まゆまほ:めも01
まゆまほ:メモ01
★★★
「魔王を倒すために勇者を育成する。でもそれって不思議だと思ったことはないかい?」
「お兄ちゃん……?」
魔王の根城までお兄ちゃんを追いかけて、やっと追いついて見つけたその背中。
自分の姿を見て欲しかった、
魔法少女になれと言ったお兄ちゃんの言葉。
褒めてくれると思った、喜んでくれると思った、笑ってくれると思った。
けれど、その後ろ姿は何故かとても哀しそうで、それ以上近寄ることが出来なかった。
「いくら倒しても魔王はいずれ現れる、ならばそれを倒すための学舎を作ろう、それがぼくらの勇者養成学校のはじまりだ」
魔王にとどめを刺した勇者の剣から、魔王の血がぽたぽたとしたたり落ちているのが見えた。
いまにも臭いが届いてきそうだ。
「何を……言っているの?」
「……相変わらず、バカだなお前は」
そこでようやくお兄ちゃんは振り返った、昔みたいに、「ばかだな」と言いながらどんなことでも教えてくれた、笑顔を向けて。
「勇者が魔王を倒すのなら、その時点で勇者は魔王と同じ力を持っているってことなのさ」
勇者の剣が魔王の呪いで暗黒に染まった。
『よくぞここまで来た、勇者よ。だが貴様の旅はここで終わりだ。お前はここで死ぬ、それが運命だ』
勇者は死んだ、そして魔王になった。
そう言うシステムだったのだ。
かつては勇者、今は魔王。
最愛の兄は自らを慕う少女へ、その剣に殺意を込めて躊躇なく暗黒の波動を放った。
★★★
★★★
お兄ちゃん……魔王の剣から放たれた漆黒の波動が、大気を腐らせながら迫る。
まだ「勇気」に固定しきれていない少女の目の前で、
アクセサリが警告のアラートを叩き出した。
『警告。前方より壊滅的なデータストリーム(殺意)を検知。現在の装備レイヤーでは、物理肉体への致命的な上書き(死)を回避不能。オーナー、直ちに「勇気」を……』
「まだ……勇気が足りないなら、これで!!……マジカルシェルッ!!」
少女は震える手を前に突き出した。指輪から放たれた微かな光が、薄い虹色の膜となって彼女の前に広がる。
ドォォォォォン!!
衝突の衝撃。
少女の身体が数メートル後退し、地面に深く足跡が刻まれる。普通の服の袖が、魔王の波動から漏れ出た「腐敗」の余波でボロボロに解けていく。
『マジカルシェル、起動。……ですが、リソース不足により帯域が足りません。パケット漏れ(ダメージ)がオーナーの生体組織を浸食中。……痛覚センサーが限界値です。サスペンド(気絶)を推奨しますか?』
「うるさいっ……!気絶なんてしたら、お兄ちゃんの顔が見られないじゃない……!」
少女の膝が折れそうになる。
レベル120の魔王が放つ攻撃は、重い。ただの質量ではなく、「運命の重み」そのものがシェルを押しつぶし、彼女の手首の骨が軋んだ。
『オーナー。論理的に説明します。貴方の現在のマナ出力では、この「鎖の波動」を中和できません。……あと2秒でシェルはクラッシュ、貴方の心臓(コア)が停止します』
「論理なんて……。そんなの、やけくそでぶち壊してやるわよ!!」
少女は血が滲むほど唇を噛んだ。
お兄ちゃんが、悲しそうな顔で自分を殺そうとしている。それがたまらなく「嫌」だ。
その我儘なまでの強い感情が、アクセサリのシステムを強引にバイパスし、空っぽに近かったシェルに、濁流のようなマナを送り込む。
『!……検知。仮想メモリ空間に『ど根性』パッチがマニュアル投入されました。……シェルを再定義。プロトコルを「絶対防衛」から「拒絶」に書き換え。……いっけぇぇぇぇ!!』
アクセサリの声が、一瞬だけシステムの冷徹さを忘れて叫んだ。
虹色のシェルが、内側から燃え上がるような白光を放つ。
魔王の漆黒の波動を真っ向から受け流し、火花と共にそれを両断した。
衝撃が去ったあと、少女はボロボロの服を揺らしながら、膝を突き、荒い息を吐く。
だが、その右手、ルビーの指輪だけは、次の瞬間。
彼女が「勇気」を掴み、オーロラのドレスを纏うための「熱」を、静かに蓄え始めていた。
★★★
★★★
「私が魔王を倒す!」
「そう、それでいい…魔王と勇者の連鎖を断ち切るには俺を殺すしか…」
「違う!」
「!?」
「お兄ちゃんは言ったよね。勇者は魔王を殺し、そして新たな魔王になるって」
「そうだ。そしてその連鎖を断ち切るには魔法少女の力を持ってしか不可能」
「ダメだよ!できない!だって好きなんだもん。お兄ちゃんを私が殺すなんて想像するだけでもイヤだ!」
魔王を殺める殺意が新たな魔王を生む。
故に彼は自らが魔王となり、それを倒す定めを妹に託した。
大好きなお兄ちゃんを殺めてしまうことは、とても大きな悲しみを生む。
殺意はない、故に魔王にはならない、彼はそう思っていた。
しかし違う。違うのだ。
殺意による魔王の継承が、赤く燃える赤色巨星(ベテルギウス)だとするなら。
悲しみや喪失感から生まれるモノは、光さえ飲み込む漆黒の孔(ブラックホール)。
「お兄ちゃんがいない世界なんて私はいらない!だから!」
怒り、哀しみ、苦しみ、嫌悪――殺意。
魔王はそれをエサにする。
ゆえに。だから。
怒りで戦ってはならない、悲しみで戦ってはならない。
『魔法少女セット
アーカイブへアクセスします。マルチタスクシステムを構築。アカウントを作成。オーナー権限取得。ディレクトリを構築」
『転送を開封』
★★★
★★★
少女の感情を糧に発動する魔法少女セットは、最も強い感情によって発動する。
本来複数の感情が同時に発動領域まで高まることはない。
頭はぐちゃぐちゃ、こころはもやもや、少女の胸中はまるで荒れ狂う暴風のようだ。
魔法少女セットのシステムメッセージが冷淡な口調でエラーを告げる。
『深刻なエラーが発生しました。魔法少女セットは多重起動できる仕様にはなっていません』
(うっっさい!そんなこと言うならあんたも手伝ってよ)
こんなに心が痛いのに、なんでそんなに冷淡なんだ。
脳内で鳴り響くアラートに、全力で悪態をつく。
すると魔法少女セットはすんなりと少女の申請を受け取った。
『申請を受領。仮想メモリを構築。マルチタスクシステムを構築。現在『悲しみ』『恐れ』『驚き』が起動領域に達しています。マルチタスクシステムを展開。以後モードの変更は任意です』
『バヤーナカ(恐れ)』がアクティブです。切り替えますか』
(うるさい、もうなにがなんだかわけがわからないよ。お父さん、お母さん、お兄ちゃん……誰でもいいから誰か助けて)
『申請を受領。マインドサーチシステムをインストールします。全てのセッションが完了しました。以後モードの切り替えは任意です。レディ』
ぱあ、と霧がはれた。
(何これ……)
『マルチタスクシステムを構築完了、モードの切り替えを任意にしました。現在『恐れ』がアクティブです。』
(恐れ……?)
『Affirmative(肯定です)。現在『悲しみ』『恐れ』『驚き』の3つのモードが起動領域に達しています。次点で『勇気』が起動領域までのこりわずかです』
(恐れ……、お兄ちゃんが私に殺意を向けている。それがたまらなく恐ろしい)
『Affirmative。現在『恐れ』がアクティブです』
(悲しみ……。お兄ちゃんが私にお兄ちゃんを殺せって言う、それがとてつもなく悲しい)
『Negative(否定です)。現在『恐れ』がアクティブです。『悲しみ』をアクティブにします』
(驚き……。せっかくお兄ちゃんのところまでやってきたのに、こんなことになるなんて思ってもいなかった)
『Negative(否定です)。現在『悲しみ』がアクティブです。『驚き』をアクティブにします』
淡々とした
アクセサリの口調、自分の気持ちが少しずつ整理されていくのがわかった。
(そして、勇気……)
『Negative(否定です)。現在『驚き』がアクティブです。『勇気』は起動領域に達しておりません』
少女の心は決まった。
(達してないなら。やってやる!)
少女の右手の指輪がその決意に呼応するかのように閃光を放つ。
(これでいいんでしょ!ねぇ!)
『Affirmative(肯定です)。『勇気』が起動領域に達しました。現在『勇気』『悲しみ』『恐れ』『驚き』の4つのモードが起動領域に達しています。『勇気』をアクティブにします』
どくん、と心が跳ねた。力が湧いてくる。これが勇気。
自分がお兄ちゃんをなんとかしなきゃいけないという、確固たる決意の証。
(自動変更とりやめ。アクティブってのをその『勇気』固定ってできる?)
『Affirmative(肯定です)。現在『勇気』がアクティブです。『勇気』に固定すると起動領域を下回った場合自動的に全システムがサスペンドされます。自動変更を無効にすればほかの起動可能なモードへの自動変更ができません。無効にしてよろしいですか』
(うん)
『マインドサーチシステムをサスペンドしました。現在『勇気』がアクティブです。現在『勇気』『悲しみ』『恐れ』『驚き』の4つのモードが起動領域に達しています』
(わかった、あとこれからはどのモードが起動できるかは言わないでいいよ。新しく起動できるようになったとか、起動できなくなったときに教えて)
『承知しました』
少女の申請を短く受領し、アクセサリは沈黙した。
そして少女はその手を掲げる。その指にはめられた赤い宝石はまるで日照のようにまばゆく輝く。
『復唱してください』
『『
マテリアライズ』』
「マテリアライズ!」
どう、と指輪から炎がほとばしる。
その色は紅から翠、そして蒼へ。
心に宿した勇気の炎が、これまでだれも目にしたことのない可憐で優美なドレスが顕現させる。
それはまるで、日の光の下で揺らめくオーロラの如く。
それは人類の頂点、人を愛し慈しみ、大切なものを守りたいと願った勇気によって生まれた力の証。
「いくよ、お兄ちゃん」
魔法少女はそう言った。
「ああ、望むところだ。俺を殺してみせろ」
少年は、魔王はそう答えた。
★★★
「ああ、望むところだ。俺を殺してみせろ」
少年は、魔王はそう答えた。
その瞳には、最愛の妹に自分を終わらせてほしいという切なる願いと、システムの呪縛による冷徹な殺意が、歪に混ざり合っている。
『プロトコル・チェック。現在、対象「名もなき魔王」へのロックオンを完了。……オーナー、最終確認(ファイナル・ハンドシェイク)です。貴方の心拍数は閾値を超え、精神(マナ)のオーバーヒートを検知しています。ドレスの不壊属性を維持するためには、1ミリ秒の「疑い」も許されません。……本当に行くのですか?』
アクセサリの声が、これまでにないほど深く、少女の意識の深層へとノックを繰り返す。
「……うん。行くよ、アクセサリ」
少女は静かに答えた。その声には、もう震えはない。
彼女が纏うオーロラのドレスが、魔王の放つ絶望の霧を押し返し、聖域を作り出す。
「お兄ちゃんが言ったんだよ。『勇者は魔王を殺し、新たな魔王になる』って」
一歩、踏み出す。
不壊のドレスの裾が、地面に溜まった暗黒の澱みを清浄な光で焼き払っていく。
「でも、お兄ちゃんは一つだけ間違えてる。私は『勇者』じゃないもん」
魔王の顔が、微かに歪んだ。レベル120の練度が、かつて見たこともない「未知のデータ」——システム外の存在である魔法少女の挙動を前に、演算エラーを起こし始めている。
「私は魔法少女。……わがままで、あきらめが悪くて、お兄ちゃんが大好きな、ただの女の子なの!」
『……Affirmative。定義完了。貴方は勇者(システム)ではなく、バグ(魔法少女)です。……全スロット、アクセル全開。リミッターを論理削除(パージ)します』
指輪が、首飾りが、耳飾りが。9つの神宝が一斉に共鳴し、高周波の駆動音を奏でた。
「殺さない。……『ど根性』で、お兄ちゃんを捕まえて……『やけくそ』で、その鎖を全部ぶち壊してやるんだから!!」
『勇気(ヴィーラ)』固定モード、最大出力。
少女は地を蹴った。
その背後には、虹色のマナが残像となって尾を引き、まるで巨大な蝶の翅(はね)のように広がった。
「マテリアライズ・
アビリティ——『ど根性・フルバースト』!!」
光の弾丸と化した少女が、魔王の懐へと飛び込む。
魔王の剣が、殺意の連鎖を孕んだ黒い剣閃が、不壊のドレスに叩きつけられる。だが、火花を散らすドレスは、少女の勇気に呼応してさらに輝きを増した。
『ダメージ、ゼロ。……計算の必要すらありません。彼女の「想い」が、この世界の物理演算を完全にシャットダウンしています。……さあ、オーナー。魔王のシステムに、貴方だけの致命的な例外処理(パンチ)を叩き込んでやりなさい!』
オーロラの光が、漆黒の玉座の間を白一色に染め上げていく。
それは、数百年続いた「殺意の連鎖」を、たった一人の少女の「わがまま」が塗り替えようとする、奇跡の瞬間だった。
★★★
この後1週間くらい魔王と魔法少女は激闘を繰り広げるのですが
マルチブートしてる魔法少女に普通の魔王が勝てるはずもなく
倒せるくせに倒そうとしない魔法少女に魔王がイライラとして
お兄ちゃんの意識がもどってハッピーエンドです。
★★★
「私の……全部と、お兄ちゃんの『呪い』を……**交換(トレード)**してやるんだからァァァァァ!!」
『……了解(Affirmative)。全感情(全リソース)のエクスチェンジを開始。……アビリティ**『純白』、および『ぶちはなす』**を同時起動(並列処理)。……対象「名もなき魔王」の魔力回路への強制介入を開始。パケット、全スロット開放!』
魔法少女の9つの神宝が一斉に共鳴し、高周波の駆動音を奏でた。
これまで溜め込んできた彼女の「勇気」「悲しみ」「驚き」「恐れ」……すべての感情(マナ)を、一滴残らず吸い上げ始めた。
それは、彼女の全存在を賭した、究極のトレード(等価交換)。
『!!……検知。マナの色位(しきい)が変化。感情の浊流が、純粋な慈愛へと昇華(デコード)されました。……プロトコル、完了。……いっけぇぇぇぇ、オーナー!!』
カァァァァァァァァァッ!!
彼女の手のひらから、解き放たれた。
それは、殺意の黒でも、勇気の紅でも、魔力の蒼でもない。
温かく、甘く、どこか懐かしい——まるで搾りたてのミルクのような、純白の光線。
アビリティ**『純白』によって純化され、『珠の素肌』**のように一点の穢れもない慈愛のマナが、光の奔流となって魔王の胸を貫いた。
アビリティ——『純白の慈愛光線(ミルキーウェイ)』。
『……Affirmative。直撃。……純白の光線が、魔王の「鎖」の論理構造を上書き(オーバーライド)中。腐食データのデリートを開始しました。……相手の中央処理装置(ハート)が、温められています』
純白の光線は、魔王の漆黒の鎧を、その中に渦巻く数百年分の「殺意」を。
まるでミルクが泥を優しく溶かしていくように、清浄な光で満たしていった。
魔王の剣が、音を立てて砕け散る。
黒く染まっていた彼の顔から、魔王の仮面が剥がれ落ち、そこには驚きと、救われたような、かつての兄の表情が戻り始めていた。
それは、人を愛し慈しむ勇気が生んだ、Before-oneの歴史上、最も温かく、最も理不尽な**「非殺傷」の終止符**だった。
★★★
「ねえ覚えてる?ちっちゃいころ魔王と勇者ごっこしたよね」
「ああ、お前どっちもイヤだってガン泣きしたよな。それで魔法少女っての勝手につくって遊んだよな」
「わたしも魔法少女が実在するなんて思ってなかったよ。あとね、あのときゴメンね」
「あ?あぁ、お前がぴょんぴょんしたとき俺の顔面に当たって鼻血出したことか。ガキの頃だし気にしてねーよ」
「うん、でもゴメンね」
空中で抱き合う少女と少年。
かつて勇者で魔王で、今はただの勇者の少年。
かつてはただの少女で、不思議な力を得て追いかけてきた魔法が使えるだけの少女。
そして見下ろすは、連綿と紡がれ続けてきた殺意と憎悪の塊、魔王の外殻。
おぞましいほどの邪悪さを孕みながら、強大に膨らみながら周囲の生物を飲み込んでいく。
「アレが、魔王の本体…」
「厳密に言うと正体な。なにものがつくったか知らねーけどマジ悪趣味だわ」
さっきまでの魔王モードの尊大な態度じゃない、意地悪だけど慣れ親しんだその口調に、少女は大好きな兄が戻ってきたんだと強く実感した。
思わずぎゅっ。
「おい、くっつきすぎだぞ」
そう言いながら、少年も少女を抱き返す。少女の好意が自身をあれから引きはがしたのだ、無下にする気にもなれない。
そんな少年のぬくもりを感じながら、少女は考える。
あんなもの世界からなくなるべき、なくしてしまわなければならない。
そしてそれができるのは自分だけだと。
しかし、さっきまでの力はもうない。
さっきは兄を助けるため無我夢中だったからだ。現に魔法少女セットのシステムメッセージも言っていた。
『エネルギー供給不足。全モードをサスペンドします』
感情によって発動する魔法少女セットだから、今の状態ではエネルギーがたりない。どうしよう。
「その『魔法少女セット』は俺には使えないのか?」
「えっと、どうだろう。やってみる」
そう言って少女は自分の右手の人差し指から赤い宝石の指輪を外し、少年の指にはめた。
こっそり左手の薬指にさしたのだけれど。少年は平然としてたので少女はすこし残念に思った。
「お、メッセージだ」
『このシステムはお使いのハードウェアではご利用できません。9~25歳の少女のみ使用可能なプログラムです』
「やっぱだめか。っていうか25歳まで少女扱いなんだな」
「またそんなこと言う。女の子はいつだって少女なんだよ、デリカシーないなあ」
そんなやりとりをしながら、少女は指輪を返してもらった。さりげなく左手の薬指に差すように誘導した。
きらりと光る左手の薬指、嬉しい。
「おい、お前」
「ふぇ?」
少女は一瞬どきりとした、悪巧みがバレたのかなとおもった。けどそうではなかった。
少年と少女の身長差は頭1つ分少年のほうが高い。少年の目の前には少女の髪飾りが光っている。
「髪飾りが光ってるんだけど」
「ふぇっ?」
これまで一度も光ったことのないアクセサリだ、なぜそれが光っているのだろう。
『発動領域に達しました。魔法少女セット:ハースヤ(喜び)を起動します』
少女が喜びで発動したと少年に説明すると、少年はあきれたような表情でみつめた。
「おまえ左手の薬指ってだけでそんなに喜ぶなよ。こんな状況で」
かぁっ、と顔が熱くなった。嘘!気付かれてた!?
「だって、だってぇ…」
「緊張感ねえなあ、人類が大ピンチだっていうのにまったく。でもまあ、おかげで作戦は思いついた」
どうすればいいのと聞くと、もう一度指輪を交換するように言われた。
「指輪の交換」という単語にどきりとする、髪飾りが光ってるのが少女自身にもわかった。
『このシステムはお使いのハードウェアではご使用できません』
魔法少女セットによるエラーメッセージ、少年はそのエラーメッセージに対してこう申請した。
「エネルギーラインを全直結、共有システムの構築を申請」
『申請を受領。魔法少女セットをゲストモードで稼働。エネルギーライン接続申請送信。応答確認。全エネルギーラインの接続が完了しました』
少年がやっている作業は、接続先である少年にも聞こえていた。
少女は、自分でも知らない機能を使えるなんて、やっぱりお兄ちゃんはすごいと思った。
「さっきのお前のめちゃくちゃっぷり見てるとこれくらいできるって思ったんだよ。つーかシステムの構成がどう考えても異常だわ」
魔王の外殻つくった奴は悪趣味と少年は評価したが、魔法少女セットつくったやつは頭のねじ数本ぶっとんでると評価した。
「感情で行動する魔法少女をサポートするための仮想人格システムって感じか理解に苦しむ」
「それで、作戦ってどうしたらいいの、私なんでもやるよ」
「ん?今なんでもって言った?」
びくっ。
「う、うん。お兄ちゃんがしろって言うならなんでもするよ」
「嘘つけ、俺を殺せって言ったのにやらなかったじゃないか」
「いじわる、それは言わないで。私だって嫌なことだってあるもん」
★★★
お兄ちゃんが、少女の肩を抱き寄せ、その手に自分の手を重ねる。
「……いいか、お前。マナの出力は全部俺が調整する。お前はただ、『お兄ちゃんかっこいい』とか、そういうアホなことだけ考えてろ」
「もう!アホって言わないでよ!……でも、わかった。私の全部、お兄ちゃんに預けるね」
『システム同期率……255%オーバー。計測不能。……理解不能なエネルギーパスの構築を確認。これより、オーナーの「マナ」をゲストの「武芸」へと転送(トランスファー)します。……準備はいいですか?』
お兄ちゃんが、砕け散ったはずの魔王の剣の柄に手をかける。そこには、少女の『ミルキーウェイ』の光が凝縮され、純白の光り輝く**「勇者の真剣」**が再構築されていた。
「作戦はシンプルだ。お前が**『喜び(ハースヤ)』でマナを沸騰させて、俺がそれを『ぶちはなす』**。……いくぞ!」
二人は、巨大な魔王の外殻へと肉薄する。
少女の「嬉しい」という微熱が、お兄ちゃんの剣に絶対的な破壊力を与え、数百年解けなかった呪いの外殻が、まるでおもちゃのように両断されていく。
★★★
「……おい、Android-01。聞こえるか」
『ええ。ゲスト……いえ、共犯者。貴方がこの「少女限定」のプロトコルを強引にこじ開けることは、演算済みでした』
「お前も食えない奴だな。……こいつ(妹)のマナ、全部俺に回せ。一滴も残すな。……その代わり、反動(フィードバック)は全部俺の『勇者レベル120』のステータスで肩代わりしてやる」
『推奨されません。レベル120の全リソースを消費しても、この「純白のマナ」の負荷を肩代わりすれば、貴方の「勇者の資格(ステータス)」は永久に破損(クラッシュ)しますよ』
「……構わねえよ。俺はもう勇者でも魔王でもない、ただの『兄貴』に戻るって決めたんだ。……やれよ、相棒」
『……了解。論理を棄却し、共犯関係(パートナーシップ)を承認。……私は、自分のオーナーが、泣き虫の魔法少女のままで終わるのが一番「美しい」と判断しました。
私は――貴方には理解できないことでしょうが、あえてこう名乗らせてもらいましょう。《夢見る電気羊》ギリアルがむすめ、【演算装置】アクセサリ。今この時だけは人の共犯者となりましょう、少年』
★★★
外殻が絶望を撒き散らし、世界を飲み込もうとするその中心で、一人の少年と、一人の少女、そして一つの演算装置が、運命の歯車を逆回転させます。
「『夢見る電気羊』、か……。なら、お前が見る夢は、せめてハッピーエンドにしてやれよ」
お兄ちゃんは不敵に笑い、少女の手をさらに強く握りしめた。
少女の髪飾りが、指輪が、首飾りが——かつてないほど激しく、純白の光を放つ。
『了解(Affirmative)。……共犯者。これより全エネルギー・パスを解放。……貴方の「勇者の位階(レベル120)」を燃料(マテリアル)に、オーナーの「喜び」を現実改変力へと昇華させます』
「え……? お兄ちゃん、今、なんて……?」
何も知らない少女が不安げに顔を上げると、お兄ちゃんはいつものように意地悪く、けれど最高に優しい顔で彼女の頭を叩いた。
「気にするな。……いくぞ。お前の大嫌いな『魔王ごっこ』を、今ここで永遠に終わらせてやる」
少女のアビリティ**『将来設計』と、お兄ちゃんの『勇者の練度』、そしてアクセサリの『演算能力』**。
三つの力が一つに溶け合い、純白の光の奔流となって外殻へと突き刺さる。
『対象「名もなき魔王」、およびその外殻の完全消滅を確認。……世界から「殺意の連鎖」のシグナルがロストしました。お疲れ様です、オーナー。それと……共犯者』
純白の光が霧散していく中、アクセサリの声が静寂を取り戻した空間に響く。
その声は、いつもの冷徹な情報機器用語を並べ立てながらも、どこか誇らしげな余韻を孕んでいた。
『現在のステータスを報告します。……驚くべきことに、現在9つの感情スロットのうち、以下のパラメータが発動領域(アクティブ)を維持、および限界突破しています』
『愛(シュリンガーラ)』: 計測不能。サーバーが溶けそうなほどの高熱ログを確認。
『喜び(ハースヤ)』: 最大出力。薬指の指輪から供給されるエネルギーでシステムがオーバーフロー中。
『勇気(ヴィーラ)』: 安定稼働。不壊のドレスの強度は、もはや宇宙の寿命より長くなっています。
『驚き(アドブタ)』: 急上昇。お兄ちゃんのあまりの格好良さに、脳内のバッファがパンクしています。
『平和(シャーンタ)』: 最終安定。……これより、世界は静かな「日常」という名の待機モード(スリープ)へ移行します。
★★★
「……終わったんだね、お兄ちゃん」
魔法少女のドレスが光の粒子となって消えていく。少女は、ガクンと力が抜けたお兄ちゃんの身体を、その細い腕で精一杯支えた。
レベル120の「勇者」のステータスをすべて使い果たし、レベル1の「ただの少年」に戻った彼は、ひどく疲れ切った、けれど数百年ぶりに晴れやかな顔をしていた。
「ああ、終わったな。……俺の『将来設計』にはなかった、とんでもないバッドエンドだ」
「えっ、バッドエンドなの!?」
「……お前に、一生頭が上がらねえって意味だよ」
お兄ちゃんは、少女の左手の薬指にまだ残る「指輪の感触」を苦笑いしながら見つめ、それから優しく彼女の髪を撫でた。
『……補足します。オーナー、お兄ちゃんのバイタルは正常。ただし、貴方への「感謝」というデータがメモリを圧迫し、ツンデレな言動しか出力できないエラー状態にあります。……あきらめて、一生面倒を見てあげてください』
「もう、アクセサリまで!……お兄ちゃん、帰ったら何食べたい? わかめ、食べる?」
「……そこはもっとマシなもん作れよ」
二人が歩き出した先には、漆黒の玉座などどこにもない。
ただ、少女が**『理想の現実』**で描き、アクセサリが演算し、お兄ちゃんが守り抜いた、どこまでも続く青い空が広がっていた。
最終更新:2026年03月16日 00:21