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223.終わりの言葉 「か…っはっ」 腹が、焼け付く様に熱い。 畜生。ドジっちまった。 呪詛の言葉の一つでも怒鳴り散らしてやりたかったが、どうもそれすら出来そうも無い。 やられちまったのは、胃袋か、それとも肝臓か。或いは、両方ともか。 ついでに言うと、下半身の感覚がなくなっちまってるから、脊椎もイカれてるんだろう。 俺に出来る事と言えば、もう突き刺さったバルムンを支えに身を捩る事ぐらいで。 ──まぁ、仕方ねぇか。どてっ腹に、モロに刃を食らっちゃよ。 半分、諦めにも似た気持ちがやってくる。 けど、熱ももう消えていってんだ。文字通りの死に体だな。 にしてもよ。 ♀クルセ。お前はよ。 僅かに首を捩って、後ろを見る。 泣きそうな顔で、手の無い腕を宙に突き出した♀クルセの姿。 ええくそ。何たって、こんな無茶をしやがったんだ。 お前がそんなんだから、俺は。 「……っ、ねえ」 そうさ。 だから、この期に及んだって、何一つ忘れられない。 自分が最低の人間で、それでも護りたいと思った奴がいて。 ああ畜生。♀クルセの奴、あんな手じゃ一生剣は握れねぇじゃねぇか。 俺は、そんな奴だけど。本当に護りたいと思える奴が居て、そいつを初めて、肝心なとこで死なさずにすんだ。 ああ、紛い物だっていいさ。俺は、きっと今、生まれて初めて騎士って言う役柄を貰ったんだ。 今にも消え入りそうな意識を、残った力で無理矢理つなぎとめる。 畜生、しかし不味いなぁ。 口の中には血の味しかしねぇし、目の前は段々と暗くなっていきやがる。 恐らく、こいつが俺が味わう最後の味覚なんだろう。 血で喜ぶのはバンパイアだけなんだが、もうちっと美味けりゃよかったのによ。 色んな風景が目の前を過ぎてくのは、ひょっとして走馬灯ってのか? 辛かった事。苦しかった事。こんな生き方しか出来なかった事。人を殺した事。人を犯した事。 けれど、アラームや子バフォ、♀アーチャー。そして、♀クルセに出会えたこと。 ここまでの旅路がまんざらじゃなかった事。自分みたいな人間が、心の底から笑えるようになっていた事。 ──生まれて初めて、騎士の役割を貰えた事。 「よ…お、秋菜」 体は勿論ガタが来てやがって。 声を出すだけでも、酷く疲れちまう。 俺の掠れた声に、目の前の女は俺に目を向けた。 「…死にぞこないが喋らないで下さいよぉ。鬱陶しいです」 「は…はっ、そ…う、言う、なよ。台詞ぐら、い。最、後…まで…いわせろよ」 喘ぎ喘ぎ言葉を吐くと、振り向いて、♀クルセ達に破顔する。 秋菜は、俺の事を只の死体とでも思ってるのか、案外あっさりとその提案を呑んだらしかった。 奴も相当の深手だったんだが…畜生、又、ヒールしやがった。それ故の余裕なんだろう。 俺は、しっかり笑えているのだろうか? 心配されねぇようにされねぇと。 きっと、俺は。ここで死ぬ。 ローグは嘘を付くのが得意だから、本当の事は言わない。 けれど、俺は騎士でもあるから。 嘘を付きながら、本当の事を言おう。 「俺は…騎士…さ。だから、よ。だから、こんな事、ぐれぇ、で。くたばる訳、にゃ、いか、ねぇ…」 その言葉は、誰に向けた物なんだろうか。 よく判らなかった。クソッタレ、思考まで死に掛けてきてやがる。 だが──まだだ。 思考を走らせる。意識を編み、イメージの形を作っていく。 十字。白い十字。破戒の悪党が編む、白い光。 足りない。まだだ、まだ足りない。もっと、もっともっと強く、強く。 1を十に上げ、式を複雑に。覚えた十字を鮮烈に。 ついさっき、俺を焼いた、あの光の紛い物を作り上げる。 切り札は、あいつのお陰だ。 本来なら、♀クルセ自身がそうするつもりだったんだろうが、俺はあいつに死んで欲しくなかった。 俺は、そんな女を裏切らなくちゃならない。 勿論、彼女の心って奴にはいい加減気づいていた。 「なぁ…♀…クルセ」 げほっ、げほっ、と咽帰ると、血糊が秋菜に降りかかる。 畜生。喋りにくくていけねぇ。 くたばっちまうのは、解ってる。もう少しだから、気張れって。 「んな、悲しそうな顔、するなよぅ。黒いのも、姐さんも。あの坊主も。バドスケの野朗も。 お前ぇ等、は。生き残れよぅ。今の、今、まで。生き残れたんだから。生き、残れる。 だからよ。全部、忘れて。達者で暮らして、くれ」 …こいつが、俺の遺言か。 ったく。この場所に着てから、本当、最後まで俺らしくもなかったなぁ。 目を閉じ、そして、残された自分に檄を入れる。 遣り残した事が、まだある。 俺と秋菜と、残りの連中との距離は、丁度、一直線だ。 振り向いて、深淵の騎士を見ると、にやりと口の端を歪める。 そいつは、俺の意図に気づいたのか、こくり、と一度小さく頷いた。 さっきは、突然の事に反応できなかったみてぇだけど。今度は出来るみてぇだ。 「…? 何のつもりですかぁ」 「…なぁに。盗んでおいた、最後の、切り札…って奴さ」 さぁ、終わりの言葉を言うとしようか。 一瞬、秋菜の顔が焦ったような色に変わるが──もう、遅い。 本当に最後の力を振り絞り、体を秋菜に寄り掛からせる。 「グランド…」 瞬間、頭の中で、爆薬のピンが外れた様な音が響いた。 体中が、文字通り砕けていくほんの僅かな時間の中で、俺は。 俺は、一つの幻を──   ──俺は、いつものベッドから、身を起す。 窓からは、眩い朝の光が差し込んでいる。体の節々が痛むのは、昨日の仕事の疲れが残っているんだろう。 首をコキコキ回し、背を伸ばし、それから欠伸を一度して、眠気を吹き飛ばす。 ふと、顔を横に向けると──長く、綺麗な髪のひと。 俺は、何時だって怖い怖いと言われている顔を、更に怖く見せるだろう、不機嫌そうな顔をした。 「…んだよ、居たんなら、起してくれっての」 「いや…あなたの寝顔があんまり可愛かったのでな、起す気になれなかった」 「可愛いってなぁ…おい」 俺は、ただでさえ不機嫌な顔を更に不機嫌にして、そのひとを睨む。 「そんな顔をしたって無駄だぞ? お前がそういう顔をするのは照れている時だからな」 「…ちっ」 …ったく、こいつにゃ敵わない。 あっさり白旗を揚げると、ベットから降りて立ち上がった。 「朝食の支度は出来ているからな。勤務は早いのだろう?急いだ方がいいぞ」 「ああ、そーするよ」 俺は、あれから。 騎士団長に直談判したとか言う♀クルセの口効きで、特例で騎士に認められていた。 最も、冒険者としではなく、騎士団直下の下っ端団員としてだけど。 思ってもみない形で騎士になれたのは嬉しかったが、勿論苦労も沢山あった。 元ローグ、なんて肩書きの男が歓迎される筈はなかったし、勤務も随分窮屈だった。 人殺し、外道と陰口を叩かれる事はしょっちゅうだったが、それでも我慢して働き続けた。 もしも──あのひとが居なければ、とてもじゃないが続けていけなかったろう。 騎士になった幸せよりも、騎士になってからの苦労の方が多かった様な気もする。 …言うまでも無いが、あのひと、というのは♀クルセだ。 そう。 今の家を買う為に、ローグとして持っていた財産を処分する前、俺と彼女はささやかな式を挙げていた。 見知った顔…ハンターに転職した♀アーチャーや、バドスケ、子バフォと奴の主人と、そのアルケミの連れ。 それから、バドスケとアラーム、そしてその家族。 客はそれぐらいしか居なかったが、それから随分と騒いで朝まで明かした日だった。 ──まぁ、全員でなだれ込んだ酒場の床が酒でびしょ濡れになる様な有様だったから、余り褒められたものではないのだろうが。 「…どうだ?私の料理の腕も中々だろう?」 「…参った。こりゃ旨いわ。また腕上げやがって…」 俺の前には、クルセイダーの鎧をエプロンに着替えた♀クルセ。 口にした料理を味わって唸る。 余り時間が無いのが惜しかった。 そうだ。騎士団は時間って奴に随分と厳しい。 俺が、一番最初に思い知った事だ。 少し残った料理を、一気に喉に流し込んで立ち上がる。 歯を磨き、顔を洗い、それからまだ新しい鎧に身を包んで玄関に向う。 「……ん、どうした?」 外に出ようとした時だ。 背中に、不意にしなだれかかってきた♀クルセに言う。 「…なぁ、ローグ。今日も、遅くなりそうか?」 「あー…どうだろうなぁ。多分、普段どおりに…なる、だろうな」 言いかけて、♀クルセの顔が不安そうな事に気づいた。 俺は、にやっ、と笑うと、くしゃくしゃと頭を撫でてやる。 「馬ー鹿、心配しなくても飛んで帰ってきてやるよ」 「う…」 「大体、何だよいきなりよ。変なトコで寂しがりな奴だな」 「む…」 困ったような声を出す、困り顔の♀クルセ。 まぁ、そんな所に俺は惚れちまったのかもしれねぇけど。 さて、そろそろ本当に急がないと不味い。 「俺は、必ず帰ってくるさ。安心しとけっ、それじゃあな! 急がないとヘルマンの親父にどやされちまう!!」 手をいいかげんに振りながら、言ってやる。 俺は、石畳を蹴って走り出した。 見上げると青い、青い空。 俺が、手に入れていたかもしれない日常が始まるな。 そう、思った。   そう──そんな、幻を、見ていた。 「クルス!!」 幻の中でも、約束を果たさないことは残念だ、と思う。 痛みは既に無い。けれど、その代わりに思考も鈍い。 白く染まる視界の中で、深淵の騎士が、氷の様な表情を貼り付け、剣を振り上げて俺の方に走ってくるのが見えた。 俺は、心底から──良かった、と思う。 死人は、死んでしまっているから何一つできない。 けれど、俺の遺言は、どうやら実現しそうだった。 俺の命を薪にした割には、馬鹿みたいに白い光が、至近距離から秋菜を焼き尽くしていく。 ならば、俺には、こんな束の間の夢だけでも十分すぎる。 もしも、他の皆も無事に帰れていたなら、叶っていたかも知れない夢。 これが、手向けの花の代わりには、十分すぎた。 俺の意識が消えていく。 最後の闇が。 光は余りに眩しくて、でも涙は零れなかったと思う。 さて、と。出来る事は全てやってしまったから。 俺はそろそろ旅立つとしよう。 ──じゃあな。 <♂ローグ 死亡> <残り4名> ---- |戻る|目次|進む| |[[222]]|[[目次]]|[[224]]|[[anotherEND-1.終わりのソラ ~ an other end]]
223.終わりの言葉 「か…っはっ」 腹が、焼け付く様に熱い。 畜生。ドジっちまった。 呪詛の言葉の一つでも怒鳴り散らしてやりたかったが、どうもそれすら出来そうも無い。 やられちまったのは、胃袋か、それとも肝臓か。或いは、両方ともか。 ついでに言うと、下半身の感覚がなくなっちまってるから、脊椎もイカれてるんだろう。 俺に出来る事と言えば、もう突き刺さったバルムンを支えに身を捩る事ぐらいで。 ──まぁ、仕方ねぇか。どてっ腹に、モロに刃を食らっちゃよ。 半分、諦めにも似た気持ちがやってくる。 けど、熱ももう消えていってんだ。文字通りの死に体だな。 にしてもよ。 ♀クルセ。お前はよ。 僅かに首を捩って、後ろを見る。 泣きそうな顔で、手の無い腕を宙に突き出した♀クルセの姿。 ええくそ。何たって、こんな無茶をしやがったんだ。 お前がそんなんだから、俺は。 「……っ、ねえ」 そうさ。 だから、この期に及んだって、何一つ忘れられない。 自分が最低の人間で、それでも護りたいと思った奴がいて。 ああ畜生。♀クルセの奴、あんな手じゃ一生剣は握れねぇじゃねぇか。 俺は、そんな奴だけど。本当に護りたいと思える奴が居て、そいつを初めて、肝心なとこで死なさずにすんだ。 ああ、紛い物だっていいさ。俺は、きっと今、生まれて初めて騎士って言う役柄を貰ったんだ。 今にも消え入りそうな意識を、残った力で無理矢理つなぎとめる。 畜生、しかし不味いなぁ。 口の中には血の味しかしねぇし、目の前は段々と暗くなっていきやがる。 恐らく、こいつが俺が味わう最後の味覚なんだろう。 血で喜ぶのはバンパイアだけなんだが、もうちっと美味けりゃよかったのによ。 色んな風景が目の前を過ぎてくのは、ひょっとして走馬灯ってのか? 辛かった事。苦しかった事。こんな生き方しか出来なかった事。人を殺した事。人を犯した事。 けれど、アラームや子バフォ、♀アーチャー。そして、♀クルセに出会えたこと。 ここまでの旅路がまんざらじゃなかった事。自分みたいな人間が、心の底から笑えるようになっていた事。 ──生まれて初めて、騎士の役割を貰えた事。 「よ…お、秋菜」 体は勿論ガタが来てやがって。 声を出すだけでも、酷く疲れちまう。 俺の掠れた声に、目の前の女は俺に目を向けた。 「…死にぞこないが喋らないで下さいよぉ。鬱陶しいです」 「は…はっ、そ…う、言う、なよ。台詞ぐら、い。最、後…まで…いわせろよ」 喘ぎ喘ぎ言葉を吐くと、振り向いて、♀クルセ達に破顔する。 秋菜は、俺の事を只の死体とでも思ってるのか、案外あっさりとその提案を呑んだらしかった。 奴も相当の深手だったんだが…畜生、又、ヒールしやがった。それ故の余裕なんだろう。 俺は、しっかり笑えているのだろうか? 心配されねぇようにされねぇと。 きっと、俺は。ここで死ぬ。 ローグは嘘を付くのが得意だから、本当の事は言わない。 けれど、俺は騎士でもあるから。 嘘を付きながら、本当の事を言おう。 「俺は…騎士…さ。だから、よ。だから、こんな事、ぐれぇ、で。くたばる訳、にゃ、いか、ねぇ…」 その言葉は、誰に向けた物なんだろうか。 よく判らなかった。クソッタレ、思考まで死に掛けてきてやがる。 だが──まだだ。 思考を走らせる。意識を編み、イメージの形を作っていく。 十字。白い十字。破戒の悪党が編む、白い光。 足りない。まだだ、まだ足りない。もっと、もっともっと強く、強く。 1を十に上げ、式を複雑に。覚えた十字を鮮烈に。 ついさっき、俺を焼いた、あの光の紛い物を作り上げる。 切り札は、あいつのお陰だ。 本来なら、♀クルセ自身がそうするつもりだったんだろうが、俺はあいつに死んで欲しくなかった。 俺は、そんな女を裏切らなくちゃならない。 勿論、彼女の心って奴にはいい加減気づいていた。 「なぁ…♀…クルセ」 げほっ、げほっ、と咽帰ると、血糊が秋菜に降りかかる。 畜生。喋りにくくていけねぇ。 くたばっちまうのは、解ってる。もう少しだから、気張れって。 「んな、悲しそうな顔、するなよぅ。黒いのも、姐さんも。あの坊主も。バドスケの野朗も。 お前ぇ等、は。生き残れよぅ。今の、今、まで。生き残れたんだから。生き、残れる。 だからよ。全部、忘れて。達者で暮らして、くれ」 …こいつが、俺の遺言か。 ったく。この場所に着てから、本当、最後まで俺らしくもなかったなぁ。 目を閉じ、そして、残された自分に檄を入れる。 遣り残した事が、まだある。 俺と秋菜と、残りの連中との距離は、丁度、一直線だ。 振り向いて、深淵の騎士を見ると、にやりと口の端を歪める。 そいつは、俺の意図に気づいたのか、こくり、と一度小さく頷いた。 さっきは、突然の事に反応できなかったみてぇだけど。今度は出来るみてぇだ。 「…? 何のつもりですかぁ」 「…なぁに。盗んでおいた、最後の、切り札…って奴さ」 さぁ、終わりの言葉を言うとしようか。 一瞬、秋菜の顔が焦ったような色に変わるが──もう、遅い。 本当に最後の力を振り絞り、体を秋菜に寄り掛からせる。 「グランド…」 瞬間、頭の中で、爆薬のピンが外れた様な音が響いた。 体中が、文字通り砕けていくほんの僅かな時間の中で、俺は。 俺は、一つの幻を──   ──俺は、いつものベッドから、身を起す。 窓からは、眩い朝の光が差し込んでいる。体の節々が痛むのは、昨日の仕事の疲れが残っているんだろう。 首をコキコキ回し、背を伸ばし、それから欠伸を一度して、眠気を吹き飛ばす。 ふと、顔を横に向けると──長く、綺麗な髪のひと。 俺は、何時だって怖い怖いと言われている顔を、更に怖く見せるだろう、不機嫌そうな顔をした。 「…んだよ、居たんなら、起してくれっての」 「いや…あなたの寝顔があんまり可愛かったのでな、起す気になれなかった」 「可愛いってなぁ…おい」 俺は、ただでさえ不機嫌な顔を更に不機嫌にして、そのひとを睨む。 「そんな顔をしたって無駄だぞ? お前がそういう顔をするのは照れている時だからな」 「…ちっ」 …ったく、こいつにゃ敵わない。 あっさり白旗を揚げると、ベットから降りて立ち上がった。 「朝食の支度は出来ているからな。勤務は早いのだろう?急いだ方がいいぞ」 「ああ、そーするよ」 俺は、あれから。 騎士団長に直談判したとか言う♀クルセの口効きで、特例で騎士に認められていた。 最も、冒険者としではなく、騎士団直下の下っ端団員としてだけど。 思ってもみない形で騎士になれたのは嬉しかったが、勿論苦労も沢山あった。 元ローグ、なんて肩書きの男が歓迎される筈はなかったし、勤務も随分窮屈だった。 人殺し、外道と陰口を叩かれる事はしょっちゅうだったが、それでも我慢して働き続けた。 もしも──あのひとが居なければ、とてもじゃないが続けていけなかったろう。 騎士になった幸せよりも、騎士になってからの苦労の方が多かった様な気もする。 …言うまでも無いが、あのひと、というのは♀クルセだ。 そう。 今の家を買う為に、ローグとして持っていた財産を処分する前、俺と彼女はささやかな式を挙げていた。 見知った顔…ハンターに転職した♀アーチャーや、バドスケ、子バフォと奴の主人と、そのアルケミの連れ。 それから、バドスケとアラーム、そしてその家族。 客はそれぐらいしか居なかったが、それから随分と騒いで朝まで明かした日だった。 ──まぁ、全員でなだれ込んだ酒場の床が酒でびしょ濡れになる様な有様だったから、余り褒められたものではないのだろうが。 「…どうだ?私の料理の腕も中々だろう?」 「…参った。こりゃ旨いわ。また腕上げやがって…」 俺の前には、クルセイダーの鎧をエプロンに着替えた♀クルセ。 口にした料理を味わって唸る。 余り時間が無いのが惜しかった。 そうだ。騎士団は時間って奴に随分と厳しい。 俺が、一番最初に思い知った事だ。 少し残った料理を、一気に喉に流し込んで立ち上がる。 歯を磨き、顔を洗い、それからまだ新しい鎧に身を包んで玄関に向う。 「……ん、どうした?」 外に出ようとした時だ。 背中に、不意にしなだれかかってきた♀クルセに言う。 「…なぁ、ローグ。今日も、遅くなりそうか?」 「あー…どうだろうなぁ。多分、普段どおりに…なる、だろうな」 言いかけて、♀クルセの顔が不安そうな事に気づいた。 俺は、にやっ、と笑うと、くしゃくしゃと頭を撫でてやる。 「馬ー鹿、心配しなくても飛んで帰ってきてやるよ」 「う…」 「大体、何だよいきなりよ。変なトコで寂しがりな奴だな」 「む…」 困ったような声を出す、困り顔の♀クルセ。 まぁ、そんな所に俺は惚れちまったのかもしれねぇけど。 さて、そろそろ本当に急がないと不味い。 「俺は、必ず帰ってくるさ。安心しとけっ、それじゃあな! 急がないとヘルマンの親父にどやされちまう!!」 手をいいかげんに振りながら、言ってやる。 俺は、石畳を蹴って走り出した。 見上げると青い、青い空。 俺が、手に入れていたかもしれない日常が始まるな。 そう、思った。   そう──そんな、幻を、見ていた。 「クロス!!」 幻の中でも、約束を果たさないことは残念だ、と思う。 痛みは既に無い。けれど、その代わりに思考も鈍い。 白く染まる視界の中で、深淵の騎士が、氷の様な表情を貼り付け、剣を振り上げて俺の方に走ってくるのが見えた。 俺は、心底から──良かった、と思う。 死人は、死んでしまっているから何一つできない。 けれど、俺の遺言は、どうやら実現しそうだった。 俺の命を薪にした割には、馬鹿みたいに白い光が、至近距離から秋菜を焼き尽くしていく。 ならば、俺には、こんな束の間の夢だけでも十分すぎる。 もしも、他の皆も無事に帰れていたなら、叶っていたかも知れない夢。 これが、手向けの花の代わりには、十分すぎた。 俺の意識が消えていく。 最後の闇が。 光は余りに眩しくて、でも涙は零れなかったと思う。 さて、と。出来る事は全てやってしまったから。 俺はそろそろ旅立つとしよう。 ──じゃあな。 <♂ローグ 死亡> <残り4名> ---- |戻る|目次|進む| |[[222]]|[[目次]]|[[224]]|[[anotherEND-1.終わりのソラ ~ an other end]]

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