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 ――もう、何が何だかさっぱりわからん。

 これが、アンジェリカ・アルロニカの現状に対する率直な感想だった。
 街の様子が明らかにおかしい。今の東京はどこも大概だが、だとしてもさっきまでいた新宿は度を超えていたように思う。

 ここに来る前、アンジェリカ達もまた赤く染まる空を目撃している。
 あれはどう考えても、誰かしらサーヴァントが良からぬ真似をした結果だろう。
 それに、あの悍ましい赤色には覚えがある。
 傷ついた自分の身体から流れる血よりも赤く、見ているだけで心がどこかに引っ張られそうになる【赤】。
 六本木で相対した不滅の怪物……"黙示録の赤騎士(レッドライダー)"が絡んでいると推定せざるを得なかった。

 そう考えると、本格的にやばくなる前に新宿を離脱できたのは僥倖だったに違いない。
 そんなアンジェリカの考えは正しい。赤騎士の〈喚戦〉が区内全域を覆い尽くしたのは、彼女達が脱出してわずか数分後のこと。
 マスターは一般市民に比べると免疫があるようだが、それが絶対でないことは彼女自身が一番わかっている。

 自我をかき乱され、自分が自分でなくなっていることにも気付けない暴走状態。
 思い出すだけでも顔が歪むし、あんな思いは二度としたくなかった。
 そうでなくてもあの怪物は小手調べ感覚で核爆弾を打ち込んでくる傍迷惑なサーヴァントなのだ。
 区ひとつどうこうする手段などいくらでも持っていると思っておいた方がいい。
 離脱の理由が天梨の人事不省なので手放しには喜べないが、赤騎士との再戦を避けられたのには正直ホッとした。

(今はあそこが台風の目ってことよね……)

 アンジェリカは遠巻きに見ただけだが、先刻天若日子と輪堂天梨のアヴェンジャーが戦っていた女神はどう見ても異常な強さをしていた。
 天若日子は言わずもがなだし、天梨のアヴェンジャーも相当だ。地獄の化身めいた戦いが記憶に残っている。
 にも関わらずその両方をいっぺんに相手取って、押し負けるどころか優勢を維持していたのだから狂気の沙汰だ。
 マスターの赤坂とかいう男も、強さ・人格共に絶対関わり合いになりたくない手合いだった。
 ホムンクルスや蛇杖堂寂句と同じ〈はじまりの六人〉のひとり。それも聞くところによれば、最右翼と呼んでいい殺人鬼なのだという。

 原初の狂人どもが邂逅した。
 それだけでも十分すぎるほど最悪なのに、彼らは示し合わせたようにある事象を感じ取っていた。
 来臨だ。彼らが傾倒する神が、あの星が――神寂祓葉が新宿に降り立った。
 であれば新宿がこの後地獄と化すだろうことに追加の理屈は要らない。レッドライダーの下りを抜きにしても、である。

 アンジェリカは赤騎士と祓葉の両方に遭遇している。
 だから断言できる。あいつらの脅威性に差はまったくない。
 怪物と現人神。一体でも東京を容易く破滅させられる超越者達が、こんなにも早く再び並び立ってしまった。
 ホムンクルスが物分かりよく新宿脱出を決断してくれたことには感謝が尽きない。
 アンジェリカは内心、祓葉に会いに行くとか言い出すのではないかと戦々恐々としていたのだから。

(ってことはやっぱり、アイツも新宿に来てたのかな)

 頭の中に、祓葉らとはまた違う意味で二度と会いたくない老人の顔が浮かぶ。
 蛇杖堂寂句。彼の灼かれ方はホムンクルス達とは趣が違うように見えたが、彼も参じている可能性は高いだろう。
 あるいは今頃、もう祓葉に挑んでいたりするのかもしれない。
 たとえ祓葉相手だろうと、あの老人が敗死する姿は想像できないが……。

(――ドクター・ジャック、か)

 会いたくない相手ではあるが、苦手意識を除くと、実のところなんとも言えない感情のある相手だった。
 自分が知らない母の顔を知っている人間なのだし、もっと根掘り葉掘り聞いておけばよかったと少し後悔がある。
 散々ぶちのめされたし、高圧的に脅されたが、あれの恐れられぶりからするとやはり自分はだいぶ温情をかけてもらったのではないか。
 もしかするとその理由には、自分が"オリヴィア・アルロニカ"の娘であるからというのも含まれていたのでは?
 過ぎた後にそんなことを考え出してしまう辺り、つくづく自分は凡人なんだなとちょっぴり嫌気が差してくる。
 まあもし次会う、もとい遭ってしまうことがあったなら、今度はそこのところを問い質してみよう。
 そう思いながら、アンジェリカは自分よりよっぽどさらさらの髪の毛を、泡をまぶした手櫛で梳いてやっていた。

「……かゆいところないですかー」
「……、……」

 この国ではお決まりらしい科白を冗談めかして言ってみるが、やはり反応はない。
 輪堂天梨。まことに信じ難い話ではあるものの、曰く、ホムンクルス36号の"友人"。
 巷の炎上騒ぎは何だったのかと思いたくなるほどそれらしくない少女は、変わらず瞳を曇らせたまま項垂れている。

 アンジェリカは今、彼女をシャワーで洗っていた。
 炎上中とはいえトップアイドルの身体を洗えるなんて役得なのだろうが、あいにく他国の芸能には疎かった。
 とりあえず大まかな汚れは洗い流したものの、流石に女の子が水浴びだけでシャワーを終えるなんてありえない。
 ので自分の身体を流すついでに、彼女にもシャンプーとボディソープを塗りたくり、丸洗いしてやることにしたのだが――

 この通り、天梨は人形も同然の状態だ。
 時折なにか喋りはするのだが、ほとんど独り言。
 朧気に謝罪するか、知人らしき名前を呼ぶだけ。

「おーい。いろいろ辛かったのは分かるけど、流石にそろそろしゃんとしないと」
「――――」
「……おーーい」
「――――」

 気を遣って励ましているうちに、いい加減むかむかしてきた。
 そりゃ気の毒だとは思うけど、へこたれたいのはこっちだって同じなのである。
 具体的に言うと、まだ祓葉とのことに心情的な踏ん切りをつけられていない。
 あの星を、黒幕を名乗るには純真すぎるあの少女を、自分はどう見据えるべきなのか。
 悶々としながらもなんとかやっているのに、なんだってこんなうじうじ娘を手取り足取り介助してやらにゃならないのだ。

 むかついたので、荒療治を取ることにした。
 ホムンクルスや彼女のサーヴァントにバレたら十中八九ブチギレられるだろうが、知ったことではない。
 じゃあお前らがシャワーに入れてやれという話だ。わたしによしよし系のムーブを期待する方が間違っている。

 言い訳しながら、アンジェリカはさっそく行動に出た。
 シャワーヘッドを天梨の折れている方の手に向け、そのまま蛇口を捻ったのだ。
 水流が勢いよく放出されて、見るからに痛そうな患部に触れる。

「――ぃ、ッ……!?」
「はい、ちょっとは目ぇ覚めた?」

 正直罪悪感はあったが、いつまでもこうして白痴の様相でいられたら困る。
 何より彼女自身のためにならない。
 会う前こそ身構えていたアンジェリカだが、こうも痛ましい姿を見せられると、流石に情のひとつも湧くというものだ。

「何があったのか、わたしは正直よくわかんないけどさ。
 全員生きて逃げられたんだから、いつまでもズルズル引きずんないの」
「……で、でも……」
「でもじゃない。どうしてもうじうじしたいんなら、せめて全部話してみなさい。
 何も言わないでひとりで抱え込んでたって意味ないし、正直迷惑なんだよ。
 一応わたしはあんたの同盟相手なんだから、このくらい言う権利はある」

 痛みは、どうやらいい気付けになったらしい。
 未だ消沈した様子ではあったが、とりあえず自閉の殻からは引きずり出せた。
 鏡越しに視線を泳がせ、申し訳なさそうに自分を見る天梨の顔がそれを物語っている。

 アンジェリカの言葉に、天梨はやや沈黙したが。
 やがておず……と口を開いた。
 正直他人の人生相談に乗れるような人間ではないのだけど、うじうじ女相手に謙遜してたら話が進まない。
 似合わない傍若無人が功を奏した形だ。配慮に欠ける行動と無遠慮な物言いはあの医者を少しだけエミュレートしている。
 ふんと鼻を鳴らしながら、天使の頭髪をわしゃわしゃ捏ねていくアンジェリカ。

「…………天使のままでいたいって、そう思ってたの」

 輪堂天梨の人となりについて、アンジェリカが知っていることは多くない。
 が、あの炎上騒ぎが彼女へのやっかみにより生まれたものなのは何となく分かっていた。

 曰く天使。純真無垢にして清廉潔白。
 見た感じ謳い文句に嘘はないのだろうが、この様子だと恨みを買うことは多かったろうなと推察する。
 人間きれいに生きるに越したことはないが、度を過ぎた光は周りの心理に影響を及ぼすものだ。
 まさに今日いくつかの実例を見たからよく分かる。ついでに言うなら、光そのものも見たし。

「私を嫌いな人がたくさんいて、やってもないことでめちゃくちゃに叩かれて、虐められて」

 ホムンクルスの心を射止めたアイドルということは、つまりそういうこと。
 この天梨という少女は、祓葉に通ずるものを有している。
 本物の星に灼かれた狂人をして極星に並び得ると太鼓判を押す、それだけの輝きを秘めている……"らしい"。

(正直、ぜんぜんそんな風には見えないけどな……)

 天梨を立ち直らせたい気持ちに嘘はないが、少し探りを入れたい腹もあった。
 髑髏面のアサシンが的外れな忠告をしてきたとも思えないし、何より今、星と呼ばれる存在には少々興味がある。

「それでも私は、その人たちすら照らす輝きでいたかった。
 ほむっちが言ってたの。私は、誰も灼かない光なんだって」
「ほむっ…………、…………ごめん、なんでもない。続けて」

 ほむっち――ほむっち?
 まさかそれはホムンクルスのことか?
 あの可愛げの欠片もない人形を、そんなマスコットみたいな愛称で呼んでるのかこやつ。
 ツッコみたくなったがぐっと我慢する。ようやく話し出してくれたのに、自分が腰を折っては世話がない。

「ほむっちも、私のサーヴァント……アヴェンジャーも、私をそう信じてくれてた」

 アイヌの堕ちた英雄、シャクシャイン。
 天使を堕落に誘う悪魔に、少女は啖呵を切ったばかりだった。

 あなたのことを知って、信じて、その上であなたにも勝つ。
 そうじゃなかったら、あなたに出会った意味がない。
 あなたも私と、勝負してくれる?

 そう偉そうなことを言ったのに、ちょっと揺らされたらこのザマだ。

「全部、裏切っちゃった。
 馬鹿だよね。汚いよね。此処で終わっちゃうかもしれないと思ったら、急に全部が惜しくなったんだ」

 あの時、抱いてはいけない気持ちで、捧げてはならない祈りを奉じた。
 それはすべて、輪堂天梨が自分の意志で選んだ選択だ。
 シャクシャインの誘惑も、ホムンクルスの介入もそこにはない。
 天梨は、天梨の意志で、天梨(じぶん)のために翼を広げたのだ。
 己の敵を灼き尽くす神罰を。光という概念の負の側面を、露わにした。

「ほむっち。アヴェンジャー。あと……」
「……"満天ちゃん"?」

 こく、と天梨は頷く。
 その名前は知っていた。
 此処に来るまでに、彼女が度々漏らしていたから。

「ホントはずっと、つらかった」

 吐露する言葉は、アヴェンジャー達について語るのとはまた違う声色だった。

「日本中が私を嫌って、憎んで、馬鹿にしてる。
 口に出したらだめだと思って我慢してたけど、正直、擦り切れちゃいそうだった。
 みんな死んじゃえばいいのにって思ったことだって、一回や二回じゃない。死んじゃおうかなって思ったことも、そう」

 でも。
 天梨は、天使と呼ばれた少女は、続ける。

「けどあの子が、それを壊してくれた」

 煌星満天はきっと、自分がそう大それたことをした自覚なんてないだろう。
 だとしても、輪堂天梨を最も救ったのは間違いなく彼女の存在だ。
 悪魔というキャラで売っている少女に用いる表現としては不適当かもしれないが――天梨にとって彼女は自分などよりよほど光だった。

 だって、自分に挑戦してくる人なんて久しくいなかったのだ。
 悪魔の登場はまさに青天の霹靂。
 心を覆う闇色の澱を吹き飛ばして、彼女は颯爽割り込んできた。

 ―――勝負だ、天梨。

「裏切っちゃった。あの子の勇気も、優しさも」

 勝手に舞台を転げ落ちて、真っ逆さま、奈落の底。
 哀れ。惨め。そして醜悪。
 自分がいかに穢いものかを、堕天の翼を広げた瞬間に嫌というほど思い知った。

 あの時天梨が覚えたのは、喪失感と罪悪感。
 けれどそれだけじゃない。
 確かな快楽が総身を突き抜けていく感覚を、彼女ははっきりと記憶している。

「私はあの子が追いかけてくれるような、そんなアイドルでいなくちゃいけないのに――」

 嫌いな誰かを踏み潰すことは気持ちがいい。
 間違いなく悪徳ではあるが、ヒトとして誰もが当然に持ち合わせる性質でもある。

 しかし輪堂天梨はあの瞬間まで、本当にその感情を知らなかったのだ。
 誰も憎まず呪わず、誰かの破滅に一切の他心なく心を痛められる。
 善良のお手本のようなメンタリティは、この猥雑とした時代においてはひとつの狂気だ。
 輪堂天梨は破綻者である。そんな類稀な精神構造を持って生まれた少女が、悪意の味を覚えてしまった。

「こんな私じゃもう、"みんな"の天使でいられない」

 シャクシャインとの運命も。
 満天との勝負も。
 全部、天梨自ら駄目にした。

 その失意は凄まじいものだ。
 完全な堕天を待たずして、既に天使は絶望の底。
 とめどない自己嫌悪が少女の輝きを隠す暈になっている。
 折れた手の痛みすら問題にならないほどの心の摩耗。
 心はもうすり切れそうで、波打ち際の砂の城も同じだ。
 今はギリギリのところで踏み止まっているだけに過ぎない。

「……あのね」

 懺悔めいた悔恨を聞き届けたアンジェリカは、目の前の萎れた少女に――

「思い上がりすぎ。いい子通り越してちょっと痛いよ」
「あいたっ!?」

 ぽか、と、軽いげんこつをお見舞いした。
 咄嗟に左手で頭を押さえ、鏡越しに見てくる天梨にアンジェリカは嘆息する。
 同時に確信した。この娘は巷で言われてるような悪女なんかじゃ断じてない。

 むしろ逆だ。
 輪堂天梨は、あまりにもいい子すぎる。
 というか苦手なタイプでさえある。大衆の私刑に同意する気はないが、彼女が敵を作ってしまう理由も分かった気がした。
 何ならアンジェリカ自身、さっきの告白を聞いている時には鼻につく女だなと苛立ちを覚えてしまったくらいだ。

「わたしはあんたのこと知らないから、知ったようなこと言うしかないけどさ」

 アイドルとしてなら、彼女は確かに最強だろう。
 自負が違う。自覚が違う。ジャンルに明るくないアンジェリカでさえこの短い時間でそう思わされた。
 裏表なく、打算抜きに大衆の理想像を貫ける人間なんてそういない。

「世の中、そんなにあんた中心で回ってないよ」

 要するにこの少女は、舞台の上と下の区別をつけられないのだ。

「っ、違……そういうつもりで言ったんじゃ」
「いいや、そういう風に聞こえた。少なくともわたしはね」

 それがアイドルのあるべき姿だと言われたら返す言葉もないが、少なくともこんな非日常の中でまで貫くことじゃないだろう。
 オンとオフの切り替えがないのは大半の人間に好印象を与えるだろうが、逆に鬱陶しさを見出す者もいるのは正直よくわかる。
 というか、たぶんアンジェリカは後者側の人間だった。
 この子と一緒にいると、どんどん自分を嫌いになっていきそうだから。

「あんたが天使であるとかないとか、はっきり言ってほとんどの人にはどうでもいいでしょ。
 それを気にする奴なんておたくのヤバいサーヴァントと、あの無愛想なホムンクルスくらいじゃない?」
「……、でも」
「大体、その……マンテンちゃん? だっけ。
 その子って、あんたがちょっと汚いところ見せただけで幻滅するような奴なの?
 だったら付き合い考えなよ、そんな奴いてもいなくても変わんないから」
「そ――そんなことない!」

 いきなり声を荒らげられてちょっとびっくりしたが、それだけ大切な友人でありライバルなのだろう。
 きーんと残響の残る耳を指で穿りながら、アンジェリカは思った。

「そんなこと、ないもん……」
「反論する元気があるなら、いつまでもうじうじしてないでしゃんとしなさい。
 わたしはあのホムンクルスは嫌いだけど、あんたがそんな調子だとあいつも困るでしょ。多分」

 とはいえあの場で天梨が健在だったなら、ホムンクルスは祓葉を探しに行くとか言い出す可能性もあった。
 赤騎士蠢き祓葉舞い踊る地獄の新宿から離脱できる理由を作ってくれたのには、やっぱり感謝している。
 が、仮にも同盟相手な彼女がこうだとこの先困るのは本当だ。
 ほぼ初対面の相手にだいぶズケズケ言った自覚はあるが、そこはカウンセラーの当たりが悪かったと諦めてほしい。
 わしゃわしゃときれいな薄紫の髪を泡立ててやりながら、アンジェリカはぽつり問う。

「……元気出た?」
「……出た、かも。
 でも……そうだよね。私がこんなじゃみんなにもっと迷惑かけちゃうし。ありがとう、えっと――アンジェリカさん……?」
「ん。アンジェリカ・アルロニカ。ホムンクルスから聞いてるでしょ。
 あとアンジェでいいよ。うちのサーヴァントとあと厄介な後輩一名はそう呼んでる」
「じゃあ、アンジェさんだ」

 本人も言う通り、ちょっとは元気が出たらしい。
 まだ本調子には程遠いというか、無理してる感が傍目にもわかるが、それでもさっきまでに比べれば随分マシだろう。
 安堵してから、らしくないことをしてしまった、と少し気恥ずかしくなった。

 時計塔のアンジェリカ・アルロニカは、決してこんな面倒見のいい人物じゃなかった。
 いつも現状に辟易していて、いつも苛立っていて、そしていつも諦めていた。
 自分の未来を諦めてるような人間が、他人の辛さなど慮れるわけもない。
 もしそんな余裕が彼女にあったなら、ノンデリ発言で友人と決闘を演じることもなかったろう。

 変化の理由はいくつか考えられる。
 意地でも望みの未来に食らいつかなきゃいけなくなったことがもちろん一番だ。
 実際に死にかけて、いろんなことを知って、ますますその気持ちは強まっている。
 だけどそれを筆頭に挙げられる"いくつか"の中には、やはり"あいつ"の存在も含まれていた。

 ――厄介な後輩。

 出会ったばかりの自分を命がけで守り、先輩と慕い、屈託のない無邪気な顔を向けてきたあの女。
 他人の運命を遊び感覚で狂わせておきながら、毛ほどの邪悪も見て取れない超越者。
 興味はないが、もしも魔術世界の道理ですら説明できない本物の神様がどこかにいるのなら、それはああいう性格をしてるのかもしれない。

 神寂祓葉は神様で、人間だ。
 世界はその矛盾を許容しない。
 ヒトはその矛盾に耐えられない。
 彼女と共に生きられる人間はいない。
 じゃあ、わたしは。わたし達は。
 あのとても綺麗(あわれ)な女の子に、何をしてやればいいのだろう?

「アンジェさん?」
「――ごめん、ちょっと考え事してた」

 天梨に呼びかけられて、自分が黙りこくっていたことに気付く。
 これじゃさっきまでとあべこべだ。取り繕いながら、シャワーで泡を流してやる。
 やはり手は痛むのか、バスタブの方に避難させていた。

「ていうかあんたさ、とんでもないのに懐かれちゃったね。 
 知ってると思うけど六人(あいつら)、揃いも揃ってドの付く異常者だよ。
 わたしもあいつの昔馴染にえらい目に遭わされたんだから」
「あはは……、でも、ほむっちはいい子だよ」
「いい子ぉ? あの根暗が? 
 天使様の眼はどうなってんだか――そういえばあいつ、私が会った時より大きくなってる気がするんだけど……もしかして何か知ってたり」
「あ、えっとね。詳しく話すと長くなるんだけど……私の魔術って、他の人を強くすることができるらしくて」

 その影響だって言ってたよ、と事もなく言う天梨に、アンジェリカは一瞬固まった。

(……他者強化? それも、生き物を強制的に成長させられるレベルの?)

 これをさらりと打ち明けられてしまう時点で、輪堂天梨が魔術に関して素人なことはよく分かる。
 他人へ施す強化魔術はその道の最高技術だ。"できる"と知られた瞬間、冗談抜きに周りの見る目が変わるレベルである。
 もちろんアンジェリカもできない。ましてホムンクルスとはいえ、人間規格の生物を即座に成長させるほどの術なんて聞いたこともない。
 魔術界は広い。探せば可能な者はいるかもしれないが、今回それをやったのは魔術師の何たるかも知らないような市井の少女なのだ。

「――そっか。だからアレの眼鏡に適ったわけね」

 天梨に聞こえないよう、水勢を強めながら独りごちるアンジェリカ。
 共通項を見つけた瞬間、パズルのピースが独りでに填まっていく。

 最初は半信半疑だったが――思えば、似ているところは多い。
 美しい見た目、非凡な才能、魔術のルールを逸脱した"超能力"。
 そして、ヒトの社会から拒まれていること。
 本人に悪意がなくとも、存在するだけで誰かの心を揺らしてしまう地上の星。

 継代のハサンの忠告の意味がわかった。
 確かに彼の言う通り、輪堂天梨は神寂祓葉の同類だ。
 実際に会って言葉を交わしたアンジェリカにはそれがわかる。

(じゃあ、この子の不安はあながち間違ってもないってコトか――)

 自分の天使性を自覚して病んでいる姿には苛立ちが勝ってしまったが。
 彼女が祓葉と同族であることを踏まえて考えると、確かに"堕天"は絶対に避けなければならないだろう。
 未開花の状態で既に、世の大半の魔術師を凌駕する才覚を発揮しているのだ。
 天梨が完成した時、彼女の翼の色が白でなかったなら、いったいどれほどの災厄が産み出されるのか……考えただけでもゾッとする。

 それに。

 あえて言葉にはしないが、そうでなくてもこの娘を放っておきたくはなかった。
 あの後輩に似ているけれど、まだこちら側の世界にいる彼女を。
 あんなにも美しく、そして悲しい存在にはしたくない。
 もう一度深いため息をつく。ついでに心のなかで祓葉に毒づいた。

 ――こっちは生き抜くだけで手一杯だってのに、余計なモノ押し付けやがって。
 ――やっぱりあんたは最悪な女だよ。寂句の言ってたことは本当に正しい。

「これくらいでいいかな。ほら、上がって手当てするよ」
「うん。……ごめんね、お願いしてもいいかな。アンジェさん」
「言われなくてもそのつもり。わたし以外に適役いなそうだしね――あといちいち謝んないの」

 気分も身体もさっぱりした様子の天梨からぷいと顔を背けて、アンジェリカは彼女の頭にバスタオルをかぶせた。

「わぶっ」
「片手じゃ大変でしょ、やったげる。
 ……ああもう、言っとくけど普段こういうキャラじゃないんだからねわたし……!」

 半ばやけっぱち気味に世話を焼くその姿は、先輩というよりかは姉に似ていた。



【渋谷区・超高級ホテル 最上階スイートルーム/二日目・未明】

【輪堂天梨】
[状態]:疲労(大)、左手指・甲骨折、全身にダメージ(中)、自己嫌悪(ちょっと落ち着いた)
[令呪]:残り二画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:たくさん(体質の恩恵でお仕事が順調)
[思考・状況]
基本方針:〈天使〉のままでいたい。
0:正直まだ落ち込んでるけど、確かにこのままじゃ迷惑かけちゃう。
1:ほむっちのことは……うん、守らないと。
2:……私も負けないよ、満天ちゃん。
3:アヴェンジャーのことは無視できない。私は、彼のマスターなんだから。
4:アンジェさんを信用。誰かに怒られたのって、結構久しぶりかも。
[備考]
※以降に仕事が入っているかどうかは後のリレーにお任せします。
※魔術回路の開き方を覚え、"自身が友好的と判断する相手に人間・英霊を問わず強化を与える魔術"(【感光/応答(Call and Response)】)を行使できるようになりました。
 持続時間、今後の成長如何については後の書き手さんにお任せします。
※自分の無自覚に行使している魔術について知りました。
※煌星満天との対決を通じて能力が向上しています(程度は後続に委ねます)。
 →魅了魔術の出力が向上しています。NPC程度であれば、だいたい言うことを聞かせられるようです。
※煌星満天と個人間の同盟を結びました。対談イベントについては後続に委ねます。
※一時的な堕天に至りました。
 その産物として、対象を絞る代わりに規格外の強化を授けられる【受胎告知(First Light)】を体得しました。この魔術による強化の時間制限の有無は後続に委ねます。

【アンジェリカ・アルロニカ】
[状態]:魔力消費(中)、疲労(中)
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:ヒーローのお面(ピンク)
[所持金]:家にはそれなりの金額があった。それなりの貯金もあるようだ。時計塔の魔術師だしね。
[思考・状況]
基本方針:勝ち残る。
0:考えなきゃいけないことがいっぱいで嫌になる。どいつもこいつも勝手な奴ばっかり。
1:天梨の手当てが済んだら、ホムンクルスから色々聞き出さないと。
2:神寂祓葉に複雑な感情。
3:蛇杖堂寂句には二度と会いたくない。
4:天梨は祓葉の同類、確かにそうかもしれない。……二人目、ねぇ。
[備考]
※ホムンクルス36号から、前回の聖杯戦争のマスターの情報(神寂祓葉を除く)を手に入れました。
※蛇杖堂寂句の手術を受けました。
※神寂祓葉が"こう"なる前について少しだけ聞きました。


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最終更新:2025年09月18日 01:48