+ | ... |
雑賀孫市
や、やっと着きやがった……
波のように押し寄せる魔獣を撃退しつつ、
からくも桜との合流地点まで到達する 孫市達。
銃を使えない不慣れな戦闘が続いたからか、
各員の表情には疲労が色濃くが浮かんでいる。
退魔師 桜
へえ、思ってたよりもずっと早いし、 優秀なんだね、雑賀衆。
雑賀孫市
ちくしょう、言い返す 余裕すら残ってねえぜ……
雑賀孫市
見ての通り俺達は限界が近い、 この場所は安全なのか?
退魔師 桜
露払いしといたからしばらく安全だよ。
退魔師 桜
私もお腹が空いてきたし、 ここで一旦休んでいこっか。
雑賀孫市
聞いたかお前ら、休めるぞ、 ようやく休め……
雑賀衆 発中
あ、倒れた。
雑賀衆 蛍
見ての通り孫市様はお疲れだ、 我々も戦力回復に努めよう。
退魔師 桜
ここは破棄された砦だけど、 井戸は今も生きてるから自由に使って。
退魔師 桜
私は準備があるからちょっと 席を外すね。
雑賀衆 小雀
準備?
退魔師 桜
鈴門流のおもてなしってとこ、 まあ期待しないで待っててね。
言うが早いか、桜はその場から
跳躍しあっという間に姿を消した。
雑賀衆 小雀
頭に鈴門の、ってつくと 物騒に聞こえるのは私だけ?
雑賀衆 坦中
いや……その点は私も同意しとくかな。
雑賀衆 坦中
しかしこの蛮刀、あれだけ酷使しても 刃こぼれが無いなんて、大したもんだね。
雑賀衆 蛍
伊達に雑賀衆正式採用を名乗って無い という事だ。
雑賀衆 蛍
だが、それでも損耗は見られるだろう、 この期に整備を済ませておくべきだ。
雑賀衆 蛍
今となっては、これが我々の 命綱なのだからな。
雑賀衆 発中
はーい。
雑賀衆 発中
それになんだか、愛着も 湧いてきちゃったな…… 坦中はどう?
雑賀衆 坦中
まあね、思ってたよりはずっと 使い物になると分かったよ。
雑賀衆 坦中
今後もまあ、装備に空きが 出来そうなら持ち歩くかもね。
雑賀衆 蛍
まったくお前達は。 そもそも携行が義務付けられてる であろうに……
雑賀衆 蛍
まあいい、休むとしようか、 孫市様は私に任せて各員 好きにしてくれ。
雑賀衆 小雀
蛍が見ててくれるなら安心か、 お言葉に甘えるね。
度重なる戦闘で満身創痍といった
雑賀衆の面々は、思い思いの 場所で休息を取ることとなった。
雑賀孫市
んあ? ここは……
雑賀衆 蛍
お早うございます、孫市様。
雑賀孫市
おはようさんっと、 ああ……あの後俺は。
雑賀衆 蛍
よくお休みでいらっしゃいました、 各員も戦力回復に努めております。
雑賀孫市
そうか、手を煩わせちまった ようで悪かったな、蛍。
雑賀衆 蛍
いいえ、不慣れな戦闘を強いられる中、 適切な指示をいただけたので我々も 生き延びることができました。
雑賀衆 蛍
装備も一通り点検を終えていますので、 今はお身体をお休めください。
雑賀孫市
くううっ! 持つべきは有能で上司 想いな部下だぜ。
雑賀孫市
お前みたいに、他の連中ももう少し ばかり俺に優しくしてくれりゃなぁ。
雑賀衆 蛍
そうですね……孫市様の好色癖が改善 されれば、そのような展望も期待できるかと。
雑賀孫市
……あれだ、せめて女好き ぐらいの表現にしてもらえると、 俺の精神が助かる。
雑賀衆 蛍
追々で結構ですが改善を期待します。
雑賀衆 蛍
ですが……
雑賀孫市
ん?
雑賀衆 蛍
実際の所、此度の戦闘における 孫市様の立ち振る舞いは満点に近いです。
雑賀衆 蛍
ご自身も不慣れな近接戦闘を強いられる中、 戦況を把握した上で適切に指示を行う。
雑賀衆 蛍
時には敵の矢面に立ち味方を鼓舞しながら、 戦果も上げる……
雑賀衆 蛍
正直なところ、誰かしら犠牲者が出ても おかしくはない、それほどまでの激戦でした。
雑賀衆 蛍
そんな極限状況において全員の生還が叶ったのも、 他ではない孫市様のおかげです。
雑賀衆 蛍
皆の者も態度にこそ出しませんが、いずれも 孫市様には感謝しております。
雑賀衆 蛍
そのため私が代表し感謝を申し上げます、 此度の戦闘では、我々を導いてくださり 誠にありがとうございました。
雑賀孫市
…………
雑賀衆 蛍
孫市様?
雑賀孫市
いや、今は喜びを全身で 噛みしめてるところだ。
雑賀孫市
これでこそ、命を張った甲斐が あるってもんだよな。
雑賀衆 蛍
はい。我ら雑賀衆の絆もより一層 強固に結びついたと推測されます。
雑賀孫市
どうなる事かと思った遠征だが、 遠路はるばる足を伸ばしてきた 成果は上げられそうだな。
雑賀衆 蛍
そうですね。
雑賀孫市
ところでだ、さっきから何か いい匂いがしてこないか?
雑賀衆 蛍
そういえば微かに…… 香ばしいかと。
雑賀孫市
だよな。ぐっすり眠って 疲れは取れたが、急に腹が 減ってきやがった。
雑賀衆 蛍
そういえば、桜が何か準備を すると言って姿を消してます。
雑賀衆 蛍
確か……もてなしがどうとか。
雑賀孫市
って事はだ、もしかして もしかするかもしれねえな!
雑賀孫市
蛍、匂いのする方に行って みようぜ、あっちから漂って きやがる。
雑賀衆 蛍
了解しました。
孫市らが向かった先には、
即席の器具で巨大な肉を焼いている 桜の姿があった。
退魔師 桜
おっ、来た来た、 これで呼びに行く手間が省けたね。
雑賀孫市
何だこの美味そうなやつは?
退魔師 桜
鈴門に伝わる伝統の回復食だよ、 あと少しで焼きあがるから 待っててね。
雑賀衆 発中
わ、わっ! すごーい! 大きなお肉だ!
雑賀衆 坦中
これが件のおもてなしね…… いやはや、こりゃ壮観だわ。
雑賀孫市
おう、お前らも来たか! もう少しで焼きあがるってよ。
雑賀衆 小雀
やだなにこれ…… もしかして最高?
匂いに誘われた面々が桜の元に
集っては、食欲をそそる光景に 唾を飲む。
退魔師 桜
獲物はまあ……牛に近い物だけど 疲労軽減効果のある香草と、鈴門 秘伝の香辛料で味付けしているわ。
退魔師 桜
鈴門の一門は、代々この肉を食べて、 現場での英気を養ってきたのよ。
退魔師 桜
大先輩の足跡を辿るんだったら、 この肉もちゃんと食べないとだからね。
雑賀衆 小雀
へえ……この美味しそうなお肉も 由緒正しい伝統のお肉なんだね。
退魔師 桜
匂いで分かると思うけど 味も保障するよ……っと、 はい、焼き上がり。
退魔師 桜
今から切り分けるから、 どんどん食べてってね。
雑賀孫市
いいねいいね! こんな儀式ならいつでも歓迎だぜ!
雑賀衆 発中
いつものパサパサ糧食じゃなくて、 肉汁溢れる焼きたてだなんて……
雑賀衆 発中
これはもしかして夢…… 幸せな夢なんですか?
雑賀衆 発中
夢なら覚めて! いや覚めないで!?
雑賀孫市
やかましいな、さっさとこれ食って 戻ってきやがれ。
雑賀衆 発中
んぐっ!? んっ…… んんんん!
雑賀孫市
どうだ、天にも昇る心地だろう?
退魔師 桜
はっ、はひいぃ…… おいし、しあわせぇぇ……
雑賀衆 蛍
確かにこれは素晴らしい。
雑賀衆 蛍
うむ……焼き加減もさることながら、 この独特の香りに食欲を促進させる 効果もある。
雑賀衆 蛍
食事の質は兵の士気を左右する以上、 これは思わぬ拾いものかもしれない。
退魔師 桜
門外不出の味だから詳しくは教えて あげられないけどね。
退魔師 桜
ま、舌で盗んでもらう分には 目をつぶるからお好きにどうぞ。
雑賀衆 坦中
何これうんまっ!?
雑賀衆 小雀
確かに、これは見事なお手前だね。
雑賀衆 小雀
それになんだか、 身体も軽くなってきたような……?
雑賀孫市
そういや回復食だって言ってたな。
退魔師 桜
肉は滋養があるし、食べ応えも 十分だからね。
退魔師 桜
鈴門は代々、出先で肉を食べる事が 多かったから、調理法も磨かれて いった感じだね。
雑賀衆 発中
身体が軽いどころか…… うそ、傷がもうふさがりかけてる。
退魔師 桜
その結果、妖術に片足突っ込むくらい、 怪しい料理に変貌したんだけどね。
退魔師 桜
って、そんな顔しなくても 別に身体に害はないよ。
退魔師 桜
身体の働きを活性化させて、 治癒力を高めてるだけだから。
雑賀孫市
なるほどね、 鈴門の肉は医者要らずって訳か。
雑賀孫市
仮に害があったとしても この味だ、俺は迷わず食い続けるがな。
雑賀衆 小雀
食い意地の張った頭領様はほっとくとして、 ごめんね桜、私って誤解してたみたい。
退魔師 桜
誤解って何が?
雑賀衆 小雀
だって、儀式の開始と同時に 居なくなっちゃったじゃない。
退魔師 桜
ああ、あの事ね。
雑賀衆 小雀
不慣れな私達をほっぽり出して、 自分勝手な奴だなって思ってたのよ。
雑賀衆 小雀
でもこうして休める場所を確保 して、素敵な食事まで用意 してくれたでしょ?
雑賀衆 小雀
今にして思えば、ここまでの 道中も死ぬ思いだったけど……
雑賀衆 小雀
あの経験は、雑賀衆にとっても 大きな糧になるわ。
雑賀衆 小雀
だからさ、ありがとね。
退魔師 桜
……別にいいよ、 儀式のついでに貴方達を鍛えて 欲しいと、紫音に頼まれてるから。
退魔師 桜
それに私は真理亜みたいに 教えるのが上手くないから、 こんな形になってるだけだけどね。
雑賀孫市
俺からも感謝しとくぜ桜、 ありがとよ。
雑賀孫市
ただまああれだ、 大蝙蝠の件だけは物申しとくぜ。
雑賀孫市
時と場合によっちゃ、 獣は手負いの方が厄介だからな。
雑賀孫市
おかげで苦労したぜ、 野郎、片目潰されて怒り 狂ってたからな……
退魔師 桜
なるほどね…… じゃあ大物を相手にしてもらう 場合は、助言に留めておくね。
雑賀孫市
おう、そうしてもらえると 助かるぜ。
退魔師 桜
奴らはも結局は訓練用の魔獣だから、 規則的な動きしかしてこないの。
退魔師 桜
一撃でももらうと致命的だから、 そこは上手く避けつつ、まずは よく観察することだね。
退魔師 桜
ま、同時にしかけてくる時はかなり しんどいけど……上手く捌いた後は 隙を見せるから、そこが狙い目かな?
雑賀孫市
ん? 急に何の話だ。
退魔師 桜
助言だよ、大物相手の。 そろそろかなって思うから。
雑賀衆 発中
孫市様、さっきから辺りの木が 揺れてません?
雑賀衆 坦中
それになんだか、嫌な気配が 近づいて来る気がするよ。
雑賀孫市
おいおい、まさか……
雑賀衆 蛍
かなり遠方ですが、 視認できました。
雑賀衆 蛍
巨大な戦斧を抱えた、 牛頭の大男です。
雑賀衆 蛍
それに…… 木々の間を縫うように、 狼でしょうか? 獣人も迫ってきます。
雑賀衆 蛍
いずれも難敵に見受けられます、 急ぎ迎撃態勢を整えねば!
退魔師 桜
じゃあ助言も終わったし、 そういう事で。
退魔師 桜
あいつらさえ倒せば、 後の道中はみんな雑魚だから、 頑張ってね。
雑賀孫市
桜! お前まさかまた!
退魔師 桜
思ったより時間食っちゃったな、 ここから先は巻きで行くよ!
桜はその場で大きく跳躍し、
手頃な木に飛び移ると、 城のある方角へ向けて一直線に進んでいった。
雑賀孫市
かああ! またこの流れかよ、 しかも厄介そうな奴を押し付けやがって。
雑賀衆 小雀
桜に悪気が無いのは分かったけど、 分かったけど……やっぱり複雑だわ。 |
+ | ... |
■■■■と紫音の父にして先代の王となる、
天道によりもたらされた外敵の存在。
未知なる驚異への対抗手段が模索
される中、紫音とひまりは源内に 呼び出されていた。
源内いわく、ようやく報告に足る
情報が出揃ったとのことであった。
ひまり
この忙しい時に源内の奴め、 藪から棒に呼びつけおってからに。
当代仙狐王 紫音
急を要する事態かもしれませんし…… とりあえずお話を聞いてみましょう。
ひまり
しかしなんじゃこの部屋は?
ひまり
狭苦しい場所に机など並べおって、 これではまるで寺子屋ではないか。
当代仙狐王 紫音
寺子屋……? じゃあもしかして。
平賀源内
ご明察だ紫音君。
当代仙狐王 紫音
源内さん!
平賀源内
今日の報告は扱う情報の量が多く、 その内容も難解でね。
平賀源内
そこで一計を案じさせてもらった、 手前味噌な内容で申し訳ないがね。
当代仙狐王 紫音
なるほど、では今日の源内さんは 源内先生ということですね。
平賀源内
うむ、よろしく頼むよ。
ひまり
まてまて、わしを置き去りに するでない、話が全く見えんぞ。
平賀源内
これは失敬した。 紫音君、頼めるかね?
当代仙狐王 紫音
はい、了解です!
当代仙狐王 紫音
源内さんは物知りなので、 家臣の皆さんがよく質問しに 行くんですが。
当代仙狐王 紫音
その都度、源内さんは丁寧に 対応してくれるですよ。
ひまり
ほほう、忙しい身分でありながら、 なかなかマメな奴だったんじゃな。
当代仙狐王 紫音
その評判が評判を呼んだ結果、 源内さんが定期的に勉強会を 開いてくれるようになったんです。
平賀源内
そうだな、差し当たり本日の会は 源内先生の外敵講座…… とでも称しておこうか。
ひまり
まあ結局のところもよく 分からぬが……実のある報告を 期待しておるぞ。
当代仙狐王 紫音
よろしくお願いします、 源内先生。
平賀源内
過日、天道君と天照君の証言により その存在が明かされた敵性存在、 通称「外敵」だ。
平賀源内
調査を進めるべく、その後 天道君に聞き取り調査を行っては みたが、これは空振りに終わった。
平賀源内
天道君によると、夢を介した お告げのようなものであったらしくてな。
平賀源内
声はすれども姿は見えず、 双方向の意思伝達も不可能な 状況であったと聞いている。
ひまり
天道の奴め、そんな不確かな情報で 王の座を放り投げ、旅立っておった とはのう……
平賀源内
次に接触したのは天照君だが、 こちらも結果は芳しく無かった。
平賀源内
彼女は外敵についての情報を 知り得てはいるが、何らかの要因により それを他者に伝達出来ない状態にあるらしい。
平賀源内
彼女はそれを抑止力と呼んでいたが、 この件については君達も知る所だろう。
当代仙狐王 紫音
はい、途中から天照さんの声がガリガリって 音に変わっちゃうやつですよね。
平賀源内
ああ、その後も筆談や催眠療法等、 様々な手段を試してみたが 結果は振るわず。
平賀源内
手段を問わず、情報の伝達行為 そのものが阻害されてしまうとの 結論に至った。
ひまり
では、その抑止力とやらについて 対策する算段がついたのか?
平賀源内
いや、天照君のように強大な力を 持つ神族ですら抗えないのだ。
平賀源内
研究対象として見れば魅力的だが…… いかんせん、時間を食い過ぎる。
平賀源内
よって天照君ではなく、天道君の線で 調査を進める事とした。
平賀源内
夢と言うのは地に足のついた普遍的な 現象だ、抑止力なる未知に手を伸ばす よりは、成果が期待出来るのでな。
平賀源内
そして夢に関する、大規模な 聞き取り調査を行ったのだが…… 興味深い結果が出たのだよ。
平賀源内
妖魔界とも人間界とも異なる、 奇妙な世界の夢を見たと 答えた者が一定数居てな。
平賀源内
彼らの情報を統合した結果、 どうも同じ世界の夢を見ているよう なんだ。
平賀源内
生まれた場所も種族も、 一切の接点を持たない、 赤の他人同士にも関わらずだ。
当代仙狐王 紫音
(奇妙な夢の世界と言えば……)
当代仙狐王 紫音
(黄昏姫さんもそんな事を お話されてたような?)
平賀源内
ここまでの話を統合するとだ。
平賀源内
我々の世界とは異なる別の世界が存在する。
平賀源内
我々の世界を脅かす外敵が存在する。
平賀源内
外敵の存在を天道君に伝えた協力者が存在する。
平賀源内
この3点の情報が、夢といった 手段を介し、我々に もたらされている事になる。
ひまり
夢を経由してか…… 回りくどい話よのう。
ひまり
それに、注意を促すつもりで あればもっと分かりやすく 出来んのか? その協力者とやらは。
平賀源内
そう、正にその点こそが 目下最大の謎だったのだよ。
平賀源内が、一歩前に
身を乗り出す。
平賀源内
ひまり君の言う通り、警鐘を 鳴らすつもりなら、もっと 派手に鳴らし続けるべきなのだ。
平賀源内
注意を促す相手に気がついて 貰えないなら、それは注意の 意味を成していないからね。
当代仙狐王 紫音
夢の内容なんて、普通は起きて しばらくすると忘れちゃいますよね。
平賀源内
また、今回の件は外の世界だの 夢の話だのと、地に足のつかない 輩が相手だ……
平賀源内
当然、仮説は山のように積み上がり、 どこから崩したものかと難儀した 結果……我々は一つの結論に至った。
平賀源内
考えるだけ無駄だとね。
ひまり
…………紫音よ、 この先生とやらは大丈夫なのか?
平賀源内
まあ待ちたまえ、この話には 続きがある。
平賀源内
仮説を一つ一つ検証しては キリが無く、そもそも検証する ための材料も乏しい状況だ。
平賀源内
であれば……事情をよく知るであろう 人物に直接渡りを付ける方法を 考えるべきだとね。
当代仙狐王 紫音
それって、お父さんの夢に出てきた あの?
平賀源内
ああ、正体不明の協力者だよ。
平賀源内
彼……いや、彼女かもしれないが、 とにかく彼の者に教えを請うのが 手っ取り早いのは間違いない。
平賀源内
そして我々が調査、研究を進めた 結果辿り着いたのが、人間界で 用いられている交霊術さ。
ひまり
そういえばおぬし、 霊媒師を用立ててほしいと 言っておったのう。
当代仙狐王 紫音
確か……イタコさんを 紹介したんでしたっけ?
平賀源内
ああ、腕の良い霊媒師は 自らが見知らぬ存在であっても 自在に降ろせるとの事だったのでね。
平賀源内
イタコ君の実力が申し分無かった お陰で、その後の研究も実に 円滑に進んだよ。
平賀源内
そして、近々実証実験を 行うにあたり、紫音君とひまり君の 二人にご説明を差し上げたという訳さ。
ひまり
外様のわしには雲を掴むような話にも 聞こえるがのう……勝算はあるのか?
平賀源内
無論だ、前例が見つからないだけで 方法論としては至極真っ当だからな。
平賀源内
既存の定規で測れないのであれば、 まずは定規を取り替えてみる、 それだけの話さ。
当代仙狐王 紫音
よく分らないけどわかりました! 何かお手伝いできることはありますか?
平賀源内
手は十分に足りている状態さ、 気持ちだけもらっておくよ。
当代仙狐王 紫音
そうですか、でも必要になった時は 遠慮なくお願いしますね。
平賀源内
ああ、その時は頼らせてもらうつもりだ。
平賀源内
さて、私は最後の仕込みがあるので、 この場はお開きとしよう。
ひまり
これでようやく具体的な情報を 得られそうじゃな。
当代仙狐王 紫音
鬼が出るか蛇が出るかですね。
ひまり
うむ。実証実験とやらが失敗し 鬼も蛇も出ない展開だけは 御免蒙りたいところじゃがな。 |
+ | ... |
雑賀孫六
到着っと、ここが 例の拠点で間違い無いのよね?
退魔師 真理亜
ええ、ここに辿り着けば儀式は 折り返しです。
とある偉大な退魔師が遺した武器を
継承すべく行われる継承の儀式。
儀式は実戦形式で行われるため、
近接戦闘の習熟を課題としていた 雑賀衆も隊を二つに分け、これに参加。
退魔師の真理亜と、雑賀孫六が率いる
班は道中の魔獣を退けつつ、当面の 目的地である拠点に辿りついたのであった。
雑賀衆 無二
へえ、辺鄙な場所にある割に、 中々どうして立派な施設じゃねえか。
退魔師 真理亜
この広大な修練場の管理を担って いる関係から、相応の規模が 求められますもので。
退魔師 真理亜
慰労施設も用意されています。 儀式が終わるまでの間はどうぞ おくつろぎ下さい。
雑賀狐 大騎
そういえば、俺達はここまで なんでしたっけ?
雑賀孫六
そうよ、私達みたいな部外者の 同行が許されるのは儀式の前半戦だけ。
雑賀孫六
ここから先に進めるのは、 儀式の資格をもった退魔師にしか 許されてないらしいわ。
雑賀狐 大騎
となると真理亜さんはもう 出発されるんですか?
退魔師 真理亜
いえ、準備期間が設けられて いるので、私もある程度は こちらに滞在します。
退魔師 真理亜
あそこに城が見えますよね?
雑賀孫六
あるわね、私達の見知った 城とは意匠がかなり 異なるみたいだけど。
退魔師 真理亜
以後はあの中で儀式の続きが 行われるのですが……
退魔師 真理亜
これまでの道中とは比較にならない 程の困難が予測されます。
退魔師 真理亜
そのため、私も相応の備えを 進めるつもりです。
雑賀狐 菊花
私達はここまでだけど、 頑張ってね真理亜!
退魔師 真理亜
はい。今後は桜とも直接競いあう 事になりますが、出来るだけ食い下がっては みるつもりです。
退魔師 桜
お互い頑張ろうね、桜。
退魔師 真理亜
貴方は桜!? やはり先に到着していたのですね。
退魔師 桜
うん、散歩がてらその辺歩いてたら 真理亜達を見つけたの。
雑賀孫六
ねえ桜さん、兄さん達も無事に たどり着けたの?
退魔師 桜
どうだろうね、たぶん大丈夫じゃないかな。
雑賀衆 無二
たぶんって……そっちの班は お嬢ちゃんが先導してくれたんじゃねえのか。
退魔師 桜
私は放任主義だからね、 教え子の自主性を重んじるみたいな?
退魔師 真理亜
……桜、あなたまさか一人でここに?
退魔師 桜
そんな怖い顔しないでよ、ちゃんと 要所で面倒みたし、丸投げになんか してないってば。
雑賀狐 大騎
え……その、じゃあ孫市様たちって、 大丈夫なんですかね?
雑賀衆 下針
あっちには小雀も居るし、 遅れを取る事は無いだろうけどさ。
雑賀衆 下針
まあ、心配っちゃあ心配だね、 いっちょ様子でも見に行くか。
雑賀孫六
そうね、大事を取って それも……って、辺りが 騒がしくない?
雑賀衆 無二
確かに、その辺のやつに 話でも聞いてみますかね。
雑賀衆 無二
よお大将、この騒ぎはいったい なにごとなんだ?
妖魔の男
ああ、西側の入口に人間の一団が 転がってたらしくてな。
妖魔の男
命にまでは別状は無いが、 救護室まで担ぎこまれたらしいぞ。
雑賀衆 無二
そりゃ難儀なこったなぁ、 ありがとよ。
雑賀衆 無二
てな事で、もしかしなくても、 孫市様の班ですかね?
雑賀孫六
そのようね、でも大事に至って無いなら 何も問題は無いわ。
雑賀孫六
兄さんったら、情けないんだから…… まだまだ鍛え直した方が良さそうね。
雑賀衆 無二
(何だかおっかねえこと言ってるなぁ…… 孫市様もとんだ災難だぜ)
その後、連戦による過度の疲労は
見られたが、目立つ負傷は無しとの 所見により開放される孫市班の面々。
改めて再開を果たした雑賀衆は、
継承の儀式が完了するまで、 拠点に滞在する事とする。
孫市、無二、大騎の三人は、
道中の疲れを癒すべく、 慰労施設を訪れていた。
雑賀衆 大騎
まさかこんな所に来て、 温泉に浸かれるなんて 思ってませんでしたよ。
雑賀衆 大騎
薬湯に、滝湯に、壺湯、 温泉ってあんなに種類が あったんですね!
雑賀衆 無二
変わり湯も結構だが、 俺はこの露天風呂が一番 気にいったね……
雑賀衆 無二
しかし、魔獣が闊歩してる所で 裸一貫ってのも落ち着かない話だがな。
雑賀孫市
そこは退魔師謹製のありがたい結界 が幾重にも……とは聞いてるし、 問題は無かろうよ。
雑賀孫市
しんどい任務をこなして せっかく勝ち取った休暇だ、 悠々と楽しんどくのが吉だぜ。
雑賀衆 大騎
孫市様の班は大変だったって 聞きますからね。
雑賀孫市
おうよ、桜の奴は見た目こそ可愛いんだが、 とんでもない食わせ者でな。
雑賀孫市
死にそうな思いしながら、ようやく 辿りつけたぜ……
雑賀孫市
お前らの方は真理亜が手取り足取り してくれたんだろ?
雑賀衆 大騎
はい。真理亜さんの指導は具体的だし、 凄く動きやすかったです!
雑賀衆 大騎
今回は良い経験積ませてもらいましたよ、 今度またお礼を言っとかないとなぁ。
雑賀孫市
まあ、経験積むって意味じゃあ、 こっちもかなりの収穫だがよ……
孫市が何の気なしに目を向けると、
大柄な男が浴場を歩いていた。
雑賀孫市
おい見ろよあの身体の傷跡、 きっとただもんじゃねえな。
雑賀衆 無二
こりゃすげえな…… 傷跡もそうだが、何をどう鍛えれば あんな身体に仕上がるんだか。
雑賀衆 大騎
お二人とも、そんなに見てると 失礼ですって!
雑賀孫市
まあまあ、これのまた眼の保養って やつだろ、大目に見ろよ。
雑賀衆 大騎
うえっ!? 孫市様って女好き だけじゃなくて、もしかして、 両方……
雑賀孫市
気持ち悪い事を言ってんじゃねえ!
雑賀孫市
そしてテメエの腹筋も隠すな、 別にハナから興味ねえから。
雑賀衆 大騎
せっかく鍛えてるのに、 面と向かって言われたらそれは それで悲しいですよ!?
雑賀衆 無二
さて、くっだらねえ事してないで、 もう一回身体を洗っときましょうぜ。
雑賀衆 無二
湯に浸かって毛穴も広がり切ったんだ、 今こそが絶好の好機ってなもんさ。
雑賀孫市
へいへい、久々の風呂なんだ、 こうなりゃ隅々まで磨きぬいてやる とするか。
雑賀衆 大騎
了解です、また俺がお背中を 流しますね。
雑賀衆 無二
いやいい、お前の馬鹿力で何度も 擦られると背中の皮が全部 剥けちまう。
雑賀衆 大騎
なんだか、さっきから俺に対して 冷たくないですか?
雑賀孫市
弟分の扱いなんてどこも そんなもんだ、気にするな。
雑賀孫市
それよりさっきの御仁だ、 こんな所で見かけたのも何かの 縁かもしれん。
雑賀孫市
駄目元で勧誘してみてもいいか?
雑賀衆 無二
十中八九、退魔師でしょうし、 そいつはやめときましょう。
雑賀衆 無二
それに、こんな場所で仕事の話を するのも野暮ってもんですぜ。
雑賀孫市
確かにな…… ここは引き下がっておくか。
雑賀孫市
(あの身体と風格だ、 是非ともウチの力になって ほしかったもんだがな) |
+ | ... |
無二、大騎らと共に汗を流した孫市は、
慰労施設の片隅にある酒場で 盃を傾けていた。
雑賀孫市
(色々と想定外ではあったが、 大事に至る事も無しと)
雑賀孫市
(これも八咫烏様のお導きか…… いざと言う時は神頼みに尽きるな)
???
失礼だけど、隣空いてるかしら?
雑賀孫市
んん? まあ、美人のお誘いなら いつでも……
雑賀孫市
って、なんだ孫六かよ。
雑賀孫六
かよって何よ、野郎の寂しい一人酒に、 美人が華を添えに来てあげたんだけど?
雑賀孫市
ま、美しいかどうかはさておきだ。
雑賀孫市
ケツの穴まで見た事があるような奴を、 いまさら女として扱えなんて、 難しいんじゃねえのか?
雑賀孫六
ちょ、ちょっと! 急に何言ってるの!?
雑賀孫市
ああ? お前がもっと小せえガキの 時、誰が座薬を入れてやったと……
雑賀孫六
なっ!? ざっ…… ああもう!
雑賀孫六
わかったから! もうこの話はおしまい! もっとそっち寄って、座れないでしょ。
雑賀孫市
おい! 急に押すなって、 危な……いででで!
雑賀孫市
ったく強引な奴め……
雑賀孫市
せっかく一人でしっぽりと 飲み直してたってのによ。
雑賀孫六
隣にもう一人増えた所で別に問題 ないでしょ?
雑賀孫六
私はみんなみたいに馬鹿騒ぎする 気もないしね。
雑賀孫市
こと酒に関しちゃ、ウチの連中は 厄介なのが揃ってるからな。
雑賀孫市
絡む奴、泣く奴、笑う奴、怒る奴。 毎度毎度、酒癖の見本市かっての。
雑賀孫六
文句言ってるわりに、 なんでそんなに嬉しそうなの?
雑賀孫市
そんな奴らだが…… 部下であり家族だからな。
雑賀孫市
今回も思いのほか苦労したが、 無事に切り抜けられたからよ。
雑賀孫市
こうして人心地つくことで、 何気ない日常ってのを ありがたく感じられてるのかもな。
雑賀孫六
兄さんは何だかんだ言って、 皆の事が大好きだもんね。
雑賀孫市
よせよせ、背中が痒くなってくるだろ。
雑賀孫市
俺が好きなのは美人の女だけだ、 妙な勘違いを起こすのはやめとけ。
雑賀孫六
別にいいじゃない、それに蛍とか 坦中とか、綺麗どころも揃ってるでしょ?
雑賀孫市
馬鹿言え、身内にそんな気を 起こすほど俺は不自由してねえよ。
雑賀孫市
綺麗どころなのは認めるが、 ウチの連中は最初から勘定の外だ。
雑賀孫六
ふうん……じゃあ私は?
雑賀孫市
お前……実はもう酔っ払ってんのか?
雑賀孫六
違うわよ、さっきは私の事を 「美しいかどうかはさておきだ」って 濁したじゃない?
雑賀孫六
蛍と坦中と綺麗どころって認めるなら、 私についてもはっきりしろって話。
雑賀孫市
くだらねえなぁ…… んなことどうでもいいだろうが。
雑賀孫六
あのね、これは女としての沽券に 関わる極めて重大な話なの。
雑賀孫六
この際だから白黒はっきりさせて、 兄さんから見て実際どうなの? 私って。
雑賀孫市
ドブス。
雑賀孫市
……って、分かった! 真面目に答えるから拳を振り上げるな。
雑賀孫市
美醜の感覚は人それぞれだろうが、 俺から見た感じだと相当イケてるぞ。
雑賀孫六
もっと端的かつ具体的に。
雑賀孫市
すげえ可愛い。
雑賀孫六
ふーん、それでよしとしますか。
雑賀孫市
(いつにも増してめんどくせえな、 こいつやっぱり酔ってる気がする……)
雑賀孫市
そんな事よりもだ、この際だから 愚痴らせろよ。
雑賀孫六
別にいいけど、何かあったの?
雑賀孫市
あったもなにも、あの桜だよ、 全く、あいつとんでもねーぜ。
雑賀孫六
ああ、確か……放任主義が 過ぎたとか何とか?
雑賀孫市
その通りだ、あの野郎は試練が始まった 瞬間にさっさと一人で進んじまってな。
雑賀孫市
おかげでこっちの班は死に物狂いで 戦う羽目になったんだぜ?
雑賀孫六
桜さんって、お城でも一匹狼なところが あったからね。
雑賀孫六
普段の彼女から考えると、 有り得ない話でもなかったかな?
雑賀孫市
濃密な訓練とはなったが、 それはそれとして恨むぜ、 桜のやつ……
???
君達ちょっといいかい?
雑賀孫市
(さっきから千客万来だな……)
雑賀孫市
別に構わんが。
???
ありがとう。 さきほどから桜、と言う 名前が聞こえるんだが。
???
もしかして君達は、 鈴門の縁者なのかい?
雑賀孫市
縁者と言うか……まあ、 知り合いみたいなもんだな。
???
じゃあここに来ているのも 継承の儀式が目的で?
雑賀孫市
おう、別に退魔師ではないんだが、 鍛練を兼ねて、従者って名目で同行 させてもらったんだ。
雑賀孫市
(って、こういう話はしてよかったか?)
雑賀孫六
(さあ、別に駄目とは聞いてないけど)
???
なんと……すばらしい!!
雑賀孫市
ああ?
???
退魔師でないにも関わらず 牙無き民を守るため、 研鑽に励むとは……!
雑賀孫市
いや、俺達は傭兵だから しっかりとお代はいただく……
???
それに一目見れば分かる、 酒盛りの場に身を置いてなお、 油断を感じさせないその立ち振る舞い!
???
ここで出会ったのも何かの縁だ、 一杯奢らせてくれ!
???
しばらくそこで待っていてくれ、 そして語り明かそう、我が友よ!
雑賀孫六
……口を挟む暇も無かったわね。
雑賀孫市
特大に面倒くさそうなのがきやがったな、 この隙にズラかるか?
雑賀孫六
うーん……悪い人ではなさそうだし、 ご馳走になってもいいんじゃない?
雑賀孫市
まあな。 仕方ねえ、腹くくるとするか。
観念した二人の席に酒瓶を
抱えた男が戻ってきた。
???
さて、何に乾杯すべきだけど、 何がいいだろうか。
雑賀孫六
素敵な出会いに、とか?
???
それそれ! 立て板に水とは まさに事か、流石は我が友だ。
???
では、素敵な出会いを祝して 乾杯!
孫市・孫六
乾杯!
???
んー! 良い酒だ、 君達もどんどんやってくれ。
雑賀孫市
良い酒なのは認めるが……
???
ん? どうしたんだい?
雑賀孫市
お前さんはどこの誰なんだ、 せめて名前だけでも聞かせてくれよ。
???
おっと! こいつは失敬、 私は丈二(ジョウジ)、 森栖に籍を置く退魔師さ。
雑賀孫六
森栖に……丈二?
雑賀孫市
なんだ孫六、お知り合いか?
雑賀孫六
桜達が言ってたでしょ、 継承の儀式には他に参加者が 居るって。
雑賀孫六
その名前が確か……
丈二
その通り、僕も候補者の一人でね、 今後の儀式に向けて英気を 養っているという訳さ。
雑賀孫市
へえ、儀式の参加者ってことは、 桜達とは競い合う訳か。
雑賀孫市
いいのか? 競争相手の関係者と、 酒を酌み交わしてもよ。
丈二
別に構わないさ、例え家が違えども 親交を深めるに何の咎があろうか?
丈二
それに私達は邪悪を滅し、 民を救うという共通の目的を持つ同士だ。
丈二
よって何も問題ない! 分かるね?
雑賀孫市
まあそういうことにしておくか。
雑賀孫市
ただ酒にありつけるなら文句はねえよ。
丈二
そっちの君も道中は大変だっただろう? ささ、この命の滴で疲れを癒すといい。
雑賀孫六
注いでもらうなんて悪いわね。
丈二
問題ない! さあ存分にやってくれ。
雑賀孫市
確かに道中はしんどかったぜ……
雑賀孫市
あまりにもしんどすぎて、しばらくは 夢にも出て来そうな勢いだな。
丈二
確かに困難だったよ…… だが、彼の方はこれよりも 厳しい道行を進まれたんだ。
丈二
安全な拠点で一息 つける我々は幸せ者だよ。
雑賀孫市
彼の方って、例の退魔師か?
丈二
ああ、我々が追い求める 聖鞭の初代使い手にて、 歴代最強の狩人さ。
丈二
彼の方は道中を踏破し、 休む間もなく城に乗り込み、 強敵を退け、目的を達成されたんだ。
丈二
全ての退魔師の憧れと言っても 過言ではないね!
雑賀孫六
そんなに凄い人だったんだね。
雑賀孫六
でも、あれ……?
雑賀孫市
どうした孫六。
雑賀孫六
うん、継承の儀式って 「過去の退魔師による討滅の足跡を なぞる形で進行」するって聞いたじゃない。
雑賀孫市
らしいな。
雑賀孫六
でも過去の退魔師……丈二さんに よると彼の方だっけ? その人が 結局最後に何をしたかは聞いてないわよね。
雑賀孫市
確かに、話のオチはあやふやだったな。
雑賀孫六
さっき「目的を達成された」 と聞いたじゃない?
雑賀孫六
彼の方の目的ってなんだっただろうって。
丈二
その部分は今回の儀式と関係は 無いからね、説明を端折られた んじゃないかな。
雑賀孫市
ふうん、せっかくだから教えてくれよ。
丈二
ああ、彼の方が目指す目標にして、 そして見事達成された偉業なんだけど。
丈二
真祖の討滅なんだ。
雑賀孫市
ほう、あの出鱈目に強くて厄介な連中か。
雑賀孫六
(あれ? でも城に居るカミラさんって……)
雑賀孫市
(その辺はややこしくなりそうだから伏せとこうぜ)
丈二
真祖ヴラドリクス。 自分の世界に籠りがちな真祖の中でも 唯一、他者との闘争に執着を示した者さ。
丈二
真祖の力でもって他者を支配下に 置くのはもちろんなんだが。
丈二
自らの意思で奴に付き従う信奉者も 少なくは無かったらしい。
雑賀孫六
ふうん、物好きな連中も居たもんね。
丈二
でだ、一大勢力を築きつつあった奴を 驚異と捉えた退魔師達は、歴代最強 とも名高い彼の方を呼びよせ。
丈二
それに応じた彼の方が 単身乗り込んで討滅してしまうと、 お伽話もかくやと言う実話さ。
雑賀孫市
そんな化け物を討伐するなんて 確かに偉業だわな。
雑賀孫市
愛用の武器がこうして代々継承 されるってのも、頷ける話だ。
丈二
そうだろそうだろ! やはり友は話が分かるな!
丈二
よし、次は彼の方の偉業を 称えて乾杯だ! 待っていてくれ、すぐに戻る!
雑賀孫市
ちょっと振れば酒が出てくる、 打ち出の小づちみたいな奴だな……
雑賀孫六
じゃあ私は行くけど、兄さんも 飲みすぎないでね。
雑賀孫市
は? 俺一人にあいつを 任せるってのか?
雑賀孫六
だって兄さん気に入られちゃった じゃない。
雑賀孫六
私は他に仕事もあるし、 悪いけど失礼するね。
雑賀孫六
それとも……兄さんが仕事を進める?
雑賀孫六
別に私が丈二さんの相手してもいいけど。
雑賀孫市
分かった、ここは俺に任せて先に行ってくれ。
雑賀孫六
はいはい、後はよろしくね。
雑賀孫市
(仕事とタダ酒どっちを取るかなんて のは愚問も甚だしいが……)
雑賀孫市
(あの厄介そうな男の相手も含まれると あっちゃ、もう少し思案した方がよかった かもな) |
+ | ... |
丈二と別れて以後、酔い覚ましを
兼ねて、一人で辺りを散策する孫市。
酒気を帯び、火照った体で歩を進めて
いると、外壁沿いに設けられた休憩所を 見つけ、腰を下ろす事にする。
しんと静まりかえる静寂の中、
頬に当たる冷たい夜風が 何とも心地良かった。
雑賀孫市
はぁああ、飲んだ飲んだ、 俺とした事が量を見誤るとはな。
雑賀孫市
だがまあ、悪くない酒だったな。
雑賀孫市
丈二の奴も癖は強いが、 話して見るといい奴だったしな……
雑賀孫市
ふわぁ……なんだか眠くなって きやがったな。
雑賀孫市
宿に帰るのも面倒くせえ、 今日はここで寝ちまうか……
???
こんな所で寝るのは身体に障ります、 止めておいてほうがいいでしょう。
仰向けに寝転んだ視界の端に、
人影が映る。
薄らとした月明かりの下では
顔までは分からないが、夜風に なびく長い髪が印象的だった。
雑賀孫市
んん? 先客か? 悪いな、こんな酔っ払いがきちまってよ。
???
いえ。私有地ならともかくここは 公共の場所です。
???
私が文句を挟む権利も、 貴方が気に病む理由もありません。
雑賀孫市
そいつはごもっともだな。
雑賀孫市
えっと……誰だっけか?
???
私の記憶を参照するに、 貴方とは初対面ですが?
雑賀孫市
そっかそっか、 わりいな、いまいち頭も回って ないようだ。
???
過度の飲酒による酩酊状態と 推測されます、速やかに水分を 補給されるべきでしょう。
雑賀孫市
まったく仰る通りで。
雑賀孫市
だが……この不自由さもまた 酒の醍醐味ってやつだ。
雑賀孫市
おまけに、どこぞの親切な 美人ともお近づきになれそうだしな。
???
呆れました…… 貴方は初対面で、顔も見えないような 相手を口説くと言うのですか?
雑賀孫市
まあ俺ぐらいの男となればな、 声音を聞くだけである程度の 見立てがつけられるのよ。
雑賀孫市
そうだな……若干掠れてはいるが、 不愉快どころか耳心地の良い声だ。
雑賀孫市
となりゃあ、声の持ち主は美人に 決まっている。
雑賀孫市
こいつも八咫烏様のお導きに 違いねえ……ありがてえことだ。
???
酔いが回り過ぎて前後不覚に 陥ってるのようですね……
???
仕方無い、誰か人を呼んでくると しましょう。
雑賀孫市
いや待て待て冗談だ、 そんな大事にするんじゃねえって。
???
そうなのですか。 冗談、については縁が無く 理解が追い付きませんでした。
雑賀孫市
まあ、こう言っちゃなんだが 堅物な印象があるからな。
雑賀孫市
もう少しばかりな、 肩の力を抜いて、ふわーっと してみたらどうだ。
雑賀孫市
一度きりの人生だ、 どうならなら楽しく気楽に 行こうぜ?
???
忠言は感謝いたします。
???
ですが、私は機能し続けなければ ならないのです。
???
それが私の使命なのですから。
雑賀孫市
おっと、軽々しく踏み込んじ まったか?
雑賀孫市
まあ、酔っ払いの戯言だ、 そんなに重く受け止めて もらなくても大丈夫だぜ。
???
…………
???
問題ありません、 私が一方的に話しただけです。
???
……不思議ですね、今宵は 妙に口が動きます。
雑賀孫市
顔すら見えない行きずりの相手 だからこそ、話せる内容もあるだろう。
雑賀孫市
まあ、内に溜め込むだけじゃ、 そのうち潰れちまうからな。
雑賀孫市
お前さんの事情は分からんし、 興味も無いが、今夜くらいは 饒舌になっていいだろ。
???
なるほど……新たな知見を 得られました、感謝いたします。
雑賀孫市
そいつは結構だ。
???
では私はこれで。 重ねていいますが、休まれたいので あれば宿に戻るべきです。
雑賀孫市
ありがとよ、もう少し酔いが 覚めたら戻るとするぜ。
雑賀孫市
っと、ちょっと待ってくれ。
???
何か?
雑賀孫市
袖触れ合うのも何とやらだ、 差し支え無いなら、名前くらいは 教えてくれよ。
???
私は紗於奈(シャオナ)と言います。
紗於奈
……貴方は?
雑賀孫市
俺は孫市、雑賀孫市さ。
紗於奈
記憶いたしました、 それでは。
雑賀孫市
(シャオナか、珍しい響きだが 良い名だったな……)
雑賀孫市
(色々と抱えてそうな奴だったが、 縁があればまた出会う事もあるだろうさ) |