They Celebrate of Demise

AS of Day Before Story 『Re/Rebirth』:序章()






人は"完全"を求め続けてきた。
何故それを追い求めるのか、確かに答えられずとも。
飽くなき探求のままに、見果てぬ夢のままに。
或いは、汚れた欲動でさえも、人を突き動かす力には変わりない。
であれば、此処は人間の欲望の果てと言えるだろう。
そして、俺は欲望という罪が創りし標となるだろう。
今俺が翻す御旗は、罪深き人類への反旗となる。
俺は絶対に、科学者(おまえたち)を赦さない。




序章


They Celebrate of Demise(言祝ぎは終焉のため)








―――此処はどの世界でもない。
いや、どの世界でもないというのは少し語弊があるかもしれない。
正しくは、"世界と世界の狭間にある世界"だ。
極めて技術の発達した世界において、人類はかつて不可能と断じられてきたあらゆるものに手を伸ばした。
その技術の内の1つが、今いるこの場所と言えるだろう。
極度に発達した科学は魔術と見分けがつかない、と言ったのは誰だったか。今やその通りとなってしまった。
少し金を出せば、自分にとって都合がよく、如何なる破壊的行動をしても咎められぬ"個人用閉鎖世界"を持てる時代だ。
これにより、軍事演習や危険の伴う実験は目覚ましい発展を遂げた。歴史の教科書においては小学校で学ぶレベルだ。
端的に言えば、私が居るこの施設―――【叡智の安息日(サバダイオス)】と呼ばれる"超大規模閉鎖世界研究施設"は"個人用閉鎖世界"の1つだ。
個人用……と言っても、何やら巨大な組織の手によって運営されているが故に超大規模であり、個人の規模に収まってなどいないのだが。

叡智の安息日(サバダイオス)】は、世界に2つとないほどの規模を誇り、世界におけるトップ企業である。
というのも、この企業ではありとあらゆる世界中から優秀な者だけを選りすぐり、革新的な技術による発明を以てライバル企業を放逐してしまったのが原因だ。
人材確保も然ることながら、企業運営を行う最高権力者―――【プロフェッサーK】と呼ばれる男の手腕が凄まじい。
何を隠そう、"個人用閉鎖世界"という技術を生み出したのは彼なのだ。天才を纏め上げる首領すらも天才―――否、超天才と言うべきか。
この男は、どうしてかは知らぬが人物情報が隠蔽されている。おかしな話だがそれもまかり通ってしまっているのだ。
何にせよ、そんなおかしな男の下で私―――"ブラト・バラノフ"は働かせてもらっている。
待遇もいい、設備もいい、同僚にも恵まれている……考えうる限り最上に近い環境なのだ、このぐらいの疑問などどうでもよくなってしまう。

今、私達が任せられている研究は―――"全てに於いて完全なる人間を生み出す"という議題の下、このためにモデリングされた人体へ特異な遺伝子操作を行うというものだ。
また、このモデリングされた人体は半機械化手術―――言ってみれば、"サイボーグ化"が施されている。これは理論上の"完全な人間"が完成した時、圧倒的な能力に人間の身体が保たないのが理由だ。
倫理的にどうなのか?という話が昔であれば発生していたかもしれないが、今の時代に人工生命体―――ホムンクルス、と言うのだろうか。そういった者達は珍しくない。
それに、人の外見をしていても"魂"―――要するに、人に至るために最も重要なものは入っていない、という事らしい。つまり人権問題は発生し得ない。
疑問に思うことはあれど、そういうものだと割り切りもつく。
さて、そろそろ仕事の時間だ。

エレベーターを降り、到着したのは制御盤と機械の立ち並ぶ実験室。寓話にもよくある"マッドサイエンティストのラボ"と言えば当たらずしも遠からずな様相だ。
遺伝子操作、と言ってもただ制御盤を操作するだけではない。
多くの素体が存在し、素体によって最適な遺伝子操作の手段やパターンが変動する事ばかりだ。
我々の仕事はそのパターンを見つけ、実行に移すことである。
現在【叡智の安息日(サバダイオス)】ではこの研究が最重要とされ、多くの研究者が動員されている。
その多くは失敗に終わり、かれこれ今回で―――識別番号にして500号、つまり500回も行わているという事だ。
特殊な溶液で満たされたカプセルの中で、素体が目を閉じたまま穏やかに揺れている。この溶液は遺伝子操作を行うにあたり重要で、なおかつ素体の生命維持を行う極めて多機能なものだ。幾ら金がかかるのだろうか……。
今回の素体は―――随分と美形だ、身長は見たところ190は越えているだろう……それに体格も上等と言っていい。
記録を見るに前回などは酷かったらしく、齢にして20代に満たないであろう幼子が素体で結果も散々。歴代でもかくやという最低記録だった。
最終処置はまだ行われておらず、その素体の入ったカプセルは部屋の隅に鎮座している。"人間"に該当しないとは言えど、裸体のまま溶液に浸されているので視界に入れづらい。
待遇が良いから別に嫌ではないが、そろそろ別の研究も行いたいと思わないでもない。今回で終われば良いのだが。

「おうブラー、相変わらず辛気臭い顔してんなぁ」

などと考えていれば、同僚―――"ブルーノ・オリアン"から声をかけられる。

「お前は相変わらず調子が良さそうだな、と言えばいいか?準備はもう出来ているぞブルーノ」
「そいつぁ助かる、規則とはいここのシミュレーターの初期設定は弄りにくくてかなわないからな」

少しお調子者だが、腕は確かな奴だ。かれこれ幾度となく仕事をこなしている。"ブラー"というのは彼が私を呼ぶ時の愛称だ。
ここの機材は多くの研究者が使うため、退室時は必ず初期設定に戻るようになっている。彼はその初期設定が気に食わないらしい。
私としてはどうでもいい事だが、毎回それで時間を取られるのも癪なのでこうして変えておく。

「今回の素体は随分と上等じゃないか、てことは前回のってやっぱミス?サンプル目的ってもありゃないだろってアイツらボヤいてたぜ。」
「ああ……今回こそは、と思うが―――しかしあの三人も災難だったな。」

三人、というのは私達二人と交流のある三人組―――"サイラス・バーナーズ"と"ユリウス・ブルザーク"、"フォンス・デレオン"という研究者達だ。
我々研究者はこの施設に個別の部屋が充てがわれているのだが、彼らとはお隣さんという接点があり、友好関係にある。
この前見かけた時にやたらと不満を言っていたが、合点がいった。

「で、どうなんだ?今回の素体に合致しそうな遺伝子操作パターンは。俺としては過去のパターンであるΛ-24などが適合しそうだと直感したが……」
「あーそれ真っ先に試した、適合率84%。惜しいね、いい線いってたぜブラー。で……今その線でΛパターン全部総当りでシミュレーターにかけてんだけど……」
「ふむ……平均して80%を割らないな、このパターンを少々弄ってみようか。」
「おう、了解!じゃ、まずは反応の良くない4番、それに58番辺りの遺伝子情報を組み替えて……」

我々は既に、幾度となく実験を行ってきた。そのため、多数のテンプレートに近い遺伝子操作情報を用意してある。
思うように行かない事も多い、そのせいか私が手掛けたパターンはその総数が5桁に近くなってしまっている。
科学の発展なんてものは、大概このように地味で地道なものだ。
なんて事を考えてナーバスになっても意味がない、意味がなくても進展がないと考えてしまう。
やれやれ、と考えながら暫く操作シミュレーションをしていると―――

「……なあ、これマジ?」
「……わからん。」

信じ難いシミュレート結果が表示された。
適合率100%―――ではない、桁が幾つもズレている。数値にして―――100,000,000
正直バグなのではないか、と己の目を疑う。疑うが表示は淡々と事実を述べている。
おかしい。作業時間にしてかれこれ2時間は越えたが、脳が現実逃避しようとしているのだろうか。

「……どうする?」
「どうすると言われても。……やってみるしかないだろう。」
「だよな、じゃあ頼んだ。」

そう言われ、半信半疑のままに遺伝子操作が―――行われた。
固唾を呑んで、計測結果を待つ。
これは真実か?
わからない。とりあえず、私の頭が混乱していることは明白だろう。

「……出たぞ、計測結果。……シミュレート通り、だな。」
「……ああ。……これで、研究目標は達成、なのか?」
「……そうなるな。計測が正しいなら、目標より10万倍良い結果って事になるけどよ。」
「現実感が無い、助けてくれ。」
「それ俺のセリフなんですけど。……ま、まあいい、仕事終わり!部屋に戻ろうぜ!」
「……そうだな。」

ふわふわとした困惑が抜けきらぬまま、報告書を仕上げて上層部へ送信し、私達はエレベーターへ乗り込んだ。
本当に終わってしまったのだろうか、本当にこれでよかったのだろうか。
100%を何段も飛び越え、あのような結果が導かれたのは何だったのか。
よくわからないままに、二人揃って部屋へ戻るのだった。

暫くして、その報せは瞬く間に広がっていった。
―――ついに計画は実行される、と。
私達は、この栄華が終わり無きものになると信じていた。

信じて、いたのだ。






暗い、どこまでも暗い世界で、俺の意識は明滅した。
まず初めに感じたのは、痛いほどの情報量。
あらゆる方向から、何もかもが押し寄せてくる。
音が、言葉が、悪意が、あらゆるものが。
俺の全てが書き換えられる、俺の全てが作り変えられる。
俺に僕が混ざり込む、僕が俺になる。

次に感じたのは、憎悪。
駆け巡るように俺の脳は回転し、果て無い荒野さえも踏破する勢いで情報は整理される。
俺が今、何をしていて、どうなっているのか。
何を経て、一体何をされて、何が俺に起こったのか。

最後に感じたものは―――



全てを塗りつぶすような、終わりのない、憤怒だった。



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最終更新:2020年04月24日 02:42