はじまりとおわりのまいるす
始まりと終わりのマイルス




BJ/マイルストーンが目覚めてからまずすることは、三人の娘たちに手紙を書くことだった。
鞭(ムチ)。
梔子(クチナシ)。
花実(ハナミ)。
それぞれに違う文面で、それぞれに母の愛をこめた手紙を送る。
しかし、その手紙が届くことはない。
彼女の三人の娘は、災厄の内部世界に住んでいるのだから。


マイルスは旅人だった。
いま館にいる旅人とは違う世界から来ていた。
行き場をなくして男爵の世話になっている。
だから、メイドの中でも客分扱いなのだった。


「男爵、あたしはこれでも貴方には感謝してるさ」
ひざまくらで耳掃除をされながら男爵は皮肉げに笑う。
「それは初耳だな」
これまでのことを思い出す。
指を切ったと言えば全身を包帯でぐるぐる巻きにされる。
ばい菌がはいったかもと言えば頭から酒をぶっ掛けられる。
すこし肩が凝ったなどと訴えれば緊急手術だ。
過保護という言葉では到底表現しえないほどの、医療行為だった。

「お前は私を治療し殺そうとしているのかと思っていたぞ」
「治療し殺すって」
ありえない死因だねそれ、と言ってマイルスも笑う。

「あたしは、貴方に死んで欲しくないだけさ」

「…娘に会いたいか」

災厄に匹敵できる人間は。
たぶんこの世界で、男爵だけだ。

「それもあるけど、たとえ元の世界に返れなくても、ここで働きたいと思っているんだ」
そのときは客じゃない本当のメイドにしてくれるかい?
男爵は眼をつむり、黙って頷いた。



「おや、マイルスよ、旅人訛りがだいぶマシになったんじゃないか?」
「ははは、わんも毎日この世界の言葉びけー話とん、じょーとーなっとんしが」
「…前言撤回しよう」
「はー、なんでー?」

素に戻るとダメみたいだったが。
メイドでありながら医者、BJ/マイルストーンは、今日も元気に男爵を治療し殺そうとしていました、とさ。

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最終更新:2017年10月20日 12:04