「人間は使い捨ての道具じゃない。もう派遣はごめんだ」。雇い止めに遭った2009年3月、小松市内の男性(35)は固く誓った。
派遣歴7年。07年末からは小松市の大手建設機械メーカーで部品選別をこなした。仕事は正社員と同じなのに給料は7~8万円低い。それでも黙々と働き続けたが、08年のリーマンショックの余波であっさりと“クビ”になった。
定職を求めハローワーク通いを続けたが、運転免許がないことが災いして、1年以上たっても職は見つからない。失業給付金は使い果たし、週1回の警備員のアルバイトで食いつなぐ日々。全財産は6万円を切り、先月、社会福祉協議会から10万円の貸し付けを受けたばかりだ。「もう、派遣でも何でもいい。とにかく仕事が欲しい」。男性の心は折れかけている。
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世界的不況後の「派遣切り」で失業者が急増したことを受け、民主党政権が進めている派遣の規制強化が波紋を呼んでいる。
派遣労働者は、1986年の労働者派遣法施行で生まれ、04年、経済界の要望を受けた小泉政権が製造業への派遣を解禁して急増した。08年度には399万人に達し、派遣は多様な働き方の象徴として市民権を得るかに見えた。
だが、前日まで仕事の有無がわからない日雇い派遣は「ワーキングプアの温床」とされ、二重派遣による企業のマージン搾取も発覚。自公政権が、日雇い派遣禁止を柱とする法改正案を提案し、規制強化論議に火が付いた。
政府・民主党案は、派遣会社の社員として、派遣先がなくても給与が保障される「常用型」を基本とし、製造業への派遣や日雇い派遣は原則禁止。仕事がある時だけ雇用契約を結ぶ「登録型」も、通訳など専門業務を除き禁止するとした。
しかし、働き口を奪われた派遣社員が正社員になれる保証はなく、厚生労働省は、法改正で44万人が職を失うと試算。皮肉にも、派遣労働者の失業不安は増大している。
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製造業へ派遣できなくなると、企業は受注に応じた雇用調整が難しくなる。労働者の20%超を派遣社員が占める白山市の大手電子部品メーカーでは法改正を見越して、契約期間を定めて直接雇用する「期間工」の採用に乗り出した。不安定な立場に変わりはないが、規制対象ではない。大手製造会社の人事担当は「結局、派遣が期間工に変わるだけ。非正規雇用者の労働環境は改善されない」と見る。
派遣頼みだった中小企業は対応に窮している。南加賀地区の土木会社の元社長(39)は「ノウハウもなく、ハローワークで募集しても人は集まらない。採用や育成のコストも高くつく」とぼやく。
しかし、この元社長も派遣規制の実効性は薄いとみる。建設業界ではこれまでも、仕事が減ると社員をほかの会社に派遣する「違法派遣」が横行していた。「法改正でモグリの派遣はなくならない」と予測する。
かつて、直接雇用が原則だった日本の労働システムは、「派遣」という甘い蜜を乱用したことで、虫歯のように溶けていった。再生への道筋は見えていない。
(2010年7月3日 読売新聞)
(2010年7月3日 読売新聞)
ソース:YOMIURI ONLINE http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/ishikawa/news/20100703-OYT8T00002.htm