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「手間を掛けさせてくれたな。
 で、戦士の策とやらはもう出涸らしか? 己を呪う虚無の呪い師よ」

 こうなるのは、分かりきった話であった。

 一掃された先住民。鏖殺された機動隊。絶滅した原人。
 すべて、ひとりの英雄が成した所業である。
 古きモノと新しいモノ、その間に隔たる壁の高さはひどく巨大だ。
 特に魔術の世界においては、その壁は仰ぎ見るだけで首が砕けそうになるほど高い。

 シッティング・ブルは、華村悠灯を抱えたまま膝を突き。
 英雄カドモスは、槍を携えながら、変わらぬ悠然さで彼らの前方に立っている。

「興醒めだな。やはり賊の大言壮語など、法螺と思った方が良かったか」

 大戦士は血を吐き、腹から血を流し、体中に無数の傷を作っていた。
 彼に抱かれる悠灯もまた、程度こそ低いものの多くの生傷を刻んでおり。
 彼らの奮戦が如何に無意味で、やがて訪れる破滅を先延ばしにするだけのものだったかを雄弁に物語る。

「ッ……ハァ、ハァ……」
「キャ、スター……っ」

 シッティング・ブルが弱いのではない。
 これは魔術師の英霊が真っ向から三騎士に挑めばどうなるかという、ごく当たり前の帰結だ。
 陣地形成すら赤騎士の都市汚染によって有名無実化した今、この相性差を覆すのはどう考えても厳しい。

「とはいえまあ、多少は驚かされた。
 よもやこの儂が、国の外とはいえ呪い師ごときに手こずるとは思わなんだ」

 カドモスは血痰を吐き捨てながら、彼らの奮戦を評価する。
 致命傷こそないものの、複数の掠り傷を始めとした流血が老王の身体の随所に見えた。
 本領の呪術攻撃がほぼ通じない状況でこれを負わせ、更にここまで踏ん張ったのは偉業と言う他ない。
 だが、戦場に敢闘賞は存在しない。最後に勝てなければすべからく塵、敗者という型に嵌められ忘れ去られる。ここはそういう世界なのだ。

「その功績に敬意を表し、せめて一撃で屠ってくれよう」

 誉れに思え、負け犬ども。
 構えられた槍は、宝具解放の合図だ。
 竜殺しの偉業が、大衆に悪と蔑まれた先住民の戦士を穿つ。
 それがこの結果の見えた戦いの終わりだ。
 負け犬のあがきは空を切れど、決して高き者の首筋に届くことはない。

「……大丈夫だ、悠灯」

 だが、シッティング・ブルの言葉は諦めを否定する。
 悠灯と、そしてカドモスの眉が動いた。

「――賭けだったが、間に合った」

 死骸の山と化した地面が、突如として内側から爆発した。
 いや、そういう風に見えただけだ。
 文字通りの屍山血河、その底から何体もの屍が飛び出し、カドモスに飛びついたのだ。

 宝具によって召喚した先住民ではない。
 この世界の住人であり、先程カドモスに虐殺された機動隊達の死体である。
 首がなかったり、手足がもげていたり、酷い者は身体の面積が半分以下になっていたが。
 彼らは命なき身体のまま、シッティング・ブルを助けようとするが如く死して尚老王に挑みかかった。

(死者の人形化と使役……! 死霊魔術(ネクロマンティア)の類か……!)

 インディアンは精霊を隣人とし、その神秘と日常的に接続する。
 中でも呪術師であるシッティング・ブルの資質は破格。
 彼が用いる呪術のほとんどは神秘との接続により会得したものだ。

 そして精霊という超自然的な存在は、魂という概念を当然のように知覚している。
 ひと度肉体を去ったそれを元の身体へ戻すとなれば魔法の域だが、仮初めの魂"もどき"を入れて使役する程度なら造作もない。
 魔術師の世界で死霊魔術と呼ばれる部門の業を、彼は戦闘の中で密かに進めていた。
 その結果が死した機動隊員の"起き上がり"。死体を用いたブービートラップである。

 シッティング・ブルとしては、この手を使うのに抵抗があった。
 それは死者を弄ぶ行為だ。あの米国人達がやったような、一線を超えた狼藉と言わざるを得ない。
 死体を切り刻んで戦利品と嗤った白人と。死体を起こし、罠に用いる自分。言わずもがな大差はなかった。

 が――そんな葛藤は捨てた。
 倫理矜持と腕の中の少女の存在を天秤にかけて前者を選べるほど、彼は夢見がちではなかったから。

「小癪な真似を……!」

 飛びついた死体は、もちろん物理的にカドモスを押さえ込めなどしない。
 彼らの役目は爆弾だ。体内に植えた模造品の魂を自壊させ、王を爆光の内に隠す。
 ダメージ自体は大したことはないものの、重要なのは王の予定調和を崩すことだ。

 こめかみに血管を浮かべ、すぐさま処刑の実行を決断したカドモス。
 その時、彼は見る。己の前方に立つシッティング・ブルの、その異様な姿を。

「――――大地よ。我らの哀しみを覚えているか」

 紡ぐ言葉は、もはや王に向けたものではなかった。
 右腕を前に突き出し、手首から滴り落ちるのは真紅の血潮。
 ぽちゃりと響く微かな水音が、やけに大きく聞こえたのは気のせいだろうか。

「――――太陽よ。我らの歓びを覚えているか」

 佇む姿は先程までのと何ら変わらないのに、孕む存在感の桁が違う。
 静かすぎる。喩えるならそれは、一面に広がる大樹海の中に佇む一本木のようだ。
 人間でもなく、英霊でもない。もっと別の、とても静かでとても巨きな神秘のカタチ。
 その姿を真似たように存在を希薄化させ、自己を神秘に溶かし、彼は儀礼に臨んでいた。

 同時に形成される、目には見えない、けれど確かにそこにある"円"の世界。
 インディアンの宇宙観において、"円"とはすなわち宇宙を示す。
 儀式には象徴が大切だ。円に切り出された世界、地に落ちた四滴の雫、そして日本の現季節は初夏。必要なものはすべてここにある。

「然らば今一度、我が眼にかの者らの墜落を幻視させん―――」

 然らば、サン・ダンスの霊験は舞い降りるのだ。
 これぞシッティング・ブル、その奥の手。
 英雄王という支配者を挫き、活路を開くための大結界術!

「――――『墜ちよ』、」

 それは、呪術師の"秘奥"であり。
 彼ら先住民が永久に記憶する"勝利"であり。
 さりとて未来は生み出さなかった、虚しい"戦争"の記憶。



 その展開/投射が成る、まさにその瞬間。
 くしゃりという、霜を踏むような足音が響いた。



「…………ッ!?」

 開帳されかけていた呪術の極奥が、展開を待たずして押し流される。
 そう、流されたのだ。
 術としても宝具としても、更に格を上とする同種の力によって。

「なん、だ……? これは……」

 戦慄していたのは、シッティング・ブルだけではない。
 彼をいざ処断せんとしていたカドモスさえもが、信じられないものを見るような顔で硬直している。
 悠灯も、そして限界まで体力と精神を消耗し、今もへたり込んだ格好のままのアルマナも。
 誰もがそれを見ていたし、吹き付ける総身の凍るような冷気の波動を感じていた。


 ――視界の彼方に、巨大な館が建っている。


 大きいが、ひどく襤褸臭い館だ。
 屋根には雪が積もり、荒れ果て具合はほぼほぼ廃墟に近い。
 遥か離れたここまで香ってくるのは獣臭だろうか。
 生臭く野性的で、本能的な危機感を否応なく掻き立てるおぞましい香りだった。

 そしてその館を中心に、世界の表層(テクスチャ)が塗り潰されていく。
 白色。光ではなく、豪雪の白。
 一面の白が散らばる死体を、アスファルトを覆い尽くして、聳える高層ビルさえ一瞬で氷像めいた有様に変えてしまう。

 敵襲、という単語を想起するのにさえ時間がかかった。
 それほどまでに神々しく、恐ろしい光景だったからだ。
 絶景だが、それ以上にこの景色は死を体現している。
 命の繁栄を寛大に許容しながら、その上でさあ耐えてみろと艱難を科す大自然の猛威だ。

「……アルマナッ! 儂の傍へ参れ!!」

 一番最初に事の仔細を理解したのはカドモスだった。
 彼が叫べば、アルマナはびくり、と身体を震わせ、それでも急ぎ足で王の背後に駆け寄っていく。

「忌まわしき気配よ。どこの誰が喚んだのか知らんが、横紙破りも甚だしい……!」

 老王は、神というものを知っている。
 奴らがどれほど強大で、そして理不尽なモノかを知っている。
 だからこそ、すぐに察しがついた。
 この横暴な気配と、現実の道理を息吐くように踏み潰す所業は――神霊のそれに他ならないと。

 そんな戦慄と憤激など知らぬ顔で、吹雪の向こうからナニカが歩いてくる。

「Then I turned onto a winter path,
On my right hand side――♪」

 声は、上機嫌だった。
 ふんふんと歌いながら、雪を踏み締めてやってくる。

「There I saw Paradise
,Such gleaming fair lands――♪」

 だが、吹雪越しに見えるシルエットのサイズがおかしかった。
 異常すぎる。巨大すぎる。ヒトはあの大きさになれない。
 目算にして、迫るそいつの姿は十メートルを優に超えていた。

「な……なんだよ、アレ……」

 戦慄。
 悠灯の声が次に紡いだ言葉が、最も端的に"彼女"の在り方を言い当てる。

「巨人………?」

 そう、これは神だ。
 そう、これは巨人だ。
 ふたつの在り方を合一させて、現人神の箱庭という不安定な環境にかこつけて入り込んだイレギュラー。

「たまにはアギリの癇癪にノってやるのも悪くないね。なかなか唆る面子が揃ってるじゃないのさ」

 雪靴の女神、スカディ。
 狼吼轟く館の主、冬の世界の狩猟神。

「――――呆けてる暇はねェぞウサギ共。狩人は流儀を重んじるが、収穫乏しきゃ鬼にもなる」

 抗争は終わった。
 されど戦争は、聖杯戦争は、続いていく。

 本当の悪夢は、ここから。


◇◇



 『狼吼轟く女神の館(ヨトゥン・トリルヘイム)』。
 固有結界とは似て非なる大魔法、神の理不尽を具現化させたような異界展開宝具。
 決戦の舞台となった歌舞伎町一帯は、既に余すところなく凍土の大雪原に変わり果てていた。

 常に凶悪な吹雪が烈風に乗って吹き荒れる、生命の存在を厳しく律する死の世界。
 そこに突如放り込まれた状況だが、ふたりの少女が気にしたのはそれぞれの知己の人物のことだった。

「……アグニさん……?」

 お互いの属する陣営の総大将。
 意識を向ける余裕はなかったが、殺し合っていたことだけは把握できている彼ら。
 彼らは、どうなったのか。その決着は如何なカタチに落ち着いたのか。

 アルマナが、悠灯が、視線を向けた先にはまさに男達の激闘の顛末があった。
 雪の中でおびただしい量の血に塗れながら、それでも立っているのは悪国征蹂郎。
 そして空を見上げる形で倒れ、吹く雪に埋もれつつあるのは――

「っ――狩魔、さん」

 周鳳狩魔。彼を覆う雪もまた、血で赤く染まっている。
 勝者は悪国征蹂郎。暗殺者の凶拳は、仇の命を確かに終わらせたのだ。

 悠灯の頭の中を駆け巡る、狩魔と過ごした時間。
 ひとりでいるところに、声をかけられたのが初めてだった。
 最初は鬱陶しい、よく分からない大人だと思っていた。
 なのにふと気が付いたら、彼と過ごす時間に安心感を覚えていた。

 思えば自分は、彼に父の面影を見ていたのかもしれない。
 顔も覚えていない、思い入れも何もない、ある意味では不幸の元凶とも言える存在だけれど。
 取るに足らない後輩のひとりでしかない自分に対等に接してくれ、かと言って過度に干渉はしてこない。
 そんな彼の存在は、この身が抱える欠落にカチリと填まった。

 その父のようで、兄のような男が、死んだ。
 彼は言っていた、俺も死にたくはないんだと。
 悠灯は――抗争の勝ち負けがどうなるにしても狩魔は死なないものだと、どこかでそう考えていた。
 たとえ負けても、得意の策で何を犠牲にしても生き延びてみせるのだろうと。
 思っていたから心配はしなかったし、彼の未来を疑わなかった。

「……なんでだよ。あんた頭いいんだから、バカ正直に死ぬまで戦ってんなよ。
 アタシに助け求めてもいいし、何ならアタシ達を見捨てて逃げることだってできただろ」

 悠灯にはわからない。
 周鳳狩魔は、結局のところ見栄っ張りな男だったから。

 自分の弱い部分を後輩に見せるなんてこと、彼は決してしなかったのだ。
 だから悠灯は、彼が何故最後の最後で策に頼らなかったのかを理解できない。
 残るのは疑問と喪失感。親も友達もいない少女にとってこれは、初めて味わう"身内の死"だった。

 狩魔が死んだ。ゲンジも死んだのだろうか。
 ようやく再起した心に食い込む棘の痛みに、悠灯はぐっと唇を噛む。
 されど少女の弱さに配慮してくれるほど、彼女を見舞う現実は甘くない。

「Einn(ひぃ),tveir(ふぅ), prír(みぃ),fjorir(よぉ),fimm(いつつ)……イイねえ、選り取り見取りだ」

 巨人の腕が、イチイの弓に矢を番える。
 ギチチチチと響く音が、弓があげる悲鳴に聞こえた。

「そうと決まればとりあえず、片っ端から狩っていこうか――!」

 爆ぜる弓撃、それが戦場の勢力図を瞬時に一変させる。
 鼓膜を破壊する轟音、触れれば英霊だろうと捩じ切る超威力。
 そんな矢に対し、シッティング・ブルは回避を、カドモスは防御を選んだ。

「ぐ――が……ッ!」

 カドモスは、初めて自分の愛槍が軋む音を聞いた。
 受け止めた腕が千切れそうで、精一杯踏み止まろうとしても強制的に後ろへ追いやられる。
 宝具でもないただの通常攻撃が、竜殺しの英雄をして生命の危機を感じさせるほどの威力。
 神の理不尽、巨人の暴力。両方の強みを出鱈目に噛み合わせたような暴威に、しかし舌を巻く暇すら許されない。

 十メートル超えの巨人が、その体躯からは信じられない速度でカドモスに向かい跳びかかっていた。
 スキー板という酔狂な得物だが、そこに宿る膂力とそれが生む衝撃は本物だ。

「そぉら、もっと気張りなよ坊っちゃん。それとも老骨にはキツいかい?」
「邪神風情が……舐めるなッ!」

 力では勝てない。あくまで槍の扱いで、カドモスは鍔迫り合いを抜けた。
 そのまま惜しみなく真名解放し、光の極槍を迸らせる。
 軍神の竜をも穿つ一刺しだ、いかに女神といえど易々と受けられるものではない。

「舐めてんのはどっちだい。セファールの分霊(ギガース)如きと一緒にするなよ」

 しかしスカディの強さは力だけに非ず。
 彼女は巨人であり、女神であり、それらと同時に狩人だ。
 獲物を追い詰め、狩り取るための技術。
 それは攻撃だけでなく、末路を受け入れず暴れる獣から身を守る護身術にもなる。

 激突が解かれ、込めた力はそのままにぶつける先を失ったスキー板が雪原に叩きつけられる。
 インパクトの瞬間、スカディはあえてカドモスと打ち合っていた時以上の膂力を注いだ。
 地にクレーター並みの破壊を刻みながら、反動で浮き上がって老王の槍を躱すためだ。
 首尾よく凌いだ巨人は、空中で更に背丈(サイズ)を増大させながら、破顔と共に踵落としで老王を襲う。

 質量とは、すなわち威力。
 今度はさしものカドモスも受け止めきれず、英雄が堪らず飛び退いて下がった。
 追い打ちに射る矢が正確無比にその行き先を追う一方で、足元に迫ってくる獣達の姿を女神は見含める。

「んん? 霊獣かい。懐かしいねぇ、昔はよく取って食ったもんだよ。
 元旦那は野蛮人でも見るような目ぇしてきやがったが、ただの畜生とは比べ物にならん味わいでねぇ」

 手始めに大熊を引っ掴むと、噛みつかれて指が傷つくのも構わず首をもぎ取る。
 鷹の突撃は蚊でも払うみたいに除けられ、それだけで全身の輪郭が崩壊した。
 足元の毒蛇は認識すらされていないらしい。子蟻のように踏み潰されている。

「ふんふん。そこのお二人さんも……悪くない、と」

 信じられないことだが、スカディはカドモスの猛攻を片手間に凌ぎながらシッティング・ブルと悠灯を値踏みしていた。
 評定は上々。ただしこの女神に魅入られることはすなわち、彼女の獲物になったことを意味する。

「――ッ!」

 スキー板の一蹴が、それだけで生半な対軍宝具顔負けの火力を叩き出す。
 カドモスは槍を振るって嵐を起こすが、本気の女神はその比でない。
 竜巻のような氷嵐(ブリザード)を轟かし、英霊さえ手足の凍るような冷気を容赦なく浴びせてくる。
 悠灯とアルマナは息を止める必要があった。この凍てつく冷風を吸い込めば、恐らく一撃で喉や肺をやられる。
 雪靴の女神が使う狩猟道具は武器のみに非ず。統べる雪原の天候さえもが、剣となり、弓となるのだ。

「遅ぇよ」

 シッティング・ブルは咄嗟に呪術を行使し、打ち付ける氷嵐を逆に操ろうと試みた。
 が、事の完了を待たずしてスカディの巨体が目の前に現れる。
 頭を全力で上げなければ全貌を確認することも不可能なほどの巨躯が、何故これほどの速度で動けるのか。

 疑問の答えを得る前に、シッティング・ブルは腕の中の悠灯を放り投げた。

「ご、ぁッ――!」
「キャスター!」

 地面に打ち付けられた悠灯が見たのは、スカディの前蹴りを受けて大量の血を吐く相棒の姿。
 もんどり打って雪上を転がり、尾のように喀血の軌跡が描かれる。

「献身的だね、泣かせるじゃないか。
 安心しな、英霊そっちのけで人間狙うほど腐っちゃいないよ。
 巻き込まれて死ぬことに配慮してやるほど優しくもないけどね」

 からからと笑うスカディの姿に、悠灯はこれまでで最大の怖気を覚えた。
 違う。このサーヴァントは、今までに出会ったどの英霊とも別物だ。
 存在の根幹から、自分達とはまったく違う常識の下で生きているとしか考えられない。

「余所見とは余裕だな、邪神ッ!」
「ああすまないね、青銅王の坊や。浮気したつもりはないんだが」

 さっきまではあれほど恐ろしかったカドモスの存在が、今は救いにさえ見える。
 彼の放った剛槍の一撃が、スカディにシッティング・ブルへの追撃をさせなかった。
 さしもの巨人といえど、やはりあの槍をまともに受けるのは痛いのだろう。
 誰だって好き好んで蜂に刺されようとはしない。逆に言えば、その程度の認識でしかないのだったが。

「とはいえだ。嫉妬するくらいなら、もうちょっとアタシを燃えさせる努力をしろよ」
「づ、ゥ、ぐ――」

 狂笑を浮かべ、スキー板による打擲を連打する。
 技も何もない力任せだが、その単純明快さえ王の顔色を曇らせる。
 防ぐだけがやっとで、攻撃に移る隙がまったく見い出せない。

 防戦一方の青銅王を、連撃の締めとばかりのフルスイングが襲った。
 カドモスはこれも防ごうとするが、板が槍に触れた瞬間身体が浮き上がる。
 あまりの衝撃に、踏み止まって持ち堪えるという前提そのものが決壊してしまった。
 痛恨の表情で空を舞う老王を、スカディは容赦なく真下に叩き伏せる。
 巨人の外殻から繰り出される怪力無双の一撃に、ここまでほぼ傷らしい傷を負っていなかったカドモスの全身が瞬く間に血で染まった。

「二人揃ってだらしないねぇ。それでも男かい、アンタ達」

 シッティング・ブルが跪いたまま立つこともできず。
 カドモスが這い蹲り、弱々しく喘鳴を漏らす。

 ここまでの戦いを茶番と思わせるほどに、スカディという女神の武力は群を抜いていた。
 獲物を逃し続けて溜まったフラストレーションを一気に開帳している今の彼女はあらゆる意味で大災害。
 凶悪無比な攻撃性に、その戦意を過不足なく発揮するための陣地展開。
 そして神と巨人の両属性から成る規格外の強靭なステータス。どれを取っても怪物の域にある。

「それともアレかね。さっきはああ言ったが、やっぱり子どもから狙った方がやる気が出るかい?」

 神と狩人の共通点。
 それは、流儀を重んじながらも、時に恐ろしいほど酷薄なことだ。

「どれ。ひとつ試してみようか――ん?」

 矢を抜き、さてどちらから試したものかと二人の少女に視線を移す。
 その時、女神はあることに気が付いた。
 褐色の幼子――アルマナ・ラフィーの姿が見えないのだ。

「ああ……何かと思えばそういうコト。さてはアンタら二人、結構似た者同士だね」

 スカディの視野を欺くことは何人たりともできない。
 彼女はもう、アルマナがどこへ向かったのかを捕捉していた。
 一騎討ちに勝利し、もはや吹雪に呑まれて死を待つだけの身となった征蹂郎の所だ。
 理解するなり、スカディはあっさりと哀れな小鳥から視線を外してしまう。

「共に深い嘆きを飼いながら、それでも外道に堕ちきれない。
 同情するよ青銅王。痛い痛いと鳴く小鳥の声すら聞き流せないなんて」
「――――黙れ」

 地の底から響くような低音。
 それと共に、重傷を負った筈のカドモスがスカディに神速の突きを放った。

「あらま。一瞬判断が遅れたか」

 やるじゃないの。
 膝を抉られ血を流しながら、女神は立ち上がった血塗れの英雄を見下ろす。
 老いても王者。神ならずとも英雄。
 その槍はたとえ祖国の土を踏まずとも、神さえ穿つサーガを刻む。

「そう殺気立たなくてもいい。そっちの跳ねっ返りっぽいガキはともかく、アンタのペットを狙う気はもうないよ」
「……何処までも気に食わぬ神だ。その減らず口、二度と叩けぬようにしてくれる」
「気にするのはそこじゃないだろう。
 このアタシは、獲ると決めたら小鳥の一羽とて逃さない。そのアタシが見逃してやった理由が分からないのかい?」

 アルマナに単独行動を許したのは他でもないカドモス自身だ。
 彼の下した判断が招く結果を暗喩して、狩人は憐憫の笑みを湛える。

「可哀想にねぇ。アイツに殺されるくらいなら、アタシの手にかかった方がまだ苦しまず済んだろうに」

 戦いは始まったばかり?
 いいや、既に佳境だ。
 本気のスカディを前に長期戦を望むなど愚の骨頂以外の何でもない。

「さあ、タイムリミットが出来ちまったぞ王様。
 アタシを倒せなきゃアンタ、愛しの小鳥を焼き殺されちまうよ」

 雪の巨人が嗤っている。
 青銅の王は噴血するのではないかというほど厳しく眉間を歪め、満身創痍の体で立つ。
 竜殺しの英雄が今宵挑むは巨人殺しにして神殺し。
 神に弄ばれた悲劇の大源が、悠久の時を超えて宿命の山峰に足を伸ばした。



「――――悠灯。済まない、"持っていく"ぞ」



 だが、彼らは見落としている。
 そもこの雪が吹き始めるまで、戦場の主役は別にいたのだ。

「……ああ。持ってけって言ったのはアタシだからな」

 歯が、身体が、惨めなほどに震えていた。
 それでも不思議と、相棒の言葉に口角が上がった。
 華村悠灯はよろよろと立ち上がりながら、端役と蔑まれた大戦士に向けて微笑む。

「アタシのありったけをくれてやる。
 せっかくゾンビになったんだ、少しくらいは無茶しないとなぁ……!」

 身体から相当量の魔力が抜けていくのが分かる。
 並みの魔術師なら負担に耐えかね、卒倒していたかもしれない。
 だが華村悠灯は生ける屍。末路を誤魔化す卑小な魔術が、彼女をセントエルモの火に変えた。
 一寸先もわからない吹雪の夜、冬の世界にて活路(きぼう)を照らす、泥臭い灯台に――!

「……おや。こいつは――」

 スカディが、目を輝かせて空を見上げた。
 カドモスも同じだ。大戦士を終始圧倒し続けた彼すら、この瞬間起こった出来事には驚いていた。


 夜の雪原に――――太陽が浮かんでいる。


「『墜ちよ、蒼き荒鷲(ウィワンヤンク・ワシピ)』……」


 これぞ虚しき勝利の夢。
 侵略者達の英雄譚を挫き鏖殺したひとつの戦歴。
 驕れる者は久しからず、王者を気取る者はその高みから墜落する。

 スリュムヘイムに響く筈のない川のせせらぎがあった。
 真紅の太陽が、熱を許さぬ極寒の世界を熱していた。
 北欧神話のテクスチャを切り裂いて、先住民(かれら)の『神話の世界』が具現した。

「英雄よ。そして、傲慢なる女神よ」

 自分が生きるに値する存在だと思える日はきっと来ない。

 シッティング・ブルはそれを諦めと共に確信している。
 だが、こんな己の手を取ると言った少女が、"生きていきたい"と希うなら。
 己も先人として、共に戦った戦友として、せめてそのか細い手を握りしめよう。

「我々は、お前達の轍にはならない」

 吐いた誓いの言葉を合図にしたように。
 その時――英雄と女神、二体の敵対者が遥かな空から墜落した。



◇◇



 ――――意識が、飛んでいた。


 目を開けた時、辺りは一面の白に包まれていた。
 雪が降っている。ではここは死後の世界なのか。
 天国ではないようだ。当然である、自分は天国に行けるような善行を一度だって積んでいない。

 しかしどうも、そういうわけでもないらしい。
 瀕死の征蹂郎にそれを気付かせたのは、目の前で膝を折り、自分を揺する見知った少女の姿だった。

「ある、まな……?」
「アグニさん……! 目が、覚めたのですね……っ」

 顔に凍った涙を貼り付けて、アルマナ・ラフィーはこう言った。
 徐々に意識がハッキリしてくる。同時に、頭の中にこれまでの記憶が雪崩れ込んできた。
 抗争。一騎討ち。遂に成し遂げた復讐。
 ああ、そうだ。自分はあの男に、勝ったのだった。

 悪国征蹂郎は周鳳狩魔に勝利した。
 決して気持ちのいい勝ちではなかったが、仲間の仇は討てた。
 しかし勝利の代償はあまりにも大きい。
 具体的に言うと、征蹂郎は血を流しすぎていた。
 寒気のお陰でか腹の傷は凍りついて塞がっているようだが、これまでに流した血液が戻るわけでもない。
 重度の疲労と失血。その上で背中を中心とした全身火傷。
 生きているのが奇跡のような状態で、征蹂郎は雪原の中に座っていた。

「王さまが、許してくれたのです。アグニさんを助けることを」
「あの、ランサーが……?」
「はい。後で叱責されるでしょうが、今はそれどころではありません。
 すぐに撤退しましょう、アグニさん。その傷は命に関わります」

 ――王さま。
 ――アグニさんを回収したいので、アルマナに離脱の許可をください。

 少女はカドモスへそう希った。
 レッドライダーを失ったとはいえ、彼は未だマスターの資格を有している。
 この場で無為に死なせるくらいなら、抱え込んで自軍の駒にしてしまった方が得だ。
 理由を問われればそう説得するつもりだったのだが、意外にも王から帰ってきた言葉は一言だけ。

 "好きにせよ"。

 そこにどれだけの感情が含まれていたのかを、アルマナ・ラフィーは知る由もない。
 ないが、彼女に思いを馳せる余裕はなかった。
 未だにぐちゃぐちゃの頭の中。無機と有機が入り交じる感情。ただひとつ分かっているのは、自分はこの人を死なせたくないと思っている。

「アルマナは治癒魔術も心得ています。安全な場所に移動さえできれば、治すことができる筈です」
「……キミも……、ボロボロじゃないか」

 土埃と雪に塗れ、擦り傷や切り傷が目立つ身体はとても健康体とは思えない。
 アルマナにデュラハンのキャスターの対応を任せたのは征蹂郎だ。
 彼女は見事に役目を果たしてくれたが、その結果がこれである。
 であれば、征蹂郎がアルマナへ返す言葉は決まっていた。

「……オレは、いい。キミがこれ以上、オレ達に協力する理由はない筈だ」
「何を――」
「ライダー……"戦争(レッドライダー)"は、滅ぼされた。
 キミはノクト・サムスタンプのように、あの騎士を掠め取ろうとしていた……だろう?」
「っ」

 心臓をぎゅっと握り締められたような感覚になる。
 自分の考えは、いともたやすく見透かされていたのだ。
 押し黙るアルマナに、征蹂郎は口元だけで苦笑した。

「別に、責めるつもりはない……オレがキミの立場でも、きっと同じことをするからな……」

 物心ついた頃から、死とは何たるかを学び続けてきた。
 人がどうすれば死ぬのか、どうなれば死ぬのかを征蹂郎は余さず知っている。
 だから分かった。恐らくここが自分の往生際だ。
 無念もあるし後悔もあるが、少なくともそのために目の前の少女に重荷を背負わせる気にはなれなかった。
 彼女から居場所を奪った一因は、あの日あの集落にいた自分にも等しくあるのだから。

「キミは、キミの願いを……叶えるといい。その権利が、キミにはあるんだ」
「で……、ですが……でも……」

 たどたどしく、アルマナは年相応の子どものように口ごもった。
 今だってそうだ。自分は、彼を利用する気でいる。
 資格を失ったマスターを抱え込み、新たな英霊を与えれば強力な戦力になるだろう。
 魔術で暗示をかけて操ったっていい。利用価値は無限にあるのだ、無為に死なせるよりは生かした方がずっといい。

 そんな言い訳を繰り返しながら、少女は縋るように言う。

「…………アグニさんを待っているあの人達は、どうなるのですか?」
「……。それ、は……」
「アグニさんのチームは全滅したわけじゃありません。
 周鳳狩魔のバーサーカーから逃げ延びて、千代田区で身を隠してる方々もいる筈でしょう」

 新宿にさえ入っていなければ、〈喚戦〉の影響は免れることができる。
 なら少人数だろうが、まだ征蹂郎の帰りを待っている仲間は残っているということ。

「……わかりませんか?」

 アルマナは征蹂郎に手を翳した。
 残りわずかな魔力を使い、彼に応急処置代わりの治癒魔術を行使する。
 瘡蓋程度のものではあるが、腹の傷と背の火傷を薄膜で覆った。
 傷口の壊死と感染症などへの罹患を防いだ形だ。これならとりあえず、今すぐに傷が原因で死ぬことはない筈。

「あなただけ一抜けなんて、ずるいと言っているのです。
 第一、協力に見合う報酬もまだいただけてません」

 どこか茫然とした様子の征蹂郎に、少しでも気を抜けば倒れてしまいそうなほど疲れ切った体で向き合い。


「――――アルマナは、あなたに生きて貰わないと困ります」


 アルマナは、あなたに死んでほしくありません。
 その言葉を、下手くそなオブラートに包み込んで。
 少女は吐露し、す、とちいさな手を差し出した。

「――オレ、は――」

 征蹂郎の口が微かに動く。
 向けられた感情に何かを返そうとして、そして……

「……ッ、アルマナ!」
「ぇ……」

 その前に、彼女を抱いて飛び退いた。
 次の瞬間、彼らが対話していた地点に炸裂する赫熱の業炎。
 雪夜の中にあってさえ肌がひりつくほどの高温は、水蒸気爆発を引き起こして暴風雪を作り出す。

(危なかった。アルマナの治療がなければ、対応できなかったかもしれない……)

 歯噛みしながら征蹂郎は自分の幸運を噛み締める。
 アルマナの治癒は傷を塞ぐと共に、わずかながら征蹂郎へ体力を供給していた。
 栄養ドリンク程度のそれでしかないが、あるのとないのとでは雲泥の差である。
 吹く突風の中で、征蹂郎は異様な人影を認める。


「ん? なんだ、避けちゃったのか。
 せっかくイイ話のまま葬送(おく)ってあげようとしたのに」

 万物を嘲るようなアルカイックスマイル。
 死神を思わすよれたダークスーツ。
 糸目の底から覗く、死に親しんだ者特有の眼光――ゾッと背筋が粟立った。

「貴様……"葬儀屋"か……!」
「お? 知ってくれてるのか、嬉しいな。
 光栄だよ、悪国征蹂郎。純粋培養のエリート君」

 その名は、養成所にいた頃に何度も聞いていた。
 出くわしたなら速やかに逃げろ。
 敵対しているならすべてを諦め、身辺の機密書類を処分しろ。
 戦ってはならない。葬儀屋と対峙して生還できた同業者は存在しないから。

 葬儀屋・赤坂亜切。

 世界を股にかける暗殺者の果樹園が、"関わらない"以外の対策を用立てられなかった怪人。
 そんな男がまさか、この聖杯戦争に参加していたとは。
 よりによってこんな状況で、自分達の前に現れるとは……!

「君に言っても仕方ないとは思うんだけどさ。僕は今、とっても機嫌が悪いんだ」

 雪を踏み締めながら、葬儀屋が歩いてくる。
 比喩でなく、今の征蹂郎達にとっては死神の足音だ。

「僕らの運命に割り込んだ挙句、星をたぶらかした社会のゴミ諸君。平らにしないと到底気が収まらないよ」

 軽い調子で話しているが、言葉を弄している間にも彼の足元からは炎が波打つように広がっていた。
 噂で聞いていたのとはずいぶん違う印象だが、やはり葬儀屋は戦力として圧倒的に規格外。
 万全の時ならいざ知らず、満身創痍の今相手取れる敵ではどう考えてもない。
 かくなる上は、征蹂郎が選ぶべき選択はひとつだった。

「アルマナ。やはりキミはひとりで逃げろ」
「……まだ、そんなことを」
「キミの激励は……胸に響いた。
 確かにキミの言う通り、オレには帰りを待ってる仲間がいる」

 帰れるものなら帰りたいし、夢を見せた者の責任な果たさねばならないと確かに思う。
 が、ここでアルマナに自分のことまで背負わされたらどう考えても共倒れだ。
 葬儀屋が出張ってきた時点で、すべての穏当な結末は焼失した。――で、あるのならば。

「だが……キミだって、オレ達の仲間だ。オレも、キミに生きて貰わないと困る」

 アルマナを守り、彼女に未来を託す。
 征蹂郎もまた、アルマナのことをただの同盟相手とは思えなくなっていた。
 共に過ごした時間は短いが、多くの言葉を交わしたし。
 何より彼女は、聯合のために命を懸けて戦ってくれた。
 であればアルマナ・ラフィーは刀凶聯合の一員も同然。見捨てれば王の恥になる。
 それがゴミ山であろうとも、王を名乗るなら示すべき沽券があるのだと彼女のサーヴァントが教えてくれたのだから。

「アグニさん……!」
「行け……。ここはオレが、時間を稼ぐ……!」

 拳を握り、アルマナを庇って立つ。
 睥睨するのは葬儀屋、史上最悪の暗殺者。

「兄妹愛かな? 泣かせるじゃないか。
 でも残念、それもまた僕だけの特権だ。
 他人に魅せられても、欠伸の出る茶番としか感じないね」
「黙れ、狂人が……。貴様の思想になど興味はない……」

 勝てるかと言われれば、まず間違いなく勝てないだろう。
 狩魔戦同様に〈喚戦〉をフルオープンにしたとて、戦意に肉体がついてこないのは見えている。
 自分はここで死ぬ。それでも、その死はきっと無駄にはならない。

 取る構えは、慣れ親しんだ抜刀のカタチ。
 葬儀屋がどれほどの魔術師かは知らないが、この凶剣は人間の命を等しく断ち切る。
 理想は相討ち。最低でも、手傷を負わせてアルマナへの追跡を防ぐ。
 誰かを守るために戦うのは初めてかもしれない。だが、不思議と悪くない気分だった。

「――付き合って貰うぞ、オレの最後の戦いに」

 これより真の死地に入る。
 待ったはない。


「警告。退避を推奨します、悪国征蹂郎」


 そう、待った"は"ない。
 が、それ以外なら話は別だ。

 知った声に葬儀屋の魔眼が見開かれる。
 舌打ちと共に彼は攻撃でなく、迎撃のために炎を噴射した。

 炎熱の帯を切り裂いて、アギリへ飛来したのは瞬速の刺突だった。
 炎のとはまた趣の違う、どちらかと言えば赤騎士のに近い【赤色】。
 アギリは何とか回避に成功したようだが、苛立たしげな顔が不測であったことを認めている。

「キミ、は……?」
「話は後です。今は後ろの魔術師と固まって、何があっても対応できるよう努めるのを勧めます」

 赤い甲冑の英霊だった。
 武器は槍。であれば、彼女もランサーのサーヴァントなのか。
 征蹂郎もアルマナも知らない顔であったが、彼女に邪魔立てされた葬儀屋の方は違うらしい。

「また君か。どういう風の吹き回しだい、そんな味噌っかす共を助けるなんて」
「説明の義理はありません、赤坂亜切。が、当機構も貴方がたとは会いたくありませんでした」

 ――征蹂郎は知らない。
 彼女こそが、己の赤騎士を破滅に追いやった張本人であることを。
 英霊の名は天の蠍(アンタレス)。レッドライダーと似て非なる、地上を清浄する抑止の機構だ。

「しっかし君も大変だね。あのジジイの小間使いはしんどいだろ。
 今度は何考えてるんだか知らないが、アイツはいっつも人を不快にするコトしか……、……ん?」

 アギリは一度、彼女"達"と交戦している。
 だから侮りの感情はないし、そうでなくてもその選択肢はない。
 アンタレスのマスターがあの老獪な医者である以上、すべての驕りは自身を滅ぼす毒になる。
 故に今この瞬間も、アギリは軽薄な口調とは裏腹に、何が起きても命を守れるよう細心の警戒を払っていたのだったが……

「――――え。おい待てよ、本気で言ってるのか?」

 あることに気付いて、彼は目を丸くする。
 信じられないものを見るようにアンタレスを見て、思わずよろめきさえした。
 気配が希薄すぎる。酷い手傷を負ってることに目が行きがちだが、注視すれば彼女の存在感が非常に不確かなことが分かった。

 その意味するところは、ひとつしか考えられない。
 しかしあまりに信じ難いので、周囲を見回して確認までしてしまう。
 が、何度やってもアギリが厭悪する老人の姿は見えなかった。
 念入りに不在を確認した上で、アギリは「く」と声を暴発させる。
 それが呼び水になって、次の瞬間、雪原に葬儀屋の哄笑が響いた。

「はッ、はははははッ! ひ、ひひはは、あっはっはっはっはッ!!
 そうか、そうか――――くたばったのか蛇杖堂寂句!! 
 まさかあんたが一番槍になるとはなぁ! こんな傑作他にあるかよ、くっははははは!!」

 蛇杖堂寂句が死んだ。
 〈はじまり〉の六凶が遂に墜ちた。
 その意味するところは均衡の崩壊と異次元の混沌だ。
 じきだろうとは思っていたが、まさかあの老人がそこを担うことになるとは。

「教えてくれよランサー、ジャックはどうやって死んだんだ?
 まさか端役の屑に殺られたってことはないだろうし、やっぱりお姉(妹)ちゃんに挑んで散ったのか?」
「その嘲笑は不快ですが、……肯定します。我が主君は神寂祓葉に挑み、大義に殉じました」
「ムカつくくらい頭の切れる奴だったが、太陽に灼かれちゃ賢者も型なしか。
 あんなしみったれた狂気(おもい)で届く高みじゃないって少し考えたら分かるだろうに」

 これほど愉快なことはない。
 先の苛立ちはどこへやら、アギリは今や高揚のままに自らを燃やしていた。

「とはいえあいつの戦いは、少なくとも僕にとっては無意味じゃなかったよ。
 〈恒星の資格者〉――口にするだけでも腸の煮える言葉だが、ジャックはそいつを教えてくれた。
 あのジジイがワンクッション挟んでくれなきゃ危なかったよ、まったく。世界は広いね、腹立たしいほどに」

 アギリは、数時間前に寂句と交わした問答を思い出す。
 〈恒星の資格者〉は存在し得るか。
 祓葉になり得る可能性を秘めた原始星、そんなモノは実在するのか。
 あの時は議論の余地もない愚問だと嗤ったが、今は違う。
 赤坂亜切は、その実例を目撃してしまった。

「〈恒星の資格者〉は存在する。
 神寂祓葉に並べはせずとも、彼女と同種のヒカリを持った人間はどうやら本当にいるらしい」

 輪堂天梨――――日向の天使。
 できればしたくない体験だったが、アレが真に覚醒したなら自分達でも無視のできない脅威になるだろう。

 蛇杖堂寂句は果たして、本当に資格者の存在を信じていなかったのか。
 もしくは否定した上で、心の中で静かに反証の考察を進めてでもいたのか。
 寂句が死んだ以上確かめるすべはないが、もしああいう生き物が他にもいるなら捨て置けない。
 そういう意味では、自分にその概念を教えてくれた寂句には感謝であった。

「レストインピースだ、蛇杖堂寂句。
 せいぜいあの世で指を咥えて、僕らの戦いを眺めてな」
「……あなたは勘違いをしています。赤坂亜切」
「あ?」

 十字を切って仇敵を弔うアギリに、アンタレスは表情を変えぬまま言う。
 その無表情の下に隠れた万感の思いは、彼女以外の誰も知り得まい。

「マスター・ジャックは勝ったのです。彼の手は、確かに宇宙の星に届いた」

 寂句なら"好きに言わせておけ"と鼻で笑うのだろうが、どうしても反論せずにはいられなかった。

「極星は穢れ、空の神話は地上に堕ちた。
 あなた方の誰ひとり成し遂げられなかった偉業を、あの御方はやり遂げたのです」
「へえ、そう。じゃあ聞くけどさぁ」

 刹那、すべての冷気が熱気の前に散らされた。
 活動する火球めいた姿になったアギリが、微笑みを消して天蠍を睥睨する。
 アンタレスは事の詳細、そのすべてを語ったわけではない。
 それでも戯言と聞き流すことはできなかった。他の演者ならいざ知らず、挑んだのはあの蛇杖堂寂句なのだ。

「――――お前ら、僕のお姉(妹)ちゃんに何をした?」

 答えを聞く前に炸裂する大熱波。
 赫灼の炎が雪を溶かし、冬とは違う形で生命の存在を否定する死の領域を作り出す。
 が、アンタレスは付き合うことなく踵を返し、征蹂郎とアルマナのもとへ急いだ。
 いや、正確には用があるのは征蹂郎ひとりだ。彼に会うために、アンタレスは傷ついた身体を押してここまでやってきたのだから。


「キミは、一体……」
「言ったでしょう、話は後です。
 すべてを話している時間はありません。
 貴方は今、この場で決断しなければならない」

 蛇杖堂寂句は死んだ。
 天蠍アンタレスは、マスターを失った逸れのサーヴァントとなった。
 今は寂句の死に際の令呪で誤魔化せているが、いずれマスターの不在は顕著な影響を浮かび上がらせるだろう。

 されど、消えるわけにはいかない。
 他のサーヴァントや星々に遅れを取るのも許せない。
 何故なら当機構(じぶん)は、託されたのだから。
 神の箱庭を終わらせ、真の〈神殺し〉を成し遂げよと。
 遺されたのだから、受け継がねばならない。
 そのためにはどうしても、新たな主を得ることが不可欠だった。

「――悪国征蹂郎。まだ、生きる(たたかう)つもりはありますか?」

 無理強いをするつもりはなかった。 
 どだい、腑抜けた人間を要石にしたところでいい結果など出せはすまい。
 強い主が必要だ。不可能を可能にする肉体的な強さと、運命を食い敗れる精神的な強さ。
 この両方を兼ね備えた者でなければ、神殺しの相棒は務まらない。

 だから、悪国征蹂郎には選択の自由がある。

「もう終わりにしたいというならば、当機構はそれを尊重します。
 しかし、もし……」

 諦めて、ここで散るか。

「もしも、もう一度立ち上がりたいと言うのなら――――どうかこの槍に誓い、契約を」

 征蹂郎は、答えられず沈黙した。
 だが、長考している暇はない。
 怒れる葬儀屋。荒ぶる狩人。冬に覆われた世界では、一秒ごとに命が抜け落ちる。

「オレは……」

 その時、視線を向けたのは。
 やはり、"彼女"の方向だった。
 唇を噛んで、自分を見つめる幼い少女。
 なぜ、彼女がこんなにも自分へ尽くしてくれるのかは正直なところ分かっていない。

 仲間を失った。大勢を死なせた。
 受けた傷は大きく、拳だってこの有様では精彩を欠くだろう。

 だが――それでも、彼女の言葉が脳裏に蘇る。


 "あなただけ一抜けなんて、ずるいです"
 "――――アルマナは、あなたに生きて貰わないと困ります"


「ああ。そう、だな…………」

 刀凶聯合は、まだ壊滅したわけではない。
 自分の帰りを待つ仲間がいる。
 そしてこんな自分に、生きて欲しいと願ってくれる少女がいる。

 ならば、もはや考えるなど不要。

「オレは………まだ、死ねない。
 オレは仲間のためにも、もっと生きなくちゃならないんだ」

 手を伸ばし、天蠍の赤槍に触れた。
 【赤】にはやけに縁があるな、と、苦笑しながら。

「オレと契約してくれ……ランサー」
「受諾しました。これより我が槍は主君の遺命を引き継ぎつつ、貴方を導く刃となりましょう――マスター・アグニ」

 かくして、失った者同士の契りは結ばれる。
 まだ死ねない、終われないのだと願えたから。
 悪国征蹂郎は、もうひとつの【赤】に未来を希ったのだ。



【悪国征蹂郎&ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス) 再契約】



「それで?」

 葬儀屋の炎が、新たに成立した主従へ構いなく襲いかかる。
 濁流の如き勢いを帯びた火炎の奔流だったが、逸れの身を脱したアンタレスの能力値は先程までの比でない。
 槍の一振りで切り払い、征蹂郎にもアルマナにも火傷ひとつ負わせることを許さなかった。

 だが、アギリに焦った様子はない。
 またアンタレスにも、安堵した雰囲気は皆無だった。

「君、忘れちゃいないよな?
 僕がいるってことは、当然"あいつ"もいるってこと」

 そう――赤坂亜切はあくまでマスター。
 マスターがいるのなら、当然サーヴァントもここにいる。
 その事実がアンタレスにあらゆる希望的観測を許さないのだ。

「逃がした獲物がわざわざ向こうからやって来てくれたんだ。死ぬよ、君等」

 悪国征蹂郎との再契約? 好きにすればいい、それで結果は何も変わらない。
 アギリのスタンスはそれだったし、そも、アンタレスは変わらずまともに戦える状態ではなかった。
 魔術師相手ならいざ知らず、英霊と事を構えるには傷を負いすぎている。
 征蹂郎やアルマナも満身創痍ではあるものの、一番危険な容態なのは間違いなく彼女だ。

 令呪を使っての逃亡も手ではある。
 が、厄介なのは天から感じるこの"視線"。
 恐らくだが、女神スカディには索敵宝具があるのだろう。

 令呪すら、彼女の前では一時しのぎの策にしかならない。
 本気の狩猟神相手に逃亡劇を演じる難易度は破格も破格。
 どうする。どうやって、この窮地を切り抜ける。
 思案するアンタレス、嗤う葬儀屋。
 今にも弾け飛びそうな緊張感の中で、最初にきっかけを作ったのは、彼女達の誰でもなかった。


「「「「――――――――ッ!?」」」」


 驚愕したのは、全員同時。
 夜の雪原を舞台に戦う彼らの姿が、一瞬にして眩い陽光に照らし出された。

「っ、く……!?」
「こ、れは……っ、一体……!」

 征蹂郎と、アルマナ。
 無論アンタレスとアギリも例外ではないし、更に言えば隣の戦場で殺し合う英霊達も含めて。
 全員がこの"真紅の太陽"の顕現と同時に、強烈な不調に襲われた。

「固有結界……? いや違うな、単なる心象の展延か……!」

 分析するアギリもまた顔を曇らせ、込み上げる嘔吐感と戦っていた。
 想起する単語はひとつ、"墜落"。
 高所から墜ちていくような重圧が上から叩きつけられるという矛盾に、三半規管が狂乱している。
 頭は割れそうに痛み、手足の動きもおぼつかず、数分とここにいれば発狂してしまいそうなほど。

 この不調は戦場の全員へ平等に降り注いでいたが、しかし追い詰められた者達にとってはまたとない好機でもあった。

「アグニ!」
「ああ、分かっている……! アルマナ、君もだ。準備を……!」
「っ――はい……!」

 勝者なき戦いを照らし出す、勝利の日の太陽。
 ある大戦士の奇計が、雪夜に活路を開いた。



◇◇



 『墜ちよ、蒼き荒鷲』。
 真紅の太陽が照らす対軍結界を展開する、大戦士シッティング・ブルの第二宝具。
 この結界の中では、彼とその主以外の誰も勝利することを認められない。
 墜落の重圧の正体はそれだ。サン・ダンスの儀式にて見た幻視の再演は、あらゆる敵を拒み続ける。

「へえ……良いモン持ってんじゃないのさ」

 白い歯を見せるスカディも、例外でなく不調とそれによる行動制限を食らっていた。
 想像以上に強烈だ。狩猟の女神をして、此処に長居はしたくないと思わせるほど。
 ただ、太陽が顕現しても吹き荒ぶブリザードと、地を覆う白雪のテクスチャは消えていない。
 『狼吼轟く女神の館』の主であるスカディは、既にこの不可解な現象の正体にも勘付いている。

「こんな荒業、思い付いてもそうそう実行できるモンじゃないよ。大したタマだ、アンタ」
「……光栄だ。女神の称賛を受けられる日が来るとは」

 結界は完成されていないし、スカディがいる限りされることは絶対にない。
 シッティング・ブルは、彼女の大結界に死力を尽くしてせめぎ合いを挑んでいるのだ。

 既に展開された結界の内側で、自分自身の術を通す。
 言うまでもなく難題だが、これだけなら彼の術師としての技量で何とか通せる。
 問題は、『狼吼轟く女神の館』が神秘として1ランク以上も格上の宝具であること。
 スカディのは世界の上に環境を建築し、その周辺景観を流出させる大魔法だ。
 これに対し結界で勝負を挑むなど、津波の中で砂の城を作ろうと試みるようなもの。
 端的に言って正気ではなく、無茶の代償はシッティング・ブルを大いに蹂躙していた。

 身体中の毛細血管が断裂し、鼻や口だけでなく目からも血涙が溢れて止まらない。
 この状態を数十秒も維持すれば、彼の霊核は自壊し、結界も崩れ去るだろう。
 故に時間はない――シッティング・ブルが、吠える!

「悠灯……ッ!」
「あ、あ……! キャスター、令呪を以って命ずるッ!」

 させじと、スカディの巨躯が動いた。
 今の彼女の身長は数十メートル。
 よってただ踏み付けるだけでも、あらゆる存在にとって致命の一撃となる。

「させないよォ!」

 振り下ろされる巨人の踏撃(フットスタンプ)。
 華村悠灯を踏み潰し、彼らの意図を何も通させまいとする。

 が……それを阻むように割って入る、老いた閃影があった。

「此方の科白だ、邪神」

 老王カドモスが、その槍でスカディの足を受け止めていたのだ。
 これには助けられた側である悠灯が驚いてしまう。
 どういう風の吹き回しだ、とか。こいつも何か企んでるのか、とか。

「お、お前……」
「何を呆けている。相棒の奮戦に報いる気がないのか?」
「っ――――き、気を取り直して令呪で命ずる!」

 色々思うところはあったが、確かに今はそれどころじゃない。
 悠灯はわたわたしながら、それでも懸命に口を動かし、叫んだ。

「"アタシを連れて、できるだけ遠くに離脱しろ"ッ!!」

 刹那、絶望の戦況が崩壊する。
 シッティング・ブルが指笛を吹いて鷹を呼び出し、それが限界を超えた速度で飛翔した。
 すれ違いざまに悠灯を抱え、大戦士の主従が彼方の空に消えていく。

 シッティング・ブルが去った以上、『墜ちよ、蒼き荒鷲』もすぐに崩壊するだろう。
 カドモスが悠灯を助けた理由は、自分達にも好機を融通した彼らへの義理立てだった。
 王者ほど義理を重んじる。本人にその気があったかどうかに関わらず、施しを受けておいて素知らぬ振りをするのは下賤な行為だ。
 故に即座に行動で返した。であれば次は、自分達が好機に飛びつく番だ。

(アルマナッ! 令呪を使え!!)
(王さま、ですが――――)
(小僧が心配ならば落ち合う場所でも決めておけ!
 迷うなと言った筈だ。儂の臣下ならば同じ失態を晒すな!)
(……! 分かり、ました……っ。直ちに……!)

 "令呪を以って我が王に希います――アルマナと共に撤退を!"

 響く命令が、カドモスを大戦士に倣わせる。
 追われる危険はあるが、それでもこの場に留まるよりは余程マシだ。
 大戦士の機転がなければ、令呪を使わせる隙さえ作れなかった。
 空の太陽が陽炎のように消えていく。直にスカディは不調から回復し、元の恐ろしき狩人に戻るだろう。

(……負け犬がらしくない真似をする。だが野犬の一噛みほど恐ろしいものはない、か)

 わずかな感慨を抱きながら、カドモスもまた風となった。
 今後のことに思いを馳せ、肺腑の底から溜息をついて。



◇◇



「――――で、アンタも逃げんのかい? ランサー」

 シッティング・ブル、そしてカドモス。
 二体の英霊が消え、そのマスター達も彼らに連れられ戦場を去った。
 であれば残る一騎、天蠍アンタレスも続かない理由はない。
 それを見透かして、しかし怒るでもなく、スカディはいつも通り豪快に笑っていた。

「はい、逃げます。貴方と戦うには時期が悪すぎる」
「どいつもこいつもつれなくて嫌んなるねェ。
 だが、当然分かってるよな? 一度目は優しく送ってやったが、二度目はねェってこと」

 彼我の距離は遥かに離れている。
 なのに眼球の色彩、光沢まで窺えた。
 それほどまでにスカディは巨躯(デカ)くなっている。
 その意味するところは、今度の彼女は紛うことなき本気であるということ。

「『夜天輝く巨人の瞳(スリング・スィアチ)』つってね。アタシは、空に眼を持っている」

 現在時刻は草木も眠る丑三つ時間近。
 最大まで深まった夜は、星の視線/死線をこれ以上なく冴え渡らせる。
 令呪での逃亡で空間を超えられるのは英霊だけだ。
 マスターを連れて逃げるのなら、そう遠い場所まではどうやったって逃れられない。
 つまり、逃げた英霊とマスターは全員、今もスカディの視認範囲に収まっている。
 これからアンタレス達が同じ手を使ったとしても結果は同じ。誰も本気の狩人を撒くことは不可能なのだ。

「予告するが、アタシはアンタらをどこまでも追いかけるよ」
「……その脇腹の傷の怨み、ということですか?」
「違う違う。単に逃げられっぱなしじゃプライドが許さないってだけさ。
 それにアンタらの行く先にはきっと、あのアルマナとかいう小娘も来るだろ?
 そうすりゃカドモスの坊やも付いてくるワケだ。一網打尽、アタシの大好きな言葉だよ」

 蝗害、シストセルカ・グレガリア。
 奇術王、ウートガルザ・ロキ。
 無茶苦茶を地で行く英霊は他にもいるが、純粋な性能のみで競い合うなら最強は間違いなくこの女神である。

 すべての能力値が高水準で纏まり、索敵と自己強化の宝具を持つ彼女に弱点などない。
 できる対策は出会わないこと、関わらないこと、目を付けられないこと。
 ひとつでも失敗してしまったなら、残念ながら御愁傷様。
 誰かが女神を落とす奇跡を起こさない限り、狩人は常にその姿を追い続ける。

「楽しもうじゃないか、蠍のお嬢ちゃん。アタシとの鬼ごっこはスリリングだよ」
「そのようですね。それでも――当機構は貴方に手を焼いている暇などありません」

 瞬間、アンタレスの姿もまた消え失せた。
 征蹂郎が令呪を使ったのだろう、その姿はもう眼球では視認できない。
 残されたのは雪原と、巨人と、それを従える不吉な葬儀屋。

「追うよ、アギリ! 乗りな!」
「言われるまでもないよ、アーチャー。僕としても、あのランサーには是が非でも死んでほしくなった」

 巨人戦線、拡大中。
 駆ける巨人は、冬と共に都市を破壊する。


 ――――都市は揺れ続ける。哀悼を捧げる暇もなく。



◇◇



【新宿区・歌舞伎町 決戦場→移動開始/二日目・未明】

【悪国征蹂郎】
[状態]:疲労(大)、魔力消費(中)、出血(大)、全身に軽度の火傷、頭部と両腕にダメージ(応急処置済み)、右腕損壊(大)、腹部に銃創、低体温症、〈喚戦〉、ランサー(アンタレス)と再契約
[令呪]:残り一画
[装備]:レッドライダー製の極薄ガントレット(左腕のみ)
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度。カード派。
[思考・状況]
基本方針:刀凶聯合という自分の居場所を守る。
0:生きる。死んだ皆と、まだ生きている仲間のために。
1:アーチャー(スカディ)からの逃走。
2:アルマナは仲間だ。仲間が死ぬなと言うのなら、オレだけ一抜けはできない。
[備考]
 異国で行った暗殺者としての最終試験の際に、アルマナ・ラフィーと遭遇しています。
 聯合がアジトにしているビルは複数あり、今いるのはそのひとつに過ぎません。
 養成所時代に、傭兵としてのノクト・サムスタンプの評判の一端を聞いています。
 六本木でのレッドライダーVS祓葉・アンジェ組について記録した映像を所持しています。
 アルマナから偵察の結果と、現在の覚明ゲンジについて聞きました。
 千代田区内の聯合構成員に撤退命令を出しています。
 ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)と再契約しました。

【ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)】
[状態]:疲労(極大)、胴体に裂傷、全身にダメージ(大)、甲冑破損、無念と決意、寂句の令呪『神の箱庭を終わらせ、真の〈神殺し〉を成し遂げてみせよ』及び令呪による一時的な強化、悪国征蹂郎と再契約
[装備]:赤い槍
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:神寂祓葉を刺してヒトより上の段階に放逐する。
0:マスター・ジャックの遺命を果たす。たとえこの身が擦り切れようとも。
1:アーチャー(スカディ)からの逃走。
2:これからよろしくお願いします。アグニ。
[備考]
※マスターを喪失しました。令呪の強化を受けていますが、このままでは半日は保たないでしょう。
 →悪国征蹂郎と再契約しました。


【アルマナ・ラフィー】
[状態]:疲労(大)、魔力消費(大)、動揺(少し落ち着いてきた)
[令呪]:残り一画
[装備]:
[道具]:なし
[所持金]:7千円程度(日本における両親からのお小遣い)。
[思考・状況]
基本方針:王さまの命令に従って戦う。
0:アグニさんには死んでほしくない。アルマナは、どうしてこうなってしまったのだろう。
1:もう、足は止めない。王さまの言う通りに。
2:傭兵(ノクト)に対して不信感。
[備考]
 覚明ゲンジを目視、マスターとして認識しています。
 故郷を襲った内戦のさなかに、悪国征蹂郎と遭遇しています。

 新宿区を偵察、情報収集を行いました。
 デュラハン側の陣形配置など、最新の情報を持ち帰っています。

 カドモスに渡されたスパルトイは全滅しました。

【ランサー(カドモス)】
[状態]:疲労(大)
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:いつかの悲劇に終焉を。
0:アーチャー(スカディ)から逃れる。
1:面倒なことになったものだ。頭が痛い。
2:傭兵(ノクト)に対して警戒。
3:事が済めば雪村鉄志とアルターエゴ(デウス・エクス・マキナ)を処刑。
[備考]
 本体は拠点である杉並区・地下青銅洞窟に存在しています。
 →青銅空間は発生地点の杉並区地下から仮想都市東京を徐々に侵略し、現在は杉並区全域を支配下に置いています。
  放っておけば他の区にまで広がっていくでしょう。

 カドモスの宝具『我が撒かれし肇国、青銅の七門(スパルトイ・ブロンズ・テーベ)』の影響下に置かれた地域は、世界の修正力を相殺することで、運営側(オルフィレウス)からの状況の把握を免れています。


【華村悠灯】
[状態]:生命活動停止。固有の魔術が発動中。頸椎骨折(修復済み)、右肩に刺傷、肉体疲労(大)、魔力消費(大)、生への渇望
[令呪]:残り二画
[装備]:精霊の指輪(シッティング・ブルの呪術器具)
[道具]:なし
[所持金]:ささやか。現金はあまりない。
[思考・状況]
基本方針:アタシは、死にたくない。そして、生きていきたい。
0:祓葉に会って、この身体を治す。
1:改めてよろしくな、キャスター。
2:狩魔さん、ゲンジ――死んじまったのか。
3:山越風夏への嫌悪と警戒。
4:あの刺青野郎ってば最悪!!
5:状況がヤバすぎる!!(やけくそ)
[備考]
神寂縁(高浜総合病院院長 高浜公示)、および蛇杖堂寂句は、それぞれある程度彼女の情報を得ているようです。

華村悠灯の肉体は、普通の意味では既に死亡しています。
ただし土壇場で己の真の魔術の才能に目覚めたことで、自分の魂を死体に留め、死体を動かしている状態です。
いわゆる「生ける屍」となります。
強いて分類するなら死霊魔術の系統の才能であり、彼女の魔術の本質は「死を誤魔化す」「生にしがみつく」ものでした。
自覚できていた痛覚鈍麻や身体強化はその副次的な効果に過ぎません。

この状態の彼女の耐久性や、魔力消費などについては、次以降の書き手にお任せします。
→魔力消費の影響をある程度無視できるようです。ただしあくまで誤魔化しているだけなので、度が過ぎると多分死にます。

【キャスター(シッティング・ブル)】
[状態]:疲労(極大)、全身にダメージ(大)、額と右耳に軽傷、腹に刺傷(止血済)、迷い、悠灯への憂い、アルマナへの憐憫と共感
[装備]:トマホーク
[道具]:弓矢、ライフル
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:救われなかった同胞達を救済する。
0:悠灯。私も、君の手を取ろう。
1:アーチャー(スカディ)からの逃走。此方を追ってくることはないだろうが……
2:神寂祓葉への最大級の警戒と畏れ。アレは、我々の地上に在っていいモノではない。
3:――他でもないこの私が、そう思考するのか。堕ちたものだ。
4:復讐者(シャクシャイン)への共感と、深い哀しみ。
5:いずれ、宿縁と対峙する時が来る。
6:"哀れな人形"どもへの極めて強い警戒。
7:覚明ゲンジ。君は、何を想っているのだ?
8:この少女(アルマナ)のことは、あまり見たくない。
[備考]
※ジョージ・アームストロング・カスターの存在を認識しました。
※各所に“霊獣”を飛ばし、戦局を偵察させています。


【赤坂亜切】
[状態]:疲労(大)、魔力消費(中)、眼球にダメージ、左手に肉腫が侵食(進行停止済、動作に支障あり)
[令呪]:残り三画
[装備]:『嚇炎の魔眼』、M360J「SAKURA」(残弾3発)
[道具]:魔眼殺しの眼鏡(模造品)
[所持金]:潤沢。殺し屋として働いた報酬がほぼ手つかずで残っている。
[思考・状況]
基本方針:優勝する。お姉(妹)ちゃんを手に入れる。
0:ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)達を追撃。
1:適当に参加者を間引きながらお姉(妹)ちゃんを探す。
2:日中はある程度力を抑え、夜間に本格的な狩りを実行する。
3:他の〈はじまりの六人〉を警戒しつつ、情報を集める。
4:〈蛇〉ねえ。
5:〈恒星の資格者〉は実在する。忌まわしいことだが。
6:脱出王は次に会ったら必ず殺す。希彦に情報を流してやるか考え中
7:じゃあな、蛇杖堂寂句。あんたの英霊もすぐそっちに送ってやるよ。
[備考]
※彼の所持する魔眼殺しの眼鏡は質の低い模造品であり、力を抑えるに十全な代物ではありません。
※香篤井希彦の連絡先を入手しました。

※ホムンクルス36号の見立てによると、自身の魂を燃やす彼の炎は無限ではなく、終わりが見えているようです。
 ただしまだ本人に自覚はないようです。
 具体的にどの程度の猶予があるかは後続の書き手にお任せします。
※一回目の聖杯戦争で組んでいたランサーは、鬼若(いわゆる武蔵坊弁慶)でした。


【アーチャー(スカディ)】
[状態]:疲労(中)、脇腹負傷(自分でちぎった+銃創が貫通)、蛇毒による激痛(行動に支障なし)、『狼吼轟く女神の館』展開中、およびそれに伴う巨人化
[装備]:イチイの大弓、スキー板。
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:狩りを楽しむ。
0:追撃。狩猟。一網打尽。
1:日中はある程度力を抑え、夜間に本格的な狩りを実行する。
2:マキナはかわいいね。生きて再会できたら、また話そうじゃないか。
3:ランサー(アンタレス)を獲る。一皮剥けたようだしね、食べ頃だろ。
4:キャスター(シッティング・ブル)は一度見逃す。ただし次は必ず狩る。
[備考]
※ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)の宝具を受けました。
 強引に取り除きましたが、どの程度効いたかと彼女の真名に気付いたかどうかはおまかせします。


[全体備考]
※機動隊の第一陣(数百人規模)が全滅しました。
※抗争に参加した面々の顔写真が警察に押さえられた可能性があります。


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最終更新:2025年09月28日 00:58