まゆまほ:めも01
まゆまほ:メモ01




★★★
「魔王を倒すために勇者を育成する。でもそれって不思議だと思ったことはないかい?」
「お兄ちゃん……?」
魔王の根城までお兄ちゃんを追いかけて、やっと追いついて見つけたその背中。
自分の姿を見て欲しかった、魔法少女になれと言ったお兄ちゃんの言葉。
褒めてくれると思った、喜んでくれると思った、笑ってくれると思った。
けれど、その後ろ姿は何故かとても哀しそうで、それ以上近寄ることが出来なかった。
「いくら倒しても魔王はいずれ現れる、ならばそれを倒すための学舎を作ろう、それがぼくらの勇者養成学校のはじまりだ」
魔王にとどめを刺した勇者の剣から、魔王の血がぽたぽたとしたたり落ちているのが見えた。
いまにも臭いが届いてきそうだ。
「何を……言っているの?」
「……相変わらず、バカだなお前は」
そこでようやくお兄ちゃんは振り返った、昔みたいに、「ばかだな」と言いながらどんなことでも教えてくれた、笑顔を向けて。

「勇者が魔王を倒すのなら、その時点で勇者は魔王と同じ力を持っているってことなのさ」

勇者の剣が魔王の呪いで暗黒に染まった。
『よくぞここまで来た、勇者よ。だが貴様の旅はここで終わりだ。お前はここで死ぬ、それが運命だ』
勇者は死んだ、そして魔王になった。

そう言うシステムだったのだ。

かつては勇者、今は魔王。
最愛の兄は自らを慕う少女へ、その剣に殺意を込めて躊躇なく暗黒の波動を放った。
★★★

★★★
『マジカル☆シェルを発動』
とっさに両手で顔を覆いしゃがみ込んだが、魔王の暗黒は少女を飲み込もうとした。
されど


★★★


★★★
「私が魔王を倒す!」
「そう、それでいい…魔王と勇者の連鎖を断ち切るには俺を殺すしか…」
「違う!」
「!?」
「お兄ちゃんは言ったよね。勇者は魔王を殺し、そして新たな魔王になるって」
「そうだ。そしてその連鎖を断ち切るには魔法少女の力を持ってしか不可能」
「ダメだよ!できない!だって好きなんだもん。お兄ちゃんを私が殺すなんて想像するだけでもイヤだ!」
魔王を殺める殺意が新たな魔王を生む。
故に彼は自らが魔王となり、それを倒す定めを妹に託した。
大好きなお兄ちゃんを殺めてしまうことは、とても大きな悲しみを生む。
殺意はない、故に魔王にはならない、彼はそう思っていた。
しかし違う。違うのだ。
殺意による魔王の継承が、赤く燃える赤色巨星(ベテルギウス)だとするなら。
悲しみや喪失感から生まれるモノは、光さえ飲み込む漆黒の孔(ブラックホール)。

「お兄ちゃんがいない世界なんて私はいらない!だから!」

怒り、哀しみ、苦しみ、嫌悪――殺意。
魔王はそれをエサにする。
ゆえに。だから。
怒りで戦ってはならない、悲しみで戦ってはならない。

『魔法少女セットアーカイブへアクセスします。マルチタスクシステムを構築。アカウントを作成。オーナー権限取得。ディレクトリを構築」

『転送を開封』
★★★

★★★
少女の感情を糧に発動する魔法少女セットは、最も強い感情によって発動する。
本来複数の感情が同時に発動領域まで高まることはない。
頭はぐちゃぐちゃ、こころはもやもや、少女の胸中はまるで荒れ狂う暴風のようだ。
魔法少女セットのシステムメッセージが冷淡な口調でエラーを告げる。

『深刻なエラーが発生しました。魔法少女セットは多重起動できる仕様にはなっていません』

(うっっさい!そんなこと言うならあんたも手伝ってよ)

こんなに心が痛いのに、なんでそんなに冷淡なんだ。
脳内で鳴り響くアラートに、全力で悪態をつく。
すると魔法少女セットはすんなりと少女の申請を受け取った。

『申請を受領。仮想メモリを構築。マルチタスクシステムを構築。現在『悲しみ』『恐れ』『驚き』が起動領域に達しています。マルチタスクシステムを展開。以後モードの変更は任意です』
『バヤーナカ(恐れ)』がアクティブです。切り替えますか』

(うるさい、もうなにがなんだかわけがわからないよ。お父さん、お母さん、お兄ちゃん……誰でもいいから誰か助けて)

『申請を受領。マインドサーチシステムをインストールします。全てのセッションが完了しました。以後モードの切り替えは任意です。レディ』

ぱあ、と霧がはれた。

(何これ……)
『マルチタスクシステムを構築完了、モードの切り替えを任意にしました。現在『恐れ』がアクティブです。』
(恐れ……?)
『Affirmative(肯定です)。現在『悲しみ』『恐れ』『驚き』の3つのモードが起動領域に達しています。次点で『勇気』が起動領域までのこりわずかです』
(恐れ……、お兄ちゃんが私に殺意を向けている。それがたまらなく恐ろしい)
『Affirmative。現在『恐れ』がアクティブです』
(悲しみ……。お兄ちゃんが私にお兄ちゃんを殺せって言う、それがとてつもなく悲しい)
『Negative(否定です)。現在『恐れ』がアクティブです。『悲しみ』をアクティブにします』
(驚き……。せっかくお兄ちゃんのところまでやってきたのに、こんなことになるなんて思ってもいなかった)
『Negative(否定です)。現在『悲しみ』がアクティブです。『驚き』をアクティブにします』
淡々としたアクセサリの口調、自分の気持ちが少しずつ整理されていくのがわかった。
(そして、勇気……)
『Negative(否定です)。現在『驚き』がアクティブです。『勇気』は起動領域に達しておりません』
少女の心は決まった。
(達してないなら。やってやる!)
少女の右手の指輪がその決意に呼応するかのように閃光を放つ。
(これでいいんでしょ!ねぇ!)
『Affirmative(肯定です)。『勇気』が起動領域に達しました。現在『勇気』『悲しみ』『恐れ』『驚き』の4つのモードが起動領域に達しています。『勇気』をアクティブにします』
どくん、と心が跳ねた。力が湧いてくる。これが勇気。
自分がお兄ちゃんをなんとかしなきゃいけないという、確固たる決意の証。
(自動変更とりやめ。アクティブってのをその『勇気』固定ってできる?)
『Affirmative(肯定です)。現在『勇気』がアクティブです。『勇気』に固定すると起動領域を下回った場合自動的に全システムがサスペンドされます。自動変更を無効にすればほかの起動可能なモードへの自動変更ができません。無効にしてよろしいですか』
(うん)
『マインドサーチシステムをサスペンドしました。現在『勇気』がアクティブです。現在『勇気』『悲しみ』『恐れ』『驚き』の4つのモードが起動領域に達しています』
(わかった、あとこれからはどのモードが起動できるかは言わないでいいよ。新しく起動できるようになったとか、起動できなくなったときに教えて)
『承知しました』
少女の申請を短く受領し、アクセサリは沈黙した。
そして少女はその手を掲げる。その指にはめられた赤い宝石はまるで日照のようにまばゆく輝く。
『復唱してください』
『『マテリアライズ』』
「マテリアライズ!」
どう、と指輪から炎がほとばしる。
その色は紅から翠、そして蒼へ。
心に宿した勇気の炎が、これまでだれも目にしたことのない可憐で優美なドレスが顕現させる。
それはまるで、日の光の下で揺らめくオーロラの如く。
それは人類の頂点、人を愛し慈しみ、大切なものを守りたいと願った勇気によって生まれた力の証。
「いくよ、お兄ちゃん」
魔法少女はそう言った。
「ああ、望むところだ。俺を殺してみせろ」
少年は、魔王はそう答えた。


★★★
この後1週間くらい魔王と魔法少女は激闘を繰り広げるのですが
マルチブートしてる魔法少女に普通の魔王が勝てるはずもなく
倒せるくせに倒そうとしない魔法少女に魔王がイライラとして
お兄ちゃんの意識がもどってハッピーエンドです。
★★★

★★★
「ねえ覚えてる?ちっちゃいころ魔王と勇者ごっこしたよね」
「ああ、お前どっちもイヤだってガン泣きしたよな。それで魔法少女っての勝手につくって遊んだよな」
「わたしも魔法少女が実在するなんて思ってなかったよ。あとね、あのときゴメンね」
「あ?あぁ、お前がぴょんぴょんしたとき俺の顔面に当たって鼻血出したことか。ガキの頃だし気にしてねーよ」
「うん、でもゴメンね」

空中で抱き合う少女と少年。
かつて勇者で魔王で、今はただの勇者の少年。
かつてはただの少女で、不思議な力を得て追いかけてきた魔法が使えるだけの少女。

そして見下ろすは、連綿と紡がれ続けてきた殺意と憎悪の塊、魔王の外殻。
おぞましいほどの邪悪さを孕みながら、強大に膨らみながら周囲の生物を飲み込んでいく。

「アレが、魔王の本体…」
「厳密に言うと正体な。なにものがつくったか知らねーけどマジ悪趣味だわ」

さっきまでの魔王モードの尊大な態度じゃない、意地悪だけど慣れ親しんだその口調に、少女は大好きな兄が戻ってきたんだと強く実感した。
思わずぎゅっ。
「おい、くっつきすぎだぞ」
そう言いながら、少年も少女を抱き返す。少女の好意が自身をあれから引きはがしたのだ、無下にする気にもなれない。
そんな少年のぬくもりを感じながら、少女は考える。
あんなもの世界からなくなるべき、なくしてしまわなければならない。
そしてそれができるのは自分だけだと。
しかし、さっきまでの力はもうない。
さっきは兄を助けるため無我夢中だったからだ。現に魔法少女セットのシステムメッセージも言っていた。

『エネルギー供給不足。全モードをサスペンドします』

感情によって発動する魔法少女セットだから、今の状態ではエネルギーがたりない。どうしよう。

「その『魔法少女セット』は俺には使えないのか?」
「えっと、どうだろう。やってみる」

そう言って少女は自分の右手の人差し指から赤い宝石の指輪を外し、少年の指にはめた。
こっそり左手の薬指にさしたのだけれど。少年は平然としてたので少女はすこし残念に思った。

「お、メッセージだ」

『このシステムはお使いのハードウェアではご利用できません。9~25歳の少女のみ使用可能なプログラムです』

「やっぱだめか。っていうか25歳まで少女扱いなんだな」
「またそんなこと言う。女の子はいつだって少女なんだよ、デリカシーないなあ」

そんなやりとりをしながら、少女は指輪を返してもらった。さりげなく左手の薬指に差すように誘導した。
きらりと光る左手の薬指、嬉しい。

「おい、お前」
「ふぇ?」

少女は一瞬どきりとした、悪巧みがバレたのかなとおもった。けどそうではなかった。
少年と少女の身長差は頭1つ分少年のほうが高い。少年の目の前には少女の髪飾りが光っている。

「髪飾りが光ってるんだけど」
「ふぇっ?」

これまで一度も光ったことのないアクセサリだ、なぜそれが光っているのだろう。

『発動領域に達しました。魔法少女セット:ハースヤ(喜び)を起動します』

少女が喜びで発動したと少年に説明すると、少年はあきれたような表情でみつめた。

「おまえ左手の薬指ってだけでそんなに喜ぶなよ。こんな状況で」

かぁっ、と顔が熱くなった。嘘!気付かれてた!?

「だって、だってぇ…」
「緊張感ねえなあ、人類が大ピンチだっていうのにまったく。でもまあ、おかげで作戦は思いついた」

どうすればいいのと聞くと、もう一度指輪を交換するように言われた。
「指輪の交換」という単語にどきりとする、髪飾りが光ってるのが少女自身にもわかった。

『このシステムはお使いのハードウェアではご使用できません』

魔法少女セットによるエラーメッセージ、少年はそのエラーメッセージに対してこう申請した。

「エネルギーラインを全直結、共有システムの構築を申請」

『申請を受領。魔法少女セットをゲストモードで稼働。エネルギーライン接続申請送信。応答確認。全エネルギーラインの接続が完了しました』

少年がやっている作業は、接続先である少年にも聞こえていた。
少女は、自分でも知らない機能を使えるなんて、やっぱりお兄ちゃんはすごいと思った。

「さっきのお前のめちゃくちゃっぷり見てるとこれくらいできるって思ったんだよ。つーかシステムの構成がどう考えても異常だわ」

魔王の外殻つくった奴は悪趣味と少年は評価したが、魔法少女セットつくったやつは頭のねじ数本ぶっとんでると評価した。

「感情で行動する魔法少女をサポートするための仮想人格システムって感じか理解に苦しむ」
「それで、作戦ってどうしたらいいの、私なんでもやるよ」

「ん?今なんでもって言った?」
びくっ。
「う、うん。お兄ちゃんがしろって言うならなんでもするよ」
「嘘つけ、俺を殺せって言ったのにやらなかったじゃないか」
「いじわる、それは言わないで。私だって嫌なことだってあるもん」
★★★

★★★
最終更新:2017年10月27日 20:31