★★★
ドラゴンはお熱いのがお好き
★★★



突然だが、君は吹っ飛ばされた。
君の反射神経を遥かに凌ぐ一撃をボディーに食らって、ウボアーと吹っ飛ばされた。
視界がぐるぐるとまわり、ちょうどそこにあった果物の山に突っ込んだ。
Q:それをやったのは誰ですか?
A:ベルウッドです。
その行為に躊躇は一切なかった。
そしてさっきまで君が立っていたところにボチャンと粘りけのある音をたてて透明な液体が落ちてきた。
ティシューでは間に合わなかった。だから、ベルウッドがやった。
その手に持っていた箒を力一杯フルイング、顔面を殴られなかっただけマシだといえるだろう。
君が突っ込んだのはくだものの露天。果汁たっぷりのくだものがつぶれたが、それがクッションになったため君は軽傷で済んだ。
殴られたお腹がしくしく痛むくらいだ。
さて、ベルウッドは一体何故急にこんなことをしたのか。

「きゅろろろろろろろ」

それは頭上から聞こえてくる小鳥のような妙に可愛らしい鳴き声がその理由だ。
ベルウッドが箒で君を吹っ飛ばしてから、彼女もその場から飛び退こうとした。
ところが、立て続けにボドンボトンと変な透明な液体が落ちてきたのだ。
その総量は計り知れず、直撃は避けたものの、跳ねた飛沫がベルウッドのメイド服へとべっとりとひっついた。
あからさまにベルウッドは不快そうに目を細めて指でぬぐって払った。

「きゅろろろろろろ」

ねっちょりとしたその感触にベルウッドの猫耳がぞわりと震えた。ごしごしと手をスカートでお行儀悪く拭き取っている。
ごしごしと拭うたびに、その液体のシミがベルウッドのスカートに広がっていく。帰ったら廃棄することになるだろう。君に当たらなくてよかったね。
そして次の瞬間。ドンッと地面に広がる液体が燃えた。どうやら可燃性の高い油のようだった。
何故油が落ちてくるのか。

「きゅろろろろろろ」

大地に落ちる黒い翼の影が、頭上をくるくると旋回する。
バカな、あり得ない、警報がない。
驚愕に目を見開き頭上を見上げるベルウッド、ちなみにティシューは吹っ飛ばされた君に駆け寄っている。

「申し訳ありません」

ベルウッドの判断は正しい、ああして君を吹っ飛ばしていなければ今頃は油まみれに火だるまだったのだから。
君はライト級ボクサーのボディーブローを喰らったようなものだ、ティシューがポケットからハンカチを取り出して君の頬や髪についた果汁を拭ってくれた。
ちょうどその時、ようやく街のサイレンが警報を鳴らした。
遅すぎる、一体見張りは何をしていたというのだ。
港方面から飛来する諸々を警戒するために見張り台はきちんと設置されているというのに。
そして、ベルウッドは港の方から煙がもくもくと立ち上っているのが見えた。
ここと同じである、落ちてきた油が炎上し、港の見張り台を吹っ飛ばしたのだ。
なんたること、侵入を許してしまうとは。

「きゅろろろろろ」

油が何度も投下される、石造りの建物はともかく、直撃を喰らった酒場が全壊、炎上していた。
町の通りにも投下される。

「こちらへ」

ティシューが君に肩を貸してくれた、君はティシューに体重を預けたが、ティシューはそれをたやすく支えている。
力強いが筋肉ががちがちになっているわけではなく、女性的な柔らかさとよい香りが漂う。
しかし、君たちが逃げようとした通路にも油が飛び散っていた。
平和だった町はあっという間に炎と煙と悲鳴に包まれた。
町の人たちは慌てて水を火にかけて消火を試みる。

「うわああああああああっ」

逃げ損なった間抜けが全身を火だるまにしてもがいていた。
気づいた人々が、水を次々にぶっかける。
何とか消せたと思いきや、狙い澄ましたかのように天から油が振ってきた。
ひゅー、どぱぁん。
すると今度は火だるまになっていた人も、それに水をかけて助けた人たちもまとめて油まみれになって、着火。
ぼっ。
火だるまの数があっという間に七つに増えた。
ベルウッドは箒を掲げた、くるくると振り回し意識を集中、魔力を練って箒に注ぎ込む。

「きゅろろろろろろ」

翼の影が次第に大きくなる、着陸するつもりだ。
ベルウッドはそいつを見上げる、全身を白銀の甲殻に身を包んだドラゴンだ。
身体のあちこちに付いた傷が歴戦の勝者であることを証明している。
翼が巻き起こす突風が、燃える炎をあおり、油を吹っ飛ばすことでまき散らす。
油だけならまだいい、問題なのは着火された部分が飛ぶことでさらに炎上が拡大することだ。
その体躯にふさわしい重厚な音を立ててドラゴンが着陸する、大地に四肢の足跡がめり込んだ。

「きゅろろろろろ」

鳴き声だけならなんと可愛らしいことか。
町は既にパニック状態、避難をしようとする人と火だるまになっている人、それを助けようとする人がいるが、その被害者がパニクっているため助けかねる状態だ。
頭上にドラゴンの顔があることに気づいていないほどだ。
助けようとしていた人たちも、こんな状況下では自分の命が危ない。
水の入った容器をその場に放り捨てて逃げ出した。油に足を取られてすってんころりん、全身が泥と油まみれになった。
ドラゴンがその口を開ける、ぞろりと並んだ竜の牙からねとりとよだれがこぼれ落ちる。
ぼたっと火だるまによだれが落ちると燃えが強くなった、油は奴の唾液のようだった。
ドラゴンは火だるまにかじりついた、ガチンとかみ合うドラゴンの牙。
しかしドラゴンは口内に芳醇な血と肉の味がしないことに目を丸くしていた。それもそのはず、ドラゴンはなにもないところを噛んでいた。そこにあったい火だるまは全て遥か上空に飛び上がっている。
その名はストームブルーム、風を起こす魔法の箒。ベルウッドが扱いを最も得意としている魔道具である。

「やっ」

くるくるくる、ばぴゅーん、風を操り、固める。
ベルウッドはドラゴンの頭めがけて放った。圧縮された風の塊が角に当たった。激しい金属音を立てる。
ドラゴンが火だるまを食べようとしているのに気づいたベルウッドは、突風を起こして彼らをまとめて助けたのだ。
吹っ飛ぶ先は港の海。わりと力をこめて吹っ飛ばしたので海に届いてくれるだろう。
最も、海に落ちて火が消えたところで無事とまでは言えないが、火の海より水の海のほうがマシだろう。
あとは自分でなんとかするか、港付近にいる人が何とかしてくれるだろうとベルウッドは楽観視することにした。
正直これ以上気を回す余裕がない。

「きゅろろろろ」

ドラゴンの視線がベルウッドに向く、透き通ったエメラルドの瞳に怒りが見える。食事を邪魔されて苛立っているようだ。
君はティシューに支えられながらベルウッドの後ろへ、そしてドラゴンを見る。美しいとまで言えるほどの白銀色の甲殻。エメラルドのように透き通った緑色の瞳。
ドラゴンはペッと油を君たちに向けて吐き出した。すかさずベルウッドは箒で風のバリアを張る。そして微調整を行い、油を丸ごと空へ巻き上げ、そのままドラゴンの頭にぶっかけられた
ぶるんぶるんとドラゴンは頭を振って脂を落とす。。
よし、とベルウッドは手応えを感じていた、吐き出されたのが油だけなら風を操るだけで何とかなる。
しかし、魔獣の脅威がその程度で終わるわけがない。
にらみ合うベルウッドとドラゴン、ベルウッドの後ろには君とティシューが居る。
君たちを護るため、ベルウッドは動かず箒を握る。



★★★
K・S・P
★★★



こうして立っている間も、ベルウッドは自身の魔力を練って箒に注ぎ、すぐ風を起こせる態勢を取っている。
その時だ、町のあちこちから数十にも上る金属の鎖がドラゴンの全身に巻き付いた。

「よーし捕まえた。やろうども離すんじゃないよ!」

女の号令と共に、首を、口を、翼を、足を、尾を、鎖は締め付けて大地に縛り付ける。
これ以上町を荒らされるわけにはいかない。
号令を出した女は引退したメイドだ、ティシューが先ほど話していた元メイドである。
引退したとはいえメイド経験者、今の若い者の前でみっともない真似はできるものか。
鎖の両端には細く尖った杭がつながれており、それで相手を突き刺すか、地面に突き刺して動きを封じるかといった用途をするようだ。
ドラゴンは身じろぎをする、さすが最強の生命体と名高いドラゴン、たかだか数十程度の人間の力では押さえきれるものではない。
巻き付いた鎖も、割りと頑丈な鎖ではあったが、鎖の先端の杭を竜の鱗は受け付けない。刺さらない。
すると杭を地面に突き刺して縫い止めようと試みる、投げつける事で地面に刺さるが、元メイドの彼女は全力でその杭を踏みつけてさら打ち付けた。

「きゅろろろろろ」

ドラゴンはなおも身じろぎする、鎖が甲殻とこすれ激しい金属音を響かせる。
どうやら、数十を超える鎖を巻き付けることで完全ドラゴンを押さえつけることに成功したようだった。
口にもぐるぐると巻き付くことで油を吐き出すことを不可能としている。
元メイドが、町の人たちや冒険者たちが力を合わせてドラゴンを捕縛することができた。
結果、誰もが勝利を確信し、勝ち鬨の声が上がった。

「ふーっ」

ベルウッドも息を吐いて警戒を解く、さすがは先輩たちだと思った。襲撃に対しての手腕は大したものだと感想を持つ。

「ほとんど出番なかったぞ」

その時だ、ベルウッドは一人の女性と視線が合った、酒場を経営していた元メイドの一人だった。
彼女はベルウッドに向けてウインクをすると、そして町の復旧へと指示を飛ばしはじめた。

「ご苦労様でした」

ティシューがベルウッドの隣にやってきてねぎらいの声をかけた。

「ん、大して何もしなかったぞ」

ドラゴンは押さえたと言っても飛び散った油は未だに燃え広がっている。
ちなみに全壊した酒場はその人の酒場だ。
確かその酒場は彼女の自宅でもあったはずだ、それが壊れてしまってはどこで眠るんだろう。
まぁ、自宅が壊れたと言っても彼女は健在、どうとでもなるのだろう。

「さすがルイーダさんですね」
「ニャ」

ティシューの言葉をベルウッドが短く同意する。
ルイーダ?と君が聞くと、元メイドで冒険者を相手に酒場を経営しているあの方ですと示した。
ルイーダの酒場、どことなく妙にしっくりする言葉ではないだろうか、語感的にもそれ以外にも。

「ところでそっちは大丈夫?ぽんぽんいたくないか?」

ベルウッドはちょっとだけすまなそうに眉をひそめた、頭の上の猫耳もしゅーんとうなだれている
だが、火だるまになることを考えるとお腹の一撃くらいどうと言うことはないだろう。
気にしてないよと君が言うと、ベルウッドの表情がぱぁっと笑顔になった。
その手に持った箒をふりふりとしながら小躍りしている、風は起こらない。
それにしても、と君は鎖でがんじがらめになったドラゴンを見上げた。
エメラルドの瞳すらも鎖で覆われて見えず、白銀色の甲殻も、足と尾の一部しか伺い見ることができない。
君は携帯を取り出した、カメラ機能で写真を撮ろうとしたのだ。
どうせなら鎖にとらわれる前の姿を取っておけばよかったのだが、まぁ、それはしょうがない。
君はその時は写真を撮れる状況でなかったのだから。
携帯を開くとまた着信履歴があった、家族からと親しい友人からとだ。
君は少し悩んだ、電話はしないことにした。賢明な判断である。
とりあえずカメラ起動してぱしゃぱしゃと写真を撮る、ドラゴンの周りをぐるりと一周しつつ。
その君の後ろをベルウッドが興味津々な目で付いてきていた、ティシューはその後ろをついてきている。

「なにしてるの?」

とベルウッドが携帯の画面をのぞき込んだ、君はカメラ機能の説明をした。

「はー、すごいなっ!景色を一瞬で絵のなかに納めてしまうのか、魔法みたいだぞ!」

ベルウッドが貸して貸してと手を差し出したが、それをティシューがペちっと叩いた。はしたない。
しょぼーんとなってベルウッドは叩かれた手の甲をすりすりと撫でる、君は苦笑した、貸してあげてもよかったのに。
そう思った矢先、携帯のディスプレイ画面に水滴がぽとっと落ちた。
君は空を見上げると、いつの間にやら雨雲が天を覆っていた、今にも降ってきそうな空模様だ。
ティシューも同様に空を見上げると、ことさら顔をしかめた、これほど雲が湧いていたことに気付かなかったとは。
この様子では帰る途中に土砂降りになるだろう、本来なら降り出す前に館に戻るべきだったのだ。

「こちらへ」

ティシューは君の手を引いて、無事だった建物の軒下へと避難した。
そうしている間にも、ぽつぽつと水滴が落ち始め、あっという間に本降りになった。
建物の主は外出中のようだ、おそらく町の被害状況を確認しているのだろう。
誰もが予期していなかった雨だったが、考えようによっては恵みの雨とも言える。
先ほどのドラゴンがばらまいた油が未だに燃えていたからだ。
炎はあっという間に消えていく、予想以上の土砂降りだ。
雨はやむ気配がない、それどころか雨雲は成長を続けているようだ、夜のような暗さである。
それにしても困った、このままだと館へ帰れない。

シャワータイムを呼びましょうか……」

ティシューはそう呟いた。馬や自分たちはともかく、客人たる君をこのままにしておくわけにもいかない。
シャワータイムと聞いて、浴場での一件を思い出して君は少し赤くなる。
それにしても、何故ここでシャワータイムを呼ぶ必要があるのだろうか。

「雨よけ程度ならやるよ?」

そう言ってベルウッドは箒を持ち上げる、どうやらシャワータイムを呼ぶ用途は雨よけの為のようだった。
確かに、ベルウッドの箒で風を起こせば空から降ってくる雨を悉く弾き飛ばすことが可能だろう。
だが、そうやって風を操ることができるものがすぐそばにいるにもかかわらず、シャワータイムの名が出ると言うことは、やはりそれなりの理由があるということなのだろう。
ティシューは少し考え、「そうですね」と言った、ベルウッドに任せることにしたようだ。
ベルウッドは喜々として箒を振るった。
風で頭上に大きな傘を作る、コレなら降ってくる雨を完全にシャットアウトだ。
ところが、そうは問屋が卸さなかった。
頭上の暗雲はどうやら雷雲だったようだ、雲の中に蓄えられていた雷の力が少しずつ解放され始めた。
ゴロゴロゴロ、ピカッ。

「きゃぁっ」
「にゃぁっ」

港の方に落ちた、稲妻の閃光と、轟音がタイムラグ無しに届く。
雨はやむ気配はない、雷が鳴り響く中歩いて帰るわけにもいかなくなった。

「困りました……」

ベルウッドは風の傘を解除した、雨宿りの軒下から外に出られないならば持っていても意味がない。

『きゃぁっ』

二人そろって悲鳴を上げる。どうやらティシューもベルウッドも雷は苦手のようだ。
こんな至近距離に落ちては誰だって萎縮するだろう、雷は神鳴が語源ともされる、天井にすむ神々の足音なのだ。
消火作業に当たっていた人々も慌てて建物の中へと避難する。火はあとは雨に任せてしまえば大丈夫だろう。
鎖でがんじがらめにしたドラゴンも動く気配はない。
ドラゴンを捕縛した腕は見事の一言に尽きる、地面に降り立ったところで頑強な鎖で縛り付けたその手腕。
やはり魔獣と称されるモンスターであったとしても、たとえ一人一人は弱くても群れとして統率された戦いをされては勝ち目は薄い。
大体、降り立ってしまったのが失策だったのだ。
油を吐いて炎上させる手段を用いるのであれば、地表を火の海に変えてから降りてきたほうがよかったのだ。
もっとも、一度このように完璧に縛り付けられては、力ずくでは脱出は困難だろう。
ひときわ多き雷が、君たちのすぐ目の前に落ちた。



★★★
人は旅をして、ついにわが家へもどる。
人は生きて、ついには大地へもどる。
★★★



一瞬曇天の暗さをかき消すほどの閃光と、耳鳴りの余韻を残す雷鳴、大地を振るわせる震動
その一瞬に、ドラゴンを見ていた者は、視界を真っ白に塗りつぶされた。
見ていなかった者は、轟音の起こったその方へと視線を向けた。

「きゅろろろろろ」

完全に捕らえていたはずのドラゴンが起きあがりだしている。
唖然とする人たち、お察しの通り、雷はドラゴンを直撃したのだ。
数億ボルトのエネルギーを誇る雷は白銀色に輝く甲殻の表面を流れ、その身動きを封じる数多の鎖を破壊した!

「きょろろろろろろろろ」

「まずい!」

誰かがそう叫んだ。せっかく捕らえたというのに逃がしては元も子もない。
鎖は全部使ったわけではなかったようだ、もう一度捕縛を試みようと鎖を使う。
鎖をドラゴンへ差し飛ばした次の瞬間、まばゆい閃光と共に鎖を持っていた者たちはものすごい勢いで吹っ飛ばされた。
雨でどろどろになったメインストリートを三転し、泥まみれのぐちゃぐちゃになって、その身体を痙攣させた。
またしても雷が落ちた、そしてそのエネルギーは鎖を伝って皆をを襲った。息があるのが幸運だろう。
ドラゴンは翼を動かす、雷によって鎖は壊れ、じゃらじゃらと地面に落ちる。
ドラゴン復活!突風を後にその巨体が空に舞い上がった。
もしも君がドラゴンだったとしたら、たやすく捕縛されたことに警戒してこのまま立ち去るだろうか。
しかし、このドラゴンはそうしなかった。
普段餌としか認識していなかった人間に身動きを封じられたことで激怒していた。
ぺっ、ぺっ、ぺっ。ドンッ、ドンッ、ドンッ。
吐き出された油が円周上に飛び散り、またドラゴンは油の代わりに火も吐いた。
雨は未だに激しく降り続けている、しかし追加された炎はその激しく燃え上がる。
かなり危険な状況だ、ドラゴンは宙を旋回し、町のあちこちへ油をばらまき始めた。
鎖は上空までは届かない、打つ手なしか。
その時だ、港から大砲の弾が飛来。ドラゴンの翼に着弾した。
まるで金属がこすれ合うかのような音と共に大砲の弾は弾かれた、だがその速度と重さによる破壊力によってドラゴンが怯み落下する。
しかし本来、この大砲は島の外から来るものを撃退するためのものであって、町の内側に向けて撃つものじゃない。
水と油の飛沫を上げてドラゴンが地面に落下、尻尾が家屋をなぎ倒す
人々は大砲を撃った人物に最大の賛辞を送った。
宙を飛び回るドラゴンに命中させつつ町に被害が及ぼさないよう、たった一発で最大の効果を発揮してみせたのだから。
鎖は残り少なくなってしまった。
町の人たちが慎重に近づいたその時だ、皆の鼻に異臭が届く。

「全員待避!」

全力でその場から離脱する、そして次の瞬間ドラゴンが火を放つと同時に広範囲に爆発が発生した。
ドラゴンが放つのは油だけではなかったのだ、異臭を放つ不可視の可燃ガスによる爆発、近づけない。
人々が攻めあぐねいている間にドラゴン身じろいで体を起こした、バキバキと建物の屋根、柱、壁をなぎ倒す。
白銀の翼膜を広げて飛翔、再び宙へ舞い上がった。そこへ港から二度目の砲撃、しかしドラゴンはそれを強靱な尾でたたき落とした。2度同じ手は喰わないとばかりに。
石造りの建物に着弾、全壊。幸運なことに中に人はいなかったようだ。

「きゅろっ」

とドラゴンは口から何かを吐いた。何かというのは何であるか見えなかったからだ。見えなかったのに何かを吐いたのが判るのは、雨によって口から何か吐きでた軌跡が目に見えたからだ。
港の砲台へ一直線に迫ったそれは、到達と同時にその匂いでガスであることが判った。
とっさに砲手は砲台から緊急回避した。その直後ドラゴンは炎を吐いた。可燃性のガスはその吐いたガスの進行上に赤い炎の軌跡を照らし出す。
じゅっと雨粒が蒸発する、大砲は破壊され、火薬に引火し他の大砲ごと吹っ飛ばされた。
大砲を撃っていた人は無事だろうか、残念ながら爆発に巻き込まれて全身大やけどは負った。

「きゅろろろろ」

ドラゴンの雄叫び、屈辱を晴らすかのような勝ち誇った咆哮。
港の砲台は全滅だ、空を飛ぶ的に対抗する手段をもはやこの町にはない。
男爵の庇護を当てにして日々の研鑽を怠っていたつけが今このときになって回ってきていたようだ。
絶望感が町を覆い始めたその時だ。さらに巨大な竜巻が町を襲い始めた。



否、それは襲ったのではない。竜巻はまき散らされた油を丁寧に吸い上げるように移動し、その風と共に宙に舞うドラゴンへと放った。
されど自由になったドラゴンにもはや油断はない、警戒を強くしたドラゴンは竜巻から距離を取った。
ベルウッドのストームブルーム、風を操り竜巻を起こした。
男爵の庇護にあやかろうとできた町だ、男爵のメイドとして助ける義務はこれっぽっちもないが、先輩方がたくさんいる。
顔なじみの人もたくさんいる、ベルウッドとして助けないわけにはいかない。

「しかたありませんね」

館と所有物たる自分たち、それと客人である君以外、ティシューは助ける義務はこれっぽっちもないが、君の前で人々を見捨てるわけにもいかない。
現役のメイドとして、先輩方にみっともないところは見せられない、そうでしょう?
竜巻を起こしたことで、君たち三人は攻撃すべき対象として決定されたようだ。
きゅろっ、とドラゴンは口からガスを吐き出した。瞬間引火して打ち下ろす火柱として君たちを襲う。
だが、この程度の攻撃ベルウッドの操る風の前では子供の火遊びのようなものだ。
風を起こして吹き消す、視界を覆うほどの火柱といえど、防御するだけなら容易い。

「きゅろろろろ」

気付いたときには遅かった。
君たちの視界を覆うほどの火柱と、それを吹き飛ばすほどの風の防壁、ドラゴンの頭がその両方を突き破ってこんにちは。
ただの炎ならまだしも、ドラゴンの巨躯を吹き飛ばせるほど風は強くなかった。
ベルウッドの作った風の防壁を、ドラゴンはまるで紙細工を破るかのようにつっこんできたのだ。
ぽかんと、予想もしていなかったドラゴンの特攻にベルウッドの判断が一瞬後れる。風と炎が邪魔で見えなかった。
風を操りその勢いで距離を取る?いやいや、真後ろに君とティシューがいる、それ無理。
風でドラゴンの巨体を吹き飛ばす?いやいや、あんな重いもの吹っ飛ばせるわけがない。
ごぼっとドラゴンの口から泡が出る。即決即断、風のバリアも間に合わない。
ティシューは君をかばうように覆い被さって緊急回避、ベルウッドのことまで気にする余裕がなかった。
かろうじて風をのバリアを展開できたものの、至近距離からの油をもろに食らい軽く十数メートルは吹っ飛ばされた。

「ぬわー……っ」

ベルウッドの叫びが遠ざかっていく。ベルウッドは直撃を食らったが君とティシューは避けたから平気だ。

「きゅろろろ」

ざまあないな、と言わんばかりのドラゴンの鳴き声だ。
ティシューは悩んでいた。現段階での最優先事項は君の安全、すなわち取るべき最良の手段はベルウッドをこの場に囮として残して君をつれて館まで全力で避難することだ。
油の直撃は威力的には対したことはなかったようで、ベルウッドはすかさずに立ちあがろうとしている。

「うぇっ」

ベルウッドの足がぬるんとすべった。手をついて顔はかばったが、全身ずぶ濡れ油まみれ泥まみれでひどい状態だ。
そんなベルウッドを置いて君を連れて逃げるなんて、ティシューにはできなかった。

「誠に……申し訳ないのですが……どうかお一人で館までお戻りください」

ドラゴンは既に上空へ待避している。ずいぶんチキンな動きだが隙がない。翼があることはとても大きなアドバンテージだ。
そして、ドラゴンの口内に炎が見える。

「ベルウッド!」

名前を呼ばれなくてもベルウッドはわかっている、だが油が滑る、激しく滑る、ぬるぬるする、立てない。
ぷるぷると足を振るわせながら、片手も地面について必死にバランスを取る、まるで生まれたての草食動物だ。
炎が放たれる、可燃性の高い油は触れた途端全てを激しく焼き尽くすだろう。
ベルウッドが顔を上げたその時だ、彼女の視界を炎が埋め尽くした。
雨はまだやまない。



★★★
さよなら、ファイアボルト
★★★



ベルウッドは苦渋の選択をした。

「ごめんっ」

吹っ飛ばされても手を放さなかった愛用のその箒に魔力を込め、ロケットのように飛ばした。迷っている時間はなかった。
ドラゴンの吐き出した炎が油と熱いキスを交わす直前、箒は炎の中を突っ切った。
それに付き従うベルウッドの風が、襲い来る炎をまるで靴下を反転させるかのように押し返した。
箒は炎に包まれながらドラゴンに激突。
それはまさしく炎の雷(ファイアボルト)。炎を伴い、雷の如き轟音を響かせてそして粉々に砕け散った。
火の粉とかけらをまき散らしながら、粉々になった箒がドラゴンと共に落下する。
ベルウッドが泣きそうな顔になった。しかしドラゴンは地面に付く直前に翼を羽ばたかせ体制を整えた。
風によるパワーが上乗せされていたとはいえ、箒程度がぶつかった程度ではかすり傷程度にしかならない。
それどころか、ドラゴンの怒りに油を注いだようなものだ。

「こうなるくらいなら、最初から喧嘩を売らずに館に帰っておけばよかったかな」

鎖で捕縛した時点で帰っておけばよかった、町がどうなろうと自分たちの立場からしてみればどうでもいいことなのだから。
愛用の箒を犠牲にしてもドラゴンにはたいした効果がなかった、ベルウッドにはもはや悪態をつくことしかできない。

「ぐぇっ」

と襟首を捕まれて引っ張られた。ティシューがベルウッドを引っ張ったのだ。

「ぼさっとしてないで逃げますよ。こうなっては私たちには打つ手がありません」

援軍が来るまで逃げ回るしかない。援軍?一体いつ来るの?さあ?

「うんっ、へんしーん」

ベルウッドが大きく頷いて光に包まれた。ティシューの足下に黒猫が出現した。
黒猫になったベルウッドは、差しのばされたティシューの手からぴょんぴょんと肩へと飛び乗った。

「きゅろろろろろ」

君はそんな二人を待っていた。ティシューは困ったように笑った。

「逃げてくださいと申し上げたのに……」

そう言われても、君は二人を置いて逃げられるほど酷な性格はしていなかった。
雨はなおも降り続いている、炎によって水分が蒸発し、水蒸気が霧のように町中に漂い始める。
空の暗雲はなおも黒い、町はもはや真夜中のような闇の中に沈んでいる。ただ炎のみがこの惨状を照らし続けていた。

「またお召し物を用意しなくてはいけませんね」

ずぶ濡れになった君を見てティシューはそんなことを言う、そんなことを言っている場合じゃないというのに。
だが、さきほど果物を潰したために果汁でぐちゃぐちゃだったから、ある意味雨で洗い流されてよかったのかもしれない。
逃げる君たちを、ドラゴンは明らかな敵として狙い続けていた。敵として?的として?
どちらにせよ、逃げる君たちに向けてドラゴンは油を放った。

「きゅろっ」

轟音を伴い襲い来る油の砲撃。

「へんしーん」

たんっ、とティシューの肩を蹴ってベルウッドが飛び上がった、空中で彼女の身体を光が包み、少女の姿へ。
そして、ドラゴンの放った油を全身で受けた。軽々と吹っ飛ばされるベルウッド。
こうするしかなかったのだ。君がいるからティシューは避けられない。だったらベルウッドが何とかするしかない。
また油の上で立ち上がるベルウッド。

「ありがとうございます、ベルウッド」
「えへっ、箒はなくてもやるときはやるんだぞ」

泣きそうな目でベルウッドを見つめるティシューだったが、ベルウッドは油まみれの笑顔で「へんしーん」と言った。
改めて黒猫の姿に戻った、ティシューが抱きかかえて肩に乗せる。
変身を行うとどうやら身体に受けたダメージも無くなるようだ、だが精神的なダメージはどうだろうか。
ぬとぬとの油まみれに何度もされた事実はどうあっても消えない。

「でもこの手を使えるのは後一度が精一杯だぞ」

ベルウッドの使う変身は魔術ではない、運命を改変する魔法という唯一無二の力。
黒猫、人型と自在に姿を変えられるが、それは万全なコンディションを保った状態の上での話。
ただでさえストームブルームで風を操る魔術を行使した後だ、このような危機的状況では乱発できるようなものではない。

「きゅろっ」

ドラゴンの砲撃、ベルウッドはもう一度飛び出した。

「へんしー……ん」

一瞬目を疑った、油が飛んできていない。
刹那、巻き起こった突風によりベルウッドの小柄な身体が吹き飛ばされた。
油と違って空中でくるりんと体勢を立て直せたため、猫の姿の4本足で着地に成功。
だが、油と違って受け止めきれず、突風にあおられ、君がよろめき、ティシューがそれを支えた。
ドラゴンの吐息(ブレス)。
ガスの匂い。

ドラゴンは炎を吐いた。

雨はまだやまない。火は消えない。

次の話へ
最終更新:2015年12月15日 19:11