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\アリだー!!/
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興味津々な男爵の前で君は電話を受けた。家族からだった。
もしもし、と電話を取った瞬間雷が落ちた。もちろん比喩である。
2日間も黙って家を留守にしてどこに行ったの!何度も電話していたのに何故取らなかったの!と。
それに対して君はその間ずっと眠っていたことを説明した、ところが向こうは「ねむっていた」発言に勘違いをしたようだった。
いくら寝てたって言っても、朝から晩までずっと寝てるって事はないでしょ!起きたんなら連絡くらいしなさい。
ものすごい雷の落ちっぷりだった、実際は朝から晩まで眠り続けてたのだが、説明には骨が折れる。
男爵が手を出していた、君は電話を渡してみた。
男爵は君がやっていたように耳を当てて話しかける。ハロー、君はどなたかね。
もしもし、もしもし、もしもーし?
何度かそう声をかけていたが、男爵は残念そうな顔をして君に携帯を返した。何を喋ってるのかわからない。
君は電話を受け取った。今の人誰?どこの国の人?今どこにいるの?と問われた。
何でそんなことを聞くのか君は訊いた、すると明らかに日本語じゃなかったと、向こうは言った。
君は困惑する、男爵は電話口にもしもしと言い続けてたのに、向こうにはそうは聞こえなかった?
どこの国の人、と言ったからには聞き覚えがない言語だったのだろうか。

「ん?どうしたね?」

君の耳にはきちんとした日本語で聞こえている。しかし注意してみれば発言と口の動きが微妙に異なっていることに気がついた。
自動翻訳されていると君は気づいた。そして無意識のうちに呟いていたらしい、男爵がうなずいた。

「我々の間に言葉の壁はないに等しいが、その機械を介しての通話ではそうも行かないようだね」

非常に残念だ、と男爵は言った。
君は向こうに言った、今どこにいるのかわからない、しばらく帰れないかもしれないからみんなには適当に言っておいて、と。
学校はどうするの、と訊かれた。そっちも適当によろしく、それじゃぁ。
電話を切った、通話時間15分。アンテナはバリ3、この辺りもなぜだかわからないところだ。
君の今使っているこの携帯は、電波の届くところなら電源不要で通話及び充電が可能な機材なのだが、異世界であるというのならば何故通話ができたのだろうか。
異世界だというのは男爵の嘘で、ここはちゃんとした現実世界とか?だがさっきの空中浮遊が理解できない。あんな事できる人間が現実世界にいるわけがないし……。
ぐるぐると君は考えを巡らせる、電波がある、魔法が使える、その辺りの現状の総合性をどう取ればいいのか理解できないからだ。
ただ、魔法のような能力を使える生き物は、こちらの世界ではなく君の世界にも少なからず存在するのだが。知らないだけだ。平凡な日常生活を過ごしてきた君では気づかないのも無理はない。
結局、ここは一体どこなのか、何故電話が通じたのか、わからないことは増えただけのような気がした。
唯一わかったことは、自分が2日間無断で、家を留守にしていたということだけだった。


携帯は没収されなかった。
男爵曰く、

「それは君のものだからね、くれるというならば貰うし捨てるというのならば拾うが、どうだね?」

君は首を振った、謹んで遠慮します。
男爵はそれを予測していたのだろう、笑いながら腰を上げた。

「さて、それでは私はまた留守にするよ。起きたばかりだとは思うが今日のところは少し休むといい。メイド諸君には君の世話を最優先で行うよう命じることにする。遠慮なく使いたまえ」

そう言いながら男爵はテーブルクロスを鷲づかみにした。
何をするんだろう、と思っている君の目の前で、男爵はクロスをズバっと引き抜いた。
なんということだろう、当然上に乗っていた物はテーブルの上で軒並み倒れた。

「……失敗したか」

当たり前である、男爵とテーブルの位置が近すぎる、テーブルが長すぎる。
こんな状況では上に乗っている物を無傷のままクロスを引き抜く事なんてできるはずもない。
失敗したあとだ、男爵はクロスの上に乗っている物に遠慮のかけらもせず残りを引っ張った。
倒れるどころか燭台がテーブルの上からごろごろと落ちる、メイド達がそれを拾う。

「何かあればメイド達に訊きたまえ、基本的にこの館の管理は彼女らの自主性に一任しているのでね」

引き抜いたクロスを引きずりながら男爵は言った。

「質問、提案、要望、欲求、いかなるご用でもお応えする用意が御座います」

そう言って一礼するティシュー。男爵は窓から外へ飛び出した。
そして両手に持ったクロスを空中でくるりと回転させると、男爵の背中に大きな白い翼が一対形作られた。
男爵はその翼を大きく羽ばたかせ、空の彼方へと消えていった。
食堂に残された君とティシューとメイド達、いかなるご用でもと言われてもすぐには何を言えばいいのかわからない。
君は少し悩んだ結果、まずは館の中を案内してほしいと言った。
ところが、いかなるご用といったくせにティシューはあからさまに苦い顔をした。
もちろん君は「いかなる用でも」ダメな範囲はあると思っていた。ティシューが苦い顔をしたのもそれが理由だと思った。
だから君は撤回をしようとした、ところがティシューはそれを遮った。

「申し訳ありません、館の中をご案内するのは問題ないのですが……」

「いいと思いますよ。実際歩いてみないとわからないから案内差し上げてください」

別のメイドがそう言った、そのメイドの発言がきっかけで悩んでいるようだったティシューも決心したようだった。

「そうですね、ではご案内いたします。ありがとうございます、ヴァンデミール

ティシューに礼を言われたメイドは微笑みを浮かべながら一礼した。
ヴァンデミールのその一礼はとても優雅に見えた。
ちなみに君たちは未だに食堂にいる、ティシューもヴァンデミールも他のメイド達も同様だ。
その時だ、また別のメイドが手を二度叩いた。
すると全員手早く食堂を後にした、解散の合図だったのだろう。

「それでは参りましょう」

ティシューが先導する、君はその後を付いていく。返してもらった鞄はもちろん持っていく。
入ってきた扉から食堂を出る、長い通路が右と左、ティシューが向かったのは君が起きた部屋とは同じ方向。
トコトコと先導するティシュー、足取りの綺麗さは一流のモデルの歩き方に匹敵するほどであるが、君には気づいただろうか。
ちなみにこの歩き方は館のメイド達が仕事をする上で初めに覚えさせられる基本中の基本である。
頭のてっぺんから足の裏まで鋼鉄の棒が身体の中心を通っているかのように不動な歩き。
もちろん不自然さなど全くない。ティシューならばたとえ5センチしか幅のない鉄骨の上でもするすると渡っていくだろう。
ティシューが扉を広くと、豪華な部屋があった。
君は首をかしげる、ひょっとして自分が寝ていた場所かと思った。
実際のところちょっと違う。

「お疲れの様子でしたのできょうのところはお休みください。館の案内はあす改めていたします。

ふぅ、と君は深くため息をついた、そういえば食事をしながら終始ため息をしていた気がする。
やっぱり寝過ぎで疲れているのだろうか、君はティシューに促され部屋に入り、ベッドに腰掛ける。
ふかっとした寝具がとても柔らかい。

「それでは、何かご用がありましたら遠慮なくお申し付けくださいませ」

ぺこりと一礼してティシューが退室、ドアがぱたりと閉まった、鍵のかかる音はしなかった。
ふー、と君はまた大きく呼吸をしながら後ろに倒れた。
ふわっとした布団。いや、この柔らかさは布団といったレベルじゃない。
君が普段寝ている敷き布団やベッドなど、市販されている寝具などとは圧倒的に質が違う。
君は君の身体を包み込む雲のような感覚が気持ちよくてそのままベッドの上をごろごろと転がった。いい匂いもする、太陽の香り。
いい感じに微睡んでいたその時だ、鞄の中で携帯が鳴った。
君はベッドの上で転がりながら鞄のところまで行き、中身をそのままぶちまけた。
転がり落ちてきた携帯を取ると、着信。
はい、もしもし。君の親しい人物からの着信だった。
どこ行ってるんだよ、三日も行方不明で、みんな心配してるぞ。そんなことを言われた。
君はどういう説明をしたらいいかと悩んだ、現在置かれている状況は君自身にも理解できない。
今異世界にいるらしいんだ、と言ったら「はぁ?」と大きな声で帰ってきた。言わなきゃよかった。
何わけのわからないこと言ってるんだ。今どこに居るんだよ。
今どこにいるかは知らない、と言ったところで、ふと名案を思いついた。
電話がつながるんなら携帯でインターネットも可能なのではないか。
思い立ったら善は急げ、適当に謝って電話を切り上げる。
ごめん、ホントごめん、何かわかったら電話するから、そっち適当に言っておいて。
ちょ、おま。ぷつっ。
電話を切った後で待ち受け画面を見る、そういえばメッセージも沢山あったんだった。
受信履歴をずらーっと見てみる、うん、後回し。
まずは携帯をいじってウェブに接続する、スマートフォンからグローバルフォンって呼ばれるようになったのっていつ頃の話だっけ?
そして今はユニバーサル携帯だ。フォンではなく携帯なのはメーカーの何らかのこだわりだろうか。
サイトのトップページ、検索窓に文字入力「メノウ アウラッハ 男爵」ヒット数なし。
アウラッハのみで検索をしてみる、しかしなおもヒットしない。もしかして アウララッハ男爵?すらでてこない。
これだけ大きな館を持っている人ならば多少なりとも有名だと思ったのだが、当てが外れた。
やっぱりここは異世界なのだろうか。
ティシューの名前で検索したり、ヴァンデミールという名前で検索したり、天斬大剣で検索したりもするが、君の望む情報は一切見つからなかった。
通信を終了してベッドに大の字になる、画面を凝視していたために疲れてしまった。
ホントに異世界なのかなぁ……。
だったら何で携帯が使えるんだろう、通話ができて、インターネットができて、電波が届いてるんだろう。
電波?
君はがばっと起きあがった、思い出したのだ、今の携帯には当たり前のようにGPSで現在位置情報が表示できるようになっている。
今の時代このシステムの精度は非常識に高くなっている、アマゾンの森の中でもサハラのど真ん中でも表示できるはずだ。
君はそれを起動して、そして愕然とした。

君は現在太平洋のど真ん中にいることになっていた。
君は携帯を放り投げて寝た。スリープ。

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最終更新:2015年12月15日 18:48