広大な戦場に圧倒的な存在感と他の者に疎外感と絶望感、ちっぽけさを感じさせるあの男に
俺は心の底から尊敬、信奉した。
——あの日までは——
マイテイ騎士団第13部隊待機所
「休憩しよう」
訓練も終わり、石で出来た殺風景極まりない壁や床で作られた部屋の扉をあけ
中央においてある赤い布の被さったテーブルの上に剣を置く。手元を見ると汗や砂の汚れがついていたが、構わず額を腕で拭った。窓から差してくる日光から逃げ、部屋の隅に出来ているちょっとした影に身を投じた。
テーブルの傍でつったっていた椅子に腰かけ、テーブルで頬杖をつくロバートを姿を俺は視覚に捕らえた。見るからに涼しい顔つきをしており、夏場のクソ暑い日差しを受ける4時間にも及ぶ地獄の訓練が行われていなかったかのようだった。奴は馬上、重苦しい鎧を纏って剣を握り幾度も訓練を繰り返していた。それだというのに——
「俺は暑さには強いんだよ
マックス。あの程度の鎧、暑さ避けに丁度いいじゃないか」
ロバートは爽やかな笑顔を俺に向ける。
俺は頭を書きながらびっしりとした騎士団の制服のボタンを外し、パタパタさせて中に空気を送り込む。
「あのなーロバート。お前は異常なんだよ異常。何処が暑さ避けだ。寧ろ暑さ倍増させてんじゃねーかアレ。そこまで耐久性もないんだぜ?射撃型の剣術でもあの鎧は突き抜けるんだぞ」
日光に当たるのはいやだったが、ロバートとテーブルを挟んで奴の正面の椅子に座った。テーブルの上に乗り込む様に腕を置き、姿勢の悪い態勢になりながら俺は訓練用の鎧を罵倒した。
「簡単な話だマックス。鎧を着てても当たらなければいいんだよ」
奴は自慢気な笑みを浮かべながら姿勢を正し、俺と視線を合わせる。
「馬鹿馬鹿しいじゃねーかそんなもん。スピードは格闘型の方が圧倒的に上じゃん……あー、涼しくなってきた!」
窓から入る隙間風が肌にあたり、懐かしい記憶を蘇らせるような気分にしてくれる。再び、汗を拭い、頭を描きながら下唇を噛んだ。
「……それより、どうしてお前が13番隊なんだ、もっと上でもいいだろう…」
「下積み期間だろ、我慢すればいいさ」
「だってよ、お前は上官からもベタ褒めされてんだろ?この騎士団は実力重視じゃねぇか。だったらこんな扇風機もない部屋に閉じこもる必要なんてないんじゃ……」
話しの最中、ロバートを腰をゆっくりとあげ、光が差す窓に体を向けた。
「俺は今、他人を知らない、知らなくちゃならない。この下っ端の時期に色んな人がいることを知っておかないと、後々大変だ。敵国の歩兵がどれだけ強いかも知らないといけない。知らないことが沢山ある」
「……」
なんて言い返せばいいのか分からなかった。ロバートの言う事は全てに説得力を感じさせるものがあった。カリスマ性、だろうか……有無を言わせないような何かが、俺を常に楽しませていた。すると奴は振り返って俺に笑みを見せ、口を開く。
「それに、他の
マイテイ人の型についても色々知らなくちゃならないだろ?俺達、”超特化型”なんだからさ」
「あぁ……そうだな!」
あくる日あくる日、俺達は訓練を終え、傷の舐め合いをし続け、試験に合格していき
見事に第1部隊のメンバーとなった。
ロバートと共に前線で戦い続け、俺達超特化型の凄さがマイテイ全体に知れ渡っていった。
”人類最終兵器” ”月光”
俺達につけられたあだ名だった。月光が俺で、ロバートは兵器の方
紛争地帯は俺達が居れば、ロバートが居ればこちらの勝ちだ。そう言われる程にまでなり、俺はこのあだ名と共にアイツと更なる上を目指していったが……
戦場に立つとアイツは180度、何もかもが違った。
口調、行動、表情……ロバートとは思えないものだった。
常に前線で敵を殺していき、その笑みは優しいものなんかじゃない。
悪魔だ
時に前線にいる味方すらも、その眼光で戦闘不能にする程、奴は戦場を蹂躙し尽くし、部隊員から尊敬と同時に避けられていた。
そのおかげで奴は人類最終兵器から”味方殺しのロバート”などと皮肉染みたあだ名をつけられるハメになった。奴はまんざらでもなさそうだったが……
俺は怖かった
アイツの留まりを知らない力の栄え方に。
だが、そんなアイツだからこそ、同じ戦場に立っていて、心強く思えた。尊敬できた。
それでも……
紛争地帯 ダイアナ
俺はこの紛争の鎮圧戦で前線の部隊長を任された。ロバートは後衛で支援する形となり、俺の見せ場がやってきた。
超特化型は俺も同じ。ロバートと同じ力を持っている。ロバートだけに上にはいかなさい。妙な競争心が俺に緊張を走らせ、冷や汗が服にぴったりとつくのが分かった。部下からも尊敬されたい。俺は今回のこの戦いにチャンスを感じていた。
「頑張れよ」
これから最前線に行こうという時に俺は声のした方を振り返った。
カイルの隣に立つロバートが小さな笑みをうっすらと浮かべながら、俺を見ていた。
奴の表情と口調から感じたのは安心か、恐怖か。覚えていない。ただアイツのあの笑顔と冷えた口調に何か嫌気がさした。隣にいた、俺達の先輩であるカイルは、奴の言動に俺と同じような表情をしていたと思う。
嫌な予感がしたんだ……
「あぁ…」
小さく返答し、俺は騎士達で作られた道の間を淡々とした足取りで潜りぬけ最前線に立った。敵が見える。地平線全て、敵と思われる人影で埋め尽くされていた。
それでも頑張ろう……俺の為に
「お前ら!畳み掛けるぞ!」
兵士達は雄叫びと共に豪勢に走り出す。俺はそれの道しるべとなり、馬を走らせた。敵さんもよくは見えないが、硝煙を上げてこちらに向かっている。正面からのぶつかり合いだ。マイテイ人の血が騒ぎ出し、心の奥底から快気が湧いて来た。
後、敵との距離は20m程まで迫った時だ
「楽しそうだな諸君、俺も混ぜてくれ」
風の如く現れ、冷えた口調で邪悪な笑みを浮かべながら
俺達と敵達の間に
ロバートが立った。
走れなかった。俺もそうだが、後ろにいた兵士も、敵も……地平線を覆う程の敵兵全員が止まり、ロバートを見ていた。
全員感じていたんだ。アイツから感じる喉を締め付けられるようなオーラを、絶望を
「ロバート、お前は後衛だろ!さっさと持ち場に――」
「マックス、作戦など無意味。強さで前衛か後衛かは決まる」
「……何を言ってやがるんだ……!?」
「俺はこの戦いで様々な人を知れるのだぞ、マックス」
ロバートが口にしたその言葉が、俺に伝わる前には既に
奴の手中には鋼鉄の兜ごと頭部を粉砕され、鮮血で体を濡らした味方兵士の姿があった。俺達からロバートまでは10m程はあった。なのに……
何が起きたのか、相手もこっちも分からなかったんだろう、静まり返っていた。さっきまで豪快な足音と勇ましい雄叫びが振動していた世界が、一気に無に還ったんだ。
ロバートが兵士を手から離すと、兵士は一気に倒れ込んだ。鈍い音が地面を伝わり、無の世界により静寂を連ねた。
「お前……何して……?」
口に出せたのは目の前の謎の行動に対する疑問だけだった。奴の表情は一段と爽やかで、ドス黒く、絶望だった。
「言っただろう、様々な人を知れる……といっても、そんなもの、殺人を綺麗に見せる言葉よ……理由などない、ただ俺の快楽の為、そして味方殺しという素晴らしい二つ名を称された。それを真に実行する」
奴は鋭く細い刃を腰から取り出し、軽く一振りする。
「他に何もあるまい」
俺が恐怖を耐えながら瞬きした瞬間、目の前で血塗れの敵兵士が顔面からつっこんできた。
「がっ!!」
あまりにも突然すぎた為、兵士と衝突し、後ろに倒れ顔に両手を添えた。
痛みが激しく、歯を食いしばり音を立てることしか出来なかった。
「いっつつ……ロ、ロバート、お前本当に一体何を考えてやが――」
それは
人間というには
あまりにも残酷すぎた
俺が倒れ込み、体を起こすまでの数秒で敵軍の前線、全て……数百人が既に消えてなくなっていた。
あったのは人の残骸、手足や生首が転げ落ち、血がシャワーのように吹き出ていた。
その前線からゆっくりとこちらに不気味に笑いながらロバートは歩いてきやがった。
「そうだ、お前達は平等だ……どちらも同じ分だけ殺していかねばな……!」
奴が駆け出したところで、俺は急いで態勢を整えたが、靴底で目の前が真っ暗になり後頭部に強い衝撃を受けた
「あがっ!」
頭痛が激しすぎる。血腥い、熱い、気分が悪過ぎた。
俺は眼をゆっくりと開けながら上体を起こし、眼を開けた。
「……」
口すらも開かない、眼すらも見開けず、じーっと目の前の光景を見るだけだった
煙が舞い、砂が散らばり、地面が崩れ
血溜まりと肉塊しか転がっていない下界
この時は恐怖も絶望ももう感じていなかった。
俺は片膝ついて立ち上がり、死体の山の遥か上を見上げた。
そこにはこの下界に住み着く殺人鬼がこちらに背を向け、赤々しい空を見上げていた。
「ロバート……」
「マックス、俺は十分、人を知れたよ。ここまで楽しい殺戮ショーもなかった。カイルとお前以外誰一人として残さず殺した。一人として残らずな」
「…………」
奴の背中から溢れる満足感と快楽、充実感を感じると、俺は腰にぶら下げていた鞘から剣を取り出していた。
気が狂ったとか、そんなんじゃない。
今、奴と戦えるのは俺しかいない。俺だけなんだと。
「……俺を止めるのか?」
「最早止めようがねーよ殺人鬼。この戦で何人殺した……」
「分からん。ただこの地平を眺めれば次第にどれほどの魂が逝ったか分かるだろ」
この感情はなんだ?
絶望?恐怖?いや違う
「……それで、どうするのだ月光。俺と対峙し、刃向けるその態度、俺はそれだけを理由に貴様を殺せるのだぞ。俺と対等に戦えるのは世界でお前独りだ」
怒りだ
俺は握っていた剣で空間を一回引き裂き、緑に輝く瞳で殺人鬼をキッと睨み付けた。奴の余裕面が心底苛立たせた。この戦で自身の力に完全な確証と深意を見つけた奴は最早人間的感性を失っている。
殺人鬼の台詞に俺の中の何かがキレたんだろう。衝動的に口走り、そして
「決まってんだろうが
俺の月光で浄化してやる」
彼は柄を強く握り、眼を見開いた。
地面を粉砕する勢いで飛び上がり、汚い山の頂上に居るロバートの高さまで上がった所で彼は剣を叩き降ろすように一振りした。
剣が空間を斬る時には既にロバートの姿は無く、彼の剣は下にあった山を一刀両断するだけであった。
山は崩れ落ち、見る影もなく赤い液体を地面へと流すだけだった。
マックスの表情は変わらず、着地した瞬間に両手で握った剣を左方向へ縦に向ける。
鈍い鉄がぶつかり合う音と衝撃音が発生し、マックスの体に負荷がかかったのが見て取れた。
彼の剣にはサーベルが火花を散らしながらカタカタと音を立てながら接触しており、その柄元には殺意溢れるロバートの手がドンとあった。
「流石は超特化型マイテイ人マックス。月光だ。俺の斬撃を受止められるのはお前だけだろうな」
「お前の様な殺人鬼とこの何年間も過ごして来たなんて思うと反吐が出るぜ、味方殺し……」
両手を振り切り、反動で後ろに下がりロバートと距離をとり、地面に着地した瞬間ロバート目がけ螺旋状に回転しながら一突きの牙突を繰り出す。
繰り出される技に対し、ロバートはただいつも通りの暗い笑みを見せたままマックスの剣先を広げた手中で捕らえた。
「それで攻撃のつもりかマックス!」
刃はロバートの手を貫く事はない、手の平でただ火花を散らして止まっているだけ。
その間、ロバートは態勢が空中停止しているマックスに迅速な蹴りを入れる。
その蹴りの軌道上は空気が裂け、空間断列している軌跡が残っていた。
「それで攻撃のつもりかロバート?」
剣から手を離し、マックスは体をくるりと回転させながら宙に舞い上がり、ロバートの背後で着地し片膝ついた状態になる。
そのまま起き上がる勢いごと、ロバートの背後に手刀を伸ばした。
マックスの腕はロバートの腸を貫き、これまでにない汚れた血で服を汚した。
「流石は俺の同類だマックス……今の避けからの攻撃は流石にこの俺でも堪えたぞ」
貫かれた態勢からロバートはマックスを見下しながらも笑みを浮かべていた。
マックスは一瞬だが恐怖を表情に出しかけたが、唇を噛み、眼を数秒閉じた後ロバートとにらみ合った。
「今すぐその苦しみから解放させてやるよ」
マックスは小さく笑いながら腕を引っこ抜き、剣を拾いに行った。
砂のついた柄を持ち、軽く手中で廻しながら余裕面を噛ます彼の今の姿は、実に勇ましかったであろう。
……
……
アレから何分経ったんだ
なんでだろうな、少しでも俺は勝てると思ったんだけどな
確かに勝てる雰囲気だったんだけどな
恐ろしいもんだよ……あの一撃、完全に運が向いてただけだったんだな。
俺は横になって赤い空を見上げていた。地面も今赤い、死んだ兵士の血じゃない。俺の血だ。俺の視線の隅に見える細長い何か……心臓の位置にある、地面にまで突き刺さっている何かのせいで俺は倒れているんだ。
あの殺人鬼の……何かのせいで……
「マックス……お前はこの俺を世界で一番楽しませてくれた。何よりも楽しかったぞ。純粋に」
最早口を開いて奴に何かを言う事もできやしねぇ……
血の量がおかしいんだ。流れてくる勢いもおかしいんだ……流れる音が自分でも分かるなんて
死んじまうのか、俺……
「マックス、お前はよき親友だった……下っ端時代からの付き合いだ。俺も殺すのが辛いぞ。親友であるお前を殺すという歓喜を押さえ込むのは辛い、あまりにも辛すぎる」
ロバートが俺に視界に入った。片手に馬鹿でかい銃を持ってやがる。そして笑っていた。心底笑っている顔だった。あの時の、一緒に訓練していた時の笑顔だった。純粋に笑っていた奴を俺は死ぬ間際に見ていたんだ。
こういうの、普通なら親友として喜ぶべきなのか?それとも哀しむべきなのか……
少なくとも、俺は……
「口も聞けないか……ならせめて、ゆっくり眠れ。マックス。我が親友よ……」
俺はコイツを、許さない
バァン!
——END——
最終更新:2024年04月11日 00:56