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 狂った国家権力の末路は、彼ら以外誰もの予想通りに片付いた。
 当然だ。数と武装を誇るしかできない烏合の衆など、魔術師と英霊の前では何の価値も持たない。
 彼らは狩魔と征蹂郎に蹴散らされ、英霊達に薙ぎ払われ、既に全滅の憂き目を見ていた。
 増員が駆けつけてくれば厄介なものの、少なくとも第一陣はこの通り総じて犬死にを遂げたわけだ。

 哀れだが、致し方のないことである。
 その暴走は最初から失敗に終わることが確約されていたし、そもそも仕組んだ黒幕も彼らが戦果を挙げられるなんて信じては居まい。
 あくまで目的は社会悪を作ること。
 正義の使徒を無残に虐殺する、血の通わないパブリック・エネミーを生み出して燃やすこと。
 そちらの目的は、この通り実に首尾よく達成された。
 アルマナ・ラフィー、華村悠灯。そして悪国征蹂郎と周鳳狩魔。彼らは数時間後の朝には、東京で知らぬ者のいない危険人物として知られる羽目になろう。

 この戦いに勝者はいない。 
 それはもはや決定された。
 しかし、その中核たるふたりはそんなもの一顧だにしていなかった。

「やっと静かになったな」
「まったく……無駄な時間だった」

 男達が、数分の空白を明けて再び対峙する。
 共に凶漢。しかし流れる血の温度はまったくの真逆。

「終わらせようぜ」
「ああ。オレも……貴様の顔はもう二度と見たくない」

 未だ続くカドモスとシッティング・ブルの戦い。 
 原人達も投入され、その喧騒はさるものだったが、ふたりの王にそれを気にした様子はなかった。
 腹に空いた穴からとめどなく血を流し、拳を構える征蹂郎。
 右目を潰され、少なくない生傷を作りながらも銃把を握る狩魔。

 拳と銃口、互いに突き付けあった拒絶(さつい)。
 それだけが、彼らの間に存在する唯一の絆だ。
 そのいびつな絆を清算する時が、遂にやって来た。

「よーいドンの合図は要るか?」
「不要だろう。第一、貴様がそれを守る男とは思えん」
「殺し屋に卑怯者呼ばわりされるとはな。まあ否定はしねえが」

 征蹂郎が死ぬ。狩魔が死ぬ。
 もしくは、両者共に相討ちに倒れる。
 いずれもあり得る可能性だ。だが、逆にそれ以外はあり得ない。
 征蹂郎と狩魔が共に生きて明日の夜明けを見る可能性は、この世のどこにも存在せぬと断ずる。

 彼らは決して、互いの生存を許容できないからだ。
 水と油より尚最悪な不倶戴天。
 征蹂郎が狩魔を許せぬように、狩魔もまた征蹂郎を認められない。
 〈喚戦〉が呼び覚ました不合理なノスタルジー。黄金時代への憧憬が頭蓋の蓋を破って溢れ出している。
 なればこそ、いつかの居場所を思い出させる悪国征蹂郎はもはや"存在してはならない"生物にまで認識を落としていた。

「じゃあ行くぜ。廃墟の王様」
「来い。絢爛な……だが、この世の誰より孤独な王よ」

 その言葉が、開戦の号砲の代わりだ。
 狩魔が発砲し、無数の魔弾で夜を切り裂く。
 機動隊に使ったのにも勝る弾勢で押し寄せる、逃げ場なき弾幕の袋小路だ。

 一寸の活路もない死の暴風雨を拳で抉じ開ける。
 もはや源流の途絶えた【赤】き病魔を用い、後先考えず脳を刺激し続ける。
 自傷行為にも等しい過剰な戦意高揚が、最強の暗殺者をさらに先のステージへと押し上げた。
 拳一つで弾丸という弾丸を押し破り、駆ける姿はまるで重戦車。
 そのまま完全に突破して、瞬時に抜刀。
 下級宝具の真名解放にも届き得る一撃が狩魔に迫るが、魔弾の射手も伊達ではない。

 爆薬を内蔵した魔弾を的確に撃ち込んで抜刀の威力を減衰させ、引き撃ちに徹し始める。
 人間を完全に超えた猛攻を見せている征蹂郎だが、狩魔は冷静だ。
 目を瞠るパワーなのは確かなものの、よくよく見ると弾丸への応対は全て、赤騎士のガントレットで覆われた両腕のみで行っている。
 つまり、被弾を無効化できるほどの耐久性までは持ち合わせていないということ。
 であれば話は早かった。焦らず騒がず冷静に、敵が倒れるまで精密射撃を続けていればいいだけのこと。

 欠伸の出るほどつまらない詰め将棋。
 だが、もう狩魔は征蹂郎を舐めていない。
 知っているからだ。この男はそんな常識で測れるほど、凡庸な男ではないと――!

「おおおおぉおおぉぉおぉぉッッ!!」

 裂帛の気合を声に出し、地を蹴って空に翔ぶ。
 逃がすかと引き続き放たれた魔弾を、滞空したまま腕の一振りで全て掴み取る。
 瞬間、起爆。何度目かの爆風に焼かれ傷を負うが、焼けた肌を晒しながら、暗殺者が急加速した。

「呆れた野郎だ。命が惜しくねえのか」
「その答えを、貴様は知っているだろう……ッ!」

 信じ難いことだが、征蹂郎は弾丸が爆弾だと承知の上であえて受け止めたのだ。
 最悪なのは被弾し、体内で起爆されて五体が吹き飛ぶこと。
 であれば焼かれるリスクはいっそ飲み込んで、逆に利用できないかと脳を回した。
 征蹂郎の頭脳は狩魔に比べれば数段はお粗末だろう。
 しかしこと戦闘に対するセンスならば、逆に狩魔の数段上を行く。
 殺し殺されの修羅道で育った者と、道具や奇策頼りの戦いを前提にする裏社会で育った者とでは、戦士としての完成度は当然違うのだから。

 掴んだ弾丸を爆発の前に背中側へ回し、起爆の衝撃を前方への推進に転用できるようにした。
 代償として征蹂郎の背は赤く焼け爛れ、骨が両手の指では利かないほど折れたが、得られた加速は非常に強力。
 夜を裂く一陣の風と化した征蹂郎が、爆炎の翼を生やしながら狩魔に肉薄する。

「ステゴロは好きだが、流石にターミネーターとは戦りたくねえな」

 魔術回路を駆動させ、装填する弾丸の威力を引き上げて放つ。
 『魔弾の射手』の最高威力だ。人体を跡形もなく消し飛ばせる程度には強力だが、惜しむらくは征蹂郎へ既に見せてしまっていること。
 狩魔の魔術も万能ではない。量を用意するだけなら大したことないが、威力にこだわり始めると途端に消耗が大きくなる。
 だから一発一発でよく狙いを定めて、外れるにしても敵の歩みをなるべく乱せるように計算して射出していく。

 征蹂郎も本能を最大まで駆動させ、それに挑む必要があった。
 喰らえば死ぬ。掠めても手足が吹き飛ぶ。そうなればこの怨敵を殺せない。
 死んでいった仲間が脳裏をよぎる。その顔が、声が、温度が、思い出が、征蹂郎に力をくれる。
 爆風の加速が弱り始めたところで、征蹂郎は足による抜刀を行使した。
 斬るのは狩魔でも、その魔弾でもない。
 踏みしめる大地自体に爪先を突き立て、アスファルトを引き裂きながら斬り抉る。
 巻き上がる粉塵と土砂。自分の身体を煙幕の内に隠して、征蹂郎は射撃の精密さを狂わせんと目論んだ。

「おいおい、がっかりさせんじゃねえぞ。まさかその浅知恵が"策"だなんて言わねえよな」

 が、無駄に終わる。
 適当に発砲して、弾を爆ぜさせれば爆発の明かりと風圧が煙幕を消し去ってくれる。
 確かに一瞬は時間を稼げただろうが、魔弾の射手の残弾は無限に等しい。再び逃げ場を奪ってから改めて撃てばいいだけだ。

「安心しろ。そのつもりはない」

 煙が晴れた時、そこで狩魔は信じられないものを見た。
 征蹂郎が、彼に似合わない凶器を片手に持っている。
 逆に、狩魔には実に馴染み深い道具(えもの)だ。
 何なら、今この瞬間も使っているくらいに。

「は――やるじゃねえか。いい策だな、意表を突かれたぜ!」

 征蹂郎は、拳銃を握っていたのだ。
 魔弾の射手(ザミエル)の狩場の中、か細い活路を捻出しながら走る傍ら。
 暗殺者は初めてとは到底思えない手捌きで照準を合わせると、狩魔に向けて矢継ぎ早に放った!

「ぐ……! ッづ、ゥ……!!」

 〈喚戦〉による身体能力向上が彼を助けたが、肉体強化の魔術は使用が間に合わなかった。
 脇腹と太腿に銃弾を受け、唇に前歯を血が出るほど食い込ませながら蹌踉めく狩魔。
 彼は優秀だ。しかし実戦経験と、根本の鍛え方では征蹂郎に数段劣る。
 金勘定と人使いで成り上がった男と、ある蛇の果樹園で育った生粋の暗殺者。
 その差がここで出た。征蹂郎は銃撃を浴びたくらいじゃ怯まないが、狩魔は一瞬動きが鈍る。

 そこを突かない征蹂郎ではない。
 大股で踏み込んで、地を蹴り今度は自前の技術で加速。
 いつの間にか、あんなに広かった両者の間合いが間近まで詰まっている。
 そして抜刀――狙うのは首だ。掠めても致命という絶望が、今度は手のひら返して狩魔を追い詰める。

「抜刀ォォォォッ!」
「鼻息荒ぇなあ、格好悪いぜ王様よぉッ!」

 死が迫ってくる。背筋のひりつく感覚に、狩魔は怯えるどころか破顔していた。
 あの頃。出羅攀として仲間のために戦い、何倍もの戦力差に向かっていった時の記憶がよぎる。
 ならば周鳳狩魔、追憶(エモーション)の奴隷が臆する道理無し。
 彼はずっと、そういつだって、この感覚をこそ求めていたのだから。

「……こっちも全部だ。俺の全部持っていきやがれ、戦争野郎」

 征蹂郎に倣って、〈喚戦〉にすべてを委ねる。
 頭の中に広がる、麻薬にも似た精神の高揚。
 アドレナリンの数倍も効き目の強い戦意が、狩魔に死地の突破を成し遂げさせる。

 本能へ問う。
 目の前の敵を殺すにはどうすればいいか。
 生き延びるためではなく、勝って殺すために問いかける。
 算出された回答に、狩魔は迷うことなく従った。
 銃口を自らの左腕に向け、そのまま発砲。
 征蹂郎が瞠目する。無理からぬことだ。魔弾の射手は今、自ずから四肢の一本を捨てたのだから。

「ち……!」

 千切れ飛んだ腕。その欠落が、肉体の重心を瞬間的に変化させる。
 征蹂郎の想定よりも遥かに身軽に身を反らした狩魔を、放たれた殺人拳は追いきれない。
 結果、空振り。腕一本を犠牲にし、魔弾の射手は死をやり過ごした。
 次の瞬間、生き延びた孤独な者の隻腕が、拳を握って征蹂郎の顔面を殴り潰す。

 鼻血を噴きながら地を転がる征蹂郎。
 追撃の弾丸をがむしゃらに振るった腕で払い飛ばしつつ身を起こし、脳震盪に揺れる視界で"本命"を視認し、飛び退いて避けた。
 征蹂郎の背後で、風穴を空けられたビルが惨めに佇んでいる。
 砲弾の直撃を受けてもこうまで綺麗に穿たれはしないだろう。恐るべしは、魔弾の射手。その全力よ。

「……驚かせやがる。まさかテメェがチャカなんぞ使うとはな」
「取り柄が素手だけだと、言った覚えはない……」

 互いにありったけ血を流しながら、ふたりの王が幾度目かの睨み合いを交わす。

 悪国征蹂郎の本領は拳術だ。
 硝煙の匂いで標的に悟られないよう、仕事の本番では専ら丸腰で乗り込むが、だからと言って武器が扱えないわけではない。
 彼の育った養成施設は国語や算数の代わりに、子ども達へあらゆる暗殺法を仕込む。
 その首席だった征蹂郎は当然、ナイフ術から火薬の扱い、そして銃の取り扱いも修めている。
 狩魔は征蹂郎を能のない愚鈍な男と嘲ったが、言うなればあの瞬間も征蹂郎は腹芸を繰り広げていたのだ。
 敵の警戒を拳にのみ集中させ、それ以外の可能性を警戒させない初歩的なミスディレクション。
 伏せ、温存し、隠し続けてきた手札が功を奏した。回り回って一発の銃弾が、狩魔の片腕までもぎ取ったのだから。

「体調はどうだい。俺は早くも視界がグラついてきたが」
「……似たようなものだ。永くは保たないだろう」

 では今、どちらの旗色が良いのか。
 結論を言うと、どちらも極めて苦境だった。
 理由は単純、失血である。

「人体ってのは脆いからな。どんなに鍛えた超人だろうが、血が足りなければ素人以下だ」
「そうだな。……実に、ままならん。オレは時折、英霊という存在が羨ましくなる」

 狩魔も先程、生きるためとはいえ片腕を捨ててしまった。
 傷口から溢れて滴る血液は、今この瞬間も彼の生命の残り時間をカウントし続けている。
 征蹂郎も腹に空いた銃創が未処置で残っている以上、失血死の運命と無縁ではいられない。
 まして彼の場合、狩魔に比べて負っているダメージの総量が圧倒的に多い。〈喚戦〉がなければとっくに失神している筈だ。

 もう時間はない。
 根比べなんてつまらない結末は、彼らのどちらも望んでいない。
 であれば取るべき選択肢はひとつだった。
 狩魔も征蹂郎も、時を同じくしてそれを思いつく。
 また相手が同じ発想に至ったことも、理屈でなく悟ることができた。


 ――――終わらせよう。俺達のすべてを。


 今度は、征蹂郎から構えた。
 狩魔は咎めない。彼に先手を譲った形だ。
 無論、粋な仁義などでそうしたわけではない。
 隻腕になった今、死をより間近にした今では、立ち回り方もまったく別物になってくる。
 すなわち征蹂郎の動きを見て、その上で潰す。
 英霊にも通じ得る〈抜刀〉を持つ彼に先を譲ることの意味を理解した上で、狩魔はあえて停滞を選んだ。

 賢しらになっちまったな、と自嘲の笑みを浮かべながら。
 狩魔は待つ。征蹂郎は動く。
 その瞬間に、この抗争の結末を定む最後の攻防が幕開けた。

 無論、征蹂郎は一手目から抜刀。
 距離も良い、先手も取れた。なら初手の必殺を惜しむ理由はどこにもない。
 ただし腕ではなく、足での抜刀だ。
 いざとなれば地面を斬ることで咄嗟の不測に対応できるのは先の交戦で証明済み。
 迷わず放たれる武の閃刃、その初動を見るなり狩魔も動く。

「"魔弾の射手(デア・フライシュッツ)"――――」

 要求されるのは最良、最強、最速の三拍子揃った凶弾だ。
 魔弾を鋳造する魔術を消耗度外視で行使し、周鳳狩魔は必殺の一発を創り上げる。
 これまでのどの弾より速く、これまでのどの弾より強い。
 爆発だの追尾だのといった小細工はもはや無用。この間合いであれば、どの道掠めただけで殺せるのだ。

「――――"運命の凶弾(ザミエル)"!!」

 デュラハンの王は常に不敵。
 誰にも弱みを見せず、またすべてを晒すこともない。
 例外はもうこの都市に亡い、あの白い狂戦士くらいのものだ。

 弱さは破滅を招く。情報は急所に通じる。
 故に狩魔は文字通りの運命共同体を除いては、どれほど心通わせた相手にもそれらを見せなかった。
 華村悠灯や覚明ゲンジも例外ではない。

 そんな男が、遂に此処でその前提を放棄する。
 青春への未練。魔弾の射手としての、正真正銘の全力。
 その両方を曝け出して、悪国征蹂郎を殺すべく狩魔は引き金へ触れた指に力を込める。

「周鳳。……やはりお前の敗因は、自滅だ」

 が――征蹂郎は、それを読んでいたかのように一言呟く。
 次の瞬間、彼は発言の意味するところを行動で証明した。

「……ッ!?」

 狩魔が、不意の銃撃という搦め手を受けた時と同じ顔をする。
 征蹂郎が狙っていたのは、仇の首でも身体でもなかった。
 周鳳狩魔が構えた拳銃。魔弾を吐き出し続けるその銃身を、征蹂郎は爪先の一閃で斬り砕く。
 引き金を引くより速く破壊される拳銃。
 装填した魔弾ごと無に帰し、ここに一騎討ちの体裁が崩壊する。

「正々堂々の一騎討ちなど柄でもなかろうに……策士が麻薬など吸うからだ」

 平時の狩魔なら、武器破壊など真っ先に警戒しただろう。
 が、今の彼はそれをまったく警戒することなく切り札の開帳に踏み切った。
 〈喚戦〉は万人に微笑み、欲するだけの力を戦意という形で供給する。
 耐性のあるマスターが使えば理性を失わぬまま、人間の限界を超えることすら可能だ。

 されど〈喚戦〉は理性の天敵。その大前提は誰が吸おうが変わらない。
 現に周鳳狩魔は冷静さを欠き、合理を尊ぶなら押し殺すべきエモーションに得意の策略を圧迫されている。

 そも、悪国征蹂郎と周鳳狩魔は戦力として互角などではない。
 超人の身体能力と技を持つ征蹂郎が圧倒的に上を行き、強力な魔術を体得しているにしても狩魔は後塵を拝していた。
 その差を埋め得るのは得意の神算鬼謀。
 だが〈喚戦〉はそれを鈍らせ、狂わせ、麻痺させる。
 征蹂郎の言う通り、レッドライダーの振り撒く熱病は麻薬のようなものだから。
 その効能に頼ることを選んだ時点で、いつかこうして破綻するのは避けられない結末だった。

 終わらせる。
 今こそすべてを、ここで清算する。
 踏み込む征蹂郎が握る拳。
 死んでいった仲間の血を帯びたかのように赤く、鈍く輝く魔拳が遂に孤独の王を射程へ収めた――



「テメェに言われなくてもちゃんと解ってるよ」



 ――――瞬間。
 狩魔の手がビリー・ザ・キッドもかくやの速さで、懐から新たな銃を抜き出した。



「舐めんなよ、ガキ。予備の道具も持たないで鉄火場に出てくる馬鹿がいるか?」

 それは奇しくも、征蹂郎が先程打ったのと同じ"奥の手"。
 もう一丁の拳銃という事前準備。巧妙に伏せて隠匿した虎の子の暗器。
 だが征蹂郎がするのと狩魔がするのとでは根本的に意味がまったく異なる。
 何故なら周鳳狩魔は〈魔弾の射手〉。彼の魔術は、その手で握るすべての銃器を悪魔が授けた魔銃に変えるのだ。

「チェックメイトだ。楽しかったぜ、悪国征蹂郎」

 ヤクザと役者は一字違い。
 狩魔はヤクザ者ではないが、役者であるのには違いない。
 不意打ちに慄いたのすら演技、勝利を掴むためのブラフ。
 脳内の計算機を追憶と憧憬に侵されながらも、先鋭化された戦闘本能で彼は征蹂郎が"そう"してくることを察知した。
 そこで活きる事前準備。今の狩魔が策士として破綻していようと、布石を仕込んだ過去の彼は稀代の辣腕だ。

 故に筋書き通り。
 狩魔の描いた絵の通りに決着は訪れる。
 腕の中の"二挺目"が、今度こそ征蹂郎の一撃が放たれるより速く銃声を吐き出し。


「いいや……」


 その瞬間を以って、征蹂郎は真に自分の勝利を確信した。


「これで、今度こそオレの勝ちだ」


 振り下ろす拳を止めない。
 避けることもしない。
 正面から、征蹂郎は狩魔の魔弾に己が右拳を激突させた。

「な……」

 今度こそ、演技ではない驚愕が狩魔の形相を彩る。
 これまでずっと、その掌で踊らされ続けてきた征蹂郎。
 籠の中の鳥だった男がこの時遂に、卑劣な策士の絵を破り捨てたのだ。

「……イカれてんのか、テメェ……!」
「づ、お、おおおおおお――――」

 閾値を超えた激痛に脳細胞が消し飛びそうになる。
 レッドライダーのガントレットを突き破って腕の中に侵入してくる弾丸。
 骨が断ち割られ、筋肉が裂け、痛みだけでショック死しそうだ。
 それでも征蹂郎を突き動かすのは、赤く燃ゆる青臭い意地。

「――――オオオオオオオオッッッ!!!」

 限界を超えた人体駆動。
 魔術で鋳造された弾丸が腕の中で拉げて潰れ、貫通を待たずして役目を終える。
 狩魔の弾丸操作は既に破壊された弾に対してまでは及ばない。
 あまりにも強引すぎる魔弾破り。だがその無軌道な熱こそが、大人になってしまった"あの日の少年"に対する最大のジョーカーになる。

「周鳳ォォォォォォッ!」
「ご、がぁッ……!?」

 鮮血に塗れた征蹂郎の鉄拳が、狩魔の顔面を正面から殴り飛ばした。
 破城槌で叩き潰されたような衝撃に、魔弾の射手は踏み止まれない。
 〈喚戦〉をしても振り切れないほど強烈な脳震盪は、頭蓋骨が破損し脳に影響を及ぼしていることを示す。

 それほどまでのクリーンヒット。
 そこに込められた想いの強さは推して知るべし。
 殴られた狩魔の脳裏に去来する記憶、景色、排ガスの匂いがする青い春。

 ――ツラを殴られるなんて、一体いつぶりのことだろうか。

 感慨すら抱く彼は、既に理解していた。
 この戦いの勝敗と、これから死ぬ者の名前。
 ああ、きっとこうなることは決まっていたのだろう。
 怖いのは賢しらな知恵者ではなく、理屈では説明できない熱を持った狂犬。
 そのことを世界の誰よりも、周鳳狩魔はよく知っている。

「――――――抜刀」

 壊れた腕で振り抜かれる剣戟が、身を滑り抜けていく。
 胴を引き裂かれる痛みと命の噴き出す喪失感が、なぜだか不思議と悪くない。
 狩魔の手から拳銃が、彼が大人になってしまったその象徴が地に落ちて、からんと音を立てる。
 勝者を祝する銅鑼にしてはケチ臭いが、確かにこれを以って、熾烈な抗争は幕を閉じたのだった。



◇◇



『――――よう、周鳳。お前の話は聞いてるぜ。高見沢のアホを倒したんだって?』

 少年院を出て数日後、ある埠頭で黄昏れながら煙草を吹かしてる時、その男は唐突に現れた。
 刈り上げた金髪。腕に入った、片首のない双頭龍のタトゥー。改造されたZEPHYR400。
 暴走族のパブリックイメージをそのまま取り出したような男だった。

『あの外道をブチのめして年少にぶち込んだのはオレなんだ。
 アイツ、腕が立つ癖に弱い者イジメが好きでな。オレの幼馴染に手ぇ出しやがったから、ちょうどこの埠頭に呼び出してモメたんだよ』

 高見沢という男については、狩魔も覚えている。
 少年院の中で絶対敵に回してはいけないと恐れられていた、未成年とは思えないほど屈強な巨体の強面であった。
 事ある毎に絡んできて腹が立ったので、入所三日目で叩き潰した。
 以後は牙を抜かれたように物静かな男になり、自分の姿を見る度ビクビク怯えていた記憶がある。

『すげえじゃねェか。アイツに勝てる年下がいるとは思わなかったぜ』

 テメェ誰だよ、と狩魔は問いかけた。
 自分の評判を聞いているなら、ヤクザ者からいくつもスカウトを受けてることも知ってる筈だ。
 あいにく話を受ける気はなかったが、それでもそんな男の凄む眼光は相応の迫力を帯びる。

 が。その男は気圧された様子もなく、ついでに質問に答えることもなく、ガハハと豪快に笑って狩魔の横に腰を下ろした。

『なあ、周鳳よ』

 退けよ、という言葉は何故か出てこなかった。
 ただ煙草を燻らせて、名前も知らないそいつとふたり肩を並べていた。

『嫌なこたぁ全部忘れて、俺たちとつるまねえか?』

 これまで聞いたどの誘い文句よりも軽い言葉だ。
 勧誘に乗ればどんな利点があるのか、断ればどうなるのか、そんな定番の条件提示さえない。
 だから狩魔は、もう一度問いかけることにしたのだ。

『――アンタと行けば、俺は何を得られる?』
『そんなのテメェ次第だろ。お前はリスクとリターンでダチを選ぶのかよ?』

 笑う姿にムッとしたが、食ってかかる前に『ただ――』と言葉が続く。

『絶ッ対ェ楽しいぜ。それだけは、総長の名にかけて保証してやる』

 ニカッ、と白い歯を見せて笑う姿は狩魔の知る限り誰よりも無責任で。
 だからこそ、この世の何よりも自由に見えた。

 それが、何も持っていなかった少年にとっての"はじまり"。
 人間は死なないために生きるのではなく、満たされるために生きるべきなのだと初めて知った。
 産声をあげて十余年が経ったあの瞬間、周鳳狩魔の人生はようやく始まったのだ。



◇◇





『お前、まだ不良なんてやってんのか?』

『悪いこと言わねえからさ、もういい加減足洗った方がいいぞ。どうせいずれ捕まるか、ヤクザの食い物にされるかのどっちかだ』

『お前も知ってんだろ。今は半グレでも準暴力団だとか何だとか、そういう区分で規制される時代だ。
 もう不良じゃ食っていけねえよ。フツーに就職して、飲み会で上司の愚痴聞いて、そんでいつかフツーに家庭持つ。それが一番だ』

『ああいうのはさ、ガキの遊びでやるのが一番ちょうどいいのよ。大人になるとどうしてもよ、素直に楽しんじゃいられなくなんだろ?』

『俺らの族ももう解散しちまったんだ。そろそろ夢から覚めてもいいんじゃねえのか、なあ――周凰』





◇◇



 腰を下ろして胡座を掻き、隻腕でズボンの後ろポケットをまさぐる。
 取り出したウィンストン・キャスターの在庫は残り二本。
 慣れた手付きで箱を一回叩いて煙草を出し、ひび割れたオイルライターで着火する。
 あの時は律儀な奴だと笑ったが、返してくれた悠灯には感謝しなければなるまい。
 着火機の違いなど分からない馬鹿舌だが、最後くらいはお気に入りで一服したい。

 煙草を口で咥え、片手でライターのトップを開いて着火する。
 吸い慣れたバニラの香りと、タールの辛味を肺いっぱいに吸い込めば、それを視界の男に投げ渡した。
 ぱすっ、とキャッチした青年は怪訝な顔をしている。意図を測りかねたような顔だ。

「飲(や)れよ。最後くらい付き合えや」
「……、……」
「心配しなくてもちゃんと死ぬさ。これ吸い終えるまでには時間が来るだろ」

 悪国征蹂郎は、小さく嘆息してから慣れない手付きで火を点けた。
 喫煙習慣はない。その証拠に、吐き出した煙は真っ白だ。
 透明感のない煙を見て、狩魔はくつくつと笑う。

「フカシかよ。慣れてねえな」
「……興味がなくてな」
「テメェの部下も寂しかったんじゃねえか? 不良のコミュニケーションと言えば一服って決まってんのになぁ」

 刀凶聯合の構成員はほとんどがこの歌舞伎町で命を落とした。
 隣区でゴドフロワに虐殺されたのも含めれば、生き残りは多く見積もっても一割にすら満たないに違いない。
 それを成したのは他でもない狩魔なのだが、今の彼の言葉には、これまでのような悪意がまるで感じ取れなかった。
 悪意も嘲弄も、彼お得意の打算すらもない。ただの世間話のような、どこか牧歌的な言葉が乾いた血を貼り付けた唇から溢れてくる。

「辛気臭え顔すんなよ。もっと笑えや、テメェの勝ちだぞ」

 狩魔の腹は、脇から中央にかけて文字通り斬り裂かれていた。
 明らかに致死量の血が流れているし、よく見れば千切れた臓物の断片がはみ出しているのも窺える。
 生きているのが不思議なほどの傷だ。この傷が、彼が聯合の王に敗けた事実を物語っている。

「……この有様で、誰が笑えるというんだ」
「俺がテメェの立場だったら笑ってるぜ」
「貴様のような卑劣漢と一緒にするな」

 彼自身も言った通り、周鳳狩魔はじきに死ぬ。
 だが彼には、少しだけ残り時間があった。

 できることは色々考えられた。
 命尽きるまで足掻いて、せめて征蹂郎を相討ちに取る。
 付き合いの長い華村悠灯に、謝罪の一言でも伝える。
 もしくはひとり今までの人生を総括して、穏やかに死ぬ。

 それら選択肢を差し置いて、狩魔は最期の時間を宿敵と過ごすことを選んだ。
 地面に座り込み、煙草を吹かして、他愛ないことを語らう。
 そういうことに余命(じかん)を使おうと決めたのだ。

「俺よ、お前を仲間に誘っただろ?」
「……そうだな。アレは不快な提案だった」
「あの時テメェが大人しく従えば、それなりに手厚く迎えてやるつもりだったんだぜ」

 狩魔は合理的な人間だが、だからこそ人の使い方は心得ている。
 これまでの経緯や因縁で部下を冷遇し、反感を抱かせるようでは三流以下だ。
 特に征蹂郎は貴重な人材。屈従するのなら、相応の処遇を与えてやる気でいた。

 それでも彼は、誇りを捨てることを拒んだのである。
 狩魔の勧告を一蹴し、全面戦争を宣言した。
 その結果がこれだ。あまりにも多くの血が流れ、念願の大将首と引き換えに仲間の大多数が命を落としてしまった。
 弁明のしようもないしする気もない。もし仮にあの時に戻れたとしても、征蹂郎はきっと同じ答えを返した筈だ。

「それは……無理な相談だ」

 死んでいった仲間の無念を、合理だなんて冷たい理由で脇に除けたりなどしない。
 ひとりの痛みは全員の痛み。ひとりの怒りは全員の怒り――彼の愛した刀凶聯合という組織は、そんな馬鹿が集まってできた寄り合いだったから。

「お前がオレの仲間を殺した時点で……オレ達の道は、永遠に分かたれた」
「らしいな。けどまぁ、これはこれで悪くなかったぜ。こう言ったらテメェはキレるだろうが」

 狩魔の作ったチームには、それがなかった。
 絆がない。熱がない。誰かのために命を懸ける気概がない。
 かつて愛し、今も求めているその輝きを余分なものと切り捨てたのは、狩魔自身。

「サシの喧嘩で負けたのは初めてだ」

 策も、手駒も、狂気も、持てるすべてを注いで迎え撃った。
 なのに負けた。忌むべき敗北が、あの日聴いた潮騒のように心地いい。

「我ながら気色悪い科白だと思うがな――最後の敵がお前で良かったよ」

 やはりこの世に、因果応報なんて無いらしい。
 その証拠に狩魔は、ここで死ねることに安堵さえ覚えていた。
 或いは自分はずっと、死に場所を探していたのかもしれない。
 それこそ悠灯とは真逆で、内に蟠る感情すべてを燃やし尽くして果てたいとどこかで願っていたのだ。

 そして、そんな願いはここに成就した。
 過去の憧憬の生き写しのような男に打ち破られ、己の生き方を否定されて死ぬ。
 それはデュラハンの否定であると共に、出羅攀の肯定だ。
 青春の亡霊を殺すなら、その凶器は魂も焦がすような熱血がいいに決まっている。

「戦利品だ、ゲンジのバーサーカーをくれてやる。
 ほとんどあの褐色ガキのランサーに殺されちまったようだが、まぁ一人二人は残ってんだろ」
「……憑き物が落ちたような大盤振る舞いだな……。そっちが、素なのか……?」
「俺は羽振りがいいんだよ。まだ不良やるなら覚えとけ、結局旨いメシと酒以上に人心を惹き付けるモンはねえ」

 笑いながら、狩魔は携帯灰皿で吸い殻を揉み消した。
 征蹂郎は短くなった煙草を咥えたまま、彼に言う。

「時間か」
「みたいだな。名残惜しいか?」
「ふざけるな。とっとと地獄へ逝け、亡霊が……」

 激闘の果ての、ひと時の交流が終わる。
 身体の力を抜いて仰向けに倒れ、大の字になって凶漢は空を見上げた。

「ゴドーはいい仕事してくれたな。最期に見る空があんな赤色じゃ味気ねえ」

 東京の星空は汚れていると誰かが言う。
 が、これでいい。この空こそが、出羅攀の駆けた夜の象徴だ。
 耳を澄ませば聞こえてくる。改造マフラーの騒音、風切る快音、遠くから聞こえるパトカーのサイレン。

 大人にならなければ守れないものがあった。
 何かを守るために、何かを切り捨てるばかりの日々だった。
 挙句の果てには、わけのわからない異界の都市で命を落とす。
 けれどそのお陰でこうして、最後の最後に出羅攀の周鳳狩魔に戻れたのなら――悪くはない。


「すみません、総長。俺はやっぱり、まだこの夢から覚めたくねえや」


 そう呟いて閉ざされた瞼は、もう二度と開くことはない。
 半グレ集団〈デュラハン〉頭目、周鳳狩魔。
 同じく半グレ集団〈刀凶聯合〉首領、悪国征蹂郎の魔拳に仆れる。

 新宿抗争、ここに終結。
 ひとつの区を地獄に変えながら繰り広げられた激闘は、魔弾の射手の討死にて結ばれた。



【周鳳狩魔 脱落】



◇◇



 ――――ほろびる。


 ネアンデルタール人の知能はごく原始的で、現代のホモ・サピエンスとは比較にもならない。
 そこに狂化の軛が加わるのだから、彼らはまさしく"原人"。
 人の叡智を断片的に宿すだけの、呪わしい類人猿に過ぎなかった。
 そんな彼ら――いや。最後の一体となった個体が抱く感情はひとつ。恐怖であった。


 ――――きえる。


 霊長になれず、現生人類と道を違え、過去の残影と消えたホモ属の猿。
 常に個でなく群体で生きた彼らが共有するトラウマがひとつある。
 それは種の滅び。永遠の孤独、どこに行き着くこともない無慈悲な結末。
 星の歩みから剪定された原人達が最も恐れるものこそ、かつて彼らが辿った末路だ。
 そして今、ネアンデルタール人は種として二度目の絶滅に瀕しようとしていた。

 神寂祓葉との戦闘でおよそ半分が死滅した。
 赤騎士の吐く死の光が同胞達を更に殺した。
 果てには老王。怒れる英雄王の槍が、絶滅を決定付ける最後の災禍になった。

 気付けば残ったのはあと一個体。
 ゲンジは死に、狩魔も死に、込み上げる孤独は彼を本能的行動に駆り立てる。
 今、最後の原人は逃走を選んでいた。
 抗争が終結し、後は散開を待つだけになった戦場から踵を返し、汗と涎を垂らしながら駆けていく。


 ――――いやだ。


 悪国征蹂郎と再契約して永らえる道など、狂化と恐怖に突き動かされた脳髄では考えられない。
 死にたくない。滅びたくない。生きなければならない。生き延びて、種を維持しなければいけない。
 その感情だけが、滅びに呪われた哀れな猿の背中を押している。
 自分以外の誰も彼もが櫛の歯が欠けるように死に絶えていくあの光景には覚えがある。
 それはまさに、ネアンデルタール人が絶滅した過程によく似ていた。
 緩慢でしかし抗いようのないいつかの終末を早回ししたような、救いのない"終わり"を、最後の生き残りたる彼は見たのだ。


 ――――おわるのは、いやだ。


 はっ、はっ、と。
 英霊とは思えないほど不様に息を切らして。
 まるで人間のように涙を流し、赤く染まったなり損ないが走る。
 どこを目指しているのかも分からないままに、ただこの孤独を除く術を探していた。


「ひ と、 り   は…………」


 ――――ひとりぼっちは、もういやだ。


「い、や、だ…………!」


 英霊の座から受託した知識を活用したのか。
 それとも、ゲンジや狩魔の姿から学んだのか。
 最後の原人は言葉を用いて、やるせない渇望を伝えた。

 それは彼にとって、あり得ざる進化の兆し。
 歴史のどん詰まりに消えた原人達が、行き止まりの向こう側に踏み出した証。
 その意味するところはきっと、彼自身さえ分かっていないのだろう。

 最大の恐怖に直面し、絶望の中で知性を跳ね上げた意義ある個体。
 彼がこの孤独から学んだなら、きっと取り返しのつかないことが起きる。
 知性は伝播して、新たに生まれてくる原人達をより高いステージへと押し上げるのだ。
 そうなれば彼らはもはや霊長のなり損ないに非ず。
 現生人類ホモ・サピエンスをその座から蹴落とすべく現代のすべてを呪う、霊長の逆襲者。敵性人類ホモ・ネアンデルターレンシス。

 赤騎士が去った東京に、次なる厄災の影が蠢き出す。
 蝗害ならぬ人害。史上最悪の害獣が今まさに胎動し、理想(イフ)の人類史の開闢を祝(のろ)わんとして――




 びしゃりと、その頭蓋から花が咲いた。




「ァ……?」

 脳漿を撒き散らし、衝撃で首が三百六十度の回転を二度ほど行った。
 回る視界の中で、最後の原人はそれを見る。
 戦火の都市を背景に立つ、天を衝くような長身の女を。

「い……や、だ……おれ、ぼく、わたし、おれたち、は、ま、だ……」

 信仰を持たないネアンデルタール人に、死神などという概念は存在しなかったが。
 それでも本能で、彼はこの女を"そういうモノ"と理解した。
 命の終わり。種の滅び。避けられない結末を告げる、告死の運命であると。
 嘆きが漏れる。孤独に喘ぐ。その姿に女はただ笑い、豪快かつ酷薄に告げた。

「往生しな。どこの誰だか知らないが、アンタは運が悪かったのさ」

 崩折れた遺骸が、黄金の粒子に包まれて空に溶け出す。
 ある種族の滅びにそれ以上感慨を向けることなく、女神は彼の脇を平然とすり抜けた。

「今宵のアタシは収穫に飢えてる。
 不猟の狩人は、逃げるウサギにも全力で矢を射るもんさね」

 抗争は終わった。
 ホムンクルスの奸計により、彼らの物語は既に勝者なき戦いへ堕している。
 だが真の"台無し"が始まるのは、むしろこれからだ。

 狼毛皮のコートを羽織った狩人と、その横を歩くダークスーツの青年。
 知る者なら、ともすればレッドライダー以上の災禍と判断しても不思議ではない特級の悪。
 歌舞伎町に集った全員の死神となる最後の破滅が、赤を塗り潰す白雪の世界が、すべての奮闘を嗤うように訪れる。



【バーサーカー(ネアンデルタール人/ホモ・ネアンデルターレンシス) 消滅】


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最終更新:2025年09月18日 01:46