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NG2-17

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 夜空の月(NG)


 世界は、灰色だ。
 銀色って言うには艶が無くて。
 鋼色って言うには強くも無い。
 燃え尽きた、終わってしまった、どうしようもない色。
 男の目の前には、それがある。

 ──痛ぇ…こりゃ、ダメそうだなぁ。

 呟き、彼は血色の息を吐いた。もう一歩も動けまい。
 ごふっ、ごふっ。咳き込むたびに喀血、しかし、それは男の生を認めないとでも言うように、月に彩られて黒い。
 億劫な体をおして顔を上げると、銀色と黒。唇の端を皮肉げに歪めた。

 ──こんなもんかよ、俺は。

 そんな諦めと共に思う。
 …まぁ、初っ端からあんな相手に当ったのが運の尽きだったのだろう。
 そして。いざ本当に死ぬとなったら痛いだけではなく、こんなにも寒くて眩暈が酷いのか、と他人事の様に思った。
 段々と目の前が暗くなっていくのが解る。
 けれども、彼は気力を振り絞り自らの意識を繋ぎ止めた。
 こんなに佳い(いい)月夜なんだから。まだ、死んでしまうのには惜しい。

 ──何馬鹿な事を考えているんだか。今すぐにでも、意識の手綱を手放してしまえば楽になれるだろうに。

 世界は──灰色だ。
 世界は死人装束のローブの様に灰色だ。
 この詩人をして皮肉の一つも浮かばないほどに酷く頭の回転が鈍い。
 代わり彼はに思い出していた。何時かの記憶。懐かしい場所の──

 イズルードの剣士ギルド。
 あれは、冬に程近い寒い日。曇りがちの空。俺が詩人になって暫くしての事。
 俺の妹が剣を振っている。いつものように。
 俺はそれを横目に見ている。いつものように。
 言葉一つ交わさない兄妹の関係。

 俺は詩人で冒険者。魔物を射殺し、詩を歌い糊口を凌ぐ。
 妹は剣士でお嬢様。剣を振り、何時果てるとも知れない灰色の時間を過ごしている。
 俺は皮肉に塗れていて、妹は世界への憎しみに満ちていたんだろう。
 ──ある意味俺達は似ていたのかもしれない。
 お互いに本当の意味ではたった一人でしか無かった、と言う点で。

 グラリスの言葉が甦る。
 『それは誰かを待っていたからに決まっていますでしょう?来るか来ないか分からない人を毎日ですわよ』
 本当にそうだったのかは判らないし、鵜呑みにする程単純でもない。

 だが。

「本当は、そうだった…って信じたいでゲスねぇ…」
 呟くように言う。夜空を見上げて。
 そこには輝く月。灰色の男を木々から零れた銀色の光が差す。
 あの女の言葉が事実だったとしたら、一抹だけでも俺達には救いがある。

 ──この記憶には、続きがある。
 俺が今の今まで。あの女に言われるまで、背を向けていた心の引き出しに仕舞いこまれて。
 酷い皮肉だ。これでは誰が詩人なのか判らない。気づくことさえ忘れていた。
 思考が混乱している。感覚が排除される。腹から随分と血が流れてしまっているからかも。

 イズルードの剣士ギルド。
 あれは、冬に程近い、寒い日。曇りがちの空。雪が降りそうな曇天。
 俺は、剣を振る妹を見ている。いつも時折そうしてきた様に。

 灰色の空。灰色の石畳。灰色の詩人。灰色の──世界。
 背を向けかけたその時に、肩に冷たいものが当った気がしてあの時、空を見上げた。
 銀色。雪だ。広がる曇天から雪が降っていた。

 ゆっくりと降りてくるそれは、白く、まるで灰色の味気ない世界を覆いつくそうとする様で。
 俺の世界を変えようと、いや、まっさらに戻そうとするように白く、銀色で。
 空っぽな妹の心の穴を埋めようと、何処までもしんしんと積もっていく。

 そして馬鹿みたいにじっと空を見上げている内に気づいた。
 妹も又、俺と同じように、同じような顔で空を見上げていた。
 気づいたのも殆ど同時だったらしくて、期せずして目が合っていて。

 ──その時に、何か言ってやれば良かったんだろうなぁ。
 ごふごふ。むせ返る。血は黒い。空は黒にくすんだ蒼と、銀色。

 けれども、俺は何も言えなかった。
 俺は皮肉な笑み。妹は作ったような歪な笑顔。

 雪が酷くなり白が積もる。積もる。時間が経つ。あの時は既に夕方が近くて。
 じっと見ている内、あの季節には珍しく雲は分厚く段々と暗くなってきていて。
 今は目の前も暗い。

 ああ。その時の雪もだんだん灰色になったんだったっけか。

 降りしきる雪が分厚い曇天に染め上げられた灰色の世界。
 白い世界は灰色に染まり空しく。俺達の灰色は何処までも灰色で。
 妹は雪を撥ね退けながら剣を振る事しか出来ず、俺は雪を積もらせながらそれを見ているだけ。

 記憶の中の俺に、一人蚊帳の外の俺は言う。
 もし。お前達がその時言葉を交わしていれば。
 詩人の俺が。後もう少しでも色味のある人間だったなら。
 ──止めよう。意味の無い思考だ。
 だが、果たして全ての末期の思考に意味などあるのか?

 そんな思考に時折、稲光の様に閃くのは凶悪な笑みの女。
 獰猛な笑みの女。手には剣と弓とそれから長い長い針。
 誰かの腹に針を矢を。熱い物が流れ出る。
 流れる。目と腹から。

 空を見上げると綺麗な銀色。灰色じゃない、綺麗な銀色。

「最後まで、引きずられっぱなしの逃げっぱなし、って訳だったか」
 逃げて逃げて自分の不幸に溺れて、喘ぐように灰色の日常に逃げ込んで。
 解決方法なんて、最初から見えていた筈なのに。

 ──しかし。
 言葉とは反対に詩人は不敵に笑った。
 引きずられたままで居られるほど俺はお人良しじゃなかった筈だ、と。
 左の頬を殴られれば、思い切り右の頬を殴り返すのが男の信条である。
 だったら。今の今まで自分を引きずりまわしてきた憎い女だって、何度でも殴り倒せる筈だ。
 殴り倒し殴り倒して、乗り越えられる筈だ。非生産的なニヒリズムから抜け出して、何時かの間違いを正せる筈だ。

 震える手で矢を番えると、膝の上に鋼の塊の様な弓を載せる。
 甦るのは言葉。残った物は求める物。
 『それは誰かを待っていたからに決まっていますでしょう?来るか来ないか分からない人を毎日ですわよ』
 ならば。俺は。もう一度だけ。強い強い力を込めて言おう。

 ──さぁ、来てみな。今度こそ俺は逃げないから。

 ひゅう、と空気が彼の口から漏れて口笛の様に鳴る。
 そして。月が背を大樹に預け、弓を膝の上に載せたまま事切れたその詩人を照らしていた。


<バード 持ち物場所変わらず。死亡>

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