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162.野良犬の往く先[二日目午後(雨の降り出す前)]


しくじった――
全身を苛む雷撃の痺れと背中を走る痛みよりも、仲間の存在に気付けなかった己の凡ミスが口惜しくて、ひび割れた眼鏡の裏でグラリスは涙を零していた。
(なんて……なんてこと……)
細かい裂傷だらけの身体は、関節のあちこちから油の切れた機械のように軋みをあげている。一歩進むごとに全身が焼けた鉛を流し込まれたみたいに痛みと重さを増してゆく。
増してくる身体の重さに比例して、意識にも段々と靄がかかる。恋人の抱擁めいた優しい睡魔に、疲労の溜まった膝が勝手に屈しそうになった。
(寝るなっ。シャンとしなさいっ!)
強く唇を噛み、グラリスは睡夢の園に堕ちかけた意識を強引に引きずり上げた。口内にじわりとにじむ血が粘っこい唾と混ぜ合わさって喉に絡み付く。熱を帯びた肺が野良犬みたいに荒く掠れた息を吐いた。
(……野良犬か。今の私に相応しい姿ですね)
自嘲を浮かべようとしたが、頬肉がユピテルサンダーを連続で受けた後遺症か上手く動かせない。
かわりに死霊(レイス)の衣擦れみたいな音がひび割れた唇から漏れた。
(あれはWでは……なかった……)
彼女が妹と思い込んでいたのは、髪形も年格好も良く似た――けれど決定的に異なる容貌の――商人の少女だった。
(つまり私は……まったくの他人を見て動じたわけか……)
そして冷静さを欠いた結果が、この姿だ。戦利品を入れた鞄を失い、切り札とも言えたメイルオブリーディングは度重なる魔術による打撃でひしゃげ、防具どころか拘束具同然だった。留め金を切って外さなければ、ここまで逃げ延びることが出来ただろうか。
(彼らが徒党を組んでいたのは幸いだった……)
例外もあるだろうが、優勝者以外の生存者を認めないこのゲームで、徒党を組むことは暗に『我々はゲームに乗ってません』と言っているようなものだ。
そんな連中がこちらを追い掛けてくるとは考え難く、また手負いが故の反撃や罠を恐れて追撃を仕掛けてくる確率は低い。
(早く……どこかに身を隠さないと……)
それでも万が一ということもあるし、他のゲームに積極的な参加者が彼女を見つけないとも限らない。
今のグラリスは虎の檻に放り込まれた四肢のない兎も同然。安全な隠れ家を探しだして傷の回復を――
(駄目よ。そんな時間、私には残されてない……っ!)
あと6人。6人なのだ。
それだけ殺せばWを助けられるのに、無駄に時間を浪費すればそれだけWの生き残れる確率が減っていく。いつWの名を、あの糞悪趣味なピエロが読みあげるのではないかと、定時放送の度に彼女は神経を擦り減らした。もしも名前が読み上げられたなら、発狂するのは間違いない。
それでも、放送に彼女の名が挙がらないことだけがグラリスの心に僅かな希望を燈していた。

――それもさっきまでの話だ。

(本当に……この島にWはいるの……?)
沸き上がる黒い疑念。混濁しかけた意識に浮かび上がる疑問。
Wと同じ髪型の少女を見たことが、彼女の希望を揺るがせていた。
(私は、あの広間でWの姿を見ていない……見えていたら何が何でも側に行く……)
憎まれていても、血が繋がってなくても、グラリスにとって最愛の妹の一人だ。少しでも姿を見たなら、ほんの数秒でも手をつないで励ましてやるくらいはしただろう。
だが、参加者たちが一堂に集められたあの場所で、グラリスはWの姿を見つけることが出来なかったのは紛れもない事実だ。
(……いいえ。姿が見えなかったことなど、どうとでも説明がつきますわ)
怯えてうずくまっていたとか、背の低い彼女のことだから人ごみに紛れて見えなかっただけだとか。
(だから、Wが最初から参加していないなんてあるわけないでしょう!)
胸中をドス黒く染める疑念を感情的に叩き潰す一方で、それは溺者が掴む藁のごとき希望だと、グラリスの中の冷静な部分が指摘する。考えてみればいい。GMジョーカーは特赦などと抜かしていたが、そんな特例をこの国の女王が許すだろうか。皆殺しを推奨するこのゲームを生み出したあの女が。
そもそも、あの道化に参加を強制され、この島に連れてこられるまで、グラリスは一度もWの顔を見ていない。
(うるさい……っ!)
グラリスは論理的に暴走する理性のベクトルを感情でねじ伏せた。
保証は無くても道化は『10人殺せばWを見逃す』と言ったではないか。助ける手だてがご丁寧にも提示されているのに、それを疑ってWを助けられなかったら、どうするというのだ。
(それに今更、私は立ち止まれないのですから)
既に己が手を血に染めても愛しい妹を救う道を選んだのだ。もはや、立ち止まることも退くことも叶わぬ。この屍山血河をただ突き進むのみ。
満身創痍だろうと、手足が千切れようと厭わない。出会った奴は必ず殺すだけ。
(問題などない。ただ、私は、Wを救うために、あと6人殺せばいいだけのこと……)
止まりかけた両足に喝を入れ、グラリスは再び歩き始め――見覚えある浜辺まで逃げてきたことに、ようやく気がついた。
「ここは……G-3?」
見覚えのある漁師小屋の前――砂地を汚した血色の足跡は、もちろんグラリスのものだ――で立ち止まり、迷う事なく中に滑り込む。
危険とは考えなかった。
自分がつけた足跡は消えずに残っていたし、新しく増えた形跡も無い。ローグやアサシンといった隠密スキルに長けた何者かが入り込んでいないとも限らなかったが、いかにも『中に死体があります』と言いたげな血みどろの小屋で待ち伏せする意味があるだろうか。
そもそも、殺す側なら待ち伏せするより歩き回った方が効率がいい。
「……お久しぶりですね。その後のお加減はいかがです?」
グラリスの予想通り、先客はただ一人。粗末な土間の上で倒れ伏した首のない女に、彼女は親しげに片手を挙げた。
部屋の奥に転がっていた頭を拾い上げ、恐怖と驚愕に固まったままの♀モンクに優しく微笑む。
「こんなことを貴女に頼むのは心苦しいのですけど、ちょっと協力してくださいね」

 * * *

――応急治療というスキルは、今でこそ多くの冒険者たちに知られているが、元々は治癒魔法を持たない一兵卒たちが、物資の少ない戦場で傷を治療するために開発された技術であり、冒険者に公開されているものはそれの初歩に過ぎない。
小屋の奥から煙草とマッチ、それに古ぼけたランタンを見つけだしたグラリスは壁にかけられた網から比較的綺麗な釣り針をむしり取った。
「……私は運がいい」
壁にマッチを擦りつけると、ボッと音を立ててリンが燃えた。長いこと放置されていたマッチが湿気ってなかったのは、やはり運がいい。直ぐさまランタンに火を移し、灯った炎で釣り針を慎重に炙りながら腰近くまで届く自慢の髪の毛を一本引き抜いた。炙って熱を帯びた釣り針に髪を結び、グラリスは床に散乱した♀モンクの支給品から赤ポーションを拾い上げた。
グラリスは雷撃で煤臭くなったカプラサービスの制服を脱いで、左脇腹の抉られた傷に赤ポーションの中身をぶちまけた。
「んぅ――っ!」
染み入る疼痛が、グラリスに声を上げさせた。脊髄を駆け上って脳を揺する痛みが意識を無理矢理クリアに磨き上げ、休息を欲していた肉体を引きずり起こす。
「こ……こんな……い……痛みなんて……ぅあ……こんな、の……っ!」
Wが味わっている恐怖や苦痛に比べたらなんてことない――喉から込上げる喘ぎを強引に奥歯で噛み潰し、グラリスは針を傷口に押し付けた。

 * * *

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
手の届く範囲の傷をすべて縫い終えたグラリスは、壁にもたれたままランタンの灯りで薄っすらと浮かび上がる屋根の梁を眺めていた。
息は荒かったが、思考は非常に透き通っていた。先ほどまでの靄がわずかにも見当たらないほどに。
(……大丈夫。裂傷は全部塞いだ。打撲はあっても致命的な骨折はありませんし、電撃による火傷もそれほどひどくはない。あとは流しすぎた血をどうにかするだけ――)
軋む身体に鞭を打って、グラリスは立ち上がった。どうにかするアテはある。ただ、それを実行するか否かは――馬鹿馬鹿しい。いまさら何を言い出すのか。自分が選んだのは人の道じゃない。食いつくし、殺しあうケダモノの道程だ。
(ええ、まさに野良犬そのものですわね……)
自嘲を頬に浮かべてグラリスは得物のバスタードソードを杖に、ささくれた板壁を伝いながら入り口の首の無い死体の傍まで歩み寄った。
「……ご協力、感謝いたしますわ」
街先でカプラサービスを利用する者たちへ見せた微笑のままに、グラリスは♀モンクの死体に剣を突き立てた。

人体の中で血液を製造する唯一の臓器、肝臓を抉り取るために。


<グラリス>
現在位置:G-3(漁師小屋の中)
容姿:カプラ=グラリス
所持品:TBlバスタードソード 普通の矢筒
備考:メイルオブリーディングは破棄。
状態:裂傷等は治療済みだが、体力は赤ゲージ。

<残り:29人>


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