思えば、我ながら平々凡々たる人生を歩んできたと思う。
 物心ついた時から、少なくとも私は天才じゃなかった。
 テスト勉強を怠けたらそれ相応の結果が帰ってくる。
 けれど気合い入れて勉強したら、学年上位にもなんとか入り込める。
 要するに、何かを成し遂げたければ努力をしなければならない人種というわけだ。
 努力をしても裏切られることだってあるし、基本的に奇跡みたいなことなんて一切起きない。そんな二十余年の人生だった。

 とはいえ、まあ平凡なのって言うほど悪いことでもない。
 逆に言えば、それなりに頑張りさえすればまあまあの見返りが帰ってくる人生ってことだから。
 高校では一年の頃から怠けずにちゃんと勉強した。サボったら終わると思ってたから。
 その甲斐あって、なんとか日本じゃ知らないやつのいないような一流大学に入ることもできた。……まあだいぶギリギリだった気はするけど。

 大学でも程々に遊んで、でもやることはちゃんとやって。
 しっかり卒業して、まあそれなりに食いっぱぐれそうな企業に就職した。
 仕事はたいへんだけど残業したぶんはちゃんと出るし、パワハラだのセクハラだの"ハラ"が付く行為とも縁はない。
 お昼にふらっと入ったお店がちょっと高めの値段設定をしてても、高いな、と思いながらも萎縮せずに注文できるくらいには懐にも余裕はある。

 要するに。
 高望みさえしなかったら、それなりに満足な人生というわけだ。
 毎日決まった時間に出勤して、上司うぜーなーとか同僚と愚痴り合って、残業なかったら定時で帰る。
 休みの日は思いの外たっぷり寝ちゃって萎えて、失った時間を取り戻すみたいに溜めてたアニメを見ながらごろごろ。
 同期の結婚報告を聞いてちょっと危機感覚えたり、体重計の数値増加に一喜一憂したり、好きな芸能人のスキャンダルに落ち込んだり。
 そんな、どこにでもあるような。ありふれた、一般論での〈幸福な人生〉。
 それが私。高天小都音(たかま・ことね)の"これまで"で、"今"で、そして"これから"――だと、思ってた。

 ……なのに。
 なのに、である。
 そんな私の二十四年ものの常識が、あの日突然別れを告げてどこか彼方にぶっ飛んでいってしまった。

 もともと歴史が好きだった。
 好きな偉人は織田信長。焼き討ちとか天下人手前で死んじゃうのとか、そういうドラマに胸打たれちゃう時期って人間誰でもあると思う。
 そんな時期にいろいろ摂取して、大河ドラマとかにハマって、それが高じてこの歳で骨董品集めに凝り出したのが二年ほど前。
 それなりにお給料は貰えてるので、休日となったらぶらりと出かけて掘り出し物を探す日々が続いていた。
 社員旅行でもなんのかんの理由をつけてその手の店を探して歩き回ってたのだから我ながら筋金入りだ。
 奥深い世界ではあるけれど。結果から言うと、それが私の人生を一変させる引き金になった。

 営業してるんだかしてないんだかも分からない、枯れ木みたいなおじいちゃんがレジに立ってる骨董店。
 そこで私は、〈それ〉を見つけた。傷だらけで、おまけに煤けた、捨て値同然で売られていた〈古びた懐中時計〉。
 それが――なぜだか、あの日の私にはひどく目を引く掘り出し物に見えたのだ。

 気付けば私は、その時計を手に取っていた。
 由緒ある壺とか皿とか、今までに大枚はたいてきたどの逸品より魅力的だった。
 でも、それがどうも私の運の尽きだったらしい。
 時計をレジまで持っていこうとして、そこで視界がぐるんと回るような、激しい目眩に襲われて。

 そして気付いたら――私は、"ここ"ではないどこかの東京にいて。
 そこで私は、〈そいつ〉と出会った。


「や。お互い運がねーな、こんなけったいな催しに巻き込まれちゃうとかサ」


 赤銅色の髪と、浮浪児かってくらいみすぼらしい服装。
 どこか気の抜けるような雰囲気を放って、目元には黒々と深い隈が刻まれている。
 背丈は私よりも遥かにちっさくて、なんだか思わず抱きしめたくなるくらい細っこいのに。
 そんな子どもみたいな手で、飾り気も何もあったもんじゃない無骨な刃物を握りしめて――
 呆然と立ち尽くす私に襲いかかってきた槍持ちの大男の素っ首を、すとん、と落とした〈そいつ〉。

 ひと目で分かった。
 一瞬で理解した。

 ああ――ジャンルが変わった。
 ありふれた日常の物語から、血風吹きすさぶ血なまぐさい非日常に。
 円盤(ディスク)が切り替わったのを、察した。
 それだけの迫力と存在感を、〈そいつ〉は当たり前に有していて。

「あんた、は……」
「まあ一応、慣例だと思うしね。気は乗らないけど、初対面くらいはちゃんとしとこうか」

 槍男の首を刎ねた、日本刀とも西洋剣ともつかない無骨な刃。
 飾り気なんて一切ない、まさしくただの抜身の刃と呼ぶのが相応しい一振り。
 傍目には錆びてぼろぼろの鉄剣にしか見えないそれを、名残惜しげもなくぽいと放り捨てて。
 赤銅の人斬りは、へたり込む私に手を伸ばして。そして――言った。

「――問おうか。君が、私なんぞを喚んじゃった実に不運なマスターかい?」

 これが、私と〈そいつ〉の出会い。
 そして、愛すべき平凡/平穏の終わり。
 高天小都音の聖杯戦争の、ぞっとするほど静かな始まりだった。



◇◇



『うぇえぇぇえぇえぇ……。今回の数学範囲広すぎじゃない……? ぜんっぜん追いつける気しないんだけど~~……!』

 ぐすぐすと泣きべそをかいてテキストに目を落とす小柄な友人。 
 もはや見慣れたその姿を見つめて、私は深いため息をついた。
 まったく、本当にどうしてこいつはいつもこうなのだろうか。
 ほとんど毎回テストの度におんなじ目に遭ってるのにまったく懲りない悪びれない。
 とてもじゃないが信じられない。私が死ぬほど努力してなんとか追加合格の席を勝ち取った名門進学校に、なぜこんなぼんくらがいるのか。

『言っとくけどね、今回は結構前から発表されてたぞー』
『聞゛い゛て゛な゛い゛~~~~~~~』
『そりゃあんた、いっつも授業始まると同時に寝てるじゃん。
 あーあ。いつもは成績いいから見逃されてるけど、今回ばかりはさすがに年貢の納め時かな? 留年の二文字が君を待ってるぞぅ』
『ひっ、ひどい! そんな殺生な! え~~ん見捨てないでよぉことちゃぁぁん…………!!!』
『あっついだるい重たいひっつくな~。……はいはい、まあこんなこともあろうかとね。要点だけ纏めといたノートがありますよ』

 私が凡人だとするならば。
 このクラスメイトは、間違いなくその反対。
 天才、と呼ばれるだろう人種だった。

 いつも寝てばっかりでだらしなくておまけにコミュ障。
 心を許した相手にはとことん許すのに、そうでない相手にはいつまで経っても借りてきた猫。
 うちの学校のテスト難しいって評判なのに、ダメな中学生みたいにいっつもケツに火が点くまで取り掛からない。
 だから数日前になって毎回こうやってひんひん泣きながら取り組む羽目になる。
 それなのに、いざ蓋を開けてみれば必ず学年上位五本の指に入る。一位を取ることだって、そう珍しくない。
 そんなやつと、私はなんのかんので付き合いを続けていた。
 もしかすると――、凡人の私だから、本物の天才という画面越しでしか見られないはずの存在と関われることが嬉しくて仕方なかったのかもしれない。

『――ことちゃ~~~ん……!! うへへへ、やっぱり持つべきものはことちゃんだよぉ……!!』

 ゆるゆるの笑顔を浮かべながらしなだれかかってくる級友に、はいはい、と苦笑して応じる。
 これもいつものことだ。きっとこいつは、今回もあっさりトップの成績を取っちゃうのだろう。
 一ヶ月以上も前から頑張って、やっとの思いで上位十位に入ってる私とはたぶん人間として設計が違うのだ。
 だから嫉妬もしない。する気も起きない。嫌味なやつだったらムカつくかもだけど、何しろこいつ、こんなんだしね。

『ほんと、調子いいんだから』

 そんなことを、なんでか今になって思い出した。
 まあ、今も縁が切れてるわけじゃないし。
 何なら月に二回は会ってるんだけど。多かったらそれ以上。
 凡人の私なので、基本、人生においてあんまり劇的なイベントってのはないまま育ってきたんだけど。
 たぶん私の、ある種原風景みたいなものが――あいつと過ごしてきた時間なんだろうなあと、そんなちょっと情緒的なことを思うのだ。



◇◇



 ざり、ざり、ざり、ざり。
 音が響いてる。その音で、目を覚ます。
 時計に目をやると、時間はまだ午前の六時。
 せっかく会社から近い場所に部屋を借りてるのに、こんな早起きしたらそれも台無しである。
 布団からのそりと起き上がって、恨めしげに音の主を見やる。
 今何時だと思ってんだ、という眼差しに気付いたのか、〈そいつ〉はこっちを一瞥もすることなく口を開いた。

「おう。おはよ、コトネ」
「……おはよう。ちなみに聞くけど、何やってんの」
「なんだよ、見てわかんない? 剣を鍛えてんだよ」
「それは分かるよ。なんでこの朝っぱらから剣を?」
「なんでって……。鍛冶をやるなら早朝が一番捗るんじゃん、そんなこともわかんないとは風情がねーなあ。
 骨董趣味のくせして職人のこだわりも解せないとか、それはちょっと恥ずかしいぞぅ」
「よしわかった。今日の朝ごはんは自分で作るように」
「んなっ……! お前なー! 私は鍛冶全振りでそれ以外はな~~んにもできないって知ってンだろっ」
「そもそもサーヴァントが飯食うのがおかしい。はい論破。Q.E.D.証明終了。なんで負けたか明日までに以下略」

 歴史は好きだ。
 日本史から始まり、今じゃ世界各地のそういうのにも手を出してる。
 ボーナス出るたびクソ高い歴史書取り寄せて、学生時代に培った英語力に物言わせて唸りながら読み進めるのがひそかな楽しみだ。
 だけど、別に史実至上主義者ってわけでもない。神話も好きだし、聖書も何周かは読んでる。
 だから私は最初――、自分のもとにやってきた〈これ〉の真名を聞いて大層心躍ったものだった。

「ぐぐぐ……。分かった、分かったよ。風呂場で続きやるから、朝ごはんはちゃんと作るように」
「ふっ。勝った」
「うざ。お前」
トバルカインが"うざ"とか言うな。解釈違いも甚だしいわ」

 ――トバルカイン。
 カイン、ではない。〈トバルカイン〉だ。
 旧約聖書・創世記にその名を綴られた、人類史上最初の鍛冶師。
 弟殺しでおなじみのカインの子たるこいつは、しかし私の今までのイメージをぶち壊すようなぐでんぐでんのダメ人間だった。

 気まぐれ。無気力。現代かぶれで図々しいちびっ子。
 こんなのがカインの子であってたまるか、と言いたい仕上がりである。
 ていうかなんでしれっと幼女になってるんだ、というツッコミは今更もはや野暮。
 本人曰く「女は舐められるんだよ」とのことだけど、あの時代のあっちの地域も日本と変わらない有様だったんだろうか。

「ていうかあんたさ、鍛冶師はやめたとか言ってたじゃん」
「……ん。やめたよ」
「なのになんでちょいちょい武器造ってんの」
「はぁ~? それ聞く? 私はお前のために造ってやってんだけど? 正直もう造りたくもないのに!」

 ――曰く。"この"トバルカインも、昔は大層ストイックな鍛冶師で武器狂いだったらしい。
 日がな一日刃物を鍛えて、できあがったらふらふら出かけて試し切りをして屍築いて帰ってくる。
 ただ、曰く。どこかで"折れて"しまったのだという。それからはずっとこう、なのだそうだ。
 理由を聞いても語りたがらずに濁すばかりだが、まあ、いろいろあったのだろう。
 そういう経緯で、創世記に名の綴られたカインの子たる原初の鍛冶師は廃業し。
 後にはこの生意気でぼんくらなダメ人間が一匹残った、らしい。

「聖杯に願うのはなんか違う、とか言ってなかった?」
「……要らないとまでは言ってない。選択肢はギリギリまで残しとくのが大人ってもんだし」
「ふぅん。まあ私としても、あんたが本気でいてくれる分にはいいんだけど……私も死にたくはないしね。殺したくもないけど」
「お前の"それ"がなければこっちはもっと楽なんだけどなぁ。全員ぶった斬って終わりなら、こちとらそれが一番わかりやすいんだよ」

 死にたくはない。
 けど殺したくもない。
 それが、私がこの非日常に対して提示した指針だ。

 じゃあどうやって生き残るつもりなんだよと聞かれればそうなんだけど、そこはもうなるようになるのを願うしかないと思ってる。
 もしかしたら摩訶不思議な突破口が開けるかもしれないし、そうでないなら最後は腹括るしかないかもしれない。
 でも少なくとも、今はまだ見に徹せる段階だろう。だから、積極的に殺し回るのは承服しがたい、と私はこいつに伝えた。

「しょうがないでしょ。私は一般人だから、ひとつひとつの人死にが普通にメンタル来んの」
「まあ、それは分からんでもねえけどな」
「嘘つけ。ずんばらりんと人斬りまくってた辻斬り女が何を言う」
「試し切りは別腹なんだよ。私だって無益な殺生は本意じゃないし、それなりに後味の悪いものが残るんだぞ」
「益があったらいいってことじゃん」
「それはそう。動物をいたずらに殺すのは可哀想だけど、食うために殺すとなるとまあ仕方ないか、ってなるだろ。それ」

 うん、生きてきた時代が違う。
 むしろ無益を嫌うだけでも御の字というべきなのだろう。
 後は私がこいつをどれだけ律せるかという話だ。
 ……まあ、そんなにまずいことにはならない気もするけども。本当にヤバい奴だったら、私の気持ちとかガン無視で殺しに行ってそうだし。

「いいよもう。目冴えちゃったし、朝ごはんの準備するから」
「そうしてくれ。鍛冶をやると腹が減るんだ、ただでさえ発育が悪いのにもっと背が縮んじまう」
「だから、サーヴァントってそういうの要らないんじゃないの?」
「……気分的にはいるんだよ! わかったらさっさと作れ! みそ汁はネギ抜きで頼むぞ!」
「嫌ですダメです入れます。薬味の味が分からないおこちゃまに配慮するほどママじゃないの」
「……あれのどこか"薬"なんだ。汁の味をとことん濁らせる毒の間違いじゃないのか。この国の人間の味覚はわからん」

 改めて言おう。
 こいつは、トバルカインはダメ人間である。
 何しろこいつと来たら、日がな一日武器を弄ってるか寝てるか飯はまだかと要求するかの三パターンだ。
 ダメ人間というか、隠居したおじいちゃんといった感じに成り果ててる。
 まあ化け物のうろつくこの街でボディーガードをやってくれてるぶんの賃金と思えば安いんだろうけど、それにしたってひどい体たらくだ。

 冷蔵庫を開けて、みそ汁にぶち込む野菜と豆腐を取り出して。
 まな板と、包丁――知らない内に研がれてた。人間を頭から股下まで真っ二つにできる切れ味、らしい。何してくれてんだ――を準備して。
 豆腐を賽の目に刻みながらふと、私は一度も答えを貰えていない疑問をめげずに投げかけていた。

「そういえばさ」
「なんだよ」
「あんたってさ、結局なんで鍛冶師やめちゃったの」
「……、……」

 こうまで落ちぶれても、女子供が握ってさえ人体を両断できる武器を研げるのだ。
 全盛期のこいつが一体どれほどの手練れで、名匠だったのかはちょっと想像もできない。
 そんなこいつがなんだって自ら工房を閉じ、堕落をよしとして隠居してしまったのか。
 今までにも何度か聞いてきた質問だ。ただ、まともな答えが帰ってきたことは一度もない。
 原初の鍛冶師、カインの子。生き竈のトバルカイン。
 その味わった挫折の得体を、私はどうしても知りたかった。

 つまりほんのちょっとした疑問だったのだけど、それに対する声色はいつもより重たくて、今度はこっちが面食らう羽目になってしまった。

「……何度も言ってるけど、別に大した理由じゃねーよ」
「……セイバー?」
「ただ、なんとなくある日気付いただけだ。ああ、たぶんこりゃ私には無理な夢だ、ってナ。
 あるいは子孫でも作って技術を受け継がせていけば、何代かすれば"到って"たのかもしんねーけど……
 だとしてもよ。それって、結局私が夢を叶えたってことにはなんないだろ? じゃあ意味ねーなって、急に全部面倒臭くなっちまった」

 トバルカインの夢。
 いつかこいつは、それを私に語った。
 かつて抱いていた理想、夢想、憧憬、未来。

「――〈究極の一振り〉なんて結局、ヒトが一代で鍛えられるもんじゃないってことさ。
 だったら自分第一な私にはもう追いかける意味がない。私が腹痛めて産んだ子やその孫が叶えたところで、それで私は笑えない」

 話は終わりだ、とばかりにトバルカインはごろんと絨毯の上に寝転んだ。
 どうやら私という邪魔が入って、おまけにセンチメンタルな気分にもなって、仕事って気分じゃなくなっちゃったらしい。
 猫かこいつは、とツッコミのひとつも入れるのがいつもの流れだけれど、なんだか今はそういう気にならなかった。
 豆腐を切り終えて、次は長ねぎをとんとんとん、と切り刻みながら。
 今にもごろごろ聞こえてきそうな様子で寝転ぶトバルカインに、私は言う。

「……私さ、大学受験の時にだいぶ無理したんだよね」
「はあ?」
「私のレベルからすると高望みも高望みの、この国の人間なら大人も子どももみーんな聞き覚えあるような超名門受けたの。
 だからもちろん死ぬほど、ほんとに死ぬほど努力して勉強して、どうにか超ギリギリで合格ラインに滑り込んだんだ」
「か~っ、やだね。隙あらば自分語りは若いやつの悪い癖だぞ、コトネ」
「まあ聞いてって。私の高校からその大学受けたの、私含めてふたりだけだったんだ。で、もうひとりは私の友達だったの」

 とんとんとんとん。
 小気味いい、異常なまでによく切れる包丁の音がBGMみたいに響いている。
 それがなんだか、ついつい物思いに耽りたくなる、薄暗い日の雨音のように感じられた。

「そいつ、はっきり言ってあんたが軽く見えるほどのダメ人間。
 自分甘やかすことばっかり上手くてさ、いっつもあの手この手で言い訳してやらなきゃいけないことから逃げんの。
 で、受験の一ヶ月前になったらぴーぴー泣きついてきてさ。ことちゃんもう終わりだよぉ、とか、助けてよぅ、とか。
 もう勉強の邪魔そのもの。これで落ちたらマジでこいつと心中しよっかなって、勉強疲れもあって本気で考えたくらい」

 私は、極めて平凡な人間である。
 そして普通の人間の人生には、そうそう逸出した存在なんて現れない。
 同級生からメジャーリーガーなんて出ないし、ヤバい犯罪やらかすサイコパスだってさっぱりいない。
 いるのは自分と目線の同じ凡人か、怠けだらけて勝手に道踏み外して、真っ逆さまに落ちていくヤツだけだ。


 そんな私の生涯の中で。
 ただひとり。
 あいつだけが、非凡(フィクション)だった。


「そいつさ、本番一問も落とさなかったんだ」


 やればできてしまう。
 でもやらない。やらないだけ。
 そういう人間を、私はひとりだけ知っている。

「――あの時思ったよ。ああ、世の中には天才っているんだなって。
 で、ちょっとだけむなしくなった。私、きっと一生こいつには追いつけないんだって気付いちゃったの」

 私は立ち直れた。
 別に凹まなかったし、引きずりもしなかった。
 その後関係が悪くなったとかもない。今も変わらず、世話焼きやってるし。
 けどきっと、この平々凡々たる人生の中にあった最大の挫折はあの時だったんだと思う。
 凡人(わたし)がどんなに努力して頑張っても敵わないやつがいることを、一番近くで目の当たりにしてしまったから。

「気付くのってさ、むなしいよな。
 あんたには振り回されっぱなしだけどさ、そこだけは……ちょっと共感できるよ」
「……ふん。二十歳そこらの若造がえらそうに」
「目線合わせてあげてんだ。ちょっとはしおらしい顔しなよ、ちびっ子」

 そう、別に大きなことじゃない。
 ほんのちょっとした躓きで、ほんのちょっとした"気付き"があっただけ。
 あの日私は、夢を見るってことをやめてしまった。
 努力して夢を叶えるやつと、努力しないで夢を叶えられるやつの間には明確な差がある。
 その差が埋まることは、決してない。此処が私の行き止まりなんだと、分かってしまったから。

 それで不幸にはなっちゃいない。
 大学受かったのは事実だし、結果だけ見ればトントンだ。
 今だっていい企業に入って、趣味で散財してなお貯金に回す余力があるくらいには稼げてもいる。
 でも、それでも。

 無限だと思ってた空に天井を見つけてしまうのは、やるせないことだった。
 たぶん私は、こいつと同じ挫折を食んでいる。
 違ったのは、その大きさ。立ち直れる挫折だったか、立ち直れない挫折だったか。それだけ。
 ……なんて言ったらこいつは顔を真っ赤にして怒るだろうから、声には出さない。私の中だけのひみつだ。

「食後にプリン食べる?」
「…………食べる」
「よし。テーブルの上片付けといて」
「ん」

 挫折しようが、天井を知ろうが、それでも人生ってやつは続いていく。
 ある日突然ジャンルが変わっても、命尽きるまで終わることはない。
 難儀なものだ、人間ってのは。趣味が高じたか、なんだか老人じみた心境になってしまう。
 そういえば私に天井を見せてくれやがったあの子は、この世界でもしっかり再現されているんだろうか。

「……最近会ってなかったしなあ。近々生存確認兼ねて会いに行ってくるかぁ」

 ちゃんと働けてんのかな、にーとちゃん。
 小さく呟いて、私はおたまで掬ったみそ汁をずじ……と啜った。


【クラス】
 セイバー

【真名】
 トバルカイン@旧約聖書、創世記

【属性】
 中立・悪

【ステータス】
 筋力:A 耐久:B 敏捷:D 魔力:D 幸運:C 宝具:E~A

【クラススキル】
対魔力:C
 魔術に対する抵抗力。第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
 大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

騎乗:C
 騎乗の才能。正しい調教、調整がなされたものであれば万全に乗りこなせ、野獣ランクの獣は乗りこなすことが出来ない。

【保有スキル】
殺戮技巧(道具):A+
 使用する道具の対人ダメージ値のプラス補正をかける。
 武器を用いて命を奪う、ということを研究し尽くした故のランク。
 専門は刃物だが、別に銃でも鈍器でもなんでも使える。
 「自分で鍛えたもん自分で使えなかったら三流でしょ。一緒にしないでいただきたい」

刀剣審美:A
 「芸術審美」に似て非なるスキル。武装に対する理解を表す。
 武器を一目見ただけで、どのように戦うべきかを把握する事が出来る。
 Aランク以上の場合、刀剣以外の武装についても把握可能となる。
 味方に対しては的確な助言として働き、敵(特にセイバー・ランサークラス)に対しては弱点を見抜く事になる。
 「はいナマクラ。カス。二度と逆らうなよ雑魚が」

錬鉄の職業病:B
 武器を鍛えたらとりあえず試し切りがしてみたい。それが鍛冶師の性である。少なくとも彼女はそうだった。
 初めて握る武器で戦闘を行う際、全ステータスに上昇補正を受ける。
 昔のやんちゃしてた頃であれば更に上昇値が高かったが、今は割と丸くなってしまった。
 「あれは若気の至りっていうか、そのぅ……あんまり言うなよぅ」

狂化:E
 理性と引き換えに各種ステータスをランクアップさせる能力。本来ならばバーサーカーのクラススキルである。
 全盛期のセイバーはまごうことなき武器狂いの怪物だったが、いろいろ悟って萎えたのでランクダウンしている。
 効果はほぼ皆無。ときどき人でなしの側面が顔を出す程度。

【宝具】
『罪の継嗣たる生き竈(トバルカイン)』
 ランク:E~A 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
 鍛冶の始祖たるトバルカイン、人類史上最初に刃物を鍛えた錬鉄者の存在そのもの。いわば、彼女自身が宝具。
 素材を選ばず、武器を鍛える。彼女の鍛えた武器は神秘を帯びた宝具となり、他人に貸与することもできる。
 もちろん道具は鉄や銅が最適だが、どうしてもという状況なら紙や草でも作れるらしい。ただし性能は著しく落ちる。
 鍛えてみるまで彼女自身武器のランクは分からず、振れ幅は大きい。言うなれば魔力と時間を使ってガチャを引く宝具である。
 その気になれば銘を与えることもできるのだが、腐っても鍛冶師としてのこだわりがあるため、彼女は自分の理想に到達した一振りを鍛え上げるまでそれを与える気は一切ない。令呪を用いての命令だろうと拒絶する。

『死河山嶺(リミテッド・ブレイドアーカイブ)』
 ランク:E~A 種別:対人宝具 レンジ:1~5 最大捕捉:1
 有限の剣製。トバルカインが生涯に渡り製作した武器のすべてを周囲に展開する、いわば武器庫をひっくり返す宝具。
 その大半に名はない。もしかしたら彼女が雑に捨てたのを拾った誰かが横流しして、後に名を残した武器も混じってるかもしれないが、大半は無銘のまま死蔵されたものばかりである。
 しかしトバルカインの理想が高すぎるだけで、その中には平然とAランク級の神秘を持つ兵装が混ざっている。
 真名解放こそ不可能だが、効率よく武器を運用することにかけては人類随一である彼女が振るえば、ともすれば真名解放以上の効力を発揮。
 撒き散らした刀剣をとっかえひっかえしながら踊るように敵を惨殺する、まさに死の河を築く奈落の山嶺。
 どこぞの英雄王よろしく剣やら槍やらを釣瓶撃ちすることも可能で、面倒な時はそれで片付けるのがベター。
 魔力消費がそれなりにあるのと、本人的には過去に満足いかなかった失敗作をわんさか見ることになるため、あまり使いたがらない。
 (現代風に言うなら)黒歴史ノートを引っ張り出されて、それを芸術だなんだと絶賛されるようなものである、とのこと。

【weapon】
 武器ならなんでも。
 専門は刃物。

【人物背景】
 人類史上最初に刃物を鍛えた、創世記に登場する鍛冶師。
 人類最初の殺人者、神に呪われた者、アダムとイヴの長男たるカインの子。生き竈のトバルカイン。
 歴史上は男性として伝わっているが、これは彼女が「鍛冶師が女だと変な味噌が付きかねない」と断固男性を名乗り続けたため。

 元は生粋のワーカーホリックで、一意専心に仕事へ打ち込み続ける偏執的な職人だった。
 武器ができると戦場に繰り出していき、試し切りと称して屍の山を築いて帰る狂戦士。
 トバルカインは剛力の持ち主で、かつ武術にも非常に秀でていたとされる。

 そんな彼女の悲願はひとつ、〈究極の一振り〉を作り出すこと。
 そのためだけに生涯を費やし、あまたの命を殺し尽くしてきた。
 だが――、ある時ぷつんと糸が切れるように夢破れてしまう。
 自分の才能の限界。目指す極点には、ヒトの百年ではどうやっても到れない。悟りのように、それに気付いてしまった。

 以降、トバルカインは人が変わったように自堕落で無気力なダウナーガールとなって余生を過ごした。
 今回の聖杯戦争では挫折後、鍛冶を引退してからの召喚と相成っている。
 ただし引退したとはいえこだわりやプライドは捨てておらず、自虐するのはいいが他人に言われると普通にキレる面倒臭い奴。
 聖杯戦争のために超絶久々に武器を鍛えることになり、死ぬほど渋々仕事をしているが、それでもやっぱり心のどこかで〈究極の一振り〉を探究してしまっている節がある。
 煽り合いや軽口程度ならプロレス的に応じてくれるが、彼女の信念を曲げさせようとすれば返答代わりに首を飛ばしにくる。
 いつの世も職人というやつは、どこかしら拗れていないと務まらないのである。

【外見・性格】
 赤銅色の短髪で華奢、小柄。ぼろぼろの衣服を着用しており、基本いつでもなんかみすぼらしい。目元には消えない隈がある。
 やさぐれダウナー系、マイペース。ときどき口調が男勝り。昔の尖りぶりはすっかり鳴りを潜めている。
 属性こそ悪だが感性は結構一般的。武器を使うとなると人が変わるだけなので、そこを踏まえてさえいれば結構付き合いやすい奴。

【身長・体重】
 145cm・34kg

【聖杯への願い】
 生涯をかけても到れなかった〈究極の武器〉へ達すること。
 「でもなぁ~~~っ、そういう手段で叶えても仕方なくねぇ? って気持ちもあるんだよな~~~! あ~~~~~!!!!」
 ……やっぱりモチベーションは微妙なようである。

【マスターへの態度】
 変にやる気満々なやつじゃなくてよかったな~と思っている。
 守るし、それなりに意向には添うつもり。
 まあ、のんびりやりましょうや。


マスター
【名前】高天小都音/Takama Kotone
【性別】女性
【年齢】24
【属性】中立・善
【外見・性格】
 ごく一般的な良識と倫理観を有した、本当に普通の一般人。
 世話焼き気質であり、こいつは放っておけない、と思うと頼まれなくても付いて回る癖がある。
【身長・体重】161cm・51kg
【魔術回路・特性】
 質:C 量:E
 特性:〈節制〉
【魔術・異能】
 節制。起こり得る魔力の消費を割引する、要するに極めて燃費のいい特異型魔術回路の持ち主である。
 魔術師としては稀有な才能であり、要石としてもけっこう優秀。
【備考・設定】
 自他共に認める、本当に何の特異性もない一般人。
 名門大学を出ているが、それもちゃんと正攻法で死ぬほど努力した結果である。
 何かを成し遂げたければ努力をしなければならない。努力をしても実らないこともある。そんな成功と失敗を、普通に積み重ねて育ってきた。
 強いて特異なところを挙げるなら、歴史が好きでそれが高じてこの歳で骨董品集めに凝り始めていることくらい。
 その趣味が災いして、ある日旅行先でふらりと入った骨董屋で、〈古びた懐中時計〉を手に取り――運命に出会ってしまった。

 〈にーとちゃん〉というあだ名の友人がいる。
 高校時代からの付き合いで、いつもひーひー泣きながら勉強していた彼女がさらっとフルスコアで大学に受かったのを見て自分が凡人であることと、この世には天才という人種がいることを理解した。
 とはいえそれで腐るわけでもなく、身の丈に合った生き方をしていこか……と肩を竦めて苦笑したくらい。
 件の友人とは今も付き合いがある。自分が面倒見ないと本気で死んでしまいそうなので、定期的にお宅訪問をしていたりする。
 本人曰く最大の実績は風邪薬ODに手を出そうとしていた彼女にこんこんと怖さを説き、薬物依存への道を断ったことであるらしい。
【聖杯への願い】
 特になし。貰えるなら貰うし、貰えないなら別に。
 ただ死にたくはないし、かと言って人を殺すのも後味悪いのでなんとかのらりくらりとやりたい。
【サーヴァントへの態度】
 "アレ"に比べればだいぶマシ。私の周りはこんなのばっかりか。
 無駄な人殺しは諌める。相手がNPCとか言われても、寝覚めが悪いのは勘弁してほしいため。 

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最終更新:2024年06月27日 00:35