アットウィキロゴ
.


 日が出れば、夜が明ける。
 これを以って、ノクト・サムスタンプの時間は終了した。
 身体に横溢していた神秘が抜け、誤魔化してきた疲労がどっと押し寄せる。

 正直今すぐにでも寝腐りたい気分だったが、それは許されない。
 蛇杖堂邸から拝借した錠剤を噛み砕いて無理やり脳を活性化させながら、彼は今操縦桿を握っていた。

「さぁて、おかしなことになってやがるな」

 展開自体は予想通り。
 誰か、おそらく恒星に類する者が混沌を生み出す。
 流石に此処からでは分からないものの、あの蛇畜生も動き出していることだろう。

 逆に想定外なのは、起こった異変の規模だ。
 現時点でさえ都市ひとつ。その上で目下拡大中。
 どこの誰だか知らないが、あっさり〈はじまり〉の天井をぶち壊したなと口元を歪める。
 祓葉の箱庭に際限は存在しない。六凶の一角が落ちて均衡が崩れたことが、やはり本格的な崩壊の合図になったようだ。

「疲れた頭にはちとキツいが……ま、このくらいなら大丈夫だな。悲しい過去には縁がねえ」

 女神の誘惑に抵抗しながら涼しい顔を保てる辺りは、流石サムスタンプの鬼人と言うべきか。
 ちょっと鬱陶しいラジオのようなものだし、これが結界内の全員の脳に響いているのだとすればむしろ利用代の方が大きい。
 黙っていても敵が腑抜けになってくれるかもしれないのだから、ノクトはこの状況を追い風としてさえ捉えていた。

 冬の巨人の進軍経路的に、例の英霊はアギリ共々渋谷に入っている可能性が高い。
 且つあのタイミングでの、赤坂亜切を含めた四名についての連絡。
 以上を踏まえて、神寂縁は現在この街にいると踏む。
 蛇は猛毒の放射線を放つ誘蛾灯だ。彼のいる場所には自ずとそれを追う者達が近付いてくると考えられ、よって向かうならば此処であった。

 間違いなく、これは新宿以上の大きなヤマになる。
 となればその前に雑務を片付けておくのが賢明。

 副操縦士席に座らせた人形(てごま)に端末を持たせ、ノクトは約八時間ぶりにビジネスパートナーへの通話を発信する。
 同盟相手ではない。あくまでビジネスパートナーだ。先方も異議はないだろう。
 食えない相手だ、関わり合うには彼をして細心の注意が必要だが――その分うまくいけば得られる利益は計り知れない。

 コール音が数秒響いて、すぐに出た。
 空を往きながら、気さくに朝の挨拶。


「よう、プロデューサー殿。調子はどうだい?」
『おはようございます。貴方よりは良い、と言っておきましょう』


 次の戦争を目前に控えながら。
 死の商人、悪魔のような男は――本物の悪魔と会合す。



◇◇



 連絡が来るならこのタイミングだろうと思っていた。
 ファウストは車の外で端末片手に、得意先と話すように最悪の契約魔術師と通話する。

『はは、やっぱ分かっちまうか? ちと不味い仕事をさせられてな。正直満身創痍だよ』
「それはそれは。どうか健康にはお気を付けください、貴方は大事な取引先なのですからね」
『インテリらしく皮肉上手じゃねえか、キャスター。ああいや、本当は違うんだっけ?』

 彼もまた、この男のことを仲間だなどと考えたことはない。
 策士と言えば聞こえはいいが、実情は奸計という火種をあちこちに携帯している放火魔だ。
 ひとえに劇薬。使いこなせば利はあれど、体内に取り入れるなど愚の骨頂である。

「……やめましょう。お互い腹芸をやってられる状況ではないようだ」
『だろうな。ネットニュース見たぜ、エラいことになってんじゃねえの』

 ファウストが車外で通話しているのもそれが理由だ。
 ひとえに、民衆の愚かさというものを見縊っていたとしか言い様がない。
 輪堂天梨の前例を知っていたにも関わらずケアを怠ったのは己の失態。
 そこはこれから取り返すとして、その前に未消化のタスクを終わらせたいのは彼も同じだった。

『まずは仕事の件だな。報告確認したよ、ご苦労だった。どっちも聞きしに勝る化け物だな、バッタ野郎もおたくの嬢ちゃんも』
「……動画は〈蝗害〉の攻撃による機材破損で途切れていた筈ですが?」
『じゃあお前らどうやってあの窮地を生き延びたんだよ。満天が覚醒してどうにかした以外ねえだろうが』

 からからと笑うノクトに、ファウストは通話に乗らない程度の音量で嘆息する。

「失礼、隠そうとしたわけではありませんよ。貴方にも煌星の価値は示しておく必要があるのでね」
『根掘り葉掘り聞きたいところだが、ブラフ掴まされても敵わねえしな。まあいい。今はこれで満足しといてやる』

 ファウストもまさにそう目論んでいたのだが、そこは流石のノクト・サムスタンプ。
 送った分の映像と、そこから読み取れた〈蝗害〉の強さ。
 それらを踏まえて、覚醒した満天がどの程度やれたのか大まかに分析したのだろう。
 つくづく、食えない男だと思う。食ったと思ったら胃袋から食い破ってくる、これはそういう手合いだ。
 誇張でなく、悪魔のような男である。

『ところで、満天はどうした?』
「車の中に。今はそっとしておくのが賢明と思いまして」
『おいおい、甘ぇなプロデューサーよ。獅子はわが子を千尋の谷になんとやらだろ』

 平静を装った答えだが、ファウストは苛立ちを紛らわすように眼鏡を動かした。
 そう、満天を取り巻く状況は先刻までとはガラリと変わっている。
 朝を待たずして溢れ出した大衆の悪意(よわさ)が、遂に地獄の底まで垂れてきたのだ。

『チラッと見たが酷いもんだ。陰謀論通り越して終末論だなありゃ。だが当たらずも遠からずなのが、そっちにしてみれば尚更質悪い――か?』
「……、……」
『流石に同情してるが、それとこれとは話が別だろ。
 ちょっといい感じのプランがあってな……そいつを提案する上でも、ぜひ嬢ちゃんに同伴してほしいんだわ』
「断る、と言ったら?」
『しょぼくれながら素直に引き下がるよ。強要はしないさ』

 嘘を吐け、と舌打ちしかける。
 この詐欺師のやり口はよく知っている。
 自分が首を縦に振らなければプランとやらを勝手に押し進め、拒否権のない状況を作り出して放り込む算段に違いない。
 そしてそうなった場合、自分はそこに一枚も噛めない。
 つまり、彼の欲望を多大に反映した形の絵図が出来上がるわけだ。

 満天を利用したければ過度な介入は逆効果だと楔を打ちはしたが、敵は〈はじまり〉の狂人、筋金入りの異常者である。
 この男はともすれば、自分の予測さえ超えた最悪の展開を描いてきかねない。
 なればこそファウストは、事実上彼に従うしかなかった。
 知恵者同士の会話はすべてが盤上遊戯。ほんの一言、挙措のひとつでさえ敵を絡め取る縛鎖になる。

「――分かりました。ただし条件を」
『いいぜ。言ってみな』
「当たり前ですが、彼女を刺激するような物言いは避けてください。
 その場合、プロデューサー判断で通話を切ります」
『どんだけ信用ねえんだ俺は』
「あると思っていることが驚愕です。貴方に比べれば〈蝗害〉の方がまだ信を置けますよ」

 負け惜しみ代わりの悪態をつきながら、窓をノックする。
 中の満天がびくりと身体を跳ねさせた。

「煌星さん。大丈夫ですか」
「ぇ、あ……うん。いいけど、どしたの……?」
「先方が、貴女にも話し合いに同伴してほしいと。どうしても気分が優れないようなら断りますが」

 満天が仮眠から目覚めたのはついさっきのことだ。
 判断には迷ったが、いずれ知ることになるのなら隠す方がむしろ愚策。
 ファウストから今の惨状を報告し、そうして時刻は今に至る。

 一言で言うなら、満天を襲った凶事は輪堂天梨からの"延焼"だった。
 そこに現在東京で起きている様々な異常の原因を結びつけ、ふたりがそれと通じている風に邪推する世にもお粗末な飛ばし記事。
 普段であれば、たとえ炎上中の天梨個人が標的だとしても笑い飛ばされるような戯言の羅列。
 しかしそれも、聖杯戦争という非日常の雲に覆われた箱庭の中では強烈な毒になる。
 わけも分からず理不尽に振り回されてきた大衆に、分かりやすい標的が与えられたのだ。
 こうなるともう止められない。鼻先に人参をぶら下げられた馬のように、拡散と湾曲が少女達の人権を奪い去る。

 いつの時代も人の本質は変わらないが、彼らの築いた文明は脅威だ――ファウストはそう思う。
 たかだか数百年そこらで、人間は此処まで悪魔に近付いた。

「や……いいよ。私がいないと困るんでしょ? キャスター」
「まあ、そうですね」
「じゃあ私も出る。……あっ、でも気の利いた話とか一発逆転のすごいアイデアとか期待されても困るからね?」

 それはさておき、満天は言うなり端末を懐にしまうと、のそのそ車外に出てくる。なんだかアライグマみたいだった。

「やあ、おはようジュリエット。ちょっと寝ぼけたお顔もとても美しいね、どれ、ひとつハグなど如何だろう?」
「あっいや結構です。ほんとに。にじり寄って来ないでおさわり禁止……」

 警備役のロミオに出迎えられ(手を高貴にわきわきさせている)、たじろぐ姿もいつも通りだ。
 その姿を見て――違和感。

(やはり、無理をしているのか?)

 ネットはさぞや罵詈雑言と邪推悪推の渦だったろうに、満天にそこまで落ち込んだ様子が見えなかったのである。
 ノクトの電話がかかってくる前は気もそぞろといった様子だったし、ファウストもまだメンタルケアをしてやれていなかった。

(一応釘は刺しといたが……旨くねえな。クソ詐欺師め、面倒臭え時に連絡してきやがって)

 傭兵の奸計は厄介だが、やはり資本は契約者である満天だ。
 何分激しやすく沈みやすい性分なので、特に気を払って扱わねばならない。
 さて、どうするか。数秒の内にも手をいくつか講ずる辺りは流石だったが、プロデューサーの献身を通話の相手は待ってくれない。

『おはよう、嬢ちゃん。災難だったな』
「ア、アハハ……ええ、はい……ホントに……」
『消沈してるとこ悪いんだが、どうしても耳に入れときたい話があってよ。
 こればっかりは当人のいない場所でやるのも申し訳ないと思ってな、おたくの保護者殿に無茶を言わせて貰った』

 ノクト・サムスタンプは、何かを企んでいる。
 煌星満天が極めて扱いにくい星(へいき)であると知りながら、良からぬアイデアを持ってきたのがその証拠だ。

「それで。何を目論んでいるのです?」

 前置きに興味はない。
 どうせこの男には、満天を慮る気持ちなど微塵もないのだ。
 所詮は不愉快な茶番。ファウストが不服をあけすけにしながら本題を促すと、次いで出た言葉は良くも悪くも想定外のものだった。

『聖杯戦争も大分進んだ……いや、進みすぎたと言ってもいい。
 ここらでそろそろ、一発デカいライブを打ってみねえか?』
「――えっ」

 満天と視線が合う。
 まだ彼女には伝えていなかったものの、相手がノクトでさえなければ、これは渡りに船と言ってもいい話だった。
 何故ならファウストも先刻、まったく同じ考えに至っていたからだ。

『輪堂天梨を超えたいんだろ、それなら急いだ方がいい。ここ数時間の戦況の加速は異常な域だ。この先どうなるか、正直俺にも予想がつかん』

 言外に、天梨が決戦を待たずして墜ちる可能性もあると言っている。
 満天にもその意図は伝わったのか、彼女の眉根が動くのが見えた。

 そう、既に聖杯戦争は箍(ブレーキ)が壊れて暴走状態にある。
 具体的に何とは断言できないが、おそらくは新宿の抗争が原因だろう。
 あの動乱で何か、都市の秩序を曲がりなりにも保ち続けてきた機構が破損した。
 弁の壊れた導管を伝って、堰き止められていた混沌の火が一気に流入を始めたのだ。

 こうなるともう、誰ひとり未来の保証などされない。
 互いを運命とするふたりのアイドルも、無論例外ではなく。
 そして彼女達、少なくとも満天にとって片割れの欠落は、ゴールテープの喪失を意味する。

『戦って負けるのなら結末としてはまだ穏当だ。
 が、戦えもせずに終わるのは最悪。
 そうなった時、耐えられないのは嬢ちゃんだろ』
「……ノクトさん」
『こいつは老婆心からの忠告ってやつだぜ。
 俺は幸い現在進行形で運命と戦り合えている身だが、だからこそそれを見失う怖さは分かるつもりだ。
 祓葉(アイツ)のいない世界なんざ、どこを見渡しても退屈そうだしな――ふはッ』

 何が面白いのか笑い出すノクトに、ファウストは内心で舌を巻く。
 一度やり込めはしたが、やはりこの男は怪物だ。
 狡知に長ける悪魔をしてそう思う。彼にしてみれば、善意も悪意も随意自在。状況に応じて被り分ける着ぐるみのひとつでしかないのだと。

「で、でも。こんな急になんて無理じゃないですか? ハコとか、告知とかの都合もあるし……」
『だそうだが、そこんとこどうなんだよプロデューサー。大方アンタも同じ考えでいたんだろ?』
「否定はしません。貴方ほど不躾にはなれませんがね」

 状況は悪い。何が不味いって、言っていること自体は正論なことだ。
 輪堂天梨という天蓋を見失った煌星満天がその時どうなるのか、ファウストにも想像はつかない。

 だから早い内に対決の場を設ける必要はどうしてもあり。
 聖杯戦争の過熱化を鑑みれば、対談などでは悠長なのも事実。
 となると望ましいのは段階飛ばしての最終決戦(ラストバトル)。
 そこまではいい。問題は、そこに詐欺師の手垢が付いたこと。

「とはいえ、場を整えるのにそちらの手を借りるつもりはありませんよ。率直に、何をされるか分かったものではない」

 満天が言うのももっともである。
 ライブを実施するにあたり、問題なのはハコの確保と告知の手段。
 その上、件の炎上騒動が余計にそれらの達成を難しくしてくれた。

 天梨の登壇くらいなら押し通す自信はあったが、満天まで火に巻かれ、あまつさえ好奇の枠を超えた憎悪が向き始めているとなると話がまるで違う。
 たとえ首尾よく場所を整えても、押し寄せた大衆が全部を台無しにしかねない。
 満天が負の爆発をするのも。天梨が限界を迎えるのも。どちらもファウストにとっては最低最悪のバッドエンドだ。
 故に熟考が必要と思っていたのだが――正直なところ、ひとつだけアイデアはあった。

『勘違いすんな、こっちだっていつまでもお前らだけにかかずらっちゃられねえよ。
 俺はただ提案するだけさ。それを汲むも汲まないも、お前さん方で話し合って決めればいい』

 いや、正確には。
 満天の炎上と同じくして降って湧いた凶事が妙案を授けてくれた。

『だが、悪い話じゃないとは思うぜ。
 なにせこのご時世に、うってつけのライブ会場があるんだからな』

 本当に手段を選ばなくていいのなら、満天を強化するのはファウストにとって簡単だった。
 適当に悲劇を演出して、哀しみに暮れる民衆の前に満天を立たせ、歌わせる。
 つまり、ジャンヌ・ダルクの再演だ。
 満天の心情を鑑みるととても取れる手ではなかったが、此処に来て予想外の展開が起こった。

『――――渋谷に神が生まれた』

 それを、ファウストも感じ取っていた。
 彼は悪魔だ。錬金術師(ヒト)の皮を被った今も本質は変わっていない。
 天性の鋭敏な感覚神経が認識したのは神々しく、そして自分達(アクマ)に限りなく近い、何かの降臨。

『現地は地獄だぜ。老若男女も弱者も強者も、黄も黒も白も残らず白痴だ。
 目の前の問題は呆けていれば自然と解決していくと信じる、莫迦と阿呆の楽園だよ。
 俺も職業柄色んな修羅場を渡ってきたが、これほど常軌を逸してるヤツには覚えがない』

 とはいえ、そこまで把握できているわけではなかった。
 ノクトの発言を元に、かの地への認識/推測を上方修正する。

『コイツはどうやってでも斃さなきゃならん、生かしておけば俺ら全員未来がねえ。
 だが全肯定の法理は、ろくでもねえが甘美だ。並ぶモノがないほどに。
 一度これに染まった奴らが現実に引き戻されたら――阿鼻叫喚だろうな』

 法の名は堕落。現状を打破するのをやめ、甘やかな怠惰に浸る極楽浄土。
 学ばず、働かず、鍛えない(Not in Education, Employment or Training)。
 その法は甘く、故に根が深い。
 神が落ちれば世界は正気に戻るだろうが、しあわせな夢から覚めるほど辛いことはこの世にないのもまた事実。

 渋谷の神が斃れたなら、そこには夢からの失墜者が溢れかえることになる。
 放っておけば冗談でなく、ほとんどの人間が自害するだろう。
 夢に帰り、また怠惰に溶けて微睡むためにだ。

 そこには一切の"希望"がない。
 そこには"絶望"だけがある。

 つまり――

『その時こそお前らの出番だ、アイドルども。夢を与える仕事なんだろ?』

 ――天使と悪魔のどちらが優れているかを示すには、この上なく良好な実験場になるわけだ。

『違うかい、プロデューサー』
「……いえ、違いませんね。私も同じことを考えるでしょう、腹立たしいことに」

 纏めると、渋谷の異変が解決した後に自分達が出陣する。
 ゲリラ的にライブを行い、夢から覚めた人々を対象として権勢を競い合う。
 根回しは要らず、耳障りな悪意に苦しめられる必要もない。
 この上なく最適な手段と言って差し支えないだろう。

「ちょ……ちょっと待って。
 話は、うーーー……わかんないけど、わかったとしてさ。
 その――カミサマ? のいなくなった後の渋谷で私達がライブをするんでしょ?」

 問題があるとすれば、それは――

「じゃあ、そのカミサマはいったい誰がぶっ飛ばすの?」

 渋谷の神は、世界を滅ぼすほどの力を持っていること。
 満天は問うが、ファウストはもう結論に至っている。
 だからこそ答えを待たず、悪魔は人間に口を開いた。

「チャンスは自分で勝ち取れと、そう言いたいわけですか」
『そこまでは言わねえよ。ただまあ、そうだな。実際首を獲るかどうかは置いといて、一目見るくらいはした方がいいんじゃねえか』

 他人事のようにノクトが言う。
 いや、事実他人事なのだ。

『渋谷の神はおたくのアイドルの完成形だ。
 俺は恒星云々は話半分で聞いてるが、こうして結果で見せられちゃ力自体は認めざるを得ねえ。
 お前らが俺に価値を示し続けるにもうってつけの機会だと思うが、どうだね?』

 ノクト・サムスタンプは、渋谷に異星法則を布いた何者かの案件に関わるつもりがない。
 彼は彼で何か別口の、都市の命運にも関わる大きなヤマに首を突っ込もうとしている。
 だからと言ってまったくの管轄外にしておくわけにはいかないから、体のいい口実を使って仕事を任せてきたとファウストは踏んだ。
 つまるところ、蝗害調査を押し付けられた時と同じである。
 この男は不遜にも、またも自分達を顎で使おうと考えているのだ。
 ただし今回は――その先に待つ、妖星・煌星満天の完成までも見据えて。

「そ、そんなコトいきなり言われても――!」
「話は分かりました。どの道私も、渋谷の偵察をする予定だったのでね」

 当然の反論を口にしようとする満天を遮って、ファウストが割り込む。
 今はそうすることが必要だった。
 腹芸でノクトに挑むなんてこと、この幼気な少女にできるわけもない。会話するのも可能な限り避けるべきだ。

「確かにこちらにも利のある話です。
 ウチのアイドルが堪えられる範囲で、そちらの要望に応えましょう」
『それでもいい。話が早くて助かるよ、プロデューサー。化粧上手な魔術師(キャスター)よ』

 してやられたのは事実。甘んじて受け止めるしかないが。
 だとしても、此処からでも取り返せる得点はある。
 そしてそのためには、何としてもこの会談をこちらの不利で締め括ることが肝要だった。
 そこが揺らげば、自分達は真実すべてのイニシアチブをノクト・サムスタンプに握られることになる。
 憤懣やる方ない様子の満天を片手で制しつつ、ファウストは話を切り替える。
 既に本筋の交渉は終わったと見せかけて、行き先を誘導する。

「で、話はそれだけですか?」
『いや、もうひとつ……どっちかと言うとこっちの方が言い難いんだけどな。
 今後数十分、もしかしたら数時間の内に、一度バーサーカーを回収するかもしれない』
「それはまた、ずいぶん勝手なお話で」
『だから悪いとは思ってるよ。ただ、この後かなり立て込みそうなんだわ。
 用が済んだらそっちに送り返すから、悪いが勘弁して貰いたい。望むならその分の埋め合わせはするから言ってくれ』

 ノクトは、詳細については語らない。
 ファウストはそこから、次のように読み取った。

 彼が一枚噛もうとしている火種は、渋谷の神に比べると小規模だが、脅威度では何ら劣らない。
 少なくとも彼ほどの男をして、ロミオという直接的な暴力装置が必要になる可能性を排し切れないほどの。
 なのに自分達にそちらの手駒として動くことを強いてこない辺り、戦の主役がノクトでないことは確実だ。
 どこぞの誰かを利用し、複数の主従を討伐可能な範囲に追い込んでいる。
 その上で、可能ならその"誰か"も追い落とそうと考えている――そんなところか。

「待て、マスター。君、僕とジュリエットと引き離す気なのか?」
『あー。ほら、会えない時間が愛を育むって言うだろ。それだよそれ』
「はぐらかすな。僕は常に彼女の側で、共に時間を過ごしたいのに……!」
『だったら配慮するが――逆に聞くけどよ、お前のジュリエットへの愛はその程度なのか? バーサーカーよ。だとしたら結構興醒めなんだが』
「! そんなわけがないだろう! たとえ悠久の時が僕達を隔てようとも、この恋が失われることは決してないッ!!」
『お、よかったよかった。じゃあちょっとくらい離れても平気だな?』
「ああ、甘んじて受け入れようじゃないか! 僕らの愛が本物だということを君に見せてやろう、マスター!! なあジュリエット!!!」

 ロミオが指示を無視でもしてくれればよかったのだが、この通りそんなこと望める筈もなく。
 思わず溜息が漏れてしまう。これならいっそ、組む相手がホムンクルスだった方が幾らか楽だったろう。
 尤もあの善良の化身のような娘にこの策士を乗りこなすことは不可能だろうから、これで良かったとも言えるが。

 それはさておき。

「まあ、話は分かりました」

 状況は見えた。
 ノクトにより描かれた絵の全貌も解った。
 となると此処からこそ己の仕事。

「して、貴方――今何処に居るんです? 雑音が酷いですよ、地上ではないでしょう」
『ん? ああ、そりゃな。こっちは港から渋谷に距離ガン無視で直行してんだ、多少無茶はするさ』

 次の戦場は渋谷だ。
 新宿の時とは違い、今度は静観するわけにはいかない。

『今はヘリを操縦してる。この通話が終わったら地上に降下するよ』

 どいつもこいつも化け物揃いの人外魔境。
 叡智を尽くし向き合わなければ、悪魔であろうと呑み干される。



◇◇



「さて。一先ずはこれでいいな」

 ノクト・サムスタンプにとって、空の移動手段を調達するのは難しいことではなかった。
 芸能界に根を張ったのはこれも理由だ。
 〈はじまり〉でもヘリは有用な足だったし、今回もそのノウハウを活かしたに過ぎない。

 ただ誤算だったのは、やはり渋谷の天変。
 区内に入った瞬間、同乗させていたNPCが全員制御不能に陥ったのだ。
 魔術による暗示よりも、区を覆い拡大していく堕落の法則の方が強度で圧倒的に勝るらしい。
 人形同然になった隣席のNPCに端末を握らせ、ヘリを操縦しながらファウストらとの舌戦に臨んでいた――それが此処までのノクトである。

(利害の一致ってのは便利なもんだ。この様子を見るに、俺は渋谷の神と相性が悪そうなんでな。
 こういう根っこからの莫迦には謀が通じねえ。祓葉相手にフェルマーの定理を解説するようなもんだ、マジで何の意味もない)

 彼は渋谷を支配する法則の主、堕落の女神の本質に気が付いている。
 その上で、これには勝てないと早々に匙を投げた。

 ノクトの詐術は相手が一定の知能を持っていることを前提にする。
 つまり、完全な思考停止を可能とする手合いに対しては終始独り相撲になってしまうのだ。
 おまけに相手は覚醒した星、神寂祓葉と同じ領域に踏み入った現人神である。
 一足す一は二なのだと手を凝らして解説しても、最初から聞く耳すら持ってくれないならノクトにできることは零に等しい。
 神殺し(レジスタンス)に力添えする手もあったが、結局やめた。
 中途半端にリソースを分けるくらいなら、神寂縁と遺族達という大きな火種に注力した方が旨味が大きいと踏んだからだ。

(満天が堕落の神に敗れるのならそれまで。信じた俺が悪かったと諦めて、また別なアテを探るまでだ。
 逆に討伐、そうでなくても何か獲得してくれればこれ以上はない。どう転んでも、俺が被る損は小さい。
 怖ぇのはあのエセプロデューサーが俺に伏せてる情報があるだろうことだが――そこは今考えても仕方ねえな)

 蛇にあてられて集まった主従を滅ぼし、蛇を蹴落とし、先ほど介入を促した不倶戴天・〈脱出王〉を排除する。
 そこまで成就すれば次はいよいよ煌星満天、対神寂祓葉を見越して用立てた悪魔兵器の結実だ。
 ロードマップは続いている。己がやるべきは、それをただなぞるだけ。

「――見えてきたな。さっきみたいな事のついでじゃねえ、ちゃんと会いに行ける時も近そうだ」

 機械のような冷淡さで策を紡いでおきながら。
 次の瞬間、どこか陶然と独りごちる。

「祓葉ァ……お前にも、あるんだろ?」

 渋谷の天変は、彼にひとつの確信を与えた。
 〈恒星の資格者〉。未だ眉唾だと思っているのは否めないが、彼女達の覚醒が何を生むのかをノクトは実際に見、味わったわけだ。

「俺達を滅ぼした〈はじまり〉の光の――――"その先"が」

 故に、造物主オルフィレウスに続いて確信する。
 神寂祓葉もまた、恒星としては未完成。
 あれほどの輝きでさえまだ、その先を残しているのだと。
 それを見ずに死ぬことはできない。
 たとえ何を犠牲にし、どれほどの非道を働こうとも己を灼いた極星の完成を見よう。

 ノクトは、幻視する。
 網膜はおろか世界さえ果てまで焼き尽くす白光の中で。
 弾けるような微笑みを浮かべ、幼気に佇む愛しの星の姿を。


 ――それは。
 ――いったい。

 ――どれほど、美しい(かわいい)のだろうか。


「さ、行くか」

 ヘリコプターを放棄して、一息に地上への自由落下を開始する。
 既に夜は終わったが、この程度の高度からの落下なら手持ちの魔術でやり過ごせる。
 白痴のまま機内に残されたNPC達は墜落死するだろうが、無論知ったことではない。人材は消耗品だ。

 ノクトはもはや、前しか向いていなかった。
 針音都市に蠢く、数多の混沌の更にその先。
 彼の心を掴んでやまない、唯一無二の極星の方を。

「お前は俺のモノだ――――祓葉」

 彼は恋の虜囚(ロミオ)。
 幸薄とは縁遠い運命の人(ジュリエット)のためなら、如何なる手段も許容できる。

 なればこそやはり、煌星満天が必要だ。
 気の弱い少女の殻を破り捨て、堕落の女神のように真の恒星として覚醒した兵器(かのじょ)が。
 プロデュース方針に異論はないが、では、決戦を制した彼女をどうやって手中に収めるか。

 その答えは――



◇◇



「う゛~……なんか、またいいように使われちゃった気分……」

 ノクト・サムスタンプとの通話が切れるなり、満天は難しい顔でうぐぐと縮こまった。
 実際、彼女の認識は間違いではない。
 というかまさにそうだ。満天達はまたも、契約魔術師に進む路線を誘導された。
 〈蝗害〉の次は渋谷の〈神〉。果てにはそれを調伏した後の、ライブの予定までも。
 こうなると満天としては蜘蛛の巣に引っかかった蛾(※蝶と表現するには、まだ自己肯定感が足りなすぎたみたい)のような気持ちにならざるを得ず、今後の自分達の未来を否応なく悲観してしまう。

 が、そんな彼女の"プロデューサー"はと言うと。

「そうですね、まんまと旗色を悪くされてしまった」
「やっぱりそうなんだ……」
「ただ、最悪ではない。つくづく、あのバッタに感謝する必要がありそうです」
「……、……ほぇ?」

 満天の悲観を半分は認めつつ、逆にもう半分は否定した。

「ノクト・サムスタンプが言っていた通り、私も輪堂天梨との決戦を対談ではなくライブにすり替えることを考案していました。
 渋谷の異変が起きてからは、そこを使うプランも考えていた。一応弁解しておくと、これは煌星さんにも近々伝えるつもりでした」
「そこなんだけど……今の渋谷ってそんなにヤバいことになってるの? 私、正直あの人が何言ってるのかよくわかんなかったんだけど……」
「私も正確には説明できませんが、感覚だけで言うなら"異界"です。我々が足を踏み入れた時とは、真の意味で別世界と思った方がいいでしょう」

 当初予定していた対談はもはや状況を鑑みると遅きに失し。
 そして、満天が〈蝗害〉と生死を争った渋谷の地は異界と化した。
 今やかの地は堕落の神、完成した恒星が統べる極楽浄土だ。
 怠惰の蓮は蔓を広げ続け、月面の法則はいずれ都市のすべてを飲み干すだろう。

「……ごめん、やっぱりわかんない。
 や、わかるにはわかったんだけど。
 そこに突っ込まされることのどこが"最悪じゃない"の?」
「ノクト・サムスタンプは、神の人となりを知らない。
 あの男が語った人物像は、あくまで実像を知らない身での推測に過ぎません」

 そこにこそ、一縷の隙があるとファウストは踏んでいた。
 先のやり取りだけならば、勝者は間違いなくノクトである。

 が、それでもノクト・サムスタンプもまたひとりの演者(アクター)。
 如何に稀代の策謀家、戦争屋と言えど、自分の耳目が届かない場所を正確に知ることは叶わない。
 実地調査を他人に任せる弊害だ。生の情報と人伝ての報告の間には、天地でも埋まらないほどの格差がある。

「いや、そうですね。ある意味では我々にとって最悪の可能性が、ひとつ結実したとも言えるでしょう」
「ど、どういうことなの結局……!?」
「渋谷に降りた神は我々の知っている人物である可能性が高い、ということですよ」

 彼に渡した情報は、機材の中に残っていた映像データのみ。
 〈蝗害〉戦の後にあったあのライブの記録は一切含まれていない。
 つまり、ノクト・サムスタンプは知らなかった筈なのだ――煌星満天と輪堂天梨に続く、三人目の資格者の存在を。
 そして彼女と満天が、形はどうあれ既に面識を持っている事実も。

 もちろん伝える義理はない。
 ノクト自身も渋谷にいるというのなら尚更だ。
 満天の手前直接的に触れるのは避けるが、ファウスト達にとってあの男はハイリスク・ハイリターンの極みのような人間。
 いつかは出し抜かなければならない相手なのである。そのためにも、抱えておく伏せ札の枚数は多い方がいい。

「天枷仁杜。おそらく、彼女こそが堕落の女神です」
「っ……!」
「星の神は誕生してしまった。具体的な実像までは流石に量れませんが、恐らく今の彼女は貴女達の最終進化系だ」
「でも、なんで急に……」

 天枷仁杜の同盟は、ファウストの目から見ても非常に強固なものだった。
 彼女を中心とし、強力な英霊が三騎集って固まった攻防一体の連合軍。
 特に仁杜のサーヴァントであるキャスター、ウートガルザ・ロキの脅威度は異常な域だ。
 アレを正攻法で倒すとなると、それこそ黒幕級のルール違反でも罷り通らせない限り不可能だろう。

 ただ、ファウストはあの同盟が陥落したと聞いても然程意外には思わない。
 その理由は、彼女達の元締めに対して直接伝えている。

「それは断言できます。高天小都音の身に何かがあった」

 仁杜の同盟は、ひとりのブレインに過度に依存していた。
 陣営の王は仁杜だが、実際の運営役は高天小都音。
 方針も、内部の不和への対処も、すべて一般人の女ひとりでこなしているというのだから誰が見ても陥穽だろう。

 そこを突かれ、無敵の連合は瓦解した。
 小都音に関しては話のできる相手だったため、できれば健在であってほしいと思うが……連絡が途絶えている辺り望みは薄い。
 ファウストは既に小都音が死んだものとし、加えてウートガルザ・ロキも落ちたものと推測して進めている。

 渋谷の神イコール天枷仁杜とするならば、明らかに彼女は暴走している。
 もしあの幻術師が生きていたなら、こうも無軌道に力を撒き散らすことはさせないだろう。
 わがまま放題のお姫さまを律する手綱が消え去った。理性のメルトダウンが、世を覆う災厄を溢れ出させた。

「さて、煌星さん。今一度、貴女に選択を迫らなければなりません」

 ノクトの話によれば、渋谷の結界はすべてを台無しにしかねない特級の脅威らしい。
 となると、堕落の星光は時間経過で版図を拡大させる類のものと考えられる。
 実際中がどうなっているのかは未確認だが、十中八九ろくなことにはなるまい。
 つまり、どの道誰かが渋谷の神を退けなければならない。アレがのさばり続ける限り、ライブどころの話ではないのだ。

「とはいえ、これは以前の仕事とはわけが違う。
 勘ですが、〈蝗害〉以上の危険がある筈です。
 よって私は、今回に関しては"逃げる"という判断も理解します。諦めるのかと謗るつもりもありません。その上で聞いてください」
「……、……」
「煌星さん――星に挑む覚悟はありますか?」

 満天という恒星の時計を進める上では、むしろ絶好の機会でさえある。
 少なくとも満天は、外部からの刺激に呼応して輝きを強めるタイプの資格者だ。
 完成した恒星に触れることができれば、間違いなく彼女も頂に近付いていくだろう。
 それは来たる輪堂天梨との決戦においても必ずや満天を利する筈。
 その上で都市の脅威を退けることにもなるのだから、これだけ見れば飛びつく他ない旨い話だ。

 しかし、反面デメリットは測り知れない。
 一言、何が起こるかわからないのだから。

 恒星の完成形が持つ力の総量は未知数。
 ともすれば、認識された瞬間有無を言わさず消し飛ばされる可能性さえある。
 そうなってしまったら言うまでもなくゲームオーバー。
 悪魔のシンデレラストーリーはそこで終わり、煌星満天は徒花として失墜する。
 当然、彼女が自分の運命に対し誓った約束も守れず、虚空に消える。

「――――私、さ」

 満天は、ぎゅっと自分の袖を握りながら口を開いた。

「初めて自分が悪意を向けられる側になって、ちょっとびっくりしたんだ」
「無理もありません。急に私刑の対象にされて動揺しない人間はいませんよ」
「あ、いや、そうじゃなくて」

 今の彼女は、天梨と同じく公共の敵(パブリック・エネミー)だ。
 あらゆる罵倒と邪推が許容され、本来それを裁く筈の秩序は機能を失っている。
 しかし、満天はどことなく落ち着いて見えた。
 その姿は先に述べた通り、ファウストの予想とは異なるものだった。

「最初はそりゃショックだったし、泣きそうにもなったけど」

 本当なら、もっと取り乱すものと思ったのだ。
 意気消沈し、ちょっとやそっとの言葉じゃ引き戻せない。
 そんな暗渠の淵に潜ってしまうものと予想していた。

 では、そうならなかった理由は?

「だんだん、見てる内にムカついてきて」
「ムカついた、ですか」
「ん。まあ、私達が聖杯戦争の関係者で、この街をおかしくしてる一因なのは認めるしかないけどさ……」

 でも、と、満天。

「私もあの子も、進んで災厄を振り撒いたことなんて一度もないでしょ。
 恨む相手が違うし、顔も知らない誰かの現実逃避のダシにされるのはなんか……ちょっと腹立っちゃった」

 おずおずと紡がれた答えに、ファウストは今度こそ閉口した。
 呆れたのではない。成程、と合点が行ったのだ。

「だけど、天梨ならこういう考えはしないんだろうね。私はやっぱり、天使みたいにはなれないや」

 同時に己の節穴を自覚し、失笑したくなる。
 考えてみれば道理だろう。
 針音都市のふたりのアイドルは同じ道を歩いてこそいるが、性質自体は正反対だ。

 輪堂天梨はすべてを博愛して慈しむ。
 だから彼女には、悪意に対するリアクションの手段が受容しかない。
 大衆の悪意という有害物質を無抵抗で吸収し続け、静かに曇っていくのが天使の宿痾。

 だが満天は違う。
 彼女の根底には、いつだってままならない現実に対する怒りがある。
 博愛精神とは程遠い反骨精神。そんな彼女は、向けられた汚染へ素直に怒ることができるのだ。

「……冷たいと思う?」
「いえ、まったく。もし燻っているようなら、私が同じ理屈で発破をかけるつもりでした」
「うえ。荒療治」
「煌星さんを扱うには尻を蹴飛ばすに限りますからね。こう、ドゴーンと」
「た、喩えにデリカシーがなすぎる!! アイドルですよ私!! 一応!!」

 ならば重畳。
 満天はまだ戦える。
 大衆から向けられる悪意に対し、悪魔の翼は尚も爆発可能。
 奴らに目に物見せたいと考えていたファウストにしてみれば、実に喜ばしいことだった。

(となると、問題はむしろ……"あっち"の方かね)

 ステージを舞台に喰らい合う二元の片割れに思いを馳せるが、彼女に関しては自分は何もしてやれない。
 最初にかけた言葉に偽りはない。天使を失墜から引き上げられるのは満天だけだと今もそう考えている。
 あの美しい欠落者は、自分のような存在がどうこうするには眩しすぎるのだ。

「それで、結論は」
「正直ヤだけど、関わりたくもないけど――――やり、ます。うん。やる」
「やけに前向きですね。そんなに匿名の声が癪に障りましたか」
「別に野蛮人じゃないから! ……だって、じゃないとライブできないんでしょ」

 渋谷を平定し、現実に引き戻された人々を救う。
 歌と踊りで、新しい偶像(ユメ)を魅せる。
 夢の中なんかじゃなくたって、現実にだって素敵なものはあるのだと再認させる。

 それが、煌星満天と輪堂天梨――悪魔と天使の最終決戦だ。
 不謹慎な言い方だが、本当に勝負にはおあつらえ向きな条件が揃っている。
 趣向は単純。両者による、民衆からの支持(ペンライト)の奪い合い。
 これを以って文字通り、誰が針音都市のトップアイドルかは白黒が付く筈である。

 しかしそのためには、ノクトも言った通り渋谷の神を退けなければならない。
 言うまでもなく難易度は極悪。
 そも、完成した恒星が果たして"倒せる"存在なのかも分からないのが現状だ。

 満天も、それくらいは分かっていた。
 その上で、けれど彼女は頷いたのだ。

「私は、諦めることを許されてない」
「……、……」
「そういう契約(やくそく)だもんね。
 だけど今走るのは、それだけじゃなくて」

 満天の心が折れた時、契約は不履行と看做され、魂が剥奪される。
 D.D.D――Decoration Designate Demonstration.
 それは彼らを繋ぐ絆だが。今だけ、満天は恐怖でも怒りでもない理由で拳を握っていた。

「憧れてたんだ。ずっと、あの子に」

 未だ、少女が悪魔と出会う前。
 芽の出ない鬱屈の日々の中、ケミカルライトの星海で見た最初の憧憬。

 とうとう煌星満天は、その足元までやって来た。
 舞台(ステージ)は目の前。後は、駆け上がるだけだ。

「私ね、今、あんまり怖くないよ」

 見据えるのはただひとつ、トップアイドルの玉座。
 まだ少し遠いけれど、すぐに辿り着いてみせる。
 あの子と同じ視点、同じ地面、同じ世界。
 光射す舞台の上へ。そこで、本当の勝負をするんだ。

「神さまだろうとなんだろうと――私達の邪魔はさせない」
「いいでしょう」

 ならば、プロデュース方針は整った。
 これより悪魔は渋谷に入り、神への挑戦を開始する。
 無論言葉で言うほど簡単な話ではない。
 ともすれば、この戦いが自分達の死地になる可能性とてあるだろう。

 だがファウストは、否、悪魔メフィストフェレスはそれを口にしない。

 己を見据え、確と断言した満天の姿に重なるものがあったから。
 いつか彼の前で光を失った、ある愚かな男の最期。
 今もメフィストフェレスを狂わせ続けるその光景と同じものを、欠片ほどでも感じ取ったのだ。
 最初はあんなにも石ころじみた味噌っかすだった担当アイドル/契約者の内に、キラリと輝く希望(ナニカ)を見た。

「ライブの話は輪堂さんにも共有しておく必要があります。
 連絡役はお願いできますか? 私が掛けると同盟の要項に抵触するので」
「えっ――ぁ、う、うん。大丈夫、だけどー……い、いきなり電話して大丈夫かなぁ……寝起きでぽやぽやしてたらどうしよ……フヘ、エヘヘ……」
「その気持ち悪いニヤケ面はやめてください。格好つけたのが台無しですよ」
「か、かかかかカッコつけ!?! 人の一世一代の勇気になんてこと言うんだおまえーっ!!?」

 ――ノクト・サムスタンプが知らないことはもうひとつある。
 仁杜らとの接触を経て、満天は〈蝗害〉戦で成したよりも更に一段上へ昇っている。
 そんな彼女が完全体の星神に触れ、己の輝かせ方をもっと識ったなら?

(星だなんだに興味はねえ。俺が見てるのはあくまで契約の履行だ)

 満天が神の如き者になるかどうかなど、ファウストはまったく重視していない。
 彼の目的とは最初の勝負、その決着。
 しかし逆に言えば、それを邪魔立てする者は何としても失脚して貰わねば困る。

 渋谷の神が墜ち、最終決戦の舞台が整ったなら。
 その時、もはやノクト・サムスタンプは必要ない。

 皮算用と嗤いたければ好きにすればいい。
 あれは狐狸ならぬ虎狸のたぐいだ。
 獰猛な虎が、狸の狡猾さを同居させている。
 そんな男を出し抜くならば、策を練るのが早いに越したことはないだろう。

 そう、つまり――



◇◇




「「 その時テメェはもう要らねえ。地獄に堕ちろ、嘘つきめ 」」


 ――天使と悪魔が相対するその時。詐欺師(プリテンダー)同士の、殺し合いが始まる。




◇◇


【月光夢幻神界〈渋谷〉・座標不明(上空から降下中)/二日目・早朝】

【ノクト・サムスタンプ】
[状態]:疲労(小)、複数の打撲傷(処置済)、右腕欠損、恋
[令呪]:残り三画
[装備]:『胎息木腕(右腕分のみ。古いもの)』
[道具]:、蛇杖堂邸で回収した幾らかの道具
[所持金]:莫大。少なくとも生活に困ることはない
[思考・状況]
基本方針:聖杯を取り、祓葉を我が物とする
0:神寂縁を中心とする抗争に介入する。目指す結末は関わった全員の共倒れ。
1:神寂縁に協力しつつ、奴が"追われる者達"と相討つように仕向けたい。
2:当面はサーヴァントなしの状態で、危険を避けつつ暗躍する。
3:ロミオは煌星満天とそのキャスターに預ける。が、今後直近で身が危うくなれば一時的に呼び戻すつもり。
4:煌星満天の能力の成長に期待。うまく行けば蛇杖堂寂句や神寂祓葉を出し抜ける可能性がある。
5:満天の悪魔化の詳細が分からない以上、急成長を促すのは危険と判断。まっとうなやり方でサポートするのが今は一番利口、か。
6:とはいえそれも満天が完成するまでだ。見通しが立ったなら、詐欺師野郎(ファウスト)はもう要らねえ。
7:何か違和感がある。何かを見落としている。
8:〈脱出王〉の危険度を格上げ。早急に排除しなければならない敵と認定。
9:祓葉。お前にも、まだ先があるんだろう?
10:渋谷の神は現状人に任せる。アレは多分俺と相性が悪い。
[備考]
 東京中に使い魔を放っている他、一般人を契約魔術と暗示で無意識の協力者として独自の情報ネットワークを形成しています。

 東京中のテレビ局のトップ陣を支配下に置いています。主に報道関係を支配しつつあります。
 煌星満天&ファウストの主従と協力体制を築き、ロミオを貸し出しました。

 蛇杖堂寂句から赤坂亜切・楪依里朱について彼が知る限りの情報を受け取りました。

 神寂縁から雪村鉄志、琴峯ナシロ、高乃河二、赤坂亜切の現在の動向について連絡を受けました。

 蛇杖堂邸で高乃家の礼装『胎息木腕』を回収しました。
 これが高乃河二の装備している物と同じ性能かどうかはおまかせします。

 山越風夏のサーヴァントの真名が「ハリー・フーディーニ」であろうことをうっすら察しました。

 ファウストから蝗害調査のデータファイルを受け取りました。まだ中身は見れていないようです。


【世田谷区・路上(停車中)/二日目・早朝】

【煌星満天】
[状態]:疲労(小)、気分高揚気味、炎上に対するむかむか
[令呪]:残り三画
[装備]:『微笑む爆弾』
[道具]:なし
[所持金]:数千円(貯金もカツカツ)
[思考・状況]
基本方針:トップアイドルになる
0:ライブのためだもん、頑張るしかない……よね。
1:魅了するしかない。ファウストも、ロミオも、ノクトも、この世界の全員も。
2:輪堂天梨を救う。
3:……絶対、負けないから、天梨。
4:天枷仁杜には苦手意識。でも、きれいだった。
5:私、なんで忘れてたんだろ?
6:天梨と連絡を取る。
7:好き勝手言うなよ、私達の何を知ってるんだ。
[備考]
 聖杯戦争が二回目であることを知りました。
 ノクトの見立てでは、例のオーディション大暴れ動画の時に比べてだいぶ能力の向上が見られるようです。
※輪堂天梨との対決を通じて能力が向上しています(程度は後続に委ねます)。
 ・『微笑む爆弾・星の花(キラキラ・ボシ・スターマイン)』
 拡散と誘爆を繰り返し、地上に満天の星空を咲かせる対軍宝具。
 性質上、群体からなる敵に対してはきわめて凶悪な効果を発揮する。
 現在の満天では魔力の関係上、一発撃つのが限度。ただし今後の成長次第では……?
 ・現状でも他の能力が芽生えているか、それともこれから芽生えていくかは後続に委ねます。 
※輪堂天梨と個人間の同盟を結びました。対談イベントについては後続に委ねます。
※過去について少し気付きを得ました。詳細は後続に委ねます。

【プリテンダー(ゲオルク・ファウスト/メフィストフェレス)】
[状態]:健康、肩口に傷(解毒・処置済)
[装備]:名刺
[道具]:眼鏡、スキル『エレメンタル』で製造した元素塊
[所持金]:莫大。運営資金は潤沢
[思考・状況]
基本方針:煌星満天をトップアイドルにする
0:渋谷の神(推定:天枷仁杜)を退かし、かの街でライブを行わせる。
1:輪堂天梨との同盟を維持しつつ、満天の"ラスボス"のままで居させたい。
2:ノクトとの協力関係を利用する。が、ライブの実施が現実的になったなら切り捨てを視野に入れる。
3:時間が無い。満天のプロデュース計画を早めなければならない。
4:天梨に纏わり付いている復讐者は……厄介だな。
5:高天小都音とは個人的にパイプを持っておく。
[備考]
 ロミオと契約を結んでいます。
 ノクト・サムスタンプと協力体制を結び、ロミオを借り受けました。
 聖杯戦争が二回目であること、また"カムサビフツハ"の存在を知りました。
 高天小都音経由で、〈はじまりの六人〉及び神寂祓葉の情報を知りました。

【バーサーカー(ロミオ)】
[状態]:健康、恋
[装備]:無銘・レイピア
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:ジュリエット! 嗚呼、ジュリエット!!
0:会えない時間が愛し合う二人を強くする、か……。
1:ジュリエット!! また会えたねジュリエット!! もう離しはしないよジュリエット!!!
2:キミの夢は僕の夢さジュリエット!! 僕はキミの騎士となってキミを影から守ろうじゃないか!!!
3:ノクト、やっぱり君はいい奴だ!!ジュリエットと一緒にいられるようにしてくれるなんて!!
4:虫螻の王には要注意。ボディーガードとしての仕事は果たすとも、抜かりなくね。
[備考]
 現在、煌星満天を『ジュリエット』として認識しています。
 ファウストと契約を結んでいます。


[満天組備考]
  • 渋谷の現状についてノクト・サムスタンプから聞きました。
 ファウストも直感的に感じ取っており、"渋谷の神"の正体を恒星の資格者・天枷仁杜ではないかと予想しています。
  • 輪堂天梨との共同(対決)ライブの会場に異変解決後の渋谷区を検討しています。



前の話(時系列順)


次の話(時系列順)

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2026年01月23日 18:40