「子ども時代」を守ることから始まる人間の安全保障 その5: 質疑応答

<会場より質問>
 本日は、貴重なお話をありがとうございました。私、ババと申します。質問なんですけれども。2点ありまして、1点目につきましては、コミュニティと子どもの関係です。実は私、昨日、筑波にある児童養護施設に、ちょっと個人的に取り組んでいるプロジェクトで、メンバーと一緒に視察に行ってきたんです。そこに、ちょっとお邪魔させていただいて、子どもたちと、あと施設の人たちと話をしていたなかで、虐待、日本でいうと、子どもが虐待を受けてしまうという子が70%いるということで、なぜだろうということを、みんなで結構昨日考えていました。その一つの要因として、コミュニティの希薄化。日本でいうと核家族になってしまって、割と子育て環境が、もう本当に誰の支援も得られないっていうような状況が、子どもの虐待につながっているのではないかというような話がありまして。
 一つ、疑問に思っているのは、日本って決して貧しい国ではないですし、逆に豊かと言われているなかで、コミュニティの希薄化が起きてそういうことになっているならば、じゃあ、スラムと呼ばれる貧しい国において、それであれば、必ずしも「貧しい=コミュニティの希薄化が起きる」ということでもなく、そのコミュニティと子どもの関係はどうなんだろうと、非常に疑問に思っています。いろんなパターンがあるかもしれないんですけれども、ご経験のなかで一つコミュニティと子どもの関係というところで教えていただきたいのが1点です。
 2点目なんですけども、まさに豊かさという概念のなかで、ブータンの公共哲学の考え方が面白いなと思って、最近私、見ているんですけど、ああいった考え方と先生がおっしゃっているシュタイナー教育の成果を教えていただきたいんですけど、似ているところとか、もうちょっと詳しく、いいところが、どう落ちないか、どう維持するかというところを、もうちょっと具体的に教えていただければと思います。

<小貫>
 コミュニティが昔は良かったというのは、たぶん夢物語だと思うんです。「貧しい人たちのコミュニティは素晴らしい」なんていうもんじゃない。昔のコミュニティは、みんな良かったかって言うと、そういうことではないと思うんです。コミュニティは重要です。しかし、コミュニティは、努力してなきゃ良くならないんです。また、社会が豊かになると、自然にコミュニティが無くなってしまうわけでもない。努力の問題だと思います。
 貧しい人たちのコミュニティには、貧しさ特有の問題点が山ほどあります。都市の貧困コミュニティは、国内移民がバーッと出てきて、雑居してるところなので、コミュニティのつながりなんていうのは無くて、無いところから始まる。
 貧しい人たち同士だから助け合わなきゃいけないんだ。助け合うだろう。そんな自然に起こるようなことではないんです。それを、良いかたちにつくり上げていくためには、努力が必要です。でも、コミュニティがなかったら、先ほど写真をお見せしたような子どもは育たない。彼はコミュニティが育てた少年です。
 ちょっとその子の話をするならば、とても貧しい家庭の子どもでした。お父さんがいないのでお母さんが1日中働きに出ていて、脳性まひのお姉ちゃんがいて、そのお姉ちゃんを下の娘が1日中面倒を見ていて…。男の子はそういうおうちが嫌で、朝早く起きると、もうご飯食べないで、ろくなご飯もないし、家を出ちゃって、ボランティアの人たちにまとわりついて、保育園とか学校で1日中、夜遅くまで人の背中によじ登ってきて過ごしていた少年です。いつも鼻水垂らしていて。彼が育つって私は思っていなかった、本当はね、育たないかもしれないと私は思っていました。
 それが、10何年たって再び彼をみかけたら、立派な青年に成長していた。ぼくよりも背の高い青年に。それは、本当に見事なコミュニティがあったからのことです。でもそのコミュニティというのは、自然に存在するコミュニティじゃないんです。目的を持って、善意の目的を持って作られたコミュニティの活動が、人々をそういう方向に、努力してまとめ上げている。常に、たゆまぬ努力なんです。延々と続く努力なんです。こういう活動をされた、最初に始めた方、ウテさんという、ドイツ人のシュタイナー学校の先生だった人ですけど、いま74歳かな、の女性ですけれど、その活動を始めた素晴らしい人がいます。本当に人間としてこれほど素晴らしい人に私は出会ったことがないし、ものすごく精力的で。そんなすごい人が、その一生を捧げて、一生かけて、8千人ぐらいのコミュニティにそれだけの貢献ができるんです。サンパウロに住んでいる人が一体何人いて、そのサンパウロ全部のコミュニティが素晴らしい活動を持つためには、一体どれだけの人の努力が、延々と必要とされるのかということをいつも考えさせられます。
 あと、家庭の在り方というのがとても重要だと思います。各家庭で子どもを愛せるような環境をつくらなきゃいけない。その環境が奪われるときの一つの要因は、貧困ですね。さっきの言い方で言うと、ルシファーの世界。貧困で、お母さんがどうにも立ち行かない。子どものことなんかかまってる時間も暇もエネルギーも無いお母さんがいるわけです。だけど、そういう厳しい貧困から解放されていったときに、すとんと反対側に落っこちちゃうことも、豊かな社会で起こるということを、われわれはよく知っているわけです。
 帝王切開の話をするならば、人間だから帝王切開でも赤ちゃんを育てることができる。人間だから生まれてきた赤ちゃんを、この赤ちゃんは大切な赤ちゃんだ、私の赤ちゃんだと思って育てることができるけれど、サルだったら、帝王切開で生まれた赤ちゃんを育てることはできないです。だって、自然に産むときに起こるすべての出来事が起こらない。家畜も帝王切開することがあるけれど、それを育てられるようにするには、必ずブリーダーのサポートが必要なのだそうです。人間は赤ちゃんを帝王切開でも育てることができる。素晴らしい生物なんですね、われわれは。
 だけど、それは一人一人のお母さんにできることであっても、一つの社会がみんな帝王切開で赤ちゃんを産む社会になったとき、社会全体の赤ちゃんを受け入れる力というのは減るわけです。減る。それは、母乳育児が減っていることについてもそうだし、さまざまな場面でいっぱいそういうことが起きています。生物として無条件に持っている、子どもを愛するために役に立ついろんな仕組みというのが、帝王切開だったり人口乳であったり、いろんなことで代替されていって、奪われてしまっている社会でもあると思います。
 学生たちにキスの授業をすると言いましたが、それは、自分のなかでは実はすごく哲学的な行為なのです。この日本社会が今後いい社会、おもしろい社会になるためには、人と人が肌と肌を触れ合うことが増えることが大切だと信じているわけです。
 最近、科学の世界で新しい重要な発見がありました。オキシトシンという、お産と、母乳育児と、そして人と人が肌を触れ合うときに出るホルモンがあります。そのホルモンが、実は人が人を信頼するために重要な役割を果たすことがわかってきているのです。ほっぺたにキスということを習慣として、毎日毎日出会う人すべてとほっぺたのキスをしてオキシトシンをせっせと生産している社会と、出会った人と目を伏せて挨拶をする社会がある。一瞬目を伏せることがいけないというわけじゃないけど、それでそのまま通り過ぎてしまったら、全然誰とも何も接点のないまま1日が過ぎてしまうかもしれない。
 大学で学生にキスを教えながら、あの子たちがお父さんや、お母さんとほっぺたにキスするようになったらいいなあという、目標があるわけです。この間、ブラジルにボランティアに行った学生たちが、飛行機に乗る日に、お父さんに初めてキスしたとかって誇らしげに電話してきました。お父さんとキスしない社会、残念と思いませんか。僕は、自分がお父さんですから、そんな社会で生きていたくないです。お父さんが、みんなキスされてなきゃいけないですよ。いい社会ができるためには。
 僕は、性教育の専門家だからそういうことに関心があって、そういうことを自分の仕事にしてきました。もちろん、人間はみんな理想的な条件が整って生きるわけではないですよね。人間は、必ずどこかに条件が悪かったところが、人生のなかにあるわけです。必ずあるんです。条件が100%じゃなきゃ人間は人間らしくなれなかったら、人間は人間じゃない。人間が人間らしいというのは、条件が整ってないときにもそれを乗り越えられるから、だから人間が人間らしいのです。コミュニティの活動というのは、そういうことを努力することなんです。
 条件の悪い人生を生きている人たちにサポートする。それは時間がかかる行為です。20年経ってこれだけ。30年経ってこれだけという行為です。それをやっているのが「モンチアズール」という活動。私はせっかちなので、赤ちゃんや子どものことをサポートすることに魅力を感じてきました。だって、赤ちゃんへのサポートは、3カ月間一生懸命やればすごく違う、子どもへのサポートを3年もやればすごいインパクトがある。6年かければまたすごい。20年もすれば、子どもはもう自立します。早いでしょ? 一番効果が高いのが、子ども時代を改善するという行為なんです。それなのに、なんで放ったらかしにするんだろう。延々と、次から次に良くないものがリプリントされるままにしてしまうのかなというのが、私の関心です。
 2番目の質問は何でしたっけ。

<会場>
 はい。豊かさの概念、ハッピーの概念を。ちょっといま、ブータンの公共の哲学の考え方に興味を持っていまして、先生のお話のなかで、シュタイナー教育というところの考えが、ブータンの豊かさの概念につながらないかなということを考えています。

<小貫>
 たぶん、シュタイナーというのは、私にとってインスピレーションの素ではありますけれど、処方箋を書いてくれる人ではなくて、いつも自分で努力しなきゃいけないこと、いつもその場で自分なりの判断をしなきゃいけないことは、何も変わらないです。匂いのようなものに反応して、どっちが正しいことなのかな、どっちのほうが大切なことなのかなと、いつも考えていなきゃいけないんです。
 そういう意味で、私としては、処方箋なんてないと思うし、あるいは、失礼かもしれないけど、ブータンという社会が理想的だから、学べるものが簡単にそこから抽出できるかというと、そうじゃないんじゃないかなという気持ちです。それよりも、ノウハウとしてのものじゃなくて、自分の視野を広げたりビジョンを持つために、いろんな哲学というのはあるのではないかなという気がします。

<会場>
 この「モンチアズール」で、幸せな子ども時代を過ごした人たち、子どもたちが20年経って、何かほかのファベーラと違うことがあるのかを伺いたいです。人生に対する満足度って、もともとブラジルの人はみんな高いと聞いているんですけれど、何か人生に対する取り組みとか、姿勢が違うものかどうか、何をもって、「幸せな子ども時代を過ごしたらこんなにいいね」と言えるのかということを教えていただきたいです。
 あと、密閉された町じゃないでしょうから、さっきおっしゃった麻薬みたいに社会全体に影響を受けるとすれば、どのぐらい幸せな子ども時代を過ごしたことが、大人になってからのいろんな免疫になるのかということを、何かあれば教えてください。

<小貫>
 ブラジルの、すごく格差の大きいあの国のなかで、田舎の何も条件の整っていないところで暮らしていて、そのままそこを出るチャンスがなかった場合、貧しさから脱するのはとても難しいことだと思うんです。それだからこそ、みんな家財をなげうって、家族の何人かが途中で死ぬような旅をして、都会に出てくるわけです。そこで、自分の人生をかけて築くのがファベーラという街なんです。
 ただ、そこで出会った新しい生活というのは、ファベーラの女性が「あれだけかけて旅をしてきたのに、この豚小屋みたいなところで暮らすのかと思って、その晩はワンワン泣いた」って言いましたが、そういうものです。何にも温かく迎えてくれるものはないんです、都市というのは。貧しい人たちの労働が前提になって成立している街でありながら、彼らを手厚く受け入れることはしない。無料の学校があっても質は低いし、ちょっと出遅れると満員になって入れなかったりする学校だったりします。ブラジルでは公立の病院はタダなんですけど、その病院に行っても延々と待たされて、待ってるあいだに死んでしまうということが起る病院であったりするわけです。暖かく迎えられているという感じがしない。大変なところに来てしまったな、と思わされるということなのです。
 だから、コミュニティが大切なわけです。自分たちを守る、自分たちの生活が成立するように力をあわせて努力することに大きな意味があるわけです。コミュニティの提供するいいサービスを活用したファミリーでは、子ども世代が本当に親よりも高い教育を受けていくんです。その様はとても印象的です。
 お父さん、お母さんとも文字の読み書きができない家族が子ども連れで都会に出てきて、しかし10歳で連れてきた子どもは高校には行かない。だけど、都会で生まれた子どもたちは高校に行くわけです。なかには大学に入るものもいる。ブラジルは、公立の大学はタダです。そして、大企業にも勤めるようになっていく。
 ただ、そういうコミュニティの機能を全然活用しないファミリーもあるんですよ。いっぱいあるんです。モンチアズールの学童保育活動で、今度遠足に行くってことになると、お父さんが「行っちゃいけない」と言う。子どもがワンワン泣いているのに、駄目って言う。なんで駄目か、駄目と言ったら駄目だの一点張り。子どもが演劇がすごく上手で、好きでやってるのに、「やっちゃいけない」って言うわけです。保育園があるのに、保育園に預けない。なぜか、そういうファミリーが必ず存在して、そういう家族の状況はいつまでも良くならない。

<司会>
 まだ議論があるだろうとは思いますが、お約束の時間でございますので、これで閉会とさせていただきたいと思います。今日は、「『子ども時代』を守ることから始まる人間の安全保障:ブラジルのスラム・コミュニティ『モンチアズール』の試み」ということで、東海大学准教授で、HANDSテクニカル・アドバイザーの小貫大輔さんにお話をいただきました。小貫さん、どうもありがとうございました。

(終了)

最終更新:2010年05月25日 19:25
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