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 あの日までそこにあったのは、欠伸が出るほど優しい世界だった。

 日が昇れば起きて、月が昇れば眠りに就く。
 晴耕雨読を地で行くような、素朴で、けれど他の何にも代え難い"しあわせ"が満ちていた。

 物心つくなり男も女も、まず農作業のやり方を教わる。
 そしてその傍らで、集落に伝わる伝統の勉強をするのだ。
 魔術、という呼び方を、大人達はあまり好んでいなかった。
 "神秘"とか、"奇蹟"とか、あるいは単に"力"とか。そういう風に呼んでいた筈だ。

 この力はとても強くて、正しく使えば暮らしを豊かにしてくれる。
 けれど誰かを傷つけるためには決して用いてはならない。
 喧嘩で使いなどしようものならひどく怒られ、反省が認められるまで当面の間は一番辛い重労働を任されることになっていた。

 私は集落の中でも、ひときわ稀なる才能があったらしい。
 だから大層ちやほやされたものだ。
 アルマナがいれば百年は安泰、なんて言われた日には、私は幾つまで生きればいいのと思わず笑ってしまった。

 一方で私の兄さまは、そっち方面はからっきしの、集落いちの落ちこぼれだった。
 シリカ・ラフィー。それが、兄さまの名前。
 口数少なく朴訥で、大の大人よりも力が強くて、みんなが嫌がる重労働も率先して引き受けてしまうような人。
 そんな兄は神秘の才能なんてなくてもみんなから信頼されていた。
 いつも仮面でも被ったみたいな無表情の癖して、魔術のことでからかわれると照れたように目を逸らすところが好きだった。

『アルマナは、外に出たいのか?』

 半べそをかきながら鍬を振っていた私の隣で、しなくてもいい手伝いをしながら、兄さまはそう問いかけてきた。

 その時私は、先に述べた懲罰を受けていたのだ。
 なんてことのない話である。
 いつか集落の外に出て遠い国へ行ってみたいのだと溢したら、それが偶然父さまの耳に入ってしまった。

『……父さまから、聞いてこいって言われたの?』
『違うよ。単におれが気になっただけだ』

 大人達はみんな、外の世界に出てはならないと言う。
 力を持った自分達が、世間様の庭を踏み荒らすのはいけないことだ。
 この集落の中で生まれ、育って、生を終えること。
 それが神秘に触れた者の責任だと皆が信じて疑わない。
 父さまは特にそこに厳しくて、私の呟きを聞くなり血相を変えて怒鳴りつけてきた。

 そうなったら後は、よくある喧嘩のテンプレート通り。
 売り言葉に買い言葉でだんだん白熱していき、私は癇癪みたいに力を使って、お家の扉を文字通り粉々に吹き飛ばしてしまった。

『……別に、他の土地で暮らしたいわけじゃないもん。だけど一回くらい、此処とは違う景色を見てみたいってだけで』

 ぶっ放したところで、自分がとんでもないことをしたことに気付いた。
 初めて、大人達が他人に向けて力を使うのを禁じる意味が分かった。

 これは、誰かの命を奪える力だ。
 意に沿わないことをすべて、思うままにねじ伏せられる力だ。
 暴れる力と書いて暴力。自分達が継承してきた神秘とは、その二文字と表裏一体なのだと思い知った。

『お隣のお爺さまが言ってた。外の世界には、塩の味がする湖があるんだって。
 父さまだって、前に酔っ払って話してくれたよ。昔こっそり抜け出した時、鉄の雄牛が走るのを見て腰を抜かしたって』

 でも、だからと言って事の発端を反省する気にはなれなかった。
 こんな力を持った私達が好き勝手外に出たら、力なき人々の暮らしを壊してしまう。
 理屈は分かる。でも納得できない。世界は果てしなく広がっているのに、どうして私達だけが隅っこに押し込められて暮らさなくちゃいけないのか。

『――――私は、籠の中の小鳥でなんか終わりたくない』

 楽しいことをしたい。きれいなものを見たい。美味しいものを食べて、知らない星空を見上げ眠ってみたい。

『兄さまは、わかってくれる?』
『……そうだなぁ。
 おれは要領も、頭も悪いからな。
 外の世界とやらを見ても、親父みたいに感動できるかどうか……』

 ふくれっ面の私に、兄さまは困ったように頭を掻いた。
 だろうな、と思った。正直、この人に芯を食った答えなんか期待してない。

 だけど、その代わりに。

『ただ、まあ、やる時は教えろよ』
『……?』
『いつかどうしても嫌になったら、決行する前に兄ちゃんに一声かけろ。親父達に一芝居打ってやるから』

 そんな言葉を、無表情のままかけてくれた。
 あんまり予想外な返しだったから、一瞬思考が停止してしまい。
 やっと理解が追い付いたところで、私は思わず「ふっ」と噴き出してしまった。

『おい……なんで笑う?』
『兄さまにお芝居なんてできるわけないもん』
『お前な……』

 この人はいつもこうだ。
 人並み外れて不器用なくせして、私が何か悩んでいるとどこからともなく現れて、とても下手くそな励ましをくれる。
 それを聞いてると不思議と心の鬱屈がどこかに飛んでいって、悲観していた自分が馬鹿らしく思えてくるのだ。

『……まあ、いい。ちょっとは元気出たか?』
『ん。出た、かも』
『じゃあ、さっさと終わらせるぞ』

 私の兄さまは本当に不思議な人だ。
 父さまも母さまも他の誰も持ってない、神秘なんかよりよっぽど凄い力を持っている。
 使う機会もない――あってはならない――力なんかより、私もこっちが欲しかったなと思った。
 言葉にするのは流石に照れ臭かったので、心の中だけに留めたけれど。

『…………うん、兄さま。ありがとう』

 私がいて、兄さまがいて。
 家族がいて、みんながいる。
 この檻の外へ抱く憧れと、檻の中のしあわせを愛する気持ちはやっぱり両立していた。

 まだ見ぬ何かを知りたい。
 でも、今目の前にあるものも大事にしたい。
 それはきっと、両立できないことじゃない筈だ。

 だからこの日々はこの日々で、どうか永遠に続いてくれたらいいなと思って。


 ――――そんなちっぽけな願いは、銃声と肉が弾ける音にあっさりと踏み潰された。



◇◇



 魔物が、迫ってくる。
 美しい魔物が。

 恋の美男子だ。
 愛の狂戦士だ。
 災害のように、街並みを砕き散らして。

 "物語の主役"が、私達(ヴィラン)へ落日を告げにくる。

「逃がさないぞ、どこまでも卑劣な奴輩共め」

 英霊と呼ばれる存在なら、これまで何体も見てきた。
 正当なモノも、この世にあってはならないと思えるモノも。
 私の中で、追ってくる彼奴への認識は絶対的に後者。
 アグニさんの"赤い騎士"や。あの"雪靴の女神"のような、桁の外れた暴威を見た。

「僕を見ろ。この双眸に煌々と燃ゆる恋慕の炎を認め、焼き尽くされながら己の罪過を知るがいいッ!!」

 轟く怒号は、思考を空白に染めそうになるほど凛と澄んでいて。
 血汗で汚れた美貌は見苦しくさえある筈なのに、気を抜くと感情を封じたこの胸さえ音を鳴らしてときめきそうになる。
 これが世界一有名な恋物語の主役、ロミオ・モンテギュー。
 狂人ノクト・サムスタンプが従える、純情という名の厄災。

「――ランサー・カドモス」

 赤甲冑の槍兵が、怪訝の色を隠さず私の王さまを呼ぶ。
 何を言いたいのかは私にも、きっとアグニさんにも分かっていたろう。

「此処は敵の腹の中です。このまま逃げ続けてもいつか結界の縁に当たるだけ。でしたら……」
「先走りたければ好きにしろ。儂は貴様らがどうなろうと一顧だにせんのでな」

 バーサーカーは強い。
 額面の性能を無視した、無尽蔵と言ってもいい力を発揮している。
 おまけに今や高乃河二の英霊が欠け、こちらの戦力は目減りしている……それでもだ。

 王さまと、この赤蠍のランサーが二騎がかりで挑めば、十分に勝機はあるのではないか。
 少なくともこうやってあてもなく、行き止まりの見えた逃亡劇を繰り広げ続けるよりはずっと生産的な筈。
 なのに王さまは一度も足を止めることなく、追ってくる美剣士からの撤退を続けていた。

(王さま。僭越ながらアルマナも、彼女の進言と同意見ですが……)
(誰が発言を許した? 臣下風情が一度ならず二度までも、儂の決定に異を唱えるつもりか)

 時間は有限だ。特に、この固有結界の中では。
 私自身こうしている今も、緩やかに自分という存在が消失していく感覚を知覚している。
 恐らく蛇、神寂縁なる化け物の能力は魂の強制溶解。
 ならその効き目は肉の鎧に守られた私達人間よりも、最初から魂だけで現界しているサーヴァントにこそ強く働くだろう。

 だとすると尚更、此処でロミオに応戦しない理由がない。
 少なくとも、私には思いつかなかった。
 でも王さまはやはり後ろ向きに不退転。逃げという、不敬を承知で言えばらしからぬ行動に全力で臨み続けている。
 何故。そう考えたところで、はたと気付いた。

「……、……」

 なんで私は、王さまを疑うようなことをしているのだろう。

 感情は捨てると決めた。
 王さまは強くて、常に正しい。
 私みたいな薄汚い野鼠とは違う。
 だからこの身は、自ら考えることのない歯車であればいいと。

 そう誓っていた筈なのに、いつからかその前提が狂っている。
 壊れた機械に価値なんてないと、誰より分かっていたつもりなのに。

「――――アルマナ?」
「あ……」

 手を握られて我に返る。
 顔を上げると、そこにはアグニさんがいた。

「すまない。何やら、不安そうに見えたから」
「不安そう、……ですか? 私が」
「ああ。杞憂だったら、もう一度謝るが……」

 見透かしたようなことを言われ、胸の古傷がずきんと痛んだ。
 無様を晒していた事実に対してもそうだけど、それだけではなくて。

 私の手を握り、起伏に乏しい表情で語りかけるその顔がやはり重なったからだ。
 そんなことをしてはいけないと、それはどちらに対しても失礼なことだと分かっているのに、頭は未練がましく思い出の抽斗をひっくり返してくる。

「……あまり知った口を利けば、また怒られてしまいそうだが」

 この人はきっと、アルマナの煩悶など知りもしない。
 当然だ。彼と私は未だ敵同士、一時的に手を取り合った呉越同舟に過ぎないのだから。
 だからおかしいのは私の方。そんな相手に心を許しかけ、自分に科したたったひとつの約束さえ破りかけている体たらく。

 無様。惨め。惰弱。
 そんなだから私はあの日、目の前に立つ兄さまのことを……

「多分……大丈夫だ。
 正直、あまり思い出したくない記憶だが……おまえの王さまの表情には、覚えがある」
「それは――」

 思考の没入を強引に断ち切った。
 意味がないからだ。
 心など不要。願いを叶えるまでただ機械であれと定めたのはどこの誰だ。

「周鳳狩魔のことを、言っているのですか」
「……心底業腹だが、な。そしてあの卑劣漢と似た顔をしてるということは、つまり……」

 以って一先ず、体裁だけは整えてみせる。
 情緒(エモーション)から現実主義(リアリズム)へ。

「何か、策がある――ということだろう」

 思えば、その可能性に思い至れなかったという時点で私は腑抜けていたのだろう。
 王さまを完璧な存在と信じるならば、一見荒唐無稽な采配だろうと裏の意図があるものと考えて然るべき。
 実際。アグニさんの発言に王さまは振り向きこそしなかったが、小さく鼻を鳴らしてみせた。

「違うな、あのような狗にそんな上等なモノは必要ない。これはただの仕込みだ」
「援護は……必要か……?」
「思い上がるな下奴めが。貴様ら如きの手を借りるほど耄碌した覚えはないわ」

 逃亡劇は、もう十分以上に及んでいる。
 そのスケールは、言わずもがな常人の速度観とはかけ離れたものだ。
 英霊の出力と、魔術による身体強化(ブースト)を用いた文字通りの全速力。
 自動車の最高速に大きく勝るほどの速さで逃げ続けているから、先の一悶着の舞台からはもう大きく距離が空いていた。

 もうじき私達は渋谷の西端、隣区との区境に迫る。
 区境。その先にある区の名前は、改めて思い出すまでもない。

「王に対し、不信に勝る不忠はない。故に案ずることは許さぬ。次につまらぬことを囀れば、誰であろうと刎頸に処そう」

 王さまの意図。
 彼が使おうとしている"仕込み"。
 ようやくそれに思い当たった私の前で、彼は、どこか子どもを安心させようとするみたいな声色で言った。

「そもそも貴様ら、儂を誰だと思っているのだ。儂はカドモス。竜(へび)を殺すには一家言あるぞ」

 そして、ようやく。
 青銅の王が足を止め、踵を返す。
 歩みを翻して、私達全員を制し、敵の前へと出た。

「――追い詰めたぞ。卑小なる"悪しき王"よ」
「――ほう、これは傑作だ。恋だけでなく自分にも酔っているのか?」

 対するは美しき狂戦士。
 これまでずっと付かず離れずの距離感を維持し、疲労を感じさせることなく追い縋り続けていた英霊は、当たり前のように息ひとつ上げていない。
 彼の辞書に消耗の文字はないのかと、状況も忘れて問いかけたくなってくる。

「大口を叩いても滑稽なだけだぞ? 僕のジュリエットにかける情熱を恐れ、敵前逃亡した卑怯者が」
「そら見ろ、やはり酔っている。とはいえ訂正はしておこう。おまえにそこまでの値打ちなどないぞ、色狂い」

 だがそれは、王さまも同じだった。
 今の今まで敵に背を向け、一心に撤退していたにも関わらず。
 彼は恥のひとつも滲ませない。だってこの王(ひと)は、最初から逃げてなどいなかったのだから。

「おまえは甚だ無価値で、救い難く滑稽な道化だ。
 物書きの作文が勝手に形を持って踊り出した、言うなれば自慰の産物。
 語る愛もその思想も、何もかも作者(おや)の設計図通りのガランドウだろうが。
 そんな英雄気取りの木偶の、なあ、一体何を恐ればいいのだ?」
「――戯れ言をッ!」

 怒髪天を衝いて振り被った恋狂いの一刀を、青銅の槍が凛と受け止める。
 敵は感情の怪物。恋、愛、という不確かな概念を薪木に燃え上がる歩く爆弾。
 その強さは先刻嫌というほど見せられた筈だが、しかし。

「おまえなぞ端からどうでもいい。儂が見ていたのは、あの醜悪な怪物のみだよ。ロミオとやら」
「ッ……!?」

 ロミオの顔に、恐らく初めての動揺が滲む。
 王さまが、一寸たりとも揺るがないからだ。
 心の在り方とか、そんな漠然とした話ではなく。
 事実としてロミオの剛剣を受け止めて尚、小揺るぎもせず君臨している。

「竜とは醜い生き物だ。だが事実、奴らは強い。故に厄介で、そこに関しては儂も落ち度を認めよう。先刻はまんまとしてやられた」
「ぬ、ぅ、ぅぅぅぅッ――」
「だからこうして、時計の針を早めるような真似をせねばならなくなった。紛うことなき怠慢だよ、これではオルフィレウスを笑えん」

 いや、それどころか。
 徐々にその槍が、狂戦士の頭抜けた暴威を、正面から押し返し始めて……

「だが、奴のお陰で自信が持てた。天から笑覧する神格気取りの小僧さえ見落とした異常だ、地に足付いた"人間"相手なら十二分に奇襲となろう」

 遂に、ロミオの腕が大きく上に跳ね上がる。
 王さまが押し勝った。
 恋の災害が、王の威光に食い破られたのだ。

「よって、おまえはもういいぞ。この儂へ食い下がったせめてもの褒美として、手ずからその迷走を裁定してやる」
「ご――ァッ――!?」

 轟いた刺突の一撃が、美青年の肉を切り裂き飛沫を散らす。
 もんどり打って吹き飛ぶロミオの姿が、賭けに勝ったのは誰かを物語る。

「…………この恋を、嗤ったな」

 さりとてロミオもまた不退転、そして不屈。
 血反吐を吐きながらも立ち上がり、比喩でなく数瞬前の倍にもなろう力を携えて再起した。

「この鼓動の高鳴りが幻想などであるものか。
 たとえ〈はじまり〉が誰かの空想だとしても、僕は僕、ジュリエットだけを想うロミオ・モンテギューだ!」

 思わず背筋が粟立ち、悪寒が全身を駆け巡る。
 歯根が震えるほど恐ろしいのに、やはり少しでも油断すれば彼の虜にさせられそうなのが怖い。
 これは怪物だ。恋を語り、愛を謳う、狂おしきオム・ファタール。

「思い知り、死ねェ――!」

 迫る聖なる怪物(モンストル・サクレ)に、王さまは大仰な動きなど見せない。
 彼の吠えた正道を貶すでもなく、ただ一言、他の誰でもない私に向けて告げた。

「アルマナよ。よく見ていろ」

 ――刹那。
 世界が、青く、輝いて。


「これが――――おまえが仕える王の威光だ」


 目に見えていた都市(セカイ)のすべてが、青銅の鍾乳洞に置換されていった。



◇◇



「なん、だと……?」

 その言葉を漏らしたのは、ロミオだったかもしれないし。
 アグニさんや、赤蠍のランサー、もしかすると私自身だったかもしれない。
 けれど声の主が誰であったとしても、それを惰弱と謗ることは出来なかったろう。
 それほどまでに現実離れした光景が、今、私達の前には広がっていた。

 現代日本の百万都市、その営みが過去の産物と化したかのように。
 幅を利かせ、溢れ出し、すべてを染め上げた青銅の領域。
 亀裂にも似た蜘蛛の巣状の紋様が、最低でも視界の全域を容赦なく埋め尽くしている。

 『我が撒かれし肇国、青銅の七門(スパルトイ・ブロンズ・テーベ)』。
 王さまの第三宝具にして、侵食型の固有結界という極めて稀有なワイルドカード。
 我が王はこの宝具を用い、拠点のある杉並区に祖国テーバイのテクスチャを展開していた。

 けれど、もう一度言おう。
 第三宝具の正體は侵食固有結界。
 いずれ都市のすべてを喰らい尽くす病巣。
 よって侵食は、原発となった杉並区を中心に拡大していき。
 当然その汚染は既に此処・渋谷区にもある程度侵食している。

 王さまは、侵食が完了した土地の霊脈を強制的に励起させたのだ。
 たとえ何某の固有結界が先貼りされていようが関係はない。
 だって王さまの国土は、それが貼られる前からずっと大地(そこ)にあったのだから。
 その領有権は当然、テーバイの大国父――青銅王カドモスが有している!

「ふむ。欲を言えば外縁を破壊し、結界そのものを破綻させたいところだったが……そう上手くは行かんか」

 ゆらり、と身を翻した王さまの姿に、もう疲弊の色はわずかたりとも窺えない。
 対し美貌の狂戦士は息を切らしながら、それでも衰えない闘志を燃やし相対している。

「どうした、狗。来いよ、遊んでほしかったのだろう?」
「ォォおおおぉおおおッ!!」

 感情を爆発させ、また一段と強さの出力を跳ね上げて。
 肉薄したロミオの剣舞を、王さまは文字通りじゃれつく子犬をあやすように相手取っていた。
 剛力も高速も健在。ロミオは何も失っていない、むしろその逆と言ってもいいだろう。
 なのに戦況はまるきりさっきとは色を変えていた。恋する狂剣が、気付けば一太刀たりとも通らなくなっている。

「はァ……はァ……! あぁ、この艱難さえ君と番うための試練と思おう!
 待っていてくれ、ジュリエット! すぐにでも卑劣な塵芥共を蹴散らして、君の許に帰るから……!!」

 『ロミオとジュリエット』は悲恋の物語。
 私も、日本の義両親に貰った本で読んだことがある。
 互いの思惑はすれ違い、ロミオは伯爵殺しの咎を背負い、毒を呑んでひとり果てる。
 時遅れてジュリエットもまたロミオの死を知り、彼の短剣で喉を突いて命を断つのだ。

 彼は悲劇を宿命付けられた英霊。
 ならば今の王さまは、さしずめ彼の恋路を阻む運命。
 物語の結びに現れる、悲劇へ誘う者(デウス・エクス・マキナ)なのかもしれない。

「鏡を見たことがないのか? 外道の狗に成り下がった男が道義を語るとはな」
「喋るな喚くな囀るな死ねェ! 僕の彼女に懸ける想い、貴様なぞには解るまいッ!!」
「ずっと言おうと思っていたのだが、作文の分際で矜持など説くなよ。哀れすぎて反応に困る」

 ロミオの細剣が唸る。空を引き裂いて轟く刺突を、王さまは苦もなく弾いた。
 返す刀に、手本を見せてやると言わんばかりの一槍が奔る。
 敵方も当然防御するも、保たない。拮抗が成立せず、あちらだけが一方的に押し退けられていく。

 その上で、ロミオが態勢を立て直し切るのを待たずに槍撃の嵐を吹かせた。
 英雄王の名に恥じぬ極限の武芸から繰り出される猛攻は、叩き付ける驟雨の如し。
 これを王さまは、汗水ひとつ流さずに涼しい顔で振るってみせる。
 であれば此処はロミオを褒めるべきなのだろう。彼が並の英霊だったなら、抗うことも出来ずに肉塊と化していた筈だ。

「が、は……ァ、ァァァぉおおぉおおッ! 舐ァめるなァァァッ!!!」

 血反吐を吐きながら、シェイクスピアが産み落とした暴力装置は止まらない。
 完全に本来の使用用途を無視した大振りで、しかし過たず王さまの処断を跳ね除けていく。
 筋繊維が断裂するブチブチという音がこっちまで聞こえてくるが、当人は一顧だにもしていない。

「彼女が待っているッ! ジュリエットが待っているんだッ!
 あぁ、きっと泣いているだろう! 寂しい、不安だ、と僕の抱擁を待ち侘びているだろう!
 ならばこんな所で死ねる道理があろうか、いや無いッ! そうだろう、主役(ロミオ)――!!」
「呆れた愚昧だ。おまえ、それでも男か?」

 響く咆哮は聞く者の魂を揺さぶる切実さを孕んでいたが、その美しい狂気も王さまは切って捨てる。
 私の無能さを痛罵する時とはまた違う、心底興味の無さそうな顔。
 それを見て私は、身の程知らずにも思ってしまった。
 嗚呼、王さまは。こんな無能な私のことを、彼なりに想って下さっていたのだと。

「主張が浅く、語る総てが欺瞞に満ちている。
 貴様のような男に愛された女は、さぞや不幸であろうよ」

 王さまは、私を臣下と呼んでくれた。
 だから私は、王の残酷さを知らないまま此処まで来ることが出来た。
 今見ている姿こそ、英雄カドモスの真の冷徹。
 何事にも動じず揺るがず、ただ厳然と裁定を下す"王"の貌。

「いや……端から大した女ではないのか。すまんな、要らんことを言った。今のは忘れろ」
「――貴様ァァァァッ!!」

 これまでに、英霊ロミオの強さのカラクリは散々目にしてきた。
 彼は恋する狂戦士。故に想い人(ジュリエット)への恋慕がそのまま彼の力になる。
 ちょっと恋人と引き離されただけであんなに燃え上がれる男へ、想い人への罵倒をぶつけるなど正気の沙汰ではない。

 私ならそう思う。私達は、そう考える。
 けれど王さまは違った。
 それが敵の討滅に必要ならば、技だけでなく言葉だって武器にしてみせる。

「撤回する必要はなさそうだな。やはり貴様は、付ける薬のない大馬鹿者だ」
「な……ァ、ッ……!?」

 ロミオの身体が、王さまに辿り着くことなく宙に浮き上がった。

 地面から何の前兆もなく突き出した青銅の建造物が、鈍器となって彼を打ち据えたのだ。
 まるで地雷。いや、その表現は不適当だろう。
 何故なら此処は王の国家(テリトリー)。踏もうが踏むまいが、罠に掛かろうが掛かるまいが、王が望んだならその時点で裁定は確定する。

「武を競ってやる価値もない。槍で貫いたのでは、愚物の死に"美"を添えてしまうだろう?」
「ご、がッ、ァ――ぐ、ぉぉおぉぉぉおおッ……!?」
「よって儂はこう決めた。おまえは誰より醜く、無様に砕け死ぬがいい」

 四方八方の大地が隆起して、ロミオを目掛け鉄槌ならぬ青銅槌の波状攻撃を仕掛けた。
 逃げ場のない空中でこの全弾に対処するなど不可能。
 一発ごとに血が飛沫き、骨が砕け、肉のひしゃげる音が響く。

「舐め――僕は――僕、はァ゛ァ゛ァ゛ァ゛――!」
「醜穢な竜の片棒を担ぎ、女子供に剣を向け、あまつさえ得意げに語る恋の本質さえ履き違えている。
 情状酌量の余地はない。ロミオと言ったか、貴様はただの狂人だ。それ以外の何者でもない、故に」

 それでもロミオは足掻いていたが、誰がどう見ても結果の見えた戦いだった。
 王さまが槍を下ろし、悠然と踵を返す。
 貴公子の断末魔を背に、彼はもう戦いすら止めていて。

「無価値な男らしく、最後まで無価値に消え失せろ」

 その言葉を最後に、ロミオ・モンテギューへの処刑は完了した。
 打ち据える青銅が寄せ集まって固まって、一発の破城鎚を作り出し。
 英霊でさえ持ち堪えられないだろう超重量で以って、一撃の下に叩き潰す。
 それで最期。それで終わり。恋に狂える主人公は、王の裁定の前に罪人として消え去った。

「……これが、カドモス王。泉の竜を殺し、英雄の国(テーバイ)を建国した大国父、ですか」

 赤蠍のランサーが呆然と零す言葉を聞き、そこで私も今しがたの戦いに見入っていたことに気付かされる。
 ロミオの美が色情の美だとするならば、王さまが魅せたのは支配者の美。
 あの蛇のような穢れた欲望ではなく、高貴なる者の責務としてその道を選んだ男の雄々しさ。

「チ。おい、蠍の。貴様まで愚鈍を晒すつもりか?」
「は……?」
「見下げた餓鬼だ。老い耄れの背中に見惚れる暇があるなら、もっと耳を欹てておけ」

 王さまは称賛されて鼻下を伸ばすような月並みな御方ではない。
 それは分かっていたけれど、にしてもその言葉は、何やら意味深な含みを帯びていて。


「羽音だ。害虫共が来るぞ、総員構えろ」


 彼がそう告げ、視線を尖らせた刹那。
 私達は、この上なく悍ましい光景を目にした。

 ――ぶぶぶぶぶぶぶぶ。
 ――ぶぶぶぶぶぶぶぶ。
 ――ぶぶぶぶぶぶぶぶ。

 音がする。羽音だ。でも、これは飛蝗のそれじゃない。

 ――ぶぶぶぶぶぶぶぶ。
 ――ぶぶぶぶぶぶぶぶ。
 ――ぶぶぶぶぶぶぶぶ。

 もっと穢らわしくて、救い難く気味の悪い、腐乱した悪意に満ちた旋律だ。

 音がどこから来ているのかは、今更確かめるまでもなかった。
 空が、腐敗色の曇天が、東の方から異なる色彩に染まっていく。
 黒。夜の闇を凝集し、深海の昏さと混ぜ合わせて穢したような漆黒が。
 光の存在を許さない闇色の空が、軍勢となってやって来る。

「うわ、めんどくさ。どうなってるんです? コレ」

 ――蝿だ。
 蝿の群れだ。空を埋め尽くす巨体と、数を両立させた、黒蝿の積乱雲だ。
 なのに正体が分かってさえ、その威容に音に聞く〈蝗害〉の猛威を重ねてしまったのは何故だろう。
 規模も、恐らく質も、これは飛蝗の厄災にまるで及べていないだろうに。
 その理由は、黒雲の先陣を切って私達の前に舞い降りた"天使(あくま)"に起因している。

「は~あ。ただでさえノらない仕事なのに、これ以上面倒を増やさないでほしいんですけどねー……」
「……貴様、あの時の羽虫か?」
「え? あぁ、そうですよ。さっきぶりですね王さま、そして皆さんも。人のマスターを囮に逃げ延びて、つかの間の休息を謳歌できましたか?」

 琴峯ナシロと名乗った少女のサーヴァントだ。
 私も覚えている。双翅の生えた小柄な少女で、乱戦時には月光の御遣い(ワルキューレ)達の迎撃にあたっていた筈。
 けれど記憶の中にある彼女と今目の前にいるモノの姿がどうやっても合致しない。

「なんて冗談冗談、冗談ですって。
 仲良しこよしでやってたわたし達がおかしいんです、貴方達はなぁんにも悪くありません。
 大体、ナシロさんもコージさんもお人好しが過ぎるんですよねぇ。何せ人形が壊れただけで落ち込んじゃうような甘ちゃんどもですから」

 躁病のようにけらけらと笑って語り、無数の蝿を控えさせて立つ〈女王〉。
 長く伸びた純黒の髪は些細な変化で、何より目に付くのは白皮病めいた肌の色と、ルビーレッドに煌めく双眼。
 だがそれすら視覚的な要素のひとつに過ぎず、真に私達の心胆を寒からしめていたのは彼女が放つ威容だった。

「は……っ、ぁ、う……」

 またも誰が漏らした声だか判別が付かない。
 ただ、肺の底から絞り出した音であったことは確か。

「――――ランサー。頼む」

 アグニさんが、引き攣った声で呟く。
 彼でさえ、幾許の余裕もないのだろう。
 私などは背筋を濡らし、手の震えを押し殺すだけで精一杯だった。

「アレから目を逸らすな。アレは……もう、オレ達が知っている英霊じゃない」
「む、失礼な言い草ですね。わたしはわたし、ありのままのベルゼブブちゃんですけど?
 あ、ほんとの名前って言っちゃダメなんでしたっけ。ま、何でもいいですよね。もう」

 アグニさんの言う通りだ。
 これは違う。私達も、きっと彼女を従えていた者達でさえ知らないナニカ。
 ――悪魔だ。この世の深淵から這い出て人心を誑かし、肉叢を貪る穢れた蝿共の女王。
 こんなにも穢れ切った悪意に満ちているのに、なのにどうして、こんなにも美しく視えるのか。

「どうせ、喰べちゃえば一緒ですし。皆さん精々、わたしの眷属ちゃん達の美味しい生き餌になってください」

 ロミオが去っても、まだ安穏の時間は遠いのだと文字通り心底思い知らされた。
 暴れ狂う悲恋劇を第一陣とするならば、これから始まるのはまさに第二陣。

 女王の声に呼応して、無数の蝿達が翅を震わせた。
 悦ばしそうに、喜ばしそうに、歓ばしそうに。
 鮮度良好の生肉達を見出して。狂おしく共鳴し、アレが餌だぞと伝え合っている。

「……どいつもこいつも、今日は醜いモノとよく逢うな」

 迎え撃つは王さまと、私達。
 蝿害前線を駆逐する青銅領域(テーバイ)。


「おまえは色狂いとは別な意味で見るに堪えん。絶滅させてくれる」
「あは。やってみてくださいよ、うふ、うふふ、うふふふふふふっ!」



◇◇



「さて、試運転だな」

 眼下には青銅の大地。
 頭上には蝿の軍勢。
 末法めいた光景をビルの屋上から見下ろすのは、傭兵ノクト・サムスタンプ。

(連れてきた眷属は二百体。
 全投入とは行かないが、性能チェックには十分だろう)

 やはり琴峯ナシロのサーヴァントは怪物だった。
 環境(プラント)さえ揃えてやれば、常識では考えられない速度で戦闘要員を量産できる。
 多少数を減らしたとしても、未だ自分達は蛇の腹の中。此処は逃げ場のない、助けなど来る筈もない農園だ。
 殺人鬼の私庭でどれだけ悪逆を働いたところで咎める者はいない。作り物の命達を餌と苗床にして、ヤドリバエは無限に増え続ける。

 ――それに。
 確かめておきたいのは眷属共の戦いぶりだけでなく、それを統率する女王の現状についてもだ。

 宿り蝿の王・ベルゼブブはこのわずかな時間で明らかに変容を遂げている。
 単に強くなってくれただけならありがたいが、彼女のそれはノクトをして計り知れない異様さを秘めていた。
 果たして御し切れる存在か、そうでないのなら今後どのようにして手綱を引くべきか。
 見極める上でもやはり、この戦いは重要な試金石になる。

「交戦を許可する。存分に暴れな、女王様」
「うるせーですよ。こちとら言われなくてもそのつもりです」

 微笑ましい、舌足らずな悪態。
 だが次の瞬間に起きた事象は、愛らしさとは全く無縁のものだった。

「いきなさい。全軍突撃、アレらは苗床には不適です。ばりむしゃあと平らげちゃいましょう」

 王の号令を待っていた眷属が、空を埋め尽くす巨大な蝿の化物が、雨のように地へ降っていく。
 新鮮な肉を喰らい育ったヤドリバエの悪魔達は全個体が母であり、産卵管の中に次なる命を蓄えている。
 しかし演者、英霊、視界に群れるどの生命体も揺り籠として使うには不適当。
 故に女王の号令は、シンプルな捕食による鏖殺以外なかった。

 ぶぶぶぶぶぶ。
 ぶぶぶぶぶぶぶ。
 ぶぶぶぶぶぶぶぶ――脳を犯す不潔な羽音と共に、空から捕食者がやってくる。

 ある者は槍を携え、ある者は剣を携え、またある者は血肉を啜る口吻を突き出して。
 独りたりとも逃さじと、下劣な嘲笑に似た音色を響かせながら飛来する。
 先陣に立つカドモスは表情を動かすことなく、竜殺しの宝槍の石突で地面を打った。
 刹那、アスファルトを引き裂いて青銅が噴出。超硬度の流動体という矛盾を実現させながら、王の鞭となって蝿共を次々両断していく。

(下らん人形遊びだな。だが――)

 脅威視するほどの強度ではない。
 反応速度も非凡の域には達しておらず、所詮は使い魔といったところだ。
 総じてカドモスの敵とは言い難かったが、問題はその数。

 霊脈励起により都市の一区画を丸ごと自身の武器に変えたカドモスでさえ、一撃二撃で全滅とはいかない。
 しかも猪口才にも、先遣隊の討死を目撃した後続の蝿達は散り散りに飛び、巧みに青銅の波状攻撃を避けながら迫ってきていた。
 明らかに学習している。リアルタイムで知見を蓄え、臨機応変に行動ルーチンを変化させてくる狡猾な軍勢。
 こうなると分かりやすい暴力をぶつけられるより余程面倒だ。何せ今のカドモスは、孤で戦っているわけではないのだから。

「であれば」

 が、であればやるべきことはより単純になる。
 カドモスが地を蹴り、吶喊した先は蝿の女王の許だった。

「まずはやはり貴様だな。糞山の王よ」
「うふ、正解です。英雄の王さま」

 槍の刀身が音を置き去りに吠え、醜穢な悪魔を穿かんとする。
 蝿の王。糞山の王。そう呼称されるどこかの誰かの模造品。或いは、後継者。
 霊基の質で言えば甚だ微弱、青銅領域に立つカドモスの足元にも及ばないが。

 しかし英雄達の王は、彼女に対し極限値の警戒を払っていた。
 だから油断も加減もなく、一手にてすべてを断ちに掛かる。
 未熟なベルゼブブには躱せる筈もない殺し技だったが、それは彼女が"ヤドリバエ"であった頃の話。

 ひらり、翅を震わせ死の閃撃を掻い潜る。
 鳥のように滑空するのではなく、大気の流れに身を任せ舞うように。
 相対する者の神経を逆撫でする軌道で生を繋いだ女王の両手に、光の球体が顕現した。

「守りたいものを思い浮かべろ、でしたっけ。ええそうします。考えてみれば、悪魔が恥じらうなんておかしな話ですもんね」

 女王の額面上の性能は、決してそう高いものではない。
 唯一の例外はその抜きん出た攻撃力。
 彼女の放つ魔弾は極めて優れた破壊力を持ち、格上の英霊でさえ易々とは受けられない域にあった。
 そんな美点を台無しにしているのがまさに未熟故の壊滅的な命中精度。
 だったのだが、今の彼女は当たり前のように敵へ向けまっすぐに弾を放てていた。

「厚顔無恥こそ悪魔の正道。じゃあわたしも、そういう風にしてみましょう」

 陳腐な表現をするなら、今のベルゼブブは吹っ切れている。
 皮肉にも、この悪魔を概ね無害で愛らしいマスコットたらしめていたのは隣にいる尼僧(シスター)の存在だったのだ。
 弱かろうが、間抜けだろうが、悪魔は悪魔。
 蝿王の名を封ぜられた者はそれだけで俗世にとって病原体そのものであり、放っておけば勝手に悪意を吸収し変態を遂げていく。

 その運命を、琴峯ナシロは一人で押し留めていた。
 それがどれほどの偉業であったか、当の彼女すら認識していないのだろう。
 あのまま何事もなく倫理の徒の許で飼われていれば、宿り蝿のベルゼブブは最後まで愉快なだけの羽虫で終わっていたかもしれない。
 しかしそうはならなかった。残酷な運命はそんな美しい絆など知ったことかと戸口を叩いて、美しく在った日常を連れ去ってしまったから。

「頭が高い。蝿王の眼前ですよ、跪きなさい」
「ほざくな」

 三次元の法則を完全に無視した跳梁飛行を続けながら、触れれば壊(ころ)す白熱の魔力弾が乱舞する。
 一撃一撃が破壊的な威力を宿していることは先に述べた通りだが、青銅の大地に立つ英雄王を斃すにはこれでも聊か役者が足りない。

 槍の一薙ぎで魔弾の雨を切り払い、生じた風圧だけでベルゼブブを自分の方へと引き寄せる。
 まるで己の領地に在るものなら、風の一筋とて王の所有物だと傲るように。
 肉体のスペック自体は依然貧弱なままである彼女にとって、この引き寄せは手痛かった。
 好き勝手な飛行の軌道が崩され、まさに木枯らしに浚われる羽虫の如く宙を舞う。

「度し難い愚物なのは変わらんが、おまえには一握の慈悲を示してやろう。
 そうまで成り果てて、一体どこへ向かうという。何を成すという。道化を演じるしかなかった童が、一体どの面で魔王を僭称している?」
「ッ、ぎゃ……!」

 王の言葉は、対峙した者のあらゆる欺瞞を詳らかにする。
 辛辣だが言葉通り一抹の憐憫を孕んだ形容と共に、ベルゼブブの腹を抉って血飛沫を散らした。

「跪くのは貴様の方だ。王の寛大に涙を流して首を差し出せ。さすればすぐにでも、その見るに堪えん芝居を終わらせてやる」

 守るべき者という枷から解き放たれ、加速度的に在るべきカタチへ向かっていく少女悪魔。
 その強さは代々木公園での一戦や、直後の騎兵隊相手の撤退戦の時とは比べ物にならないだろう。
 だが、それすら当たり前に超えてゆくのがテーバイの英雄王。
 彼の生涯は血と青銅で出来ている。ならば、力だけしか誇るモノのない伽藍洞で一体どうして太刀打ち出来ようか。

 止まらない槍舞は、誇張でなく悪魔の総体を削る削岩機に等しかった。
 逃さないし息吐く暇すら与えない、戦陣の究極めいた死の舞踏が此処にある。
 故、幼年期に別れを告げた蝿の少女が辿る結末は一つしかあり得なかったが――

「――好き勝手言ってんじゃねーですよ、意気地なしの威張りん坊が」

 血霧の中、飛沫と肉片の隙間から、紅い瞳が爛と覗いて。
 次の瞬間、彼女の傷口を抉じ開けながら無数の小蝿が噴出した。

「ほざくな、はこっちの科白です。小難しく語彙を捻らなきゃ話もできない老いぼれが、何を知った顔で説教垂れてくれてんですか?」

 悪魔としての昇華/堕落の過程で獲得した、恐らくは蝿の王に由来する異能。
 自己の霊基を文字通り切り崩して眷属を生成する、自然界ではあり得ない大量出産。
 異常増殖した蝿に呑まれるカドモスだが、流体化させた青銅を膜のように展開し、闘牛布(ムレータ)のように振るうことで一掃した。

「道化? 童(ガキ)? 分かってんですよ、そんなことは」

 その一瞬の隙を逃さず、五指の隙間に多重生成した光弾を釣瓶撃ちするベルゼブブ。
 ナシロが健在の頃はついぞ不可能だった曲芸を当たり前のようにやってのけながら、悪魔らしい邪悪な笑顔のまま、子どもじみた激情を爆発させる。

「そんなの全部承知の上で、こうして踊ってるんじゃないですか」

 呑み込んだ恥は今も強酸となって腑の内側を灼き続けている。
 それでも彼女は自らを改めず、あえて宿敵達の手のひらの上でダンスを踊る。
 誇りはないのか。怒りはないのか。醜いと思う感性はないのか。
 問われたならば答えてやろう。あるに決まってるだろうが、と。

「わたしは悪魔です。ひよっこだろうがへっぽこだろうが悪魔なんですよ。
 偉大なる蝿の王の名を冠することを許された全知無能の一。
 そんなわたしが――奪われっぱなしで満足するわきゃないでしょうが!」

 あの人間共は、悪魔から奪ったのだ。
 蝿の王の持ち物に手を付け、持っていった。
 それがどれほど許し難い冒涜か、人間の延長線風情には分かるまい。
 自分が戦い、そして超えていく筈だった宿敵は今や籠の中の鳥、囚われの聖処女。

 度し難い。
 必ず殺してやる。
 否、死すら生易しい破滅を与えると誓う。
 たとえその道が、一時とはいえ心を許した日常を裏切るものだったとしても。

「わたしのために死になさい、亡国の王さま。あなたの"大切"を全部喰らって、蝿の王(わたし)は大いに嗤います」
「そうか」

 王の五体を欠片も残さじと降り注いでいた砲弾嵐雨の底から、しかし変わらず声が響く。

「賊に詫びる言葉など持たん。だが、見誤ったことは認めよう。それほどの覚悟か、蝿の王」

 あれだけの集中砲火の中を歩き出てきて、多少衣類が焦げ付いただけで済んでいるのは何の冗談かと笑いたくなった。
 今確信する。此処は紛れもなく死地で、自分の目の前にいるのは悪魔の心胆をも寒からしめる覇王なのだと。

「では、もはや慈悲とは言わぬ。処刑と呼ぶのも無粋だろう。おまえは、我の敵として討滅してくれる」
「はは……」

 かけて貰った言葉を、少しでも嬉しいと感じてしまったのはひとえに自分の未熟の証左。
 が、悪魔としての頭脳は冷静に目の前の災害に対する分析を済ませていた。
 やはりこの王は慈悲の男だ。本当なら玉座に坐しての治世など全く向いていない、深い情を湛えた義の男なのだ。

「上等ですよ。そっちがその気なら、わたしも思う存分悪魔をやれる」

 瞬時に脳裏に形成される、カドモスという英霊の壊し方。
 実行を待つだけの良心は、この姿を選んだ瞬間から捨てている。
 宿り蝿のベルゼブブは背方に翔んで距離を取りながら、腹の傷口を押さえた。
 生命活動に支障なし。英霊から悪魔へと近付いた霊基は通常の規格を超え、既にスキルに依らない自己再生機能さえ獲得している。
 蠢きながら癒えていく傷口を指で抉じ開け、赤く滴る血糊を垂らして、その水面を鏡面として悪魔召喚の儀式を確立。

 自分という星を取り巻くように、数多という表現でなければ語れない数の蝿を呼び出した。
 その蝿は敵軍へと、甲高い羽音を響かせながら向かっていく。
 そう、敵軍全体へ。カドモスだけでなく、彼が守りたがっている"その他大勢"に対しても。

「恨みっこなしですよ」
「改めて言おう。ほざけ」

 青銅が胎動し、魔性の光が燐と輝く。
 悪魔達の戦線は、役者(はえ)の数を増やしながら膨れ上がっていった。
 息を吹き込んだ分だけ体積を増していく風船のように、どこまでも、どこまでも。
 壇上に登った両者の、そのどちらかの破滅を寿ぎながら。


◇◇


 蝿、蝿、蝿。
 空から来るもの。
 風に乗って来たりて、遍く生ける者の生き血肉を貪るもの。
 人間大以上に異常成長した蝿の使い魔達は、女王の下知に従いて私達の許へと迫り来ていた。

「なんて、数……っ」

 先陣に立って相手取るのはアグニさんのランサー。
 赤槍の冴えは過たず、間合いに入った者から順に穿ち貫いて屠り去る。
 ただ問題は数だ。一体一体が使い魔としても上澄みの力を持つ、人食いの化物が百では到底下らない数押し寄せてくる。

 これを蠍の君は、顔に浮かべた焦燥とは裏腹に、作業的にさえ見える淀みない手付きで処理していく。
 刺突、薙ぎ、振り下ろしに石突での頭部破壊。
 全撃が致死なのは言わずもがなであり、事実その通りの戦果をあげていた。
 でもそれでさえまだ足りない。くどいようだが、絶望的に数が多すぎて。
 腕(あし)の六本、槍の一振りでは捌き切れない数の暴力が、嘲笑うようにアルマナ達の方へと迫りくる――

「アグニさん、下がってください」

 けれど、その程度ならアルマナとて問題ない。
 数しか能のない痴愚の群れ、露に等しい小虫を払うくらいの技は心得ている。

 魔術を用い、光の驟雨を吹かせて赤蠍の取り漏らしを迅速に撃滅する。
 一撃で一体とはいかなくても、そこはこちらも数を用立てれば補える話。
 幸い、新宿での無茶で欠乏した魔力は此処までの道中である程度取り戻せていた。
 アグニさんの前へ立ち、撃つ、撃つ、撃つ――都度に蝿の眷属が爆散し、悍ましい腐臭を撒き散らしていくが。

「――いや……そこまで世話になるつもりはない。一応は王を名乗った身だ、オレも仕事はさせて貰う」

 私の指示を無視して、アグニさんが隣に立った。
 思わず驚いて視線を向けるも、そこで見たのはもっと信じ難い光景。

「へ」

 物怖じなど微塵もしない、あの新宿で見た通りの顔で。
 アグニさんは拳を振るい、向かってくる蝿の一匹を殴り付けた。
 刹那、彼の二倍にも達しよう巨体が傾ぎ、体液を散らしながらもんどり打って転がる。

「これなら……多少は、役に立てるか……?」
「あ……えと、はい。その、思った以上でした。侮ってしまいすみません」
「いや……いいんだ。とはいえ一撃必殺とは行かないから、トドメはキミに任せることになってしまうが……」

 蝿の眷属達は、どうやら物理的な実体を持って存在しているらしい。
 だからこそ神秘を持たないアグニさんの徒手空拳でも倒せる。
 道理は通っているが、だとしても非現実的な話だった。
 人間の拳が悪魔の眷属を打ち砕く。まるでカンフー映画の世界だ。

「して、だ。オレの拳が通るということは……こいつらは、生身ということでいいのか?」
「ええ。サーヴァントは霊体存在である故に神秘の介在しない攻撃を遮断しますが、この蝿達はそうではないようです。
 恐らくはヒトの血肉を喰らい生み出された、現世由来の怪異存在。特に小難しい理屈のない、見てくれ通りのモンスターと見ていいでしょう」
「判った。ならオレも、足手まといにはならなそうだな」

 私の説明を受けながらも、アグニさんは構えを取り、次の瞬間音を置き去りにする。
 〈抜刀〉。見るのは初めてではないが、何度見てもこれが只の体術だなんて信じられない。
 触れれば断ち切る鋭剣と化した俊脚が、断頭鎌となって大型の蝿眷属を文字通り爆散させた。
 頭部半分を失って蠢き、ギィギィと奇怪な喘鳴を漏らす死に損ないにアルマナが光弾を撃ち込み止めを刺す。
 アグニさんを足手まといだったことなんて一瞬もないけれど、実際、彼を戦力に数えられるのはとてもありがたい。

「指揮を頼む。オレがあれこれ指図するより、キミが使った方がうちのランサーも光るだろう……」
「はい。貴女もそれでいいですか」
「主の意向ならば是非もありません。今この瞬間、当機構はそちらの指揮下で戦いましょう。アルマナ・ラフィー」

 こちらの頭数はわずかにして三人。
 対城宝具のような分かりやすい大火力がない以上、正面切っての殲滅戦は自殺行為だ。
 ……いや、正確にはひとつだけあるのだが。切り札とは然るべき時に切るからこそ強いのであって、闇雲に捨ててしまっては単なる一発芸に過ぎない。

「では前衛をお願いします、ランサー。なるべく多くの敵を足止めし、王さまの時間を稼いでください」

 だから策を練る。頭を動かして、王に代わって指揮を飛ばす。
 王さまが蝿の女王を引き受けてくれている以上、今はアルマナが司令塔(インゲームリーダー)。
 であればまず確認すべきは戦局の勝利条件。
 この場合それは言わずもがな、王さまがアサシンを討ち取ることだ。

 最前線の決戦さえ片付けば、その瞬間にアルマナ達の命運は保証される。
 つまりアルマナ達の行動が直接的に勝敗へ寄与することはなく、優先すべきは華々しい働きよりも一瞬先の生存だ。
 求められるのは防衛線。保身特化の陣形を確立し、王さまに無駄な憂いを与えないことこそ肝要と判断した。

「アルマナは後衛で、ランサーが漏らした敵を叩き続けます。
 アグニさんは補佐を頼みます。兎にも角にも逸ることなく、作業的に引き伸ばしてください」
「――了解」

 二人の声が重なって、すぐさま私の意思が反映される。
 赤蠍のランサーは前へ。アルマナ達は後へ。
 槍撃が蝿を打ち落とし、彼女の間合いで仕留め切れなかった分は私の魔術で一体ずつ潰していく。

 戦線は、直ちに血と燐光の色へ染まった。

「前線、左上方! 大個体七体、物量による圧殺攻撃と見られます!」
「捕捉完了。征蹂郎を頼みます、アルマナ……!」

 私の報告より早く、赤蠍のランサーは身を翻していた。
 低く沈めた穂先が地を擦り、弧月を描いて跳ね上がる。
 飛び掛かった蝿の胸郭が縦に裂け、黒い臓腑を撒き散らしながら宙を舞った。
 続く二体へ、振り上げた勢いを殺さず槍を旋回。
 首を刎ねるなり今度は突き出して、蠍の一刺しが奥に控えていた個体の複眼を陥没させる。
 其処からの旋回は宛らフィギュアスケートのループターン。残る三体の翅を根元から断って地に落とす。

 思わず口を開けて感心してしまいそうな圧巻の殺陣だが、それでもやはり圧倒的物量のすべてを捌くとは行かない。
 事実目眩ましの意図もあるのだろう。
 ランサーの奮闘を嘲笑うようにその頭上を飛び越えて、少なくない数の蝿が迫ってくる。

 しかし予想通り。
 なけなしの知性を振り絞っていることは認めるが、虫の浅知恵に怯むようでは王の臣下など務まらない。

「――収斂、穿て!」

 掌前に集めた三条の光を、害虫駆除の熱線に変えて放つ。
 外殻を割り、肉を焼き、内側から全身を爆散させる攻撃魔術。
 決して焦らず恐れず、二人へ命じた通りごく作業的に、淡々と頭数を減らすことに腐心する。

「……凄いな。キミといると、こんな業(もの)を磨いてきた自分が愚かに思える」
「ご謙遜を。魔術も使えない身でそんなコトが出来ている時点で、アグニさんも十分すぎるほど異常ですよ」

 これだけの悍ましい光景を前に無感を貫くなど、決して容易なことではないだろう。
 でもアグニさんはアルマナが激励するまでもなく、要求したパフォーマンスを当たり前みたいにこなしていた。
 腰の捻転を乗せた拳は宛ら蝿叩き。水風船でも叩き割るように、彼の鉄拳が鏖殺の防衛線を布いている。
 六本の脚を痙攣させ、なおも口吻を伸ばす怪物の眉間へ、私が光弾を撃ち込んで処理していく。

 腐肉の爆ぜる音。
 濁った体液が、飛沫となって降り注ぐ。
 今日は雪だの雨だの、やたらと体の濡れる日だった。

「ですが、どうかご無理はなさらずに。もし限界が訪れたら、いつでもアルマナの後ろに退いてください」
「気遣い痛み入るが……流石に、それが出来るほど恥知らずではないさ」

 間断なく押し寄せる双翅目の黒波。
 ランサーは退かない。赤槍を霞ませ、一秒ごとに二桁に届くほどの骸を築いている。
 まさに無双だ。王さまの裏に隠れてはいるが、彼女がこの戦いの功労者であることは論を俟たないだろう。

「それは――アルマナが子どもだから、でしょうか」
「違う。キミは……オレに、生きる意味を思い出させてくれた」

 見れば、蝿達は死骸を盾に前進していた。
 仲間の骸を掴み、肉壁として押し出してくる。
 やはり知性がある。それに、戦いの中で学習している様子だ。
 敵を分析して理解し、されたくないことを考えて適応する悪意性の知性。
 死肉の盾を携えた十余の怪物が、一斉に四方から襲い掛かるが。

「だからオレも……キミに生きていてほしいと思う。死ぬつもりこそないが、出来ることはするさ」
「そうですか」

 私は両手を打ち合わせ、圧縮した魔力を解き放った。
 光が環となり、地表を舐めながら蝿達を焼き払っていく。
 けれど私は、自分の成果を誇る気になどなれない。

「そう、ですか……」

 遠い昔に忘れた筈の情動が、頭の中のむず痒い部分を擽り回している。
 感情を捨てて進むと決めた身として恥を晒すようだけど、私はこの時確かに気恥ずかしく感じていた。

 あれは物の弾みで出た科白で。
 そう真剣に受け止められても困る。
 そんな言い訳を、隙あらば口にしてしまいそう。
 その度に今は無駄口を叩いてる場合じゃないと自分を叱咤し、照れ隠しみたいに敵を撃ち続ける姿が無様以外の何なのか。

「アグニさんは、やっぱりヘンな人ですね」
「は……そう、かもな。
 だが……今はなんだか、悪くない気分だ」
「アルマナには、アグニさんのことがよくわかりません」

 空は未だ黒い。
 斃しても、斃しても、蝿の帳は薄くならない。
 肺は熱を持ち、魔力を巡らせる回路もまた然りだった。

「――でも、共に生き残ろうというのは同意です。私はやっぱり、あなたに死なれると困るみたいですから」

 鉛のように沈殿した疲労も、この人と共に戦うのなら忘れられる。
 この感情に付けるべき名前を、私はまだ知らない。


◇◇


 悪魔と王の決戦は、一方的な様相を保ちながら、しかし前者の手管によって引き伸ばされ未だ続いていた。
 舞うは蝿の女王。眷属同様、数に飽かした連弾砲撃で地に立つ青銅王を蜂の巣に変えんとする。
 が、その一発たりとも通らない。二本の腕で振るう槍のみを寄る辺に、流星雨の如き猛攻を瑕疵なく撃滅していく。

「っは――どんな化け物ですか、ヤんなっちゃいますねぇ!」

 以前の彼女ならば、ぴーぴーと泣き言を漏らして逃げ惑っていたことだろう。
 だが今は逃げこそすれど、幼貌に笑みを絶やさず跳梁している。
 何故なら悪魔とは嗤うもの。彼(かのじょ)らの食い物になった人間が涙を流して嘆くなら、陥れた側は呵々と嘲っているべきなのだから。

 砲撃の傍らで眷属も少なくない量けしかけていたが、それを含めても戦況は決して芳しくない。
 というより、文字通り歯牙にも掛けられていないのだ。
 後方で戦うアンタレスの獅子奮迅も目を瞠るものがあったが、やはり自身の国土を展開した大英雄の暴威は一線を画する。
 宛ら蠢く悪意の一切を浄滅させる神の写し身のように、宿り蝿のベルゼブブが差し向ける手のすべてを意に介していなかった。

「これでも喰らってろってんですよ――!」

 小粒の攻撃では責め苦にもならない。
 ならば純度を高め、一発の威力を底上げすればどうか。

 その発想で、ベルゼブブは魔力を掌へこれまで以上の密度で凝集。
 星の一生をタイムラプス撮影したかのように膨張し、球の内に宿る総力を跳ね上げていく。
 自分に絶望的に不足していた実戦経験、それを紛れもない死地の中、迫る破滅を材料に補填する。
 そうして放たれた一撃は、もはや砲撃と呼ぶのも生易しいほどの超威力。
 必ずやいけ好かない老害を木端微塵に至らしめるのだと誓って繰り出す乾坤一擲さえ、ああしかし。

「…………っ。冗談でしょ……!」

 カドモス、一撃の下に撃砕。
 それもその筈、彼は霊脈励起という奥の手を切らない状態でさえ、星神の全力を弾き飛ばせるだけの力を有していた。

「芯がないとは言わぬ。どこぞの星神ほど雑でもない。貴様なりに千慮を尽くし、儂を砕かんとしたのだろうな」

 冷や汗が頬を伝う。
 今更そんな三下(じぶん)らしいことをするなと憤りたかったが、生憎その余裕もない。

「だがこれが現実だ。幼童が必死に背伸びしたところで、王という天蓋に届くことはない」

 カドモスが一歩を踏み出した。
 僅かに一歩。距離にして一尺にも満たない前進が、魂さえ凍るような悪寒を抱かせる。
 危険と看做して大きく翔び退いたのは正解だった。
 次の瞬間には王槍の穂先がベルゼブブの前髪を掠め、切られた数本が虚空を泳いでいたのだから。

 道を踏み外し、ブレていた生き方を一点に定めることによって、蝿王の継嗣は確固たる力を得た。
 されど資本たる肉体自体は依然として惰弱の域を出ず、美点は飛行能力を活かした小回りくらいのもの。
 そしてこの絶対王者の前で、猪口才な逃げ足など何の希望にもならない。
 引き撃ちという砲撃手の原則を維持できていたならいざ知らず、此処まで間合いを詰められてしまっては――

(仕方ない、ですね……!)

 どう足掻いても未来はない。
 一瞬後の絶死を確信し、蝿の女王は苦肉の策に打って出た。

 零距離での砲撃、意図的に引き起こす火力の暴発だ。
 爆風に焼かれながら、か細い身体はカドモスの許から吹き飛んでいく。
 少なくないダメージを負ったが命あっての物種、確実な延命には代えられない。
 幼顔を苦悶に歪めつつも追撃牽制のための射撃は欠かさず、その狙いは奏功したかに思えた。

 だが――

「儂は言ったぞ。貴様は、敵として討滅すると」

 爆音の中でも厳と響くカドモスの声が、ベルゼブブに安堵を許さない。
 確かに死地を逃れられた筈なのに、あの時感じた戦慄は収まるどころか、際限なく膨れ上がっていくようで……

「その覚悟に免じ、憐憫も同情も決してすまい。望み通り、本気で踏み躙ってくれる」

 それが錯覚などではなく、正真正銘本物の"破滅の予感"だったのだと気付いたのは、まさに次の瞬間のことだった。


 王の宣誓に呼応して――――渋谷が溶けた(・・・)


 青銅へ塗り替えられた視界のすべてが、輪郭という輪郭を失って崩れ落ちる。
 高楼も道路も街路樹も、もの皆総てが固体としての像を棄て、灼熱とも異なる青黒い光沢を放ちながら、粘つく濁流となって一斉に流れ始めた。

「は……?」

 世界の滅びとも見紛う光景に、ベルゼブブは退避も忘れて硬直する。
 だが崩壊という喩えは不適だろう。これはあくまでも、王の意に沿うた結果の恭順だ。
 土地が、そこに築かれた遍く営みが、英雄王カドモスに頭を垂れて跪いた。

 その証拠に大地を覆う合金の海は、主の意ひとつに従って鳴動している。
 文明の表層を押し流し作り変えながら、巨大な湖にも似た渦潮を形成した。
 幾重もの青銅波が互いを噛み砕き呑み込み合っていく様は、皮肉にもこの日本国における国産神話に似た光景。
 巨大生物の身じろぎに似た大海嘯(メイルシュトローム)は、王の外敵を決して逃さないテーバイの神罰そのものだ。

「ば……バカじゃないんですか、アナタ……!?」
「何を驚く。儂に応えてほしかったのだろう?」

 手始めに、飛び交う蝿の軍勢が津波に浚われた。
 逃れようと翅を震わせた端から絡め取られ、荒れ狂う大渦の中で文字通り微塵に粉砕されていく。

「慶べよ、蝿の王。これを見せるのは貴様らが初めてだ」

 馬鹿げている。
 ふざけている。
 世界が蛇腔に覆われていたからいいものの。
 都市が月の甘言に骨抜きにされていたからいいものの。
 こんなこと、出来たとしても普通はやらないだろう。
 こんな、世界ごと武器に変えてしまうような真似は――!

「さて。もう一匹、生き残っている蝿がいたな」

 カドモスが視線を向けた先。
 そこに居るのは、蛇腔領域のもう一人のフィクサー。
 取引の題目で不幸を媒介する、ヒトの形をした黒蠅だ。

「――ッ、ふざけやがってこの骨董品がァ……!」

 ひとり高みの見物を決め込み、自らの手を汚さずに新たな食い扶持に与ろうとしていたノクト・サムスタンプ。
 彼が坐していた高層ビルも、カドモスが巻き起こした大災害の影響を免れることは叶わなかった。
 溶け落ち、押し流され、破壊の渦へ誘う触腕/水流と化した足場から全力で離脱する。
 幸いだったのは彼が大気を操る力を所持していたこと。そうでなければノクトは、間違いなく此処で蝿眷属達と同じくすり潰されていただろう。

 だがカドモスは甘くない。
 大気の足場を伝って駆ける彼に殺意を向け、指先ひとつ動かさずに抹殺の槍衾を形成した。
 ノクトが目を見開く。この規模の攻撃はたとえ"夜"の自分だったとしても防げまい。ありふれた手練れ程度の力しか持たない"昼"の己であれば、どうなるかは言うにも及ばぬ。

「アサシンッ! 守れ!!」
「ちっ……! 自分の身くらい自分で守れってんですよ……!!」

 咄嗟に割って入ったベルゼブブが、光弾でどうにか槍々の接近を押し留めながら、紙一重のところでノクトを掻っ攫ったが。
 しかしもう一度繰り返そう、カドモスは甘くない。

「自分だけは蚊帳の外とでも思っていたか? 下衆め、我が臣下を軽んじた貴様に明日など与えるものかよ」

 十重二十重、いやそれでさえまだ生易しい。
 波打つかつて大地だったモノが、空を舞う悪魔と傭兵を四方八方から狙い撃ち続ける。
 命中精度は当然のように極限。青銅領域(テーバイ)の海嘯はその一滴一滴さえ、仇なす者を誅する銃眼だ。

 今のところ高速飛行でどうにか掻い潜れてはいたものの、明らかに限界が見えている。
 先ほどまで辛うじて成していた勝負の体が、今や完全に崩壊していた。
 溶解、流動、形成――視界全域を基に繰り返される殺戮のプロセスは誇張でなく無尽蔵。
 真に限りなき殺意の前では、もはや数を誇ることにさえ意味がない。
 数百の命を犠牲に生み出した数百の眷属が総崩れとなり、しかもそれさえ、女王らを狙う"ついで"で引き起こされた被害に過ぎないのだ。

「覚悟も狂気も今、此処に置いて逝け」

 よって必然のチェックメイト。
 巻き起こる大津波が、生き汚くも空を舞い続ける一人と一匹を包囲する。
 そうして形成されたのは、巨大な青銅の球体だった。
 これは檻であり処刑具。囚えたモノを圧殺し、金属の流動で死体さえ擦り切り、無に還す究極の刑罰。王の瞋恚の具現。

 ベルゼブブはもう逃れられない。 
 すべてが終わる。
 蛇の片棒を担いだ男の奸計も、宿敵の少女を想ういじらしい悪魔の奮闘も、何もかもが意味を失い消え果てる。

 球体が閉じ、結末が確定する――その刹那。


「だらしないじゃないか、我が友よ。君ならこの程度の試練、容易く蹴り飛ばせるだろう?」


 凡そ恐怖も絶望も。
 知らぬ存ぜぬと耳触りのいい言葉のみを謳う、甘い美声が響いて。

「……ああ、そうだったな」

 絶対の詰みに亀裂が走る。
 閉じゆく青銅球に向け、跳び立つ影があった。
 それは、確かに滅び去った筈の空想。
 王の威厳を前に総ての矜持を否定され、下された筈の役者。
 しかしその剣が今、恋の行方を鎖さんとする絶対の運命へ然と揮われて――。


「言うまでもねえよ、バーサーカー。逆転劇を魅せてやるから、死に物狂いで力を貸しやがれ……!」
「――――承ったッ! ふぅっははははははは!! さあ、まだまだ共に踊ろうじゃないか、友よッ!!!」


 既に退場した筈の、恋する狂戦士の一刀が、成立目前のチェックメイトをぶち壊した。

 硝子が砕けるような小気味いい音を立て、微塵に砕ける青銅の処刑球。
 一足跳びで空へと昇り、朋友と彼の小間使いたる悪魔を救った人物の名は言うまでもない。

「ああ、いいものだ……」

 だが言おう。あえて言おう。この男は、きっとそれを望んでいる。

「恋の障壁をぶち破るのは――――何度味わっても、実にいいものだなァァァッ!!」

 狂戦士ロミオ・モンテギュー、敗亡の淵から復活す!
 地に臥す前に比べて更に出力を引き上げ、漲る剛力を全身隈なく横溢させて。
 颯爽と再来した恋の災害を前に、さしものカドモスも言葉を失っていた。

「莫迦な――何故、貴様が」
「何故と問うか、悪しき王よ。
 だが感謝するぞ、貴方のお陰で僕はよりジュリエットに相応しい漢になれた!
 よって礼の意味も込めて、その問いかけに答えよう!
 理由など不要ッ! 僕が僕である限り、この恋慕(ねつ)が途絶えることなど有り得ぬと知れッ!!」

 言うまでもなく、理由になっていない。
 しかし真実、彼の復活に語るに足る理由などなかった。

 カドモスに敗れ、青銅に潰されて地下にまでめり込んだ。
 されど狂戦士故のしぶとさか、彼は生き残っていたのだ。
 正確には霊核は罅割れ、健常とは到底言い難い状態だったが――
 この男にとってその手のしがらみが概ね些事であることは、これまでに見てきた通りである。

 世界が青銅の海と化した時には、まだロミオは眠りの中にあった。
 されど無意識のままに剣を振るい、自分を破壊せんとする水流を押し止め続けていた。
 だとしてもそれは、明らかに終わりの見えた延命措置に過ぎなかったが。
 この男にとって可能性の有無など何の問題にもならないこともまた、これまでに見てきた通りである。

 そうしてつかの間の眠りに落ち、敗北の恥辱を嫌というほど噛み締めた彼は。
 朋友ノクト・サムスタンプの窮地に際して目を覚まし、青銅の海を飛び出した。
 狂戦士再臨。恋物語再始動。悲恋の貴公子は、愛するジュリエットの姿を思い描きながらもう一度覇を吠える。

「――――下らん。潰す蝿が一匹増えただけだ」

 だとしても、やはり状況は何も変わらない。
 君臨するカドモスはただそこにいるだけで総てを潰し、押し流すことが出来る。

 ロミオもベルゼブブも恐るるに足らず。
 そして事実この場の誰一人、建国王の権能を止める術がない。
 よって詰みまでの刻限が僅かに伸びただけ、それ以上の意味など皆無。

 実際、その認識で合っていた。
 ただ。

「あは」

 その僅かな余命の延長を、喉から手が出るほど欲しがっていたモノがいる。


「ごめんなさいね、王さま。これでわたしの勝ちですよ」


 彼女の名前は、蝿の王(ベルゼブブ)。
 宗教政争で貶められた神格の成れの果て?
 否々、否否否否否。彼は実在する。彼女は実在する。いつだってその悪意はおまえ達のすぐ傍にいる。

 神話を涜す冒涜の声。
 崇拝を足引く穢らしい怨念。
 古今東西、悪魔と呼ばれる存在に共通することはひとつ。
 ソレはいつだって、ヒトの弱い部分を見透かして、付け狙うのだ。

「――――ぼん!」

 悪意と呼ぶには無邪気すぎて、けれど稚気と呼ぶには悪ぶりすぎた、そんな声が響いて。


 ぱん。ぱん。ぱぱん、ぱん。
 そんな間の抜けた、粘っこい破裂音が無数に連続した。



◇◇



 その激変を、私達も当然のように視認していた。

「な、んだ……アレは……?」

 唖然と漏らしたのはアグニさんだけれど、私も、きっと彼の蠍も同じ心境だったことに疑いはない。
 そう、私ですら驚いていたのだ。
 同時に理解する。契約者(マスター)だなんてお笑い草。今までアルマナは、王さまの強さの真実片鱗しか知らなかったのだと。

 都市に、海が広がっていた。
 青銅の海だ。冷却されながら流体と化し、地上を嘗め尽くす一掃の大洪水。
 第三宝具『我が撒かれし肇国、青銅の七門(スパルトイ・ブロンズ・テーベ)』の過重解放(オーバーロード)。
 土地を侵食した固有結界を局所的に、且つ意図的に暴走させ引き起こす、王権に依る大海嘯だ。
 その破壊力が対城級、あるいはそれ以上の領域に達することは間違いなく、しかもこれだけの芸当をやっておきながら私はせいぜい中程度の消耗しか感じていない。
 霊脈そのものを果実のように搾ることで燃料を代替しているのだろう。これが王さまの真の勝算だったのだと遅まきながら理解する。

 もしも聖杯戦争が通常通りに進行し、テーバイの領地が順当に拡大していたのなら。
 彼は大袈裟でも何でもなく、抵抗の余地も許さずに数多の敵主従を刑戮することが出来たのだ。

 開陳された災害はしかし、アルマナ達の方には一切と言っていいほど影響を及ぼしていなかった。
 荒れ狂う合金の洪水が、こちらに届くかどうかという瀬戸際のところでぱったりと途切れている。
 敵からすれば最後の望みすら断たれた気分に違いない。
 これだけの破壊力を解放しておきながら、味方を巻き込まないだけの精密性まで兼ね備えているのだから。

「気を抜いてはいけません。まだ敵は死んでいない」

 いつまでも口を開けてはいられない。
 続けて魔術を行使し迎撃に臨みつつ、目前にまで迫った勝利の瞬間を待つ。

「同意します。目算、既に大半の蝿は死滅したようですが……その分難を逃れた残党が押し寄せてきている」

 赤蠍のランサーが指摘する通りだった。
 大海嘯を潜り抜けた蝿達が、逃亡者と化してこちらに雪崩込んでくる。
 これを殲滅し切って、そこでようやく一段落だ。

「■■■、■■■■、■■■■■■■■■――――」

 だからこそ、雑兵処理にさえ全力を投球する。
 紡ぎ上げる詠唱は、対応する文字列の存在しない一子相伝の祝詞。
 普段球体として扱っている魔力を、一振りの剣のカタチに再成形していく。

 これぞ、私に出せる最大火力。
 本来なら命を慈しみ、隣人を愛し、武ではなく美として心の灯火にするべき奥義。
 光輝なる聖剣。右手で握り締めたそれを、群れなす悪魔達に向けて煌と放つ。

「――――■■■■■ッ!」

 剣閃が十字の軌跡を描いて、飛んで火に入る羽虫共を余さず焼き払う聖罰と化した。
 新宿では使わなかった、私という魔術師が持つ正真正銘の虎の子。
 王さまにさえ、英霊相手でも通用すると太鼓判を押していただいた集大成だ。
 光が、哀れに逃げ惑う虫螻を一匹また一匹と、炭になるまで焼き焦がしていき、そこで。


『――――ぼん!』


 そんな、気の抜けたような掛け声を聞いた。

 次の瞬間、私の想像を超える異様な光景が現出する。
 今まさに聖光に焼かれ、灰燼と帰していく蝿共の、そのでっぷりとした腹部がぼこぼこと奇怪に膨張して。
 ――弾け飛んだのだ。まさに、ぼん、と。そして割れた風船の内側から、数えるのも億劫になりそうな数の小蝿が噴出する。

「な……」

 言葉を失うという経験を、この短時間で二度もすることになるとは思わなかった。

 指先ほどの大きさもない寄生蝿が、文字通りの嵐となって前方を完全に埋め尽くす。
 大魔術の余波で何割かは焼け死んだろうが、数が数だ。
 半分残っているだけでも十分に数は膨大極まり、しかもなまじサイズが小さいために潰し辛さが先と比較にならない。

「下がってくださいッ!」

 ランサーの声が響き、紅いシルエットが私達と蝿嵐の間に割って入った。
 けれどその奮戦では間に合わないのはどう考えても明らか。
 数の暴力というありふれた表現がこれほど似つかわしい状況など、一体他にどれだけあろう。

「アグニさん――!」
「アルマナ……!」

 よって当たり前に、防衛線は崩壊する。
 撃滅を免れた蝿の群れがアルマナ達を呑み込まんと迫ってきて、誰の目にも猶予はなかった。

 そんな中で私は、気が付けば手を伸ばしていた。
 何のために? 決まっている。アグニさんを助けるためにだ。
 彼の戦力はこの先も必要不可欠。こんなところで失うわけにはいかない。
 これだけ進退窮まってさえ、欠かすことのない理論武装。
 アルマナの手と、アグニさんの手。
 ふたつが触れ合うのを待たず、やってくる雑食性の大嵐。

 ――だめだ。間に合わない。

 蝿の侵攻は速すぎた。
 この数に取り巻かれれば、人間が致命傷を負うのなんて一瞬だろう。

 アグニさんを助けることは出来ない。
 であれば潔く諦めて、自衛のために魔力を廻すべきだ。
 過ぎった考えを肯定するように、遠くでうねる青銅の洪水が飛沫をあげ、一筋の鉄砲水を運んできた。
 アルマナを守るための盾だとすぐに分かる。流石は王さま。何が起きても、自分の要石が壊れないように気を張って下さってたのだろう。

(そうだ、これでいい。そもそも、今までがおかしかったんだから)

 失くしたものを取り戻したい。
 守れなかった人達を、悲劇の底から救い出したい。
 あの欠伸が出そうなほど平和な日常を、どうかもう一度。

 そんな御伽噺(フェアリーテイル)に縋って、アルマナ・ラフィーは古びた懐中時計を掴んだ。
 なのにこの人と出会ってからというもの、何もかもがちぐはぐになってしまった。
 いずれ殺して踏み越える敵に情を抱いて、助けて、あまつさえ依存するようなことを言って……なんて見苦しいのだろう。

 アルマナはどうかしていた。
 これもいい機会ではないか。
 私を狂わす重荷を下ろして、元のアルマナに戻ろう。

 感情を殺し。
 心を忘れて。
 御伽の国を夢見る私へ還ろう。

 蝿が迫ってくる。
 終わりが、近付いてくる。
 青銅の波は、私を囲うように防壁を形成していく。
 アグニさんの姿が、波打つ合金の向こうに霞んでいく。

(どんなに重ねても、縋っても、所詮、この人は)

 どうでもいい、赤の他人だ。
 私の兄は、シリカ兄さまはもういないのだから。

 伸ばした手を引っ込めようと、力を入れて。
 でもそこで、彼の表情が緩やかに変わっていくのを見た。
 切羽詰まった焦燥の形相から、春の木漏れ日の中で零すような柔らかな微笑に。
 その顔は彼と初めて目が合った時のとはまるで違う、アルマナにとって知っている(知らない)もので。

「――――」

 よかった、と、安堵するみたいな顔に理性が消し飛ぶ。
 なんだそれは。莫迦じゃないのか。
 私は貴女にとって、誰でもないのに。
 仲間なんかじゃなくて、ただの呉越同舟に過ぎないのに。

「――――ばか」

 気付けば私は、すべてのメッキを脱ぎ捨てて、彼と同じ顔をしてしまっていた。

「そういうとこまで似て、どうするんですか……もう」



◇◇



 ぱん。ぱん。ぱぱん、ぱん。
 命だったものが壊れるには、あまりに間の抜けた音だった。

 アルマナを庇ったまま、身体に幾つもの穴を空けた兄さま。
 ごぽごぽと喀血しながら、でも何故かその顔は笑っていて。
 私は声もあげられず、その光景を見つめるしかない。

 火薬庫の破裂。外の世界からやって来た虐殺者の行進。
 降伏か死かの二択を選ぶことすら、私達には許されなかった。
 父が死んだ。母が死んだ。誰も彼もが血風と消えた。
 後の歴史書のほんの片隅で注釈されるようなありふれた大量殺戮。
 でも私達は、誰も抵抗などしなかった。だって、傷付けるために力を使うのはご法度と教えられてきたから。

 銃弾などより余程凶悪な攻撃手段を持っているのに、為す術もなく踏み躙られていく。
 天敵のいない環境で繁栄していた生き物が、持ち込まれた外来動物にあっさり絶滅させられるように。
 私達は消し去られた。いとも容易く、この集落にあった日常はなかったことになった。

 ――逃げて、アルマナ。
 母は言った。

 ――逃げろ。生き延びるんだ。
 父は言った。

『――ごめんな、アルマナ。兄ちゃん、こんなことしかしてやれなくてよ』

 兄は血飛沫で赤く染まった妹(わたし)にそれだけ言って、糸の切れた人形みたいに倒れ伏し、動かなくなった。

 今でも夢に見る、終わりと始まりの景色。
 追憶する度に、後悔の虫が海馬の中でのたくるのを感じる。
 怒りとも哀しみとも違う、できることがあったからこその後悔だ。

 私には、戦う手段があった。
 不戦の教えなんてかなぐり捨てて、鍛えてきた力を振るってやればよかったのだ。
 口喧嘩の末、感情任せにぶち撒けることができた力を、私は肝心な時に使えなかった。
 もう取り返しが付かなくなってから踏ん切りを付けて、追っ手の虐殺者達を捻り潰しただけ。

 そも、力の使い方を厳格に律した最初の誰かだって、盲目的に博愛を説きたかったわけじゃないだろう。
 大切なものを守るために使うくらい、きっと許してくれたのではなかろうか。
 なのにアルマナにはその勇気も、そんな理論武装を拵える精神的余裕もなくて。
 だから大好きな人をみんなみんな、半日もしない内に失ってしまった。

 そうだ。思えばきっと、私が本当に目を背けたかったのは哀しみじゃなくて。
 大切なものを何一つ守れなかったあの日の自分への、激しい後悔。
 それを見ないふりするために麻酔を施し、情動を忘れ、機械のような生き方へと逃避したのではないか。

 私は本当は、誰かを守れるアルマナになりたかった。
 だけど、守りたい人はみんな死んでしまったから。
 行き場をなくした願いは癒えない傷になって、歪んだ詭弁(フェアリーテイル)を生み出した。

 なんて情けない話。
 なんて、救えない話。

 ああ、でも。


 でも――守りたい人なら、今だって目の前にいるじゃないか。
 そう思えたのだから、やっぱり、答えなんてひとつしかなかったのだ。


『――戦え』

 戦え。
 何のために?
 答えならまさに今出た。

 失くしたくないと思えるアナタのために――――アルマナは戦おう。



◇◇



 その光景を、悪国征蹂郎はきっと死ぬまで忘れないだろう。
 青銅の檻に包まれようとしていたアルマナが、自ら檻の外へと飛び出した。
 カドモスの青銅は殺傷力の有無を随意自在に変えられる。
 庇護の対象であるアルマナ・ラフィーにとっては水の膜と変わらず、だからこんな無茶も可能となった。

 少女は征蹂郎の前に立ち、一度だけ振り向いた。
 そこで見たのは、安心したように微笑む仲間の顔。
 無数の蝿が迫りくる中、彼女はこれから起こることを察しながら、しかし微塵も恐れていない。

 待て。駄目だ。やめろ、キミは――
 脳裏に制止の言葉が生成されるも、声にするだけの時間はなかった。
 世界が光に包まれて、征蹂郎の意識を一瞬かき消していく。

 それは、命の天敵たる蝿達がその悍ましさに反する眩ゆさで放った光か。
 もしくは、背を向けたアルマナの突き出した両手から迸る輝きだったか。
 一体どちらのせいであったか、結局最後まで判別は付かない。
 付かないまま、瞳に写す光景のすべてが白光に包まれた。

 網膜を灼く光と、鼓膜を劈く破滅の轟音。
 意識が漂白され、忘我の境から復帰した時にはもう、何もかもが終わっていた。

「……ある、まな」

 あんなにも群れていた蝿が消えている。
 羽虫のいない地平は、徹夜明けに見る朝の渚みたいに晴れ晴れとしていた。
 見違えるほど澄んだ視界の中に残っているものがひとつだけ。
 それは乱暴にもぎ取られたように両手が欠け、力なく跪いた、見知った少女の姿。

「アルマナ……!」

 滂沱の血を流しながら、しかし彼女はいつも宜しく『大丈夫です』と言ってはくれなかった。
 駆け寄り抱き寄せると、その華奢な身体ががくんと胸の中へ倒れ込んでくる。
 失血のせいか褐色の肌が青ざめ、唇は紫色に変色している。
 近くで見ると腕だけでなく胴体の半分が、大型車のタイヤで轢き潰されたようにひしゃげており、否が応にも彼女に起こったことの仔細を悟らせた。

「しっかりしろ……! おい……! アルマナッ……!!」
「ぁ……、……ぐに、さん……」

 蠅の女王ベルゼブブの操る眷属は、一匹一匹が意思を持ったドローン兵器のようなもの。
 宝具を炸裂させ不可逆的に破壊する"壊れた幻想"などよりも余程手軽に自爆させられるし、数を用立てればその分だけ破壊力も比較的に上昇する。
 大型眷属を食い破って生み出した超小型眷属達による、人体捕食を狙った波状攻撃。

「よか、った……アルマナ、こんどは……ちゃんと……できたん、ですね……」

 ――という風に偽装した、大量の小蝿(ドローン)を用いての誘導爆撃。

 悪魔の策は二段構え。そして悟った時には、もう何もかもが遅かった。
 されど彼女達、否、彼女はまだ詰んでいなかった筈なのだ。
 対処可能な窮地を自らにとっての詰みに変えてしまったのは……他ならないアルマナ自身。

「……莫迦、な――。
 何を――なにを、しているのだ――おまえは――」

 都市を誅殺の大泥梨に変え、今も尚圧倒的な優位を握っている英雄王が声を震わす。
 絶望に目を見開き、痩身を小刻みに揺らし、平時の覇気が嘘のように狼狽した面持ちで見据えるのは爆ぜ飛んだ小鳥の姿。

「儂は……ッ、ちゃんとやったぞ……!?
 守った筈だ! おまえだけは! 貴様だけはッ! 何があろうと救えるようにしていたッ!!」

 絶叫する声は、まるでトラウマのフラッシュバックを引き起こしたような悲痛さを孕んでいた。
 カドモスの言葉に嘘はない。彼が最も恐れていた事態は、アルマナという護るべき小鳥を喪ってしまうこと。
 自分に尾のように付いて回る底意地悪い悲劇の運命から、何があっても護れるよう備えていた。その筈だった。
 宿り蝿のベルゼブブと戦っている最中でさえ、ロミオの復活という予想外を食らわされた時でさえ。
 この王は常にアルマナを死なせないことに全神経を注ぎながら、敵の全員を圧倒し続けていたのだ。なのに――

「巫山戯るな……ふざ、けるな……儂が、一体……どれだけ……どれほど……!!」

 安全な籠の中へ閉じ込めた筈の小鳥が、自ら扉を押し開け翔び出してしまった。
 王の万全は破綻し、その結果起こったことは先述の通り。
 他の何を犠牲にしてでもアルマナを護るのだという王の覚悟が、臣下の暴走によって真逆のかたちへ狂わされた。
 ゴミ山の王と親睦を深めた小鳥が、友を護るために命を投げ出し、彼の手が届かないところで散ってしまった。

「――――また貴様かッ、〈運命(アレス)〉! 貴様はまだ儂から奪うのかッ!! 楽園(エリュシオン)などと嘯きおって、まだ踏み躙り足りぬというのかァ!!!」

 喉が張り裂け、血痰で濁った声であげる絶叫はこの場の誰に向けたものでもなかった。
 運命。Fate。決して形を持たず、しかし確かに存在する無形の法則へと憤激する。

 彼の人生は、常にソレに奪われることの連続だった。
 神の走狗たる泉の大竜を討ち取り、戦神の怒りを買った日からずっと。
 身を粉にしながら叶えた男の夢は、いつしか破滅を育む呪われた土壌と化した。
 そう、カドモスはこの感覚を知っている。嫌というほど味わされ、怒るのも億劫になるほど目の当たりにしてきたいつもの悲劇。
 しかしカドモスという王はついぞ、その痛みに慣れることだけは出来なかったのだ。

「善因善果、悪因悪果。因果は廻るなどとよく吠えた!
 儂の犯した罪を痩せた幼子に引っ被せて、賢しらなしたり顔をするのが貴様の正義か!
 ならば今すぐ顔を見せろ! その喉笛、子飼いの害獣と同じように掻き切ってくれるッ! 下りて来んかッ、この卑怯者めがァァッ!!」

 轟かす咆哮は狂おしく。
 いや、事実狂っていたのかもしれない。
 彼もまた小鳥と同じく、悲鳴をあげる心に麻酔を打ち込んで自己を保ってきた英雄だから。

 その心は――奪われ続けた男の魂は、もう、とっくに……

「――何を呆けている、悪国征蹂郎ッ!」
「…………!」

 カドモスは、殺意の眼光で征蹂郎を射抜いた。
 小鳥が守った命。未来を擲ち救った命。
 その腕に抱かれたアルマナの胸は、まだ微かにだが上下している。

「我が臣下を連れてこの場を去れ!
 愚臣……、……っ。アルマナの献身、無駄にすれば今度こそ八つに引き裂くぞ!?」
「あ、あ……! 済まない――カドモス王……!!」

 しかしカドモスは、死なせるな、とは言わなかった。
 理解していたからだ。アレはもう助からない。
 だからこそ彼なりに、臣下の胸中を汲んだのだろう。

 悪国征蹂郎。小鳥の凍てついた心に、もう一度熱を点してみせた男。
 命を投げ出しても構わないと思わせるほど、彼女を救っていたゴミ山の王。
 もう助からないのならせめて、最期のひと時を征蹂郎と過ごさせてやりたい。
 その慈しさが、王にこれ以上の忘我を許さなかった。

 アルマナ・ラフィーは死亡する。
 悲劇はまたも、カドモスから奪っていった。
 青銅の海が、ざあ、ざあ、と潮騒を鳴らしている。
 覚えのある音だった。これはすべての始まり、あの泉で聴いた――

「なんてザマだ。笑えるな、王様よ」

 傭兵の嘲笑に言い返すだけの残余もないのだろう。
 王は無様を晒しながら、それでも跪くことを許されない。
 呪い(テーバイ)は今も彼を囚え続けている。
 玉座から見据える自国は彼にとって、まるで凌遅の地獄のようだった。


◇◇


 さむい、と、思った。
 誰かに、揺られている。
 ああ、アグニさんだ。
 記憶が途切れているから、少しの間気を失っていたらしい。

「大丈夫。大丈夫だ」

 言い聞かせるような声に、自然と口元が緩んだ。
 その言葉は、誰の耳にも分かる気休めでしかなかったけれど。
 彼がかけてくれた一言が、どれだけアルマナを安心させてくれたか分からない。

 よかった。
 今度は、ちゃんと助けられたんだ。

 あの時、アルマナは何も出来なかったから。
 目の前で死んでいく家族を、助けられなかったから。
 胸の奥につっかえていた後悔の針が、やっと抜けたのを感じる。

「キミは、死なせない……オレはもう、誰も……!」
「アグニ――――さん」

 私の声を聞いてようやく、意識が戻ったことに気が付いたのだろう。
 アグニさんが足を止めて、腕の中の私へ視線を落とした。
 視界に映るその顔は霞んでいたけれど、それでもちゃんと誰だか分かる。

 救えた命。今度こそ、守れた命。
 でも顔を見たら、やっぱりちょっとだけ申し訳なくなった。
 あんな偉そうなことを言っておいて、私もまた彼の傍を去ってしまう。
 この誰より優しくて、不器用なもうひとりの王さまを、独りにしてしまう。

 だから手を伸ばした。
 もう感覚もまともにない、凍えた指先で彼の頬に触れる。

「だい、じょうぶ、です」
「アルマナ――」
「アグニさんは、きっと、だいじょうぶ」

 ごめんなさい。
 こんなことしか、してあげられなくて。

 そう言おうとして、結局やめた。
 だってそれじゃ、兄さまの真似っこだ。
 そしたらきっとアルマナは、この人に背負わせてしまう。

「だいじょうぶ、だから……そんな辛そうなかお、しないで?」
「ダメだ……喋るな。傷口が開く……!
 そうだ、ランサー……! おまえの宝具で、どうにかならないのかッ」

 赤蠍のランサーが、沈痛な面持ちで首を振るのが見えた。
 此処に来る前、ロミオから退いている最中に聞いたことだ。
 彼女の宝具は、対象にした"誰か"の存在を強化する活性剤。
 然る器を持っているなら、人間を英霊のように強くすることも出来ると。

 でも、アルマナはただの子どもだ。
 背伸びをして、意地を張って、涙を堪えてただけのどこにでもいる子女。
 器じゃないのは当然で、だからこそ結末は覆らない。
 でも後悔も、こうなったことを呪う気持ちも微塵もなかった。
 私の中にあったたったひとつのやり残したこと。宿題。それをようやっと終わらせることが出来たのだから。

「アグニさん……わたし、ね」
「――ッ」
「重ねてたんです。死んだ兄さまと、あなたのことを」

 この期に及んで取り繕うのも却って恥ずかしいから、もう言ってしまうことにした。

 もっと甘えたかった。
 守られていたかった。
 辛い時には隣にいてほしかったし、大丈夫だぞって言ってほしかった。

 私は、もう一度兄さまに会いたかった。
 アグニさんに惹かれたのはそれが理由。
 彼の無骨な生き様と、確かな優しさに、記憶の中の兄を重ねた。
 今にして考えると、とんでもない失礼をしちゃったな、と思う。

「でも、やっぱり……アグニさんは、アグニさんでした」

 あの、運命(さいご)の一瞬。
 視界に認めた、安堵の微笑を浮かべた彼の顔。
 兄さまが最後にしてたのと同じ表情だったけど、だからこそ、二人は違う人間なんだという当たり前のことにやっと気付けた。

 アグニさんは、私の兄さまじゃない。
 違う人生を送って、違う出会いをして、違う願いを抱いてた。
 だから彼はあの日私達の集落にいて、アルマナと目が合った。

 そんな赤の他人まで、同じ表情で私を見たのだ。
 こんな弱くて狡い私のことを、血も繋がってないのに本気で想ってくれる"誰か"がここにもいる。
 そう気付いてしまったらもう、我慢なんて出来なかった。
 私の中にあった最後の躊躇いが、音を立てて砕け散るのを聞いた。

 それが私の、幼年期(フェアリーテイル)の終わり。
 聖杯を使って願いを叶え、起きてしまったことを嘘にしようという幼心への"さよなら"。
 ずぅっと足踏みばかりしてきた私だけど、最後の最後にようやく、ちょっとは大人になれたかな。

「――ダメだ。そんな……っ、最期みたいなことを言うな、アルマナ!」

 あったかい、と思った。
 私の血で汚れることも厭わずに触れてくれる手が愛おしかった。

「オレだって――」

 続く言葉は予想できた。
 キミが居てくれないと困る、と言ってくれようとしたのだろう。
 でもそれを、口に触れさせた指先で遮った。小さな子どもに、めっ、をするみたいに。

「アグニさん。どうか、生きて」
「っ……」
「アルマナは、あなたに、死んでほしくないんです。
 誰より強くて優しいあなたが、こんな酷い世界でこわれてしまうなんて、間違いだと思うから」

 言わないで。
 それを言われたら、未練が出来てしまうから。

「だから、生きて。ずっとずっと、アルマナの行けなかった幸福(ところ)まで、翔んでっちゃえ」

 本当なら、呪いになるようなことは言いたくなかった。
 この人はとても真面目だから、ずぅっと引きずってしまうのが見えていた。
 だけどこういう呪いなら、遺して逝くのもいいかもしれない。
 女は悪い生き物なのよ、アルマナも悪くなりなさいって、教えてくれたのは母さまだったっけ。

「…………やくそく、ですよ」
「ああ……、……ああ……ッ」
「えへへ……」

 この国では、約束はこうするのだという。
 小指を出して、絡めて、指切った。
 そこで私は、自分の残りわずかな灯火が吹き消されるのを感じた。

 ごめんなさい、王さま。
 私は、あなたの優しさに応えられませんでした。
 いつも厳しく叱りつけるあなたが、本当はアルマナのことを大事にしてくれてること、もう気付いていた筈なのに。

 最後まで出来の悪い臣下でしたけど、それでも私の王さまがあなたでよかった。
 アグニさんに生きろと言ったばかりなのに、あなたに勝ってほしい気持ちもあって。
 やっぱりアルマナは、まだまだちゃんとした大人にはなれないみたい。
 こんな私を叱ってくれるあなたの声がもう聞けないのは、少しだけ残念だけれど。

 私のこの結末は、悲劇なんかじゃない。
 あの日死に損なった抜け殻の私にとっては、身に余るようなハッピーエンドだ。
 だからどうか、泣かないでください。私の王さま。
 小鳥(わたし)はあなたに拾い上げてもらえて、幸せでした。

「さいごに、もうひとつだけ、いいですか?」
「……、……」
「頭を……撫でてください。えらいぞ、って、してください」
「――――勿論」

 だってそのおかげで、私はこうして――


「ありがとう。よくできたな、えらいぞ、アルマナ」


 群れからはぐれた小鳥には見合わない、素敵な終わりを迎えられたのですから。



【アルマナ・ラフィー 脱落】



◇◇



 王の哀惜など知らぬ存ぜぬと滾る剣舞。
 それは、一太刀一太刀が斬鉄ならぬ砕鉄に至った究極の暴。
 加えてその合間を縫いながら、一瞬の間断も与えない光弾の集中砲火。
 ロミオを巻き込むことを毛ほども厭わないが、彼もそんなこと気に留めてすらいない。
 狂気と悪意の協奏曲。だがカドモスは、依然として迫る悉くを撃墜していた。

「――――――」

 いや。
 依然として、というのは誇張だろう。

 深く俯きながら槍を閃かせる佇まいには、先程までのような覇気が見て取れない。
 一面の失意に沈み、静かなる嘆きに支配されて立つ男の姿はあまりにも惰弱だった。
 この有様でさえロミオとベルゼブブの挟撃を凌ぎ続けているのは驚異的だったが、その奮戦にも終わりが見え始めた。

 アルマナ・ラフィーが死亡したからだ。
 要石を失えば、英霊は弱体化を余儀なくされる。
 侵食の固有結界により土地そのものを魔力炉心と据えている彼でさえ、全くの無影響とは行かない。
 それに何より、精神面の影響が甚大だった。
 小鳥の死が確定した事実。自分の呪いに幼子を巻き込み、無残な死に至らしめた現実が王の格を毀損する。

 今の彼はただ強いだけの存在だ。
 風格を失った王など、それこそ狂気のまま暴れる暴力装置と大差ない。
 圧倒的な君臨という最大の美点を損ねたカドモスの落日は近いだろう。
 そう確信したからこそ、算盤弾きは悪辣に嗤う。

「正直言うが、アンタが此処まで強いってのは想定外だった。
 投入する戦力を絞ってよかったぜ。欲を掻いて痛い目見るのは懲りてるんでね」

 あわよくば蛇の打倒に使えるかもと思っていたが、この戦いを通じて評価を改めた。
 こいつは駄目だ。この英雄は、あまりにも脆すぎる。
 人心に這い寄り、精神の脆点を詳らかに暴く蛇との相性は恐らく最悪だろう。
 その癖力だけは規格外級。となると、ノクトとしては生かしておく理由がない。

「とはいえ、おたくのお嬢さんが莫迦な真似をしてくれたのは助かった。
 悪国征蹂郎はあんたと同じでメンタルに難があるからな。
 ガキの死で憔悴したところに手を差し伸べてやれば、契約書の一枚くらい取り交わせるかもしれねえ」

 要石共々カドモスを切り崩し、第二の奴隷(ビジネスパートナー)懐柔にリソースを費やした方が賢明だ。
 喜ばしいことに彼らの陣営には悪国征蹂郎が、そして赤騎士を狂わせ祓葉をも零落させた"天の蠍"がいる。
 右にベルゼブブ、左に天蠍。そんな布陣を築ければ、もはや向かう先に敵はなし。

「なんだ、言い返す気力もねえか?
 ギリシャの英雄って言うとおっかねえのを一人知ってたが、あんたは所詮人間の延長だな。
 どれだけ居丈高に偉ぶってても、一皮剥けば赤い血ってヤツが通ってる。王さまごっこは楽しかったかい、爺さん」

 よってまたしても、戦いの結末は同じ。
 勝者は不在。
 天井桟敷の指揮者だけが大儲け。

 後に残るのは、退屈な処理作業だけ。

「ま、次があったらもうちょい上手くやれよ。座で反省会でもしときな」

 恋の狂剣士が舞い踊り、蝿の王が翔び遊ぶ。
 時間は掛かるが、確実な勝利が見えた戦況。
 無言を保ちながら、機械じかけの木偶のように槍を振るい続ける"英雄"へ。
 ノクトは惜しみのない嘲笑を以って、その餞別とした。

 しかし――

「……あー。勝ち誇ってるとこ、水差して悪いんですけど」
「あ?」

 悪魔の少女が砲撃の手を止め、苦虫を噛み潰したように表情を歪める。
 怪訝な顔をするノクトに、彼女は感情を押し殺しながら伝えた。

「時間、かけ過ぎちゃいましたね。面倒なことになりますよ、これから」

 刹那、南西の方角から飛来する槍撃があった。
 言わずもがな、カドモスによるものではない。
 その証拠に、飛んできたソレは二人一組(ニコイチ)だった。
 一振りの槍と、一枚の盾。貫く武と護る武が合一されたこの陣形を、既に彼らは知っている。

「……鬱陶しい連中だぜ。せっかく拾った命、ちょっとは大事にしたらどうなんだ?」
「その諫言は受け入れかねる。これは僕のではなく、彼女がくれた命だからだ」

 漏らした皮肉に、生真面目な少年の一言が応えた。
 青銅の地獄絵図と化した渋谷西端に、新たな、しかし既知の役者が現れた。
 義の拳、高乃河二。一度は命を摘み取られ、ある少女の献身で命を繋いだ復讐者。

「琴峯も泣くぜ。身銭切って助けてやったのに、性懲りもなく無駄死にされちゃあな」
「そうだな。だから、僕が笑わせて魅せなければならない。
 男として、友人として、命を救われた者として――彼女の善さに報いなければ嘘だろう。善因善果というやつだ」

 付ける薬もない莫迦だ。
 肩を竦めるノクトだが、態度とは裏腹に彼の警戒は究極まで研ぎ澄まされていた。
 何故なら河二がいるということは、あの英霊も一緒ということ。

 確かにカドモスは強力な戦力である。
 しかしノクトのような頭でやりくりする人間にしてみれば、むしろ厄介なのは"あちら"の方。
 その現着をまんまと許してしまった時点で、勝利が確定していた戦況が一気に風向きを変えてくる。
 侮れる筈などなかった。一対の槍と盾から成る部隊を使役し、テーバイの大国父に崇敬を示す文武一体の大将軍。
 彼の戦歴を一度でも見聞きしたのなら、舐めてかかる選択肢は決して浮かばない。

 故に油断の念は皆無。
 突撃、撤退、奇手も詭計も想定して脳を回せ。
 確かにそう構えていた、のだが。

「――――は? 何やってんだお前」

 難敵となることが見え透いた男が最初に取った行動は、ノクトのそんな想定のすべてを裏切るもので。
 だからこの策士には珍しく、心底からの当惑で声を漏らしていた。


「よう、カドモス王。あんたには詫びたいことも伝えたいことも山程あったが、如何せん状況が状況だ。無粋承知で、一番手早く行かせてもらったぜ」

 ロミオを押し退けて割って入った"将軍"が、その拳で老王を殴り飛ばしたのだ。
 畏敬の念を尽くして崇め奉るべき大国父を殴り、吹き飛ばし、もんどり打って転がらせた。

 消沈の中でさえ狂恋の剣舞も悪魔の手管も寄せ付けなかった英雄が不覚を取った理由は、やはりそれが予想外の行動だったからか。
 だとすれば無理もないだろう。
 この状況が分からない筈もなかろうに、敵への対処そっちのけで味方を殴り付けるなど意味不明にも程がある。
 なのに当の本人は憧れの男を変わらぬ真摯な眼差しで見つめ、未だ頬の感触が残る拳を砕けんばかりに握り締めていた。

「あんたの寝殿を暴いた時にも感じたんだ。あんたという王が抱えてる、深くて昏い、覗いたこっちが消えちまいたくなるような嘆きの気配を」

 彼の愛した偉大な国は、父にとっては呪わしい箱庭でしかなかった。
 人を餌にして悲劇を太らせ、性悪な神々を喜ばせる露悪歌劇の舞台。
 太祖と後継の間に生まれた認識のズレは、決して一朝一夕で埋め合わせられるものではなかったが、だからこそ最早手を選んではいられない。

「俺は王の重荷を知らん、神様の怒りを買ったこともない若輩者だ。
 よって不敬は承知。しかしカドモス王よ、流石にその体たらくは駄目だろう。
 あんたのテーバイに生を受け、あんたの武勇伝を寝物語に育ってきた者として、いくら何でも見過ごせねえよ」

 まだ戦いは終わっていない。
 此処は蛇腔領域、遍く希望を枯らし殺す邪悪な胎蔵界曼荼羅。
 その打破には、ひとつのピースも欠けてはならないのだ。
 そんな打算を抜きにしても、敬愛する英雄がこんな穢れた世界の肥やしになるなんて断じて承服出来ない。

 だから、男は立った。
 テーバイの男子として、王を殴り飛ばした。
 すべては偉大な青銅王の物語を、つまらない三文悲劇で終わらせないために。

「つーわけで、まあ、なんだ。難しいことは一旦置いて、だ!」

 たとえ身の程知らずの対価をこの首で支払わされたとしても構うものか。
 そうならないように努力はするし、そのくらいの覚悟がなければ王を諭すなど不可能と信ずる。


「――――決闘(タイマン)張ろうや、国父殿!!」


 彼の名はエパメイノンダス。
 テーバイが育んだ、不撓不屈の大将軍。
 栄光と呪い、勝利と悲劇の国史は時を超え。
 ――王と将軍、いざや相見えん。


◇◇


【月光夢幻神界〈渋谷〉・西端(杉並区との区境付近)/二日目・午前】

【高乃河二】
[状態]:疲労(大)、魔力消費(小)、月の精神汚染(小)
[令呪]:残り二画
[装備]:『胎息木腕』
[道具]:なし
[所持金]:それなり(故郷からの仕送りという形でそれなりの軍資金がある)
[思考・状況]
基本方針:勝つ。何故? ――もう何一つ失わないために。
0:この状況を収め、ナシロの居所を聞き出す。
1:蛇とノクト・サムスタンプを討ち、ナシロを助ける。
2:蛇は人間だ。ならば倒せる。必ず。
[備考]
※ロールとして『山梨からやってきた転校生』を与えられており、少なくとも琴峯ナシロとは同級生のようです。
※雪村鉄志から『赤坂亜切』、『蛇杖堂寂句』、『ホムンクルス36号』、『ノクト・サムスタンプ』並びに<一回目>に関する情報と推論を共有されています。
※レミュリンから『イリス』に関する情報を得ました。
※レミュリンと"蛇杖堂絵里"の連絡先を得ました。
※レミュリンによる連絡を受け、蛇の本名を知りました。
※致命傷を負いましたが、ノクトによる薬物(蛇杖堂寂句の遺品)を投与されて復活しました。何らかの副作用がある可能性があります。
 →傷は概ね回復しました。今のところ副作用は出ていません。

【ランサー(エパメイノンダス)】
[状態]:疲労(大)、胸に裂傷(大)、全身にダメージや傷、多数の銃創
[装備]:槍と盾
[道具]:革ジャン
[所持金]:なし(彼が好んだピタゴラス教団の教義では財産を私有せず共有する)
[思考・状況]
基本方針:マスターを導く。
0:タイマン張ろうや、カドモス王!
1:蛇を滅ぼす。あの男は、存在してはならない害悪だ。
[備考]
※カドモスの存在を確信しました。杉並のテーバイ化にも気付いているようです。

【ランサー(カドモス)】
[状態]:疲労(大)、月の精神汚染(大)、精神的疲労(極大)、地脈強制励起中
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:いつかの悲劇に終焉を。
0:おまえは――
1:儂は、またも、守れなかったのか。
2:神寂縁と傭兵(ノクト)に対して警戒。
[備考]
※本体は拠点である杉並区・地下青銅洞窟に存在しています。
 →青銅空間は発生地点の杉並区地下から仮想都市東京を徐々に侵略し、現在は杉並区全域を支配下に置いています。
  放っておけば他の区にまで広がっていくでしょう。
※カドモスの宝具『我が撒かれし肇国、青銅の七門(スパルトイ・ブロンズ・テーベ)』の影響下に置かれた地域は、世界の修正力を相殺することで、運営側(オルフィレウス)からの状況の把握を免れています。
※マスター(アルマナ)の死亡により、出力が若干弱体化しています。

【ノクト・サムスタンプ】
[状態]:疲労(中)、腹部にダメージ(大)、魔力消費(中)、魔術の出力向上中、複数の打撲傷(処置済)、右腕欠損、恋
[令呪]:残り二画
[装備]:『胎息木腕(右腕分のみ。古いもの)』
[道具]:、蛇杖堂邸で回収した幾らかの道具
[所持金]:莫大。少なくとも生活に困ることはない
[思考・状況]
基本方針:聖杯を取り、祓葉を我が物とする
0:神寂縁を中心とする抗争に介入する。目指す結末は関わった全員の共倒れ。
1:神寂縁に協力しつつ、奴が"追われる者達"と相討つように仕向けたい。そのために、蛇の計算を崩す不確定要素を蒐集する。
2:琴峯ナシロとそのサーヴァント(ベルゼブブ)を利用。特にベルゼブブの可能性には期待している。
3:煌星満天の能力の成長に期待。うまく行けば蛇杖堂寂句や神寂祓葉を出し抜ける可能性がある。
4:満天の悪魔化の詳細が分からない以上、急成長を促すのは危険と判断。まっとうなやり方でサポートするのが今は一番利口、か。
5:とはいえそれも満天が完成するまでだ。見通しが立ったなら、詐欺師野郎(ファウスト)はもう要らねえ。
6:何か違和感がある。何かを見落としている。
7:〈脱出王〉の危険度を格上げ。早急に排除しなければならない敵と認定。
8:祓葉。お前にも、まだ先があるんだろう?
9:渋谷の神は現状他人に任せる。アレは多分俺と相性が悪い。
10:アサシン(ベルゼブブ)の話が本当ならば――。
11:ランサー(カドモス)の排除。その後、悪国征蹂郎と契約を結びたい。天蠍のランサー(アンタレス)が欲しい。
[備考]
※東京中に使い魔を放っている他、一般人を契約魔術と暗示で無意識の協力者として独自の情報ネットワークを形成しています。
※東京中のテレビ局のトップ陣を支配下に置いています。主に報道関係を支配しつつあります。
※煌星満天&ファウストの主従と協力体制を築き、ロミオを貸し出しました。
※蛇杖堂寂句から赤坂亜切・楪依里朱について彼が知る限りの情報を受け取りました。
※神寂縁から雪村鉄志、琴峯ナシロ、高乃河二、赤坂亜切の現在の動向について連絡を受けました。
※蛇杖堂邸で高乃家の礼装『胎息木腕』を回収しました。これが高乃河二の装備している物と同じ性能かどうかはおまかせします。
※山越風夏のサーヴァントの真名が「ハリー・フーディーニ」であろうことをうっすら察しました。
※ファウストから蝗害調査のデータファイルを受け取りました。中身は確認済みです。
※琴峯ナシロと契約を交わしました。
 ・高乃河二を救命する対価として、琴峯ナシロとサーヴァントの身柄を預かる。
 ・両者の指揮命令権もノクト・サムスタンプが持つものとする。
※月の御遣いと契約を交わしました。これにより、蛇腔及びFWが維持されている限り、ノクトは結界内の月勢力から攻撃を受けません。
※アサシン(ベルゼブブ)の指揮権を一部移譲されています。但しベルゼブブはノクトの契約を無視しているため、常に有効かは不明です。

【バーサーカー(ロミオ)】
[状態]:恋、超絶大激怒→敗北を経てモチベ急上昇、全身にダメージ(極大)、霊核破損、複数の刺傷痕、行動に一切の支障なし
[装備]:無銘・レイピア
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:ジュリエット! 嗚呼、ジュリエット!!
0:礼を言おう。僕(ロミオ)は、まだまだ強くなるッ!
1:下郎共(カドモス一行)を処刑する。
2:神寂縁は僕とジュリエットの世界に存在してはならない汚物。後に、然るべく駆除する。
[備考]
 現在、煌星満天を『ジュリエット』として認識しています。
 ファウストと契約を結んでいます。

【アサシン(ベルゼブブ/Tachinidae)】
[状態]:スキルによる容姿変化、疲労(大)、全身にダメージ(大)、脇腹に刀傷、各所に弾丸の擦り傷、霊基の成長?
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:聖杯を手に入れ本物の蝿王様になる!
0:ナシロさん。わたしは、あなたのために戦います。
1:神寂縁を殺す。たとえ、どれだけ手を血に染めようとも。
2:あーあ……なぁんで来ちゃうんですか。会いたくなかったのに。
[備考]
※渋谷区の公園に残された飛蝗の死骸にスキル(産卵行動)及び宝具(Lord of the Flies)を行使しました。
 少数ですが眷属を作り出すことに成功しています。 
※代々木公園での戦闘で眷属はほぼ全滅しました。今残っているのは離脱用に残しておいた一体だけです。
※"蠅の王"の力の片鱗を引き出しました。どの程度操れるのか、今後どのような影響を齎すのかは不明です。
 →渋谷の変貌を感じ取り、説明できない懐かしさを抱いています。

※蛇腔内のNPCを狩り、眷属を爆発的に増殖させています。現在百体前後。
※ノクト・サムスタンプの契約の影響を受けていません。これが彼女のいかなる性質によるものかは不明です。
※神寂縁の体内に存在する4423の魂、そのひとつに産卵しています。体外脱出のタイミングは彼女の任意。
※ランサー(エパメイノンダス)のアドバイスを参考に、命中精度の弱点をほぼ克服したようです。


【月光夢幻神界〈渋谷〉・西端(カドモスらの戦場とは少し離れている)/二日目・午前】

【悪国征蹂郎】
[状態]:疲労(大)、魔力消費(中)、出血(大)、全身に軽度の火傷、頭部と両腕にダメージ(応急処置済み)、右腕損壊(大)、腹部に銃創、〈喚戦〉、ランサー(アンタレス)と再契約、月の精神汚染(大)
[令呪]:残り一画
[装備]:レッドライダー製の極薄ガントレット(左腕のみ)
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度。カード派。
[思考・状況]
基本方針:刀凶聯合という自分の居場所を守る。
0:――――――。
1:蛇に対する最大限の警戒。
2:ノクト・サムスタンプは討つ。やはり、あの男は危険すぎる。
[備考]
 異国で行った暗殺者としての最終試験の際に、アルマナ・ラフィーと遭遇しています。
 聯合がアジトにしているビルは複数あり、今いるのはそのひとつに過ぎません。
 養成所時代に、傭兵としてのノクト・サムスタンプの評判の一端を聞いています。
 六本木でのレッドライダーVS祓葉・アンジェ組について記録した映像を所持しています。
 アルマナから偵察の結果と、現在の覚明ゲンジについて聞きました。
 千代田区内の聯合構成員に撤退命令を出しています。
 ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)と再契約しました。
 警官隊殺害・及び暴動主導の容疑で公開指名手配されています。

【ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)】
[状態]:疲労(大)、胴体に裂傷、全身にダメージ(大)、甲冑破損、無念と決意、寂句の令呪『神の箱庭を終わらせ、真の〈神殺し〉を成し遂げてみせよ』及び令呪による一時的な強化、悪国征蹂郎と再契約
[装備]:赤い槍
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:神寂祓葉を刺してヒトより上の段階に放逐する。
0:マスター・ジャックの遺命を果たす。たとえこの身が擦り切れようとも。
1:当機構は――
2:神寂縁は粛清対象。
[備考]
※マスターを喪失しました。令呪の強化を受けていますが、このままでは半日は保たないでしょう。
 →悪国征蹂郎と再契約しました。


[全体備考]
※ランサー(カドモス)による地脈の強制励起で、渋谷西端(蛇腔内・杉並区境付近)が青銅の大氾濫を起こしています。


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最終更新:2026年07月24日 15:52