たとえどんな運命を背負っていようと、生まれてくる子に罪はない。
ならば罪ありきは子ではなく、背負わせた環境の方なのだ。
悲劇詩人エウリピデスは、その死を以って人類史に黒いシミを残した。
億年単位の時間を見越して仕掛けられた、紀元前から遠未来への時限爆弾。
理論など確立されているわけもない領域に、詩人は純粋な性善説のみで辿り着いていた。
この美しい世界を創造した神を心から敬愛していて、だからこそその怠慢が許せなかった男。
彼はただ信じていただけ。成した善行や偉業を正当に評価し、永遠に記録するシステムが実在することを疑わなかっただけ。
狂気にも似た純真さは根拠集めの過程を飛ばして英霊の座の存在を仮定するに至り、実際それは正鵠を射ていた。
大衆や同業者から浴びた揶揄に着想を得、己の幼い娘に主役の座を定義。
そして彼女が世界に記憶されるように、詩人(じぶん)を殺したという既成事実を作り出させた。
斯くして彼の娘は永遠の影法師となる資格を手に入れ、その霊基は詩人の代名詞、"機械仕掛けの神"という無形の殻を纏うに至った。
総てが詩人の計画通り。
唯一の誤算は、たかだか三千年足らずで導火線に火が点いたこと。
彼が描いたものとは似て非なるご都合主義の台頭によって、救世主の顔をした終末装置は胎動を開始する。
詩人と、その娘の最終目標は当然ながら合致している。
『あらゆる悲劇が根絶された、優しい地平を創ること』だ。
すべての残酷を律し、顕現した神鋼機構が築く無尽無辺の絶対幸福世界。
これは当代を生きる者の目線では、確かに比類なき理想郷だろう。
だが長い目で見たのなら、宇宙が先細りしていくことは避けられない。
例えば、非業の死を遂げた誰かがいたとする。
結果だけで言うなら悲劇だが、その死に噴飯した誰かが立ち上がり、歴史に名を遺す偉人になったかもしれない。
例えば、不運な怪我で将来を絶たれたアスリートがいたとする。
彼は大いに嘆き悲しみながら競技を離れるが、それから新たに熱中できる分野を見つけて、世界の常識を塗り替える成果を挙げたかもしれない。
喪失や挫折は確かに予測不能の厄災だ。
しかし台風一過の後に咲く花というものもある。
詩人が描いた創神論とは、今を生きるすべての命を祝福しながら、そうした成長の芽を恒久的に絶やしてしまう末法思想に他ならなかった。
言うなれば笑顔あふれる完全管理社会(ディストピア)。
過保護な母親に蝶よ花よと愛でられながら遂げる成長には限界があろう。
今そこにある幸福と引き換えに、億年先の未来を痩せ細らせる栄養過多の新世界。
だからこそ詩人が仕組んだ計画は、人類史上最悪の計画的犯罪と罵られるのだ。
以上の結論を以って彼女の役割は決定された。
救世の機械神など偽りの名。
其は人類が製造した、人類を最も根本的に救う大災害。
支配の蛇の指摘は正しかった。
ならばこの光景は、人類にとって祝福すべきモノなのだろう。
人類悪の命脈が、男ひとりの犠牲で絶たれようとしているのだから。
さぞや破格の取引であったに違いない。
「が……ぐ……、ッ……ぁ――」
少女にとってはきっと、本物よりも父親らしかった男。
そんな男が今、砕けた装甲の隙間から大量の血を溢れさせ、悪神の細腕に首を掴み上げられていた。
「……拍子抜けってこういうことを言うのね。あれだけ大口叩いといて、まさか此処まで情けないとは思わなかった」
悪夢だ。
血塗れの鉄志を覆う鎧として、醜態を晒しながらマキナは目の前の凄惨を見つめる。
「誰の気持ちが分かるって? 誰の物語なんだって? 私みたいなまがい物一人斃せない分際で、よくもまあ耳触りのいいことを吠えたもんだわ」
マキナに出来ることはない。
ある筈もない。
何故なら彼女は、純真でなければならなかったから。
得意げに語る理想の陥穽にも気付けないような、ひたむきな白痴でなければいけなかったから。
そうなるべくして造られ、育てられた少女は当然、知る由もないのだ。
自らのアイデンティティが、信じていた骨子が崩れ去った時、どのように立ち上がればいいかなど――彼女の父親は教えなかった。
「はぁ……もういいや。なんか甚振るのも疲れちゃった」
だって、それならそれでいいのだ。
心がへし折れ、立ち上がれなくても構わない。
神の資格とは他者を圧する自我を持つこと。
「感謝してね。一思いに殺(こわ)してやるわ」
意思の大爆発とは、後先がなくなった時にこそ起こるものだから。
(――――当、機は。わたし、は)
よって胎動は鼓動に変わり、穢れた理想を疾走させる薪と化す。
開幕する終末因子。来るべき終点(end point)に向けて、獣の兆しが救済のオーロラを燦かせる。
彼女は悪。善の皮を被り、幼気な言葉で衆生を誘い、枯死の未来を描き上げんとする終局の絶対悪。
(救わなければ、ならないのです。総てを。だってそうでなくちゃ、私が生まれた意味がない)
雪村鉄志は死亡する。
マキナの心はへし折れて、その流血を補うために、無限大の自我が噴出する。
渋谷の神が辿った末路を、一機の少女が今まさになぞろうとしていた。
人類悪としての羽化と。
そして詩人が予期しなかった、終末星としての完成。
針音都市のターニングポイントは皮肉にも、彼女とその父が何より憎んだ、悲劇によって齎される。
(救わなければ。救わないと。救わなきゃ。ああ、でも、それって――)
少女が臨終し、神と化す末期の一瞬。
(――誰の、ために?)
マキナは一人の少女として、とある根源的疑問に思い至った。
悲劇が憎い。呪わしい。誰も彼もが、皆平等に救われる世界になってほしい。
……じゃあ自分は、具体的に、どんな救済を目指しているのだろう?
そんな自問が、生まれた刹那に。
人造神霊は、絶えず響いていた針音の調べが止むのを知覚した。
◇◇
――雪村鉄志が無謀なる戦いに漕ぎ出した瞬間にまで時を遡る。
但しこれから綴る記録に、然程の意味はない。
何故なら結果は見えているから。半身との連携もままならない鉄志は、言うなれば分不相応な道具を与えられた赤子に等しい。
敵は天津甕星。名だたる神々が恐れ、忌み、為す術もなく土を舐めさせられた暴虐の化身。
彼女の内面は少女期のままで停滞しているが、しかしだからこそ、安定することを知らないまま燃え上がり続けるその激情は恐るべき火力を生み出す。
星神の繊指が弓を引く。そう言えば聞こえはいいが、作法もへったくれもない粗雑な手付きだった。
苟も神と呼ばれる者のそれとは思えない、力と苛立ち任せの取り扱いに剛弓が悲鳴をあげる。
だが弦から解き放たれた矢が見せる挙動は、弓術の域を大いに逸脱していた。
地上を馳せる流れ星。爆光を伴いながら轟く魔力の矢は、それ一発でさえ人間一人をこの世から完全に消滅させて余りあるものだ。
悪名高き星神を討ち倒したければこれを受け止めるなり躱すなり、兎角完璧に凌げなければスタートラインに立つことも許されない。
だというのに、鉄志が見せた反応は素人目にも分かるほど精彩を欠いている。
「ぐ――ああああ、ァッ……!」
武器の展開が間に合わないまま、まんまと流星矢の爆風に巻き込まれたのだ。
そのまま錐揉みに吹き飛び、受け身も取れずに地面を転がる。
「ふざけてんの?」
生身で受ければ五体が焼滅するほどの爆発。
それが齎す衝撃波は並大抵のものではなく、跳ね飛ばされていく速度は優に三桁を超える。
なのに天津甕星は大仰な動き一つなしに、当たり前のように砲弾と化した鉄志と並走していた。
少女神の側蹴りが、滞空中の無防備な身体を大型トラックの衝突を超える衝撃で打ち据える。
鉄志が仮面の下で喀血したのは言うまでもなかったし、香篤井希彦に修復して貰った内臓の幾つかが再びひしゃげた。
「悪いけどこっちはさ、今最高級にムカついてんのね」
爆撃からの近接攻撃。ならば次に繰り出されるのは当然、駄目押しの再爆撃以外にない。
番えられる矢。引き絞られた段階で物理的形質を失い、全身を超高純度の魔力に置換された無形の鏃と化す。
「だから、せめてもうちょっとはマシに踊ってくれないと張り合いないんだけど」
狙いなど付ける意味もない。
精密性をかなぐり捨てた投げやりな弓撃だったが、彼女の場合はこれこそ最適解。
何故なら天津甕星の本質は射撃手(アーチャー)ではなく砲撃手(ランチャー)。
どこに当たろうが結局爆ぜるのだから、最低限敵をその中に巻き込めれば及第点は取れる。
後は無限に等しい魔力に物を言わせ、敵が壊れるまで爆(撃)って爆(撃)って爆(撃)ちまくる。
天津神を薙ぎ払っていた頃から変わらない凶暴な戦闘論理が、オルフィレウスの永久機関を取り込んだことで数段以上も兇悪化していた。
「なんとか言いなさいよ。ねえ――!」
一射一矢なんて常識も、効率重視の星神は一顧だにしない。
生成した矢を片っ端から撃ち放ち、鉄志達が神寂縁との死合で刻んだ戦跡すら、爆炎の中に消し去っていく。
やがて粉塵が晴れた時。そこにいるのは、片膝を突いて喘鳴を漏らす黒の鉄騎の姿だった。
「……っ。マキナ……」
その片手には、猛攻の中でどうにか換装出来たらしいアテネの大盾が握られている。
だが満身創痍であることは誰の目にも明らかだ。
呼吸の度にひゅう、ひゅう、という気の抜けるような音が混ざっていたし、彼の真下には内側から溢れたのだろう血溜まりが広がっていた。
『ごめんなさい……ごめんなさい、ますたー……。次はちゃんと合わせますから、だから――』
「ああ……分かってる。だからそんな泣きそうな声出すなよ、気まずくなっちまうだろ」
鉄志自身、自分達の置かれている状況は嫌というほど分かっていた。
戦いになっていない。優勢だとか劣勢だとかでさえなく、土俵にさえ上がれていないのが実情だ。
理由は明白である。
鉄志が悪いのではない。彼をサポートする筈のデウス・エクス・マキナが、明確な機能不全を起こしているのだ。
神機融合の骨子はその名の通り一心同体。マスターとサーヴァントが物理的に合一し、共に戦う点こそが肝となる。
主従一体化による魔力変換効率の超向上と、彼女の霊基を素材に構築した装甲によるマスターの保護。
無論これらも利点ではあるが、結局のところ戦闘に引きずり出されるのは鉄志だ。
最前線に送られた主人を、マキナがその高性能な分析力を駆使してリアルタイムでサポートする。
そういう仕組みによって成り立つ筈の神機融合モードは、逆を言えば主従のどちらかでも腑抜けになってしまえば、単なる息の合わない二人三脚と化してしまう。
「呆れた。何? 敵(わたし)そっちのけで親子ごっこってワケ?」
蛇の言葉が、マキナに当人さえ自覚していなかった真実を突き付けた。
世界を救う使命を懐いた自分こそが、世界を滅ぼす獣だったのだと。
知らされた事実を涼しい顔で受け止めるには、エウリピデスの仔はあまりにも未熟すぎた。
よって今、"機械仕掛けの神"は片手落ち。
只でさえ格上の敵を相手取らねばならない状況で、この体たらくは致命的だった。
「反吐が出る。私ね、あんたらみたいな負け犬が一番嫌いなの」
更に言うならそんな姿が、目の前の星神の逆鱗を撫でていたことも。
「いつにもまして感情的じゃねえか。感じ入るものでもあんのかい」
「うるさい黙れ話しかけるな。私なんかに手も足も出ない時点でおたくの器は知れてんのよ。苦し紛れの口八丁で格を保とうとしないでくれる?」
天津甕星は感情の爆弾だ。
マキナとは違う意味で未熟な彼女は、喜怒哀楽の"怒"が突出している。
かの老王はそれを稚拙と切り捨てたが、力なき小動物にとって、辺り構わず暴力を撒き散らしてくる肉食獣ほど恐ろしいものはない。
――やべえな。
鉄志の心を炙るのは、当たり前に焦燥の念。
まだ火蓋を切って間もないというのに、もう自分達は詰みかけている。
このまま行けば誰がどう見ても破滅だ。
万全の状態でさえ圧倒された星神に、半身が覚束ない状況で食い下がらねばならないのだから。
どう考えても正解択は撤退。逃げろ、そして態勢を立て直せ。特務隊の隊長として数多の鉄火場を馳せた戦闘勘は、そう言っていたが。
「その負け犬にいちいち苛つかされてる時点で、テメェもたかが知れてんだろ。アーチャー」
鉄志は口内に広がる血の味を飲み下しながら、赤く染まった歯を覗かせて笑った。
辛い時こそ笑え。チープな言葉だが、今はそれこそが肝要だと自分へ言い聞かせる。
此処で逃げることは出来ない。
よしんば逃げ遂せたとして、その時彼女は別な八つ当たり先を探しに向かうだろう。
琴峯か、高乃か、或いは輪堂か。
どこにかち合ったとしても致命的だ。蛇という災害が闊歩する蛇腔領域にこれ以上怪物を増やせば、破滅のドミノ倒しは確実に早まる。
「こっちもようやくギアが上がってきたところだ。睨んでないで向かってこいよ、青二才。胸貸してやるぜ」
「――、そう」
星神・天津甕星は此処で斃さなければならない。
皆のためにも、己のためにも、そしてマキナのためにも。
「じゃあ、望み通りにしてあげる」
盾を構え、衝撃に備えつつ己が相棒に語りかける。
前方から飛んでくる肌を刺すような殺気に怯むより、今の鉄志にはそっちの方が重要だった。
「聞こえるか、マキナ。
辛けりゃ答えなくてもいい。ただ、耳だけでいいから貸してくれ」
サーヴァントとは道具であり、情を抱きすぎるのは禁物。
それは聖杯戦争の鉄則で、鉄志自身そのように割り切るべきなのかと迷ったことは一度や二度ではない。
だが今は違う。彼は血の通う人間なのだ。
かつては子を持つ父であったし、なればこそ自分にちょこまか付いて回る何かと危なっかしい少女に情を持つなという方が無理だった。
〈ニシキヘビ〉を倒す。
それが至上命題であることは変わらない。
しかし同じくらいに、マキナに懸ける想いもあった。
高乃河二が言う善因善果の思想ではないが、善い未来を願って一生懸命頑張ってきた彼女が報われず終わるなど、そんな胸糞悪い話はないだろう。
「お前は間違ってなんかいない。少なくとも、俺はそう思ってる」
『っ……』
世界をより善くしたい。
流れる涙の数を減らしたい。
そう願うこと自体をこの世界が否定するのなら、己は毅然と異を唱えよう。
重要なのは結果であり、未来は学びながらだって変えられる。
なのに始まる前から悪だ災害だと扱き下ろすなぞ、そっちの方が余程間違いだ。
「だから見てろ。俺が今から、お前に教えてやるから」
罷り通らせてやる。総ての無理難題を。
天津甕星を斃す。蛇を斃す。
そしてマキナの理想を、悪に堕ちないまま叶えさせる。
彼女が目を輝かせながら語ってくれた創神論が、この世を笑顔で満たす優しいヒカリなのだと証明してみせる。
「たとえドン底からだって、掴めるモノはあるんだよ――!」
そのことを、鉄志は既に知っていた。
だって彼は、実際掴んだ側の人間だから。
妻を喪い、娘を失い。
唯一残った執念さえ枯れ果てて。
死んだように生きていた男を、ちいさなカミサマが救けてくれた。
ならば今度は己が見せよう。
彼女に教え、そのドン底から引っ張り上げてやろう。
決めたなら気力はもう十分。面攻撃にも対応可能な大盾を攻防一体の相棒として、星神に向け突撃していく。
「――――は。笑わせんじゃないわよ、あんたの方こそ青二才じゃない」
しかし繰り返すが。
この戦い、雪村鉄志に勝ち目はない。
「始まりから間違えているモノは、何をどうやったって救えないんだ」
何故なら天津甕星に、本格的に火が点いてしまった。
彼女はもう気が付いている。
自分が目の前の二人に覚える嫌悪感の正体、その輪郭を認めている。
常に八つ当たりでしか戦って来なかった星神に、此処で明確な殺意が芽吹いた。
天津神のトラウマが、白い巨人になり損ねた淫祠邪教の怨霊が、鉄志とマキナを己の意思で敵と認定する。
「間違いに間違いを重ねながら、どこまでも堕ちていくしかないのよ。ずっと、ずぅっと、いつかこの星が終わるまで」
――星の極光が、最高の出力で煌めいて。
――鉄志は盾を構え、マキナがか細い声で、仮想宝具の展開を宣言する。
そうして、世界は目も眩む光輝に包まれた。
何も変わらない、時の氏神が定めた通りの結末。
回顧は終わり、時間軸は現在に合流する。
一縷の希望もない、絶望の現在時刻へと。
◇◇
――――そう、希望はない。
◇◇
(ぇ、――)
失意の底にあったマキナが、当惑に心を揺らす。
それは、初めての経験だった。
時が止まる。鉄志も、天津甕星も、周囲を舞う粉塵の動きさえ停止している。
意味不明にして理解不能。
今際に見る走馬灯とも違う、完全なる異常現象だ。
繰り返すが、これはマキナにとって初めて直面する事象で。
なのにひとつだけ、確かに分かることがある。
(ぁ――だ、め)
これは駄目だ。
何か、とてもよくないことが、自分のナカで起ころうとしている。
それは胎動。
それは脈動。
それは出血。
それは進化。
それは絶望を薪に巻き起こる、意思(エモーション)の超新星爆発。
(やだ、やだ、やだやだやだ――当機は――わたしは――まだ――!)
この時マキナは、恥も外聞もかなぐり捨てて、自分が旧式と謗った天上の神へ祈った。
お願いします。
どうか私を壊さないでください。
私はただ、この世界を救いたいだけで。
誰も涙を流さなくていい、優しい新秩序を作りたかっただけで。
私は、人類悪(そんなもの)になんかなりたくない。
恒星神(こんなもの)になりたくて、父の理想を継いだわけじゃない。
(あの人の……ますたーの、傍に、いたい……!)
獣の霊基が鼓動して、星の兆しが臨界へ至る。
少女の切実な願いは他でもない自らの可能性によって踏み躙られ、破滅の未来が近付いてくる。
もはや回避不能の、真の絶望が煌く刹那に。
泣き叫ぶマキナの意識は形を失って、何処とも解らない異界へ吸い込まれていった。
◇◇
――――けれど此処に、たった一つの未知がある。
◇◇
薄野原の真ん中に、気付けばマキナは立っていた。
けれどすぐに解る。これは自分であって自分じゃない。
いわば意識だけがこの世界に漂流している状態で、性質的には明晰夢のそれに近いのだろうと、優秀な思考回路が解析結果を伝えた。
では、此処はどこなのか。
自分のモノでないのなら、一体誰の領域(セカイ)なのか。
その答えもまた、すぐに示される。
『……恐れ入った。噂に聞く星の悪神、天晴なり。よもや此処までやるとは思わなんだ』
神威の長刀を佩いた、一柱の美丈夫が立っている。
彼の鋒は、眼前に倒れ伏した、マキナにとって覚えのある少女へ向けられていた。
長い黒髪。和装を埋め尽くすようにべたべたと貼り付けられた無数の札。
星神・天津甕星。現在自分は、彼女の記憶を白昼夢として垣間見ているのだと理解する。
ならば、その目前に立つ武人然とした男は何者か。
大和の生まれではないマキナだが、それでも人造神霊としての直感が彼女にその正體を悟らせた。
これは神だ。
天津に弓引く不遜者を平伏させるべく、高天原から遣わされた正真の神霊。
『だが貴様の悪行も此処までよ。闇の流星何するものぞ。この武御雷の雷剣は、光であろうと斬り伏せる』
剣神・武御雷命。
経津主でさえ寄せ付けない暴虐の悪神に、最早お上も手段を選ぶことを止めたらしい。
観測者の立場から眺めていても、霊基がびりびりと震え戦慄くのが分かる。
格が違う。この男ならばきっと、オリュンポスの機神達にさえそう遅れは取るまい。
そんな最強の鬼札と対峙した天津甕星の胴は袈裟懸けに切り裂かれ、少なくとも肺を真っ二つにされていた。
墨汁を思わす黒い血溜まりが野原を汚し、生い茂るススキの肥やしになっていく。
『しかし悪神と言えど、これほどの使い手を討つのは惜しい。よって頭を垂れ、天津への恭順を誓うがいい。そうすれば命だけは取らないでやろう』
紫電の火花を散らす神剣は、逆徒に一切の異論を赦さない。
従うならば命を助けよう。逆らうならば頸を刎ねよう。
彼は正義だ。天津こそが、正義。偉大な天に平定されるのは名誉なことであり、拒むのならそれ即ち醜穢な土蜘蛛に等しい。
その傲慢な二者択一を受けて、倒れ伏した少女の唇がようやく動く。
命恋しさに媚び諂うのか、悪神らしく罵詈雑言でも浴びせてみるのか。
結論から言うと、どちらでもなかった。
『――――私はさ、どうでもいいんだ』
『……、何?』
どうでもいい。
天津甕星は、そう改められた少女は言う。
何の感情も宿らない、地の底から響くような冷たい声で。
『天津がどうとか、国津がどうとか……本当はずっと、全部どうでもいい』
『世迷い言を――ならば貴様、何故に平定を拒む。何故、天津の神を薙ぎ払った』
雷剣を握る手に力が籠もるのが見えた。
厳粛な裁断者である筈の剣神が、微かながら動揺している。
それは不可解に起因する感情。悪名高き星神が、天津に恨みはないと吐いたのだ。これは彼にしてみれば、さぞや不明な事態であろう。
一駆けで光と化し、矢を射れば山を吹き飛ばす。
憎悪のままに天を蹂躙する、闇色の宵星。
あの経津主すら寄せ付けなかった悪の神。
そんな最悪の土蜘蛛が、一体何を宣っているのだと。
詰問した武御雷に、天津甕星は淡々と続ける。
帰り道を見失った、迷い子のように。
『だって、みんながそうしろって言うから』
斬り裂かれ、千切れかけていた身体が不気味に蠢き出す。
蛆の大群のようにうぞうぞと独りでに蠢動して、露出していた肉が傷を修復していく。
救えないほど悍ましく、同時に物哀しい光景だった。
あどけなさの残る顔いっぱいに諦観を貼り付けてその様子を見守る少女の姿に、剣神は何を思ったか。
『天津を殺せって、故郷を守れって、私にそう言うから』
武御雷の冷厳とした表情が、信じ難いものを目にした風に歪む。
草葉の陰から観測するマキナも、きっと同じ顔をしていたろう。
『我らの無念を救ってみせろと、今もずっと叫んでるから――』
許せないことがある。
認められない現実がある。
腸の煮えくり返るような、悲劇がある。
ままならない現実を生きる中で、人は自然と奇跡を願った。
運命の卓袱台を、天上の筋書きをひっくり返す天変地異を。
自分にとって都合よく理を歪め、叶わぬ願いを罷り通らせる光輝なる不条理。
"機械仕掛けの神"という蜘蛛の糸を、切望した。
『貴様は……、……いや、君は――まさか……』
武御雷が、その雷剣を静かに下ろす。
彼ほどの武神が、それが致命的な失態であると解らなかった筈がない。
なのにそうしてしまったのは、彼がやはり"正義"であった故なのだろう。
『――だから私は、こうして、いつまでも、ずっと――』
肉体の修復を完了した悪神が、星の輝きに染まっていく。
ゆっくりと立ち上がった痩身は、それそのものが闇の宵星と化していた。
神を砕き、平定を拒み、傲慢な天津にまつろわぬ民の憎悪を知らしめる時の氏神。
天井桟敷の人々が望むままに生み出された、一つの悲劇の顛末がそこにある。
『もういない奴らの人形として、八つ当たりし続けてんのよ』
神威大星、星神一過。
忘我の表情で立ち尽くす剣神を、極大の流星が呑み込んだ。
地形すら変えながら轟いた星の怒りは、高位神霊でさえ易々耐えられるものではない。
恐らく完全に滅ぼせてはいないだろうが、当座は立ち上がることも出来ないだろう。
また一つ神を倒し、"みんな"の期待に応えた星神は、自傷するようにくしゃりと笑った。
『ああ、どうでもいい。
世界なんて、いっそ壊れてしまえばいいのに』
星神・天津甕星。
あなたは。
あなたは、私と、同じ――。
マキナはこの時、一切の絶望を忘れていた。
すべての恐怖を押し退けて、記憶の主であろう少女の姿に思いを馳せた。
造られた神。人造の神。誰かの願いが生み出した、偽物の神話(デウス・エクス・マキナ)。
『私は、ただ……』
最強の剣神を退けた成果を誇るでもなく。
ひとりきりの、変わり果てた薄野原の真ん中で、星神の口が動く。
言葉はもう、聞こえなかった。
けれどマキナには、その続きが推測できる。
彼女が解析に長けた半人半機の英霊だからではない。
もうひとりの"機械仕掛けの神"として、心で以って感じ取った。
――白昼夢が晴れていく。
――意識が、現実に吸い戻される。
止まっていた時間が、動き出して。
やって来るのは、マキナにとっての絶望の再開。
既に最悪の未来に向けたカウントダウンは始まってしまった。
世界は獣と星の二足の草鞋で凌辱され、また一つ都市に破滅の種子が追加される。
これは、救いなき物語。
少女達の純粋さをあらん限りに踏み躙る、悪辣な悲劇の御話。
造られた神々が織りなす、露悪趣味のような――
◇◇
「――――やっと捕まえたぜ、このクソガキが」
そんな前口上を切って捨てるが如く、男の声が響いた。
首を掴み上げられ、今にも握り潰されようとしていた無力な男。
彼を覆う装甲、デウス・エクス・マキナに明らかな変調が起きている。
天津甕星がすぐに鉄志を殺さなかったのは、その変化を認めたからだ。
火山の噴火か、はたまた超新星の爆発か。
とにかくそうした、ずっと溜め込まれ続けてきたエネルギーが弾ける前兆のような。
最高峰の暴性を宿す彼女をして、危険だと理屈抜きにそう判断させた"何か"。
それが星神の手を鈍らせた。その一瞬を、雪村鉄志は見逃さない。
「通電(スパークル)――――点火(シュート)ッ!!」
「が、っ……!?」
肘の裏側に仕込んでいた、ボールペン状の"杖"。
戦闘中、即席の推進機(ブースター)に用いられないかと期待しての備えだ。
鉄志はこれを、天津甕星が間合いに入っており、且つ隙を晒したこの一瞬を突いて起動。
結果。加速した拳は、星神の胴体を抉り抜く貫手と化した。
生身ならいざ知らず、現在彼が帯びているのは機神の装甲だ。
言うまでもなく強度は十分で、そこに速度が加算されれば即席の槍になる。
拳が天津甕星の胸を穿ち、骨を砕き、鮮血を飛沫かせる。
されど。
「何かと思えば……浅知恵ね。私の身体は、普通の英霊とは訳が違うのよ」
彼女の身体構造は、どちらかというと神寂縁に近いモノだ。
無数の魂が寄り集まって造られた、変幻自在の集合墓地。
よって本来なら致命傷の手傷さえ、ある程度なら問題にならない。
それどころか狂信者の墓標を冒した鉄志は、先住民達による強烈な抵抗を受ける羽目になった。
「ぐ、ぁ……っぎ、ィ――ッ」
腕を通じて上がってくる、"製造者"達の妄念。
比喩でなく身を焼く呪詛であり、仮にマキナを挺身していなければ瞬時に発狂死していたろうと確信する。
そうでなくとも鎧越しに腕が焼けた。皮膚が爛れ、肉が黒く焦げ付いていくのが見なくても分かる。
何せこれは、神を生み出した超特大の怨念(イノリ)の集合体だ。
溶鉱炉に腕を突っ込んだようなものだし、従って無事で済む道理などなかった。
おまけに当の天津甕星を殺し切るには何もかも足りず、鉄志はこの土壇場で、ただ自ら詰みの理由を増やしただけに終わった――
「……俺はよ。テメェんとこの蛇野郎に娘を攫われて、負け犬みてえに警察を辞めたんだ」
「はあ?」
「だけど、やっぱり未練ってのはあったんだろうな。心なんざ完膚なきまでに折れてた癖に、辞める前に職場の機密資料を多少拝借してやったっけ」
そんなつまらない破滅など――蛇の宿敵がする筈もない。
「俺の言いたいこと、分かんねえか? いいぜ、だったら教えてやるよ」
激痛の中で、それでも雪村鉄志は笑ってみせる。
そのまま、星神の体内にある目的のブツを掴んだ。
そしたら後は腕を引くだけだ。良い探偵というやつは、時に驚くほど手癖が悪い。
「クソッタレの造物主様からの素敵な贈り物――盗ませて貰ったぜ」
「っ、な……!?」
今回に限らず杉並の時もそうだが、この星神はいくら何でも大盤振る舞いし過ぎていた。
対城宝具級の火力を平然と連打し、微塵の消耗も窺わせない規格外の高燃費ぶり。
更に天津甕星が造物主オルフィレウスと結託していたことは杉並の一件で確認済み。
なら狙うべきは、彼女の何処かに埋まっている"炉心"だったのだ。
今は亡き後輩が話してくれた、ある異端狩りの魔術師の話。
かつてヨハン・エルンスト・エリアス・ベスラーを狩猟した男は、その遺物を前に心を折られたという。
即ち永久機関。人類を未踏の境地へ導く、時計じかけの方舟機関(パーペチュアルモーションマシン)。
此処でもまた因果が巡った。蛇の悪意にすり潰された後輩が、本人も意図せず鉄志へ伝えていた"重要証言"。
過去と現在が交差して、砂粒ほどの活路が押し広げられてゆく。
星神の体内から引きずり出された、見覚えのある懐中時計。
しかし鉄志が知っているものよりも新鮮な輝きを放ち、掌に収まるサイズ感であるにも関わらず、何か超巨大な生物の心臓を握り締めているような錯覚に陥る。
「返せ、このぉッ――!」
「はは、嫌なこった!」
怒髪天を衝いた天津甕星の蹴撃を、鉄志はほとんど転がるようにして躱した。
「さあ、手本は十分見せてやったぜ。次はお前の番だ」
語りかけた相手は言うまでもなく、失意に沈む己の半身。
鉄志も当然、気付いている。
自分と融合した彼女の霊基が、現在進行形でこれまでとは似て非なる何かに変容しかけていることに。
「俺みたいなちっぽけな人間でさえ、こんなイカした宝物を掴み取れたんだ」
故にこれが、最後のチャンスだ。
始まってしまった滅び、終焉へと向かう大河に一石を投じるまたとない好機。
「いつまでもメソメソしてないでそろそろ魅せろよ――救世主(カミサマ)になるッつったろうが!」
鉄志が吠える。
その声に、蚊の鳴くような声が応えた。
『…………、ぴー』
最初は、消え入りそうなほど小さく。
だが次の瞬間、絶望の底から勇気が瞬く!
『――――あい・こぴー!』
鎧の胸部装甲が開くように展開され、鉄志の放った懐中時計を呑み込んだ。
何たる皮肉か。マキナをああも忌み嫌い、手ずから葬ろうとした男の創造物が、再起した救済機構の一部として取り入れられていく。
「チッ……! 何が救世主(カミサマ)よ、私と同じまがい物が――!!」
天津甕星の矢が、闇色の爆光となって鉄志とマキナを襲う。
回避は間に合わない。誰がどう見ても即死の軌道と威力。
しかし星神が浮かべた表情は安堵でも会心の笑みでもなく、驚愕だった。
(手応えが、ない……避けた……!? あいつらにそんなスピードがある筈……ッ)
バッ、と見上げたその先。
自身の弓撃の余波で崩壊した高層ビルの成れの果て、瓦礫の山の頂点に、ご都合主義の神機は立っていた。
ああも痛ましく傷ついていた装甲が、焼けて焦げ付いた右腕が、緩慢ではあるが修復を開始している。
しかし何より注目すべきは、神機融合を果たしたマキナの霊基性能と――その放つ魔力量が格段に跳ね上がっている点だった。
オルフィレウスの『時計じかけの方舟機構(パーペチュアルモーションマシン=Mk-Ⅱ)』は、装着者に無制限のエネルギー供給を行う究極の炉心だ。
が、それだけでは、霊基そのものが強靭化している理由に説明がつかない。
事実天津甕星はかの永久機関を長い間身に着けていたが、ステータス自体は別段変動していなかった。
彼女にしてみれば全く理解不能の超常現象。されど当のマキナは、既に理屈の咀嚼を終えていた。
「元気が戻ったみたいで何よりだぜ、お姫様。謝罪とかは一旦いいから、現状の説明を頼めるか?」
『――りょ。当機は〈ニシキヘビ〉神寂縁の指摘通り、人類悪……クラス・ビーストの本質を内包していました。
認め難いですが、もう認めてしまいます。絶望の底からでも掴める宝があるのだと、ますたーが教えてくれたので』
彼女は人類悪。
いつか世界を滅亡させる、そういう宿痾を帯びて生まれた人類史の汚点。
『ただ、やはりそれだけではないようです。
当機はビーストの幼体であると同時に、天梨さんや〈渋谷の神〉のような、まったく別種の可能性も秘めている』
それと同時に恒星の資格者。
いつか世界を塗り潰す、そういう輝きを宿して生まれた剪定時空の終末装置。
現状、確認されている恒星資格者はマキナの他に四名。
しかしその中でも、彼女は特筆すべきレアケースだ。
ビーストと恒星の両刀など、あの神寂祓葉でさえ成し遂げていない。
相容れない、相容れる筈もない二つの資格が絡み合って。
最大の絶望を糧に、彼女の可能性は大爆発を引き起こした。
煌星満天という少女が、恒星の力で悪魔化の階段を段飛ばしに駆け上がったように。
マキナは恒星の力を用い、ビーストとしての自分を進化させたのだ。
『霊基再臨。現在当機は、正式にビーストの幼体として覚醒した状態にあります』
即ち霊基再臨。
無垢な機神から、原罪を自覚した悪の幼生へと看板を改めた。
これによって今のマキナは各種パラメータの強化と、幾つかの新規スキル獲得。更には一部宝具の機能拡張を実現している。
「そうか。そりゃ頭の痛くなるような話だが、その割にはあんまり悪そうに見えねえな?」
『いぐざくとりぃ。こればかりは、予期せぬ僥倖としか言いようがありません』
本来ならより独善的に、且つ徹底的に。
ケダモノらしく世界を冒し始めても不思議ではなかったが、そこで功を奏したのが、今しがた取り込んだ永久機関の存在だった。
『この霊基になって、はっきりと断言できるようになりました。
造物主オルフィレウスは当機と同じ人類悪の幼体で、しかし決定的に性質を異にした存在です。
そんな相手の"発明品"を部品として取り込んだことにより、当機の獣としての属性が機能不全――ある程度押さえ込まれているものと分析します』
人類総てを救済したいマキナ。
人類という文明を救済したいオルフィレウス。
同じビーストでも、両者の描く理想は対極の位置にある。
さながらそれはLとR。水と油、犬と猿、融和など決してあり得ぬ不倶戴天。
つまりマキナは、毒を以て毒を制したのだ。
彼女を再起させるために鉄志が見せたウルトラCが、回り回って彼女を救う形になった。
「オーケー。要は、いいとこ取りってわけだ」
『はい。そういうことになります!』
「いいじゃねえか、最高だろそれ。ようやく俺達にも運が向いてきたみてえだな」
彼らの物語は、確かに破滅へ向けて漕ぎ出した。
だが運命とは必ずしも不変の理に非ず。
たとえ神が否を唱えても、鉄志も、今はマキナもそう信じている。
「――――ああ、イライラする……ッ」
そんな希望の輝きを、闇の星神は、もう一柱の"機械仕掛けの神"は苛立ちで以って睥睨していた。
「何よ、何なのよ、どいつもこいつも私をムカつかせやがって……!」
因縁の天津神を取り逃した。
永久機関を掠め取られ、身体に漲っていたエネルギーが泡と消えた。
おまけに容易く消し飛ばせる筈の格下が、同じまがい物の神が、こんなにも真っ直ぐな輝きで己を照らしてくる事実。
そのすべてに天津甕星は噴飯している。
もはやどんな横槍があろうと、目の前の一人と一体を八つ裂きにしなくては収まらない。それほどの怒りが少女の全身を突き動かす。
「殺す。潰す。踏み潰してやるわ、塵どもが。
あんた達の見る希望なんて、私にもあの変態にも届かない、か細い燐光だって教えてあげる!」
『……アーチャー。いえ、星神・天津甕星』
マキナはそんな彼女を、貌はなくとも確と見据えていた。
『再戦の前にまずは謝罪を。
当機は先ほど、貴女の記憶を垣間見ました』
「――ッ」
『貴女は、生まれた場所も時代も違えど、当機(わたし)と同じです。
機械仕掛けの神。かくあれかしと誰かが望んで生み出された、人造の神霊』
放つ言葉が、彼女の神経を余計に逆撫ですることは理解している。
だがそれでも、これだけは伝えねばならないと思ったのだ。
自分が再び立ち上がれた理由には、間違いなく彼女の本当の顔を知ったことも一因していたから。
だからその礼と、最大限の誠意と、ほんのちょっぴりの親しみを込めて。
ギリシャのデウス・エクス・マキナは、大和の天津甕星へ思いの丈を伝える。
『あまりこういう科白は慣れてないので、伝え方として正しいのかわかりませんが――御話(けんか)しましょう、天津甕星。似た者同士な私達の、そのすべてをぶつけ合って』
星神の奥歯が、軋んで砕ける。
憎悪。憤激。そして明確な嫌悪の念が燃え上がる。
大気を軋ませ、マキナの視界にノイズを走らせるほどの莫大な殺意。
闇の宵星が過日の暴威を、真の形で取り戻す。
この少女にとって、怒り以上に優れた燃料はないのだから。
「――ほざいたな、鉄屑。保護者共々、肉片一つ残ると思うなよ」
斯くして彼らの戦いは、此処に再び火蓋を切り直す。
呪われた救済の物語が交差して、腐敗の空に星光を轟かした。
◇◇
/mid point ε:『Denouement』
流星一条――音を置き去りに迸る星神の矢が放たれる。
いや、今は彼女の肉体そのものが矢であり、砲弾だった。
魔力放出を全開にしての超高速移動。速さとは質量であり、最もインスタントに攻撃の破壊力を高め上げる起爆剤となる。
天津甕星にとって遠巻きからの爆撃など所詮一種の手加減で、真に警戒すべきはこれなのだ。
最高ランクの天井をぶち抜く超速の駆動、これに対応できなければ同じ土俵に上がることさえ不可能。
永久機関の補助などなくとも彼女はあるがままに怪物で、ある意味では鉄志達にとってカドモス以上の鬼門とも言えたろう。
事実彼らは杉並で、カドモスに食い下がることは出来ても、天津甕星に対してはほぼ何も出来なかったに等しい。
急襲であったことを含めても極悪すぎた、絶望的な相性差。当然ながらそこは今も変わらず据え置かれている。
サーヴァントとは人理の影法師。とうに終わった物語であるからこそ、そこには成長性というものがない。
持てる上限が百ならそれ以上の数字には届けないし、出力と相性の両方で負けているなら、実質の詰みと同義だ。
なのに……
「っ……"また"……!」
天津甕星の攻撃が、流星の速度で襲いかかる吶喊が、手ごたえのないまま空を切る。
一度ならば偶然で済もう。だが二度ならそこには何某かの理由が介在している。
そして事実、鉄志達は自信を持って彼女の猛攻を躱せていた。
『コード:バッカイ及びボイニッサイより、カドモス実行!』
鉄騎の右手に出現する青銅の槍。
杉並では限定実行に留まったが、今のマキナはこの外装を完全に参照先(レパートリー)の一つとしていた。
空振りの隙を補うために天津甕星がけしかけてくる光の鋒矢を、鉄志が刺突の一撃で押し破る。
盾に頼ることなく、近接武装のみで玉弾きを成せるまでに、装甲機人の馬力が急伸を見せている。
「芸がねえな!」
「言ってろ三下ぁッ!」
次いで再びの肉薄、からの今度は徒手空拳。
技巧自体が三流以下でも、瞬電の拳速があれば徹甲榴弾の乱射に等しい。
だがこれに対しても、鉄志はもう退かなかった。
槍術の心得などない男が、見惚れるほどの槍捌きで次々と星神の魔拳をいなしていく。
それどころか、防戦一方のジリ貧というありがちな袋小路さえ跳ね除けた。
「づぅおぉぉおおぉッ!」
「っ、ぎ……!?」
間断のない打撃の雨、その合間を縫って敵を突き穿つ驚異の反撃。
閃いた切っ先は天津甕星の肩口を抉り、苦悶の声を零させる。
天津甕星は苛立ちも露わに、強く地団駄を踏み下ろした。
一見するとただの癇癪だが、それにさえ災害の武力を宿らせるのが荒神という存在だ。
踏み締めた地面が文字通り爆裂し、闇色の閃光を伴いながら両者を共に吹き飛ばす。
そう、天津甕星自身もだ。猪突猛進以外の択を知らない暴れ牛が、あちらの間合いで付き合い続けるのは分が悪いと判断した。
「……なるほど。確かに、多少はマシになってるみたいね」
切り裂かれた肩が、焼き鏝を押し当てられたような痛みを訴え続けている。
この感覚には覚えがあった。そう、かの外装の元型(オリジナル)――青銅王カドモスの槍撃を受けた時と同じものだ。
「英霊のガワだけじゃなく、その技術まで再現できるようになった……ってところかしら?」
『正解です。現在当機の第二宝具には、幾つかの新機構が追加されています』
やはり、と天津甕星は歯噛みする。
これまでのマキナは、彼女の宝具『熱し、覚醒する戦闘機構(デア・エクス・チェンジ)』は、あくまでも英霊の武装のみを再現するのが精々だった。
欠点は明白だ。仮に一流の武器と、仮想宝具展開という奥の手があったとしても、担い手が素人では発揮できるパフォーマンスも頭打ちである。
圧倒的な格上に対し対抗はできても、凌駕することができない。
戦闘が長引けば長引くほど地力の不足が浮き彫りになって、結果的に押し潰されてしまう。
先刻までの彼らはまさにそうだった。しかし霊基の再臨に伴い機能拡張が施された現在の神機融合モードは、その陥穽さえ克服していた。
外装の元型となる英雄との親和性。
或いは、それに対する理解度。
その二項目を参照し、数字の高さに応じて"原典に近付いていく"。
武装だけでなく、これを扱う英雄達の技をも再現し、より高精度な借用を行えるようになったのだ。
『対話(たたかい)に応じていただき、ありがとうございます。その心意気に応えて、新たな当機をお見せしましょう』
「そういうわけだ。いつまでも大上段から驕ってんなよ、足元掬っちまうぞ?」
これによりマキナを挺身した鉄志は、真の超人となる資格を得た。
星神の中で、取るに足らないと思っていた一人と一体の脅威度が引き上げられてゆく。
だがそれでもまだ不足だとばかりに、機人は構えを取った。天津甕星も覚えがある筈の、あの構えを。
『時の氏神は、掲げる慈悲を此処に示す。
仮想宝具起動回路励起――All's well that ends well(終わりよければ全てよし)!』
目を見開く。
同時に、怒りではなく焦燥で弓を引いた。
確信したからだ。永久機関なき身でこの一撃に被弾すれば、今度こそ只では済まないと。
「『――――我過ちし栄光の槍(トラゴイディア・カドメイア)!!』」
それは王者の槍。
大いなる栄光と、惨憺たる悲劇の歴史を造る第一歩となった覇の一閃。
天津甕星の繰り出した流星を、青銅王の幻想が薄紙のように引き裂いていく。
「――、――」
拮抗したのもほんの一瞬。
直撃こそ避けたものの、今度は星神の首筋に裂傷が走っていた。
死の予感が心胆を凍り付かせ、次の瞬間には灼熱の憤怒に変わる。
だが、憤っていたのは彼女だけではなかった。
その体内で寄生虫のように蠢く数多の怨念が、怒号の如きイノリを叫んでいる。
「――うるさい」
何をしている。
殺せ。殺せ。
引き毟って晒してやれ。
首級を、臓腑を、骨の一本に至るまで穢し涜して辱めろ。
「うるさい、うるさい、うるさい……!」
大丈夫、おまえなら出来る。
おまえにしか出来ない。
何故ならおまえは神なのだから。
我らを天津の圧政から救い給う、時の氏神なのだから。
お願いします、お願いします。
カガセオさまよ、お願いします。
どうか憎き奴輩の血肉で尊き大地をお潤しください。
お願いします、お願いします――
「言われなくてもやってやる! やればいいんでしょ! 喚くな、鳴くなぁッ! うるさいうるさいうるさいうるさい……!!」
内から響く亡者(かぞく)達の声に、天津甕星は頭を掻き毟って絶叫した。
病質者の発作めいた挙動は支離滅裂だったが、鉄志達、特にマキナの思考回路には緊張が走る。
「おい、こいつは……!」
『魔力反応、向上を確認――120、130、……150、200%――そんな、まだ……!?』
追い詰められて自棄になったようにしか見えない星神から、既知の観測結果を覆す域の魔力放出が行われているのだ。
此処まで彼女が見せてきた怒りや癇癪がマグマを噴き上げる噴火ならば、今のこれは宛ら、山体そのものを微塵に吹き飛ばす破局噴火。
名だたる天津神に恐怖を味わせた大和最強の悪神が、遂にその真髄を開陳せんとしていた。
「悪い、マキナ」
鉄志は特務隊時代、何十人という魔術犯罪者の往生際に立ち会ってきた。
潔くお縄に付く者もいないではなかったが、普通の犯罪者同様、見苦しく足掻いて抵抗するケースがほとんどだ。
――魔術犯罪者は、崖っぷちが一番恐ろしい。
特務隊の誰もが肝に銘じていた一文である。
後先をなくした彼らはそれまで温存していた術やら兵装やらを開帳し、総動員して抵抗してくるもの。
鉄志は今、目の前の星神に彼らと同じものを感じていた。
来る。確実に。これまでで最も巨大、且つ致命的な事象が具現化しようとしている。
「此処で刈り取るぞ。もう一発、駄目押しをぶちかます!」
『っ――りょ、ますたー! 仮想宝具・『我過ちし栄光の槍』の再発動を実行します……!!』
よって、敵への配慮なぞしている暇はない。
抜かせる前に潰す。そもそも何もさせずに制圧するという対魔逮捕術の骨子に則り、闇の星神へと駆けた。
――天津甕星は。
そんな彼らのことを、喜怒哀楽の総てが複雑怪奇に織り交ざったような眼光で睨め付けて。
「底からでも掴めるものがあるとか吠えてたわね。なら望み通り、本物の底(ぜつぼう)を見せてあげる」
オーロラめいた漆黒の淡光を放つその右手を、迫る青銅の槍へ翳した。
やったことはそれだけ。防御というにも拙すぎる、今度こそ本当に技術も何もない淡白な動作。
しかし激情に支配された星神は、"ただそれだけ"で不条理を巻き起こす。
「『なッ――』」
触れた槍が、押し返される。
それどころか黒鉄の鎧に亀裂が入り、機体が溶け落ちそうなほどの灼熱に全身が沸騰した。
地獄の苦痛だが、その衝撃にさえ驚愕が勝る。
馬鹿な。有り得ない。たとえ再現された贋作でも、テーバイの英雄王が振るう絶技は天下無双だ。
そんな栄光の槍が手のひら一つに阻まれ、あまつさえ押し返され、担い手ごと焼き尽くされようとしているなんて――起きてはならない凶事だった。
「軽すぎる。この程度の悲劇で私を、私達を語るなんて片腹痛い」
「ぐ、が、ぁぁあぁあああッ――!!」
鉄志が吹き飛ぶ。
機人の全身が黒煙をあげ、溶解しながらもんどり打った。
先手必勝の目論見を挫かれた格好だが、この程度で済んだと安堵するべきだろう。
もし少しでも歯車がかけ違っていれば、鎧の中身まで焼き尽くされていても不思議ではなかった。
それほどの火力。それほどの熱量。身を以て実感する。自分達がゴールだと思っていたものは、パンドラの箱を塞ぐ蓋に過ぎなかったのだと。
『天津、甕星……あなたは……』
マキナの声には、隠しようもない戦慄が滲んでいた。
観測し、実際に接触し、掠め取れた解析結果。
『あなたは……自分が燃え尽きても、構わないというのですか……!?』
アーチャー・天津甕星の霊基は、現在暴走状態にある。
サーヴァントとは霊核を起点に、魔力で構成された肉体の皮を帯びた存在だ。
だからこそ彼女らは動力源を血液ではなく魔力に依存し、これが欠乏すると機能不全を引き起こす。
霊基の一部を矢に変える宝具を持つ彼女は、自分の全身そのものを一つの矢と見立て、過剰励起(オーバードライブ)を引き起こしたのだ。
言うなれば爆発寸前の原子炉のようなもので、莫大という言葉ですら生ぬるいエネルギーを持てる代わりに、己そのものを破滅的に自壊させている。
当然、こんな真似をして無事で済むサーヴァントなどいない。
まして今の彼女は永久機関の自動修復機能も失っている身であり、どう考えても遠からず自滅するのは見えていた。
「逆に聞くけど、それって何か問題なの?」
故にマキナの疑問は当然のもの。
しかし天津甕星は、そもそも英霊らしい円熟した精神性など有していない。
「確かに、こんなことをしたら私は消えちゃうかもね。でもだったら、消える前に終わらせてしまえばいいだけじゃない」
要は馬鹿なのだ。
神の称号を背負わされた少女の時間は、依代にされたその時からずっと止まっている。
だがこの針音都市において、幼気ほど恐ろしい概念は存在しない。
道理を無理で通すのが主役の条件。今や誰もがそう理解っているから、続く彼女の言葉を荒唐無稽な戯言と切り捨てることは出来なかった。
「今から全員――私が殺すわ。あんた達も、クソ天津神も、カドモスのジジイも、オルフィレウスも、全部、全部、全部全部全部全部」
自分が消滅する前に、針音都市の全演者を殺戮し、聖杯戦争に勝利する。
「大丈夫、無茶をやるのは慣れてるのよ。最初はみんな笑うけど、終わってみれば揃って同じ言葉を吐くんだから。"これは何かの間違いだ"、ってね」
自分にはそれが出来る。
不可能だの分不相応だのと賢しらに語る連中の鼻を悉く明かし、最強の悪神と恐れられたのがこの私なのだから。
戦慄の視線を浴びながら、天津甕星は微笑した。
天女のように美しく、魔物のように獰猛な薄笑み。
瞬間その身体が、翼もなしに空へと浮かび上がっていく。
背に広がる腐敗色の空に、星空が出現する。
「我は災害、我は悪神、我は甕星、我こそ星神――来なさい、人柱の神。その創神、この私が推し測りましょう」
千を優に超える、漆黒の穹窿。
闇色の天の川を構成する星々の、そのすべてが天津甕星の銃口だ。
よって逃げ場はない。令呪で逃れようと、これはどこまでも敵を追いかけて焼き尽くす。
いつか自分に捧げられた願い。
今も狂おしく苛み続ける数多の祈りを、一つ余さず成就させるまで。
『ますたー。お願いします。立ってください』
初めてのことだ。
マキナが、鉄志に戦闘の続行を懇願した。
『正直、思考回路(あたま)はまだいっぱいいっぱいです。
分からないことも、怖いことも、数えるのが億劫なくらいたくさんあります』
だけど、と、もう一体の少女神は続けて。
『それでも一つだけ、確かに分かることがあるから』
主の視界を通じ――空の彼方で燃え上がる同類の姿をはっきりと見据えた。
天津甕星。大和にて製造された、"機械仕掛けの神"。
降り掛かった悲劇を許せなかった人々の無念(ネガイ)の結晶。
美しいほど純粋で、吐き気がするほど悍ましい、そんな信仰が創り上げた人造神霊。夜より闇(くら)く輝くその姿が、マキナを導く篝火になる。
『此処で彼女を救えないようでは、当機に神へ至る資格などありません。なので、どうか――』
「成長したな。ちゃんと言えたじゃねえか」
相棒の願いに応えて、鉄志は軋む身体に鞭打ち立ち上がった。
先の一撃だけでそれまで受けた総量を凌駕するだけのダメージを食らわされたが、取り込まれた永久機関が損失を補填してくれている。
ロジックに助けられるなどご都合主義の名折れだが、失望させないだけのものを魅せてやれる自信はあった。
「いいさ、みなまで言うな。俺は蛇を斃す。お前は、自分の目指す道を貫き続ければそれでいい」
『……、ますたー』
「その代わり、全力全開の支援を頼むぞ。こちとらさっき、お前がショボくれてたせいで死ぬ思いしたんだからな」
悲劇など、運命など、もうたくさんだ。
それが素晴らしいものだと謳うなら、その常識ごとぶち壊そう。
道理を無理で蹴散らして、大団円の旗を無理やり立てる――デウス・エクス・マキナをやってやる。
「一緒にぶっ倒すぞ、マキナ!」
『はい! 征きましょう、ますたー……!』
空に時の氏神。
地に機械仕掛けの神。
これより始まるのは、恐らく有史以来初めての、人造神霊同士の死闘である。
◇◇
『上空、魔力反応――756! いずれもが標的の宝具、『神威大星・星神一過』と同一の性能を有していると見られます!』
756発の、A+ランク相当の極光砲撃。
それですら恐らく、展開された星々の半数にも及んでいない。
遊びも未来も捨てた星神は正真正銘、神話の怪物そのものだった。
その上相手は空に居る。そこが彼女の壇上である限り、用いられる攻撃手段も相応に限定されてしまう。
「なるほど、初っ端から絶望的ってわけだな。だったら……!」
『ええ、当機も同じ考えです。行きましょう、彼女の舞台上まで!』
ならばどうするか。
答えは一つ、こちらも空に昇ればいい。
アキレウスの外装を取り出す手もあるが、彼との同調率はやや心許なく、星神の射撃を掻い潜る一枚としては懸念が残る。
ならば――鉄志とマキナの結論は一致し、彼らはすぐさま実行に移った。
地を蹴り、魔力噴射で天まで飛翔する。
そこへ降り注ぐ、星光の重射弾幕。
数十発は躱せても、全弾いなすなど無理難題だ。
しかしそれを可能とする手段も、救済の神機は貯蔵していた。
「――神機変装(フォームチェンジ)!」
『コード:ヒケティデスより、アテネ実行……!』
巨大な大盾の神器を手甲状に換装し、仮初の防御手段としながら針の穴を抉じ開ける。
縦横無尽に翔び回って星の砲撃をすり抜けながら、どうしても避け切れない分は盾で防ぐ。
このようにして鉄志達は目的を遂げ、天津甕星と同じ高度まで辿り着くことに成功する。
「おかしいと思ってたけど、やっぱりそういうコトか。呆れたわね、主従揃って手癖が悪いなんて」
天津甕星は驚きではなく、嫌悪を込めた一言を漏らした。
そう、思えばマキナが再臨を遂げてからというもの、この鉄騎の挙動は違和感のあるものだった。
星神の超高速戦闘にさえ対応する、明らかに以前までとは段違いの駆動力。
霊基性能の向上が齎した副産物というには、あまりにも伸び幅が大きすぎた。
地上戦の時点では測りかねていたが、乗騎もなしに空中戦の土俵までついて来た彼らの姿を見て星神はとうとう得心至る。
「あんた、天津甕星(わたし)を挺身させているのね。デウス・エクス・マキナ」
『ご明察です。この宝具が再臨で獲得した新機構は、全部で三つ』
何のことはない。
彼と彼女は本当に、自分と同じ領域の存在になっていたのだ。
『一つは、先に見せた"原典へ近付く力"。
もう一つは、"二つの外装を同時に展開する力"』
カドモスの外装を纏っていた時も。
アテネの外装を纏っている現在も。
マキナはずっと、鉄志にもう一つの外装を被せ続けていた。
『そして最後に、"外装を追加搭載する力"』
機動力の不足という、対星神では致命的な欠点。そこを補うためのロケットブースター。
針音都市で彼女が関わってきた者の中で、その理想形を実現できるのは一人しかいない。
『当機は再臨して最初に、貴女の外装を追加しました。
コード:舎人親王による天津甕星実行。
それが、当機達を星空(ここ)まで押し上げた力の正体です』
外装の銘は天津甕星。
マキナの第二宝具は進化して尚、彼女自身との性質的親和性を重んじている。
悲劇と縁が薄ければ獲得自体が難化するし、よしんば外装化出来たとしても、マキナの理解度が浅ければ強力な性能は発揮できない。
しかしその点、この星神は両方の条件をクリアしていた。
悲劇に歪められた生涯と、"人が造り出した神"という機体の少女との共通項。
更にマキナは記憶世界への潜航を通じて彼女のことを深く理解するに至っており、同調率の高さは従来五種をも超えている。
「……はぁ。つくづく――」
なんとも皮肉な話だ。
己を邪魔立てする最大の障害が、他でもない自分自身だなんて。
星神は嘆息する。だが次の瞬間、臨界化した五体が、放つエネルギー量を優に三倍は跳ね上げた。
「――癪に障るヤツね、あんた達はッ!」
同時に吹き荒れる、神の癇癪。
空の星が回転し、薙ぎ払いの軌道で砲火を乱舞する。
宛ら極光の旋盤だ。此処まで来るともう射撃と呼んでいいのかも怪しく、確かなのはもしこれに断たれれば、斬られた部位がどこであれ即死に至るだろうこと。
そんな神刃が、空を埋め尽くしていく悪夢。
どこまでも追い縋ってくるのなら、改めて逃げ場を奪えばいいだけのこと。
短絡的な発想だが、実現できるだけの力があるなら神算鬼謀にも勝る極上の戦術と化す。
「っ、お、おおぉおおおォォ……!」
『コード:アルケスティスより、ヘラクレス実行――!』
一方向の防御しか不可能な盾ではどうあっても凌ぎ切れない。
そう見たマキナは、物理的攻撃力に長けたヘラクレスの棍を鍛造した。
現在の同調率では天津甕星に一位を譲るも、それでもこの外装は勝るとも劣らない高数値を叩き出している。
そこに加えてマキナ自身の躍進による機体の性能強化が、鉄志に絶望を打破する力を与えた。
「憎まれっ子何とやらってな。こっちも啖呵切った身だ、そう簡単に死んだんじゃ格好付かねえぜ……!」
大英雄の技巧を限定的に拝借し、迫り来る星の断裁刃を次々と爆散させていく。
形なきものを物理で叩き潰すなど道理を無視しているが、彼らはご都合主義の化身。
むしろこちらこそ平常運転で、逃げ場なき天空に鉄志だけの生存圏が確立される。
とはいえ。この流れは不味いと、鉄志は鉄騎の内側で焦燥に顔を顰めていた。
「指示から外装の展開まで、ざっと一秒ちょっとってところかしら。だったら、間に合わないように撃ち込めば終わりじゃない」
そう、致し方ないとはいえ盾(アテネ)を引っ込めてしまった。
攻防一体と言えば聞こえはいいが、攻撃力をアテにした防御が機能するのは敵の攻め手が対応可能の範疇に収まっている内だけだ。
「私が言うのも何だけど、拙いわ。所詮ガキの背伸びね、見苦しい」
「づ、ォ――!?」
そして、星空を埋め尽くす数千の銃口など、所詮は露払い用の設備に過ぎない。
真に恐ろしいのはこの悪夢を具現させている星神、天津甕星本体だ。
彼女の放った矢は先の宣告通り、一秒を十に刻んでも尚足りないほどの絶速で鉄騎の腹部へ直撃した。
「が、ァ――ぎ、ィ……!」
これは死ぬ。鉄志は、すべてを忘れて本気でそう思った。
強化された装甲を以ってしても衝撃を殺し切れず、中の肉体が血袋と化す。
気をやらないために頬肉を噛み潰したが、それでさえ一瞬眼球が完全に裏返った。
(冗談、だろ……! まだ先があるってのかよ、此奴……!!)
折れた骨の数は十や二十では利くまい。
再臨前の機体強度なら即死だったことは想像に難くない。
性能強化と、オルフィレウスの永久機関による自動修復(リジェネレーション)。
どちらが欠けていても鉄志達は詰んでいた。這々の体で掴み取ってきたすべての要素が、ギリギリのところで辛うじて彼らを生かしている。
「しぶといわね。ちょうどいいわ、気になってたの。生きていられたら答えてちょうだい」
だが、所詮まだ一発。
天津甕星に限界はない。
自分が消え果てることすら恐れない不退転の悪神は、正真正銘、垓てを知らない猛獣だ。
「――まがい物の分際で総てを救えるって、あんたは本気で信じてるの?」
その一発ですら鉄志達を鎧ごと破壊しかけた極星矢が、矢の再装填(リロード)もなしに連射される。
ガトリング砲を思わす火力で爆ぜた光の矢雨は、問いへの答えなど端から期待していない、そうとしか考えられない無体さだった。
「認めたくないけど、確かに私とあんたは同類なんだろうね。
そのはじまりから抱く思想、目指す未来まで、全部他人の借り物。
自分で決めたことなんてひとつもない。カミサマという名の操り人形、それが私達」
よって間断はない。
これは、情け容赦という言葉など持っていない。
いや、正確には持っていた。
月並みな、ごく一般的なものを。
それさえかなぐり捨てて、彼女はこんな怪物に成ったのだ。
「私はもう諦めた。だってそうでしょ? 自分達で叶えることすら諦めて、人の背中に乗っけるしか出来ない馬鹿共の理想なんかが――」
すべては、皆の望みに応えるために。
こんな世界は嫌だと嘆く、その声(のろい)を叶えるために。
人造の神は願いにより生まれる。
尊き祈りを操作糸として、虚構の神話は滑稽に踊り続ける。
いつか理想に辿り着けると。そう信じていてもいなくても、虜囚の彼女達は歩み続けるしかない。
「叶うわけがない。すべては妄想で、見初めた人柱を苛み続ける呪いでしかない。私達の行く先に待っているのは理想の成就なんかじゃなくて、永遠に続く虚無があるだけだ」
『――そう、かもしれません』
声が、響く。
生物の生存する余地がない流星雨の只中から、同胞の声がする。
『かつての当機なら声を荒げて否定していたでしょう。頬を膨らせてむくれていたかもしれません。
でも、当機はもう知ってしまった。自分がどのようにして生み出され、その先に待つものが何なのか』
有り得ない。星神の眉が、ぴくりと動く。
それでも手を緩めなかったが、続く科白は射撃を叩き込んでいた地点とまるで違う方角から聞こえた。
『貴女の言う通り、すべては虚無に通じているのかもしれない。
製造者(おや)が夢見、私達が引き継いだ志は、誰も彼もを不幸にする呪いでしかないのかもしれない。
でも!』
瞬間、天津甕星は起きた事象を、もとい敵手の取った対抗策の仔細を理解する。
確かに、彼女の重火力爆撃は言うまでもない致命のソレだった。
まともに相手していたのでは潰れてしまう。
これに対抗するにはかつて星神が気まぐれに喧嘩を売った北欧の女神か、本家本元の青銅王の全力。そのレベルを持ってくるのが最低条件だ。
そう解ったからマキナは打ち破るための方策ではなく、あくまで生を繋ぐ手段を模索し、主へ献策したのだ。
仮想宝具『射殺す百頭(ナインライブス)』。
ヘラクレスの棍を用いた、疾風怒濤の九連撃。
支配の蛇にさえ痛打を与えた絶技を用い、目下自分達を打ち砕かんとする星砲を断割した。
その上で天津甕星の外装を最高出力でぶっ放し、後続の射撃に突っ込みながらの強引な離脱策を敢行したのである。
当然無茶の代償は巨大。鉄志の仮面は半分ほど割れ、下の素顔が露出している。
そんな姿ではあったが、狙い通り命だけは繋いだ。命さえあればどんなドン底からでも掴み取れるものはあると、教えてくれたのは他でもないマキナの相棒だ。
『ならば当機は――その悲劇さえも超えてみせたいのです!』
「ッ……!」
マキナの舌鋒と共に、鉄騎が星神へと突っ込んだ。
元型に勝るとも劣らない速度が重量となって、直撃させた前蹴りが久方ぶりの苦悶の声を引きずり出す。
『当機が目指すのは旧式の神を超え、幸福の無辺光で全人類を照らし続ける新型の神。
すべての悲劇を殺すと宣うのならば、自分自身を見舞うそれを跳ね除けられずして何としますか』
「おめでたい頭ね。どこまでも奴隷根性据わってるってわけ!」
『元より神とはそういうものでしょう。えと、めし……めっし、ほーこー……? そうです、滅私奉公。とにかくそんなの上等です!』
だが、これで胸を撫で下ろすなかれ。
星神の間合いに入っただけでは、優勢劣勢を覆すターニングポイントにはなり得ない。
『至る未来が解っているのなら、それを回避するために全力を尽くしましょう。それも含めて、当機が唱える創神論と――再定義します!!』
「そういう理屈がぽんぽん出てくる時点で、あんたはやっぱり人形なのよッ!」
喝破の声が轟いた瞬間、鉄騎の胸部装甲が陥没した。
軌道を追うことも叶わない、天津甕星の徒手空拳が原因だ。
しかもこれもまた、嵐となって矢継ぎ早に、救済機人の総身を打ち据えていく。
規模が変わったとて、英霊の性質自体はあくまで不変だ。
天津甕星の骨子とは速さであり、その最高速度に並べる英霊は針音都市に存在しない。
その気になれば得物も、弾薬も必要としない砲撃手。彼女はそういうモノなのだ。
「何が神だ! 何が理想(ユメ)だ! 押し付けられた側の気も知らないで、耳触りのいい言葉ばかりをべらべらと並べ立ててくる塵屑ども!!」
血走った眼球を剥き出しにして吠えながら、天津甕星はひたすらに殴りつけた。
もう問答の体すら崩壊させ、ありったけの感情が大爆発を引き起こす。
「"こいつら"の世界に私はいない! 私達の顔なんか見ちゃいないんだよ、誰ひとり!
そんな奴らのために骨を埋める覚悟だって? 綺麗事も大概にしろっ、荷物の重さに酔っ払ったクソガキが……!」
一秒ごとに削れていく機体と、それを運用する鉄志の体力。
対する天津甕星は、これだけ暴力の限りを尽くしているのに欠片も損耗している様子がない。
いや、彼女は既にそういう次元を過ぎ去っている。
自己の破滅さえ呑み込んだのだから、後は目的を果たすまで延々と力の限りをぶち撒けるだけだ。
彼女の場合。削れているのは身体ではなく、きっと――
「あんたは何も知らないだけだ。まだ足腰も立たない子どもが、教典を読み聞かされて悟った気になってるだけ!
私は歩いた。見て、知って、嫌になるほど味わった! 今も味わい続けてる! この道に、綺麗なものなんか何一つないんだよ!!」
――心の方。
現に見よ、荒ぶる星神のその表情を。
終始圧倒的な優位に立ちながら、泣き叫ぶように咆哮して、余裕などかなぐり捨てて犬歯を剥き出している。
――なればこそ。
やはりまだ、機神の主従にも勝機は残されているのだろう。
『なら――当機は、それをも探し出しましょう』
「っ……」
『当機はもう、ひとりではありません。
ますたーがいるし、この都市で出会い関わってきた多くの人達がいる。
そしてこれから重ねる出会いのすべて、一つたりとも無駄にはしないと誓います。
貴女の歩んだ辛い道のりを、一歩一歩、緩慢でもしっかりと踏み締めて。貴女の見つけられなかった"しあわせ"のピースを拾っていくから!』
だって、聴いてみろ。見てみろ。
星神の糾弾に対し切り返す、少女の声を。
止まぬ打撃の雨の中でさえ、笑みを浮かべた男の貌を。
『だから、貴女も……もう、そんな哀しい顔をしないでください。
神は泣かない。そう胸に誓った筈なのに、なんだか泣きたくなってしまうじゃないですか』
「だ、れが……!」
実情と絵面が完全にちぐはぐだった。
そしてその実情すら、徐々に、されど確かに形を変えていく。
ヘラクレスを引っ込め、アテネの再展開。
これにより盾を呼び出し、拳の乱打を軽減しつつ、逆に隙あらば押し返していくのだ。
天津甕星は武芸を修めていない。技と呼ばれる分野においての習熟度は、生涯のすべてを束ね合わせても鉄志一人にさえ及ぶまい。
だから成り立つ。その捨て鉢にも思える児戯の拳を、人間の鉄志が学習し、対応するという番狂わせが。
「どうだよ。俺の相棒も、なかなかやるもんだろ?」
「ぢ、ッ――」
星神の猛攻が、遂に破綻する。
鉄志が頭半個分の動作で彼女の打撃を躱し、その側頭部に盾の一薙ぎを叩き込んだ。
必然的に開く彼我の距離。
論を俟たず、鉄志達にとってはまたとない攻めの好機だ。
なのにそれを憚らせたのは、背後、否四方八方に開いた数千の銃眼、そのすべてが感光し射撃の予兆を匂わせていること。
そして。
「――はぁ、はぁ、ぁ、ぁぁぁ……ッ」
大した痛打も受けていないにも関わらず、激しく肩を上下させた天津甕星が、此処までで最大と言っていい凶兆の魔力反応を醸していることだった。
(――なんで?)
当の彼女の脳裏を埋め尽くすのは、心からの当惑。
(なんで、こいつら、死んでないの?)
自分は、ずっと全力でやっている。
本来なら目の前の主従をとっくに捻り潰し、跡形も残さず消し飛ばして、本願の成就に向かっている筈だった。
蛇腔の総てを殺し。その外に広がる都市をも、星の暴威で嘗め尽くす。
あの唾棄すべき変態に栄光を与えてしまうのは不服だが、もはやそこは言うまいと妥協して、淡々と為すべきを為す腹積もりでいた。
なのに目の前に広がるこの光景は何だ。
取るに足らないと侮蔑した"同類"が、今も息絶えることなく、蝿声めいた戯言を囀り続けている。
(私の方がずっと強いのに。私はちゃんとカミサマとして働いて、働かされて、こんなガキよりよっぽど頑張ってきた筈なのに――)
製造(つく)られた時期も、活動した時間も、自分の方が上だというのに。
これではまるで、駄々をこねる子どもと先達ではないか。
あるべき形が逆転している。そのことは、天津甕星に焦燥などという次元を超えた狼狽を齎した。
(私より、こいつの方が、器だったってこと?)
だとしたら、自分は何故。
なりたくもない神にさせられて、孤独の日々を重ねなければならなかったのか。
「――――は」
気付けば、星神は笑っていた。
「は、はは」
これまでのような憤怒に任せた癇癪から来る哄笑ではなく、心底可笑しくて堪らないというように。
出来の悪いテストの点数を自虐するように、神の姿をした少女は嗤う。
それはある意味では弱々しく、威嚇する捨て猫のような側面のある姿だったが。
だからと言って憐憫など掛けられる筈もない。何故なら今の彼女こそ、鉄志とマキナが見てきたどの瞬間よりも滾っていたから。
「分かった。分かったわよ、そうまで言うなら望み通り、本気の喧嘩をしようじゃない」
空の星が、一点に束ねられていく。
即ち天津甕星の指先だ。
無秩序の混沌が、神の弓矢というあるべき形に回帰する。
闇の宵星、国津の流星。
その全霊が、少女の細指に手繰られていた。
細く、それでいて勁く、先代の機械仕掛けの神が創神を解き放つ。
「これが私の全力。言うまでもないだろうけど、回避なんて興醒めなことさせないわ。あんた達に取れる択は迎え撃って、凌駕することだけ。それが出来なきゃ二人諸共、この星光の露と消えると知りなさい」
続く科白が脅しの類でないことは、マキナの解析を待つまでもなかった。
鉄志は吹き飛びそうな意識を半ば気合で維持して、眼前に顕現した一つの究極を仰ぎ見る。
――勝てるか? 否、勝てない。それでも勝たねばならない。持てる手札の総てを尽くして。
(あぁ、そうでなくちゃ筋が違うもんな)
斃したい怨敵も、見届けたい歩みも、まだ残っているのだ。
なのにどうして、その道半ばで膝を屈することが出来ようか。
燃え上がる意地は現実の力となって、黒き鉄騎の内界へ横溢する。
永久機関は究極の炉心。装着者の願いを科学的に成就させる、数理世界の願望器なれば。
「――決めるぞ、マキナ」
『はい、ますたー。どうかお供をお願いします』
次の激突が、確実にこの死闘の最後になる。
生き残るのがどちらにせよ、負けた方が死ぬのだけは変わらない。
星神の全力が打ち砕くか。機神の全霊が押し通るか。
運命は二つに一つ。互いに時の氏神なのだから、不確定要素の介入が起こる確率は絶無に等しい。
――嵐の前の静けさ。
ついさっきまでの轟音乱舞が嘘のように、空は静まり返っていた。
そんな凪の中心で、少女と少女が対峙する。
この戦いにおいて、雪村鉄志は端役に過ぎない。
あくまでも主役は、誰かの願いが創った二柱の少女神。
星神が、弓を引き絞る。
機神が、外装の選択を終える。
よって、これ以上の待ったは無し。
いよいよ最後の決戦が始まるその寸前、天津甕星は、不意に口を開いて。
「マキナ。あんたはさ」
製造時期的には後輩にあたる彼女の名前を、呼んだ。
「よかったね。一緒に歩いてくれる人がいて」
ああも罵り、否定し、糾弾していたというのに。
この時ばかりはその声は、旧知の相手へ語りかけるような穏やかさを孕んでいた。
もしも自分の主人が、あんな下劣極まりない邪悪でさえなかったなら。
例えばそれこそ雪村鉄志のような、真っ当な善性を持った"誰か"であったのなら。
ひょっとすると、何かが違っていたのかもしれない――
一瞬、そう考えて。
有り得ないな、と首を横に振った。
「私は、ずっと」
だって私は、こいつのようにはなれないから。
こんな風に人と寄り添い合って生きるだなんて出来ない、やさぐれたガキだから。
「ずっと、独りぼっちだったから――羨ましいよ」
鍍金の下から覗いた心からの本音を餞に、星神は全力全霊の一撃を解き放った。
これなるは、破壊の究極。
平定を覆せ、天津を地に落とせ、そう願われた少女に宿った暴力のすべて。
肉体のみならず魂さえ焼き尽くす大焦熱の流星が、あらゆる光を呑み干しながら狂い咲く。
「『神威大星・星神一過(アメノカガセオ)』――――!」
体内から響く怨嗟の絶叫さえ、もう天津甕星の耳には届いていない。
生まれて初めて、自分の意思で、勝ちたいと思えた相手なのだ。
皆に望まれた神としてでなく、一人の女として闘志を爆裂させる。
回避不能。防御不能。活路は正面突破、ただそれだけ。
あまりに常軌を逸した難易度であることを承知の上で、しかし鉄志に迷いはなかった。
何故なら己には、この都市の誰より頼れる相棒が付いている。
鼓膜が消し飛びそうな轟音の中、彼女が伝えてきた撃破方針に命を懸けるのみ。
(負けて、堪るか)
死ぬわけにはいかない。
鉄志が幾度となく自分へ言い聞かせてきた言葉だが、この時ばかりは重みが違った。
久しく味わっていなかった、自分一人の身体ではないのだという感覚。
一心同体、比翼連理――敵が個にて暴威を誇るなら、こちらは番いの翼で押し破らん。
『英霊外装、並列展開!
コード:舎人親王より、天津甕星実行!
並びに――コード:オレステスより、アポロン実行……!』
選ばれた外装は討つべき敵と、そして天弓の太陽神。
脚部から爆光を迸らせ、限界まで加速して、迫る神威大星(ミカボシ)に吶喊していく。
選んだ姿勢は飛び蹴りだった。
突き出した右足を一本の矢に見立て、一条の閃光として空を疾駆する。
速く、速く、肉体が擦り切れようとも加速を止めない。
速度即ち破壊力という、かの星神が最も重用してきた物理法則。そこに勝機を見出す算段は、成程確かに彼我の出力差を埋める上では頷けるものだったが、返ってきたリアクションはにべもなかった。
「――とんだ思い上がりね。言うに事欠いて、最後の切り札まで猿真似だなんて!」
偽物は本物に決して勝てない。
手垢の付いた理屈だがしかし現に、外装として纏った星神の力は本家本元と比べ明らかに見劣りしていた。
それもその筈、天津甕星の強さを支えているのは彼女が内に宿す無数の同胞の魂だ。
そこを無視して真似たところで、拮抗勝負を演じるには根本の出力が足りなすぎる。
回避用の補助武装として使うならいざ知らず、鉾として頼るのは浅薄な発想と言わざるを得ない。
――だが。
『いいえ――これで、いいのです――!』
「だとよ。思い上がりかどうかは、結果を見てから判断しやがれ……!」
マキナの声に淀みはなく、鉄志も己が相棒を微塵も疑わない。
遂に接触した、二つの星光。真作と贋作の違いは、両者の纏う光量を見ても明らかだった。
『仮想宝具起動回路励起――All's well that ends well(終わりよければ全てよし)!』
なのに。
ああ、なのに、何故――
「是――――『神威大星・星神一過(アメノカガセオ)』!!」
何故、挑むその心が未だに砕けていないのか。
鉄志の足底から噴射されていた、再現された闇の星光。
仮想宝具の起動と同時に、それが単なる加速装置としてではない、悲劇を粉砕するための対城火力に姿を変えた。
喰らい合う闇と闇。双つの神威大星。それでも、頑然たる実力差を覆すには甚だ遠い。
「だから、無駄だと言って――」
『仮想宝具起動回路励起!!』
「――ッ!?」
そんな身も蓋もない現実を、もうひとつの神話が打ち壊す。
「さあ、魅せてやるよ、星神」
外装の並列展開。
それが可能ならば、当然、その先にも至ることが出来る。
「是――――『汝、地平を穿つ白銀(シューティング・ディロス)』ッ!!」
――仮想宝具並列起動!
鉄志が、マキナが、二つの魂を束ねた救済の鉄騎が、銀の鏃と化した。
原典の拡大解釈。射撃の究極であるアポロン神ならば、矢の種別を選ばずとも必殺を用立てられると少女神は信じ、そして実行に移したのだ。
瞠目したのは天津甕星。
彼女が放った最大最強の一撃が、徐々に押し返され、いや――
突き破られ始めている。
『アーチャー・天津甕星。認めます、貴女はとても強い。仰る通り、一朝一夕で修めた猿真似の力では凌駕するなど不可能でしょう』
飛び蹴りの姿勢のまま、鉄志が星光の内側に潜航していく。
掘削用の工具で岩盤を突き破るように、内へ内へ、自らも灼き焦がされながらひた奔る。
威力自体は相変わらず、星神の全力に到底及ぶものではなかったが。
ただ一点、纏う貫通力だけが異常な領域に達していた。
それはまさしく、弓から解き放たれて目的へ跳んでいく嚆矢のように。
『ですが、当機は! 貴女が羨んでくれたように、もう単騎(ひとり)ではないのです!!』
その言葉は、単なる見栄えのいい精神論などではない。
受けて立つ天津甕星が、誰よりも理解していた。
光の中に潜る前、一瞬見えた黒鉄騎の姿。
足底から弧状に闇の星光を撓らせ、そこを銀の鏃と化した自分自身で貫く格好。
ああ、それは、まるで……
(弓と、矢――)
そう。
デウス・エクス・マキナが用立てた必勝の手段とは、弓と矢の両方を用立てることだったのだ。
天津甕星を模倣した仮想宝具・『神威大星・星神一過』の魔力噴射を弦として。
これを用いて弾みを付け、本命の一矢・『汝、地平を穿つ白銀』を貫き通す。
再臨により霊基性能が向上しているからこそ可能となった、まさしく機神(コンピューター)の如き繊細な魔力制御。
それが可能とした、奇策めいた正攻法。
言うなれば宝具と宝具の乗算であり、異なる英霊の宝具を並列して使用できる今のマキナ以外に真似できる芸当ではない。
『対話に付き合っていただき、ありがとうございました』
――真ん中から突き破られた、己が神威たる星光の中から。
――矢と化した救済の鉄騎(デウス・エクス・マキナ)が、遂に姿を現す。
『これが、当機の……貴女の後輩の出した、回答です! お受け取りください、"先輩"――!!』
闇を切り裂き顕れた、目も眩むような銀の輝き。
避けさせはしないと吐いた言葉が、自分へと返ってきた。
意味するところが何であるか、最早語るも無粋である。
勝負の決着など明白。見え透いていた勝敗が、機械仕掛けの神によって粉砕された。
己の内界で沸騰する、悲憤の声。
しかしやはり、天津甕星の耳には届かない。
彼女は弓を構えたままの格好で、見惚れるように呆然と、迫る破滅に釘付けられていた。
「お星、さま……?」
怒りも悔恨も屈辱も、今だけはすべて忘れた。
それは果たして、彼女がいつぶりに味わった自由だったろうか。
迫る白銀の流星一条は、星神にとって紛れもない破滅そのものでありながら。
そんなものになどなりたくなかった一人の少女にとっては、目を離し難いほどの絶景だったのだ。
「――――――――きれい」
最後、呟いたのはこんな三文字で。
断末魔と呼ぶには穏やかすぎる。
辞世の句と呼ぶには短すぎる。
ある種、素朴とも言えるような、一言だけを残して。
星神・天津甕星は――その名を任ぜられた少女は――呪いの砕ける音を聞いた。
◇◇
白い、世界だった。
そこに、マキナは立っている。
目の前には、たぶん知ってる誰かの姿。
弓はなく、衣装をごてごてと彩っていた無数の札もない。
夜空色の黒髪と、どこか憑き物が落ちたような顔で、目の前のマキナを見下ろしていた。
『はーあ、やってらんないわ。まさかこんな終わりだなんて』
唇を尖らせながら言う様子は小さな子どものようで、あまり先達らしくはなくて。
怒りっぽいのも向こう見ずなのも昔からだったんだろうな、と思った。
『やっぱり適当に飛び回りながら、遠距離からチクチクやってればよかったのかなぁ……。
でもぶっちゃけ性に合わないのよね、弓兵らしく距離を取ってどうこうとか、射撃の精密性が何たらとか。
そんなしち面倒臭いことするよりどかーん! どごーん!ってぶっ放しまくって蹴散らした方が絶対早いでしょ。ていうかその方がかっこいいし。映えるし』
デウス・エクス・マキナは人類悪。
但し都市の造物主・オルフィレウスとは正反対の本質、LとRの関係にある。
かの少年神は、物語を読み飛ばして完結させる獣。
対して彼女は、物語を読み込んで完結させる獣なのだ。
なればこそ先の記憶潜航も、この消えゆく魂との対話も、獣の権能の一部なのだろう。
そう考えると複雑ではあったが、今は良しとすることに決めた。
『――で。あんたさ、本当に貫き通すつもりなの?』
だってそのおかげで、最後に話が出来るから。
初めて出会った、自分と同じ境遇の存在。
きっと先輩にあたる、"機械仕掛けの神"と。
『再三言ったけど、その道は地獄だよ。
どんなに耳触りのいい言葉で自分を慰めても、始まりが始まりだから、どうやったって人形の域は出られない。
手前勝手に押し付けてきやがった"誰か"のために、自由も幸福も何もかも捨てて理想に邁進する終わらない苦役。あんたが夢見がちなガキなのはよく分かったけどさ……そこんとこ、自分でも分かってるんでしょ?』
彼女もまた、託された側なのだ。
この悲劇が許せない。流れる涙を容認できない。
だから、どうか救いを。現実を破却してねじ伏せる、ご都合主義の救済劇を。
そう願われ、生み出された在るべきでない魂。人造の神霊。
『それでも、"みんな"のカミサマになりたいわけ?』
『――はい。当機は、総てを救う新型の神となるべくして生み出された機体ですので』
彼女の味わった苦しみの重さは、未熟な自分にはきっと理解しきれない。
何故ならそれは、自分にとってこれから通っていく道だからだ。
『……でも、少しだけ考えが変わりました。
設計理念に基づき成長していくことは変わりませんが、貴女のおかげで知見を得られた』
総てを救う。天下無敵にして完全無欠の、恒久的なハッピーエンドを実現する。
言葉で言うほど単純なことではなく、その過程でどれほどの地獄を見ねばならないかもよく分かった。
もとい、教えて貰った。主義と主張と、拳と拳をぶつけ合って、目の前の先輩神から学ばせて貰った。
その上でマキナは、答えを示す。
目指す道は変わらない。
だけど、それに臨む姿勢に幾つかの調整を加える。
自分自身も救えずして何が神か。思えば当然のことだった。総てを救うと宣うならば、そこには当然、神たる己自身も含まれなければ嘘だろう。
愛すべき民も。彼らを見守る当機(わたし)も。全員が笑顔のまま、永久にささやかな幸福を噛み締めて過ごす優しい宇宙。
これぞ真に目指すべき理想の地平なのだと悟ったから、救済の成就と並行して取り組む課題は決まっていた。
『私も、幸せになります。
誰かを頼って、話し合って、時々喧嘩なんかもするかもしれないけど。
それでも終わってみたら、楽しかったなあって笑えるような。そんな道を歩むべきなのだと、貴女のおかげで気付けました』
たとえ生誕から呪われた存在だったとしても、まず自分の幸福を諦めない。
好きな人のことは時に頼って。ぶつかった人とは言葉を交わして。どうしても気に食わないあんちくしょうとは火花を散らそう。
そうして多様な価値観を吸収しつつ、呪いから始まったこの身を赦しながら、やがては託された理想を叶えてみせよう。
『改めて、ありがとうございました、アーチャー・天津甕星。欲を言えば、貴女とはもっとお話してみたかったけれど』
更新される創神論。
純粋無垢故に独り善がりだったマキナの理想が、自身の正體を知るという挫折を砥石に、新たなカタチへと昇華された。
その答えを聞き届けた"先輩"は、呆れたように肩を竦めて。
『……筋金入りね。せっかく人が親切で助言してあげてるのに、最後の最後まで聞く耳持たずってわけ』
咎めるような物言いとは裏腹に、少しだけ羨むような、そんな顔をした。
『あーあ、こんな分からず屋に慈悲とか見せたこっちが馬鹿だった。
そーですか、どうぞご自由に。一銭の得にもならない慈善事業続けて、こんな筈じゃなかったのにーってさめざめ泣いてなさい。その時は私も、草葉の陰から指差して笑ってやるから』
ともすると、それを後輩に見せたくなかったのか。
どこに繋がっているとも分からない白い世界の中で、星神は機神へ背を向ける。
もう勝敗も、結末も決まっている。この時間は単なる蛇足であって、以上でも以下でもない。
天津甕星は、デウス・エクス・マキナに敗北した。
であれば後は消え去り、座に還ってまた次の召喚を待つのみだ。
時の氏神に死はない。呪わしき苦役が終わることも、またない。
そんな女の足が、最後に一度だけ、止まって。
『私さ』
さりとて振り返らないまま、星の少女は何喰わぬ声色で、こんなことを言った。
『ホントの名前、巳花っていうんだ』
何分彼女は、甘えたい盛りの時に独りぼっちになってしまったから。
だからこれはきっと、初めて出会った同類へ見せる、せめてもの可愛げだったのかもしれない。
『嫌いだし、気に入らないし、応援なんて微塵もしてないけど。……覚えててくれると、嬉しいな』
言うだけ言って、立ち去ろうとするその手を。
後ろから、きゅ、と小さなそれが握り締める。
マキナだった。けれど星神は、少女は振り向かない。
『覚えています。たとえこの世の誰もが貴女の名前を知らなくても、当機だけは。その名をずっと胸に抱き続けると、約束します』
やっぱり。
顔を見られたくなかったのだろう。
『だから……いつか、また。今度はゆっくり、美味しいご飯でも食べながらお話しましょう。巳花さん』
は。
少女は笑った。
今度は嘲笑でも、自虐でもなく。
心の底から出た――根負けしたような、力のない声だった。
『やっぱり私、あんたのことだいっきらいだわ』
世界が、夢が、解けていく。
白昼夢が覚め、記憶だけが貯蔵されて、現実が回帰する。
朝の覚醒に似たその感覚が、マキナのすべてを浚っていく中で。
彼女は最後に、確かに聞いた。
――――やれるだけ、やってみなさい。馬鹿後輩。
【アーチャー(天津甕星) 消滅】
◇◇
星神は去った。
勝利したのは、機神。もうひとつの救済論。
但し、ご都合主義を巻き起こした代償は大きく。
地面に大の字で横たわった鉄志は、冗談でも何でもなく死を手前にした状態にあった。
装甲は七割方が砕け散り、下の肉体も無事な場所を探す方が難しい。
痛みだけでも気を抜けば意識が吹き飛びそうで、手足の関節は幾つか"増設"されているだろう。
口の中など最早血の味以外何も分からない。だがこれですら、成し遂げた偉業を思えば生易しいと言える筈だ。
雪村鉄志とその相棒は、支配の蛇の翼をもぎ取ったのだ。
もっと早く本格投入されていれば、誇張抜きに幾つの惨禍を巻き起こしたか分からない荒神を。
「おーいマキナ……生きてるか……?」
『はい。ますたーの方こそ、その、大丈夫ですか……?』
「あぁ、問題ない……って言っても信じないだろうが、こいつは凄えな。
オルフィレウスの永久機関。こうしてノビてる間も、ボロカスになった中身が復元されてくのが分かる」
とはいえ、まだ生を繋げているのは怪我の功名と言う他はない。
常にエネルギー供給を行い、傷の自動修復を続けてくれる……マキナの機体内部に取り込まれた無限時計。
これがなければ鉄志は最後の激突で、確実に死亡していただろう。
それどころか第二宝具の鎧装自体、維持しきれていたか分からない。くどいようだが幾つもの要因が複合し、奇跡のような噛み合いの末に勝ち取った結末であった。
『ありがとうございました。そしてご迷惑をおかけしたこと、何とお詫びすればいいか――』
「いい、いい。俺もお前には随分心配かけてきたからな。今回の件でおあいこだ、もうそれでいいだろ」
そんなことよりもだ、と鉄志。
勝利の達成感に酔うことはまだ出来ない。
まだ、彼にはやるべきことが残っている。
天津甕星の主君、神寂縁の討伐だ。
「傷は道中で直せばいいとして、移動に問題ないレベルまで回復するにはどれくらいかかりそうだ?」
『二十分――いえ、無茶を前提にするなら十五分といったところでしょう』
「思ったよりかかるな。いや、それでも充分破格なんだが」
『恐らく、当機とオルフィレウスの"獣"としての成立が反目し合っていることが要因かと思われます。
そのおかげで当機のビースト化が抑制されているというのもありますが、一方でどうしても、永久機関の本来の性能も抑圧してしまう。
強力な強化パーツであることは事実ですが、過信は禁物、ですね』
つまり、鉄志/マキナは話に聞く神寂祓葉や、あの天津甕星ほど永久機関の性能に任せた立ち回りが出来ないらしい。
あくまで異常に死に難く、傷の治りも早くなる程度で、不死身などと思い上がるには到底足りまい。
それに不倶戴天の敵が用立てた発明品である以上、どこまで信用していいかも疑問の余地が残る。よってマキナの言う通り過信せず、多少便利な道具程度に思っておくのがいいのだろう。
「まあいい。じゃあ動けるようになり次第、まずは約束を果たしに行く」
『ナシロさん達の救援ですね』
「ああ。随分遅くなっちまったが、だからって反故にするのは無しってもんだ。高乃の安否も気になるしな」
戦いの最中も、鉄志達は"それ"を感じ取っていた。
遠方から響いてくる地鳴りのような音と、隠し立てするつもりもないのだろう膨大な魔力反応。
こうしている今も蛇やその配下との戦いは続いており、蛇腔の戦線は佳境に入り始めている。
急がなければならない。
鉄志もマキナも同じ思いだった。
『……ますたー。当機は今の戦いで、本当に多くのことを学びました』
怪我の功名とはまさにこのこと。
人造神霊(じぶん)がどういう存在なのかを理解し、創神論の再定義も済ませることが出来た。
敵として討ち倒すことにはなってしまったが、天津甕星が彼女へ遺した影響は大きい。
『たとえ、いつかこの身が世界にとっての"悪"になってしまうとしても。当機はやはり、止まりたくないのです。悲劇の駆逐という願いを、誰も泣かなくていい新世界の創造を諦め切れない。
そんな、……その。馬鹿な当機ではありますが――』
神機融合を維持したままなので、今のマキナに人型の実体はない。
だが鉄志は、大の字で天を仰ぐ自分の横にちょこんと座り、不安げに見下ろしてくる少女の姿を幻視していた。
『――まだ、一緒に戦ってくれますか。まい、ますたー』
「当たり前だ。これからも宜しく頼むぜ、相棒」
夜は長い。
聖杯戦争は、針音の物語はまだ終わらない。
彼女は獣。彼女は恒星。破滅の運命をそのちいさな肩に背負いながらも――少女は、まだ歩き続ける。
◇◇
【月光夢幻神界〈渋谷〉・西部/二日目・午前】
【雪村鉄志】
[状態]:神機融合モード、疲労(極大)、全身にダメージ(極大)、装甲半壊、複数の内臓を損傷。いずれも永久機関の効果により高速回復中
[令呪]:残り二画
[装備]:『杖』
[道具]:探偵として必要な各種小道具、ノートPC
[所持金]:社会人として考えるとあまり多くはない。良い服を買って更に減った。
[思考・状況]
基本方針:ニシキヘビを追い詰める。
0:傷がある程度治り次第、琴峯ナシロの救援へ向かう。
1:同盟を利用し、状況の変化に介入する。
2:〈一回目〉の参加者とこの世界の成り立ちを調査する。
3:マキナがどこの何であろうと、俺のやることは変わらない。
[備考]
※赤坂亜切から、〈はじまりの六人〉の特に『蛇杖堂寂句』、『ホムンクルス36号』、『ノクト・サムスタンプ』の情報を重点的に得ています。
※高乃河二達から追加連絡を受け取りました。それ経由で、神寂祓葉の情報も受け取っています。
※アーチャー(天津甕星)の真名を知りました。
※高乃河二経由でレミュリンのメールを読み、蛇の本名を知りました。
【アルターエゴ(デウス・エクス・マキナ)】
[状態]:疲労(大)、霊基再臨、永久機関を機体内部に格納
[装備]:スキルにより変動
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:マスターと共に聖杯戦争を戦う。
0:いつか世界の敵になってしまうとしても、それでも当機は、目指す理想を諦めたくない。
1:ありがとうございました、"先輩"。縁があったら、またいつか。
2:目指す神の在り方について、スカディに返すべき答えを考える。
3:信仰というものの在り方について、琴峯ナシロを観察して学習する。
4:おとうさま……
5:必要なことは実戦で学び、経験を積む。……あい・こぴー。
6:天梨さんはたぶん、当機とおんなじ。
[備考]
※紺色のワンピース(長袖)と諸々の私服を買ってもらいました。わーい。
※輪堂天梨が渋谷の神(天枷仁杜)と同類、つまり恒星資格者であると直感しました。煌星満天に対してどうかはおまかせします。
※Deus Ex Machina Mk-Ⅴはビーストの幼体です。そして同時に、恒星の資格者でもあります。
※第二宝具『熱し、覚醒する戦闘機構(デア・エクス・チェンジ)』の発動中、神寂縁の固有結界『水子界・支配の蛇』からの影響が大幅に軽減されるようです。
※オルフィレウスの永久機関を取り込みました。
これにより神機融合モード中、マスターの身体と機体の自動修復を行うことが出来ますが、相性の関係で従来の使用者(祓葉、天津甕星、悠灯など)ほどの不死性は発揮できません。
※アーチャー(天津甕星)との戦闘を通じ、霊基の再臨が行われました。
これによりビーストとしての性質に由来するスキルと、宝具の新機能が追加されています。
また、取り込んだオルフィレウスの永久機関によってビースト化の進行がある程度抑制されている状態にあります。
◇――――マテリアルが更新されました
ネガ・オーディール:C
運命が差し向ける『試練』を否定する権能。
状況が不利であればあるほど、敵からの攻撃に対し耐性を得る。
悲劇とは悪であり、旧式の神が残した陥穽である。
きわめて善良で、故に無限の可能性を秘めた最新最後の救世神話。
神論鍛造:D
創神論の鍛造。未熟であるが故に、彼女の神話は他者から学ぶ。
自分と魂が同調した対象の過去を、部分的に追体験することが出来る。
但し獲得したてでランクも低いため、意図して発動させるのは難しい。
契約中のマスターとサーヴァントが互いの記憶を夢という形で共有する現象の、サーヴァント同士版という認識が近いだろう。
『熱し、覚醒する戦闘機構(デア・エクス・チェンジ)』
ランク:B+→A+ 種別:対軍宝具 レンジ:1 最大捕捉:1
マキナの機械四肢を分離分解、再構築した漆黒の装甲。
変形によって製造したそれを、他ならぬマスターの全身に装着する。
マスターとマキナの一体化によって魔力変換効率を最大まで高め、マスターを守る鎧を構築することで長期戦闘を成す。
それは神機融合モードへの移行である。
畢竟、庇護すべきマスターを最前線に送ってしまうという事実は無視できない。
マキナのガイドサポートこそ得られるものの、このモードにおいては戦闘にマスターのセンスが大きく影響する。
逆に、そういった懸念こそ飲み込んでしまえば、魔力効率の問題解決に加え更に副次的なメリットが見込まれる。
本来、デウス・エクス・マキナは無銘の機械神であるが故に、自己を象徴する逸話を持たない。
その代わり、常に英雄の名と姿を借りて物語の調停と悲劇の撃退を執り行った。
例えば、ギリシャ悲劇『アルケスティス』におけるヘラクレス、時代劇における徳川将軍、現代作劇に登場する多くのヒーロー達。
他の英雄や神の名、躰を借りて事を成す機能は第2宝具の根幹を担っており、これら英霊外装をインストールすることで、
神機融合モード時限定ではあるが、マキナの胴体(コア)を本来持ち得ない筈の主武装(メインウェポン)に変換できる。
現在のところ、当機に搭載が確認されている英霊外装は下記の三種。
中距離バランス型、フォーム:ヘラクレス(主武装:棍棒)
遠距離特化型、フォーム:アポロン(主武装:弓)
防御特化型、フォーム:アテネ(主武装:盾)
何故かギリシャ悲劇に登場する英雄に偏っているが、理由は後述する当機依代の出自が影響している可能性が高い。
霊基再臨により、以下の機能が追加搭載されている。
第一。
英霊外装の展開時、その英雄への親和性と理解度に応じ、元型(オリジナル)の戦闘技術へ近付くことが出来る。
第二。
英霊外装を、二つまで同時に展開することが出来る。
そして第三。
英霊外装を、召喚された現地で追加搭載することが出来る。
この機能の恩恵として、限定解放に留まっていたカドモス、アキレウスの外装と、天津甕星の外装を正式獲得するに至った。
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最終更新:2026年09月04日 01:08