「ふう、確かこの旅館でいいはずだが」
「とりあえず、入ってみましょーよ」
 高校剣道の一大イベント・昇竜旗大会に参加するため、
室江高剣道部のメンバーは九州を訪れていた。
「すいませーん。予約していた室江高剣道部の者ですが」
「はい、お待ちしておりました。こちらにどうぞ」
「よーし、じゃあ。大会は明日だから今日は各自部屋で体調を整えておけよ」
 部屋に案内されながら、コジローが生徒たちに呼びかける。
「先生。おみやげ買いに行ってもいい?」
 サヤが観光ガイド片手にコジローに話しかける」
「そうだな……すいません、夕飯って何時ですか?」
「7:00の予定ですが、前後30分ならお時間を調整できますよ」
 女将が笑いながら、答える。
「よし、んじゃ7:00までに旅館に戻るなら許可するぞ」
「いよし! キリノ、いこ!」
「うん、センセーはお土産買いに行かないの?」
「俺は帰りでいいや。部屋でゴロゴロしてるよ」
「その、袋の中って、ビールですよね」
 ユージがさりげなく突っ込む。
「こここ、これは時間外に飲むんだよ! お前らが寝てから!」
「別にいいけどな~。ミヤミヤ、俺たちも部屋で休むか~」
「うん、ダンくんと一緒にお部屋で休む!」
「お前ら、いっとくけど男子と女子は部屋別だからな!」
 コジローが眉毛を引きつらせながら叫んだ。
「えぇ~」
 ミヤミヤが不満そうに口をとがらせる。
「まったく、んじゃ解散。各自7:00まで自由行動」
 コジローの一声とともに、室江高のメンバーはそれぞれの目的に応じて動き出した。



「んー、やっぱ辛子明太子よねー」
 お土産屋で辛子明太子を試食したサヤが舌鼓を打つ。
「もー、サヤ。日持ちしないのは帰りに買ったほうがいいよ」
 キリノは、同じお土産屋にあるクリームまんじゅうを買っていた。
「九州ええわー。まさか、剣道部の大会でこられるなんて思わなかったわー」
 変なペナントをさわさわと触りながら、サヤがうっとりと語る。
「ねえ、キリ」
 ふと、サヤが振り返るとキリノは地元の高校生に囲まれていた。
「あはははは、結構ですから」
「いいじゃん、いいじゃん、なー」
「ちょっと、あたしの友だちに何絡んでんのよ!」
 男子生徒たちに言い寄られているキリノに、サヤがすかさず駆け寄る。
「む、胸でけぇ……」
 だが、サヤを見た男子生徒たちは、さらに興奮してしまったようだ。
「そこの胸でけえ姉ちゃんもさあ……」
「ちょっと……」
 サヤが頭から湯気を吹き出して文句を言おうと身を乗り出した。
「ほら」
 ぐいと腕をつかまれるキリノ。
「やだ、コジロー先生!」
 思わず、コジローに助けを求める。
そのとき、近くの土産物屋にいたタマが駆けつけてきた。
タマは、お土産屋の店頭に刺さっていた竹刀を取り出すと、
あっという間に男子生徒たちをなぎ倒す。
「大丈夫ですか、キリノ先輩」
「う、うん……」
「どうしました?」
 助かったのに、微妙な笑顔をしているキリノにタマが尋ね返した。
「いやあ、やっぱりタマちゃんがヒーローなんだねえ」
「???」
 タマには、さっぱり意味がわからない。
「旅館に戻ろうか」
「そだね」
 また、変な人たちに絡まれると面倒だ。
3人は、連れ立って旅館に帰ることにした。
「夕飯楽しみだね~」
「はい……あ」
「迷子のお知らせをいたします。室江高校からお越しの川添タマキ様。
中田ユージ様がお待ちです。中央迷子センターまでお越しください。迷子の……」

タマと一緒に来ていたユージは、試食の芥子蓮根を食べている間に
置いていかれていたのであった。



 夕飯の時間になり、男子の部屋ではコジロー、ユージ、ダンが3人でテーブルを囲んでいた。
「イセエビに、水炊きに、ギョーザに……へへへへ、うまそ~」
 テーブルに並べられた豪華な夕飯を前にして、コジローが目を輝かせる。
「もう、大変だったんですよ」
 先ほどまで、夕方のタマとキリノの件を説明していたユージがため息をついた。
「いや、でもタマがいてよかったよ。無事でなによりだ。
明日からは、男子と一緒に行動したほうがいいかもな」
 ビールのプルタブをあけながら、コジローがユージに答えた。
「ああ~、先生、ビール飲んでるぞ~」
 ダンがすかさず、コジローを指差す。
「いいじゃないか、ここは男子だけなんだからさ。
あっちには吉河先生がいるし、もう旅館のなかだから問題も起きないだろ」
「先生の行動が、一番問題のような気もしますが……まあ、いいか。僕らも食べようダンくん」
「お、このギョーザうまいぞ~」
「どれどれ、おほっ! こりゃ、ビールに会うな~」

 一方、こちらは女子の部屋。
大部屋のテーブルには、男子のほうと同じ豪華な食事が並んでいる。
「いやーん。美味しすぎて太っちゃう~」
 サヤがバクバクモリモリという擬音がぴったりくるような速度で、料理に手をつける。
「う~ん、この餃子どうやって作ってるんだろう」
 キリノが、自分の家のお惣菜にも反映させようと、餃子を味わいながら食べている。
「あ、そうそう。食べながらでいいので皆さん聞いてください」
 吉河先生が食事に夢中な女子を呼び止めた。
「お風呂は、21:00までなんですけど……その、ここ内湯と外湯にわかれてて
外湯は混浴になっているそうなの。だから、恥ずかしい人は内湯だけにしたほうがいいわよ」
「へー、混浴なんだ~」
 キリノがクスクス笑う。
「誰か、かっこいい人が入って……るわけないか」
サヤがエビを何度も噛み噛みしながらつぶやいた。
「……入ってるかもよ」
「ん? 何か言ったキリノ?」
「なんでもないよ」
 キリノが何かいったような気もしたが、サヤはエビを噛むのに忙しくてよく聞き取れなかった。



 前の合宿のときにも思ったけど……やっぱり、ウチの女子ってスタイルよすぎです!
内湯で体を洗っている部員たちを観察して、サトリは改めてため息をもらした。
まず、桑原先輩。あのときも爆乳ダイナマイトボディだと思いましたけど、
さらに大きくなっているなんて! しかも、形もいいし、スタイルもモデルみたい。
 ハア……とため息をついて、サトリはミヤミヤを見る。
ああ、宮崎さんってば、もう天使像そのもの。彫刻みたいな美しさを感じます。
中身は悪魔なのに……いやいやいや、そんなこと思っちゃダメ、ダメ私!
 フヒュー……とため息を吐いて、サトリはタマを見る。
やはり、私と同盟を組めるのはタマちゃんだ……け……?
サトリは目を疑った。ほんの少し、少しだが胸が膨らんでいるような……。
あれ? タマちゃん、成長してる? あれ? え?
 あれあれ? と思いながら、今度はキリノのほうを観察してみた。
あれ? 今度は別の意味で目を疑う。キリノ先輩少し太ったような……・。
なんというか、少しだけ前に見たときよりもふくよかになっているようだ。
でも、とサトリは思う。キリノ先輩綺麗だなあ。
なんでだろう、こう桑原先輩とは違う感じの綺麗さというか、ツヤツヤと輝いている感じがする。
 そうだ! 吉河先生と同じような綺麗さなんだ!
「吉河先生って綺麗ですね」
 サトリは、思わず吉河先生に声をかけた。
「あら? ありがとう。女は恋をすると綺麗になるのよ」
 そういえば、吉河先生は石橋先生の奥さんだったっけ。
サトリは、そう思い返して自分の中に新たな疑問が生まれていることに気づいた。
あれ? じゃあ、キリノ先輩は恋してるってこと? あれあれ? え?
 
「きゃあ! さとりんがのぼせた!」
 バターンと倒れるサトリを見て、サヤが叫ぶ。
「あららら、じゃあ、アタシは東さんを運んで先に出ますね」
 吉河先生がサトリに肩を貸して内湯から出て行った。
「うーん、あたしたちもそろそろ出ようか」
「あ、はい」
 タマとサヤ、ミヤミヤが連れ立って湯から上がる。
「あ、アタシもうちょっと入ってくね」
 キリノは、もう少しお湯につかっていくからと1人で内湯に残ることにした。



「ふう、酔い覚ましに俺は外湯に入ってくるわ」
「先生、恥ずかしくないのか~」
「バーカ、どうせカップルかババアしかいねえよ」
 男子の内湯を通り過ぎて、コジローは外湯へとやってきた。
予想通り、誰もいない。いまどき、混浴は恥ずかしいものなあ、とコジローは考える。
まあ、おかげでゆったりつかれるんだが……。
 肩まで湯につかって、コジローは上機嫌で星空を見ていた。
「隣いいですか?」
「ああ、どうぞどうぞ」
 女性の声が聞こえてきたので、コジローは空を見たまま答える。ん? 女性?
 バッと横を振り向くと、そこにはバスタオルを巻いたキリノが
「ってキリノ! お前、何考えてるんだ!」
 あわてて、目をおおうコジロー。
「何を考えるって、ここは混浴っすよ!」
 岩によりかかって、左腕を右腕でこすりながらキリノが喋る。
「内湯の扉を開けたら、ちょうど先生が入ってるんできちゃいました」
「きたってお前なあ……」
 キリノのうなじを見ながら、なるべく余計なことを考えないように考えないようにと
理性を働かせつつ、コジローがつぶやく。
「今日、地元の高校生に絡まれたんす」
「ああ、ユージから聞いたよ」
 湯にざぶっとつかりつつ、キリノから目をそらしながらコジローが答える。
「タマちゃんが助けてくれたんですよ」
「ああ、あいつはまさにヒーローだな」
 頭をかきつつ、コジローは横目でキリノを見た。
なぜか、キリノは距離を離そうとするコジローに少しづつ近づいてきているようだ。
「そうっすね、タマちゃんはヒーローなんです」
「ああ、すると、今日のお前はさしずめヒロインってとこか」
「でも、主人公じゃないんですよ」
 じゃあ、主人公は誰なんだ? 思わず、そう聞き返そうとしてキリノの肌が触れている
ことに気がつく。上気した顔が、すぐそばまで来ていた。
「それはですね」
「あ~ら、若い人はいいわねえ~」
 おばさんたちの声に、2人ともはっと我に返る。
見ると、周りにはおばさんの団体が10人ほどいて、ニヤニヤと2人を見ていた。
「新婚さん? いやあ、おあついわあ」
「あたしもねえ、若い頃は夫とよく混浴でねえ」
 口々に喋りだす。
「あ、あたしもうでますね! お休みなさい!」
「お、おいキリノ!」
 バタバタとお湯から上がって、キリノは温泉から出て行ってしまった。
「あらあ、お邪魔しちゃった」
 おばさんの団体に取り囲まれたコジローも、すぐにお湯から上がる。

「なんだか、あったまった気がしねえなあ……」
 脱衣所の扇風機にあたりながら、コジローは1人つぶやくのであった。
最終更新:2008年12月06日 22:34