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果樹都市チュチュの爆血スイカは用法用量を守って正しくお使いください。
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保健室のベッドは全部で六つ。
入り口から見て、右手の三つが使用中。
反対側のベッドは、入り口側のベッドが空いていて、その次がヴァンデミールに使用している。
そして一番奥、下へ降りる階段のそばにある使用中のベッド。
マイルスの指示によって、ナースがカーテンを開けた。
すらりと伸びた足、ホットパンツに白のレギンス。褐色の肌、猫っ毛のベリーショートの髪に白のナースキャップ。
確かマイルスが「花実」と呼んだナースだ。
寝台に眠るのは、穏やかな寝息を立てるシャワータイムだった。すこし血色が悪いのは血を失ったからだろう。
君はシャワータイムとロベルタのことを尋ねた。

「シャワータイム? 問題ないよ。傷口自体はヴァンデミールより軽いくらいだったから」

回転のこぎりも必要としないほどの傷だった。開胸したもののそれ以外の外傷はない。
ヴァンデミールと同じように、下着にシャツだけと言った出で立ちだ。切り開かれた胸の傷口はシャツに閉じられていて見えない。

「ちょっと出血が気になる程度だけど、まぁそれくらいはなんとかなるしね。ちょっと梔子、あれお願い」

そう言ってマイルスが示したのは、赤紫の縞模様スイカだ。
鞭と呼ばれた少女の背後で、手洗い場で水を溜めた容器に入れられ冷やされている。
そして梔子がスイカに近づき、ひょいと持ち上げて部屋の奥へ、【用途がわからない変な装置】の上に置いた。
それは、一見して金属でできているような機材だ、箱のような胴体から半透明の筒が天井に向かって立っている。
筒は君の世界で言うプラスチックかガラスのようだった。太さは君の腕周りほどあり、半透明のそれに持ってきたスイカが乗っている。
機械に備え付けのハンドルが二つ、その一つをマイルスはグルグルと回す。
その後マイルスがそのスイカをグーでガスガスと殴った、落ちる様子はない。
どうやらハンドルを回してスイカの球面に吸い付かせて固定したようだ。

「よし」

そしてマイルスは再びハンドルを握り、グルグルと回した。
ぐるぐるぐるぐる、ブシッ。
突然スイカに亀裂が走った。その亀裂はちょうどスイカの下部、筒の当たる部分に走ったもので、スイカの果汁が筒の中に流れ出す。
まるで血のように真っ赤な果汁だ。
ぐるぐる、ビシッ、ブシッ。
マイルスはなおもハンドルを回す、回すたびに果汁が吹き出して流れ落ちていく。
すると、スイカの表面にいくつものシワが浮き上がりだす。
ぱきぱきとヒビが入る音。ここまで来ると君にもわかっていた、ハンドルを回すと下の機械がスイカの果汁を吸い込んでいるのだ。
そして、中身を吸われることで外側からの圧力に負け、スイカ全体がみるみるうちに萎んでいく。
ぶしっと別の場所から亀裂が走った、果汁がスイカの表面を流れる。
マイルスはそれに構わずなおもグルグルと回す。スイカの大きさはもはや元の四分の一ほどに縮んでいき、流れ落ちる果汁も少し色が薄くなってきた。
そして、スイカの大きさが円柱の幅よりも小さくなると、スイカはそのまま落下していった。
そこでようやくマイルスはハンドルを止めた。
次にもう一個のハンドルをグルグルと回し始める。

ぐーるぐーるぐーるぐーる。

三分ほどしてマイルスはハンドルを止め、機械の背後の扉をぱかっと開けた。
するとその中には容器が二つ、中にスイカの果汁がたっぷり入った状態で置かれていた。
絞りたて百パーセントのスイカジュースだ、どんな味がするのだろうか。
マイルスはボトルを引っ張り出して抱き上げた。もう一本は助手である梔子に手渡している。
不意に君はマイルスと目が合う。マイルスはボトルを示しながら「飲んでみる?ただし命の保証はできないぜ」と言ってきた。
物騒なことを言われてきみが丁重に断ると、マイルスは「冗談だよ、飲んでもどってことないよ」と言いながらシャワータイム枕元へ
チェストの中からなにやら器具を取り出した。どうやらそれは点滴用の器具のようだ。
マイルスはボトルに栓をしてひっくり返し、その器具に取り付けた。
てきぱきと慣れた動作でチューブをつなぎ、その間に花実がシャワータイムのシャツのボタン外して開いた。
シャワータイムの胸が空気にさらされる、肌の青白さも相まってとても寒そうだ。
そしてマイルスは、シャツの中に手を差し込んで、シャワータイムの胸をむにむにと揉んだ。
手に柔らかいと書いて揉む、この漢字をつくった人は天才ではなかろうか。
シャワータイムからの反応はなく、熟睡しているようだ。
胸の傷はきちんと縫合されているがまだ閉じてないようだ。二つのふくらみの間に縦に入った金色の縫い痕が痛々しい。
マイルスに手招きされて隣に立った、既にシャツははだけられて双丘の桜色の突起が空気にさらされている。
君はそれを直視できず、瞳を閉じているシャワータイムの顔を見下ろした。
初登場時にはポニーにまとめていた栗毛色の髪は、横になっているためにほどかれてベッドに広がっている。
小さな唇。長いまつ毛。太めなまゆ毛がチャームポイントだ。
整った顔立ちだが、シャワータイムの顔色は少し悪い。瞳を閉じて寝息を立てているが、呼吸が荒く少し苦しそうだ。
ぷにぷに、マイルスの指がシャワータイムの胸をまさぐる。

「みっけ」

ぐりぐりと指を強く押して場所を確認する、そして君の目の前でマイルスはその場所に針を刺した。
針はあっという間に胸の奥にずぶずぶと沈んでいく。
心臓の血管に針が入り込むと、マイルスは逆流しないように先ほど取り付けたボトルの栓を開けた。
あっ、と君が思うまもなく透明なチューブを赤い果汁が流れていく。
まるで鮮血のような赤い果汁だが、どうやら輸血用の血液としても使えるようだ。

「これでよし」

失った血の補充はこれでいいらしい。
赤い縞が動脈を表し紫の縞が静脈を表すこのスイカは果汁が血液の代わりになるとても便利な作物である。
しかも食べると美味しい、投げたら武器にもなる、至れり尽くせりな農作物だ。
こんな便利なスイカがあれば、君の世界の輸血不足も解決するかもしれない。

「次はロベルタだけど、んー」

マイルスはそういいながら、すぐそばの階段に視線を向けた。
どうやらロベルタはさらに奥で眠っているらしい。
マイルスが階下に降りようと足を進めようとしたその時、どんがらがっしゃんと何かをひっくり返すような音が室内に響いた。
突然の騒音に身をすくませつつ顔を上げると、すぐ隣のベッドからヴァンデミールが床に転げ落ちていた。

「す……すみません。おかまいなく……」

ベッドに手を伸ばして立ち上がろうとしているが、その腕がプルプルと震えている。
両足もおぼつかない。まるで生まれたての草食動物のようである。
そこへ、マイルスがつかつかとベッドを迂回して歩み寄った。

「安静にしてなよ。あんただってなくした血、ちょっとってわけじゃないんだから」
「そういうわけにもいきません。ロベルタが動けない以上館を護るのは私のお仕事ですから」

きりっとした表情でそう言って、地べたにぺたんと座り込んだままヴァンデミールは枕の下から袋を取り出す。
包装を破くときちんと畳まれた彼女の服がそこにあった。ところが、マイルスがしゅぱっと機敏な動作でその服を奪ってしまった。

「……返してください」
「だめ」

マイルスはまるでバンザイをするかのように服を遠ざける。
ヴァンデミールは両腕をめいっぱい伸ばすが、座り込んだ状態ではマイルスに届かない。

「くしゅん」
「あ」

ヴァンデミールがくしゃみをしたその瞬間、マイルスの動作が一瞬止まる。
治療のためとはいえ、ヴァンデミールの格好はシャツに白のパンツだけだ。少々寒々しい格好である。
さらに言うと、治療を行ったのはマイルス本人である。ただでさえ血を流して体力を消耗しているのに、患者に風邪などひかれたらしたら医者としての矜恃に関わる。
そんな一瞬のマイルスの逡巡の隙に、ヴァンデミールがマイルスに飛びついた。
医者とはいえマイルスも女性だ、ヴァンデミールの不意打ちに対処できずそのまま二人揃って倒れ込んだ。

「きゃぁっ」

意外と可愛い悲鳴を上げてマイルスがヴァンデミールに押し倒される。
ヴァンデミールは、立ち上がることはできなくても、飛びつくくらいならできた。
足の傷がずきんと痛みを訴えていたが、ヴァンデミールは構わなかった。

「ちょ、ま、そんな暴れないで。休んでなよー」
「休みますー、休みますから服返してくださいー」
「だーめー、服返したら出て行くでしょー。ダメったらだーめー」

じたばたじたばた。ヴァンデミールがマイルスを押し倒しているような格好だ。
マイルスに覆い被さり、もぞもぞと床の上で激しくもみ合う。マウントポジションで主導権を取られながらも、マイルスは腕を伸ばして服をヴァンデミールから遠ざける。
ヴァンデミールが手を伸ばす、マイルスは必死に遠ざける。
のしかかってくる身体をマイルスは押しのけることができない。両手がふさがっているというのもあるが、医者故に患者に手荒な手段を取ることをためらっているようだ。
その隙に、ヴァンデミールがマイルスの右手首をとらえた。ヴァンデミールの腕の力と体重とでマイルスは腕を動かせなくなってしまう。
やはり上に乗っている方が主導権を握りやすいようだ。

「てやっ」

ヴァンデミールに服を取られる寸前、マイルスは残った左手の力で服を放り投げた。
だが、床に横たわり腕もヴァンデミールに捕られている格好ではまともに力も入らない。30センチと離れずぽてっと落ちた。

「もうー」

落ちた服を取りに行こうとヴァンデミールは赤ちゃんのようにはいはいで向かった。
腕を解放されたマイルスは、眼前を通過しようとするヴァンデミールに手を伸ばし。ふにゅん。

「ゃんっ」

ヴァンデミールは変な声を出して崩れ落ちた。
マイルスがヴァンデミールのおっぱいを揉んだのだ、しかも両方同時に。

「ちょっと、なにするんですか」

ヴァンデミールの抗議の目がマイルスに突き刺さる。しかしマイルスは面白いものを見つけた子供のような目でさらに腕を伸ばした。
また触られてはたまらないと、ヴァンデミールはとっさに胸を隠し飛び退こうとした。

「あづっ」

両足で立ち上がったそのときズキンと鈍痛が走る。それほど痛いわけではなかったが、足が言うことを聞かない。
バランスを崩し倒れかけたその体を、後ろから抱きついて支えてくれるものがあった。

「ありが……」

抱き留めてくれたことに礼を言おうと振り返ったヴァンデミールの瞳に映ったのは、クリスタルのような白い髪の表情の乏しい美人。
が、くわっと犬歯を光らせて大きく口を開けるところだった。
ヴァンデミールという重石がなくなったことでマイルスは立ち上がりつつ、助手に命令した。

「梔子。やっちゃいなさい」

がぶっ。



ぐったりと力が抜けて、床に座り込んだヴァンデミールの身体を、花実がひょいっと抱き上げた。
そしてそのままベッドに横たわらせてシーツを掛けた、ぽんぽんとかるく叩く。
ヴァンデミールの頬は色っぽく紅潮し、息も荒い。瞳の端にはうっすらと涙も浮かんでいる。
それもそのはず、梔子に首に噛み付かれてしまったのだから。
どうやら杏子には吸血鬼のような能力があるらしい。
吸血鬼とはアレだ、怪異の王とか夜の王とか、アンデットキングとか言われるトップクラス的なモンスターだ。
鏡に映らないとか、流れる水の上を渡れないとか、十字架に弱いとか、ニンニクが嫌いとか。トップクラスのわりには弱点が多いそれである。
人の生き血を求めて彷徨い、主に異性の血を好むとかなんとか。もっとも梔子はヴァンデミールの血を吸ったわけではない、むしろその逆だった。
足下に転がっているボトルが見えるだろうか、先ほどマイルスが梔子に手渡したスイカの果汁だ。
中身は綺麗さっぱりなくなっている、梔子は邪魔そうに足で蹴った。
げふっと梔子がげっぷした。お察しの通り、梔子が全部飲んで、噛み付くことでヴァンデミールに注入したのだ。
その時のヴァンデミールの顔と嬌声は表現しがたいものがあった。実に色っぽくエロチックな光景だった。
吸血鬼に血を吸われる時には、性的な快感を伴うとよく言われるが、ヴァンデミールは身を以て体感したようだ。
ん?ボトルが二つ?
よくよく考えてみると、スイカを輸血用に使うのはともかくとして、シャワータイムとヴァンデミールの分しかない。
なら、一番状態の酷かったロベルタの分が勘定に入っていないことになる。

「うーん……」

君がそのことを聞いてみると、マイルスは困ったように頬を掻いた。

「ロベルタはあそこなんだけれどね」

マイルス下に続く階段を示した。どうやらロベルタは下の部屋にいるらしい。
大丈夫なのかと、君はマイルスに言うと、マイルスは少し歯切れが悪そうにしなから「大丈夫」と答えた。

「……なんだけど、ちょっと……ね」

マイルスに先導されて部屋に入る。中は真っ暗だったが、マイルスが指を鳴らすと天井の照明が明かりを灯した。
中央にあるものは特殊な水溶液で満たされた透明な筒。ロベルタはその中にいた。
部屋は広く、ロベルタの入っているその特殊な機械は他にも三つ、質素なベッドが三つほど存在した。
ちなみに他の機械は空で、ベッドも空である。

「具合はどうかな」

筒の表面をコンコンとノックしながら、ロベルタにそう尋ねた。
すると、ロベルタの口がなにがしらの動きを見せたが、その唇の動きを読み取ることはできなかった。
部屋は広いが、天井はさほど高くはない。
天井から伸びた柱が、ロベルタの納まっている機械と繋がり固定している。
ロベルタはその液体の中に浮いている。全身酷い火傷で、透明なチューブが足下からいくつも伸びて身体に刺さっている。
察しの通り、ロベルタが入っていた容器、及び液体は特殊なものだ。重症患者を放り込むことで、長い時間をかけて身体の欠損部分を修復させる装置だ。
以前までは腕が落ちたり、多数の切り傷を治療するために使われていたが、マイルスが保険医を担うようになってからはさほど使われることはなかった。
だが、今回の件のように何時必要になるかわからなかったから、マイルスはまめに手入れを行っていたようである。
装置の下から伸びるケーブルの先端には、針のような物が付いている。
一番太いところで成人女性の小指ほどの太さがあるから、針と言うには少々太いかもしれない。
装置を起動させ、マナによる操作を行うことで患者の全身に刺さり、釣り上げて固定する。その後液体を注入し、母の羊水に抱かれるが如く休むのだ。
そんな現代医術でもびっくりな性能を持つ装置ではあったが、それでも失った物を作り出す機能はないそうだ。
できることと言ったら、こんがりと焼けたロベルタの全身を少しずつ治療していくことくらいだ。

「とまぁ、ごらんの有様でね。両手両足はないわ、眼球も沸騰して使い物にならないわ、気管も焼けて呼吸もままならないし。肌どころか筋肉も焼けちゃってねぇ……」

落雷、要するに電気による衝撃によってロベルタの全身は内側から灼かれた。それは炎や熱湯による火傷とは比べものにならないほど、被害は大きいのである。
ロベルタが屍鬼としての存在でなければとっくに死んでいる。
そう考えると、シャワータイムをスカーフで守ったティシューはそれなりの功労者と言ってもいいかもしれない。
君は筒に手を置いてロベルタを見上げる。
筒はガラスのようにすべすべで、手を離すと指紋がくっきりと残っていた。
ロベルタは瞳を閉じている。その表情は穏やかな物であったが、穏やかなのは表情だけだ。熱で皮膚は焼かれ、体液が沸騰しあちこちに水疱ができてその美貌が台無しだ。
また、ロベルタは服を着たまま放り込まれていた、脱がせられないのである。焼けた皮膚と服がくっついてしまっているのだ。
前述した針がロベルタの首に左右から二本、×を描くようにして貫通している。頸椎、鎖骨、胸骨、両方の肺、脇腹、臍、丹田、鳩尾、他。針には麻酔効果があり、刺される事による痛みはないらしい。
首から上と、心臓に刺さってないのはおそらくロベルタの核がそこにあるからだろう。

『屍鬼』と呼称されるアンデッドは、屍体に埋め込まれた石を核として活動を続ける種族だ。
その性能は石の質と生み出した術者の能力によってかなり左右され、ロベルタのような理性を持ったものから、骨だけの状態で動くスケルトン、腐った肉たるゾンビやグール、ワイトなども屍鬼の一種だ。
スケルトンなどはそのまま骨を核にして作れるので即席の戦力としては割りとポピュラーだ。
で、ロベルタの質は至高と言うに相応しい、なぜなら男爵が遙か東方の地で手に入れた希少金属の塊をなんと二つも使用しているからだ。
その金属の名はヒヒイロカネ。金よりも軽量で金剛石よりも硬く、永久不変で絶対に錆びない性質を持つ。
常温での驚異的な熱伝導性を持ち、ヒヒイロカネで作られた茶釜で湯を沸かすには木の葉数枚の燃料で十分だった、と伝えられている。
それ故にロベルタ・ヒーヒロ・ディアマンテという名前を与えられているのだ。
だがまぁ、その性能がどうやら今回の件ではマイナスに働いてしまったようだ。
ロベルタの核は、そのよすぎる熱伝導性によって身体を内側から灼いてしまったのだ。核は無傷だが、それを包む肉体の損傷が激しいのだ。
君はマイルスを振り返る。ぱちっと目が合った。ヴァンデミールみたいに治せないの? と君は尋ねた。マイルスは首を振った。

「腕や脚の損傷がさほどでもなければ繋ぎ直すことは難しくはないんだけれど。ロベルタの場合は両手両足がないからね」

ないものはどうしようもないらしい。
だが、街に素材の確保に行ったはずだ。死体から部品を調達して使用すればすぐ直せるというわけではないのか。

「いやぁ……その件なんだけど、ちょっと男爵に報告しなきゃならないんだよね」

報告?一体何を?
マイルスがそれを言おうとしたとき、館に来客を告げる鐘が鳴った。



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最終更新:2016年01月04日 00:37