◇◇
『【速報】新宿区で謎の暴動勃発、死傷者数不明 警視庁「外出を厳に控えて」』
『新宿暴動、市ヶ谷駅周辺で47体の遺体を確認 区内全域で未曾有の被害か』
『【災害情報】歌舞伎町北西部で大規模な爆発が確認される。数百名規模の機動隊が出動、暴動鎮圧目的?』
『前触れなき大暴動、不気味な「赤い空」と「洪水」……陰謀論の拡散避けられず』
◇◇
ニュースサイトの一面に躍る見出しは、そのすべてが新宿が地獄に変じたことを伝えていた。
溜め息と共にスクロールし、ゲオルク・ファウストを騙る悪魔はこめかみを指先で数回叩く。
「どうやら、我々は〈蝗害〉に感謝しなければならないらしい」
ノクト・サムスタンプに押し付けられた"仕事"の後、ファウストと満天は半ば強引にゲリラライブの開催に同意させられた。
そのライブでも一悶着あり、いくつかの手応えと新たな胃痛の種を抱えて帰る羽目になったのだが、今は九死に一生を得た気持ちだ。
あの時満天が〈蝗害〉調査を選び、そして彼らに見初められて時間を浪費したこと。
それが巡り巡って、自分達を新宿の争乱から遠ざけてくれた。
新宿で経緯不明の暴動が起きたらしい。
規模は区内の全域に及び、死傷者数さえ判然としない状況。
十中八九サーヴァントの仕業だろう。どこかの誰かが後先を考えず全力で潰し合った結果と考えるのが最も妥当だ。
予兆なく破滅的事態を到来させるやり口は日没前の六本木崩壊事案を思い出させる。
無論断言はできないものの、同種の傍迷惑さを持った何者かの蛮行であるのは間違いない。
とはいえ、今回のことに関してはある程度裏が想像できた。
〈蝗害〉の調査に赴くことを決めた瞬間縁が途切れたもうひとつの火種。
『半グレ集団の大規模抗争』。ファウストは、新宿の件はこれに関わるものだろうと考察していた。
満天の選択によりフラグが立たなかったとはいえ、あのノクト・サムスタンプが調べたがる案件というのは気がかりだった。
そのため、芸能界に地盤を築く過程上で入手していた裏社会へのツテを駆使。
現在揉めているという両組織について、わずかだが概要を入手していたのだ。
高層ホテルでのゲリラライブを終え、疲労困憊の満天を乗せた車内で片手間にこなした仕事である。
〈デュラハン〉。
周鳳なる若者によって強度に統率された令和東京の犯罪シンジケート。
欲望渦巻く歌舞伎町に多大な影響力を持つ、本職の人間ですら賢明なら揉めるのを躊躇う巨大組織。
そんなデュラハンにちょうど今日宣戦布告した組織があるという。
それが〈刀凶聯合〉。
少数精鋭、武力と凶暴性で他の追随を許さない狂犬集団。
こちらもこちらで、デュラハンとはまた違う意味で嫌厭される集団だと聞いた。
規格外の統率と規格外の暴力。
自分達が選ばなかった選択肢が行くところまで行ったその帰結が例の大暴動であると考えれば道理は通る。
数百人規模の機動隊が出動したというニュースなど最たる例だろう。
今も昔も不良の喧嘩を収めるのは警察の役目なのだから。
「不良の抗争でひとつの街が滅ぶか。まったく笑えねえな」
元凶の両組織にはぜひ共倒れしてほしいところだが、こればかりは運を天に任せるしかあるまい。
無論、こちらから争乱に一枚噛む選択肢はない。
意味がないし、あったとしても現状そんな余裕は皆無だった。
「あの詐欺師野郎からの連絡がないのは、そっちにかまけて難儀してるってところかね。あわよくば巻き込まれて死んでくれると嬉しいんだが」
既に〈蝗害〉の調査結果は粗方メールで送信済みだ。
映像記録は流石にまだ整理できていないが、それを急かす連絡も未だ来ていない。
流石に次また足元を見てくれば相応の態度を見せるつもりだが、リアクションがない以上は足踏み状態だ。
「まあ精々、英気を養って待つとするか。
その時には新宿暴動の詳細も知れるだろうし、俺も今の内に手持ちの情報を整理しておかないとな」
口では皮肉を言うファウストだが、実のところこの休息はありがたかった。
いろいろと負担をかけた満天を休ませられるのもそうだし、自身も思考を纏められる。
数十分前に高天小都音から届いたメールを開き、もう一度目を通す。
そこには約束通り、ファウスト達にとって有用な――〈はじまりの聖杯戦争〉に関する情報が記載されていた。
『楪依里朱。色彩を操作する魔術を持つ。戦闘能力はサーヴァントに匹敵。
神寂祓葉に強く傾倒。彼女の話になると冷静さを失う場面を多々散見。
煌星さん達と別れた後に薊美ちゃんと交戦し、私達の集団を離脱。その後の行方は不明。
神寂祓葉。推定、この世界を創造した黒幕。
きわめて強力な再生能力と、〈蝗害〉を正面から撃退するほどの戦闘能力。
特に武器とする光剣の真名解放(?)は規格外の威力を持ち、非常に危険。
私の受けた印象としては『人の形をした怪獣』です。
"ヨハン"なる人物の名前を口にしていたので、サーヴァントの真名を推定する手がかりになるかも。
(※この二名の居所が分かったら、なるべく連絡してもらえると助かります)
その他。薊美ちゃん情報でノクト・サムスタンプの他に以下の名前を確認。
ジャック→戦闘能力が高い? アギリ→スイッチが入ると非常に危険。
残りの二人は"考えなくていい"とのこと。どの程度信じるかはお任せします』
実にありがたい情報提供だ。
これで〈はじまりの六人〉は、未だ手がかりのない一名を除きファウストの知るところになった。
ノクト・サムスタンプ。
ホムンクルス36号。
"ジャック"、"アギリ"、そして楪依里朱。
ノクトにとっても彼らは敵だ。
聞けば教えてくれたかもしれないが、あの男に借りは極力作りたくない。
その点、高天小都音は素晴らしい働きをしてくれた。
彼女の誘いを蹴ったのは他でもないファウスト自身であるが、彼としても小都音と組めないのは惜しい損失だったといえる。
高天小都音は、信用できる。
だが、彼女の周りの者達は別だ。
幻惑の奇術師、ウートガルザ・ロキ。
凡人の領域を飛び越えんと燃える伊原薊美。
そして――
「……天枷仁杜。
煌星満天、輪堂天梨に続く、三人目の――」
呟いたところで、もぞ、と後部座席の少女が動く音がした。
バックミラーを見ると、寝ぼけ眼の彼女と目が合う。
「キャスター……?」
「すみません。起こしてしまいましたか」
「ううん。大丈夫、だけど……」
現在、ファウスト達を乗せた車は世田谷区で停車していた。
運転手を務めるスタッフは人形のような顔でじっと前だけを見つめている。
〈蝗害〉の現地レポという仕事が済んだためか、さっきからはずっとこの調子だ。
満天を休ませたいので停車してほしいと伝えた際にも、特に抵抗することなく従ってくれた。
新宿があの有様な以上、ノクトと連絡がつくまでは自発的に動く理由がない。
警備役としてロミオを外に配置しておけば、不意の奇襲にもある程度は対応が利く。
いたずらにドライブして火の粉を被るよりかは、割り切って休息に注力した方がいいと判断した。
車が停まる前から満天はすやすや寝息を立てていたのだが、ファウストの独り言のせいで起きてしまったらしい。
「天枷……って言ってたよね。それに、私達の名前も」
「ええ」
まだ聞かせるつもりはなかったが、此処でとぼけても不信を買うだけだ。
これ以上隠し事があると思われるのは困る。
眼鏡を指先で持ち上げながら、ファウストは正直に伝えた。
「"貴方達"のことを、考えていました」
この聖杯戦争は、ひとりの少女によって創造された。
神寂祓葉という極星を中心に廻る物語、そこで輝く天の御星。
現人神・祓葉と、それに灼かれた燃え滓ども。
更にもうひとつ。極星と同種のヒカリを秘めた、〈恒星の資格者〉。
「単なる考察です。時が来れば煌星さんにもお話しますよ」
「……ううん。今、聞かせてよ」
「――――」
食い下がってくるのは意外だったのか、悪魔が沈黙する。
それに対し満天は飲みさしのペットボトルを握りながら続けた。
「正直未だに、自分がそんな大それた存在だなんて思えないんだけどさ……。
でも、いつまでも知らないままじゃいられないんでしょ? あの柄悪いおっさんも私が"そう"だと分かってるぽかったし」
「……意外ですね。煌星さんはむしろこの手の話は先送りにしたがるものと思っていましたが」
「そりゃ、私だってできるならそうしてたいよ。でもこんなことになったんだもん、流石に危機感くらい持つっていうか……」
満天にとって、天梨が星であるのは当たり前のことだった。
だからすんなり受け止められたが、彼女は先ほど、三人目の恒星を目の当たりにしている。
輪堂天梨とはある意味真逆の星だ。
あるがままに美しく、あるがままに人を傷つける。
そんな月の光を、煌星満天は間近で浴びたのだ。
「私のためにも、キャスターのためにも。天梨や、もしかしたら他の人達のためにも――」
「無知な子どものままではいられない、と」
「まあ、そゆこと……です。うん」
満天は今、悪魔が拵えたシンデレラストーリーの中を歩いている。
だが、彼女は世界の主役などではない。
物語の外から自分達のまったく関知しない何かがやってきて、すべてを台無しにしてしまう可能性だって当然あるのだ。
それこそ、あの第三の恒星のような存在が。
夢を叶えて、この身にかけられた魔法を解くために。
そして、悪意に囲まれた純白の天使を救うために。
自分は向き合わねばならない。自分を取り巻く嘘みたいな現実と。
「いいでしょう。先に述べた通りあくまで考察の段階ですが、煌星さんにも聞いていただきます。
体面上ああ言いましたが、正直助かりますよ。意見交流は思索を捗らせますからね」
「……あっ。で、でででもあんまりひどい話とか怖い話とかはいい感じにワンクッション置いてくれると嬉しいかな?
ほらやっぱり心の準備ってものがあるし、聞いた結果何も手につかなくなったりしたら意味ないしさ。エヘヘ……」
「ではまず、状況の整理から行きましょうか」
「キャスター? あの、話聞いてる?」
メフィストフェレスはかく語りき。
これなるは、少女のカタチをした星々についての一考察である。
◇◇
「現状、私は三人の〈恒星の資格者〉を観測しています。輪堂天梨、天枷仁杜。そして煌星さん、あなただ」
輪堂天梨。
日向の天使。
誰も灼かない輝きを放つ、慰めの星。
天枷仁杜。
月光の女神。
純真にて人を狂わせる、狂気の星。
煌星満天。
妖星の悪魔。
昂りのままに現実を爆破する、躍動の星。
「神寂祓葉を完成した恒星と定義するなら、煌星さん達はさしずめ幼体のようなものでしょう。
しかし成長を完了すれば、〈はじまりの聖杯戦争〉を制した極星に比肩する存在になるかもしれない。
いえ、私の見立てではその可能性は非常に高い」
「……成長、っていうと」
「ええ。煌星さんも心当たりがありますね」
満天がファウストと"契約"を結んでから、およそ一ヶ月ほどになるが。
これまでの成長曲線は非常に緩やかなものだった。
英霊と戦うのはおろか、一般的な魔術師にすらまず通用しない程度。
オーディション会場爆破動画の万バズを含めてさえ、戦闘者を名乗れるレベルには到底届いていなかった。
が、今日一日を通じてその緩慢な足取りが一気に様相を変じた。
〈蝗害〉シストセルカ・グレガリアに痛手を与え、奇術王の闇を晴らす爆光さえ生んでみせたのだ。
今の満天は、既にファウストの魔術では相手にならない領域にまで到達している。
「煌星さんが私との契約で得た力の正式名称は『メフィストの靴』と言います。
アイドル・煌星満天の知名度に比例してあなたは力を得、悪魔として強化されていく」
「でも、今日の私って言うほどアイドル活動できてなくない?
確かにバッタ相手に命がけのライブしたり、ゲリラライブさせられたりはあったけどさ。
オーディション会場をぶっ飛ばした動画がバズった時の方がよっぽど人目に触れたと思うんだけど」
「そこです。現在の知名度と得られた力の天秤が、明らかに見合っていない」
メフィストの靴。
それは、正真の悪魔の魔術回路をヒトの身体に巡らせるという神をも恐れぬ冒涜の力だ。
偶像として顔が知れれば知れただけ強くなれる。
その代わり、夢を諦め/契約を反故にした瞬間、魂まで悪魔のエサに成り果てる。
満天はまだ諦めていない。
されど、アイドルとしてはまだまだイロモノの域を出ていない状況である。
にもかかわらず発現した、〈蝗害〉に焦りを抱かせるほどの爆発宝具。
契約とはシステム。
一度結ばれれば、結んだ側でさえ破るのにはリスクが伴う。
そんな経緯で得た力が、もたらす恩恵に色を付けるなどあり得ない。
では何故、煌星満天はあれほどの躍動を可能としたのか?
「恐らく、煌星さんの恒星としての素質が手伝った形でしょう。
『メフィストの靴』を原型とし、成長段階で飛躍させたと考えられる」
「……え、そんなことしていいの?
それって大分その、ズルいことしてない?」
「はっきり言いますが営業妨害も甚だしいですね。商売上がったりですよ」
おっと、とファウストは咳払いをした。
心からの本音だったが、満天に正体を知られるのはまだ困る。
「その証拠に、運動能力には然程の変化が出ていない」
「あ。そっちはあんまり変わった気がしないかも」
「『メフィストの靴』がもたらす恩恵には魔術だけでなく肉体面の性能強化も含まれます。
あれだけの爆発を打てるようになったなら、今の煌星さんは英霊級の身体能力を得ていても不思議ではない。
なのにそのレベルに留まっていることが、あなたが無意識に横紙破りをしたことの証明です」
「ば、バックミラー越しにジト目で見るのはやめてほしいんだけど!? 私はただ、無我夢中でなんとかなれー! ってしただけで……ワザトジャナイヨ、ホントダヨ……」
「冗談です。ちょっと場を和ませようと思いまして」
〈恒星の資格者〉としての成長と、〈悪魔〉としての成長は似て非なるもの。
煌星満天は窮地にて可能性を跳ね上げ、未来の成功報酬を手繰り寄せて跳躍した。
人の堕落を願う悪魔としては業腹だが、満天が資格者でなければ自分達は蝗の群れに食い殺されていただろう。
とはいえ横紙破りではあるものの、依然として契約の意義自体は変わっていない。
煌星満天は夢を叶え、トップアイドルにならなければならない。
つまり結局、どこまで行ってもアイドルとしての成り上がりと無縁ではいられないのだ。
むしろ問題は、もっと別な点にこそある。
「ただ逆に言えば、他の資格者にも同じことができるということです」
〈恒星の資格者〉は道理を飛び越える。
彼女達は人間でありながら、英霊以上に予測がつかない。
その性質は資格者に共通のものだ。
満天にできるのなら、他の資格者も当然できると考えておくべきだろう。
「輪堂天梨はまだいいとして、あの天枷仁杜も徒に奇跡を起こせてしまう可能性がある」
満天が静かに唇を噛むのが分かった。
天梨は善玉だ。満天だって少なくとも悪ではないし、真っ当な倫理観というものを所持している。
だが仁杜は別だ。あの短い時間の邂逅でも分かる、彼女はモラルを知らない。
好きな人間にはとびきりの親愛を。
それ以外の人間には底なしの無関心を。
月女神の善悪は表裏一体。人を救いもするし傷つけもする。
そして何より最悪なのが、当の彼女にそれを悪いと思う感性が備わっていないことだ。
学生気分どころか幼児気分さえ抜けていない、史上最悪の純真無垢があの月である。
「今だから言いますが。私は高天小都音がこちらに歩み寄ってこなければ、天枷仁杜を排除する方向で事を進めたでしょう」
「そ……っ。それは、流石に――」
「過剰だと言えますか? 第二の神寂祓葉、ともすればそれ以上の怪物になり得る可能性があるのに?」
そう返されると、満天は何も言えない。
〈恒星の資格者〉がどれほど非凡なのかは文字通り身を以って知っている。
満天自身がそうなのだ。ならばどうして、ファウストの言を否定できるだろう。
「とはいえ、これはあくまで"もしも"の話です。
非常に危うい状態ではあるものの、今は高天さんが良いストッパーになっている。
彼女には頭が下がりますよ。目を引く才気こそありませんが、あの方がいなければ東京はもっと地獄だった筈です」
ファウストは仁杜についてこう結んだが、やはり動揺は大きかった。
今まで共に過ごしてきたプロデューサーの口から明確に誰かを排除する旨の言葉が出たのだ。
たとえ"もしも"の話だったとしても、簡単に呑み込めるものではない。
だからか、満天は彼にほとんど反射的に問いかけていた。
「ねえ、キャスター。
――〈恒星の資格者(わたしたち)〉って、一体何なの?」
魔術師の両親から早々に匙を投げられた彼女は、教わったであろう知識の大半を忘却している。
それでも、自分達"資格者"の存在があまりにも不自然な存在であることは理解できた。
普通ならそれこそ聖杯に願いでもしなければ叶えられないような奇跡を、自分達は単体で引き起こせてしまう。
「抑止力という概念があります。世界を存続させる上で不都合な技術や存在を抹消しようとする、目には見えない力です」
「……なんか聞いたことがあるような、ないような。ごめん、続けて」
「私もこの都市に召喚されるまであなた達のような存在がいるとは知らなかったので、自信を持って断言はできませんが」
何せ、魔術師の標準レベルにも満たない自分が、〈蝗害〉のような厄災にさえ対抗できるのだ。
これがどれだけ無茶苦茶なことかは流石に分かる。
満天がイメージしたのはゲームの不正行為者(チーター)だった。
不正にデータを改造して、強いボスやモンスター、酷いものなら他のプレイヤーを理不尽に蹂躙する人種。
「話に聞く限りなら、神寂祓葉は明確に抑止力の出現条件に抵触している。
その同族であるあなた達も、本来なら芽吹きの兆しを見せた時点で排除されても不思議ではない」
「えっ」
満天が顔を青くするのも当然だ。
次から次へとやってくる試練へがむしゃらに立ち向かっていただけなのに、そのせいで恐ろしげな壮大パワーに消されては敵わない。
しかしファウストは、首を振って満天の杞憂を否定。
「ですがあなた達も神寂祓葉も、更には彼女が創り上げたこの針音都市(はこにわ)もおしなべて健在だ。
特に神寂祓葉は排されることなく聖杯戦争を制し、願いを叶えてやりたい放題している」
「…………なんで?」
「にわかには信じがたいことですが、あなた方には抗体があるのでしょう。
有史以来あらゆる魔術師を悩ませ、あらゆる悲願を阻んできた――抑止力に対する抗体がね」
もしもこの事実が知れ渡ったなら、比喩でなく世界中のあらゆる魔術師が満天達を確保するべく躍起になるだろう。
ともすれば神秘秘匿の原則をすらかなぐり捨てて、公に魔術戦争が繰り広げられる事態にさえなりかねない。
それほどまでに高い価値を持つのだ、抑止力を無視できる生物というのは。
世界を救うも滅ぼすも自由自在。英雄にも魔王にもなれる、至極の器と呼んでいい。
そんな力が、器が、魔術のまの字も知らないような小娘達に配分されている。
まともな魔術師なら憤死ものであろう。
恒星の少女たちの存在は、数千数万年の魔術史を頭から否定しているのだから。
「で、……でも。私と天梨とにーとさんでもう三人でしょ。祓葉って人まで含めたら四人。
どれだけのマスターが参加してるのか知らないけど、いくら何でも多すぎない?
そういうヤバい存在ってもっとこう、すっごく数が少ないイメージなんだけど……」
「いい着眼点です。私もまさにそこを疑問視していました」
現時点で既に三人。完成体を含めれば四人。
であればもうあと一人二人はいてもおかしくはない筈だ。
何にせよ魔術の歴史を、世界の均衡を覆し得る規格外の器にしては、あまりにも数が多すぎる。
「数奇な偶然か、それとも運命か……。
はたまた最終兵器の代役という可能性もありますが――いや。
これは根拠の薄弱すぎる仮説です。確信できた時に改めて話しましょう」
満天は露骨に「いや話してよ」みたいな顔をしていたが、これに関しては黙殺した。
彼女を混乱させたくないのもあった。けれどそれ以上に、ファウスト自身これだけは当たってほしくない可能性だったからだ。
カウンターガーディアンの代役程度ならまだいい。問題は、もっと上の役目を科せられている場合である。
人理に仇をなす、大いなる人類愛の持ち主。
境界記録帯の枠を踏み越えて尾を靡かす、原罪の獣。
そんなものが顕現していたなら、いよいよ話は最悪だ。
故に敢えて口にはせず、仮説は裡に留めることとした。
話題を切り替える合図として咳払いをし、ファウストは新たに口を開く。
「煌星さん。私は、神寂祓葉を含めたあなた達四人の間にいくつかの共通点があると踏んでいます」
煌星満天、輪堂天梨、天枷仁杜、そして神寂祓葉。
彼女達は性格も性質も違いすぎている。
一見するとバラバラで、性別や年齢以外に共通項を見出すなど不可能に思えたが。
実際に四人中三人に接触し、残る一名に関しても人伝に聞いたファウストはそれを、それらを見出した。
「――――ひとつ。他者を圧する自我を持つこと」
方向性は違えど、彼女達はそれを有する。
ままならない現実に怒る。万物を慈しむ。自分の生き方を至上と信じる。
いずれも等しく屈強な自我(エゴ)だ。彼女達はこの意思のままに理を曲げる。
「――――ひとつ。世界を圧する権能を持つこと」
方向性は違えど、彼女達はそれを有する。
現実を爆破する。万物を癒やす。ファウストは知らないが、天枷仁杜は気候を塗り替え星を降らせたことがある。
いずれも常識を超越した権能だ。彼女達はこれを以って奇跡を創る。
「――――そして。価値観を灼く輝きを持つこと」
方向性は違えど、彼女達はそれを有する。
厄災を虜にする。忠心を持つ無垢の子を絆す。悪意に塗れた奇術師に裏表なく寵愛される。
いずれもただの少女が持つには過大すぎるヒカリだ。彼女達は輝きのままに全ての視線を釘付ける。
「これらの特徴に類する生き物が、私の知る限りこの世に一種類だけ存在します」
あるいはそれこそ、星になぞらえられる少女達の最終到達点なのか。
「神です。
魔術世界に語られる神霊とも違う、人々の理想の中にのみ在る――真(まこと)の神だ」
これがただの類似なのか、核心なのか。
正確なところを判断するには情報が不足しすぎている。
が、もし真実がこの通りなら、神寂祓葉を称する〈この世界の神〉という形容に違う意味が付与されるのは言うまでもない。
今はまだ都市の神。が、二度目の戴冠を成し遂げたなら?
ヒトの生死も自由自在に弄んだ白い少女は、果たして次にどこへ行き着くのか?
そしてその類型たる資格者達は、何を目指して輝くのか――
「……少し一度に話しすぎましたね。今はこの辺りにしておきましょう」
自分で聞かせてと頼んだのは百も承知だが。
満天は実際、もういっぱいいっぱいだった。
自分と、救いたい憧れの少女。
その両方に科されたあまりに大きな運命と役目。
資格者だろうが何だろうが、満天はこれをすんなり咀嚼できるほど豪胆な質ではなかったのだ。
「何かあれば起こします。私のことは気にせず、眠れる内に眠ってください」
「……、……」
恒星? 神様? そんなものになんて、なりたいと思ったこともない。
私はただ、必死に走っていただけだ。
そうしないと追いつかれるから。諦めたら終わってしまうから。
それが怖くて、無様にがむしゃらに、足を動かしていただけ。
なのにどうして、いつからこんなことになったのだろう。
あの子と出会ってしまったから?
ああ、だとしたら間違いだとは呼びたくないな――とか。
いろんなことを考えながら、満天は睡眠を促すファウストに食い下がるように彼をじっと見つめていた。
その視線を受けた悪魔が、言う。
彼は満天の思考を常に共有している。
だからこそ、物言いは笑えるほど白々しいものになってしまう。
「どうしたのです、煌星さん」
「……キャスター」
「まだ何か、聞きたいことでもあるのですか?」
ある。
そう、"それ"はずっとあった。
今の今まで言葉にしなかったのは忘れていたからでも、その暇がなかったからでもない。
怖かったからだ。ああだこうだ不満を言いつつも、味噌っかすの自分を此処まで育ててくれた彼を疑うことが。
――『彼は少なくとも自らのステータスを改竄するスキルを所持している。それも相当の高ランクだ。見かけの数値は全て信用ならない』
――『自身を召喚したマスターすら欺く改竄は自然の域か?』
――『夢(げんそう)を守るのもお前の役目ってわけだ。仕事が多いなプロデューサー』
ホムンクルスが暴き、ノクトがそれを嘲った。
満天は未熟でどん臭いが、決して馬鹿ではない。
ホムンクルスの暴いた真実が意味するところは理解できている。
ステータスの改竄。
それはつまり、ゲオルク・ファウストは自分の思っている通りの存在ではないということで。
彼はそのことを自分に明かさないまま、平然とプロデューサーを続けているのだ。
けれど、いつまでも見て見ぬ振りをしてはいられないだろう。
それでも口にするのはやっぱり怖くて。
口はまごまごと開閉を繰り返し。
辛うじて絞り出せたのは、詰問未満のなにか。
「――――あなたは、私の何?」
苦し紛れ、やれるだけのすべて。
あまりに端的で要領を得ない質問に、悪魔は迷わず答えた。
「あなたの『最大の敵(プロデューサー)』ですよ、煌星さん」
「…………そっか」
彼はプロデューサーだ。
彼と満天は、勝負をしている。
駆け抜けたなら栄光が待ち。
諦めたなら、すべてを失う。
それだけが彼らを繋ぐ、唯一にして最大の絆。
だからこそ、これを聞けただけで今は十分だった。
「じゃあ、いいよ。あなたが話してくれるまで……待つことにする」
「いいのですか? その時が来るとは限りませんよ」
「私にだって……負けられない理由くらい、あるっての。
諦めることは、怖いから……暗いところは、怖いから。
それから逃げるためだったら、私は、なんだってできる」
歩もう、走ろう、歩み続けて走り続けよう。
いつか見たあの憧憬に向けて、疾走を繰り広げよう。
見る者が思わず、時間よ止まれと願いたくなるほど――とびきり鮮烈に生きてやる。
「だから……これからも、その……。よろしくね、キャスター」
「ええ。こちらこそよろしくお願いします、煌星さん」
その言葉を最後に、満天は再び目を閉じた。
寝息が聞こえ出すまでものの数秒とかからない。
彼女が眠りに落ちたのを認めてから、ファウストは自嘲するように嘆息する。
「……俺もヤキが回ったな。たかが人形如きに正體を暴かれてちゃ世話がねえ。先が思いやられるってもんだ」
ホムンクルス風情に一泡吹かされたのは痛恨だった。
お陰でノクト・サムスタンプにも考察の種を与えてしまった。
こればかりは失策だ。言い訳のしようもない。
が――やられっぱなしで終わるつもりなど無論皆無だ。
「正直、もう少し拗れても不思議じゃないと思ってたが……認めてやるよ、煌星満天(にんげん)。
お前は俺の想像をあらゆる意味で超えてきた。お前は、油断ならない敵になった」
想定外と言えば聞こえは悪いが、このくらいは魅せてくれないと張り合いがないというものだ。
靴を履かせてやったシンデレラは、かぼちゃの馬車を飛び出して空の高みに跳び上がった。
結末を占う十二時はまだ遠く。悪魔と少女の物語は、いくつもの不穏を抱えたまま続いていく。
「さて。
詐欺師野郎の返事を待つ間に、輪堂天梨との勝負についても考えねえとな」
恒星どもの星間戦争など、ファウスト――否、メフィストに言わせればノイズでしかない。
そんなものに興味はない。どこかで勝手にやっていろ、あいつの舞台は俺が決める。
煌星満天はアイドルだ。見据えるべき最強の敵は既に見出している。
すなわち日向の天使・輪堂天梨。
天枷仁杜や他の恒星がどれほど厄介だろうと、満天の最終関門は彼女以外にあり得まい。
これを理由に天梨との対談バトルを仕組んだのだったが、あの時とはいささか状況が変わりすぎた。
都市の崩壊である。この都市は意図的に危機意識を低く作られているようだが、それにも限度があろう。
六本木の消滅。新宿の大暴動。そろそろ臨界点を超える時が来ても何らおかしくはない。
「"対談"ってのはもはや悠長だな。第一、期せずしてそれが果たされちまった。
まったく参るよ輪堂天梨、俺の筋書きをどこまで破壊すれば気が済む」
本来のプランでは。
天梨を超える格を得て、対談を通じ一定の成果をあげ、本格的な最終決戦を見据える算段だった。
が、天使が無邪気に持ちかけた"勝負"がそもそもの意義を破壊してしまった。
満天は天使の恐ろしさを知り、想定を超えた躍動を見せ成長している。
相手も暇ではないのだ。お互い使える時間は限られているし、顔を合わせられる機会もあと何度あるか分からない。
であれば、いっそ。
「――――そうだな。もう"決戦"を見据えちまうか?」
天使と悪魔の最終決戦。
末法の都市を舞台に繰り広げられる、最強と最凶のアイドルステージ。
「路上ライブで頑張る、か。言霊ってのは馬鹿にできねえな、ノクト・サムスタンプよ」
無論、課題は山積みだ。
会場の選定。安全性の確保。何より、観客をどうやってかき集めるか。
スポンサーの援助は期待できない。正攻法ではなくゲリラ戦じみた邪道で場を整えねばならない。
それをこの混沌の中で行うとなれば難易度は言わずもがな最悪レベルで、はっきり言って非現実的の域だ。
が、もし実現できれば確実に、誰の目にも文句のない格付けになる。
新時代のトップアイドルが誰かを占う、いまだかつてない大祭に。
幸い今は時間がある。
早速構想を練るか、と改めて端末を開いたファウスト。
その眼が――、訝しむように細められた。
「あ?」
それは、ニュースアプリの通知だった。
芸能関係の時事記事を専門に扱い、番宣からスキャンダルまで幅広くかき集める。
ソースの怪しい飛ばし記事も喜んで拾ってくる節操のないアプリだったが、その分最新のゴシップを手早く知るには最適な代物。
そんなアプリが送ってきた通知文に、ファウストをして一瞬固まるような文字列が躍っている。
――『あの"炎上アイドル"とSNSで話題の"最凶アイドル"に黒い噂? 東京を襲う災害の背景に少女達の影』
「……は」
気付けばファウストは、笑っていた。
乾いた笑いだ。そうかそうか。考えてみれば、いつかこうなる可能性は十分にあった。
不覚である。輪堂天梨が一体誰に削られているのか知っていたのに、何故その悪意が自分達には注がれないと思っていたのか。
「やってくれたな、大したもんだぜ大衆(おまえら)は」
人間は、愚かで弱い生き物だ。
だからこそ恐怖や不安といったストレスを発散するためなら、恥も外聞もあっさり捨てる。
たとえそれがどんなに荒唐無稽な理屈だろうと、目先の溜飲を下げるために飛びついていく。
「舐めやがって。いいぜ、とことん付き合ってやるよ。
丁度いいじゃねえか。清濁併せ呑んでこその偶像(スター)だ」
戦争の騎士が死せども、その司る原罪は死せず。
天使の翼を焼く火が、遂に地獄の悪魔に伸び始めた。
「てめえら全員――――俺の恒星で魅了(もや)してやる」
◇◇
【世田谷区・路上(停車中)/二日目・未明】
【煌星満天】
[状態]:疲労(中)、魔力消費(小/『メフィストの靴』の効果で回復中)、すやすや
[令呪]:残り三画
[装備]:『微笑む爆弾』
[道具]:なし
[所持金]:数千円(貯金もカツカツ)
[思考・状況]
基本方針:トップアイドルになる
0:正直スパルタすぎだけど……、信じるよ、キャスター。
1:魅了するしかない。ファウストも、ロミオも、ノクトも、この世界の全員も。
2:輪堂天梨を救う。
3:……絶対、負けないから、天梨。
4:天枷仁杜には苦手意識。でも、きれいだった。
5:私、なんで忘れてたんだろ?
[備考]
聖杯戦争が二回目であることを知りました。
ノクトの見立てでは、例のオーディション大暴れ動画の時に比べてだいぶ能力の向上が見られるようです。
※輪堂天梨との対決を通じて能力が向上しています(程度は後続に委ねます)。
・『微笑む爆弾・星の花(キラキラ・ボシ・スターマイン)』
拡散と誘爆を繰り返し、地上に満天の星空を咲かせる対軍宝具。
性質上、群体からなる敵に対してはきわめて凶悪な効果を発揮する。
現在の満天では魔力の関係上、一発撃つのが限度。ただし今後の成長次第では……?
・現状でも他の能力が芽生えているか、それともこれから芽生えていくかは後続に委ねます。
※輪堂天梨と個人間の同盟を結びました。対談イベントについては後続に委ねます。
※過去について少し気付きを得ました。詳細は後続に委ねます。
【プリテンダー(ゲオルク・ファウスト/メフィストフェレス)】
[状態]:疲労(小)、肩口に傷(解毒・処置済)、清々しい怒り
[装備]:名刺
[道具]:眼鏡、スキル『エレメンタル』で製造した元素塊
[所持金]:莫大。運営資金は潤沢
[思考・状況]
基本方針:煌星満天をトップアイドルにする
0:いいぜ、望み通りてめえら全員燃やしてやる。
1:輪堂天梨との同盟を維持しつつ、満天の"ラスボス"のままで居させたい。
2:ノクトとの協力関係を利用する。とりあえずノクトの持ってきた仕事で手早く煌星満天の知名度を稼ぐ。
3:時間が無い。満天のプロデュース計画を早めなければならない。
4:天梨に纏わり付いている復讐者は……厄介だな。
5:高天小都音とは個人的にパイプを持っておく。
6:天枷仁杜を警戒。あの恒星が成長すれば面倒だ。
7:輪堂天梨との決戦を構想する。それがひとつのピリオドになる筈だ。
[備考]
ロミオと契約を結んでいます。
ノクト・サムスタンプと協力体制を結び、ロミオを借り受けました。
聖杯戦争が二回目であること、また"カムサビフツハ"の存在を知りました。
高天小都音経由で、〈はじまりの六人〉及び神寂祓葉の情報を知りました。
[全体備考]
※煌星満天、輪堂天梨が東京を襲う諸々の災厄と関わりがある可能性を指摘するニュース記事が公開されました。
内容の詳細については後続に委ねます。
※バーサーカー(ロミオ)には車外で警備役を任せています。
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最終更新:2025年10月09日 00:53