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二章 合同作戦 1話~5話

第1話
+ ...
翌日、各々の開始地点で儀式の
開始を待つ継承候補者達。

雑賀衆もまた、真理亜、桜らに
同行するため隊を二つに分けて
待機しているのだった。

雑賀孫市
ふーん、俺達の隊は坦中と発中、
それに蛍と小雀ねえ。

雑賀衆 蛍
孫六様の隊は無二、下針と、
菊花、大騎の両名ですね。

雑賀孫市
お前はどう見る? 蛍よ。

雑賀衆 蛍
そうですね……

雑賀衆 蛍
近接戦闘に得手のある小雀と
下針は分散させて然るべきでしょう。

雑賀衆 蛍
逆に、普段から組む機会の多い
坦中と発中、菊花と大騎を固めつつ……

雑賀衆 蛍
後は、孫市様と孫六様の適正を
踏まえれば、無二と私の扱いに
関しても妥当と考えます。

雑賀孫市
よし、満点だ。

雑賀孫市
だがまあ、無二じゃなく蛍が
こっちに寄こされた理由を考えると、
肩身が狭くなるんだがな。

???
だって無二と孫市様って、
近接戦闘はからっきしだもんね。

雑賀衆 小雀。
雑賀衆に所属する異名持ちの一人、
二丁一組の短銃と武道を組み合わせた、
独特な戦い方を得意としている。

雑賀衆 小雀
向こうは孫六様が居るから
いいけど、こっちは孫市様が居るから
その分、蛍にも頑張ってもらわないとね。

雑賀衆 蛍
孫市様をお荷物扱いするのは
止めるんだ蛍。

雑賀衆 蛍
事実がそうであれ、至らない
部分があれば、それは仲間が
補えばいい。

雑賀衆 蛍
孫市様が役立たずでも、私が
二人分の働きを見せれば済むこと、
これはそのための特殊兵装だ。

雑賀衆 蛍
そうでしょう孫市さ……

雑賀衆 蛍
ん? どうかされましたか、
そんな所でうずくまって。

???
あっはっはっ!上司を
正論で殴る部下だなんて、
こりゃ面白い見世物だね!

雑賀衆 坦中。
雑賀衆に所属する異名持ちの一人、
同じく異名持ちの発中とは同郷の仲。

雑賀衆 発中
ちょ、ちょっと坦中やめなよ。

雑賀衆 発中
何の事か分かって無い蛍さんも
含めてかなり面白いけど、
そんなこと言っちゃ孫市様が可哀想だよ。

雑賀孫市
ぐはああぅっ!

雑賀衆 小雀
そういうアンタも大概だけどね……

退魔師 桜
はいはい、そんなところで
弱い者いじめしてないで、
雑賀衆の人たち、注目!

装備の確認を済ませた桜が、
少し遅れて雑賀衆に合流する。

退魔師 桜
あなた達の訓練役を務める桜よ。
仙狐のお城であった人もいるけど、
今日からよろしくね。

雑賀衆 蛍
了解です桜様、此度はご指導の程、
よろしくお願いいたします。

退魔師 桜
別に呼び捨てでいいわよ。
私って真理亜と違って
堅苦しいのが苦手だから。

雑賀衆 蛍
とは言いましても、この作戦行動に
おいては貴女が上官だと
聞いておりますので……

雑賀衆 坦中
まあ、そいつは年中そんな感じ
だから気にするなよ。
んじゃ桜、道中はよろしく頼むわ。

雑賀衆 発中
桜さんよろしくね! 私も今回は
色々と学ばせてもらうつもりだから。

退魔師 桜
うん、私って人に教えるの下手だから
あんまり期待されても困るけどね。

雑賀孫市
俺達も戦いに関しちゃあ専門家だ、
その辺は横から見て盗むから気にするな。

雑賀衆 小雀
あ、復活した。

雑賀孫市
やかましいわ!
んじゃお前ら、さっそくだが弾を寄越せ。

雑賀衆 坦中
弾って……全部?

雑賀孫市
そうだ。

雑賀衆 蛍
予備も含めてですか?

雑賀孫市
ああそうだ、弾は全て桜に
預ける。

雑賀衆 発中
そんなことしたら……
私たち戦えなくないですか?

雑賀孫市
俺も正気の沙汰とは思えんが、
孫六に押し切られちまったからな。

退魔師 桜
弾が尽きて補給も見込めない、
そんな極限状態を想定するんだっけ?

雑賀孫市
おうよ。正直な話そんな状況に
なればもう詰みなんだが……

雑賀孫市
真の傭兵たるもの、その先を
生きぬく術も身に付ける必要があるからな!

雑賀衆 蛍
孫市様の仰ることは理解しました。

雑賀衆 蛍
ですが、銃を扱えないとなると、
私と小雀以外の人員は交戦手段が
無いのでは?

雑賀孫市
という訳でこいつを支給する、
どうせお前達は持ち歩いてない
だろうからな。

孫市が足元の荷を解くと、
全く同じ意匠の蛮刀が何本も
転がり出てきた。

雑賀衆 坦中
んげ……それは。

雑賀衆 発中
携行が義務付けられながら、
誰一人としてそれを守らない……

雑賀衆 蛍
重い、大きい、切れないの
三重苦を背負う……

雑賀衆 小雀
藪払いにしか使い道が無い、
あの伝説の……

雑賀孫市
あー、散々な言われようだが、
そうだ、雑賀衆正式採用蛮刀だ。

雑賀孫市
弾が無くても戦える蛍と小雀以外は、
こいつを相棒にしてもらう、
無論、俺もだがな。

雑賀衆 発中
えええ! 無理です無理です!
こんなのじゃ、猪にすら
勝てませんよ!?

雑賀衆 坦中
棒きれに毛が生えたような
得物でやり合うのは無理だね、
私は待遇の改善を要求するよ。

孫市の発表に雑賀衆の面々が
不満を漏らすなか、桜は転がっていた
蛮刀の一本を手に取った。

熟練の目利きのような手付きで
それを検め、一振り、二振りと
振るってもみる。

退魔師 桜
……ふーん、
言うほど悪くないよ、これ。

雑賀衆 発中
え? そうなんですか?

退魔師 桜
うん。雑に扱っても重心がブレにくいし、
ここの持ち手、無駄な力を逃がせるような
工夫がしてあるね。

退魔師 桜
あと、切れ味に頼る造りでもないから、
整備が楽なのも加点だね……

退魔師 桜
扱いやすさに特化させると、
多分こんな形に近づいていくんだと
思うよ、正直感心した。

雑賀孫市
まあな。
正式採用の名は伊達じゃないって
ことよ。

雑賀衆 坦中
やれやれ、専門家のお墨付きが
出たなら、従うとしますかね。

雑賀衆 小雀
ま、道中は私と蛍が前に出るしね。
討ち漏らしの相手するくらいだから、
以外と何とかなるかも。

雑賀孫市
よし、おのおの合点が行ったところで
そろそろ始まりそうか?

退魔師 桜
うん、始まったら合図の狼煙が上がるから、
それを確認しだい出発だね。

雑賀孫市
普段と毛色が違った任務ではあるが、
こいつも立派なお仕事だ。

雑賀孫市
雑賀衆の名に恥じぬ働きを
期待してるぜ、お前ら!

第2話
+ ...
雑賀孫六
そっちに行ったわよ無二!

雑賀衆 無二
了解だ……あらよっとぉ。
次はてめえだ、やっちまえ大騎!

雑賀衆 大騎
行きます!
でりゃああぁっ!

継承の儀が始まり、
修錬場を進む孫六の隊。

廃村に辿り着いた彼女らは
魔獣の群れと交戦するが、
その戦いも終わりを迎えようとしていた。

雑賀孫六
こっちは片付いたか……
菊華達の方も落ち着きそうね。

退魔師 真理亜
今です、トドメを。

???
とと……えいやっ!

退魔師 真理亜
お見事です菊華さん、
かなり動きが洗練されてきましたね。

雑賀狐 菊花。
仙狐族の生まれながら、雑賀衆に身を置く妖魔。
とある事情から妖術に深い恨みを抱いている。

雑賀狐 菊花
真理亜がしっかり弱らせてくれてるからね。
おかげ様で私みたいなのでも、
そこそこやれてはいるよ。

退魔師 真理亜
そうですか? 目立っておかしな動きは
見受けられませんが。

雑賀狐 菊花
鉄砲撃ちと言っても、
基礎的な訓練は受けてるからね。

雑賀狐 菊花
近接戦闘は実践の場が無かったから、
経験が全然足りないんだけどね……っと!

雑賀狐 菊花
へへ、馬鹿にしてたこの蛮刀も
案外悪くないじゃない。

退魔師 真理亜
こちらも片付きましたし、
下針さんが戻り次第、休憩
としましょうか。

雑賀孫六
そうね……慣れない戦闘は疲労が
蓄積しやすいし、それが懸命ね。

雑賀衆 無二
お、噂をすれば何とやらだ。

雑賀衆 無二
おーい下針、そっちの首尾はどうだ?

???
綺麗さっぱりと始末してきたよ。

雑賀衆 下針。
傭兵集団雑賀衆に所属する異名持ちの一人、
一対多の戦闘に特化した、特殊な銃技を使う。

雑賀衆 下針
ま、アタシ相手に数で挑んだ次点で
連中の末路は決まってたんだけどね。

雑賀孫六
お疲れ様下針、辺りの掃討も終わったし、
いったん休憩にするわよ。

雑賀衆 下針
アタシは遠慮しとくよ。
体があったまって来たと思いきや、
急に打ち止めでさ……

雑賀衆 下針
全然やりたいないから、
周囲の偵察兼ねて、
もうひと暴れしてくるさ。

雑賀孫六
そっか、貴女なら遅れは
取らないだろうし……
お願いね。

雑賀衆 下針
んじゃ失礼するよ、
いやあ、今日は実に良い日だね!

雑賀衆 無二
あいつ、水を得た魚みたいに
なってやがんな。

雑賀衆 大騎
下針さんは俺達と違って、
距離を詰められてからが
本領発揮ですからね。

雑賀衆 大騎
それに加え、敵に囲まれれば
囲まれるほど強くなるなんて、
俺も見習いたいです。

雑賀衆 無二
いやいい、これ以上訳の分らん
戦い方する奴が増えたら、組まされる
方は大変だからな……

更なる獲物を求め立ち去った下針を
見送った一行は、思い思いの場所で
休憩している。

少し離れた場所に腰かける
魔理亜の元に、孫六が訪れた。

雑賀孫六
こんな規模の修錬場を用意できるなんて、
退魔師は相当繁盛してるみたいね?
私達もあやかりたいものだわ。

退魔師 真理亜
確かにここの修錬場は立派ですが、
常闇王の口利きあってこそですね。

退魔師 真理亜
我々は食べるに困らない程度の稼ぎが
あればそれで由としています。

退魔師 真理亜
孫六さんが考えるような、
華やかな世界とは無縁かと。

雑賀孫六
そう言えば、鈴門家は常闇王と
繋がりがあったんだっけ?

雑賀孫六
前にお城でエリカと話した時に、
そんな話題が出てきたような……

退魔師 真理亜
はい。鈴門の祖先には伝説的な
方がいるのですが、その方が常闇王と
婚姻を結ばれてしまいまして……

退魔師 真理亜
以後、我ら鈴門と常闇王の間には
奇妙な縁が結ばれ、今日に至るのです。

雑賀孫六
それはまたとんでもないご先祖様ね、
倒すべき相手と結ばれちゃうなんて。

退魔師 真理亜
はい。それに……
桜には笑われてしまったのですが。

退魔師 真理亜
立場や種族の壁を越え、
結ばれるに至った二人の事を
考えると、その……

退魔師 真理亜
素敵だなと。考えてしまうのです。

雑賀孫六
そうね……

雑賀孫六
きっと、あらゆる物を天秤に
かけた上で、二人の想いを
優先した結果じゃない?

雑賀孫六
それを素敵だと考える事って、
全然おかしくないし、
私もそう思うわよ?

退魔師 真理亜
………!

退魔師 真理亜
初めてです、そんな事を
言っていただけたのは。

退魔師 真理亜
孫六さんはお優しい方なのですね。

雑賀孫六
別に優しくもないし、
さっきの話みたいな考え方も
至って普通の話よ。

退魔師 真理亜
普通……ですか?

雑賀孫六
そうそう、全然普通の話ね。

雑賀孫六
ただまあ……私達って傭兵だの
退魔師だの、命のやり取りを商売に
してるじゃない?

雑賀孫六
特別な環境に身を置く以上、
「普通」を持ち合わせてない
変わり者の方が多くなるのかもね。

雑賀孫六
っと、別に桜さんの事を
変わり者だと責めたてる気は
ないからね?

退魔師 真理亜
お気遣いありがとうございます。

退魔師 真理亜
今日のお話で見識を深めることが
出来た気がします。

雑賀孫六
でもこれでようやく納得できたわ、
王に渡りがつけられるなら、妖魔の縄張りに
里や修錬場を用意するのも可能か……

雑賀孫六
でも、小さな国なら丸ごと
入りそうなくらいの規模なのは、
常識外れだけどね。

退魔師 真理亜
祖先が歩んできた足跡を再現するには、
相応の規模が必要ですからね。

雑賀孫六
ええ、確か……

雑賀孫六
儀式は過去の退魔師による、
討滅の足跡をなぞる形で進行する。
だったっけ?

退魔師 真理亜
はい、聖鞭の最初の所有者……
と言うより、彼の方が用いていた鞭が
聖鞭と呼ばれ、継承されているのですが。

退魔師 真理亜
彼の方が歩んだ旅の道程、目的地に
至るまでを再現したのがこの修錬場です。

退魔師 真理亜
そのため、孫六さんが仰るように、
広大な規模となってしまうのは避けられません。

雑賀孫六
率直な疑問だから、
気を悪くしてほしくないのだけど……

退魔師 真理亜
なんでしょう?

雑賀孫六
ここまで大がかりな事を
やる必要ってあるのかな?って。

雑賀孫六
鈴門の聖鞭と言えば、門外漢の
私ですら聞いたことがある凄い武器
なのは分かるけどね。

雑賀孫六
それでもその、こんな常軌を
逸したような修錬場を用意してまで
やる話なの?と思っちゃって。

退魔師 真理亜
儀式がこのような形式をとるのは、
近年になってからですね。

雑賀孫六
あら?そうなんだ。

退魔師 真理亜
昔は、継承者に聖鞭を授与するだけの
簡素な内容であったと聞いています。

退魔師 真理亜
しかしながら、聖鞭が単なる武器ではなく、
権力にも影響を及ぼすような存在になって
以後。

退魔師 真理亜
退魔師達の間で協議が行われ、
現在の形に落ち着いたとされています。

雑賀孫六
権力争いの道具にもなっちゃったと。

退魔師 真理亜
今となっては、退魔師も一枚岩では
ないのです。
お恥ずかしい話ですが。

雑賀孫六
と、話しこんじゃったけど
そろそろ出発しようか?

退魔師 真理亜
はい、頃合いかと思います。

雑賀孫市
兄さん達も順調だといいのだけど……

退魔師 真理亜
桜は当代でも指折りの実力者です、
それは間違いありません。

退魔師 真理亜
ですが、他者に教えを授けるとなると、
不安が残るのが正直なところです。
第3話
+ ...
雑賀衆 蛍
第三波が接近、
急ぎ態勢を整えましょう。

雑賀孫市
だそうだ作戦担当、次はどう動く?

雑賀衆 発中
ひっきりなしに凄い数が迫って来て、
作戦も何もないですよ!?

雑賀衆 発中
こんなの単なる消耗戦じゃないですかぁ!

雑賀孫市
そこを何とか頼むぜ、このままじゃ
戦力強化どころか全滅だ。

雑賀衆 坦中
私の勘が告げてるね……
いい加減マジでヤバいと。

雑賀衆 小雀
ちょっと!坦中が言うと洒落に
ならないからやめてくれない?

雑賀衆 発中
えっと、えっと……

雑賀衆 発中
蛍さんの特殊兵装は威力が高いから
大物を相手に、隙は私が補って……

雑賀衆 発中
小雀さんは機動力を活かすために、
遊撃要員として動いてもらって……

雑賀孫市
(やれやれ桜め、
雑賀衆の実力を買ってるの嬉しいが、
放任主義が過ぎやしねえか?)



退魔師 桜
儀式開始の狼煙が上がったわね、
こっちも出発しよっか。

雑賀孫市
おう、よろしく頼むぜ。

雑賀衆 坦中
修錬場に放たれた魔獣を相手しつつ、
地図を頼りに目的地を目指すと……

雑賀衆 坦中
ま、普段の任務と比べたら楽な方
なんじゃない? 魔獣とやらの手ごわさ
にもよるけどさ。

雑賀孫市
あくまで訓練目的で用意されてんだ、
そこまで危険な奴はいねえだろうよ。

退魔師 桜
別にそんなことはないよ?

雑賀孫市
えっ……

退魔師 桜
前に真理亜が説明したじゃない、
忘れちゃった?

雑賀孫市
真理亜の説明ってえと……

雑賀孫市
「過去の退魔師による討滅の足跡を
なぞる形で進行する」だったか?

退魔師 桜
そうそう、平たく言うとこの修錬場には
私達の大先輩が進んだ道と、戦った敵が
再現されているの。

退魔師 桜
出てくる敵の質は数段下がるけど、
それでも駆け出しの退魔師とかなら
手も足も出ないかな?

雑賀孫市
ほ、ほう……
そいつは物騒なこって。

雑賀孫市
でもこっちには歴戦の退魔師が居るんだ!
別に何が出てこようが問題無いよな。

雑賀孫市
問題無い……よな?

退魔師 桜
え、歴戦の退魔師って私のこと?

雑賀孫市
おう、頼りにしてるぜ!

退魔師 桜
歴戦なのは認めるけど、
そんなに頼られても困っちゃうなぁ。

雑賀孫市
へ?

退魔師 桜
だって、雑賀衆の人達は修行目的で
来てるんでしょ?だったら、
私は獲物の横取りなんて出来ないじゃん。

雑賀孫市
へ? ええ?

退魔師 桜
それに、城には一番乗りするつもりだから、
道中は地図なんて無視して全力で行くよ?

退魔師 桜
だからここから先は別行動だね。

退魔師 桜
大丈夫、ある程度は間引きながら
進むし、厄介そうなのも弱らせてはおくから。

雑賀孫市
ええええ!?

退魔師 桜
もう、仕方ないなぁ。

退魔師 桜
じゃあ中間の、地図で言うと……
この辺りかな。

退魔師 桜
私はこの辺で待ってるから、
一回ここで落ち合おうか、
よし、そうしよう。

退魔師 桜
じゃあ、私はもう行くから。

雑賀孫市
いやちょっ、待って……

言いたい事を言いたいだけ告げた
桜は、孫市の様子も意に介さず、
その場で大きく跳躍する。

そして手頃な木に飛び移ると、
地図に記された道を完全に無視し、
城のある方角に向け一直線に進んでいった。

雑賀衆 坦中
へえ……あんな木から木に飛び移って、
退魔師ってのは随分身軽なんだね。

雑賀衆 発中
えと、私達の頼みの綱でしたよね?
桜さんって。

雑賀孫市
ああ、近接戦闘に不慣れな俺達を
導く最重要人物だな。

雑賀衆 発中
でも、もう姿も形も見えないですよね?

雑賀孫市
ああ、真理亜と比べて癖の強い
お嬢ちゃんではあったが、
まさかここまでとはな……

雑賀衆 蛍
とは言え、今更引き返す訳にも
いかないでしょう。

雑賀衆 蛍
我々は地図を頼りに進む事と
なりますが、参りましょう、
孫市様。

雑賀孫市
まあな……ったく、
そうそう楽はさせちゃくれねえか。



雑賀孫市
(道中の敵を間引くとは言ってたが、
このふざけた数を相手にしてると、
それも疑わしく思えてくるぜ……)

雑賀衆 蛍
孫市様、各員配置が整いました。

雑賀孫市
おし、ここさえ切り抜ければ
桜との合流地点は目と鼻の先だ。

雑賀孫市
各員、奮戦を期待する、
必ず生きて戻るぞ!

坦中・発中・蛍・小雀
了解!

雑賀衆 小雀
みんなが銃さえ使えれば、
あんな連中に遅れは取らないのにね。

雑賀孫市
桜のヤツが弾を全部預かってるからな、
当の本人は忘れちまってる気が
しないでもないが……

雑賀衆 発中
なんか嫌な予感しかありませんが。

雑賀衆 発中
あの大きくて黒いのはなんですかね。

雑賀衆 蛍
あれは……蝙蝠か?
馬鹿な、あまりにも大きすぎる。

雑賀衆 坦中
ようやく親玉のお出ましか、
アレを片づけりゃ落ち着くと、
私の勘はそう告げるね。

雑賀衆 発中
あ、見えてきたけど……
なんか、凄く怒ってません!?

雑賀衆 小雀
どうやら片目を潰されてるみたい、
それで怒ってるのかな。

雑賀孫市
桜が厄介そうな奴は弱らせておく
と言ってたが、援護射撃が
仇になったみたいだぜ……
第4話
+ ...
■■■■の父親と天照により明らかに
なった、妖魔とも人間とも異なる
「外敵」の存在。

仙狐族の城に設けられた対策本部には、
各陣営の頭脳が終結し、対抗手段が
模索されている。

だが、未だその正体すら明らかにな
らない脅威に対し、問題解決の糸口
すら見つからない状況であった。

当代仙狐王 紫音
そちらの状況はいかがでしょうか?
ひまり様。

ひまり
有事に備え、陣営の枠組みを超えた
戦力の再配分を可能とすべく、
土台を整えておる。

ひまり
これが成されれば、我々の兵力を
一切の無駄なく運用する事も可能じゃ。

ひまり
おぬしの方はどうなんじゃ?

当代仙狐王 紫音
ごめんなさい。どの領域の王も
聞く耳持たずでして……

当代仙狐王 紫音
話し合いがそもそも、
成立しないような状況です……

ひまり
事が仙狐族のみの問題でない以上、
他の王も巻き込む必要があるが、
やはり一筋縄ではいかんかのう。

当代仙狐王 紫音
お父さんも外敵の事を知った直後に
説得して回ったって言ってたけど、
誰も相手にしてくれなかったみたい。

ひまり
妖魔とは、自分に興味の無いことには、
とことん無関心な生き物じゃからのう……

ひまり
その天道は何処で何をやっとるんじゃ?

当代仙狐王 紫音
今は身体の衰弱が酷くて……
ゆっくり休んでもらってるの。

ひまり
まあ、後で使い潰すためにも、
今は養生させておくのが吉じゃな。

当代仙狐王 紫音
またそんなこと言いって、お父さんだって
ひまり様の子孫なんだから、
優しくしてあげてくださいね?

ひまり
わかったわかった!
単なる小粋な冗談なんじゃから、
そう睨むでない。

平賀源内
家族の団らんに水を差すようで悪いが、
少しいいかね?

ひまり
おお! 困った時は大体何とか
してくれる源内の登場じゃな!

ひまり
おぬしらには外敵についての
調査を任せておるが、
首尾良く進んでおるかの?

平賀源内
まあね、そう遠くないうちに
進捗を上げさせてもらうよ。

平賀源内
神出鬼没の黒衣の男、
ヨルムンガンドを名乗る奇妙な妖魔。

平賀源内
そして禁忌に対し、妖魔が等しく
有する忌避反応。

平賀源内
これまで集めていた断片的な情報が、
ようやく繋がり始めてきたところさ。

当代仙狐王 紫音
分かりました、引き続き
調査をお願いします……!

当代仙狐王 紫音
ところで源内さん、
何かご用だったんですか?

平賀源内
なあに、ちょっとした人材を
用立てて欲しくてね。

平賀源内
霊媒師を一人、頼めるかい?

ひまり
霊媒師か……
何人かは心当たりがあるのう。

平賀源内
ほう、であれば特に実力の高い者を頼む。

平賀源内
期限は特に切らないが、
なるはやで頼むよ。

当代仙狐王 紫音
了解です。
近いうちに手配させていただきますね。

平賀源内
ああ、他者との交信に得手のある人材が
必要となる公算が大きくてな。

平賀源内
状況証拠は固まりつつある。
奇想天外な結論に向かいつつあるのは、
研究者として腹落ちしないがね……

平賀源内
と言う訳だ、私は調査に
戻らせてもらうよ。

当代仙狐王 紫音
はい。今はとにかく情報を集める
必要がありますので、お願いします。

ひまり
さて、何の話じゃったか?

当代仙狐王 紫音
お城の見回り中に立ち寄っただけなので、
特にこれと言っては無かったですね。

ひまり
おお、そうじゃったな。

ひまり
わしの受け持ちについては、
順調に進めておるので安心しておれ。

当代仙狐王 紫音
流石はひまり様ですね、頼もしいです。

ひまり
うむ、頼りなき子孫の世話をするのも、
偉大なご先祖様の仕事じゃからな。

当代仙狐王 紫音
じゃあ、私は見回りに戻りますね。

ひまり
しかし、まあよく飽きもしないで
城の中を歩き回っとるもんじゃ。

ひまり
王たるもの、どっしりと構えて
もらったほうが家臣への示しも
つくのじゃがのう。

当代仙狐王 紫音
ひまり様の仰ることも分かりますが、
これに関しては私の王としての在り方なので。

当代仙狐王 紫音
上も下も無く、家臣の皆さんとは
常に同じ目線でいたいんですよ。

当代仙狐王 紫音
それに、皆さんとお話して回るのは
単純に楽しいですからね。

ひまり
まあ、それで結束が深まるのであれば、
わしとしては構わんが。

ひまり
おぬしほどの優秀な人材を、
このように用いるのも勿体ない気は
するがのう。

ひまり
もっとこう、暇そうな奴が
その役目を……

ひまり
…………

当代仙狐王 紫音
どうされました? ひまり様。

ひまり
いやな、城の見回りは別の者が
担当していたような気がしてのう。

当代仙狐王 紫音
見回りは王の仕事ですから、
ずっと私の担当でしたよ?

ひまり
確かにそうじゃな……

ひまり
実際わしも、家臣らと談笑しておる
おぬしの姿はよく見かけておるからのう。

当代仙狐王 紫音
変なひまり様ですね。

ひまり
まあわしとて気の迷いの
ひとつやふたつ…… む?

ひまり
どうした紫音、なぜ涙なぞ
流しておるのじゃ?

当代仙狐王 紫音
えっ……

当代仙狐王 紫音
ほんとだ、全然悲しくも
痛くも無いのに、なんでですか?

ひまり
うーむ、体に負荷を溜め込み
誤作動でも起こしてしまったのかのう。

当代仙狐王 紫音
私も知らない間に、
疲れが溜まっちゃったのかな?

ひまり
まあ、ここでこうしているとわしが
いじめっ子の様になってしまうからの。

ひまり
得体の知れぬ涙はさっさと拭き取り、
後は見回りするなり休息するなりするがよい。

当代仙狐王 紫音
了解です、失礼しますね。

ひまり
さて、わしもそろそろ仕事を
進めねばな。

ひまり
各陣営の戦力強化のため、
いくつか施策を進めてはおるが、
はたしてどう転ぶかのう。

ひまり
しっかりと成果を持ち帰って
くれれば良いのじゃが……

第5話
+ ...
雑賀狐 大騎
やけに下りが続くと思ったら、
洞窟の先はこんな場所に
繋がってたんですね。

雑賀衆 無二
さながら天然の巨大地下水路ってか?
魔獣さえ出てこなければ、
観光資源として申し分ねえのに。

雑賀孫六
ここも修錬場なんだし、
それだと本末転倒でしょ?

退魔師 真理亜
確かに素晴しい景観ではありますが、
ここはかなりの難所です。

雑賀孫六
そうなの?
地上と比べて魔獣の数も
少ないみたいだけど。

退魔師 真理亜
そうですね……ここは
戦いの技量はもちろん、
身体能力を要求されるのです。

雑賀衆 無二
確かに、先に進むに連れて
足場が悪くなっていくぜ……

雑賀衆 無二
足でも滑らせようもんなら、
一巻の終わりだな?

雑賀狐 菊華
底の方は真っ暗で見えないし、
落ちたら確実に死ぬね、こりゃ。

退魔師 真理亜
仰る通りです、幾人もの
退魔師がここで命を落としています。

退魔師 真理亜
焦る必要はありませんので、
確実に歩を進めていきましょう。

雑賀孫六
んー、修錬にしては行きすぎな
気がしないでもないけど……

雑賀孫六
ま、雑賀衆の異名持ちともなれば、
これくらい余裕でしょ。

雑賀狐 菊華
え? あたしと大騎は持ってませんけど?

雑賀衆 下針
あのねぇ、お前等は妖魔だってのに
雑賀衆入りを許されてるんだぞ?

雑賀衆 下針
その時点で規格外って事の証明さ。
それが分かったら進め、
後がつかえてんだ。

雑賀狐 大騎
わっ、ちょっ! 下針さん押さないで!

雑賀衆 無二
ぐおっ、ざけんな大騎っ!
洒落になってねえぞ!

雑賀狐 大騎
だって、下針さんが……!

雑賀衆 下針
ちっ、口減らしが出来る絶好の
機会だったんだけど、惜しかったね。

雑賀孫六
あんた達、しょうもない事
やってないで黙って進む!

雑賀孫六
もう……ごめんね真理亜、
大事な儀式なのに騒がしくて。

退魔師 真理亜
いえ、私は構いません。

退魔師 真理亜
…………ふふっ。

雑賀孫六
どうかしたの? 真理亜。

退魔師 真理亜
いえ、貴方達は
なんと言いますか……そう。

退魔師 真理亜
命が脅かされる状況になっても、
臆することなく、逆に楽しんで
いらっしゃるようで。

退魔師 真理亜
それが何だかおかしくて。

雑賀衆 無二
確かに、飯の種に殺し合いを
選んだ連中だしな。

雑賀衆 無二
ネジの一本や二本、取れていたとしても
おかしくない話さ。

退魔師 真理亜
いえ! 私はそういった意図で……

雑賀衆 無ニ
おっと、誤解させて悪いな。
別に罵倒されただなんて
思っちゃいねえよ。

雑賀衆 無ニ
お前さんがそんな手合いじゃない
事なんて、ここに居る誰もが
知るところだしな。

雑賀衆 下針
あたし達の胆力について、
あの鈴門からお褒めの言葉を
もらったんだ。

雑賀衆 下針
むしろここは、胸を
張るべきじゃないのかい?

退魔師 真理亜
そう言っていただけると、
こちらとしても助かります。

雑賀孫六
とかやってる間に、
道が開けてきたみたいね。

退魔師 真理亜
はい。あの先には洞窟を
難所たらしめている最大の
要因があるのですが。

退魔師 真理亜
あれに関しては、実際に
見ていただいた方が早いかと。

雑賀孫六
百聞は一見にしかずと、
そういう事なら進みましょうか。

真理亜を先頭に不安定な
足場を進む一行。

胆を冷やす場面も幾たびか
見られながら、、脱落者を
出すこともなく渡り切る事に成功する。

だが、その先には理解し難い
光景が広がっていたのだった。

雑賀衆 無二
なんだこりゃ?
向こう側に渡ろうにも橋がねえぞ。

雑賀狐 大騎
この距離を飛び越えるのは無理
がありますね……

雑賀狐 菊華
魔獣が悪さして、
橋が落ちちゃったとか?

退魔師 真理亜
橋ならもう少しで来ると思いますよ。

雑賀衆 無二
橋が、来る……?

雑賀狐 大騎
誰かがはしごを持って来てくれるんですか?

退魔師 真理亜
いえ、言葉の通りですが
橋が「来ます」

雑賀衆 下針
なんだろうね、こう暗いと
よく見え……んん?

雑賀衆 無二
おいおい、何だか頼りなさそうな
岩がこっちに向かってくるんだが!?

雑賀狐 大騎
もしかしてあれが、
真理亜さんの言う橋なんですか?

退魔師 真理亜
はい。
あの浮遊する岩を足場として、
向こうの崖に渡る事になります。

退魔師 真理亜
一定の周期で行き来するため、
頃合いを見計らって飛び移る
必要があります。

雑賀衆 無二
じゃなくてだ、本当にあんな
ちっこい岩に飛び移るのか?

退魔師 真理亜
はい。
それしか手段がありません。

雑賀孫六
いまさら岩の一つや二つが浮いた
ところで驚きはしないけど。

雑賀孫六
大変なのね、
退魔師のお仕事って……

退魔師 真理亜
道なき道を踏破する場合も、
往々にしてありますね。

退魔師 真理亜
武芸を磨くのは勿論ですが、
総合的な身体能力についても、
高い水準を要求されるのです。

退魔師 真理亜
さて、ご覧いただいた通り、
足場はあの大きさです。

退魔師 真理亜
一人一人、順に渡る必要がありますが、
頭上に垂れ下がっている物は見えますか?

雑賀衆 無二
ああ、鍾乳石ってんだろ?
あのツララみてえなやつ。

退魔師 真理亜
はい、あの根本は吸血蝙蝠の
ねぐらになっている場合が多く。

退魔師 真理亜
足場に乗っている間、
幾度か襲撃されますので、
ご注意ください。

雑賀狐 大騎
あんな狭い所で戦えますかね?

雑賀衆 下針
まあ、襲ってくるってんなら
相手をするしかないさね。

退魔師 真理亜
また、足場が向こう岸に
近づいた頃合いを見て、
飛び移る必要があるのですが。

退魔師 真理亜
この際、こちらの跳躍に合せて
襲ってくる個体がいます。

退魔師 真理亜
空中で撃退する必要がありますので、
各自、備えをお願いします。

雑賀衆 無二
なんでまた、そんな殺意に満ちた
動きをする個体が居るんだよ……

退魔師 真理亜
そのように飼いならされてます
からね、これも修練の一環です。

退魔師 真理亜
確かに危険は伴いますが、
皆さんの技量であれば
問題は無いと考えます。

退魔師 真理亜
では、手本を兼ねて私から行きますね。

雑賀孫六
改めて言うけど、ほんとに
退魔師って大変な仕事なのね……

後半に続く

最終更新:2021年10月19日 16:32