中だ」
黒馬に跨り、鳶色の瞳を爛々と輝かせるのは炎のような赤い髪を靡かせた男。生前には数多の蛮勇を為し、死しては
冥府最強の騎士となった彼は、口元に不敵な笑みを浮かべる。
「―――<河渡り>」
その声に答える者は誰もいなかった。
「…<河渡り>?ァレ?ィナィノカィ?」
タナトスは怪訝な顔で繰り返す。おずおずと、狗遣いと呼ばれた少女が手を上げた。
「あの…実は、彼は既に出向いております。タナトス様から呼び出しがかかる前に侵入者の気配を見つけたようで…
それで、彼は<河>の番人ですし、さっさと行ってしまったのですが…」
「ァァ…ソゥカ。其レジャ仕方ナィネ。確カニ<河>ハ冥府ヘノ最初ノ道ダカラ…ナラ一番手ハドゥセ彼ニナルカ…
ダッタラ問題ハナィヨ。迎撃ニ動ィタノナラ予定通リダ。マズハ彼ニ任セヨゥ」
そしてタナトスは残る面々を見回した。番人達は我こそはと言い募る。
「どうか私に御任せを…最も無惨な侵入者共の死に様を御覧にいれて差し上げますわ」
「いいえ。私達に御任せあれ」
「いいえ。私達に御任せあれ」
「ちょっと待て!侵入者はこの俺が握り潰してやるんだよ!」
「うふふ…皆さん出しゃばりなこと。タナトス様が指名するのはこの私…ですわよねぇ?」
「…キミ達、マサカ我ヨリ<アバル>ヲ信ジテルンジャナィダロゥネ…マァ、皆ヤル気一杯ナノハ頼モシィ」
苦笑しつつ、タナトスは命令を下す。
「各自、己ノ判断デ動ィテクレテ構ワナィ。但シ、クレグレモ油断ナキヨゥ…サァ、往ッテォィデ」
その言葉を引き金として、番人達が我先にと出撃していく。タナトスはそれを見届け、一人静かに佇む。
「来ルノダロゥネ、キミ達ハ…ドンナ障害ガァロゥトモ」
薄っすらと笑う。心底愉しそうに。嬉しそうに。
「サレド、キミ達カラ奪ッテシマッタモノハ返サナィ。返ス訳ニハィカナィ…ァァ、ケレド其レハキミ達モ同ジカ」
それはまるで敵ではなく、愛しき誰かを想うように。
「ナラバ我ガ手カラ奪ッテミセルガィィ。出来ルモノナラネ―――」
遊戯達の眼前には、ぽっかりと大口を開けた洞窟があった。
「ここが冥府へ通じるとされる大洞窟…二度とは会えぬ愛しき人を求め、多くの者がこの地を訪れたそうだ」
「…それで、そいつらはどうなったんだ?お約束だから、なんとなく分かるけどよ」
硬い表情で語るレオンティウスに、城之内が問いかけた。
「恐らくはキミの想像通りだ。誰一人、帰っては来なかったという」
「だよな…」
「今さら怖気づくんじゃねえよ、城之内。俺達にゃもう前へ行くしか道はないんだぜ」
「言われなくても分かってるさ。なあ遊戯、ミーシャ。さっさとあいつらを助け出してやろうぜ!」
「うん!」
「ええ!」
そして一同は、洞窟へと足を踏み入れて―――
(来テハナラナィ)
「―――!?この声は…」
(我ダヨ、我。ホラ、我ダッテ)
新ジャンル、ワレワレ詐欺―――そんな訳ない。
「冥王…タナトス!」
(今スグ立チ去リ給ェ。此処カラ先ハ亡者ノ住マゥ世界…生者ガ踏ミ入ッテハナラヌ)
遊戯達はその声に答えることなく、歩みを止めることもない。
(何トカ言ッテクレナィカ?我ハ無視サレルノガ一番悲シィンダ)
「じゃあ言ってやるよ。今すぐテメーの所に乗り込んでブン殴ってやるから、顔を洗って待ってやがれ!」
(…ヤハリソゥ来ルカ。ヨカロゥ、其レナラ其レディィ。キミ達ヲ冥府ノ一員トシテ迎ェルトシヨゥ)
タナトスの哄笑が響き渡る。
(我ハ冥府ノ王…冥王タナトス。来ル者ハ拒マナィ)
「悪いけど、長居はしないよ。エレフと、そしてもう一人のボクを取り戻して、ボク達は帰るんだ」
(ナラヌ。我ハ来ル者ハ拒マナィガ、去ル者ハ決シテ赦サナィ)
断固とした口調だった。
(死(タナトス)ハ、誰モ逃ガサナィ―――)
それを最後に、声は聴こえなくなった。
「どうやら、我々の行動は見透かされていたようだな…」
「上等じゃねーか。どうせオレ達のやることは変わらねーんだ」
「そうよ。向こうがどうだろうと、私達は行くしかないわ」
「おうよ!」
一同は足を踏み鳴らし、洞窟を奥へ奥へと進んでいく。と、先頭を歩くオリオンが不意に足を止めた。
「待て…ここから、階段になってるぜ」
「ホントだ…随分深いみたい」
「文字通り、地獄への階段ってか?陰気くせーな」
「陽気な冥府なんてないと思うが…とにかく、足元には気を付けろ。転がり落ちでもしたら怪我じゃすまないぞ」
それは大変とばかりに、ゆっくりと階段を降りていく。降りていく。降りていく―――
「…………」
降りていく。
降りていく。
降りて―――
「だぁぁぁぁっ!いつまで続くんだよ、これは!?もうかれこれ千段は降りてんぞ!」
「冥府ってくらいだからな…一万段くらいは覚悟しといた方がいいぜ」
「うへぇ…」
「ここが冥府へ通じるとされる大洞窟…二度とは会えぬ愛しき人を求め、多くの者がこの地を訪れたそうだ」
「…それで、そいつらはどうなったんだ?お約束だから、なんとなく分かるけどよ」
硬い表情で語るレオンティウスに、城之内が問いかけた。
「恐らくはキミの想像通りだ。誰一人、帰っては来なかったという」
「だよな…」
「今さら怖気づくんじゃねえよ、城之内。俺達にゃもう前へ行くしか道はないんだぜ」
「言われなくても分かってるさ。なあ遊戯、ミーシャ。さっさとあいつらを助け出してやろうぜ!」
「うん!」
「ええ!」
そして一同は、洞窟へと足を踏み入れて―――
(来テハナラナィ)
「―――!?この声は…」
(我ダヨ、我。ホラ、我ダッテ)
新ジャンル、ワレワレ詐欺―――そんな訳ない。
「冥王…タナトス!」
(今スグ立チ去リ給ェ。此処カラ先ハ亡者ノ住マゥ世界…生者ガ踏ミ入ッテハナラヌ)
遊戯達はその声に答えることなく、歩みを止めることもない。
(何トカ言ッテクレナィカ?我ハ無視サレルノガ一番悲シィンダ)
「じゃあ言ってやるよ。今すぐテメーの所に乗り込んでブン殴ってやるから、顔を洗って待ってやがれ!」
(…ヤハリソゥ来ルカ。ヨカロゥ、其レナラ其レディィ。キミ達ヲ冥府ノ一員トシテ迎ェルトシヨゥ)
タナトスの哄笑が響き渡る。
(我ハ冥府ノ王…冥王タナトス。来ル者ハ拒マナィ)
「悪いけど、長居はしないよ。エレフと、そしてもう一人のボクを取り戻して、ボク達は帰るんだ」
(ナラヌ。我ハ来ル者ハ拒マナィガ、去ル者ハ決シテ赦サナィ)
断固とした口調だった。
(死(タナトス)ハ、誰モ逃ガサナィ―――)
それを最後に、声は聴こえなくなった。
「どうやら、我々の行動は見透かされていたようだな…」
「上等じゃねーか。どうせオレ達のやることは変わらねーんだ」
「そうよ。向こうがどうだろうと、私達は行くしかないわ」
「おうよ!」
一同は足を踏み鳴らし、洞窟を奥へ奥へと進んでいく。と、先頭を歩くオリオンが不意に足を止めた。
「待て…ここから、階段になってるぜ」
「ホントだ…随分深いみたい」
「文字通り、地獄への階段ってか?陰気くせーな」
「陽気な冥府なんてないと思うが…とにかく、足元には気を付けろ。転がり落ちでもしたら怪我じゃすまないぞ」
それは大変とばかりに、ゆっくりと階段を降りていく。降りていく。降りていく―――
「…………」
降りていく。
降りていく。
降りて―――
「だぁぁぁぁっ!いつまで続くんだよ、これは!?もうかれこれ千段は降りてんぞ!」
「冥府ってくらいだからな…一万段くらいは覚悟しといた方がいいぜ」
「うへぇ…」
「はっはっはっは…心配しなくてももうすぐだよ、もうすぐ」
その胡散臭い声は、階段の先から響いてきた。遊戯達は思わず顔を見合わせる。
「今の声は…」
「かなり近かったな…行こうぜ!」
残る階段を飛び降りるような勢いで駆けていく。その先に広がっていたのは、光の射さぬ不毛の世界だった。
どこまでも続く荒涼とした大地。冷たい風が吹き抜ける度、まばらに生えた枯れ木をカサカサと揺らす。およそ生命の
息吹など感じられない、死の沈黙に支配された国。
それを二分するかのように、大きな河が視界を横切っていた。それは暗く澱み、水底を窺い知ることはできない。
「やあ、友よ。幸薄き囚人達よ―――あらゆる生命の終焉の地、冥府へようこそ!」
その岸辺には、一艘の小舟。そして舳先に座る、一人の男。
一言でいうと、胡散臭い男だった。黒いマントで覆われた長身痩躯。だらしなく不精鬚を生やしてはいるが、顔立ちは
恐らく端正といっていいだろう。恐らくというのは、彼の顔の上半分は、仮面によって隠されていたからだ。
「これは冥府の河を越えるためのたった一艘の渡し船。そして私は死者の魂を冥府へと渡す船頭―――故に皆から
は<河渡り>なんて呼ばれているがね…」
仮面の男は、大仰に両手を広げる。
「この河を渡れば、二度と現世へは戻れまい。それを承知の上ならば、さあ、舟に乗るがいい!」
「ぐだぐだ言いやがって―――乗りゃーいいんだろ、乗りゃー!」
城之内はさっさと舟に乗り込み、ドサッと腰を下ろす。遊戯達もそれに続き、全員が乗ったところで、仮面の男が舟を
漕ぎ出した。ゆっくりと岸辺を離れ、深く冷たい河を進んでいく。
「しかしよ、オッサン。アンタこんな辺鄙なとこで一人で船頭やってんのか?」
「はっはっは、私も若い頃は色々あってねぇ…まあ、今じゃこれも悪くないと思っているよ」
「そうかなあ…どう考えても最悪の就職先だと思うけど」
「おお、坊や。キミは顔に似合わず中々酷いことを言ってくれるねぇ」
仮面の男は笑いながら、しかし表情を暗く歪ませる。
「ところでキミ達…冥府とは何度も言うが亡者達の世界だ。生きている者が足を踏み入れることは赦されない」
「ゴタクはいいんだよ。オレ達は大事なモンを取り返して、ついでに冥王とかいうバカをブン殴りにきたんだ」
「おお、これは畏れ多いことを…そんな大それたことを言ってると、私のようになってしまうよ」
「え?」
「聞いたことはないかい?魔女の純潔を散らし、冥府への扉を開いた愚かな男の物語を…」
「…………」
一同は固唾を呑んだ。男はそれに構わず続ける。
「彼もまた、冥府へと囚われてしまった…そして、今じゃ冥府の河に鎖され、渡し舟を漕ぐだけの日々…」
「それが…アンタなのか…?」
いつの間にか、舟は停まっていた。男は不気味に嗤う。その周囲にゆらゆらと光が瞬いていた。
「それが死者達の楽園へと土足で上がり込んだ愚者の末路さ―――だからキミ達も…ここで亡者の仲間入りだ」
仮面の男が指を鳴らすと、光が次々に形を取る。
「ヒッ…!」
「うげっ…」
思わず悲鳴を漏らす。それは黒い襤褸切れに身を包む骸骨―――ぽっかり空いた眼窩は、無限の闇を映していた。
腐乱した肉片が僅かにこびり付いた指先が、生者の魂を抉り出そうとばかりに蠢く。
「さあ、諸君―――キミ達もこれにて現世とお別れだ。残念だったねぇ…!」
冥府の闇に、仮面の男の狂笑が響いた。
「今の声は…」
「かなり近かったな…行こうぜ!」
残る階段を飛び降りるような勢いで駆けていく。その先に広がっていたのは、光の射さぬ不毛の世界だった。
どこまでも続く荒涼とした大地。冷たい風が吹き抜ける度、まばらに生えた枯れ木をカサカサと揺らす。およそ生命の
息吹など感じられない、死の沈黙に支配された国。
それを二分するかのように、大きな河が視界を横切っていた。それは暗く澱み、水底を窺い知ることはできない。
「やあ、友よ。幸薄き囚人達よ―――あらゆる生命の終焉の地、冥府へようこそ!」
その岸辺には、一艘の小舟。そして舳先に座る、一人の男。
一言でいうと、胡散臭い男だった。黒いマントで覆われた長身痩躯。だらしなく不精鬚を生やしてはいるが、顔立ちは
恐らく端正といっていいだろう。恐らくというのは、彼の顔の上半分は、仮面によって隠されていたからだ。
「これは冥府の河を越えるためのたった一艘の渡し船。そして私は死者の魂を冥府へと渡す船頭―――故に皆から
は<河渡り>なんて呼ばれているがね…」
仮面の男は、大仰に両手を広げる。
「この河を渡れば、二度と現世へは戻れまい。それを承知の上ならば、さあ、舟に乗るがいい!」
「ぐだぐだ言いやがって―――乗りゃーいいんだろ、乗りゃー!」
城之内はさっさと舟に乗り込み、ドサッと腰を下ろす。遊戯達もそれに続き、全員が乗ったところで、仮面の男が舟を
漕ぎ出した。ゆっくりと岸辺を離れ、深く冷たい河を進んでいく。
「しかしよ、オッサン。アンタこんな辺鄙なとこで一人で船頭やってんのか?」
「はっはっは、私も若い頃は色々あってねぇ…まあ、今じゃこれも悪くないと思っているよ」
「そうかなあ…どう考えても最悪の就職先だと思うけど」
「おお、坊や。キミは顔に似合わず中々酷いことを言ってくれるねぇ」
仮面の男は笑いながら、しかし表情を暗く歪ませる。
「ところでキミ達…冥府とは何度も言うが亡者達の世界だ。生きている者が足を踏み入れることは赦されない」
「ゴタクはいいんだよ。オレ達は大事なモンを取り返して、ついでに冥王とかいうバカをブン殴りにきたんだ」
「おお、これは畏れ多いことを…そんな大それたことを言ってると、私のようになってしまうよ」
「え?」
「聞いたことはないかい?魔女の純潔を散らし、冥府への扉を開いた愚かな男の物語を…」
「…………」
一同は固唾を呑んだ。男はそれに構わず続ける。
「彼もまた、冥府へと囚われてしまった…そして、今じゃ冥府の河に鎖され、渡し舟を漕ぐだけの日々…」
「それが…アンタなのか…?」
いつの間にか、舟は停まっていた。男は不気味に嗤う。その周囲にゆらゆらと光が瞬いていた。
「それが死者達の楽園へと土足で上がり込んだ愚者の末路さ―――だからキミ達も…ここで亡者の仲間入りだ」
仮面の男が指を鳴らすと、光が次々に形を取る。
「ヒッ…!」
「うげっ…」
思わず悲鳴を漏らす。それは黒い襤褸切れに身を包む骸骨―――ぽっかり空いた眼窩は、無限の闇を映していた。
腐乱した肉片が僅かにこびり付いた指先が、生者の魂を抉り出そうとばかりに蠢く。
「さあ、諸君―――キミ達もこれにて現世とお別れだ。残念だったねぇ…!」
冥府の闇に、仮面の男の狂笑が響いた。
五分後。
仮面の男はアンパンのように腫れ上がった顔で、半泣きになりながら舟を漕いでいた。
「この野郎、驚かせやがって…あいつら全然弱かったじゃねーか、チクショウ」
「おら、もっと力入れて漕げよ。こちとら遊びに来たんじゃねーんだぞ」
「ヒィィ…漕いでます漕いでます。一生懸命やってますから、暴力反対…」
城之内とオリオンに尻を蹴飛ばされつつ、男は必死に舟を漕ぐ。
「正直、負けるだろうなぁとは自分でも思ってたんだ…でもさキミ達、せめてもうちょっと<いい勝負だったね>と
言い訳が立つような演出をやってくれなかったものかね…あいたたた、腰はやめて、腰は…」
「うるせーバカ!これからラスボスって時に、下っ端相手に悠長に闘ってられねーんだよ」
「キミ、それは大抵の物語を否定することになるよ…あいたた、一々殴らなくてもいいじゃないか…まあいい。精々
束の間の勝利に酔い給え」
仮面の男は泣き事を言いつつも、ザマーミロと言わんばかりの口調だった。
「何せ私は冥府の番人の中では最弱!死刑囚で言えばロシアの人!いわばカマセ犬の雑魚キャラ!はっきりと
言わせてもらえば他の番人は私とは比べ物にならない強さだ!私を倒したからといってそんなものは何の自慢
にもならん!」
なんかどっかで聞いたことのあるようなセリフだった。
「なんて情けないことを自信満々に言うんだろうか、この男は…」
「ある意味すごいわね、この人…」
「いや、気を抜いちゃダメだよ。最初にダメダメなのを配置して、こっちを油断させる手なのかも…」
レオンティウスとミーシャ、遊戯は実に酷いことを言っていた。
「ほら、着いたよ…さっさと降りてくれ。それでさっさと他の番人にやられてきてくれ」
「おう。じゃあアンタも精々舟を漕いでろ」
―――かくして、最初の番人を撃破した遊戯一行。だが残る番人達の力は未だ未知数。
激戦の予感に、誰もが身を震わせていた―――
仮面の男はアンパンのように腫れ上がった顔で、半泣きになりながら舟を漕いでいた。
「この野郎、驚かせやがって…あいつら全然弱かったじゃねーか、チクショウ」
「おら、もっと力入れて漕げよ。こちとら遊びに来たんじゃねーんだぞ」
「ヒィィ…漕いでます漕いでます。一生懸命やってますから、暴力反対…」
城之内とオリオンに尻を蹴飛ばされつつ、男は必死に舟を漕ぐ。
「正直、負けるだろうなぁとは自分でも思ってたんだ…でもさキミ達、せめてもうちょっと<いい勝負だったね>と
言い訳が立つような演出をやってくれなかったものかね…あいたたた、腰はやめて、腰は…」
「うるせーバカ!これからラスボスって時に、下っ端相手に悠長に闘ってられねーんだよ」
「キミ、それは大抵の物語を否定することになるよ…あいたた、一々殴らなくてもいいじゃないか…まあいい。精々
束の間の勝利に酔い給え」
仮面の男は泣き事を言いつつも、ザマーミロと言わんばかりの口調だった。
「何せ私は冥府の番人の中では最弱!死刑囚で言えばロシアの人!いわばカマセ犬の雑魚キャラ!はっきりと
言わせてもらえば他の番人は私とは比べ物にならない強さだ!私を倒したからといってそんなものは何の自慢
にもならん!」
なんかどっかで聞いたことのあるようなセリフだった。
「なんて情けないことを自信満々に言うんだろうか、この男は…」
「ある意味すごいわね、この人…」
「いや、気を抜いちゃダメだよ。最初にダメダメなのを配置して、こっちを油断させる手なのかも…」
レオンティウスとミーシャ、遊戯は実に酷いことを言っていた。
「ほら、着いたよ…さっさと降りてくれ。それでさっさと他の番人にやられてきてくれ」
「おう。じゃあアンタも精々舟を漕いでろ」
―――かくして、最初の番人を撃破した遊戯一行。だが残る番人達の力は未だ未知数。
激戦の予感に、誰もが身を震わせていた―――
「ふう…まだ顔が痛いよ…あいつら、もうちょっと手加減してくれてもいいじゃないか。全員で取り囲んでボコボコに
するなんて、野蛮人そのものだよ、はあ…」
ぐちぐち文句を垂れつつ、仮面の男は帰路を辿る。
「やはりタナトス様に頼んでどうにか転職させてもらおうかな…ああ、でもこの歳まで舟しか漕いでないもんな私…
もっとツブシの利く仕事やりたかったよ…はあ」
もはや数えるのも億劫になった溜息を繰り返し、ようやく岸辺に辿り着いた。だが、その瞬間に彼は思い知ることと
なった。
受難はまだ終わっていない―――むしろ、始まってさえいなかったのだと。
「おい、貴様」
いきなり横柄そのものの声に出迎えられる。顔を上げると、そこには一人の男。
端正な顔立ちと、異様に冷たく鋭い眼光。針金を通したかのように形が崩れないコートを身に付けたその姿は、正に
威風堂々。王者たる風格と傲慢さを、これでもかとばかりに全身から発散していた。
そう。他にこんな男が何処にいるのか。海馬コーポレーション社長・海馬瀬人。
彼も今、冥府へと降り立ったのだ。
「舟を出せ。大至急だ」
「…………はい」
仮面の男は、本気で転職を考えるのだった…。
するなんて、野蛮人そのものだよ、はあ…」
ぐちぐち文句を垂れつつ、仮面の男は帰路を辿る。
「やはりタナトス様に頼んでどうにか転職させてもらおうかな…ああ、でもこの歳まで舟しか漕いでないもんな私…
もっとツブシの利く仕事やりたかったよ…はあ」
もはや数えるのも億劫になった溜息を繰り返し、ようやく岸辺に辿り着いた。だが、その瞬間に彼は思い知ることと
なった。
受難はまだ終わっていない―――むしろ、始まってさえいなかったのだと。
「おい、貴様」
いきなり横柄そのものの声に出迎えられる。顔を上げると、そこには一人の男。
端正な顔立ちと、異様に冷たく鋭い眼光。針金を通したかのように形が崩れないコートを身に付けたその姿は、正に
威風堂々。王者たる風格と傲慢さを、これでもかとばかりに全身から発散していた。
そう。他にこんな男が何処にいるのか。海馬コーポレーション社長・海馬瀬人。
彼も今、冥府へと降り立ったのだ。
「舟を出せ。大至急だ」
「…………はい」
仮面の男は、本気で転職を考えるのだった…。