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レシピ通りにつくれば味なんてわからなくてもなんとかなるよ
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男爵も同様に、
メイドを1人呼び寄せてその背中に腰掛けた。
「ふむ、なかなかよい座り心地ではないか」
座りながらも、男爵はメイドの頭をぽんぽんとした。
「まあねっ」とそのメイドは誇らしげにしていた。
君と男爵の着席を確認するのと同時に、メイドが2人近寄ってきた。
双子だろうか、君が見たことのないとてもきれいな青色の髪をしていて、その容姿は瓜ふたつだった。
「料理の説明をします」
前菜 『レモンスターの香草和え』
スープ 『ロイヤルポテトとピュアキャロットの紅白スープ』
魚料理 『三日月魚の鱗つきフランベ』
ソルベ 『永久結晶の砂糖水』
肉料理 『剣帝ペンギンのホットミート』
サラダ 『中庭でとれた山盛りサラダ』
チーズ 『メリーの初子のミルクチーズ』
デザート『レインボーハニーケーキ』
飲み物 『お茶』
「以上です。食器はこれをお使いください」
2人は布に包んだナイフなどの食器を君の前に置いた。
とてとてと下がった2人を見送って、君は目の前の料理を見渡した。
彼女たちの言うとおり、君の目の前にはそれらの料理がずらりと並べられていた。
君は思った、こういうコース料理って順番に出すんじゃなかったのとか、食べるのに使うナイフやフォークは決まってるんじゃないかとか。
それに、目の前の男爵を名乗る人が、もしマナーにうるさい人なら間違えると激怒するかもしれない。
と、そんな心配をする君の目の前で、男爵は行儀悪く、前菜や魚料理、肉料理をちまちまと削るように食べていた。
「どうした、食べないのかな」
男爵に言われて、君は慌てて箸をつける。フォークだけど。
とりあえず正しいと言われるマナーを思い出して、前菜から食べることにした。
『レモンスターの香草和え』
見たこともない動物のお肉に、ハーブのようなものが乗っている。
柑橘系の香りがとても食欲をそそる、一切れフォークですくって、ぱくり。
ごふぁっ、すっぱっ、君は盛大に咳き込んだ。
「レモンスターは酸っぱいだろう、しかし慣れると唾液が止まらなくなるのだよ」
むせた君を見ながら、男爵は皿に載ったレモンスターの香草和えをごっそりと絡め取ってほおばっていた。
ちなみにレモンスターとは、君たちの世界で言うミニブタほどの大きさの家畜だ。
毛並みが黄色く、蹄が五芒星の形になっているのが特徴で、故にレモンスター。
基本的に雑食だが、柑橘系の果実を好み、同じエサを与えるとより肉の質がよくなる。
最高級のレモンスターは、前菜ではなく肉料理としても使われることもあるが、与えるエサの種類などは生産者の企業秘密である。
『ロイヤルポテトとピュアキャロットの紅白スープ』
スープの表面が紅白に陰陽に渦巻いている。
とてもよく具材が煮込まれていて、とろりと濃厚なそのスープは、君がちょっと器を動かした程度では混ざる様子はなかった。
匙を入れることすら躊躇われる造形美で、丁寧に漉されて波打つ様子はまるでミルクのようだ。
が、男爵はまんべんなくかき混ぜてピンク色のスープをすすっていた。
「美味ければなんの問題もあるまい」
そんな身もふたもない。
君は色を交互にじっくり楽しんだ。
ちなみにロイヤルポテトとピュアキャロットとは、まん丸のジャガイモのような作物と、ハート型の形をした可愛らしいニンジンのような作物だ。どちらも生産が容易であり一般流通している食材である。
前者は丸いほど、後者は形が対称であるほど希少価値が高く、品評会が開かれるほど愛好家が多い作物である。
生産が容易であるがゆえに成長をコントロールするのは容易ではなく、これまでで最上のものはバレーボールほどの大きさのグローリーロイヤルポテト。形も重さも左右対称なハートフルピュアキャロットと呼ばれている。
「味は普通だったね」
そんな身もふたもない。
『三日月魚の鱗付きフランベ』
近海で捕れる月齢魚を三日月状態で捕ったものを調理したもの。
一口サイズの切り身で皿に盛りつけられ、不思議な紫色のソースで彩られている。
フォークでつついてみると、以外と弾力がある。
骨は取り除かれているようだった。
男爵はフォークで突き刺して一口でほおばっていた。
「今は時期が悪かったね、満月はなお美味いのだよ」
鱗がついたまま一度火にかけると、鱗が皮ごとパリパリと剥がれてくるので、それを一旦取り除いて、調味料で加工する。
身を切り分けて盛りつけ、ソースを上からぐるぐると振りかける。
骨も熱にかけると極端に脆くなるので、一般の食卓にも上がるポピュラーな魚である。
ぎゅっとした身の歯ごたえに、ぴりりとしたソースの味わいを君は楽しんだ。
ちなみに、月齢魚という名の通り、月齢に比例して姿を変える魚だ。
満月魚と言われる状態だと、蒸し焼きにして頭から食べるのが主流だ。
しかし、月齢が進むと非常に気性が荒くなり、中型のサメですら畏れるほど。
死ぬと月齢が消失するので、捕ったらすぐ調理しないと翌日には食べれないほど味が劣化する。
ここで、一旦君は箸を置いた。
男爵が、肉を頬張ろうとするのをやめて君を見る。
「どうしたね?もう満腹かな?嫌いな食べ物でもあったかな?」
男爵の問いに、君は首を振って問う。
そろそろ話を聞かせてくださいと君は言った。
出された料理はとても美味しいものだが、それよりももっと気になることがある。
ここはどこなのか、あなたは誰なのかと。
「ふむ……」
君の問いに男爵もフォークを置いて、少し考えるような仕草をする。
「では君の問いに順番に答えよう。ここがどこなのか、ここは『トワレヤ諸島の私の館である』と答えよう」
トワレヤ諸島?君は聞いたことのない言葉に困惑する。
男爵は続けて答えた。
「そして私の名はメノウ。メノウ・アウララッハ男爵。舌を噛まないように気をつけたまえ」
他に質問は?と男爵は促した。
そして君は考える。
君は、何故自分がここにいるのかを問うてみた。
男爵が答える。
「現状詳しい理由は不明だ。謎はあの『天山大剣』にあると私は見ているのだがね」
天山大剣って?
「この世界の空を飛び回る漆黒の大剣だ」
意味がわかりません。君はそう言う。
「私にもわからぬよ。だがあの大剣が地表に近づき大地を衝撃波で吹き飛ばした後に君が倒れていた。生きた旅人は久しぶりだったね」
旅人って何ですか?
「君たちの世界の住人のことを私は旅人と呼んでいるよ」
君たちの、世界?
「そうとも、おそらく我々の居る世界と君の居た世界とは別のモノであると推測される」
別のモノ?
「端的に言うと、ここは異世界であると、こう言えばよろしいかな?」
異世界、そんなバカな、そんなモノがあるわけが。
君は声を荒げて立ち上がろうとするが、男爵はそれを手振りで諫めた。
「あるのだからしょうがない。君がいて私がいる、証拠はそれだけで十分なのだよ。もっとも君が何故ここにいるのか私にはわからない。どこから来たのかもわからない」
男爵は赤ワインを一気に飲み干した。メイドの一人が近づいておかわりを注ぐ。
君は、自分が日本という国から来たことを告げた。星の名を地球と呼ぶことも。
「ふむ。ともかく君の世界のことはさておき、私はあの天山大剣に多大な興味がある。この世界と君の世界をつなぐ力があるのか。何がどうなって旅人がやってくるのか。それを解明したいと思っている。他に何か質問は?」
君は再び考える。
結局わかったのは異世界であるということと、場所の名前と、男爵の名前と、天山大剣という何かよくわからない名前があるということくらいだった。
もっとも、男爵の言うことを信じるのであればの話ではあるが。
ここが異世界であるという証明はできまますか、と君は問いた。
最終更新:2015年12月15日 18:47