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それは深き夜でありながら、真昼より鮮やかな月光(ひかり)に覆われし世界である。
―――月姫真体・堕落恒星(ムーンセル・オートマトン)。
現在進行系で針音世界を際限なく侵略する月光の源泉にして、現時点で唯一輝光にまで昇り詰めた神の座する寝殿。
覚醒した恒星。神を討つべく集った者達からは"城"と呼称される建造物の外殻は、見るものによってその形を異にする。
多くの人は理想を、完全なるモノを、己が傅くべき美しきものを、其処に見る。
例えば、月光に当てられ堕落使徒と化した市井の人々の多くは複雑に組み合った立方体、完璧な調和の形を。
ある者は輝夜の城を。ある者は朧の霞を。ある者は真なる月輪を。
また、ある者は―――城主の想念を受けることの出来た極一部の者は、その真の姿を見る。
都内に建てられた高級ホテル、ただそれだけ。
場所の意味を知る者は、"彼女"が人生で最も満たされていた、"その一時"を知る者だけは、それを見ることが出来た。
とはいえ、外殻が如何に見えようと、内界を推し量ることは誰にも不可能だった。
外から計算できる面積、質量、魔力、全てがまるで当てにならない。
と言うより、視覚情報の全てに本質的な意味が無いのだ。
堕落の法。
月光夢幻神界(ムーンキャンサー・ウートガルズ)という異界。
その中心に建造されし堕落恒星の内側とは、即ち神の寝床、麗しの月姫が揺蕩う"夢の世界"だ。
異界の中の異界。夢幻の深海。
夢の中では物理も魔術も正しく機能し得ない。
距離と質力の法則は雑に無視され天地は反転し、"上階に至るほどに夢の下層"となる。
上下左右、過去未来、幻影真相、常識が狂い乱れる朧の世界。
そして何よりも重要なこと。
ある意味では至極当然の、普遍的法則(ルール)が存在する。
―――夢の中では、夢の主の意向こそ絶対である。
砕月の同盟は、拡大する神を討つべくして、此処に集った。
ほんの僅かな綻びを手繰り、唯一と言っていい方法を解明し、彼らは入郭を成し遂げた。
敵は夢見る月姫。停滞の恒星。
限りなく完成された、自閉の究極。
外側からは決して突き崩せぬ神の、それは確かに唯一の攻略法であっただろう。
しかし、ここに極大の矛盾が存在する。
女神の夢(うちがわ)に侵入すること。
それが如何なる無謀であり、度し難い暴挙であることか。
彼らはこれより、己が身をもって知ることになる。
◇
月面到達から遡ること約15分前。
「間違いなく、"選別"が実行されることでしょう」
砕月に集う同盟の中心にて、居並ぶ英霊と魔術師たちへ、詐称者(プリテンダー)は語る。
その読み。
いや予測とも言えぬ、自明の理を。
「あちらに頭脳(ブレイン)が備わった以上、神の慢心をアテにするわけにはいかなくなった。
まずもって総力戦は叶わないでしょうね。
門を通過した瞬間、全員が別の階層に飛ばされ、各個撃破を狙われても不思議ではない」
実行するは扉の強行突破。
切っ掛けこそ相手に作らせるが、その先は力押しなのだ。
完全にあちらの主導権で通して貰う訳では無いが、しかしタダで入れる保証などある訳がなく。
まして、通過するのは月の城門(ゲート)。
境界線を越えるリスクを、彼らは充分に理解している。
直接的なダメージこそ与えられないとしても。
誰を何処に出すかは、おそらくあちらの采配だ。
敵に加わった新たな知力が、そのアドバンテージを活かさぬわけがない。
「采配基準は脅威度。そして女神の身内と見做されるか。あとは単純に見た目もあるかも知れませんが……。
そうですね、例えば、そちらのアーチャー二騎については、少なくとも月姫へのお目通しは叶わないでしょう」
女神スカディ、そして天若日子。
共に神性を備えし、神たる弓兵。
告げられた二騎のリアクションは対象的なものだった。
「へぇ、つまりアタシら、月の神様に嫌われちまってるわけかい」
「というより、月に組みした者達に警戒されている。というのが正確でしょうね。
蝗害が弱体化した今、純粋に貴女達はこちら側の最大火力だ。私があちらの立場なら、迷わず隔離する。
特にあなたは過去に一度、彼らと接敵しているようですし」
「なるほどねぇ。まあいいさ。あの爺さんが相手なら昨日のツケを払ってもらう。
ちびっこ鍛冶屋が相手ならさっきのツケを払ってもらう。そんだけのことさ」
それにね、と女神は獰猛に笑い。一つ付け加えた。
最初から本命の獲物が、目の前に現れたんじゃつまらない。
スタート地点は遠くていい。狩りとは、追い立て、追い詰めてこそ。
「……ふむ、そうか」
常なる様子のスカディとは反対に、天若日子は不服なようだった。
正確には、本人の気質ではなく。
契約者の心中を慮ってのことであったが。
「アンジェ……」
「分かってる。残当な読みよ。わたしは多分、"そこ"には呼ばれない」
月の城。最上階(最下層)にて揺蕩う姫。覚醒した恒星。天枷仁杜
彼女が第二の神寂祓葉であるならば。あるいは神寂をも越えた領域に至れし星であるならば。
アンジェリカ・アルロニカは、輝きを否定する彼女は、そこにたどり着かねばならぬ筈だった。
聞きたいことがある。
言いたいことがある。
しかし天若日子が弾かれるならば、マスターであるアンジェリカもまた、纏めて引き離されるが道理。
「でも、関係ない。出遅れたとしても、わたしは必ず辿りつくから」
アンジェリカは見届けなければならない。
覚醒した星の、その結末。
「だから教えて」
故に問う。
「呼ばれるのは、誰?」
その本題。
来たる決戦のファーストフェイズ。
最も危険に晒される者達がいる。
月の女神が敵の相手を手下に任せ、自分は何もせず到達を待っている。
そのような穏当な幕開けになるとも思えなかった。
神が単身で敵陣真っ只中を悠々と歩いてきた前例を見るに。
そして事実、その暴挙が全面的に肯定される程の、絶対的な神威を備えていた。
おそらく、幾人かは、良く言えば面通しが叶うだろう。
悪く言えば、摘み上げられる。神の戯れに、暇つぶしに、玩具のように。
最初にして最終戦に呼ばれてしまう。哀れな犠牲者が選出されてしまうのだろう。
そして、その人選は恐らく―――
「まず確率が高いのは、うちの煌星と」
「ええっ! わわ、私!?」
「伊原さん、あとは……貴方か」
「……ふむ、順当だな」
名前が上がり、ビクリと飛び上がる満天とは対象的に、最後に指名されたミロクは落ち着いた様子で受け入れていた。
「なにを驚いている紛い物A。従者の話を聞いていなかったのか?」
「こ、コイツ……またそんな呼び方ぁっ……!」
ぐぬぬと悔しがる満天を抑えながら、プロデューサーを名乗る男は無表情で滔々と言葉を並べていく。
「先程発生した一瞬の邂逅にあっても、月女神の特性は明確でした」
采配基準は戦力的な脅威度。
そして女神の身内と見做されるか。
あるいは、"単純な見た目"と彼は言った。
「アレの興味は、ああなる前の縁、そして割と俗な感性。
煌星さんと伊原さんは前者、彼は後者の基準で判断しました」
脅威を的確に見積もり、引き剥がす判断は陰陽師(ブレイン)が実行する。
ならば反対に、誰を神の眼前に摘み出すかの選別は、女神本人の我儘が採用される可能性が高い。
かつての友人。あるいは友人になれそうだった者。
あるいは―――"■■"と言い換えてもいいのかも知れない。
そして、後は天枷仁杜の感性による見た目の好悪という、身も蓋もない話だった。
後者の基準に照らせば、縁の薄い者の中では、華村悠灯とアンジェリカ・アルロニカは確率が低く。
少し成長した事で、黙っていれば3~4歳程度の愛らしい童子の見た目となったミロクは、あくまで黙っていれば目があると考えられた。
「つまり身も蓋もない言い方をすれば、悠灯とミス・アンジェリカは見た目がヤンキー寄りだから怖がられるけど。
ホムンクルスくんはショタだから絡みやすそうって思われるわけだね!」
「ホントに身も蓋もねえコト言うなよ、ツー……」
悠灯に小突かれる脱出王を横目に、プロデューサーは"前者の条件"について解説を続ける。
「先程の対峙では、堕落こそ拒絶したものの、煌星さんは神の友人となることを否定しなかった。
端的に言って、この中では比較的好かれてしまっている。寝殿に呼ばれてしまう可能性は高い」
「そんな……」
「不用意な発言の代償だ。紛い物A」
「――しかし、それで言うと、私はどうでしょうね?」
自分の立場の危うさを自覚し、半ベソ状態となった満天を置き去りに、伊原薊美が片手を上げて口を開く。
「私は今朝会ったとき、にーとさんには面と向かって、友達であることまで否定しちゃいましたけど」
「ふむ……それなら、少し微妙なところですね」
友誼の否定。
それがどれほどの意味を持つのかは未知数だ。
しかし、もしも明確な一線を引いてしまっていた場合は、選出基準に関わる可能性は充分ある。
「もしも選出が前者の条件のみであれば、最悪の場合、煌星さんが単独で呼ばれてしまう可能性も在り得ます」
「そんな……」
「哀れだな、紛A」
「略すなぁ!」
ふにゃふにゃになって消沈する満天。
その背中を、軽く叩くようにして。
「大丈夫よ、マンテン」
再び、アンジェリカが傍らに立っていた。
「もしそうなっても、絶対に駆けつけるから」
ピリッとした電流が満天の背中に走る。
それは激励であり、同時に、忠告でもあった。
「だから絶対、勝手に早まったマネしちゃ駄目。わかった?」
その言葉が何を意味しているのか、満天は理解していた。
「もしもあんたが、一人ぼっちでアイツの前に放り出されたとしても。
わたしが行くまで諦めないこと。やけっぱちにならないこと、いい?」
「……アンジェ、さん」
「ホント、さ。見てて危なっかしいのよね。"あんた達"は……」
見下ろす視線は鋭く厳しい。
「状況を打開しようなんて考えないで、持ちこたえることを第一に行動すること」
「私……だけど、私にも何か……出来ることがあるなら……」
「あのね、あんたは、この後にもやらなきゃいけないことがある。
むしろあんたにとっては、この後にこそ本命がある。『テンリを助ける』、でしょ?」
「……っ」
しかしその奥底に少し温かいものを感じて、満天は言葉に詰まる。
「……デモ」
「ほら返事!」
「……ハイ。アンジェ、センパイ……」
「ん、よろしい」
窘められ、小さく丸っこくなった満天から離れ、アンジェは再びプロデューサーを名乗る男と向き合った。
「あんたも、自分のマスターのコトはちゃんと見てなさいよ。またコイツが無茶しそうになったら、しっかり止めること!」
「ええ、仕事ですから。貴女に言われるまでもなく」
軽く緊張していた空気が弛緩し、その間隙におずおずと悠灯が手を上げる。
「あの……水を差すようで悪いんだが。グズグズしてて大丈夫なのか? 時間もないんだろ?」
「ですね、しかし一応ですが、最後の想定をしておきましょう」
「なんだよ、その最後ってのは」
「つまり最悪の想定、ということです」
それはある一つの可能性。
極小の道筋。
「"選別"のパターンを予想し切る事は出来ません。
なので、単純に考えうる限り最も悪いパターンだけを想定しておきましょう。
砂のひと粒のような極小の可能性。
ですが万が一実現してしまえば、何もかもがひっくり返ってしまう、最悪の組み合わせ」
前提を覆す、デッドポイント。
「故に、話しておく必要があります」
彼らの勝機は、最初から一つだけだった。
それはまるで正攻法ではない。まともな戦いの土俵ではない。
事実として、敵の存在階位が違いすぎるのだ。
まともな方法で、神を討てるものはない。
正面からやり合うなら、それこそ神をもう一柱連れて来る必要があるだろう。
奇しくも、此処には神威の萌芽が存在している。
だが、その方法を忌避するというのなら。
他に勝ち筋があるとすれば、神の側を人間に戻してしまうこと。
僅かに残された人間性を切開する。
残虐非道なる勝ち筋。
そのために狙い撃つ。過去の縁。
今の女神が興味を持つ、数少ないもの。
神ではなく、その内側の人を貫く刃。
「この戦いの鍵は、楪さん、貴女です」
全員の視線が、今まで一言も発さなかった彼女に集まる。
白と黒。ツートンカラーの少女。蝗害の魔女。楪依里朱。
それは戦いの大前提。
神を人に戻す残酷な魔法。
故に戦いの趨勢は最初から、如何にして彼女らを引き合わせるか、にある筈だった。
すでに失われたものを指し示す。
神の■■。
奪ったモノの宣言によって。
だが、其の為の前提が、もしも―――
「もしも、女神の寝室に―――」
◇
そうして最初にして、最終の戦いが始まった。
「ようこそ、私の城(ユメ)へ」
目の前で、透明な球体が弾みながら宙を舞う。
そっか、ファウスト(キャスター)の言った通りになったんだ。
鈍い思考の中で、私は泡の息を吐く。
「ご―――ぼ―――」
今、世界から、幾つかの意味が消えた。
まずは距離、次いで天地、そして呼吸という概念。
女神の寝室。ホテルのスイートルームという形を為していたその場所は、主の望むままに形を変えた。
四角い箱の側面を切り取って開くように壁が消え、残された天井と床が回転しながら遠ざかって。
そこまでは、なんとかついて行けたけど。
「ご―――ぎゅ―――がばぼばぼ―――!」
ざぶん、と。不意に、生暖かいに感触に地肌が包まれていた。
いきなり水の中に落とされた―――いや違う。
部屋の中が、瞬きの間に、水に満たされている。
目まぐるしい状況変化。
振るわれた権能の規模に、私は全くついて行けず。
まんまと溺れ、混乱しながら藻掻くことしか出来なくて。
「あー、もう、慌てない慌てない。そそっかしいなあ、満点ちゃんは」
気泡を吐き出しながら苦しむ私の喉を、白く細い指がなぞり上げている。
「ほら落ち着いて、ゆっくり吸い込んでみて、ね?」
ひらり、と。何かが視界の端で揺れる。
半透明の布が、照明の光を透かしながら靡いていた。
白い羽衣から垂れ下がっていた布飾りが、今は水の中で開花するように広がって、幻想的な模様を描いている。
うつ伏せ浮き上がった私の前には、逆さまの表情。
水の中で仰向けに揺蕩う少女が、にっこりと微笑んでいる。
「身を委ねて肺を満たすの。ゆっくり、ゆっくり、味わいながら」
わけが分からないまま。
ただ窒息の苦しみから逃れるため、私はほぼ無意識に、空間を満たす液体を飲み込んだ。
―――甘い。
最初に感じたのは、ただ甘い、ということ。
次いで、舌先を痺れさせる鋭い酸味と刺激が口内で炸裂する。
脳をガツンと殴られるような強烈な味覚が全身の神経を押し開き、半強制的に意識を覚醒させていく。
駄菓子屋のシロップをありったけぶち込んだような甘み。
その中で仄かに感じる薬品(ケミカル)めいた香り。
そして思わず目を見開くほどの強炭酸。
この味、飲んだことがある。
ステージに立てるよう、本格的にレッスンを始めてからは控えていたけれど。
昔、いつかの眠れない夜。両親に隠れて、こっそり冷蔵庫から拝借したこともあったっけ。
ああ、そうだ、これはきっと―――
「エナジー……ドリンク……?」
液体に満たされた空間の中で、息が出来たことも。
声を発することが出来たことも。
まして、飲み込んだ液体に味がついている、なんてことも。
私はもはや、疑問を持つことはなかった。
そんなことに驚く段階は、とっくに過ぎていたし。
なによりも―――
「せーーーーっかい!」
彼女を前にして、最初から、驚いていられる余裕もない。
「これぞ! 私の開発した"エナドリの海"!
どう、どう? 気に入った? 満点ちゃん?」
まるで鮮やかな照明に彩られたアクアリウム。その内側に迷い込んだかのよう。
ホテルの一室という基本構造はそのままで、世界は淡い色に満たされた水槽に早変わり。
綺羅びやかな虹彩が乱反射する海中を、月の女神は揺蕩いながら笑ってる。
まるで、自分で用意したとっておきの玩具を、友達にこっそり自慢する少女のように。
「ここなら飲みたい時にエナドリ飲めるし、眠たい時は天然のウォーターベッドに身を委ねて眠ればいいし。
なにより水中だからさ、いちいち立ち上がったり座ったりする手間も要らないんだぁ。快適っしょ?
前に、一度ことちゃんにこの神がかった発想を提案した時は『馬鹿の発想』だの『すぐ味に飽きるー』だの『身体に悪いー』だの言われたけどさ。
よくよく考えたら、そんなの"飽きたら味を変えて"、"身体に悪くないって事にしちゃえばいい"だけなんだよねー」
展開される規格外スケールに、私は夢でも見ているようだ、なんて思って。
それがなんの比喩にもなっていないことに気がついた。
ここは夢の中だ。多分、その認識で正しいと思う。
ただし、他人の夢だ。
目の前の女性の、天枷仁杜という女神が揺蕩う、夢幻の海底に私たちは落とされた。
視界を動かす余裕がなくて見えないけど。
私の背後の海中に、きっと楪さんとホムンクルスも浮かんでいるんだと思う。
まだ、二人の気配はある。だけど動いている様子はない。意識を沈められているのか。
視線を固定された私は周囲の状況が把握できない。
そして、サーヴァントの気配はまるでなかった。
ファウストも、髑髏の暗殺者も、バッタ男も、3騎全て。強制的に霊体化させられてしまったのか。
もしかすると、私たちを捉えたこの水には、そういう付加効果もあるのだろうか。
わからない。行われた権能が強大すぎて、今の私ではその力の全貌を推し量ることも出来ない。
だけど、分かることもある。
「ねーえ、満点ちゃん。なにして遊ぼっか?」
私は勘違いしていた。
戦いになんて、ならない。
なりようがない。
「スト6? モンハン? エペ?
ちょうど四人だし、やっぱモンハンかなあ。いやいや、スマブラって択もあるなー。
あ、てかちょうど四人にしたくて、そっちのちっちゃい子も呼んだんだっけ。その子ゲームできるかな?
一度やってみたかったんだー。うんと広い部屋でさ、友達同士で集まって、一人一台ずつゲーム機とテレビを独占して遊ぶの」
夢の中で、夢の主にどうやって勝てと言うんだろう。
月姫真体(このせかい)の中で、天枷仁杜はなんら誇張なく神そのもの。
全てが、彼女の意のままになる。彼女の望むままに、夢(せかい)は形を変えていく。
「ありゃ、なんだかリアクション薄いね。満点ちゃん、ゲームは苦手?」
神に、歩くなんて無粋な動作は必要ない。
泳ぐなんてもってのほか。
ただ、浮かんで、流れて、揺蕩うままに、にーとさんは、再び私の眼の前にやってきた。
「テレビゲームが嫌なら別の遊びでもいいよ?
カードゲームでもボードゲームでも、何でも言ってくれれば自由に出せるし。
ああ、それとも満点ちゃんは―――」
水の中、透き通る虹彩を浴びた指先が、私の頬を優しく包み込む。
「どうしても、"聖杯戦争ごっこ"がしたいのかな?」
瞬間、氷で出来た剣を、背骨に突き通されたような怖気が走った。
「場所は闘技場でも適当に作るとして。
うーん、でもカインちゃんは上(した)に出しちゃったし。ロキ君じゃ相手になんないだろうしなー。
満点ちゃんのサーヴァントって、なんか細くて弱っちそうだったし、ゲームバランスの調整ムズいね」
今すぐに逃げ出したい。
足が地面に付かないなら、水の中を掻き回して、みっともなく溺れながらでも、ここから離れなければ。
この規格外の神性から逃れなければ。
たとえ此処が釈迦の掌の上で、逃げ場なんて何処にもなかったとしても、逃げ出さずにはいられない。
それほどの、極大の恐怖心が身体を突き動かそうとする。
いや、違う。この恐怖は、今この瞬間に初めて感じたものじゃない。
ここで、にーとさんと出会ったときから。一番最初に、出会ったときから。
ずっと感じていた筈の、一度たりとも絶えるはずのない、絶やしてはならない恐怖だった筈なのに。
「フェンリルとヴァルキリー、あとはちょっと巨人を捏ね合わせた感じの創作英霊でどうかな?
ハンデが足りないなら、そっちのホムンクルス(ちっちゃい子)のサーヴァントとタッグでもいいよ。
まだ足りない? まあまあ、最悪やりすぎて霊基壊しちゃったらこっちで作り直すし大丈夫だよ多分」
怖い、怖い、怖い。
なのに、私は動けない。
逃げろ。逃げろと。
私の恐怖は、これ程までに叫んでいるのに。
水中で、好き勝手喋り続けるにーとさんに、頬を包まれたまま。
指一本動かせていない。
「どうしたの? 満点ちゃん。そんなに震えちゃって」
忘れさせられていく。
麻痺させられる。
酩酊する。
感覚が鈍化し、危機感が欠如し、やがては恐怖までも―――
「ひょっとしてまだ怖いの?」
だから、やっぱり、この人は、私にとって、絶対の鬼門なんだ。
・・・・・・・・・・
「この期に及んで、まだ、怖がろうとしているの?」
単純な力量差という意味もそうだけど。
根本的に、あまりにも、相性が悪すぎる。
天使と悪魔の関係は天敵かもしれないけど。
それで言えば、天枷仁杜は煌星満天にとって、まるで捕食者だ。
仮に私が、今すぐ彼女と同等の力を与えられたとしても。
きっと勝てない。そもそも私たちの間には、勝負の図式が成立しない。
過程の式をすっ飛ばして、その解だけを私は悟る。
「ばかだなあ」
本当に、なんてことないことのように、言葉通りの柔らかさで、にーとさんは吹き出した。
馬鹿な事をする友人を見るような眼で私を見ている。
無駄な悪あがきにふける私のことを、心底可愛らしいと、憐れみ慈しむように。
「素直に睡ればいいのに」
忘れていればいいのに。
麻痺させていればいいのに。
酩酊していればいいのに。
堕落してしまえばいいのに。
その方がずっと楽しくて楽なのに。
そんな事は知っている。最初から分かってた。
私は天使にはなれない。
どれほど努力しても、血を吐くほどに藻掻いても。
天梨のような綺麗なアイドルには、きっとなれない。
「でも、それじゃあ、満点ちゃんは一生誰にも救われないままだよ?
ううん、誰にも、"救わせない"ようになってる」
だけど、この人のコトは少し分かる。
私は多分、輪堂天梨よりも、天枷仁杜に近い生き物だ。
もちろん、存在規模やカミサマの才覚は、まるで足元にも及ばない。
ただ気質という一点において。
私たちにはある共通する項があった。
だから、反対に彼女にも、私の本質が分かるのかもしれない。
「そっか、そっか――だから満点ちゃんは」
そして何よりも、彼女は一度、私の根幹に触れたのだ。
「『そういう仕組み』を作ったんだね」
知られている。誰にも知られてはいけないコトを。
他ならぬ"煌星満天(わたし)"にだけは絶対に知られてはならない、"暮昏満点(わたし)"のコトを。
細い指が頬から脳髄へ沈み込む。
けらけら、と。女神は笑っている。
なんて、愚かな存在なのだろう、と。
なんて、なんて、可愛らしい悪あがき。
ますます救ってあげたくなる。
友達だから、友達だと言ってくれたから。
優しい女神の掌で包んで、恐怖という悪性の信号を断線させて。
そうして一緒に、優しい夢に堕ちていこう。
「大丈夫、みーんな一緒だから。
永遠に、最高の悪夢(ユメ)を観せてあげる」
「そこまでだ」
パキン、と。
ガラスが砕けるような音と共に、不意に無重力が損なわれ。
私たちは自由落下した。
甘ったるい水の供給が絶え、流れに押し流されるようにして。
眼下、地平線まで広がる陸地(ベッド)の上に、私の身体は押し付けられる。
「……不味い。そして栄養価の偏りが酷すぎる。
こんなものを常飲する者は、既に脳に何らかの深刻な病状を抱えているのだろうな、イリス?」
「黙れ、クソガキホムンクルス。時間かかりすぎだっつの」
意識を取り戻した楪さんと、多分その手助けをしたホムンクルスの声が、背後から聞こえた。
「ユメの世界か、言い得て妙だな。
せっかくなので、その特性を利用させてもらった」
横たわる私の視界に4本の足が映り込む。
突入から10分と経っていないはずだけど、その内2本は少し形状が変わっていた。
具体的には、少し長くなっていた。
「欲望を実現する堕落法。まさに白痴の全能だな。
だが、だからこそ、本人を直接害さないという原則の上で、他者にも無作為に権能が分け与えられる。
加え、大気中に満ちる大量の魔力(マナ)。
そこの紛い物Aと違い、私はこの空間と相性が良いようだ。
実に効率的な、成長の促進になった」
つまり、ホムンクルスの見た目が、変化している。
3~4歳くらいの身長は、小学生高学年から中学生くらいに。
少し伸びた深い蒼の頭髪と冷え切った瞳は、相変わらず中性的。
合わせて服装すら身体に合うサイズに切り替えた少年(?)は、少し低くなった声で宣言した。
「茶番は終わりだ。イリス、動け」
「指図すんなホムンクルス」
声の震えから、すぐに分かった。
楪さん。もうめちゃくちゃに怒ってる。
「これ、どういうつもり? クソにーと」
「あ、いーちゃん。起きたんだ」
というか、心なしか。
八つ当たりじみた怒りの刺が、倒れたままの私にも刺さっているような気がする。
「誰を無視して、なにを雑魚狩りに興じてるわけ?」
後回しにされた。
という事実に、耐え難い怒りが発露している。
だけど、そう、それは本当に、ありえない事だった筈なんだ。
「――――解析、介入開始」
「――――全色解放」
楪依里朱。
ホムンクルス36号。
二人の狂人。二人の衛星が同時に動く。
成長したホムンクルスの術式干渉が月姫の内側に入り込み、コンマ1秒に満たぬ間隙を作り出す。
瞬間、ホムンクルスは全身の毛穴から血を吹き出して、膝をついたけど。
それで彼の役割は完了していた。
実際、何のダメージも与えられていなかったとしても、気を引くことは出来たのだろう。
にーとさんの視線が僅かに泳ぐ。
その隙に、開幕から全力を出した楪さんの接近は完了している。
「聞け、にーと!」
前方、ベッドにちょこんと着地していたにーとさんのもとに、弾丸と化した楪さんが辿り着く。
本命を前に、既に最後の令呪は発動待機状態になり、紅の光を放っていた。
霊体化を強制していたと思しき液体も今は無い。
遠く、結界喰らいの蝗害がキチキチと歯を鳴らす。
だけど、その全てが、本命ではなかった。
「私は―――!」
相対する二人。
狙いは外さない。
本懐は遂げられる。
真の弾丸は言葉。
そして楪依里朱という存在そのもの。
彼女こそが、神に打ち込む弾頭。
神を人に戻す特効。
当初、私たちが思い描いていた図式。
天枷仁杜と楪依里朱の相対。
だけど、そう、それは理想的な、あまりにも呆気ない到達だった。
「だめ……だ……楪さん……まだ使っちゃ……」
ゆえにこそ、彼は言ったのだ。
それは最悪の想定であると。
「止めて……キャスター……!」
「―――承知」
ファウストが、私のもとに帰還する。
彼の手に黒いムチが出現し、放たれた一撃が楪さんの手の甲を掠め、令呪の発動を妨害する。
遅れて、言葉の弾丸だけが到達する。
「―――私は、あんたの友達を、高天小都音を殺した」
それは戦いの大前提。
戦いの趨勢は最初から、如何にして彼女らを引き合わせるか、にある筈だった。
「―――そしていま、今度こそ、私はあんたを殺す」
自ら産んだ星を、自ら殺す。その宣言。
すでに失われたものを指し示す。
神の"未練"。奪ったモノの宣言によって。
だが、其の為の前提が、もしも―――
『もしも、女神の寝室に―――最初から楪依里朱が招かれているようなことがあれば』
「―――――は」
全ての前提は覆り。
「いーちゃん、何を言ってるの?」
そうして、この世界(ユメ)は崩壊する。
◇
赤銅色の荒野。
剣の丘の頂点にて、人間と英霊が向かい合う。
片や人間、カスターから譲られたヴィンテージ拳銃を左手に、ロキから譲渡された炎の剣を右手に、伊原薊美は相対する。
片や英雄、己自身が鍛造した無銘の長剣を地面から無造作に抜き取り、形状の異なる双剣を両手に、トバルカインは相対する。
近距離で向き合う二人。
身長は薊美の方が20センチ以上も高く、自然とカインを見下ろす格好になる。
見た目の上では大人と子供の喧嘩のようで。
しかしその力関係の実態は、完全に真逆であった。
人間と英霊。その戦力差は端的に言って絶望的なものだ。
伊原薊美は今や魔術師としても、戦闘者としても、相当な実力に至っている。
たったの一ヶ月前に魔術回路を開かれ、魔術師として先達の手解きを受けることもなく。
徹頭徹尾、その図抜けた才覚と、敵者達からの見取り、実戦による研鑽のみで、此処までの高みに昇り詰めた。
天才、そう呼ぶ他ない。
多くの術者が頭打ちに至る限界すら、今の彼女は既に越えている。
実践レベルの魔術使いと並んで謙遜ない。
このまま魔術の世界に飛び込んだとしても、家柄というハンデを押して、大成するだけの器と基盤が出来ている。
だが、それでも、英霊と対等に戦える程かと問われれば話は別だ。
人のみでサーヴァントを下す。
それは無茶や無謀の域を越えた、もはや夢想、笑い話の類だろう。
根本からして、存在の規格(スケール)が違うのだ。
ここに個として肉体機能を極限まで鍛え上げた最強の兵士がいたとしよう。
ならば彼は単身で戦車に勝てるだろうか。
歩兵として携帯可能な全ての武装を極めし万能の重装兵がいたとしよう。
ならば彼は人が携帯可能な武装のみで戦闘機を落とせるだろうか。
もっと単純に言えば、世界で最も強い蟻の個体は、最も弱い像の個体であれば倒せるか。
問われているのはそういうこと。
人の身で英霊に挑むとはそういうこと。
最も、人が英霊に打ち勝った前例は無いわけではない。
だがそれは極端な相性差や、反則じみた初見殺しによる外れ値だ。
薊美とカインの関係には該当しない。
つまり、そう、現時点をもって、伊原薊美という人間は詰んでいる。
カインの挑発に乗り、勝負から降りられなかった時点で。
勝率はゼロ。万に一つの勝ち目もない。
背後から彼女らを見つめる者達も、それは充分に理解していた。
「おい、脱出王……あの馬鹿が負けたら、アタシらは即効で仕掛けるぞ」
「了解了解、ただし僕は正面戦闘が苦手でね。多分その時は引っ込むから、次の僕によろしく言っといてくれ」
この第一層に飛ばされたもう一人の人間、華村悠灯は少なくとも、それを前提に行動を決めている。
バチンと拳を自分の掌に当て、状況の趨勢を見逃さぬよう目を凝らす。
期せず設けられた決闘の席。止めはした。そのうえで、薊美は聞かなかったのだ。
断頭台に登った女の邪魔はしないが、終わった後にまで同じ形式で続くつもりはなかった。
彼女の背後には3騎の英霊。
脱出王は基本的に悠灯の方針に沿うように本来の主から指示を受けている。
ならば残りの2騎については、
「へぇ、その"負けたら"って定義だが、そりゃあ、あのガキが死んだらってことでいいのかい?」
「さあな、アタシが勝手に判断するさ。
邪魔すんなって言われたが、こっちだってアイツのカッコつけに最後まで付き合う義理はないんでね」
「確かにねェ、よし、ならばアタシもそうするとしよう。
戦士の決闘を邪魔するほど無粋じゃあないが。終わった後は自由にやるか」
一時待機の憂き目に合い、戦闘意欲を隠せないスカディは荒野に腰を降ろし、膝の上で頬杖をついた。
そして最後に、馬上の伊達男は皮肉げに、そして豪快に笑ってみせた。
「ハッハッハ! 随分と甘っちょろいな田舎娘(カントリーガール)!
まるで危なくなったら助けてやると言わんばかりだ! 君は仇(アザミ)が憎くないのかね?」
「ああ? 勘違いすんじゃねえよ、アホヒゲ。
テメエらは嫌いだし、勿論ずっとムカついてる。
死にたきゃ勝手に死ねばいいし、機会がありゃ直接ぶっ殺してやりたいよ」
「ならばなぜ、いますぐそうしないのかね?」
「それを目的に、生きてるわけじゃねえからだよ」
借りを返してやれれば爽快だろう。
しかし今は、悠灯の生きる目的はそれではない。
復讐は生きる理由ではない。
少女は大人になる事を選んだ。
そして少女の憧れる大人は、なりたいと願う理想の姿は、その連鎖を終わらせようとしていたから。
「アイツは……アンタを倒したことを誇らなかった」
多くの先住民を殺した英雄(カスター)、それを討ち倒した者。
蒼き兵達に一矢報いた功績を黙して語らず。
ただ、仲間達が救われることのみを願い続けた大戦士。
「アンタはそれを、"栄光から逃げた"って言ったけど、アタシはそうは思わない」
不意に、戦いに臨む直前、薊美の発した言葉を思い出す。
―――だって君は、こうなる道から逃げたんだろう?
逃げたんじゃない。
進むことを選んだ。
少なくとも悠灯は、そう信じている。
「あんたらこそ、逃げてるんじゃないのか? 人であることから」
「―――は。ハッハッハ! なるほど、なるほど、そういう見方もあるかね。
言うじゃあないか、田舎娘(カントリーガール)。一度死んで一皮むけたか?」
「おかげさまでね。
まあ、それはそれとして、いいタイミングで御礼はしてやるよ」
「憶えておこう」
言葉の応酬の中で、じわりと空気が重くなった。
開戦が近づいている。
「あのな、アタシに言わせりゃ、理解できないのはアンタの方だ。
なんでアンタはこれを黙って見てる?
なんで止めない? 今に自分のマスターが殺されるってのに」
「……そう思うかね」
カスターは顎を掻きながら、首を傾げてみせた。
まあ確かに、充当に行けばそうだろうなあ、と呑気に言葉を発しながら。
「勝ち目があると思うのかよ」
「いやあ、無いね」
「はあ!?」
いっそマヌケなまでの即答に、悠灯が眉を潜めたのも束の間。
不意に、荒野を流れていた風がやんだ。
「まあ、黙って見ていればいい。
これは人の身では越えられぬ試練。
であると同時に、我がマスターにとって、避け得ぬ通過点でもあるのだ」
「なにが言いてえんだよ」
「そうだな。君流で言えば、我がマスターもまた、"選んだ"、ということだよ」
◇
それは秋口に吹き抜ける突風の如く。
構えはなく。予備動作もなく。自然現象であるかのように。
流麗な仕草で走る二本の斬線。
軌道は左右から半円を描き正面から刻む一刀、捲るように裏側から旋回する一刀。
そのまま、くるくるくる、と。
駒のように3回転。
するりと風が通り行きた頃には、獲物は均等な感覚で五分割。
その未来を否定するべく炎の刀身が走る。
劈くような衝撃音が荒野に響き渡る。
更に遅れて銃声、マズルフラッシュが3度瞬き、最後には土を踏む音が残る。
それ以上は何も鳴らない。
肉が地面に落ちる音は響かない。
つまり、初撃にて決着はつかなかった。
回転の勢いそのままに、斬撃と共に敵を通過したカインは、くるくると回りながら地面を少しだけ滑り、首を軽く傾けて背後に視線を送る。
対して、その背後にて、銃と剣を握る少女もまた、身体を捻りながら数歩後に下がった。
共に回転動作。まるで社交ダンスのワンシーケンス。
しかして、その優雅さには天地の開きが垣間見える。
「おーおー、若干マシにはなってんナ。
白黒のガキとモメてた時と変わんなきゃ、即効首が飛ぶ程度にゃ動いたんだが」
涼しげにターンをキメるカイン。
血飛沫を散らしながら、たたらを踏む薊美。
「世辞はいいですよ。貴女らしくもない」
「そうかい。じゃ、順当に死ね」
人間対英霊の戦いは、その初撃を越えても継続している。
アザミは命を繋いだ。
炎剣を盾に、致命傷となる斬撃を弾き、銃撃によって距離を稼いだ。
しかし、それが精一杯でもあった。
受けきれなかった斬撃が身体の数カ所を刻んでいる。
一度の交差では軽傷に過ぎずとも、打ち合う度に血を流していれば、やがて無視できぬ蓄積となるだろう。
ましてや、彼女は今、
「ていうか、それ、どういうつもりですか?」
「んあ? なんだ、お前、まさか本気で相手してもらえると思ってたのか?」
手を、抜かれている。
トバルカインの扱う二本の剣。
その柄にからむ指の本数は合計でたったの四本。
剣一本につき二本の指、人差し指と中指で、挟み込むようにして操っている。
まともに打ち合えば呆気なく取り落としてしまうことが自明の、露骨なまでの手加減。
敵を心底、舐めきっていると言っていい。
「いつまでも自惚れてんじゃねえよ。お前なんざ、剣を握るまでもねえ。」
しかし事実として、そんな手抜きのカインの剣戟を、薊美は受けきれていないのだ。
二度目の交差。
再び血の花が散り。
無傷のカインは涼しげな表情で、更に切り傷を増やした薊美はよろめきながら、すれ違う。
少女は遊ばれている。
状況としては、あしらわれているに近い。
まるで大人と子ども。見た目とは正反対の構図だ。
「こっちとしても、簡単に終わったんじゃつまんねえ。
私にとって今のお前はな、ストレス解消用の据え物だ。
精々長く刻まれた上で、無様に鳴きながらくたばってくれねえと採算が―――」
「本気で来てくださいよ。じゃなきゃ、やってる意味がない」
己の血に塗れながら、薊美の声音に変化はない。
圧倒的な力量差を前にして、登壇したときと何ら変わらぬ挑戦的な弾みで言い放つ。
その不遜さに、カインは一度舌打ちして。
「底抜けの馬鹿が。そんなに死にたきゃ、その気にさせてみナ」
「では、そのように」
薊美の構えが変わる。
「――再演(Re-Screening)」
否、構えが消える。
「業腹ながら、今はこちらが挑戦者なわけですし、いいですよ。それなら」
選ぶのは直立、ニュートラルな姿勢。
おおよそ戦闘に望む佇まいではない。
正道の剣術、マニュアル通りのお利口な銃撃。
そういう特定の型に囚われない。
彼女においては、それが最も合理的な、無限の選択肢に繋ぐ、無の構えに他ならぬ。
「私から、本気を魅せてあげましょう」
丘の頂点に出現する凸(バミリ)。
踏み込みと同時、黒白の線(ライン)が荒野を走る。
「――色間魔術(Two-Tone)」
地面を割るように、モノトーンの礫が射出される。
合わせて、反発する二色の中心を滑るように前進しながら、リロードを終えた拳銃を引き抜き乱射。
同時に、炎の剣を投擲する。
急接近しながらの飛び道具。
しかも自ら近接攻撃の手段を手放しながらの特攻。
不意は突けるかも知れないが、莫大なリスクを負っていた。
そして、もちろん、リスクを負うだけで倒せるような敵ではない。
「んだそりゃ、ヤケになったのか?」
銃撃と魔力弾は剣の腹で弾き、炎剣は首を捻るだけで躱し。
カインは無防備な状態の薊美へと、必殺のカウンターを振りかぶる。
「――胎息合一(Co-Starring)」
「お前」
そこで唐突に、薊美は剣術を捨てていた。
戦闘スタイルが切り替わる。
「私、飲み込みが早いんです」
高乃河二。昼の代々木公園で交錯した一人の魔術師。
遠距離主体から、己が四肢を至上の武器とする、超近接の間合いへと。
跳ね上がる左の踵。
振り下ろされようとしていたカインの剣、その浅い握り手に打ち放つ。
カウンターに対するカウンター。
僅かに発生した間隙に、薊美は追撃の拳を振りかぶる。
「っ―――舐めんナ」
しかし、それでも英霊は崩れない。
すう、と息を吸い込み、拳を硬め、内丹術による気の生成を行おうとした薊美へと、カインは冷静に対処していた。
衝突していた蹴り足に左腕を引っ掛け、捉えたうえで右の剣を振り下ろす。
溜め動作に移行していた薊美より、その振り下ろしは早く到達するだろう。
「そのうえで、私は復習も欠かさない」
「―――めんどくせえ」
そこで唐突に、剣術勝負が再開された。
降ろした剣の切っ先が、受け止められている。
無手だったはずの右手に突如出現した刀身、カイン自身が握っていた剣の贋作によって。
「――投影魔術(Gradation-Air)」
代々木公園で交錯したもう一人。
琴峯ナシロの魔術特性。
目視した時間が僅かであったため、見取りに多少の時間が掛かったものの、彼女は既にモノにしていた。
「手癖の悪ィ女だ」
「失礼な。勉強熱心と言ってくださいよ」
そして、限りなく両者が密着した今。
「戻れ」
背後から飛来した炎剣をカインは一呼吸で回避。
虚空を通り抜ける筈だった柄を薊美の手が掴む。
勢いを殺さぬまま、一回転して叩き込んだ斬撃を、カインは刀身で受けざるを得なかった。
剣に、剣で応じる。
今度は切合が成立する。
再開された薊美の剣戟は、先程とは一線を画していた。
左右の手にはレーヴァテインと、投影魔術で生成したカインの剣。
ぶつかり合う4本の剣が、合せ鏡のように踊っている。
風のように実態のないカインの剣術を、それでも薊美は正確に写し取っていた。
サーヴァントの剣すらも見取り、吸収し、我がものとしていく。
自己核星・茨の戴冠。
彼女の模倣は、魔術師の業のみに留まらない。
少女の貪欲さは、留まることを知らぬ。
英霊に単騎で打ち勝つことは、星に至る最低条件。
故に此処で、人を超えんとする。
経験する全て、体験する全てが伊原薊美の糧となる。
底知れぬ才能。
全ての敵は彼女を飛躍させる踏み台で、戦うほどに、踏み潰すほどに、彼女は天高く飛躍する。
今もそう、神がかった技能によって、その並行使用を成立させていた。
色間魔術、胎息合一、投影魔術。
茨の戴冠によって降ろした三種もの魔術を並行使用。
色間によって遠~中距離の間合いを潰し、負った手傷を端から直す。
胎息によって尽きせぬスタミナを捻出しながら蹴り技を織り交ぜ手数を倍にする。
投影によって補給を無限に行い、また距離に応じて適切な武装に切り替える。
ここまでトリプル。
更に彼女は"他者彩明・碧の行軍"によって、常に自身に身体能力強化を施し、周囲に拘束魅了を振りまいている。
よってクアドラブルの魔術運用。
圧巻の精密制御。
一流の魔術師でも此処まで緻密な魔術運用は為し得まい。
しかし、実のところは、クインティプル。
なにを隠そう、それら並列しよう可能とする魔術運用。
インフラを支える魔術特性こそが5つ目。
循環する魔術回路を絶え間なく瞬時に切り替え、不要な流動を一切行わない。
徹底的に無駄のない、究極の魔力運用効率を成し遂げる特異の仕組み。
それこそが、高天小都音をモデルにした節制――――
「おい」
まず左腕が落ちた。
「誰が、」
次いで右足の腿から下。
「誰の前で、」
そして最後にその鳩尾へ。
「誰の猿真似してやがるッ!」
剣の先端が突き込まれた。
「が――――は―――……!?」
薊美の口から大量の血液が吐き出される。
赤銅色の荒野に、黒い反吐が落下する。
丘の斜面を、切り飛ばされた腕と足が転がり落ちる。
柄を五指で握り込んだカインの剣閃。
何も、分からなかった。
一振りも、見えなかった。
いや辛うじて、最後の一撃だけは微かに見ることが出来た。
だからこそ、伊原薊美はまだ生きている。
かろうじて、まだ生きていると言える状態を保っている。
たとえ、左腕が根本から切断され、右腿から下が繋がっていないとしても。
「あ―――ぐ―――」
それ以上、片足で立ち続ける事はできなかった。
バランスを崩し、薊美は血に塗れながら荒野に崩れ落ちる。
朱い円形が、倒れ伏した肉体を中心に広がっていく。
呆気なく、順当に、趨勢は決した。人間では、英霊には勝てない。
「ほらよ、本気だしてやったぜ。なあ、おい、これで満足か?」
切断された手足は勿論、胸の傷も深い。
切っ先が心臓を貫く寸前で上に弾いたため即死こそ免れたが、結局のところ出血量が多すぎる。
失血性のショックは免れまい。
「あーあーやっちまったよ。まんまと挑発にのっちまった。
……馬鹿が、つまんねえ死に方選びやがって」
霞む視界で、薊美はカインの背後を見る。
今まさに、こちらへ飛び出そうとしていた華村悠灯を睨みつけて押し留める。
まだ、終わってない、まだだ。それを視線で訴える。
「今どんな気分だ、イバラアザミ?」
そうして、もう一度、悠然と立つトバルカインに視線を合わせる。
地に伏せ、ピントの合わない視界の中で、今度は薊美がカインを見上げている。
脂汗が眉間を流れる。
痛みが、魔力の循環を阻害する。
カインの声音には、先程までは無かった熱が籠もっているように感じた。
「今のお前は、主役か? 無様に地を這いつくばる今のお前が」
薊美は、そうであると信じた。
そうであらねばならなかった。
なぜならば誰しもが、それを理解していたから。
―――主役は、主役でなければ打倒し得ない。
神寂祓葉を直視した者は、誰もが無意識に理解する。
彼女は主役だ。
今をもって、一度目の物語を越えてなお、その玉座に君臨する。
彼女は主役、世界の主人公(かみさま)。神は誰にも殺せない。
世界そのものが、主人公の死を許さないから。運命が彼女を生かすから。
たとえ不死性を剥奪しても、本質的な問題は解決していない。
「今日、さんざんに切り刻んで分かった。あの女は世界に愛されてやがる。
このままじゃ殺せねえ。どうあっても不滅だ」
よって誰も、今のままでは彼女に勝つことが出来ないのだ。
ならば逆説的に開示された、一つの方法。
神寂祓葉を殺すとは、主役を降板させることだ。
ならば、どうやって?
それは単純にしてもっとも困難なこと。
新たな主役(かみ)を立てればいい。
恒星の資格者には二重の意味がある。
獣(ビースト)に差し向けられた冠位(グランド)の代行。
そして、神寂に差し向けられた次なる神核。
主役交代による斜陽の時。
始まりの六人は、狂気の六衛星は、全員が本質を直感していた。
故に彼らは意識、無意識に関わらず、新たなる主役を、次代の恒星(こうせい)を選出する。
真の意味で、神寂祓葉の敵となれる者の擁立。
それこそが、他ならぬ神寂祓葉(寂しがりやのカミサマ)の望みであると知っているから。
ならば、次の主役とは誰か。
「それはお前か?
いいや違うね。お前は違う。
現に誰からも、お呼びが掛からない」
自覚して選出を行ったものもいる。無意識に指名したものもいる。
例えば、楪依里朱は無意識下で、天枷仁杜を擁立した。
その結果として、今がある。
「だが、お前のもとには誰もこない。薄々感づいてたんじゃねえのか? お前は、選ばれない。資格がねえんだ」
「―――違う」
「違わねえよ」
それは赫怒の発露だった。
「お前も"天枷仁杜の成れの果て"を見たんだろうが。アレになりてえのか、お前も?
どいつも、こいつも、なにを好き好んで化物になりたがる。
あんなもんに何の価値があるってんだ、ええ? 星だ? 主役だ? 主人公だ? くだらねえよ!
あんなバカげた代物ために、なんでコトネが死ななきゃいけなかった!?
コトネの人生が、あんな化物を作るためにあったってのか? 冗談じゃねえんだよッ!!」
事実として、トバルカインはずっと激怒していたのだろう。
「……お前、なんでそうまで勘違いしちまったんだ?
主役になれる? カミサマになれる? そんな自分に価値がある? なんでそこまで思い上がっちまったんだ?
そこそこ優秀な女、その程度の器だと割りればよかったじゃねえか。
あの女に出会った時に、さっさと分際を弁えて生きりゃあ、もうちょいマシな最期だったろうに」
「―――違う、私は!」
炎の剣を荒野に突き刺し、薊美は無理やり半身を起こしていく。
流れる血の量は増すばかり、それでも否定しなければならなかった。
「私は、木星には、ならない」
視界がぼやけていく。
カインの表情も、今はよく見えない。
体力の限界が近づいている。それでも、声にせずにはいられない。
「誰に……選ばれるとか……誰に……認められるとか……そんなの、どうでもいい……」
誰かから与えられる資格に、最初から興味なんてなかった。
世界で唯一認めて欲しかった人は、もうこの世界のどこにもいない。
だからこれは、少女が自分で決めたこと。
一等星でなければ頂点足り得ない。
頂点でなければ価値がない。
価値がない私には―――生きる意味がない。
「だって、そうじゃなきゃ……」
伊原薊美の、生きる意味とは。
「そうじゃなきゃ……お父さんが……安心して瞬けない」
「―――は、なんだ、そりゃ」
世界で一番、光り輝く存在であるために。
今も、そこにいる誰かの価値を、決して損なわないために。
「――再演(Re-Screening):死狼魔術(Reviving-Wolf)」
伊原薊美は立ち上がる。
何度でも、誰に認められなくても、そこに辿り着くために。
ちぎれた腕が、足が、再生する。
犬歯が伸び、喉が唸り声をあげる。
華村悠灯の魔術。
血に塗れ、無様に地に伏せたことで、やっとラーニングが完了した。
「それがお前の根幹か? だとしたら、やっぱお前、器じゃねえよ。器じゃねえが……」
トバルカインの声音は心底呆れ口調で、言葉の意味にも裏はない。
だけど、微細な変化があった。
本来のマスターでなければ気付けないほどの、ほんの僅かな。
「……来な。もうちっとだけ、研いでやるよ。それで駄目なら、今度こそへし折る」
トバルカイン。
もう一度、ユメを見る事を選んだ鍛冶屋。
彼女の望みは、今は謎のまま。
果たして、全てに見切りをつけて諦めたのか。
「お前は、ただの人間か? 星に至る器か? あるいは―――」
この赤銅の空の下―――
「―――神をも貫く、新たな剣(セイバー)足り得るか?」
次代の剣を打ち出すか。
◇
【月光夢幻神界〈渋谷〉・『月姫真体・堕落恒星』内界 "赤銅の荒野"/二日目・午前】
【セイバー(トバルカイン)】
[状態]:〈夢追人(ドリーマー)〉激しい怒り、高天小都音からの令呪、霊基強化
[装備]:トバルカイン謹製の刃物(総数不明)
[道具]:
[所持金]:数千円(おこづかい)
[思考・状況]
基本方針:――ああ、分かったよ。コトネ。
0:来いよ木星。私がお前の星を測ってやる。
1:腐るのはもうやめだ。
2:お前ら全員、私が殺してやる。
3:神寂祓葉の倒し方に見当が付いた。が、これ結局同じクソゲーさせられるだけじゃないか?
[備考]
※天枷仁杜と再契約しました。
※祓葉を倒せるかもしれない方法に思い至ったようですが、あまり釈然としていません。
※マスターが完成した恒星である仁杜に変更されたことで、霊基性能が向上しています。
【伊原薊美】
[状態]:魔力消費(大)、頭痛と疲労(大)、魅了(自己核星)、死狼魔術による再生中
[令呪]:残り二画
[装備]:
[道具]:騎兵隊の六連装拳銃、『災禍なる太陽が如き剣(レーヴァテイン)』
[所持金]:学生としてはかなりの余裕がある
[思考・状況]
基本方針:全てを踏み潰してでも、生き残る。
0:トバルカインを倒す。
1:私は何にだって成れる、成ってやる、たとえカミサマにだって。
2:殺す。絶対に。どんな手を使ってでも。
3:太陽は孤高が嫌いなんだろうか。だとしたら、よくわからない。
4:最後に首を獲るのは私。でも、そのためには準備が必要みたいだ。
[備考]
※マンションで一人暮らしをしています。裕福な実家からの仕送りもあり、金銭的には相応の余裕があります。
※〈太陽〉と〈月〉を知りました。
※自らの異能を活かすヒントをカスターから授かりました。
→上記ヒントに加え、神寂祓葉と天枷仁杜、二種の光の影響によって、魅了魔術が進化しました。
『魅了魔術:他者彩明・碧の行軍』
周囲に強烈な攻勢魅了を施し、敵対者には拘束等のデバフ、同盟者には士気高揚等のバフを振りまく。
『魅了魔術:自己核星・茨の戴冠』
己自身に深い魅了を施し、記憶した魔術や身体技術の模倣を実行する。
降ろした魔術、身体技術の再現度は薊美の魔術回路との相性や身体的限界によって大きく異なる。
ただし、この自己魅了の本質は単なる模倣・劣化コピーではなく。
取得した無数の『演技』が、薊美の独自解釈や組み合わせによって、彼女だけの武器に変質する点にある。
※ウートガルザ・ロキから幻術による再現宝具を授かりました。
・『災禍なる太陽が如き剣(レーヴァテイン)』
対神、対生命特攻。巨人の武具であり、神の武具であり、破滅の招来そのものである神造兵装――の、再現品。
ロキの幻術で生み出された武器であるため、薊美が夢を見ている限り彼女のための神殺剣として機能を果たす。
逆に薊美が現実を見れば見るほど弱体化し、夢見ることを忘れた瞬間にカタチを失い霧散する午睡の夢。
セキュリティとして術者であるロキ、そして彼の愛しの月である天枷仁杜に対して使おうとすると内蔵された魔術と呪いが担い手を速やかに殺害する仕組みが誂われている。
サイズや重量は薊美の体躯でも扱える程度に調整されている様子。
→ロキの消滅により、仁杜に対し使用できない呪いが消えているようです。
【ライダー(ジョージ・アームストロング・カスター)】
[状態]:疲労(中)、心臓にダメージ(中)、左鎖骨切断、複数の裂傷と刀傷、魅了
[装備]:華美な六連装拳銃、業物のサーベル(トバルカインからもらった。とっても気に入っている)
[道具]:派手なサーベル、ライフル、軍馬(呼べばすぐに来る)
[所持金]:マスターから幾らか貰っている(淑女に金銭面で依存するのは恥ずべきことだが、文化的生活のためには仕方のないことだと開き直っている)
[思考・状況]
基本方針:勝利の栄光を我が手に。
0:往くのか、令嬢。
1:神へ挑まねば、我々の道は拓かれない。
[備考]
※魔力さえあれば予備の武器や軍馬は呼び出せるようです。
※シッティング・ブルの存在を確信しました。
※エパメイノンダスから以下の情報を得ました。
①『赤坂亜切』『蛇杖堂寂句』『ホムンクルス36号』『ノクト・サムスタンプ』並びに<一回目>に関する情報。
②神寂祓葉のサーヴァントの真名『オルフィレウス』。
③キャスター(ウートガルザ・ロキ)の宝具が幻術であること、及びその対処法。
※神寂祓葉、オルフィレウスが聖杯戦争の果てに“何らかの進化/変革”を起こす可能性に思い至りました。
※“この世界の神”が未完成である可能性を推測しました。
※令呪および、伊原薊美の魅了魔術によって霊基が強化されました。
【華村悠灯】
[状態]:人狼化。心臓喪失。永久機関・生死流転(同化完了)、生への渇望
[令呪]:喪失
[装備]:精霊の指輪(シッティング・ブルの呪術器具)、『時計じかけの方舟機構(Perpetuial motion Machine-Mark-Ⅲ(ver:3.3333333333333...))』
[道具]:なし
[所持金]:ささやか。現金はあまりない。
[思考・状況]
基本方針:大人になる。
0:生きる。好きなように、赴くままに。
1:取り急ぎ、ナイン達と行動を共にする。山越のことは変わらず信用してないが、その目的は利用したい。
2:……ありがとな、キャスター。
3:狩魔さん、ゲンジ――死んじまったのか。
4:あの刺青野郎ってば最悪!!
5:ナイン……お前さ、その……かわいいな……耳とか触っても良――いや待て何言ってんだアタシは!(うがーっ)
6:天枷仁杜は気に入らない。……だけど、カワイソウだ。
7:伊原、薊美――。
[備考]
神寂縁(高浜総合病院院長 高浜公示)、および蛇杖堂寂句は、それぞれある程度彼女の情報を得ているようです。
華村悠灯の肉体は、普通の意味では既に死亡しています。
ただし土壇場で己の真の魔術の才能に目覚めたことで、自分の魂を死体に留め、死体を動かしている状態です。
いわゆる「生ける屍」となります。
強いて分類するなら死霊魔術の系統の才能であり、彼女の魔術の本質は「死を誤魔化す」「生にしがみつく」ものでした。
自覚できていた痛覚鈍麻や身体強化はその副次的な効果に過ぎません。
この状態の彼女の耐久性や、魔力消費などについては、次以降の書き手にお任せします。
→魔力消費の影響をある程度無視できるようです。ただしあくまで誤魔化しているだけなので、度が過ぎると多分死にます。
→華村家の魔術は『死狼魔術』です。
狼信仰をベースとし、死霊魔術や獣性魔術、死徒の細胞などを取り込んで作り上げた継ぎ接ぎのパッチワーク。
覚醒した華村の魔術師は擬似的に人狼化し、超人的な身体能力と再生能力を得ます。
ただし、あくまでも死を誤魔化し、蓋をして無理やりねじ伏せているだけに過ぎません。華村の魔術は失敗作です。
→神寂祓葉から永久機関を手渡され同化中です。
華村悠灯は適応条件を満たさず体内から自壊していますが、死狼魔術により無理やり適応しようとしています。
彼女の永久機関はオルフィレウスの開発していた新たな試作品であり、神寂祓葉に埋め込まれた物とは仕様が異なる可能性があります。
→永久機関への適応を完了しました。
『時計じかけの方舟機構(Perpetuial motion Machine-Mark-Ⅲ(ver:3.3333333333333...))』には自我を無限時計文明の基準に合うよう矯正する機能が搭載されています。
試作品なので働きはまだ限定的ですが、悠灯の意思が弱まれば侵食が進行するでしょう。
また永久機関の影響で、サーヴァント不在のペナルティを無視できます。
【ライダー(ハリー・フーディーニ)】
[状態]:第二生(ツー)、令呪『私が令呪で許可するまで、第一生の棺を開けることを禁ずる』
二生→健康
三生→健康
五生→健康
九生→疲労(小)
[装備]:九つの棺
[道具]:
[所持金]:潤沢(ハリーのものはハリーのもの、そうでしょう?)
[思考・状況]
基本方針:山越風夏の助手をしつつ、彼女の行先を観察する。
0:華村悠灯に同行する。何考えてんだあのバカハリーは。
1:当面は悠灯に従うつもり。
2:神寂祓葉は凄まじい。……なるほど、彼女(ぼく)がああなるわけだ。
3:これは面白い。さあ、君は星になれるかな?
[備考]
準備の時間さえあれば、人払いの結界と同等の効果を、魔力を一切使わずに発揮できます。
宝具『棺からの脱出』を使って第三生のハリー・フーディーニと入れ替わりました。
第二生のハリー・フーディーニ:
生前の名は「山越風奇(やまごえ・ふうき)」
一度目の聖杯戦争に"参加しなかった"山越風夏の前世。
"脱出"の起源覚醒者。魔術的な能力を持たぬ代わりに、超抜の技巧と体幹を備える。
第三生のハリー・フーディーニ:
生前の名は「蛇杖堂寂尊(じゃじょうどう・じゃくそん)」、かの蛇杖堂寂句の2人で1人前の「共同後継者の片割れ」です。
蛇杖堂寂句の医術と体術を継いでおり、治癒魔術や治療薬の知識もありますが、治癒魔術の実践はできません。
寂句に自尊心をズタズタにされており、己の能力を過小評価する傾向がありますが、外科医としての腕と格闘術は超一級です。
第五生のハリー・フーディーニ:
神聖アーリア主義第三帝国陸軍所属。第四次世界大戦を生き延びて大往生した老人。
スラッグ弾専用のショットガンを使う。戦闘能力が高い。
ヴァルハラの神々に追われている妄想を常に抱いており話が通じない。
雪村鉄志、琴峯ナシロ、高乃河二、赤坂亜切の現在の動向について聞きました。
【アーチャー(スカディ)】
[状態]:右腕が刀傷でズタボロ(行動に支障なし)、複数の裂傷
[装備]:イチイの大弓、スキー板。
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:狩りを楽しむ。
0:月女神の討伐に力添えする。アギリもアレは気に入らないみたいだし、丁度いいだろ。
1:面白そうなので一旦静観。区切りが付いたらアタシがセイバー(トバルカイン)を戴く。助け舟? そんな無粋じゃないさ。
2:向こうのゴタゴタが済んだらランサー(ルー)を再び狙う。逃がさないよ、色男。
3:日中はある程度力を抑え、夜間に本格的な狩りを実行する。
4:マキナはかわいいね。生きて再会できたら、また話そうじゃないか。
5:ランサー(アンタレス)を獲る。一皮剥けたようだしね、食べ頃だろ。
6:キャスター(シッティング・ブル)は一度見逃す。ただし次は必ず狩る。
7:面白いことをやるヤツがいるもんだ。懐かしい匂いだが、同郷のナニカかな?
[備考]
※ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)の宝具を受けました。
強引に取り除きましたが、どの程度効いたかと彼女の真名に気付いたかどうかはおまかせします。
◇
白き軌跡を描き直進する矢は、呆気なく長方形の札に包まり、ポテリと水面に落下する。
爆撃に等しい威力を内包するはずの一射が、紙飛行機の衝突の如きスケールまで下ろされる。
今、跳躍とともに放たれた三つの矢も、同じように防がれていた。
湖の中心に陣取った老人に向けられた攻撃はこれまで一度も通っていない。
天若日子の仕掛けた攻勢の全て、吉備真備の手管にいなされている。
ならば、魔術師同士の戦闘はというと。
「―――たぁぁぁぁぁッ!」
水面を踏みつけ、飛沫を跳ね上げながら、アンジェリカは対敵に肉薄する。
「これは―――なかなかやる!」
水面を走る少女の全身から蒼い紫電が迸り、突貫した勢いそのままに、迎え撃つ陰陽師の顔面に踵が打ち出された。
「とんだお転婆さんだねェ!」
「きもッ!」
「おわッ――!」
式札を貼り付けた手で蹴りを受けた香篤井希彦は、接触したブーツの底を握ろうとした瞬間、放たれた雷撃によって後方に弾かれた。
「いいっかげんに―――!」
「はは、いい蹴りだ! だが、そこまで」
追撃に動こうとしたアンジェリカは、視界の端にそれを捉える。
湖の上をバック転で後退する男の上着、その裾からこぼれ出た無数の符が湖に落下し、潜り込む。
「さあ、躱しきれるかな」
男の腹の前で、掌印が結ばれると同時、アンジェリカの左右、水面が僅かに揺れた。
「―――っ」
水を突き破って飛び出してきたのは鋭利に尖った紙の筒。
先程海中に忍ばせた符による遠隔攻撃だろう。
ならば、仕込まれた数からして、これで終わるはずがない。
連続して突き出してくる刺の一撃を、アンジェリカは全身を稲妻に変えて躱しきった。
「やるなあ、お嬢さん。正直もうすこし楽に殺せると思ってたけど、前提を変えなきゃいけないらしい」
何度か立回りを続け。
気づけば、最初の位置関係に戻っていた。
湖の中心にて陰陽の主従は佇んでいる。
特に吉備真備(サーヴァント)の側は、まるで門番のように微動だにしない。
対するアンジェリカと天若日子は湖の端で、挑むものとして向き合っている。
戦闘開始から15分程度。
常に一進一退の攻防が続いていた。
しかし実際のところ、全力同士の戦闘とは言い難い。
「膠着状態ね」
「ああ、そして、どうやら膠着こそがあちらの狙いだな」
アンジェリカと天若日子の意見は一致している。
敵の目的は時間稼ぎ、それだけだ。
香篤井希彦は最初こそ、確かな殺意をもって相対していたが。
アンジェリカが簡単に打ち崩せないと見るや、サーヴァントと共に持久戦に切り替えたようだった。
端的に言って、まるでやる気が感じられない。
いくら守りに特化したサーヴァントだったとしても、少々露骨過ぎる。
「どういうつもり?」
実に不可解だった。
敵の狙いは楪依里朱の到達阻止。
もっとも確率の高い目算はそうなる予測だった。
砕月同盟の勝ち筋は、ほぼ全てそこにウェイトが掛かっている。
故に、眼の前の主従が月面のブレインだとすれば、足止めするにしても、命を狙うにしても、それはアンジェリカではなくイリスだったはず。
それが、イリスを放置し、アンジェリカ達を積極的に排除する様子もなく。
ただ時間を稼いでいる。
ならば、と。アンジェリカの脳裏に過ぎる一つの可能性。
開戦前に、ファウストが言っていた。
最悪の想定に、シチュエーションは合致する。
「"鍵"の現在地が気になりますか?」
アンジェリカの思考を呼んだかのように、香篤井希彦は両手を広げて呼びかけてきた。
鍵とは、イリスを指しているとみて間違いないだろう。
「彼女なら無事たどり着きましたよ。月姫の寝殿へ」
やはり、と。
アンジェリカは苦いものを噛み潰す。
敵はそれを分かっていた。
このさき何が起こるかを理解している。
だとしたら、彼らの狙いとは。
「あんたたち、何がしたいの?」
「それはね、全部、ですよ」
回答は、非常に端的だった。
最新の狂人はどの狂気よりも強欲だ。
全てを余すことなく、取りこぼさず果たしたい。
最後に残るのは、手中に落ちた神寂祓葉だけでいいのだ。
勿論アンジェリカ達、砕月同盟には全員死んでもらう。
そして、月の女神にも、零落してもらう。
彼は別に、月を勝たせたいわけではない。
信じる星以外の全員に消えてもらいたいのだ。
そのために―――
「鍵にはたどり着いてもらわなければならない。
そして、そこで起こることを邪魔されないように、余計な人達を足止めしていたんです」
彼らは地獄がやってくるのを待っている。
「ああ、どうやら、無事再会できたようですよ。良かったですね? あなた達の狙いは果たされた」
そしてもしも、楪依里朱のスタート地点が、アンジェリカがいま想像した通りなら。
「無事、時間稼ぎはおしまい」
湖が黒く染まっていく。
否、染まっているのは、水面に映る空の色だ。
間違いなく、上階(下層)で何かがあった。
それが、楪依里朱と天枷仁杜の接触によって齎された災厄の先触れであることは誰の目にも明らかで。
「ではこれより、楽しい楽しい、悪夢(ユメ)の始まり」
その瞬間、黒き泥と共に、空が落ちてきた。
◇
【月光夢幻神界〈渋谷〉・『月姫真体・堕落恒星』内界 "極星の湖"/二日目・午前】
【香篤井希彦】
[状態]:〈恋慕〉、健康、右顔面に火傷痕
[令呪]:喪失
[装備]:
[道具]:式神、符、など戦闘可能な一通りの備え
[所持金]:現金で数十万円。潤沢。
[思考・状況]
基本方針:総てを手に入れる。
0:全部やろう。僕は、もう妥協しない。
1:月女神・天枷仁杜へ協力し、彼女に楯突く勢力を掃討する。
2:アンジェリカ・アルロニカを殺す。貴女は見込みがないようだ。
3:こんなものを恐れるなんて、思ったより底が浅いんですね、皆さん。
[備考]
※神寂祓葉との戦闘で一度死亡し、真備の秘術によって蘇生されました。
【キャスター(吉備真備)】
[状態]:全身にダメージ(中)、魔力消費(小)、霊基強化
[装備]:
[道具]:『真・刃辛内伝金烏玉兎集』
[所持金]:希彦に任せている。必要だったらお使いに出すか金をせびるのでOK。
[思考・状況]
基本方針:知識を蓄えつつ、優勝目指してのらりくらり。
0:さて。儂も、閻魔にどやされる覚悟は決めとくかの。
1:希彦の選択に思うところはあるが、魂から望んだことなら止めはすまい。その上で面白可笑しく愉しむまでよ。
2:カドモスの陣地は対黒幕用の拠点として有用。王様の懐に期待するしかないのう。
3:〈ニシキヘビ〉なる存在への興味。ともすれば非道い難物が出てきそうじゃ、楽しみ楽しみ。
[備考]
※〈恒星の資格者〉とは、冠位英霊の代替品として招かれた存在なのではないかという仮説を立てました。
※まがい物の生活続命の法を用い、香篤井希彦を蘇生させました。
契約のパスが繋がっていることでどうにか出来たウルトラCなので、恐らく再現性はありません。
※スターゲイザーⅠ(天枷仁杜)の加護により霊基が強化されています。
【アンジェリカ・アルロニカ】
[状態]:魔力消費(中)、疲労(小)、頭痛(大)
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:ヒーローのお面(ピンク)
[所持金]:家にはそれなりの金額があった。それなりの貯金もあるようだ。時計塔の魔術師だしね。
[思考・状況]
基本方針:勝ち残る。
0:香篤井希彦を倒す。わたし、あんたのことが嫌いです。
1:未来を変える。私は、神を生ませない。
2:神寂祓葉に複雑な感情。
3:蛇杖堂寂句には二度と会いたくない。
4:あー……きっつい、これ……。
5:満天のプロデューサー(ファウスト)に警戒心。こいつは絶対ロクでなしだ。
[備考]
※ホムンクルス36号から、前回の聖杯戦争のマスターの情報(神寂祓葉を除く)を手に入れました。
※蛇杖堂寂句の手術を受けました。
※神寂祓葉が"こう"なる前について少しだけ聞きました。
※アルロニカ家の魔術刻印と共鳴することで、世界の始点と終点の一部を観測しました。
【アーチャー(天若日子)】
[状態]:疲労(中)、全身にダメージ(中)
[装備]:弓矢
[道具]: ヒーローのお面
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:アンジェに付き従う。
1:眼前の主従を討つ。
2:神寂祓葉――難儀な生き物だな、あれは。
3:星神(天津甕星)とは次に会ったら受けて立つ。私には、その責任がある。
[備考]
※アサシン(継代のハサン)が2回目の参戦であることを知りました。
「いーちゃん、さっきから、何を言っているの?」
天枷仁杜の両目が、楪依里朱を見つめていた。
彼女たちが寝殿に招かれてより、初めて二人の視線が一致した瞬間だった。
此度の戦いにおいて。
悪魔も、陰陽師も、楪依里朱を"鍵"と呼んだ。
その表現は正しい。
月女神は自閉の究極。
興味のない現実を見ない。
都合の悪い事実を見ない。
よって、その視界に入れぬものに、打倒は為らない。
であれば、無視できぬ存在をぶつければいい。
その考えは正しかった。
だけど、同時に間違ってもいた。
成体となった恒星に残された僅かな人間性。
その執着を刺激し、現実を見せる。
天枷仁杜のあり方がどうあれ、その羽化の切っ掛けが喪失であったのなら。
傷口は消せぬ。ほんの僅かな、瑕疵が残されている筈である。
全て、正しい。
だが、根本的な部分に陥穽がある。
楪依里朱が寝殿に直接招かれたことが証明した。
予想の範疇ですらあった。
それでも、彼らは実行するしかない。
鍵を開けた箱(パンドラ)の先に、災厄が待っていると分かっていても。
「なに言ってるの? いーちゃん、ことちゃんはずっと私と一緒にいるよ?」
「いない」
「ええ……?」
「なに引いてんのよ。もういないんだよ、あんたの親友も、サーヴァントも!」
「どうして?」
心底戸惑った様子の仁杜に、何故かイリスの側がたじろいだ。
「私が……殺したから……」
このことは、ファウストから聞いていた。
仁杜は高天小都音とウートガルザ・ロキの死を"見ていない"。
都合の悪い現実を見ない。
停止の恒星が抱える特性の一つ。
そして見ないということは、都合が悪いということだ。
その死に向き合えない、人の弱さの証明でもあった。
ならば、向き合わざるを得ない時、少女は神ではいられない。
いざ、イリスを眼の前にしてしまえば、嫌でも矛盾(エラー)が発生する。
向き合わざるを得ない。
神の自我に亀裂が走る。後はそこを―――
「殺した……いーちゃんが? なんで?」
「なんで……って……」
人としての天枷仁杜を殺すことで、再殺を成す。
失敗した友人殺しを、青春の葬送をやり直す。
自分へのケジメでもあるはずだったその―――
「ねえ、なんで? なんで、いーちゃんがそんなことするの? どうして?」
「どう……して……って?」
対峙が、なぜこうも想定とズレている。
ボタンをかけちがっているかのように、落ち着かない。
イリスは足元の感覚が覚束ない自分にこそ驚いている。
―――どうして?
その単純な問いに答えを返せない。
いや、答えなら、あったはずなのだ。
いまもある。分かっている。
イリスは未練を選んだ。それだけのこと。
天枷仁杜ではなく、神寂祓葉を選んだのだ。
新たに手に入れることの出来た友誼ではなく、過去の燃え殻を手に取った。
"天枷仁杜は選ばれなかった"。
理由なんてそれだけで、その事実を、告げるだけのことなのに。
迷いなんて、少しもなかった筈なのに。
『いーちゃん――――どうして?』
あの時、去りゆくイリスの背に突き刺さった言葉と同じ。
天枷仁杜の、色の消えた片目だけが今も、あの瞬間を閉じ込めたかのように停まっている。
「ああ―――そっか」
その暗幕の内側に、楪依里朱は答えを見る。
ああだけど、なぜ今になって、気づいてしまったのだろう。
『いーちゃん―――どうして?』
『祓葉―――どうして?』
それはつまり、イコールで結ばれる公式だった。
「選ばなかった……から」
選ばれなかったのだ。
"楪依里朱は選ばれなかった"。
神寂祓葉には、イリスよりもっと欲しいものがあったから。
「選ばれなかったんだ……私も……」
「どうして……?」
そんな顔を、しないでほしいと思う。
だけど、そんな顔をさせているのは他ならぬ己だから、イリスはそれ以上なにも言えなくなる。
「いーちゃん、どうしてそんな酷いこと言うの?」
本当に酷い話だと思う、心から。
「ひどいよ……冗談でもそんなこと……」
わあん、わあん、と。
仁杜は泣いた。
そして助けを求めていた。
「ロキ君……ロキ君……いーちゃんがいじめるよぉ……」
もういない誰かを。
「ロキ君……助けてよぉ……」
既に過ぎ去った戦影を。
「ロキ君」
「……■お……■しよ■……」
それは、既に消えた影法師。
その、筈だった。
「どう■……■■んだいにー■ちゃ■……」
「あのねぇ、いーちゃんがね、酷いこというんだ」
「そ■なこと言わ■たのか、それは■い、大■夫、俺がちょっと■灸を■えて■げ■■ね」
ブロックノイズの向こうに、金色の頭髪が現れる。
黒いスーツの袖から伸びた手が、仁杜の髪を撫でている。
その光景が、何故か、イリスの眼前に存在している。
「これ……さ、ただの幻覚……だよね……?」
「そうだな、解析の結果、天枷仁杜がその権能によって作り出した幻だ。
ただし、幻というには少々、現実に干渉しすぎるきらいがあるな」
「にーと……あんた……まさか……」
ミロクの目にも、それは見えているようだった。
今、ようやく身体を起こした煌星満天の焦点も、そこに合っている。
そして勿論、幻覚と話す仁杜本人も彼を見ている。
つまり、イリス一人が見ている幻覚ではない。
全員が共有する幻想。世界そのものを誑かす権能。
幻と分かっていても、どうしようもなく在ると認識してしまう存在。
この場にいる全員が、それに憶えがあった。
しかし眼の前に形作られたそれは、あまりにたちの悪い冗談の権化としか言いようがなく。
「えへへ、よかったあ。助けに来てくれるって信じてたよ? ロキ君」
「当た■前■ろ。俺が泣い■るにー■ちゃんを■ってお■と思■た?」
女は興味のないモノ、コト、ヒト、その一切を受け入れない。
見たい事実にすがり、見たい幻想を見る。
そして自分の見たい理想を、世界の全てに押し付ける。
「テメ■ら、よ■もにーとちゃんを泣かせたな?」
人の形を失いゆく精神を写すように。
ホテルの一室は遂にその形を失い、最上階(最下層)の形が崩壊する。
天枷仁杜がもっとも満たされていた場所、幸せな一時の記憶の欠片が、音を立てて崩れていく。
「ほぉら、やっぱり。なにも欠けてない、欠けてないよ、いーちゃん!」
落下する悪夢(ユメ)の中で、幻想使いは幻想そのものとなって舞い戻る。
災厄(あくむ)が詰まっていると分かっていて、彼らは箱を開くしかなかった。
月姫の堕落は、世界の想定を遥かに越え。
深海の奥で、ひとりぼっちの女神は謳う。
「私は何も失ってない。失ってない。失ってない。
だって、だって、全部全部、ずっとここに在るんだから―――!」
完成した恒星は自ら衛星を創出する。
楽しかった全てを、いつか欲しかった何もかもを。
己の周囲に、永遠に留めるために。
此処は夢界。幻想の海。
討つべき光は、スターゲイザーⅠ。
第一の恒星、堕落の満月。
【月光夢幻神界〈渋谷〉・『月姫真体・堕落恒星』最上階 "女神の寝室(崩落中)"/二日目・午前】
【天枷仁杜】
[状態]:〈スターゲイザー〉
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:セラフ=アレス改め、アルテミット・ガグンラーズ
[所持金]:もう意味がない。
[思考・状況]
基本方針:さあ、しあわせな夢を見よう。
0:私は何も失っていない。
1:都市の制圧。聖杯の獲得。全部叶えようね。
2:薊美ちゃんのことは残念だけど、もういいや。バイバイ。
3:満天ちゃんには同情している。いつでも声をかけてよ、救けてあげる。
4:わたしを倒すなんて、できるわけがないのにね?
[備考]
※楪依里朱(〈Iris〉)とネットゲームを介して繋がっています。
必要があればトークアプリを通じて連絡を取ることが出来ます。
※祓葉との対話を通じて、資格者としての性質が向上しました。
※セイバー(トバルカイン)と再契約しました。
※恒星真体・スターゲイザーⅠとして覚醒しました。根源の渦への接続が再開されます。
※煌星満天のすべてを読み解きました。
※スターゲイザーとしての力が強まり、幻術のウートガルザ・ロキを創出するに至りました。
【楪依里朱】
[状態]:疲労(中)、魔力消費(中/色間魔術により回復中)、強烈な自己嫌悪、未練
[令呪]:残り一画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:数十万円
[思考・状況]
基本方針:優勝する。そして……?
0:決着を着ける。
1:にーとを今度こそ、必ず終わらせる。できれば、私の手で。
2:薊美に対しては微妙な気持ち。間違いなく敵なのだが、なんというか――。
3:このデカ女(スカディ)を連れてくとかマジで言ってんのか????
4:月の決戦が片付き次第祓葉に挑む。これ以上、長々と寄り道をするつもりはない。
[備考]
※天枷仁杜(〈NEETY GIRL〉)とネットゲームを介して繋がっています。
必要があればトークアプリを通じて連絡を取ることが出来るでしょう。
※蛇杖堂記念病院での一連の戦闘についてライダー(シストセルカ)から聞きました。
※今の〈脱出王〉が女性であることを把握しました。
【ライダー(シストセルカ・グレガリア)】
[状態]:総軍、やる気なし、弱体化状態
[装備]:バット(バッタ製)
[道具]:
[所持金]:百万円くらい。遊び人なので、結構持ってる。
[思考・状況]
基本方針:好き放題。金に食事に女に暴力!
0:さ。魅せろよ、イリス。おまえはいい女だ。
1:祓葉にはいずれ借りを返したいが、まあ今は無理だわな。
2:煌星満天、いいなァ~。
[備考]
※イリスに令呪で命令させ、寒さに耐性を持った個体を大量生産することに成功しました。
今後誕生するサバクトビバッタは、高確率で同様の耐性を有して生まれてきます。
※総軍を結集させました。再度散らすまで、戦闘時の魔力消費が大きく増加します。
※『月光夢幻神界』の堕落の法による影響をきわめて強く受けるようです。
かなりの弱体化を被っており、戦闘能力は甘く見て平時の一割程度。
【煌星満天】
[状態]:疲労(小)、精神疲労(大)、断片的な記憶の回復、気分高揚気味、炎上に対するむかむか、左肩負傷
[令呪]:残り三画
[装備]:『微笑む爆弾』
[道具]:なし
[所持金]:数千円(貯金もカツカツ)
[思考・状況]
基本方針:トップアイドルになる
0:勝つ。それ以外考えたら、だめだ。
1:魅了するしかない。ファウストも、ロミオも、ノクトも、この世界の全員も。
2:輪堂天梨を救う。
3:……絶対、負けないから、天梨。
4:天枷仁杜には苦手意識。でも、きれいだった。
5:私、なんで忘れてたんだろ?
6:好き勝手言うなよ、私達の何を知ってるんだ。
7:――――私は、何(だれ)?
[備考]
聖杯戦争が二回目であることを知りました。
ノクトの見立てでは、例のオーディション大暴れ動画の時に比べてだいぶ能力の向上が見られるようです。
※輪堂天梨との対決を通じて能力が向上しています(程度は後続に委ねます)。
・『微笑む爆弾・星の花(キラキラ・ボシ・スターマイン)』
拡散と誘爆を繰り返し、地上に満天の星空を咲かせる対軍宝具。
性質上、群体からなる敵に対してはきわめて凶悪な効果を発揮する。
現在の満天では魔力の関係上、一発撃つのが限度。ただし今後の成長次第では……?
・現状でも他の能力が芽生えているか、それともこれから芽生えていくかは後続に委ねます。
※輪堂天梨と個人間の同盟を結びました。対談イベントについては後続に委ねます。
※過去について少し気付きを得ました。詳細は後続に委ねます。
※満天の記憶には、次兄・暮昏光点によって"蓋"がされています。
※蓋が少しズレました。
【プリテンダー(ゲオルク・ファウスト/メフィストフェレス)】
[状態]:右腕損壊(概ね回復)、及びそれによる失血(同じく概ね回復)
[装備]:名刺
[道具]:眼鏡、スキル『エレメンタル』で製造した元素塊
[所持金]:莫大。運営資金は潤沢
[思考・状況]
基本方針:煌星満天をトップアイドルにする
0:渋谷の神(推定:天枷仁杜)を退かし、かの街でライブを行わせる。
1:状況は最悪。どうにかして後続が追いつくまで時間を稼ぐ。
2:輪堂天梨との同盟を維持しつつ、満天の"ラスボス"のままで居させたい。
3:ノクトとの協力関係を利用する。が、ライブの実施が現実的になったなら切り捨てを視野に入れる。
4:時間が無い。満天のプロデュース計画を早めなければならない。
5:天梨に纏わり付いている復讐者は……厄介だな。
6:高天小都音とは個人的にパイプを持っておく。
7:アンジェリカ・アルロニカは油断ならないが――
[備考]
ロミオと契約を結んでいます。
ノクト・サムスタンプと協力体制を結び、ロミオを借り受けました。
聖杯戦争が二回目であること、また"カムサビフツハ"の存在を知りました。
高天小都音経由で、〈はじまりの六人〉及び神寂祓葉の情報を知りました。
【ホムンクルス36号/ミロク】
[状態]:疲労(小)、脳にダメージ、肉体強化、"成長(第3フェーズ)"
[令呪]:残り二画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:忠誠を示す。そのために動く。
0:紛い物の女神。天梨の宿敵。さあ、如何なるものか。
1:輪堂天梨を対等な友に据え、覚醒に導くことで真に主命を果たす。
2:……ほむっち。か。
3:煌星満天を始めとする他の恒星候補は機会を見て排除する。
4:アンジェリカ・アルロニカ――。
5:第二、第三の恒星神への対処法を見出すためにも、この作戦は成功させねばならない。
[備考]
※天梨の【感光/応答】を受けたことで、わずかに肉体が成長し始めています。
※解析に加え、解析した物体に対する介入魔術を使用できるようになりました。
※輪堂天梨が修羅場を超え、その力が洗練されたことで、ミロクの成長速度も急激に上昇しました。
現在、11~14歳程度の童子の姿まで変異しています。
【アサシン(ハサン・サッバーハ )】
[状態]:霊基強化、令呪『ホムンクルス36号が輪堂天梨へ意図的に虚言を弄した際、速やかにこれを抹殺せよ』
[装備]:ナイフ
[道具]:
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:マスターに従う
0:俺場違いじゃないですかね……?
1:さて、どうすんだ、大将? ほんとに神とやりあうのか?
2:大将の忠告を無視する気もないが……ノクト・サムスタンプ、少し気になるな。
3:状況が落ち着いたら新宿の兵隊(機動隊員)の余りをこっちに呼んでみるのもアリだが、さて。
[備考]
※宝具を使用し、相当数の民間人を兵隊に変えています。
※OP後、本編開始前の間に、新宿警察署に集まっていた機動隊員たちを催眠下に捉えていました。
※自身が2回目の参加であること、前回のマスターがノクト・サムスタンプであることを知りました。
※状況が状況なのでホテルに留まることを選びました。新宿の機動隊員たちは、数こそ減ったものの幾らか生き残りがいるようです。
※薊美達へ接触させていたNPC(サラリーマン)が破壊されました。
前の話(時系列順)
次の話(時系列順)
最終更新:2026年09月06日 01:44