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 『一度幕の上がったショーはね、何があろうと最後までやり切らなくちゃいけないのさ』




◇◇


 天空工房。
 造物主の坐す玉座にして、LABORATORY。
 彼方から見下ろす地上は、既に地獄の様相を呈していた。
 いや、見ようによってはこれも一つの極楽浄土だったやもしれないが。

「抑止の尖兵、冠位英霊の代替……か。
 愚かだな。救世主(メシア)の役にサタンを任じるとは」

 この東京は、意図的に愚鈍な舞台設定にされている。
 人類文明救済のために必要な踏み台を見繕う上で聖杯戦争は有用だが、千万の羊が奏でる人間讃歌は、彼と祓葉の理想にとって非効率だ。
 演者の資格なき者に出来る仕事とは、贄。
 その犠牲で価値ある器を太らせるか、悲劇を演出して可能性の飛躍に一役買うかの両極端。
 家畜は無知であればあるほどいい。だからこそ針音の仮想都市は常に聖杯戦争の戦禍に蹂躙されるだけの、哀れで無残な被害者と化してきたのだが――オルフィレウスのそんな考えがあろうがなかろうが、遅かれ早かれ同じ結果になっていたようだ。

 現在、スターゲイザーⅠ・天枷仁杜の救済は都民の1/3以上にまで及んでいる。
 此処まで来ればもう、何がどうあっても社会は正常な姿を保てない。
 よしんば神が斃れても、甘い堕落の夢を奪われた落伍者達が数百万単位で溢れ返るのだ。

 これが恒星。演者の更に一つ上、主役の資格を持つ少女達が咲かす可能性の一輪花。
 オルフィレウスの立場を鑑みれば、今取るべき方策は介入の一択だったが――
 彼はそれをしなかった。この少年神にしては珍しく、非合理的な理由――直感的な確信があった。

(ようやく分かった。今必要なのは小心な排斥ではない。ゲーム盤に生じた想定外をあえて許容し、数値化して読み解くことだ)

 あれほどのモノが産まれ落ちたのなら、いっそ好きに暴れさせた方がいい。
 祓葉はそう望んでいる。

 介入は、恒星の輝きが盤面の総てを嘗め尽くし、舞台が破綻したその時でいい。
 祓葉はそう望んでいる。

 祓葉と違う未来を見ているのに、彼はこの直感こそ真に尊ぶべき福音だと信じていた。
 何故なら彼女はいつだって不合理に、非科学的に、自分へ成功を運んできたのだから。
 悲劇のままに幕を下ろし、不貞腐れていた魂を塗り潰してくれた運命の逆光。
 初めて出会った夜のことを今も色褪せず覚えているから、オルフィレウスはあえて途中式なき解を信じる。

 天津甕星は敗れた。
 授けてやった歯車は不倶戴天の救済機構に吸収され、結果だけ見れば踏んだり蹴ったりだ。
 だが何故だろう、彼女の失態に憤る気持ちは不思議となかった。

「惜しいな。おまえは、ボクと同じ未来を視られる女だったのに」

 データは十分に収集できた。
 英霊に永久機関を搭載・運用した場合、魔力効率にどの程度の影響を及ぼすのか。
 デウス・エクス・マキナの部品にされてしまったのは流石に痛恨だが、見方によっては利でもある。
 LとR、右翼と左翼の間柄にある自分達が混じり合うことは決してなく、取り込まれた永久機関はマキナの飛翔を封じる阻害剤の役割を果たすだろう。

 よって天津甕星の働きに文句はない。
 作業に勤しむ手を止め、ふ、と眦を細めた。

「三人目か、ボクが存在を許してもいいと思えた他者は」

 神寂祓葉。楪依里朱。そして天津甕星。
 いや――

「違うな。四人目だ」

 今となっては遡るのも億劫な過去だが、確かにもうひとり、そういう人間がいた。
 祓葉よりも更に前。自分がまだ人間で、しかも本当の意味で少年だった頃のこと。
 或いは彼女こそ、ヨハン・エルンスト・エリアス・ベスラーにとっての、初めての――

「…………?」

 その時。風など吹かない筈の室内で、オルフィレウスの鼻を掠めるものがあった。
 香りだ。幻嗅の類であることは優に想像できたが、だとすると余計に不可解すぎる。

 何故、今、こんなものを思い出したのか。
 祓葉と駆けたはじまりの聖杯戦争でさえ思い出しもしなかったような、遠い遠い過去の記憶だというのに。
 何故今になって、彼女の存在を感じているのか。

「――――リズ?」

 名前を呼ぶ。今となっては誰も知らない、ある少女の名を。
 死とは敗北で、未完とは恥ずべきことだ。
 終わりなくして、すべての生き様に価値はない。
 そう語った自分を、優しいと評した風変わりな友人の名を。

 オルフィレウスは知らない。
 いや、誰一人、その仕掛けに気付いていない。
 だからこそ、人知れず明かされる最後のタネは。

 派手好きの"彼女(かれ)"とは思えないほどささやかに、されど間違いなく誰もの想定を超える、最大の未知(マジック)を引き起こすのだ。


◇◇


「――ランサー!」

 追い付いてきたルー・マク・エスリンを呼ぶレミュリンの声は悲痛だった。
 ひと目見て理解したからだろう。
 ルーが、山越風夏を助けられなかったことを。

「フーカさんは……」
「駄目だった」
「っ……」

 無理もないことだ。
 レミュリンとて見ている。
 腹を貫かれ、内臓(なか)を掻き回される風夏の姿を。

 あの傷で生存し続けるなど、奇跡が起きたって不可能だろう。
 よしんばルーが救出に成功していたとして、看取る者がいるかどうかの違いでしかなかった筈だ。
 だとしてもやり切れないものはやり切れない。
 幼顔をくしゃりと歪めるレミュリンだったが、次の瞬間、想像だにしない言葉を聞いた。

「あれこれ提案しちゃみたんだが、一顧だにもせず突っ撥ねられちまった」
「……、え?」
「共に逃げるのも駄目、ならばと共闘を申し入れたがそれも駄目。
 私に任せて先に行け、なんて言われちまったよ。まるで冗談言うみたいな顔でな」

 あんな顔されちゃ、首根っこ掴むわけにもいかねえ。
 根負けしたように言うルーの表情にさえ怪訝が滲んでいるのだ、他の誰かに理解できた筈がない。

 死の確定した人間が命を賭して殿を務めるシチュエーションは、別段珍しくもないだろう。
 だがそれは最低でも一矢報いる想定があること前提で、無策にやるなら自棄っぱちと大差ない。
 そして〈脱出王〉と呼ばれた少女は、その名の通り戦闘よりも暗躍を本職とするトリックスターだ。
 たとえ後は死ぬだけだとしても、彼女なら残された命であらん限りの奇術を披露し、盤面を掻き回すことを望むように思える。
 不退転の覚悟を胸に、絶対敵わない格上へ決闘を挑むなど――らしくない。らしくなすぎる。

 付き合いの浅いレミュリンでさえそう思うのだ。
 なら旧知の間柄であるアギリはさぞや――と視線を向けたところで、少女はまた別種の驚きに見舞われた。

「……アギリ?」
「何を豆鉄砲食ったような顔をしてる。あんなクズの犠牲に胸を痛めることはない、先を急ぐよ」
「いや、その……えと……」

 当の彼には、何ら動じた様子がなかったのだ。
 飽きるほど見た日常風景だとでも言わんばかりに、〈脱出王〉の奇行をもう咀嚼し終えている。

「言うまでもないだろうが、僕はアレの性癖をよく知ってる。
 アイツは変態だよ。糞蛇といい奴といい、倒錯者に囲まれて実に不快な気分だ」
「えっ」

 全員の視線が、お前もだろ……と語っていたが、それはさておき。

「予想を裏切りたい、常識を覆したい、目玉の飛び出るような珍事を起こしてあっと驚かせたい。
 あの野郎にはそういう思考しかないんだ。蛇野郎のロリコンを悪戯好きに置き換えてみるといい、それで大体合ってる」

 彼の言葉は、変幻自在のステージスターの根幹を言い当てていた。
 蛇・神寂縁が支配狂いを拗らせ、少女性愛の性癖を開花させたように。
 脱出王・ハリーは脱出狂いを拗らせ、奇術師の愉悦を結実させた存在だ。

 あえて辛辣に言うならば、真面目に生きられない病気とも呼べよう。
 彼女(かれ)の行動原理は常に定石への逆張りで、だからそもそも勝利さえ前提としていない。
 より壮大な演出を。より高難度の脱出を。敵も味方も目を丸くして、してやられた悔しさに地団駄踏むような、素敵で無敵なマジックを。
 だからこそ〈脱出王〉は、ある意味どの狂人よりも有害なのだ。
 超人的に腕が立つ、才気煥発な愉快犯。真面目にやっている人間にとって、こんな鬱陶しい邪魔者は他に居まい。

「そんな変態が、わざわざ似合わない真似をしてるんだ。
 大方、死の淵で新しい悪戯でも思い付いたんだろう。
 僕らはその割りを食わないためにも、さっさとトンズラするに限るってわけ。説明はこれで十分かい?」

 よって理由はこれで十分。
 真面目に生きられない性的倒錯者は、たとえ背水の陣の最中だろうが必ず馬鹿をやる。
 先の威勢いい啖呵だって、大意はそれを隠すための暗幕の筈だ――まあ、多少は本心だったかもしれないが。

「それよりもだ。今の内に聞いておきたいことがある」

 嚇炎の悪鬼は〈脱出王〉の末路に同情しない。
 死んでせいせいするとさえ思っている。
 迷惑をかけられた記憶しかない女の行く末にしんみりしてやる義理などないとばかりに、有無を言わさず議題を切り替えた。

「そこのデカブツは、一体どうなってるんだ?」

 首から上だけで視線を送った相手はルー。
 蛇の広域攻撃を単身で迎撃し、少なからず無茶をして戻ってきた筈が、彼のコンディションは出撃前よりも良好に見える。

 言われてレミュリンもようやく気付く。
 視界に映るルーのステータスが、右から左まで一通り上昇しているのだ。
 感じられる彼との繋がりも、さっきまでのように微弱なものではない。
 その当惑に応えるようにある少女がおずおず手を挙げたのと、ルーがアギリの問いに回答したのはほぼ同時だった。

「天梨の嬢ちゃんの魔術だろう。……だよな?」
「はい。あの、ごめんなさい。あんな状況だったから、許可を取る暇もなくて」
「いや、いいんだ。ていうか助かったぜ、アレのおかげで身体の調子も――流石に万全とは行かんが、致命傷から重傷程度までは持ち直せた。これなら俺も進んで矢面に立てる」

 輪堂天梨の魔術、【受胎告知(First Light)】。
 それは癒やしの光にして、飛躍の輝きだ。
 インスタントに行使できる他者強化法としては凡そ最上の領域にある。
 世界中を探しても、同じことをやれる使い手がどれだけいるか。

「――やっぱり、あれはまぐれじゃなかったのか」

 アギリだけは、前にも一度それを目の当たりにしていた。
 確実に追い詰め、刈り取れる筈だった腐炎のアヴェンジャーが、急にスカディの域に踏み入るほどの出力を発揮し始めた異常事態。
 状況的に下手人は天梨以外あり得なかったが、いざ確定してみるといち魔術師として目眩がする。

 だが逆に。魔術の道理に疎い者にとってこれは、降って湧いた福音以外の何物でもなかった。
 天梨と手を繋いだまま走っていたレミュリンが、宝箱でも見つけたような勢いで彼女へ食いつく。

「テンリさん、その魔術をわたしにかけることってできる!?」

 彼女は、神寂縁が最も執念深く付け狙っている標的だ。
 極星の近縁種。時の魔女の器たるレミュリンが蛇の手中に堕ちることこそ、現在最も避けねばならない凶事。
 そんなレミュリン自身に蛇への対抗を可能にするだけの力が備わったなら、状況は間違いなく好転するだろう。
 天梨も同じ考えに至ったのか、握った手のひらに力を込めながら頷いた。

「できる、……と思う。人に向けて使ったことはないけど、確かにやってみる価値は――」
「駄目だ」

 なのに割り込んで否を唱えたのは、アギリ。

「ど、どうして? わたしが今より強くなれば、アギリもアヴェンジャーさんも、みんな楽になるのに……!」
「胡散臭すぎる。信用できない」
「――っ」

 不躾に吐き捨てられた言葉に、天梨が唇を噛む。

「ちょっとアギリ、そんな言い方……!」
「勘違いするな。この状況でつまらない疑心暗鬼をやりたがるほど莫迦じゃない」

 あまりな物言いにレミュリンが反駁したのは当然だろう。
 狂人も、恒星も、そのどちらでもない自分も。
 皆が呉越同舟で脅威に対抗し、戦っていこうと頑張っている時に何故水を差すようなことを言うのか。
 アギリはああ言ったが、レミュリンは〈脱出王〉の行動も素直に彼女なりの献身だと受け取っていた。
 それもあってか食ってかかってきた彼女に、悪鬼は顰め面のまま首を横に振る。

「信用できないのはそいつの人間性云々じゃなく、力の方だ」
「……えと。それは、どういう……?」
「君も魔術に疎いようだからついでに教えてやるけど、虫が良すぎるんだよ。
 確かに恒星は贋物でも、余人の想像を飛び越えた奇跡を起こすことができるらしい。
 だがそれを含めても、君の力はすべてにおいて都合が良すぎる。正直、不気味でならない」

 遠慮がちに解説を求めた天梨へ、狂人は淡々と自身の疑念を語っていく。
 使い手の少女がちょっと祈っただけで、簡単に与えられる福音の恩寵。
 霊核の損耗どころか神秘の古新さえ覆すその力は、魔術世界の常識を完全に逸脱していた。

「輪堂天梨自身でさえまだ知らない、気付いていない、未知の副作用が潜んでいる危険がある。
 彼女が贋物の星として成長ないし覚醒を遂げていく中で、代償を後出しされちゃ敵わないだろう」

 アギリは、天梨の魔術は彼女が秘めたる恒星の素質に紐付けられたものと類推している。
 理路整然と述べられた懸念に、天梨も、彼女の加護を欲しがったレミュリンも押し黙るしかない。

「とはいえ、恐ろしく有用なカードなのは認めるよ。
 のっぴきならない状況になったなら、僕も強情に反対はしないさ」
「まあ、安心しとけよ嬢ちゃん達。
 うら若い娘っ子を前線に立たす前提で話すなんて、俺に言わせりゃ男の名折れだ。
 君らが覚悟を決めなくてもいいように、俺達が全力で守ってみせる。な、アギリ、アヴェンジャー!」
「一緒にするな」
「黙れ筋肉ダルマ、君から三枚に卸すぞ」

 ルーに同意を求められ、にべもなく両断する血の気の多い男二名。
 シャクシャインは一同を先行して走りながら、背後のアギリに最大級の殺意を向け続けていた。
 アギリもそれに気付いていたが、物ともしない。
 牙を剥かれたならその時対処すればいいだけ。そして恐らく、天梨が健在の間はそういう事態にはならないだろうと確信している。

(随分と丸い復讐者がいたもんだ。これじゃ抜き身の刃というより、躾の行き届いてない番犬だな)

 贋の恒星。
 厄介な上に忌まわしいが、観察対象としてはお誂え向きだ。
 蛇など所詮前座に過ぎない。アギリの求める運命はこの先にある。

 ――本物の恒星が神の階梯を得る瞬間。

 即ちこの混沌に満ちた針音都市が、真の意味での末法に至る時。
 それに備え、知見を蒐集しておくに越したことはない。
 レミュリンに比べれば優先度は数段落ちるものの、輪堂天梨のことも可能な範疇でカバーしてやる必要があろう。
 ともあれ今は蛇だ。贋物扱いすら烏滸がましい身の程知らずの超越者もどきを、是が非でも追い落とすのが先決。

 『可能性』の発掘、そして解放。
 蛇の共犯者共の足止め、ないし鏖殺。
 先ほど決まった指針に異論はない。
 皮肉なものだ。こいつが有益なコトを言うなんて――と思っていたら、よもやそれが遺言になろうとは。

「じゃあな、ハリー・フーディーニ。二度とそのツラ見せるなよ」

 餞別は、辛辣な一言で十分。
 どうせ死んでからも迷惑かけられるのが見えているのだから、同情など一切不要だ。
 しかしどうあれ、あの忌まわしい男女(アンドロギュヌス)に助けられた事実は死ぬまで生涯の汚点として残るだろう。

 彼の懐には、別れ際の〈脱出王〉に投げ渡された暴君の手帳が収まっている。
 それも含めて清々しさ九割。悔しさ一割。現在のアギリの心境は、概ねそんなところであった。


【月光夢幻神界〈渋谷〉/二日目・午前】

【レミュリン・ウェルブレイシス・スタール】
[状態]:疲労(中)、全身にダメージ(小)、魔力消費(中)、精神的動揺(大)、決意
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:6万円程度(5月分の生活費)
[思考・状況]
基本方針:――進む。わたしの知りたい、答えのもとへ。
0:フーカさん。ありがとう、ございました。
1:胸を張ってランサーの隣に立てる、魔術師になりたい。
2:アギリ・アカサカともっと話す。そうでなくちゃ、わたしはあの日から抜け出せない。
3:コージさん達と合流できればいいんだけど……。
4:さっきみた、アレは……一体、なに……?
5:わたしが、フツハさんの同類……?
6:カムサビエニシはやっぱり怖いし、許せない。でも――かわいそう。
7:テンリさんの魔術に興味。アギリの言うことも納得できるけど、いつかは頼る時が来るかもしれない。
[備考]
※自分の両親と姉の仇が赤坂亜切であること、彼がマスターとして聖杯戦争に参加していることを知りました。
※ルーン魔術の加護により物理・魔術攻撃への耐久力が上がっています。
またルーンを介することで指先から魔力を弾丸として放てますが、威力はそれほど高くないです。
※炎を操る術『赤紫燈(インボルク)』を体得しました。規模や応用の詳細、またどの程度制御できるのかは後のリレーにお任せします。
※アギリ以外の〈はじまりの六人〉に関する情報をイリスから与えられました。
※〈はじまりの聖杯戦争〉についての考察を高乃河二から聞きました。
※アギリがサーヴァントとして神霊スカディを従えているという情報を得ました。
※高乃河二、琴峯ナシロの連絡先を得ました。

※右腕にスタール家の魔術刻印のごく一部が継承されています(火傷痕のような文様)。
※刻印を通して姉の記憶の一部を観ています。

※アルロニカ家の魔術刻印と共鳴することで、世界の始点と終点の一部を観測しました。

※高乃河二に現況についての緊急連絡を送りました。
 内容は彼伝てに雪村鉄志にも転送されています。

※レミュリン・ウェルブレイシス・スタールの正体は、神寂祓葉の潜在的な近縁種です。
 まだ本人に自覚はありませんが、ある程度祓葉に似通った性質を持っていると思われます。

【ランサー(ルー・マク・エスリン)】
[状態]:疲労(大)、魔力消費(大)、胸部にダメージ(大)、全身にダメージ(小)、霊核損傷(七割方回復)、【受胎告知】による霊基強化
[装備]:常勝の四秘宝・槍、ゲイ・アッサル、アラドヴァル
[道具]:緑のマント、ヒーロー風スーツ
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:英雄として、彼女の傍に立つ。
0:この場の全員を守る。レミュリンも、それ以外も。
1:不覚を取ったが致命傷じゃねえ。この屈辱、働きで雪ぐぜ。
2:レミュリンをヒーローとして支える。共に戦う道を進む。
3:神寂祓葉についてはいずれだな。今は考えても仕方ねえ。
4:今更だが、馬鹿じゃねえのか今回の聖杯戦争?
5:渋谷の"神"は非常に危険。レミュリンの問題を片付けたら、早急にどうにかする必要がある。
[備考]
予選期間の一ヵ月の間に、3組の主従と交戦し、いずれも傷ひとつ負わずに圧勝し撃退しています。
レミュリンは交戦があった事実そのものを知らず、気づいていません。
ライダー(ハリー・フーディーニ)から、その3組がいずれも脱落したことを知らされました。
→上記の情報はレミュリンに共有されました。

【赤坂亜切】
[状態]:疲労(大)、魔力消費(大)、眼球にダメージ、左手に肉腫跡、右耳欠損、妄信、微妙な気分
[令呪]:残り三画
[装備]:『嚇炎の魔眼』、M360J「SAKURA」(残弾3発)
[道具]:魔眼殺しの眼鏡(模造品)、〈寂句の手帳〉
[所持金]:潤沢。殺し屋として働いた報酬がほぼ手つかずで残っている。
[思考・状況]
基本方針:優勝する。お姉(妹)ちゃんを手に入れる。
0:じゃあな、ハリー・フーディーニ。
1:奴の計画に従うのも忌々しいが、それ以外になさそうだ。当面は蛇以外を相手する。
2:レミュリン・ウェルブレイシス・スタールを見極める。
3:ノクト・サムスタンプを殺す。〈脱出王〉よりも優先順位は上だ。
4:神寂縁。〈蛇〉。雪村のオッサンも、来るんだろうか。
5:〈恒星の資格者〉は実在する。忌まわしいことだが。
6:渋谷をおかしくした元凶への激しい殺意。部外者が知った顔で何を囁いてやがる。焼き殺すぞ。
7:輪堂天梨は解釈違い。だが、紛い物なりに価値はある。
[備考]
※彼の所持する魔眼殺しの眼鏡は質の低い模造品であり、力を抑えるに十全な代物ではありません。
※香篤井希彦の連絡先を入手しました。

※ホムンクルス36号の見立てによると、自身の魂を燃やす彼の炎は無限ではなく、終わりが見えているようです。
 具体的にどの程度の猶予があるかは後続の書き手にお任せします。
※一回目の聖杯戦争で組んでいたランサーは、鬼若(いわゆる武蔵坊弁慶)でした。

【輪堂天梨】
[状態]:疲労(小)、左手指・甲骨折、全身にダメージ(中)、自己嫌悪(ちょっと落ち着いた)、頭痛(小)、不明な高揚感?、決意
[令呪]:残り二画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:たくさん(体質の恩恵でお仕事が順調)
[思考・状況]
基本方針:〈天使〉のままでいたい。
0:レミュリンちゃん達とこの場を逃げ遂せて、考えてることを聞かせてもらう。
1:ほむっちのことは……うん、守らないと。
2:……私も負けないよ、満天ちゃん。
3:アヴェンジャーのことは無視できない。私は、彼のマスターなんだから。
4:アンジェさんを信用。誰かに怒られたのって、結構久しぶりかも。
5:マキナちゃんのことが心配だったり、アヴェンジャーの妙な態度が気になったり、……いっぱいいっぱい。
6:もしも神さまになったなら。私は、あの子の泣かない世界を創りたい。
7:いいよ。あなた達、みんな私が助けてあげる。
8:〈脱出王〉さん――
9:アギリさんのことはまだ怖い。でも、びくびくしてもいられないよね。
[備考]
※以降に仕事が入っているかどうかは後のリレーにお任せします。
※魔術回路の開き方を覚え、"自身が友好的と判断する相手に人間・英霊を問わず強化を与える魔術"(【感光/応答(Call and Response)】)を行使できるようになりました。
 持続時間、今後の成長如何については後の書き手さんにお任せします。
※自分の無自覚に行使している魔術について知りました。
※煌星満天との対決を通じて能力が向上しています(程度は後続に委ねます)。
 →魅了魔術の出力が向上しています。NPC程度であれば、だいたい言うことを聞かせられるようです。
※煌星満天と個人間の同盟を結びました。対談イベントについては後続に委ねます。
※一時的な堕天に至りました。
 その産物として、対象を絞る代わりに規格外の強化を授けられる【受胎告知(First Light)】を体得しました。この魔術による強化の時間制限の有無は後続に委ねます。

※アルターエゴ(デウス・エクス・マキナ)が恒星資格者であると直感しました。
※天梨の魔術は魂への干渉が可能です。これにより彼女は、神寂縁が体内に保持している死者達の魂を成仏させられるようです。
 具体的にどの程度の時間や手間が必要なのかは後の話におまかせします。

【アヴェンジャー(シャクシャイン)】
[状態]:半身に火傷、疲労(大)、マキナへの警戒、アギリへの殺意
[装備]:「血啜喰牙」
[道具]:弓矢などの武装
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:死に絶えろ、“和人”ども。
0:殺す。
1:憐れみは要らない。厄災として、全てを喰らい尽くす。
2:愉しもうぜ、輪堂天梨。堕ちていく時まで。
3:以下の連中は機会があれば必ず殺す:青き騎兵(カスター)、煌星満天、赤坂亜切、雪原の女神(スカディ)、囁き女(にーと)。また増えるかも
4:ホムンクルスも殺してぇ……
5:このクソ喧しい声を今すぐ止めろ
6:アルターエゴ(デウス・エクス・マキナ)に対する警戒。こいつの星は、恐らく完成させてはならない。
7:糞みたいな固有結界の主を現状最優先の標的に据える。醜悪な捕食者気取りが。
[備考]
※マスターである天梨から殺人を禁じられています。
 最後の“楽しみ”のために敢えて受け入れています。

※令呪『私の大事な人達を傷つけないで』
 現在の対象範囲:ホムンクルス36号/ミロクと煌星満天、およびその契約サーヴァント。またアヴェンジャー本人もこれの対象。
 対象が若干漠然としているために効力は完全ではないが、広すぎもしないためそれなりに重く作用している。


◇◇



 それは、やはりと言うべきか、戦いの体すら成していなかった。
 〈支配の蛇〉神寂縁。最強の起源覚醒者。
 その腕が、足が、伸ばした白蛇の触腕が。振るわれる度に血飛沫が舞う。

 比喩でなく一合ごとに、ステージスターの身体が削られていく。
 〈脱出王〉山越風夏。或いは、ハリー・フーディーニ。
 心臓以外大半の内臓が破損した肉体から、更に指が欠け、耳が欠け。
 愛らしい少女のカタチが、時間経過につれ失われていった。

 無論、風夏も黙って刻まれているだけではない。
 彼女は最大限に回避の努力をしていたし、仕込んだ道具を使っての反撃も多彩に仕掛けていた。
 奔る鋼線は、人間の首など容易く切り飛ばしたろう。
 敵が、ただの人間であったならば。
 弾ける火薬玉は、人間が生命活動継続に必要な諸般の部位を消し飛ばす威力を秘めていただろう。
 敵が、ただの人間であったならば。

「悲しい最後っ屁じゃないか、脱出の王。エンターテイナーの最後の舞台が、観客を多少不快にして終わりとは」

 如何に〈脱出王〉と言えど、素体の規格自体は一般的なヒトの域を出ない。
 "脱出"という個で完結してしまう起源は拡張性に乏しく、"支配"を持つ蛇のように後付けで自己強化することも難しい。
 よってこれはまさに悲しい、何とも身も蓋もない当然の帰結だったのだ。

 山越風夏は、神寂縁に決して勝てない。
 この蛇は殺せないし、その逃げ足を以ってしても撒くことが出来ない。
 彼女が蛇から逃れたいと思うなら、あらゆる余白を捨て去る必要があった。
 次代の主役を擁立するという狂人の宿痾に逆らって。
 英霊(もしも)のハリーから示された、自分自身が舞台に上がるという選択肢さえかなぐり捨てて。
 ただひたすら逃げ回りながら暗躍を重ねる、山越風奇(前回)の在り方をなぞる必要があった。

 もしそうしていれば、彼女が神寂縁の毒牙に捉えられることはなかっただろう。
 だがそれをしたなら、〈脱出王〉は二度目の聖杯戦争で意義ある役割を持つまでに至れなかった。
 主星たる祓葉の意に沿うためには、スタイルを曲げる必要があって。
 スタイルを曲げれば、蛇の魔の手から逃れられない。
 つまりどうあがいても、山越風夏は詰んでいたのだ。
 祓葉の衛星、六人の狂人の一人として蘇ったその瞬間から、こうなることを運命付けられていた。

「ま……」

 口から溢れる血が止まらない。
 思考が鈍麻して、舌を噛み潰さないと意識を保つのもままならなかった。
 ごぼごぼと、がぼがぼと。
 ほぼ絶え間なく吐血しながらも笑みを絶やさないプロ意識さえ、こうなると哀れに見える。

「――だ、まだぁッ!」

 跳躍、からのナイフ投擲。
 どこに隠し持っていたのか、神秘を帯びた小刀を数十ほども擲ってなけなしの反撃を試みる。
 結果は言うまでもないだろう。
 通じない。蛇の薄皮一枚剥がすことも出来ず、投げた全弾が砕けて落ちる。

「はいはい、お上手お上手」
「ぎ、ぁ……!?」

 つまらなそうに感情の籠もらない拍手をした、蛇。
 その肩口から生えた白蛇が、鞭の撓りと断頭刃(ギロチン)の鋭利さを両立させた。
 風夏の左腕が――これまで幾千の奇術を演出してきた利き手が――真ん中から寸断されて宙を舞う。

 蛇口を捻ったように溢れ出した鮮血が命の砂時計に穴を開け、既に秒読みだった制限時間を更に早める。
 蘇る第二生の記憶。祓葉によって終わらされたあの時でさえ、こうも無残ではなかった。
 激痛で脳が沸騰する。貧血で身体が凍てつく。肺に肋骨が突き刺さっているのか、息をするだけで涙が滲む。

「君を不合格と評した理由だけどね。アレは何も、君が燃え殻だからってだけじゃないんだ」

 驚愕でも憤怒でもない、辟易。
 ステージスターにとって最も屈辱的な表情で、蛇は淡々と言葉を紡ぐ。

「君さぁ、つまらないんだよ。
 可愛げもなければ、だからと言って大言壮語に見合うだけの力を持ってもいない。
 出来ることと来たら逃げ回るか、鬱陶しく跳ね回って他人(ぼく)を苛つかせるだけだ。
 蚊でも出来ることを得意げに誇って回って、いじらしさよりも憐れみが勝つ」
「は――耳の痛い話だねぇ。まさか幼女趣味の変態さんに芯を食われるとは」
「勇ましく啖呵を切ったから何をしてくるのかと思えば、いたずらに僕の時間を浪費させるだけとはね。
 蛇杖堂寂句はもちろんのこと、君に比べれば赤坂亜切の方が数段は優れている。今からでも彼に頭を下げて、役目を代わって貰ったらどうかな」

 ヒトは産声をあげたその時から、魂の起源(カタチ)に囚われる。
 それを認識してしまった覚醒者ならば尚更だ。
 脱出狂いの彼女は筋金入りの求道者で、だからこそ人を育てることに向いていない。

 赤坂亜切が指摘した通り、山越風夏は舞台の本質を知って尚、他の狂人達のように一点へ熱を注ぐことが出来なかった。
 華村悠灯という自分だけの可能性を見つけていながら、彼女の養育を下僕に任せ、蛇腔に向けて走り出した。
 拭えない性は〈脱出王〉を永遠の変数たらしめる支柱であり、同時に不変の弱点でもある。
 〈はじまりの六人〉の中で、最も再演舞台に適合出来なかったのは間違いなくこの女だ。

 詰みとは、避けようのない破滅のことを言う。
 〈脱出王〉は自由を標榜しながら、その実ずっと袋小路の中にいた。
 呼吸孔のない、死が確定した虫籠の中を飛び回っている一匹の羽虫。
 最期の最期に突き付けられる無情な現実は、不敵で不遜なマジシャンの尊厳を完膚なきまでに破壊するもので。

「君は無価値だ。論ずるにも値しない」
「それは……どう、だろうね……!」

 指弾されるまでもなく自己の陥穽を痛感していながら、だというのに少女は諦めない。
 片目が潰れる。脇腹が裂けて腸がはみ出る。残った左手の指も、五本すべて長さがバラバラになっていた。
 動ける動けないどころかショック死しても不思議でない痛苦の中、無意味な舞を踊り続ける少女を、蛇は冷ややかに見つめる。

「殿(しんがり)は長持ちすればするほどいい、とか思ってるのかな?」

 蛇が風夏を磨り潰していないのは、彼女が強いからではない。
 こんな矮小な存在に全力を出すのは無益だから、敢えて出力を絞っているだけだ。
 認め難い事実だが、この蛇腔領域には自分の天敵や、そうでなくとも油断の出来ない存在がいる。
 雪村鉄志。輪堂天梨。ルー・マク・エスリン。花嫁(トロフィー)であるレミュリンもそう。

 そうした煩わしい障害物と比較しても、山越風夏は二段も三段も劣る。
 羽虫を殺すのに核兵器を持ち出す理由はなく、だから合理的に慢心しているだけのこと。
 そしてその手加減状態でさえ、愚かな〈脱出王〉はこの体たらくを晒しているのだ。

「まあ、確かにしぶとさに関しては評価してやってもいい。
 今で三分ほどか。ならくたばるまでにもう一、二分は稼げるかもな」

 レミュリン達の姿はもう目視では視認できない。
 なるほど、殿としてはいい仕事だろう。
 これもやはり、敵がただの人間であったのならばだが。

「で、だからどうした? 僕はそれしきの距離、君が稼いだ五分の一もあれば詰められるぞ」

 敵の強さを僅かだけ上回る能力。
 魂を溶かし、強度を失わせる固有結界。
 それら二つに加えて、純粋に圧倒的な身体能力。
 神寂縁は最後の一つだけで、〈脱出王〉の命を懸けた奮戦を無に出来る。

「次はコメディアンに生まれ変わるといい。無駄に多芸なんだ、そっちの世界でも食い扶持はあるだろうさ」
「――、ぁ」

 ぐぢゃり、と。生肉を金槌で叩いたような音がした。
 空から地へ、自由から牢獄へ。
 蛇の片腕に叩き伏せられた〈脱出王〉の身体が、力なくバウンドする。

「んー……頑張った、んだけどなぁ……」

 結末は何も変わらない。
 勝敗は蛇、敗者は〈脱出王〉。
 逃げを生業とするその魂が、誰かを守れることは遂になく。
 よって蛇の嗤った通り、彼女は無価値なままに演者としての立ち位置を失う。死に囚われる。

 五体を投げ出して倒れ伏した少女の肌は、死人のように青ざめていた。
 唇は紫色を通り越して白色に近付き、体内の血が底を尽きかけているのか、剥き出しの傷口は不気味なほど静かだ。

「散々……酷いこと言ってくれたけどさ。私だって分かってるよ。
 どうも私は、この舞台に向いてない。
 単なるやり直しだったならいざ知らず、代理戦争となるとどうにもね」

 震える隻腕を、天へと掲げる。
 ああ、つくづくツイてない。
 風夏は心の中で呟いた。
 そうして仰いだ天すらも、今は腐敗の色彩に染まっている。

「せっかくのマジックも台無しだ。お兄ちゃんも、今頃草葉の陰で泣いてるだろうさ」

 今度は右足がちぎれ飛んだ。
 遂に跳梁するための足まで失った瞬間、四肢の半分が欠けた身体が跳び上がる。

「ふむ。腐っても奇術屋、一発芸の心得ならたっぷりか」

 蛇が繰り出す、人間の動体視力では目視することも困難な鞭撃。
 万全な〈脱出王〉であれば視認してから避けるなんて芸当も可能だったのだろうが、あらゆる身体機能を大きく欠損した今の彼女には荷が重い。
 だが転んでもただでは起きないのがこの女。
 右足を切断した蛇の攻撃の風圧を利用して舞い上がり、不具の身でさえ華麗な跳躍を決めてのけた。

「とはいえ、そろそろ品切れじゃあないのかな?」
「へ、へ――どうだろうね」

 掲げた腕には、まだ二画の刻印が残っていた。

 ――令呪の発動。
 意図するところは誰が見ても明白だったが、蛇は焦らない。
 〈脱出王〉が自前の英霊を此処に喚ぶというのならそれはむしろ好都合。
 サーヴァントはマスターの存在に大きく依存した存在であり、山越風夏はもう数分と保たず逝去する。
 愉快犯の忘れ形見なんて厄ネタが舞台に残り続けるよりかは、主共々此処で排除してしまった方が後々楽だ。

「令呪を以って、我が半身に命ずる」

 それにしても、なんと見苦しい悪足掻きだろう。
 仮にも不遜不敵で罷り通った女が、なりふり構わず自分の武器庫をひっくり返している様は滑稽だった。
 しかもその何れを使おうと、どうせ目の前の捕食者に傷一つ付けられないのだ。
 蛇は鷹揚と見守る。この往生際悪い令呪行使がどんな厄物を引っ張ってこようとも、自分が脅かされることはないと知っているから。

「"錠前を解く。棺の使い道は、君に委ねるよ"」

 だからこそ――そんな予想を裏切る命令に、思わず我が耳を疑った。

「……、……?」
「あと一画は……んー。
 じゃあ適当に、"悠灯と仲良くね。悲しませたりしちゃダメだよ"とかで。
 おめでとう、もう一人の私。これで君は名実共に自由の身だ。
 忠義をやるなり脱出王(ハリー)らしくウザいことするなり、好きに魅せてくれたらいい」
「――――君、イカれてるのか?」

 確かに。
 令呪で助太刀を招来したところで、風夏の運命は変えられなかったろう。
 蛇を斃そうというのなら、最低でも新宿で暴れた〈赤騎士〉級を持ってこなければ土俵にも立てない。
 しかしレミュリン達のために時間を稼ぐという観点であれば、幾らかの仕事は出来たかもしれない。
 なのに風夏は、自分が盤面に寄与出来る最後の手札さえおちゃらけた調子で放り捨ててしまった。
 蛇が眉根を寄せたのも無理からぬことだ。これではまるで盲打ち、ただの自殺行為ではないか。

(自棄、いや――)

 逃れようない絶望に直面した人間が、合理性を無視した行動に出る例は珍しくもない。
 普通の人間が相手なら、蛇も疑わなかった。しかし。

(〈はじまりの六人〉とは、そんな人間らしい生き物なのか?)

 あんなにも〈脱出王〉を舐め切り、侮蔑していた超越者の顔が険しく染まる。
 蛇杖堂寂句。赤坂亜切。ノクト・サムスタンプ。
 神寂縁が相対してきたはじまりの六凶達は、いずれも常軌を逸した精神構造の持ち主だった。
 まさしく狂気。己が信じる激情のためならば、迷わず命をも投げ捨てられる筋金入りの狂人共。

 蛇なりに彼らのそうした側面は評価していたし、だからこそ〈脱出王〉を彼らと比較し嘲ったのだ。
 しかしああは言ったものの、目の前の彼女が自分すら持っていない稀有な資格を所有していたことは事実。

 そんな人間が、たかだか死に瀕した程度で、自棄?
 何かがおかしい。
 何か、裏がある。
 ――タネがある。

 蛇の思考を見透かしたのか、風夏は地面へ墜落しながら、晴れ晴れと笑っていた。
 何故ならこうして疑われることこそ、マジシャンにとっては何より嬉しいリアクションだったから。

「ぁ゛ー……うん。流石にもう限界かな。
 おめでとう蛇さん、大正解だ。
 君の読み通り道具はとっくに品切れだし、令呪も使い切っちゃった。
 アギリ達が助けにくるなんてあり得ないし、優しい英雄様の助け舟も私が自分で突っ撥ねた。あらゆる意味で素寒貧さ」

 残る片手を振りながらの敗北宣言に、蛇は何も言わない。
 ただ考えている。この死にかけのマジシャンが、一体何を考えているのか、思案している。

「正直無念だが、まあ仕方ない。未練はイリスの特権だしね。私は潔くこの結末と、それをモノにした君の凄さを祝福しよう」

 賢明な読者――否、観客諸君であればもう理解していることだろう。

「これで私が生きるための希望はすべて潰えた。
 私を縛り付ける錠前は、ようやく全部外れたわけだ」

 支配の蛇・神寂縁。
 藪中の魔王にして、亡き蛇杖堂寂句が科した難業さえ遂に突破した男。
 彼はもう、ハリー・フーディーニのマジックショーに嵌められている。

 ――末恐ろしいですね。貴女、本当にわたくしなのですか?

 正史の第三生・蛇杖堂寂尊はかつてそう言った。
 〈脱出王〉の系譜とは、それ即ち縛鎖からの逃亡の歴史だ。
 逃げる。欺く。数多の想像を裏切り、見る者の鼻を明かす。
 如何に自己評価の低い陰気者でも、寂尊とてれっきとした"ハリー・フーディーニ"。

 その彼が、道を違えたとはいえ自分自身を指して、理解不能と称した。
 おまえは本当にハリー・フーディーニなのかと、そう問うた。
 それは咄嗟に出た皮肉、或いは彼らしい自虐の一環だったのかもしれないが。
 山越風夏という存在が、"彼ら"の感性からしても突出した異端に見えていたことは事実。

 ――風夏(わたし)の存在は、この〈脱出王〉が二回目の舞台を開始するにあたって用意した、最大の『タネと仕掛け』なんだからね。

 そう語ったのは、他でもない彼女自身。
 道具は尽き、資本たる身体は壊れ。引き離していた相棒との繋がりも失われた。
 まさに素寒貧の一文無し。蛇の暴虐は風夏の抱えていた総てを奪い、その結果、彼女をかつてなく身軽にした。

 残っているのは、あとひとつ。
 異聞の第三生に施された、最初の仕掛けだけ。

「――何?」

 案山子にしても一本足りない手足を投げ出して、血の気の失せた顔で笑う〈脱出王〉――否、山越風夏。
 その見窄らしい、死骸同然の身体から、これまでとは全く別種の気配が流出を開始する。

 月の神威のように、世界を塗り潰すモノではない。
 もっとか細く頼りなく、だが明確に異質なナニカが溢れ出してくる。
 だがそんな異質ささえ、客観的に見れば然程道理を外れたモノとは呼べないだろう。
 にも関わらず蛇が目を丸くし、狡猾な頭脳を動揺で染めた理由は一つ。

 風夏の裡から流れ始めたソレは、宛ら蝶と蛾。
 紛れもなくハリー・フーディーニなのに、しかし決定的に違う、似て非なる波長であったからだ。

「誇るがいい。これを魅せるのは正真正銘、君が初めてだ。祓葉でさえ知らない、秘中の秘中の秘中の秘――」

 蛇は最後まで聞かず、遊びを排した大質量の重撃を叩き込む。
 超越者の本能が、目の前の異変を不吉と直感していた。
 理由は皆目定かでないが、自分がパンドラの箱を開けてしまったという実感があった。

 しかしその一撃が、空を切る。
 何もいない、不在の地面を圧潰させる。
 〈脱出王〉の技を悉く突破し、あらん限りの暴力で貶めた蛇の死線が、苦もなく突破される。

 馬鹿な――と、彼の口が動くのを待たず。
 意趣返しのように遮って、耳元で。
 知っているのに知らない誰かの声が囁く。

「――"零(リーゼロッテ)"。どうぞ気安く、リズと呼んでくれたまえ」

 山越風夏は最大のタネと仕掛け。
 そう、彼女だけは特別なのだ。かつて死にゆく第二生(ハリー)が、輪廻の設計図を書き換えた。
 一本道で下へ下へと降っていく筈の転生の系譜へ線を書き足して、真の〈はじまり〉と繋げてしまった。

 蛇の顔面に衝撃が走る。
 蹴り飛ばされた、と認識した瞬間、あろうことか魔王の身体がたたらを踏んでいた。
 先程とは全く意味を異にする驚愕が、驕り高ぶった捕食者の表情を不本意に歪める。
 隻足の一蹴を受けた蛇の頬は擦り剥け、一筋の血潮を滴らせていたのだ。

「ち――塵がッ、一矢でも報いたつもりか!」
「へへ、へへへっ、っふふ、あは、あははははは! Show must go on――!!!」

 当然、蛇の激情が炸裂することは避けられない。
 あらゆる生命を千々に切り裂く死の暴風が、包囲網となって吹き荒れる。
 だが響く哄笑の主はそれを、文字通りの一足飛びで潜り抜けた。

「あぁ、気持ちいい……だけど惜しいや。これは、あの子の前で使いたかったなぁ」

 〈脱出王〉の逸出した生存能力は、二つの要素に裏打ちされている。
 一つは本人が持つ天性のセンス。もう一つは奇術師としての熟達した技能。
 蛇もそのことはこれまでの交戦で理解していたが、だからこそまんまと面喰らわされていた。

 今のハリー・フーディーニ……否、零(リズ)と呼ばれるナニカは、持てる強みを一つに絞っているのだ。
 輪廻の積み重ねを経て蓄積させた技術を全放棄し、十割本能頼みの獣めいた動きに切り替えた。
 山越風夏でも、無論山越風奇でもない、どのハリーとも違う粗削りで際限のない魂の躍動。
 証拠に、動き自体は明らかに稚拙だった。酔っ払いの千鳥足にも似た足取りは片足落ちなのも相俟って無様にさえ映ったが、しかし現に蛇の猛攻を悉く掻い潜り続けている。

「便宜上第一生と呼んではいたけどね。私(ハリー)の〈はじまり〉は、実のところもう一つ過去にあるんだよ」

 人類史に名を刻み、英霊の座へ登録された最初のハリー。
 それすら誰かの"脱出"が繋げた次生に過ぎないのだと、風夏であり、零でもある存在は語る。
 混ざり合って混濁した意識は自他の境界を失い、どちらでもあってどちらでもない、その矛盾螺旋を在るがままに成立させていた。

「……なるほど。先祖返りというワケか」
「正解。さすがの君にも出来ない芸当だろう、神寂縁?」

 ハリー・フーディーニの前世、それこそがリーゼロッテ。
 後に永久機関を製造し、人類史の徒花と散った男の幼馴染。
 現代から数百年も以前のあの時から既に、針音の運命は胎動を始めていたのだ。

「……前言の撤回は、必要なさそうだな」

 蛇は渋面だったが、しかし取り乱したのはほんの一瞬。
 嘲笑こそ鳴りを潜めたものの、彼には未来が見えている。
 先の一撃はほんの一発芸。出合い頭の猫騙しに驚かされたようなもの。
 これが奥の手だというのなら拍子抜けも甚だしい、結末は何も変わらない。

「やはり君はつまらないよ、山越風夏。股でも開いて命乞いされた方がよっぽど愉快だった」

 彼女は、彼女達は、神寂縁に決して勝てない。
 最後の仕掛けを開帳して尚、その結末は覆らない。
 淡々と突き付けられる指摘に、それでも第三生の少女は、それと重なった零の少女は、心底愉快そうに笑うばかりだった。

 ――蛇が、無数の蛇が、踊り狂う命を喰らうべく殺到する。
 ――少女は、只管に舞う。死の淵に立たされているとは思えないほど愉しげに、舞って踊って跳ね狂う。
 ――その舞踏の中に再び血霧が混ざり出すまで、ものの一分も掛からなかった。
 ――最期の最期、一世一代のマジックショーが今も続いているのか、それとも既に終わっているのか。答えを知るのは、"彼女達"だけ。


◇◇


「お、ぉ……おおおおぉおおお、ぉ……ッ」

 慟哭の声が、焼け落ちていく都市の中に響いていた。
 これは針音の聖杯戦争が開闢する、その幾らか前の断章。
 或いは後日談。何にせよ、語るにも満たないありふれた今際の際。

 男が、血涙を流しながらのたくっている。
 黙っていれば忠義の騎士を名乗っても通る美形は、歌舞伎町でも歩けばあちらこちらから引く手数多だろう。
 身体の上下が泣き別れにされていなければ、の話だが。

 男は英霊であった。真名をジャン・シャストル。
 かのジェヴォーダンの獣の"製作者"にして、敬虔な信仰者という顔も併せ持つ、最低最悪の愉快犯。

 この男は、知名度も、サーヴァントとしてのスペックも、何ら突出したものを持たない凡夫だ。
 ステータスはオルフィレウスに毛が生えた程度しかなく、正面戦闘が出来る性能では到底ない。
 しかし彼はただ一点。獣を調教(つく)るということにかけては、正真正銘天賦の才能を持っていたのだ。

 だからこそシャストルは、ともすれば後世の造物神に取って代われるポテンシャルを宿していた。
 彼が勝ち残っていたなら聖杯は然るべく"加工"され、願望器の獣という悪夢が産声をあげていただろう。
 さりとてその夢も未然に終わる。光輝と共に舞い降りた現人神の一閃が、狩人のすべてを断ち切った。

「友よ、友よ……風奇よ……すまない、すまない……!
 オレ様は君に、約束したのに――必ずや最高のショーを整えてみせると、そう誓った筈なのに……!!」

 狂人にも友情はある。
 彼の場合その対象は、第二生のハリー・フーディーニ……山越風奇という少年だった。

「あー……謝らないでくれよ、ライダー。この結末は僕の落ち度でもあるんだからさ」

 思えば不思議な出会いだった。
 最初から意気投合したわけではない。
 意思疎通不可能の阿修羅王を除けば、ファーストコンタクトが最も最悪だった主従は間違いなく彼らだろう。

「共演者を贔屓するようになったら、ステージスターは終わりだと思ってるんだがね。それでも君との舞台は最高だった」
「……オレ様も、驚かされたとも。最初はなんだこのいけ好かない不信心者はと憤ったが、オマエが街を駆ける姿には胸が踊った。オマエとする悪だくみは血潮が沸き立った。
 よもやこの歳にもなって、金蘭の友を得られるとは思わなんだ」
「じゃあこの終わりはさしずめ、刎頸の交わりってヤツかな……」

 酔狂、軽妙、そして胡乱。
 三拍子揃った奇人のことを、シャストルは出会い頭に見込みなしと看做し、獣に変えようとしたのだ。
 結局未遂に終わりはしたが、その後も隙あらば命を狙うシャストルとそれから逃げ惑う風奇、という構図が幾度か繰り広げられた。

 だが今となってはこれだ。
 殺し合いを経て心を通わせ、〈脱出王〉と狩人は盟友になった。
 共にあらん限りの混乱を生み出して舞台を掻き回し、そして二人とも、同じ少女の刃に斃れた。

「……無念だ。よりにもよって、あのような冒涜者の手で終わるとは」

 シャストルは死んでも死にきれない、といった形相で血濡れた牙を軋らせる。
 神寂祓葉。狂気の如きクラリオン、地球上にあってはならない悪性生物。
 〈脱出王〉と解り合った彼だが、一方で祓葉に関しては終始一貫して最低最悪の冒涜者と侮蔑していた。

「アレは毒星だ。オレ様など、奴に比べれば百倍は聖人君子だろうよ。おぞましい、おぞましい――」

 シャストルの信仰に嘘はない。
 彼は神を信じ、敬愛し、それはそれとして悪に傾倒している。

 なので彼の中では、成り立つのだ。
 万象を玩弄する鬼畜の調教師が、主の教えを塗り潰す極星に憤るという狂った矛盾が。

「やっぱり、祓葉のことは嫌いかい?」
「嫌いだな。奴の存在自体が許し難い。
 もしも首尾よく"獣"が完成していたなら、アレのことは髪の毛一本残さず消し去ってやる心算だった」
「いやあ、無理だろう。さっきぶつかってみて確信したよ。彼女には誰も勝てない、少なくとも今は」

 風奇以外の人間が同じことを言ったなら、シャストルは喉笛に食らいついてでも殺しただろう。
 だが彼が紡ぐ言葉には、この筋金入りの人格破綻者をも納得させる説得力があった。
 何しろこの〈はじまりの聖杯戦争〉で、一つの負け戦もすることなく最期の日を迎えたのは山越風奇ただ一人。
 そんな彼でさえ、祓葉には敗れた。わけも分からないまま、頼みの逃げ足もろくに活かせず、聖剣の露と散ったのだ。

「なあ、友よ。君が消えるまであとどのくらいだ?」
「……一分は保たんだろうな。ああ口惜しい」
「じゃあその一分で、最後の頼みだ。残りの令呪を全部やるから、僕(わたし)の願いを叶えてくれるかい」

 シャストルが、豆鉄砲でも食ったような顔をする。
 無理からぬことだ。つらつらと喋ってはいるが、彼の失血も明らかに致死量を超えている。
 一分と言わず、数秒後には意識を永遠に失っても不思議ではない容態。なのにこの男は一体何を言っているのか。

「まだ何か企んでいるのか、友よ」
「そういうことさ。……まあ、半分以上は博奕だけどね」
「聞こう。オレ様に出来ることなら、餞代わりに叶えてやるさ」
「シャストル。君の宝具を使って、僕を獣に変えてくれ」

 だが、友が望むというなら是非もない。
 どうせ消え逝く身、最後の奉公をすることに不服などある筈もなく。
 笑って頷いた狩人が――今度こそ絶句した。

「……何を言っている。我が宝具の仕組みは知っているだろう。そんな真似をしたところで、延命にもならんぞ」
「"この世のあらゆる概念を『獣』へ改造する。但し、その寿命は素体の存在規模(ライフスケール)に依存する"。
 元々強いモノをより強くすることはできても、弱いモノを強くすることはできない。今にも灯火尽きそうな半死人なんて、考えるまでもなく論外だろうね」
「では、何故――」
「話は最後まで聞くものだよ、ミスター。獣化させてほしいのは、肉体ではなく魂の方だ」

 〈脱出王〉は、この時点で確信していたのだ。
 祓葉は聖杯戦争を制し、願いを叶えるだろう。
 そこで彼女は確実に、"遊びのやり直し"を望む。

 何故って、あの現人神は飢えているから。
 この世の誰をも凌駕する力を秘めながら、一度もそれを解放する機会に巡り会えなかった徒花の星。
 しかし彼女はオルフィレウスという運命と出会い、全霊の喜びを識ってしまった。
 であればあの祓葉が、一度きりで満足などするわけがない。

 ゲーム盤はまず間違いなく、再構築される。
 一周目より大きな規模で、もっと際限のない形で。
 ならその前に布石を打っておくのは、マジシャンとしてマストだ。
 タネも仕掛けも用意せずに舞台へ上がる手品師など存在しないのだから。

「僕の……"ハリー・フーディーニ"の魂を獣化させてくれ。
 君も知っての通り、僕のはちょっと特殊な造りをしていてね。
 確実に新たな器として転生する筈だけど、それじゃあ少し心許ない。
 どうせやり直すなら、今度こそ期待に応えたいだろう?」

 輪廻転生。
 ハリー・フーディーニの業は、死を経ても次に受け嗣がれる。
 しかし風奇は、ただ生まれ変わるだけでは不足だと判断した。
 次の器には、規格外に対抗する未知を仕込まなければならない。
 たとえそれが、本来あった未来を奪い去る所業だったとしても。

 そして丁度いい存在が、風奇にはいた。
 山越家の子は兄妹だ。彼には、妹がいる。

「僕は此処で、輪廻の系譜を破壊する」

 山越風奇が此処で滅ぶとしても、その魂は不変の概念として次生に受け継がれるのだ。
 そこに手を加える。言うなれば、魔術的手段による遺伝子改変を。

 本来の第三生を産まず、転生先を今を生きる人間の中から選出する。
 通常の魂は死ねば次に、或いはそれ以外の死後に流れていくものだが、獣化して指向性を得たならば例外も起こり得よう。
 人為的な荒御魂の創造である。山越風奇(ツー)の骨子は死ぬことなく妹に取り憑いて、過去未来現在の何処にも存在しない、オリジナルの第三生を創出する。

 その齎す結果が何か? そんなもの、この時点の山越風奇は何も予測していない。というか予測など不可能だ。〈脱出王〉は超人だが、全知全能の神などではないのだから。

 だからこそこれは、彼自身が言った通り博奕なのだ。
 運が悪ければ単に破綻の因子を仕組んだだけで終わるかもしれないし、成功したとして、それが何を生み出すのかまでは分からない。
 目隠しをしてサイコロを振るようなものだが、それでも風奇は信じていた。
 必ずやこの一手こそ、次の舞台を大きく揺るがす、どん詰まりの潮目を変える大奇術になると。

「……よもや最後の最後に、一番の狂気の沙汰を聞かされるとはな。いつか聞いた、"零"とやらに期待しているのか?」
「それもある。何しろ彼女は、僕らにとって最大最後のブラックボックスだからね。
 でもまぁ、何であれ"僕(ハリー)"ならうまくやるだろう。最悪記憶の継承さえ出来ればいいよ、その内導火線に火が点く筈だ」

 零。
 ハリー・フーディーニの、更にその前。
 祓葉さえ知らない、風奇さえ仔細までは理解出来ていない、正真正銘の未知の領域。
 第一生、ハリー・フーディーニの名を歴史に刻んだ男が死からの脱出者ならば、彼女は生からの脱出者だ。
 衆生として迷い悩み続ける生涯から解脱し、九生の果てまで続く輪廻転生の樹形図を創生した――最初の〈脱出王〉。

「後は君の手腕を信じるさ、親友。さあ、ひと思いにやってくれ」

 未来は破綻する。
 この東京聖杯戦争を引き金とし、異聞の歴史が誕生することは避けられない。
 これを"異聞帯(ロストベルト)"と呼称できる人間が、果たしてこの世界にも誕生していたかは定かでなかったが。

「……まったく、オマエという奴は。最後まで退屈させんな」

 狩人の手が、今にも息絶えそうな青年の眉間に触れる。
 親友へ捧げる珠玉のベーゼ。どれだけ歪み、腐り、狂い果てていようとも、彼ら主従の間にもまた絆があった。

「やるからには勝てよ。ハリー・フーディーニ、我が盟友」
「誰にモノを言ってる。当然だろう、ジャン・シャストル。我が共犯者」

 ……彼らがこの先、再び巡り合うことはついぞない。
 次代のハリーは、彼の妹は、舞台の終幕に辿り着けず泡と消える。
 そんな未来もまた、彼らが知る由は当然なかったが。
 だとしても。今此処に交わした誓いが、本願の成就に繋がらないとしても。

 それでもきっと、どこかに意味はある筈だ。
 だって僕が望み、彼が叶えたのだから。
 そう信じ、山越風奇は、息を引き取るその刹那に。


「――『無辜の獣冠(ラ・ベート・デュ・ジェヴォーダン)』――」


 勝利を確信した苦笑と、紡がれる幻想の銘を聞いた。
 こうして転生の枝は分岐し――存在しないハリー・フーディーニが誕生する。


◇◇


 果たして、賭けの成否は半々だった。
 まず最初に生じたのは、弊害。
 山越風奇という狂気の貴公子を継いでいながら、彼の妹(後継)は大切なことを忘れていた。

 それは、祓葉の真意。
 主星の望みを履き違え、空回りする無様を晒した。
 これを相方としてあてがわれた正史のハリー・フーディーニが正してくれたのは、"彼ら"にとって幸運だったろう。

 山越風夏は狂っている。
 心だけでなく、魂の根幹そのものが在るべき形から分岐している。
 或いはあの"作戦会議"を経た後の赤坂亜切なら、それの一端程度は悟れていたかもしれない。
 宿り木によって生み出された奇形の子。起源を上塗りされた冬虫夏草。
 彼女は自己の本質に気付きながら僥倖僥倖と笑い、此処まで風奇の後継に相応しい躍動を重ねてきた。

 風奇と風夏の切り札とは、零番目のハリー・フーディーニ。
 リーゼロッテという解脱者だ。
 零は特別。神寂縁がヒトの身で超越者となったように、彼女の持つ脱出衝動は九生の果てまで衰えないほどの強さを秘めていた。
 そんな劇薬の原液を引っ張り出し、一時でもこの針音都市に存在させることが出来たなら――その時何が起こるか誰にも分からない。

 問題となるのは、リーゼロッテ顕現の条件だった。
 何分彼女の存在は、英霊ハリーの宝具にも登録されていない正真正銘のミッシングリンク。
 風夏は風奇(あに)の狙い通り、先史後史問わずどのハリーよりもそこに近い鬼子として針音都市にまろび出たが――それでも無数の錠前が道を隔てた。

 脱出を望む渇望が最大値に達さない限り、内なる零は呼び起こせない。
 そのためには最大の自由を恣にしながら、最大の不自由に囚われる必要があった。
 最大の自由とは解脱。肉の檻、財産、他者との繋がり……それら総てを排した状態。
 そして最大の不自由とは、単純明快。"死"だ。強制的に魂を抱擁され押し流される終焉、これに勝る牢獄は世界に二つとあるまい。

 これぞまさしく狂気の沙汰。
 〈脱出王〉の奥の手は、死を前提にしてしか起動しない。

 代わりに奇術師と狩人の仕掛けが実った時、披露される手品は空前絶後の規模を持つ。
 零のハリーに、卓越した技術はない。当然だ、彼女はマジシャンなどではなかったのだから。
 しかし零のハリーは、後生の誰よりも超越的な脱出を可能とする。彼女は技や知識、事前準備に一切頼らず、己に科せられた牢獄から脱出してハリー・フーディーニを作り出したのだから。

 晴れて大願成就、零は再臨する。
 リーゼロッテ、造物神の盟友。
 最大最後のマジックショーは幕を開け、後は万雷の拍手喝采を待つばかり。


 唯一、そこに誤算があったとすれば。


「で、君は何がしたかったんだい?」


 敵が、神寂縁だったことだろう。



◇◇



 支配の蛇は、恒星資格者が叩き出す外れ値を除けば、間違いなく個として最強の存在である。
 その前提を覆し得るサーヴァント達には霊体殺しの固有結界が、そうでない相手には蛇個人の圧倒的性能が牙を剥く。
 そんな絶望的地力を持つ男が、現代社会を裏から転がし弄ぶほどの智謀までもをがめている。
 故に誰であろうと逃げ場はない。脱出の宿痾を持つ超人でさえ例外になれなかったことは周知の事実。

 究極の脱出者である零を持ち出して尚、彼の牙城を崩すには足りなかった。
 否――前提が悪すぎた。
 蛇をレミュリン達に追い付かせてはならないという大前提が、どうあっても彼女の跳梁を邪魔立てする。

 もし背を向けて距離を取ろうものなら、蛇は瞬時に彼女の相手を放り出して本懐の方へ向かうだろう。
 それをさせるわけにはいかないから、脱出の王は天敵の目の前でにっちもさっちもいかないタップダンスを披露し続けるしかない。
 逃げ手の技術が多少向上したところで、詰め将棋は詰め将棋。
 剥き出しの王将が万軍相手にいつまでも逃げ遂せる道理はなく、よってこれは至極当然の、何の面白みもない帰結だった。

「獣の真似事をすれば僕に勝てると思っていたのか。ならばいよいよ、哀れすぎて言葉もないが」

 風夏であり、リーゼロッテでもある存在――異聞の〈脱出王〉。
 彼女は今、遂にすべての四肢を失って地面に転がっていた。
 案山子ならけんけんぱで鬼ごっこも出来よう。しかし芋虫では、どうあがいても地を蹴れない。空を跳べない。

「……ふむ。結局足止めを食った時間は、七分弱というところかな」

 破格の成果だろう。蛇を相手に稼いだ時間としては。
 無価値な成果だろう。蛇を相手に稼いだ時間としては。

「思ったよりは粘られたが、まあその程度だ。満足したかい、ハリー・フーディーニ?」

 〈脱出王〉は危険度こそ低いが、最も厄介な駒の一体だった。
 視界の端を飛び回る小蝿が鬱陶しいように、いつまでも盤面でちょこまか動かれるのはそれだけで不愉快なものだ。
 だから殺す。それを過去形にするまで、もう数秒と必要ない。

 蛇が、肥大化させた右腕を振り上げる。
 無数の白蛇が犇めき合って外殻を構成する、鉄槌の如き腕だ。
 いや、事実これは鉄槌だった。
 生きるに能わじと裁定された逆徒に対し魔王が下す、死の石打刑。

「死ねよ燃え殻。過去の残影など、この僕にとっては障害物ですらない」

 後は振り下ろせば、すべてが終わる。
 凶つ星がまた一つ欠け、舞台を彩る狂奔の火をより大きくする起爆剤になるだろう。
 そして蛇は遅れ馳せながら、蛇杖堂寂句の科した命題を果たす。
 〈はじまりの六人〉の討伐。この男が、舞台の主軸に浸潤を遂げる。

「――――ふ」

 だが。

「はは、あはは、くふふふふふ――」
「……何が可笑しい?」
「いや、すまない。あんまり清々しく敵わなかったものだから、一周回って面白くなっちゃって」

 〈脱出王〉、尚も笑う。
 零の顔で。三生の顔で。
 リーゼロッテが、山越風夏が、どちらでもあってどちらでもないモノが破顔している。

 誓って、彼女に奥の手などもう残されていない。
 零の招来こそが、山越風夏の持つ最後の鬼札だった。
 華村悠灯も正史の山越風奇も今は彼方、可能性の種子が萌芽するのを待つには猶予が少なすぎる。

「改めて天晴だ、神寂縁。私を捕まえたのは、あの子を除けば君が初めてだよ」

 だからこそこれは、異論の唱えようもない完全敗北。
 〈脱出王〉は〈支配の蛇〉に敗れた。あらゆる逃げ場を奪われて、四肢をもがれて、ただの獲物として敗れ去った。

「アギリにはああ言ったものの……諦めるのも癪だから、ずっとあれこれ試していたんだけどね。
 どうやっても、君の固有結界を破る方法は見つからなかった。
 君の蛇腔は究極の牢獄だ。零(わたし/リズ)を取り出してもこの通り、さっぱり通用しなかった」

 ならば。
 ならば――

「私も、彼女(わたし)も、万能じゃあないんだ。こんなの出されたら、さぁ……」

 ――何故、笑う。
 その存在意義を全否定されて、何故未だ笑っているのだ、脱出王!

「――ほんの僅か。一欠片ぶんの隙間を、一瞬だけ開けるのが精一杯」

 紡がれた言葉に、今まさに振り下ろそうとしていた鉄槌の凶腕が停止する。
 蛇の表情は、この男らしからぬ怪訝な色彩を湛えていた。
 自分の行動を遡り、見落としがないか探るような。
 漠然と認識はしていたが、注視することをしなかった違和感の正体を、今になって考え始めたような。
 社会の黒幕を勤め続けた男には凡そあるまじき、致命的な失敗を犯した人間の貌。

「……何を、言って――」

 やがてその唇が開き、問いを投げかけようとした時。
 死にゆく〈脱出王〉の言葉の意味が、示される。


 ――――ぴしり。


 それは、硝子の罅割れるような音だった。


「ッッ……!?」

 だが、何が壊れたわけでもない。
 目に見えるものは、何も壊れていない。
 ならば何が罅割れたのか。
 何に、亀裂が入ったのか。

 その正体を理解出来たのは、この領域(セカイ)で二人だけ。
 やられた側と、やらかした側。
 即ち、神寂縁と〈脱出王〉だけだった。

(馬鹿な、有り得ない――僕の世界が、何故軋む――!?)

 罅割れたのは世界。
 渋谷の一定区画を覆うように展開された蛇の胃袋、魂喰らいの蛇腔領域そのものだ。

 蛇は世界の主。悪霊犇めき、命が飴玉のように溶け落ちる腐敗した夜を統べる魔王。
 だから異変が起こったことにはすぐさま気付いたが、それでも何故そうなったのかは理解の外であった。
 彼は誰よりも、自分の世界の盤石性を識っている。
 まして現在は月女神・天枷仁杜によるFWがその外縁を覆っており、何人たりとも出入り出来ない状況にあるのだ。
 では何故、世界が軋む。永劫不変の水子界が、かくも震撼している――!?

「――――――げ、ほ。……、……?」

 答えが出る前に、蛇が咳をした。
 胸元が、溢れ出したモノによってべっとりと汚れる。
 赤く、いや赤黒く。奇しくも、その眼前に倒れた〈脱出王〉の全身を染めているのと同じ色調の液体で。

「あぁ、やっぱりか。
 この世界、察するに君の胃袋みたいなものなんだろう?
 溶かした魂を即座に蒐集して栄養価に変える……実に"らしい"仕組みじゃないか。
 ただ蛇さんよ、君ももうだいぶお年を召してると見える。胃もたれには気を付けないとね、あははは」
「貴様……まさか……!」
「お、やっと気付いた? 気付いちゃった? んっふふふ、文字通りの出血大サービスってね! どうだい、なかなかいいヒントだったろう?」

 世界が軋み、蛇が喀血した。
 一見するとこの二つは、線で繋げない別々の異常事態に見える。

 だが違う。そこには確かな相関性がある。
 固有結界『水子界・支配の蛇』は、神寂縁の内界を現実に投影したものだ。
 心象風景にして体内風景。これを胃袋と称した〈脱出王〉の表現は正しい。

 溶けた魂を効率的に吸収して肥やしにし、元々溜め込んでいた魂を変幻自在に取り出して運用できる。
 実によく出来た仕組みだが、これには一個、無視することの出来ない欠点が存在した。
 結界自体が蛇の内臓である以上、その損傷もまた、蛇本体にフィードバックされてしまう点だ。

 但しこれは理論上存在するものの、実際問題どうあっても突きようのない陥穽だ。
 無意味。無価値。その筈だった。もしもこれが、通常の聖杯戦争だったのならば。

「"有り得ない"とでも言うつもりかな? ちっちっち、よく考えてみなよお爺ちゃん。君はもう、答えを知ってる筈だぜ?」

 現在、蛇腔領域は幾つもの規格外の魂を囚えている。
 輪堂天梨、デウス・エクス・マキナ――恒星の資格者。後者に至っては人類悪の幼体。
 ルー・マク・エスリン、カドモス――大英雄。後者に至っては領域内に自己の国家まで展開している。

 これだけの規格外を収めて尚、蛇には欠片ほどの不調も起こっていなかったのだ。
 天梨かマキナが覚醒した可能性もあるにはあるが、月の恒星神ほどの怪物が生まれたなら流石に気付く。
 端役と侮った餓鬼に手玉に取られた事実に傲慢な自我が沸騰したが、今はそれどころではない。
 思案を深める中、至った結論は一つ。蛇腔を破綻させ得る超容量の魂が、如何なる手段を用いてか、外から此処に入ってきた。 

 では、それは誰だ。
 考え始めて――すぐに、殺人鬼の聡明な脳髄は回答を導き出す。

「ホント、かつてない敗北感だよ。因果応報ってあるんだね。まさかこの私が、こんな皮肉な死に様を遂げるなんて」

 知っている。
 確かに、識っている。
 自分は、いや、今やこの都市の誰もが認めている。

「ハリー・フーディーニ最後の手品が"侵入"なんてさ――笑えない話だと思わない?」

 その名を。その存在を。その光を。
 針音の聖杯戦争を一つの舞台劇と見立てた時、満場一致で主役の二文字を宛てがわれるだろう、その極星を知っている――!

「あは。いい顔するじゃないか、やっぱり君は人間だよ」

 神寂縁が、支配の蛇が。
 最大の危機感を以って、一筋の汗を伝わせていた。

 同時にようやく、理解する。
 ハリー・フーディーニを侮ってはならなかった。
 〈脱出王〉がいつから"これ"を狙っていたのかは定かでない。
 だが自分は、彼女が何やら怪しい動きを見せ始めた時点で、一も二もなく総力を投じて潰すべきだったのだ。

 平時でさえ、固有結界を脱け出すほどの才気を期待される脱出のプロフェッショナル。
 脱出とは垣根を破ること。或いは、壊すこと。
 有形無形を問わず、地点AとBを隔てる壁を無力化すること。
 これに限りなく長けた達人をして、次元が違うと、切り札であると断言する天禀。
 そんな怪物がすべての錠前を解き放ち、特異点じみた異常現象を呼び寄せることが出来たのなら。
 当然、可能である。一度くらいは、罷り通る。

 超越者と、新たに生まれ落ちた神。
 その両者が用立てた難攻不落の二重壁に、在りもしない穴を創り出すことくらい。
 できる。必ずやれる。不可能だろうと成し遂げてしまう。
 何故なら彼は、彼らは、彼女は、彼女らは――〈脱出王〉であるが故に!

「おめでとう! 君は見事、私達と同格の存在に成った。
 その栄誉を噛み締めながら存分に、我らが星と運命を競うといい!!」
「黙れッ!!」

 一度は止めた鉄槌が、今度こそ振り下ろされる。
 麗しい少女の全身が、ほぼ原型なく叩き潰された。
 口元の血を拭い、苛立ち露わに見つめるのは支配の蛇。
 彼は超越者で、あらゆる点において余人の域を絶している。

 だから、認識できてしまった。
 自身が腕を振り下ろす前に、山越風夏はもう死んでいた。
 光を失った瞳。それでも尚、描いた弧を崩さない口元。
 いずれも脳裏にくっきりと焼き付いている。
 腸の煮えくり返るような、拭い去れない不快感と共に。

「苛つかせるな、この僕を……!
 どいつもこいつも、糞の役にも立たん家畜共めが……!!」

 蛇の右手から、令呪の刻印が消えている。
 意味するところは、契約を交わしたサーヴァント……天津甕星の消滅。
 よもや負けたのか。あんな未熟な獣に、その飼い主に、討ち倒されたというのか。

「侮るなよ。総ては僕のために存在している――僕の前で自由なぞ謳えると思うな。諸共食い尽くしてやる……!!」

 苛立ちのままに、蛇は咆哮する。
 盤石に見えた王の城が、いつしか炎に巻かれ始めていた。
 万物万象の支配を掲げる超越者でさえ、この針音都市では一人の演者でしかないのだと、そう突き付けるように。


【月光夢幻神界〈渋谷〉/二日目・午前】

【神寂縁】
[状態]:固有結界解放、ダメージ(中)、極めて激しい不快感、固有結界にやや揺らぎ
[令呪]:残り2画
[装備]:様々(偽る身分による)
[道具]:様々(偽る身分による)
[所持金]:潤沢
[思考・状況]
基本方針:この聖杯戦争を堪能する。
0:都市の全員を殺し、〈蛇〉を知る者を消し去る。
1:レミュリンを喰い、本懐を遂げる。
2:祓葉ちゃんへの対応手段を考える。可能な限り、早急に。
3:輪堂天梨は目標の達成後、捕食ないしは殺害する。
4:アルマナちゃんとランサー(アンタレス)は高得点。
5:アサシン(ベルゼブブ)は……ふむ。
6:雪村くんは、僕の天敵だ。ならば僕も全力でお相手しようか。
7:アーチャー(天津甕星)は何の役にも立たなかった。やはり信用に足るのは僕自身だけ、か。
[備考]
※奪った身分を演じる際、無意識のうちに、認識阻害の魔術に近い能力を行使していることが確認されました。
 とはいえ本来であれは察知も対策も困難です。

※神寂縁の化けの皮として、個人輸入代行業者、サーペントトレード有限会社社長・水池魅鳥(みずち・みどり)が追加されました。
 裏社会ではカネ次第で銃器や麻薬、魔術関連の品々などなんでも用意する調達屋として知られています。

※楪依里朱について基本的な情報(名前、顔写真、高校名、住所等)を入手しました。
 蛇杖堂寂句との間には、蛇杖堂一族に属する静寂暁美として、緊急連絡が可能なホットラインが結ばれています。

※赤坂亜切の存在を知ったため、広域指定暴力団烈帛會理事長『山本帝一』の顔を予選段階で捨てています。
 山本帝一は赤坂亜切に依頼を行ったことがあるようです。
  →赤坂亜切に『スタール一家』の殺害を依頼したようです。

※神寂縁の化けの皮として、マスター・蛇杖堂絵里(じゃじょうどう・えり)が追加されました。
 雪村鉄志の娘・絵里の魂を用いており、外見は雪村絵里が成人した頃の姿かたちです。
 設定:偶然〈古びた懐中時計〉を手にし、この都市に迷い込んだ非業の人。二十歳。
    幸は薄く、しかし人並みの善性を忘れない。特定の願いよりも自分と、できるだけ多くの命の生存を選ぶ。
    懐中時計により開花した魔術は……身体強化。四肢を柔軟に撓らせ、それそのものを武器として戦う。
    蛇杖堂家の子であるが、その宿命を嫌った両親により市井に逃され、そのまま育った。ぜんぶ嘘ですけど。

→蛇杖堂絵里としての立ち回り方針は以下の通り。
 ・蝗害を追う集団に潜入し楪依里朱に行き着くならそれの捕食。
  →これについては一旦アーチャーに任せる方針のようですが、詳細な指示は後続の書き手にお任せします。
 ・救済機構に行き着くならそれの破壊。
 ・更に隙があれば集団内の捕食対象(現在はレミュリン・ウェルブレイシス・スタールと琴峯ナシロ)を飲み込む。

※蛇の体内は異界化しています。彼はそこに数多の通信端末を呑み込み、体内で操作しつつ都度生成した疑似声帯を用いて通話することで『どこにでもいる』状態を成立させているようです。
 この方法で発した声、および体内の音声は外に漏れません。

※スタール家の〈燃焼時計〉計画にジェームズ・アルトライズ・スタールとして関与していました。
 蛇の最終目的は完成した〈燃焼時計〉で根源に到達、時を操る真理を得ることです。

※アサシン(ベルゼブブ/Tachinidae)による『産卵』を受けています。蛇はまだ、このことに気付いていません。



◇◇


 その少女は、途方に暮れていた。
 行きたいところがあったからだ。
 なのにそこへ向かう道すがらに、とても高い壁が聳え立っていたからだ。

 壁が鉄やらコンクリートやらで出来ていたなら、彼女は腕の一振りで破壊できる。
 しかしこの壁は、月の女神が創り出した権能の障壁。
 流石に女神本体を守るほど出鱈目な性能ではないにしろ、力ずくで壊すには手に余る。
 恒星神に達していない身、まして毒を受けて零落した身では、無理やり押し通るなどとても出来そうになかった。

 とはいえ諦め切れないので、半ば不貞腐れながら、ずっとそこで悪戦苦闘を続けていた。
 何しろ筋金入りの莫迦である。関わったほぼ全員から知性の有無を疑問視されるほどのじゃじゃ馬である。
 "出来ない"と言われたなら、彼女は"頑張れば出来るかも"と考える。
 だから待った。色々試しつつ、もしかしたらの可能性に懸けて無駄な時間を注ぎ込み続けた。

 そんな想いが、果たして天に通じたのか。
 少女の見つめるその前で、堅牢に封鎖されていた"そこ"へちょうど人間一人ぶん程度の亀裂が口を開ける。

 彼女は驚いた。
 あまりにも突然だったからだ。
 それまで殴っても斬ってもうんともすんとも言わなかった壁が、手のひらを返したように道を示してくれた。
 目をまんまるにして、口をぽっかりと開けて。
 はてさてこれはどうしたことだろう、と首を傾げたが、やがて何かを悟ったのか。

 少女はふっと笑って、当然の権利のように、自分用の穴を目がけて一歩を踏み出した。


「またね、ハリー」


 権謀術数渦巻き、悪意と善意が相克する蛇腔領域。
 その只中に、最後の異物が押し入る。
 それは神。それは星。未だ神としての羽化を迎えぬままで、蛇腔内の魂をすべて合わせても届かない超容量を保持する、究極至高の生命体。

 一から九までのハリー・フーディーニは、どんなに超人的でも結局のところ理屈を用立てる。
 だが彼らの祖となった解脱者、零の女にその常識は通用しない。
 非常に限定的ながら、逆に言えば可能性を絞ることを前提に、タネのないマジックを引き起こせる超越者。
 時間に直せば数分程度だが、山越風夏はそういうモノを呼び出した。
 繰り返すが当然、可能である。
 触れることなく、いや視ることもなく。
 自身を囚えた檻の格子を消し去って、侵入経路を作り出すことくらい。


 ――神寂祓葉、蛇腔領域に侵入す。


 もう誰にも予測は付かない。
 後はただ、未知(マジック)の中で踊るだけ。



【山越風夏 脱落】



◇◇


【月光夢幻神界〈渋谷〉・座標不明/二日目・午前】

【神寂祓葉】
[状態]:不死零落、進化の兆候?
[令呪]:残り二画(再生不可)
[装備]:
[道具]:
[所持金]:一般的な女子高生の手持ち程度
[思考・状況]
基本方針:みんなで楽しく聖杯戦争!
0:さってと、ハリーの分も頑張っちゃうぞー! おーっ!
1:にーとちゃんは私と似てる。できれば友達になりたかったけど、仕方ない。
2:風夏の舞台は楽しみだけど、私なんかにそんな縛られなくてもいいのにね。
3:もうひとりのハリー(ライダー)かわいかったな……ヨハンと並べて抱き枕にしたいな……うへへ……
4:アンジェ先輩! また会おうね~!!
5:レミュリンはいい子だったしまた遊びたい。けど……あのランサー! 勝ち逃げはずるいんじゃないかなあ!?
6:なんだか、すごく調子がいい気がする。
[備考]
ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)の宝具『英雄よ天に昇れ』によって、心臓部永久機関が損傷しました。
具体的には以下の影響が出ているようです。
再生速度の遅滞化。機能自体は健在だが、以前ほど瞬間的な再生は不可。
不死性の弱体化。心臓破壊や頭部破壊など即死には永久機関の再生を適用できない。
令呪の回復不可

『界統べたる勝利の剣』は連発可能ですが、間を空けずに放つと威力がある程度落ちるようです。
最低でも数十秒のリチャージがなければ本来の威力は出せません。

恒星としての進化の兆しが生じています。まだあくまでも片鱗のそのまたごく一部が滲み出た程度。


【天空工房/二日目・午前】

【キャスター(オルフィレウス)】
[状態]:健康、知識欲、郷愁
[装備]:無限時計巨人〈セラフシリーズ〉→セラフ=ゼノン、セラフ=プシュケー
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:本懐を遂げる。
0:そうか。そこにいたのか、きみは。
1:セラフシリーズの修復。済み次第Mark-Ⅲの再調整。
2:〈恒星の資格者〉については一旦静観。
3:あのバカ(祓葉)のことは知らない。好きにすればいいと思う。言っても聞かないし。
4:〈救済機構〉や〈青銅領域〉を始めとする厄介な存在に対しては潰すこともやぶさかではない。
5:蛇杖堂寂句。おまえの好きにはさせない。
6:アレが恒星の完成形だとすれば、祓葉にもこの先があるのか?
[備考]
※セラフ=デメテル、セラフ=アルテミスが破壊されました。
※セラフ=アレスは機能停止。月の法則に鹵獲されました。


[全体備考]
※山越風夏の働きにより、蛇腔領域に神寂祓葉が侵入しました。どの地点から押し入ったかは不明です。既に侵入口は閉じています。
※祓葉という超容量の魂を抱えたことで、蛇腔全体が不安定な状態になっています。一時的なものか、祓葉が居る限り永続するかは不明です。


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最終更新:2026年09月14日 01:13