Henry Wagner Side OP

──ヘンリー、これ…

──んー?ファニーバニーのテーマパーク……の、入場券か

──スーザンが明日で6歳の誕生日なの

──あ、ああ…知ってるよ

──ヘレナと私の分で4枚チケット予約しておいたのよ、あなたの分もね

──ああ…

──ヘンリー?今年はスーザンの誕生日を一緒に祝おうって約束したわよね?

──……ごめん

──ねぇヘンリー…

──その日は、同僚とゴルフなんだ

──ヘンリーッ!

──本当にごめん、ごめんよ…





──雨…か、まいったなー…傘持ってないぞ

──パーパっ!

──……? スーザン!?

──えへへ、風引いたらやだからパパの傘持ってきちゃった!

──パパ!今そっち行くね!

──……!駄目だスーザン!止まれ、止まれ! 渡るんじゃないスーザンッ!

──パパ…──

────…やめてくれ、止まってくれ!ブレーキを踏め畜生オオオォォォ──ッ!



──パパ……傘、持ってこれたよ…

──パパ、私…いい子だよね…

──風邪……引いたら、一緒に遊園地いけないもの…からだ、冷やしたらダメだよ…

──パパ、あした…いっぱい、いっぱい遊んでね…

──大好きだよ

──……

──スーザン、おいスーザン…

──駄目だよ…明日はパパと遊園地に行くんだろ?

──欲しいものはなんだって買ってやる、好きなものを好きなだけ食べさせてやる

──ケーキはロウソクが6本だぞ…?また1本増えるんだって?凄いなスーザン…

──スーザン…

──目を開けてくれスーザン…スーザン…スーザン!

──ああ、スーザン……どうしたんだ?お前が冷たくなっちまって…

──あ…あぁ……うわぁぁ……ああ…っ!



アアアアアアアアァァァァァァァァァ──ッ!!



「パパ!」

「はっ!?」

俺を呼ぶもう一人の声が響く
そう、もう一人だ、もう一人居たんだ

子供達の
弾むような笑声が聞こえる。それに答えるように、母親や父親であろう人々のいとなむ、
暖かな団欒の紡ぎ出すしらべが、俺をより深いノクターンへいざない、心は常闇に落ちて行きそうだ
ただ唯一残った太陽、たった一人となってしまった娘ヘレナが、あどけなくただそこにいるだけで眩しい顔を向けて、
俺を心から気遣ってくれているようだが、今となっては、既に遠くに見えるこの光でさえも古傷を火で炙るようだった

「凄く苦しそうだったよ、具合悪いの?」

「い…いや、大丈夫、なんともないよヘレナ」

俺はどうやら公園のど真ん中、ベンチに腰掛けてうたた寝していたようだ
我ながら情けない、スーザンの喪失から体調が著しく悪化し仕事はとても続けられず退職
今になってようやく、昔憧れて必死に勉強していた建築デザイナーへの道筋を立てられたが、
5年前から俺は体力が明らかに衰えていて、いきなり意識が途切れる事が頻繁だ

生活に問題がないレベルだが、先月の事例は本当に焦った
あれは初の一軒家デザインについてクライアントとミーティングを終えた帰りだった
突然の偏頭痛に襲われ、気づけば私は見知らぬ土地に佇んでいるのだ
意識を失う前はまだ日が登っていた、しかしどうだ、一度瞬きをすればそこは日の落ちた人通りのない田舎町じゃないか
そこには覚えがある。『月見浜町?』…私がかつて講師を務めた事のある高校のあった土地だ
今は改装され、旧校舎がひっそりと不気味に佇んでいた

その時ばかりはパニックに陥っていたのか、必死に妻や娘の名前を叫び帰路を駈けた

だが最近はそんな夢遊病者のような事態は発生しない
医者にも毎月通っているが、なんてことはないといつも勇気付けるような言葉をドクターはかけてくれる

今はこうして、小学校に通う娘の送り迎えをしているわけだが
やはり疲れ易いというのは治ってはいないようだった

「ね!パパ!」

「……ん、ああ…なんだいヘレン?」

「もーパパったら何も聞いてなかったの?」

「はは…ごめんな。悪いけどもう一度言ってくれないかな」

「私あれ乗りたいの!ってさっきから言ってるのにパパ寝ちゃうんだから!」

『あれ』と言ってヘレナが指したのは公園の目玉スポット、円盤に並ぶ木馬達、そう、メリーゴーランドだ
ああ、あれを見る度にあの時何故、ゴルフなんか約束してしまったのだろう、
スーザンをあんなに健気にさせて結果的に殺してしまったのは、俺が家族を顧みなかったからだ

「ああいいとも、気が済むまで楽しんでおいで」

重い腰を上げて立ち上がり、俺は小さなテントの中で欠伸をしている女性の販売員からチケットを書い、
それを娘に手渡して頭を撫でた
ヘレナはそれを受け取ると、スーザンと重なる笑みを見せて一目散に白馬に跨り、
ゆっくり上下し前進するのを楽しんでいた

──ああヘレナ、もう俺にはお前しかいないんだ……お前だけしか俺には味方がいないんだ

ここ最近になって、未だに文通を交わしていた教え子のほとんどが謎の死を遂げた
私は、彼らの担任を受け持った時から失ってばかりの人生だったのかもしれない
月岡冬記…あの少年は何故あんな最期を遂げた?
そう、何故16歳という若さでこの世を去ったのだろうか?救えはしなかったのか?

「パパー!」

ヘレナが馬上から手を降る
そのかざされた手は、天上から天使が差し伸べているそれに見えた

──だからヘレナ、叶うなら永遠に笑顔を絶やさないで欲しい。今度こそ、誰にも奪わせない
  そのためなら俺は…どんな犠牲でも払おう──




────プツン…




「……ヘレナ?」

「?…!?……なんだ、これは…」

自分の足は既に公園の芝生を踏んではいなかった
冷たく湿っていて、雨に晒されているコンクリートの上

「ヘレナ…ヘレナ!ヘレナ!!」

必死に叫ぼうとも届く筈がない
ここには覚えがある
そうだ
月見浜町だ
ナンデオレハコンナトコロニ?

「ヘレナァァァ──ッ!!」







居ない…
居ない…!
君は何処にも居ない!
公園のメリーゴーランド!
そして俺の家!
何処にも君の姿がない!
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!

「ヘレナ…返事をしてくれ…」

「どこに…いるんだ…」

子供部屋を出て俺はおぼつかない足取りでもう一度外へ出ようと玄関へ歩を進める

「…?」

気が動転して気づかんかったのか、玄関には一枚の封筒が忽然と放置されていた
俺は淡い期待と明らかな不安を胸に、おもむろにそれを拾い上げる
中にはロッカーの鍵にくわえ、一枚の粗末な紙の切れ端が包装されていた



────愛する者のために全てを投げ打つ覚悟はありますか?
    最後に残された大切な人への愛情を証明できますか?

   その命が尽きるまでに、彼女を救い出すことができますか?








←──To Be Continued

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2025年01月21日 03:06