少年、依良籠野幹(いらかごのみき)は夢を見ていた。
夢、と迷いなく判断できたのは目に映る景色が見慣れた現代日本とは大きく異なっていたからだ。
街並みや人々の恰好から察するに十九世紀から二〇世紀にかけてのアメリカだろうか。レトロフィルムでよく見る映像に似ている。
加えて言うと、視点の高さもいつもと違っていた。他人の視点を借りて見ているかのような違和感がある。
夢の中のアメリカは著しい発展の最中にあり、その一方で謎めく幻想が人々の間に膾炙していた。
科学と神秘が矛盾なく共存する、奇妙な時代である。
移動型遊園地には必ずと言っていいほど見世物小屋が軒を連ねており、中を覗けば目に映るのは未開の地から連れてこられた原始人、首もないまま生活する女、妖精(フェアリー)じみた矮躯の双子、魚の下半身を持つ人間の標本──まるで巨大な【驚異の部屋(クンストカンマー)】だ。
しかしながら野幹が持つ現代知識と照らし合わせて見てみると、それらのほとんどが張りぼての虚構、あるいは医学的な病名が付けられる疾患であることがわかる。
だからといってそれを理由に見世物の価値が損なわれるのかというと、そんなことはない。
たとえ嘘や法螺であろうとも、それらを目にした観客が熱狂し、満足したのは事実なのだから。
当時のアメリカは、このような詐欺的な娯楽が広く流行していたのであった──視界が暗転する。

「さあ皆さん舞台にご注目!」

威勢のいい声が鼓膜を震わせる。
同時に夢の場面(シーン)が転換する。
スポットライトの眩い光が視界を埋め尽くす。
野幹は舞台の上に立っていた。

「ついに天才魔術師の出番がやってまいりました! 彼が見事な手さばきで繰り出す神技の数々を、どうぞご覧ください!」

舞台袖に立つ興行主らしき小太りの男が高らかに叫ぶ。
そのあまりに大げさな言い様は、野幹を心胆寒からしめた。天才魔術師? 落ち目の魔術師の末裔である自分には一番相応しくない文言だ──ああ、いや。
ちがうちがう。
いま紹介されているのは野幹本人ではない。
野幹が視界を借りている何者かだ。
舞台から見下ろす客席には大勢の観客が犇めいており、期待で瞳を輝かせながらこちらを見上げている。野幹であれば緊張で卒倒を引き起こしかねない光景だ。しかし彼が視界を借りている何者かは、自分の身が置かれた状況に物怖じしないどころか、むしろ喜ばしく思っているらしく、

「ひゅう」

と軽快な口笛を奏でると、演目を開始した。
それから彼が披露したのは──いわゆる手品だった。
同じmagicでも魔術ではなく奇術である。
しかし、その手さばきは魔術さながらの神秘を纏っていた。
彼の一挙一動と共に人が消え、錠が解かれ、物と物が入れ替わる──たったひとりの人間によって紡がれる幻想の数々に観衆は驚嘆し、歓声が沸き起こった。
神技の名に偽りなし。
この舞台において、彼は正真正銘の魔術師であった。
なにせ、奇術師本人と同じ視界ですべてを見ているはずの野幹ですら、奇術師が用いているはずのトリックがひとつたりとも見抜けないのである。初めて父から魔術を見せられた幼少の頃にそうであったように、目の前で繰り広げられる幻想の数々に陶然とする他なかった。これならいっそ「実は奇術師は【本物】の魔術で奇術の振りをしているだけ」と言われた方が信じやすいというものである──再び場面(シーン)の転換。

煌びやかな舞台から打って変わり、次はこじんまりとした書斎だった。
室内には少年が視界を共有している誰かの他に、もうひとりいた。口元に髭を蓄えた初老の男だ。窓際に佇むその風貌に、野幹は見覚えを感じた。たしか……、むかし、図書館で似たような人物を見かけたことがあるような?
既視感の正体を探ろうとする野幹だったが、正解に辿りつくよりも前に、

「なあ、ドイル先生」

と、野幹の喉から野幹の声ではない声が滑り出る方が早かった。

「本物の霊能力者なんて、いないんじゃないか?」

その声は先ほど耳にした奇術師の口笛と同じものだったが、舞台の上に居た頃とは違い、ひどく憔悴しているように聞こえた。
ドイルと呼ばれた男は「ふん」と鼻息で髭を揺らすと

「やれやれ、君と議論を交わした回数は十や二十では足りんだろうに──心霊術にまつわる議論において、私がどちらの立場についているか忘れたのかね?」

「心霊主義者としてのあなたに言っているんじゃあない。ロンドンの英雄シャーロックホームズの生みの親であり、自身もまた名探偵さながらの見識を持つ賢人『サー・コナン・ドイル』に聞いているんだ」

奇術師は言った。

「アンタはちと騙されやすいところがあるが……、それでも高い知性を持っているのは確かだ。ならば、とっくに気づいているんじゃあないか? ──世間で持て囃されている心霊術が詐欺の嘘っぱちだって」

「私の主義を証明する物品ならいくつもある」

「妖精とガキの合成写真(コラージュ)か? それともアンタがどこぞの大学で撮影したとかいう心霊実験の写真? いずれにせよ、オレの眼にかかれば秒もかからずにイカサマだって分かってしまう代物だがね」

「『分かってしまう』か──ふん」

ドイルは再び鼻息で髭を揺らした。

「その言い方はおかしくないかね。それではまるで、心霊術の虚偽を証明することが君にとっても不本意であるように聞こえるが──【サイキックハンター】くん」

ドイルは、言う。
歴史に名を遺す偉大なる作家のひとりであり、物語の中で多くの人物を書くことで人並外れた人間観察の眼を培ってきた男は──言う。
両の眼で奇術師を見据えながら。
その語り口にはまるで、推理小説の解決編で犯人を追い詰める探偵のような冷ややかさがあった。

「むしろ君は求めているんじゃあないか? 【サイキックハンター】である己の敗北を──本物の心霊術の実在を」

「ああ! そうだよ!!」

奇術師は認めた。

「心霊術が本当にあるのなら! 現実を超越した奇跡が実在するのなら! 奇術師(オレ)なんかに見抜かれることなんて無い筈なんだ!」

叫ぶ。吠える。主張する。
視界の端に赤いシミが滲む。興奮で目が血走っているのだろう。
その鬼気迫り様は、視覚を共有しているだけの野幹すら奇術師が心中に抱える蟠りの熱を感じられそうなほどであった。

「なのに調査委員会(SA)にのこのこやってくる心霊術師や超能力者どもはいつだって詐欺師ばかり! そりゃあ、いよいよ本気で心霊術の不在を確信しそうになるってものさ!」

「だが彼らの詐欺を見抜いたことで君の【サイキックハンター】としての名声が高まったのも事実だろう。それに詐欺師どもが使っていたトリックが、君の奇術の技術向上に良い影響を与えなかったとは言わせないぞ? 今の君は奇術師として実に喜ばしい立ち位置にいるじゃないか──なのになぜ、そう嘆く? 心霊術を狩る立場でありながら、なぜ本物の心霊術を求める?」

「なぜオレが心霊術を求めるかだと?」

ドイルの問いを受け、奇術師は言った。

「別に大した理由じゃないさ。心霊術に執着する者なら誰だって抱えている、ありきたりな理由さ! いいか、オレはなあ、インディアンが隠した埋蔵金を掘り当てたいわけでも、どこぞの国家主席を呪殺したいわけでもない! オレの願いはたったひとつ! たったひとつのささやかな願いなんだ! オレはただ──」

台詞の中途で視界が暗転。
次は場面がどこかに移り変わることもない。
こうして野幹の夢は唐突に終了した。


現実に戻った依良籠野幹が真っ先に感じたのは床の冷たさだった。
普段使いしている寝床ではない。
おもむろに起き上がりながら、彼は自分が今、依良籠家に代々伝わる工房が一室──実験動物の収容室にいることを思い出した。
室内のつくりは極めて簡素。タイルが敷き詰められた床。収容物の脱出を阻む鉄格子。窓はなく、部屋にひとつだけある扉は錆だらけであり、この部屋がどれだけの期間放置されていたかが窺える。実際、長い間使われていなかったのだろう。少なくとも野幹が知る限りにおいて、依良籠家の現当主である父がこんな部屋が必要になるサイズの実験動物を飼っていた記憶はない。つまり野幹はこの部屋にとって数十年ぶりになる収容物ということだ。まったくめでたくも嬉しくもないが。

「…………」

現状を確認する最中ふと気付く。目元に涙の跡があることに。
寝ている間に泣いていた? そういえば悲しい夢を見ていた気がする。どんな内容だったかは少し曖昧だが──

(あるいは……夢の内容なんて関係ないのかも)

涙の理由には他にも覚えがある。むしろそちらの方が夢であってほしかったほどに、悲劇的な現実が。
心当たりに思いを馳せる野幹──その時だった。
がちゃり、と。
解錠の音が響いたのは。
直後、扉が動く。ぎぎぎぃ……と錆と錆が擦れ合う音が室内に木霊した。背骨の髄を直接引っ掻かれるような不快な音だった。
やがて完全に扉が解放されると、ひとりの人影が這入ってきた。
野幹がよく知る人物である。

「……父さん」

「やあ、野幹」

優し気な声だ。聞いているとうっかり「このまま自分を檻から助けてくれるんじゃないか」と思いそうになるが、すぐにそれがただの錯覚であることに思い至る。
なぜなら──野幹をこんな場所に監禁したのは、他ならぬ父なのだから。

「体の具合はどうだ?」

「いい加減ここから出してよ……、父さん」

「ダメだ」

その声自体は聴きなれた父の声だったが──その奥に込められた意思は。
あるいは狂気は。
野幹が知らないものへ変貌していた。

「でも……、そろそろ学校に行かないと」監禁されている身で言うには牧歌的すぎる理由だな、と野幹は自分で自分に呆れた。

「その必要はない」父は言う。いつもと変わらない優しい声だ。それが却って恐ろしい。「野幹、おまえにはこれからやってもらわなくてはならないことがあるんだ。その役目を果たす時が来るまでは、ここを出てはならないよ」

「ぼくの役目ってなんなのさ……。それに、やることと言えば父さんには──ほら、魔術師としての研究があるじゃないか。ぼくなんかにかまけて、そっちを放っておいてもいいの?」

「ああ。あれはもう、やめにしたよ」

野幹は絶句した。
父には昔から取り組んできた研究があった。“根源”への到達。その足掛かりとしての生命と魂の研究である。先祖代々受け継がれてきた研究ではあるが、その歴史の長さに反比例するかのように勢力が先細りし、現代に至ると依良籠家は魔術師として零細も零細な家系になっていた。「こんな風に凋落した今になっても研究を続けることに意味はあるのか」と幼き日の野幹は思ったし、幼児特有の無邪気さでそれを尋ねると、当時の父は困ったようにコメカミをぽりぽりと搔きながら次のように返した。「でもね、この研究にはこれまで沢山の祖先が関わってきたんだ。その歴史の重さを私は誇りしているし、無意味だなんて思ってはいないよ」と。
なのに──だというのに。
父はあっさりと放棄したのだ。
自分が長年追い続けてきた目的を──脈々と受け継いできた誇りを。

「“根源”なんて……、依良籠家の使命なんて、もうどうでもいいんだよ。それよりもっと重要な、為すべきことを見つけてしまったんだからね──フツハ」

そして父は呟いた。
己の新たな目標を。
フツハ。
誰かの名前らしき言葉を。
そのたった一言が──

「フッ──ふつ……ふつっ、は、はははははっ、ははっ、はははは、は、ははっ、はっ、はァ!! ふつはふつはふつはふつは、ふっ、ふっ、ふっ、はっ、はっ、はっ……ふつは!! 祓葉! 神ゥ、寂ィイ、祓ッ、葉ァアアアアアアアアアああああああああああ!!!」

──元から壊れていた父の精神を更にスパークさせた。

「《一度目》の戦いで私は見たんだ! フツハ!! 絶対なる綺羅星を! 堕とすべき神を! 打倒すべき英雄(ヒーロー)を! 確信したね! 私がこの世に生を受けたのは──否、そもそも依良籠という家が興ったのは、すべて、すべてすべてすべてすべて!! フツハ!! 神寂祓葉!! 彼女と私が対峙するためだったということを!!!」

がりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがり!!
野幹の耳まで届くほどの音量で、父は自身のコメカミを掻き毟った。その動き自体は野幹が物心ついた頃から見覚えのある父の癖だが、指先に込められている力は明らかに過剰だ。皮は剥がれ、肉が削ぎ落ち、真っ白な頭蓋骨が露出している。滴った血が床のタイルを点々と朱に染める。爪はとうに捲れていた。神経がまろび出ているコメカミの穴に指を挿入すれば筆舌に尽くしがたい激痛が走るはずなのだが、依良籠家現当主は痛痒を感受する器官を喪失したかのような素振りで己の頭を一心不乱に掘り起こしていた。
どうして父がこんな風になってしまったのか野幹には分からない。
父を怒らせるようなことをした覚えはないし、そもそも父は躾の一環であっても監禁まがいの折檻をするような人間ではなかった。
なのに──なぜか。
一週間前を境に、依良籠家当主は正気を失ってしまったのである。
これもすべて父が言うところの【神寂祓葉】とやらが関係しているのだろうか?

「《一度目》の戦争で私は負けた! フツハ!! 知名度で言えば人類史全体を見渡しても比肩するものがなく、ヒンドゥー教最高神のエッセンスさえ霊基に取り込んでいたハイサーヴァントを引き当てたというのに!──何故負けたと思う?」

問い掛けの形で発せられた言葉だったが、野幹の答えを待つことなく父は続きの言葉を吐いた。盛大な独り言だ。

「フツハ!! 神寂祓葉が人間離れした主人公(ばけもの)だったからだよ! ──そんな彼女とこれから《二度目》の戦いをするんだ。ならば、こちらだって人間性を放棄しなければならないとは思わないかい?」

「人間性の放棄って……、そんなことの為にこれまで続けてきた研究を放り投げて、僕をこんな所に閉じ込めて──母さんを」

野幹は恐怖で引き攣る喉から声を絞り出した。

「……母さんを、殺したの?」

瞬間、脳裏に当時の記憶がフラッシュバックする。
一週間前のことだった。
その日の朝、父はいつも通りの時間にいつも通りの恰好で、いつも通りに自室から姿を現した。
だが、その身に纏う雰囲気はいつも通りではなくなっていた。
まるで──【たった一晩の間に野幹が知らない世界で壮絶な時間を過ごしてきた】かのようだった。
そんな父の変わり様を見て心配に思った母が声をかけた次の瞬間、父は母の首に手を回した。洒落や冗談ではない。明確な殺意が籠った手付きだった。一連の出来事を傍で見ていた野幹は慌てて止めに入ったが、大人と子供、熟練の魔術師と新米では力量の差は歴然であり、逆に制圧されてしまう。
その後、彼は収容室に監禁され──今に至るというわけだ。

「『母さんを殺した』だって? ……おいおい、そんな言い方は無いだろ。それじゃあまるで私が信念もなくただ享楽的に妻を殺した快楽殺人鬼みたいじゃあないか」

父は呆れるような口ぶりで言って、コメカミを掻いた。床の汚れが更に増えた。

「《二度目(こんかい)》は《一度目》以上の英霊を召還したいと考えていてね。とびっきりの触媒を用意するために、窯にくべる人間が必要だったんだよ」

「触媒……? 窯……?」

「おっと」ばつの悪そうな表情をする父。「魔術師としては新米なお前には少しわかりづらかったかな? とにかく、母さんはただ無意味に死んだんじゃあないってことさ。依良籠家の悲願を達成するための尊い犠牲になってくれたんだよ。分かったか?」

分からない分からない分からない分からない。
父の台詞の端々に登場する語句も、父の目的も、父が狂ってしまった原因も──何もかもが理解不能。
ただひとつ明らかなことがあるとすれば。
依等籠家はもう、どうしようもなく崩壊してしまったということだけだ。

「だから野幹、お前も喜んで手伝ってくれるよな? 私と神寂祓葉の聖戦に、その身を捧げてくれるよな?」

まるで休日に近所の公園でのキャッチボールに誘うかのように朗らかな声と面持ちで、父は言った。
野幹はもう限界だった。
こんな恐怖を感じるくらいなら、いっそ自分も父と同じように狂って自我を失いたいとさえ思った。
全身の細胞が怯懦に震え、泣き叫びそうになる──その時である。

「ご歓談中のところ失礼」

第三者の声。
依等籠の人間以外がいるはずのない部屋に突如として響き渡った異音に、野幹と父は飛び起き、声の発生源を確認し──檻の隅に佇む、ひとりの男に気付く。
彼を目にしたとき、ふたりは「この部屋の先客か?」と全く同じ感想を抱いた。
なぜなら男の恰好が、あまりにもこの空間に馴染んでいたからだ。
囚人服じみた白黒ストライプ模様のスーツ。体の至る所に拘束具が取り付けられており、両腕は後ろ手に固定されている。体中に絡みついている鎖の先端にはそのまま砲丸投げに使えそうなほどに重量を感じさせる金属球が付いている。両目には黒革のアイマスクがされており、視覚さえも不自由になっていた。
サイコサスペンス映画に出てくるシリアルキラーさながらの厳重な拘束だった。
ふたりの困惑を余所に、拘束具の男は言う。

「どちらがオレのマスターかな?」

「おお、サーヴァントか!」

叫ぶような声でそう言ったのは野幹の父だった。

「ははっ、まさかこのタイミングで現れるなんて……! しっかりと準備をしてから召喚に臨みたいと思っていた私としては不測の事態になるんだが……まあ、贅沢を言うわけにもいくまい。召喚されただけでもめっけものだ──クラスは?」

「【フォーリナー】だ」

「降臨者(フォーリナー)?」

野幹の父は首を傾げた。
なんだ、それは。
聖杯戦争に呼ばれる英霊七騎の中には、召喚の際に【狂化】が加わることで霊基を捻じ曲げられた例外的なクラス、狂戦士(バーサーカー)があるというが、名前すら聞いたことがないフォーリナーとやらは、それ以上の例外である。

「尋常ならざる《二度目》の聖杯戦争を開催するにあたり生じてしまった異分子(バグ)──のようなものなのか?」

「さあね。そこら辺の細かい理屈はオレに聞かれてもわからんよ。【そもそもオレがサーヴァントとして召喚されること自体が例外っていえば例外みたいなものなんだから】──ところで魔術師さんよ」

男は言った。

「頭使って考察をこねくり回している所に水を差すようで申し訳ないんだが……、どうやらアンタはオレのマスターではないようだぜ」

「……………は?」

野幹の父は最初、フォーリナーが言った意味を理解できず、ぽかんと口を開けた。
だが数秒掛けて言葉を咀嚼し、意味を解した途端──顔を歪めて吠え叫んだ。

「嘘だ!」

「嘘じゃないさ。召喚直後ならともかく、今ならはっきりと分かるぜ。アンタとオレに縁が無いって」

「そんなバカな話があるか! この地、この場で召喚されたお前が、私のサーヴァントではないだと!? だったら他に誰が──」

お前のマスターなんだ、と。
続きを紡ごうとした彼の口は、しかし中途で止まった。
気付いたからだ。
この場にいるもう一人の人物。
己の血を分けた息子。
依等籠野幹。
その右手に、赤い何かが浮かび上がっている。

「なんだ……それは」

鎖と錠、そして炎を連想させる左右非対称の紋様は、薄暗い檻の中で深紅に輝いていた。
野幹自身これまで自覚がなかったのだろう。父の視線が己の手に向いていることに気付き、追うように目を向けた結果ようやく把握した。
起きた変化は肉体だけではない。
野幹の脳に幾つもの情報が流れ込んできた。
聖杯、マスター、サーヴァント、エトセトラエトセトラ……。
突如として与えられた情報の数々に野幹は困惑したが、同時に、それらによってこれまでの父の奇行や今しがた室内で起きたいくつかの不可思議に説明がつけられることも理解した。

「『なんだそれは』と聞いているんだ野幹! ……いや、それが【令呪】なのは分かっている。サーヴァントへの絶対命令権であり、所有者が聖杯戦争の参加者(マスター)だと証明する紋様であることもな! 不可解なのは……、野幹! なぜ私ではなく、お前にそれが宿っているかということだ!!」

「そんなの……、僕にだってわからないよ」

「それこそ【尋常ならざる《二度目》の聖杯戦争を開催するにあたり生じてしまった異分子(バグ)】ってやつなんじゃないか?」

口を挟むフォーリナー。

「ふざけるな!」

それが父の逆鱗に触れた。

「こんなの認められるか! 私は《一度目(はじまり)》の戦いを経験した者たちのひとりなんだぞ!? 《二度目》の参加者の資格を十全に満たしているはずだ! なのに──なんで! 息子にその席を奪われなければならないんだ!」

父は野幹を睨みつけた。野幹は「ひっ……」と声を漏らし、小さく縮こまる。自分に向けられた父の視線に凄まじい敵意がこめられていたからだ。
父はそれから暫く喚き続け、興奮で頭を抉り、床を汚し続けたが、

「……ああ、そうだ」

と何かに気付いた。

「簡単なことじゃあないか。野幹から【令呪】を回収し、私に移植する。たったそれだけで問題は解決するんだ。そうするだけで……私はまた【彼女】と並び立てるんだ!」

父はその結論に思い至ると、善は急げと言わんばかりに懐から檻の鍵を取り出す。このまま檻が開かれれば令呪はあっさりと奪われるだろう。
それは野幹にとってどうでもいいことだ。聖杯戦争を知ったばかりの彼に、マスター権への執着があるはずもなかった。
そもそも、碌に魔術を習得できていない未熟な少年である彼に父を止める術はない──

「なあ、マスター」

──聖杯から遣わされた一騎の英霊以外には。

「……いや、まだ契約を結んでいないアンタをマスターと呼ぶのもおかしな話か? それはさておき──アンタ、このままでいいのか?」

「…………」

「今しがた呼ばれたばかりのオレに、アンタがこんな所に囚われるまでの経緯なんてちっとも分からんが……、あの父親に【令呪】を奪われたら最悪な未来しか待ってないってことだけは確実だぜ?」

「今の時点で十分最悪だよ」

「陰気だなあ。──何か目標はないのか?」

「目標?」

「【願い】と言い換えてもいい。アンタが前向きになるのに必要な動機だよ」

「────」

それは、ある。
このまま【令呪】を渡せば、父は更なる凶行に走るだろう。ますます人間からかけ離れた存在になってしまうだろう。それは止めたい。
それに──

(あんな夢を見たからじゃあないけれど……)

先ほど見た夢の中で名前も知らない奇術師が言っていたことを思い出す。
彼が心霊術で叶えようとしていた願い。それを聞く前に夢は中断されたが、野幹はその内容を察していた。
なぜなら心霊術──死者との交信に傾倒する人間が持つ願いなんて、おおよそひとつに集約されるのだし。
それに。
今の野幹もまた、同じような願いを抱えていたからだ。

「……母さんに、会いたい」

あの日の朝、狂った父によっていきなり命を奪われた母。
別れの言葉さえ送れなかった肉親。
死者と再び言葉を交わしたい。

「────────」

野幹の言葉を聞き、フォーリナーは沈黙した。
というより驚いていた。
アイマスクで覆われていなければ、点になった眼が露わになっていただろう。
暫しの静寂の後、フォーリナーは

「……ああ、なるほど」

と納得したかのように呟いた。

「オレのマスターなんだ。そりゃそうだよなあ。【かつてオレが追い求めた願い】と同じ文言を口にしたっておかしくない。いやあ、聖杯のマッチングスキルは凄いな──ひゅう」

軽快な音が響く。
それは──夢の舞台で奇術師が奏でていた口笛と同じ音色だった。

「いいだろう! 契約は成立した!」

そして彼は叫ぶ。高らかに。宣言するように。
檻の外の父にもはっきりと聞こえるほどの声量で。

「というより成立させた! たとえアンタが認めずとも! 聖杯が認めずとも! オレが認める! アンタがオレのマスターだってな! ──はっはっは! しっかし、オレもまだまだ三流だな! 【こんな霊基で呼ばれて】下がり気味だったテンションを観客に上げてもらうなんて! こりゃエンターティナー失格だ!」

「ま、待て! 待つんだ!」

鉄格子の向こうから父の声。

「本気かフォーリナー!? 《一度目》の戦争を経験し、魔術師としても息子より遥かに高みにある私ではなく、そいつをマスターにするのか!? どちらを選べばより確実に聖杯に近づけるかなんて一目瞭然だろうに!?」

「これでも物を見定める【目】は人一倍肥えているつもりだぜ」

「もしや囚われの身であるそいつに同情しているのか? お前のその身なりを見れば分かる。おおかた生前は奴隷か囚人だったのだろう?」

「ちげェよ。オレは奴隷(スレイブ)でも囚人(プリズナー)でもない──」

フォーリナーは言った。

「──王(キング)さ」

「デタラメを言うな! どこに四肢を拘束された王がいる!」

父はフォーリナーとの対話を諦めた。
話に時間を費やさず、さっさと野幹から令呪を簒奪することに決めたらしい。
錠に半ばまで差していた鍵に力を籠め、回そうとする──刹那。
フォーリナーのアイマスクに【灰色の炎】が灯り、そこを基点として収容室全体に光が溢れた。
強烈な閃光が父の網膜を貫き、視力を奪う
突然の視力喪失に彼は驚いたが、数秒経って視力が回復すると、更に驚くことになった。
明瞭となった視界。そこに映る檻の内部が無人になっていたからだ。野幹もフォーリナーも煙のように消えていた。
鍵はまだ完全に開けていなかったし、そもそも錠のすぐそばに立つ父に気取られることなく脱出するなんて不可能である。すぐさま鉄格子に目を向けたが、力任せに捻じ曲げたり、切断されたりした形跡は見られない。
完全なる密室から、ふたりの人間が消えたのだ。

「空間転移のような魔術を使ったのか?」

「魔術(magic)じゃない。奇術(magic)さ」

背後から声。
振り返ると、そこにはフォーリナーが立っていた。
拘束具によって後ろ手に固定されていたはずの両腕は【いつの間にか】解放されており、野幹を横向きに抱き上げている。一連の脱出劇は少年にとっても予想外の出来事だったらしく、目を見開いて驚愕していた。

「生前は「彼を捕らえられるものは地球上に存在しない」っつー賞賛を耳にタコが出来るくらい浴びたものでね。こんな檻程度はアンタが鍵を回すのを待つまでもなく簡単に脱出できるのさ」

それはつまり。
彼はあらゆる拘束からの脱出に精通しているということであり。
裏を返せば。
【あらゆるものの束縛手段を熟知しているということでもある】。

「──ッ!!」

野幹の父が気づいた時にはもう遅かった。
【いつの間にか】フォーリナーの体を離れていた鎖は蛇のような動きで床を這って魔術師の足元に到達し、その体を縛り上げていた。
体を捩じって抜け出そうとするがビクともしない。寧ろ動けば動くほど、拘束はより強固になっていった。やがて足首が鎖に巻き取られ、魔術師はその場に転倒する。床に横たわった後も拘束は続き、やがて不格好なボンレスハムみたいな格好になった。

「む、ううぅ! ぐっうぅぅうううううううううううう! 離せッ!!」

「おいおい、これまで散々息子を不自由な目に遭わせていたのに、そりゃないだろ」

「私には使命があるんだ! こんな所で時間を無駄にしてたまるか!」

魔術師は喚き続けたが、それを聞くフォーリナーはうっとおしそうに顔を顰めるだけである。

「それにしても……なあ、マスター」フォーリナーは抱きかかえている野幹に顔を向けた。「アンタの父親はその……随分と個性的な性格をしているが、前からこうなのか?」

「違う。前はこうじゃなかった。急におかしくなったんだ」

「ふうん──いつかのオレみたいに【妙なもの】でも見たのかね?」

そのうち解決すべき問題ではあるのだろうが、今はまず長期間の監禁生活で衰弱しているマスターの回復が最優先だ──そう結論付けたフォーリナーは収容室を後にしようとした。
その時だった。
室内の一点に魔力反応が現れたのは。
発生源は床に転がる野幹の父だった。
エネルギー量で言えば先ほどフォーリナーが灯した光よりも強い──しかも、時の経過に伴い、指数関数的に増幅している。
当然、人の器ではこのようなエネルギーの急上昇に耐えられるはずがない。
近いうちにその肉体が崩壊し、内蔵されているエネルギーが爆発の如き発散を起こすのは明白だった。

「父さん? 何をしているの!?」

「だって……、だってだってだってだって!! 仕方ないじゃあないかァ!」

今やコメカミ以外の箇所からも血を噴出させながら、狂った魔術師は叫ぶ。
彼は思い出していた。
《一度目》の聖杯戦争において己の元に呼ばれたサーヴァント・アーチャーのことを。
その功績によって人類史に多大なる負の爪痕を遺してしまったことから【星の開拓者】ならぬ【星の解体者】を自称していた彼との思い出は──無理やり《二度目》の聖杯戦争が開催されたことによる影響なのか──その殆どが靄に包まれているかのように曖昧模糊としているが、数少ない明瞭な記憶の中で、とりわけ印象深く覚えているものがある。
それは生命力を魔力に変換する工程における、彼の新説だった。
生前は魔術師ではなく物理学者だったというアーチャーは、しかしその経歴が嘘ではないかと思いそうになるほどに深い魔術的知見を披露し、野幹の父を驚かせた。
そんな彼曰く、魔術回路に細工を加え、特定の運用を施すことにより、魔力の変換効率を従来以上に高め、器の自壊と共に暴発させられるのだという──まるで爆弾のように。
言うならば生身の人間で行う【壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)】。
破壊力の観点で言えば、魅力的に過ぎる考案だ。
とはいえ事前に細工の手間がかかるので初見の相手に施すことは不可能に近く、自身あるいは身内に対してしか使えないこと、一度その運用をすれば魔術回路どころか肉体が使い物にならなくなること、そして【当時の野幹の父の精神がまだ人間だった】ことにより、そのような運用は《一度目》の聖杯戦争において日の目を見ることが無かった──だが。
今は違う。
現在、野幹の父は自らの肉体で以て、アーチャーの理論を体現していた。

「【元々はお前の体で実践するつもりだったが】仕方ないよなあ野幹!! マスターの資格はお前に渡り、このまま縛られては神寂祓葉の前に立ちふさがることさえできない!! フツハッ!! だったらやるしかないだろう? ──【今この場で聖杯戦争の会場に最大限の影響を与えられる行為】を!! はははっ……、それにひょっとしたら、これから起こる爆発に彼女が巻き込まれる可能性もゼロではないんだよな! そう思うと俄然やる気がわいてくるってものさア!!」

言葉を重ねるごとに増幅するエネルギー。
爆発の時は間近に迫っていた。
規模はどの程度になるのだろうか。
収容室ひとつ分? 依等籠家の屋敷が吹き飛ぶ程度? ──否。
神寂祓葉を倒すためだけに人間性も、家族も、信念も、自分の命さえも擲つ男が放つ最期の一撃だ。
依等籠家の敷地を飛び越えて、近隣区画にまで被害を齎すと見て間違いあるまい。

「……フォーリナー、ごめん」野幹は言う。

「どうしたマスター。しょっぱなからこんなクライマックスじみた場面に巻き込んだことを詫びているのか?」

「それもあるけど──さっき「今の時点で十分最悪」って言ったでしょ? あれは取り消すよ」

野幹にとっては。
監禁されていた日々よりも。
父に利用されていたかもしれない未来よりも。
家族が狂気のまま暴走し、多くの人を傷つけることになる未来の方が。
ずっと───ずっとずっと、最悪だ。

「それに、もうひとつ謝っておくよ──本当なら僕がやらなきゃいけないことなのに、僕が弱いせいで、これからあなたに任せることになるから」

そして野幹は言った。
あるいは下した。
己の従者(サーヴァント)に。
初めての命令を。

「父さんを止めて、フォーリナー」

「任せろ」

了承の言葉と時を同じくして、フォーリナーの目元に灰色の炎が灯った。
炎、と言ってもそれに熱は込められていない。
その真逆。
触れるものから熱を奪う、冷気の炎だ。
まるでこの世ならざるどこかから【脱出】してきたかのような──理外の現象である。

「炎、氷、極致からの光。解放の担い手は今も封の中──」

紡がれる詠唱(ランゲージ)。
一言、また一言と積み重ねるうちに炎の光量は増し、空間の温度は急激に下がっていく。

「外なる神との混合神技をとくと御覧じろ!! 【脱出王(デス・ディファイング・アクツ)】!!」

刹那。
光と光が衝突した。
ひとりの魔術師が命を賭して生み出した莫大な熱と、外なる何処かから現れた冷気の炎。
相反する二者が正面からぶつかり、食い合い、相殺する。
勝利したのは──フォーリナーだった。
力の差は圧倒的。
収容室の気温は氷点下をとっくに突き抜けており、壁や床の至る所に氷の膜が張られている。
まるでこの部屋だけが地球ならざる氷の異星の飛び地になったかのような光景である。
床の一点には氷のオブジェ。体の隅々まで爆弾と化していたが故に、魔術回路の一条に至るまで強制的に停止された男の死体。
とある少女を切欠に狂気に落ちた魔術師の成れの果てが、そこにあった。


「すまない」

二日間かけて諸々の処理が片付いた頃、不意にフォーリナーは言った。
顔を上げる野幹。
その表情には依然として、ここ数日の疲労が色濃く残っている。

「アンタの父親のことだよ」

「でも、あの時父さんを止めるにはああするしかなかったでしょ?」

「殺したのは事実だ」

「……父さんは、とっくに死んでいたんだと思う」

少年は呟く。
いつも通り弱気な声だが、その語気にはどこか、有無を言わせぬ思いも込められているように聞こえた。

「きっと《一度目》とやらの時にね。それで壊れて、なのに動き続けて、無理をした結果ああなった──本当は僕が終わらせてあげるべきだったんだ」

野幹はそんな風に父の死を受け止めた。
ともあれ、これで彼の聖杯戦争が終わるわけではない。
寧ろ──ここからが始まりだ。

「あの時あなたに言った通り、僕はまた母さんに会いたい。元に戻った父さんと再会したい。あの頃の家族を取り戻したい。……でも、それは誰かを傷つけてまで叶えるべき願いじゃあない」

「ふうん、良いんじゃねえの。そういう選択も──思えばオレも生前は身の丈を超えた願いを求めた末に色々と周りに迷惑をかけたものだしなあ」

しかし。
ならば。
依良籠野幹に聖杯に託す願いがないのなら。
彼はいかなるスタンスで、この戦いに挑むのか?

「カムサビフツハ」

息子は言った。
父が幾度となく呟いていた名前を。
依良籠家を壊した厄災の名を。

「彼女に会う」

「父親の仇だからか?」

「どうなんだろう? ただ……、依良籠の人間として、生き残った一人息子として、やらなければならないことだと思ったんだ。父の言葉を借りるなら『使命』になるのかな」

仮に対峙が叶ったとして、それからどうするのか。
復讐心のまま襲い掛かる?
怨念のまま非難の言葉を浴びせる?
それとも何もできずにただ泣きじゃくる?
相手は《一度目》の父が敗れた相手である。
魔術師として新米も新米な野幹では太刀打ちできるとは思えない。
だけど──それでも。

「僕を彼女(しゅくてき)の所まで連れて行ってくれませんか、フォーリナー」

「観客が望むものを見せるのが生業のオレにそれを言われちゃなあ……、断れるわけねえよ」

【いつの間にか】フリーになっていた利き手で、フォーリナーは野幹が差し出した手を取った。

「改めて自己紹介をしよう──我が名はフーディーニ。ハリー・フーディーニ!」

フォーリナーは名乗った。
米国どころか世界中を見渡しても並ぶ者がいないほどに有名な奇術師の名を。

「脱出王にしてサイキックハンターにして──そして【不可能を可能にする男】だ! これから聖杯戦争という迷宮において、いくつもの困難が立ちふさがり、お前の心身を捕らえようとするだろう! だが安心しろ! オレがその全てを取り除き、脱出口(ゴール)まで導いてやる!」


【クラス】
フォーリナー

【真名】
ハリー・フーディーニ@近代アメリカ、ほか

【属性】
秩序・善・人

【ステータス】
筋力C 耐久C 敏捷B++ 魔力A 幸運D 宝具A+

【クラススキル】
領域外の生命:EX
外なる宇宙、虚空からの降臨者。
邪神に魅入られ、権能の先触れを身に宿して揮うもの。
彼の場合は、生ける炎が産み落とした子。

神性:D
フォーリナーのクラススキル。神性適性を持つかどうか。
極地に囚われし高次生命と関わり、強い『神性』を帯びた。

【保有スキル】
奇術:A+
魔術とは似て非なる張りぼての神秘。
だが子供騙しと侮ること勿れ。フォーリナーは合衆国どころか世界で最も有名な奇術師であり、彼が披露するのは観客を興味で釘付けにし、並の魔術師の目さえ眩ませる領域の、超常の絶技と呼ぶべき大奇術である。
とりわけ得意である脱出・入れ替え(メタモルフォーゼ)の奇術をおこなう際は成功判定にプラス値分のボーナスが発生する。

サイキックハンター:EX
嘘を殺す嘘つき。
霊能力を騙る者たちのペテンを数多く暴いてきた功績から付けられた異名。
奇術師としての知識や生来の観察眼に加え、英霊化に際し大衆のイメージによってサイキックハンターの概念が増強された結果、彼のイカサマ破りの眼は最早【対偽】の異能と呼ぶべき領域まで昇華されており、それが嘘偽りであるのなら神が仕掛けたペテンだって暴いてみせる。
偽装工作や詐術、幻覚などへの高い看破能力として機能する。

極地からの光:B
囚われの同胞を解放するという使命を負って産み落とされたものの、己も封印されてしまった邪神が極地から漏らす冷気。その一端。
スキル効果としては【魔力放出】に近く、灰色の炎の形で放出される。
炎と言っても、それは触れたものを凍らせる冷気の炎であり、フォーリナーはこれを敵に直接浴びせたり、あるいは武装に纏わせたり、時にはジェットエンジンじみた推進力にしたりする。

【宝具】
『脱出王』
ランク:A+ 種別:対人・対軍・対界宝具 レンジ:1エリア程度 最大捕捉:1000

デス・ディファイング・アクツ。
フォーリナーが数多持つ二つ名のひとつと銘を同じくするこの宝具は、彼が得意とする【脱出】の技巧が昇華されたもの。
物理的な拘束はもちろん、サーヴァントのスキル・宝具に由来する束縛や外界から隔離された結界であっても、この宝具以下のランクであれば0~数ターンで脱出してみせる。令呪による命令すら一画消費程度では彼をひとところに縛れない。
英霊化によって彼の【脱出】は時間や空間という概念にまで及ぶようになっており、その結果時間停止じみた超高速移動を可能とする。

…………と。
上記の能力だけでも十分に強力なのだが、この宝具の真骨頂は別にある。
それは極地に封印されている邪神を、この宝具で以て限定的に【脱出】させた場合だ。
真名解放と共に開放された膨大な炎はレンジ内一帯を蹂躙。全てを灰色に染め上げる。
周囲の環境が瞬く間に氷河期へと塗り替わる光景は凄絶であり、その特性は最早【侵食固有結界】に等しい。
本来なら身体を自由にする【脱出】を行使した結果、あらゆる物が停止する極寒の世界が出来上がるとは、なんとも皮肉な話である。

【weapon】
  • 拘束具
黒光りする鎖と錠と重りで構成された拘束具。
普段はフォーリナーの五体をがっちりとホールドしているのだが、戦闘時には【いつの間にか】外れており、鎖の先端についた重りを振り子のように振り回しての中距離攻撃を可能とする。魔力を消費する事で鎖を伸ばして巻き付けたり、下記の灰色の炎をエンチャントしたりすることも可能。

  • 灰色の炎
スキル【極地からの光】参照

【設定・備考】
脱出王。サイキックハンター。不可能を可能にする男──数多の名を持つ、アメリカで最も有名な奇術師。

母の死をきっかけに心霊術(スピリチュアル)による霊界との交信に傾倒する。
ところが当時の米国で流行していた心霊術は、その殆どが紛い物。詐欺の嘘っぱち。どれだけ良い言い方をしても死者に取り残された者たちが自分を慰める為の信仰に過ぎない。
フーディーニが世間一般の大衆と同じく愚鈍な凡人であれば、それらに騙されるも『死者の声を聞けた』という安心を得られていただろう。
だが彼は見抜いてしまったのだ──奇術師としての知識と類稀なる観察眼によって。
世に蔓延る心霊術の数々が、種も仕掛けもあるペテンなことを。
爾後、フーディーニは霊能力を騙る者たちのトリックを暴くことに心血を注いでいき、サイキックハンターと呼ばれるまでになる。
偽者を駆逐していけば、いつか本物の霊能力者と出会え、その時にこそ愛しの母と交信できると信じていたからだ。
実のところ、この世界に彼が求める『本物』は実在する。
【時計塔】を筆頭とする魔術師だ。
だが神秘の秘匿を絶対の規則とする彼らがフーディーニの立つ表舞台に姿を現すはずもなく、彼は偽者のイカサマを見破るだけの不毛な日々を送り続けることになる。

そんなある日。
彼は『本物の神秘』と出会う。
会って。
合って。
遭ってしまう。
それはまさしくこの世ならざる【外なる領域】との交信であり──降神でもあった。

一体の邪神がいた。
それは封印されし同胞達を解放するという役目を負ってこの世に生み落とされていたものの、その企みを歓迎しない者たちによって北極に封印されていた。
その邪神は封印からの脱出──即ち現世への降臨を望んでおり、封印を解く鍵として白羽の矢が立ったのが当時のアメリカどころか人理全体を見渡しても【脱出】において右に出る者がいないフーディーニであった。
深淵を覗かんとしていた彼は、深淵から覗かれていたのである。
こうして邪神と奇術師の接点(コンタクト)は作られた。
もしもそのまま事が進んでいたら彼は狂気に呑まれ、邪神の【脱出】を幇助し、ゆくゆくは現世に数多の邪神が降り立っていただろう。
だが歴史が示す通り、そのような惨劇(コズミックホラー)は起きていない。
未然に防がれたのだ。
それはフーディーニが持ち前の屈強な意志で邪神の誘惑に打ち勝ったからというのもあるが──当時、彼と浅からぬ親交があった【とある怪奇小説家】の助力も要因のひとつだったという。

とはいえ一度結ばれた縁が消えるはずもなく、英霊の座へと押し上げられたフーディーニはサーヴァント・フォーリナーの霊基を獲得している。
というより、フォーリナーの適性しかない。
仮に彼が基本クラス七騎のいずれかで召喚された場合、サイキックハンターとして数多の神秘を否定してきたという逸話と、神秘そのものであるサーヴァントとして召喚されたという事実によって自己矛盾を起こし、霊核に致命的な崩壊が生じるからだ。
だから彼は邪神の神秘が混ざって『フーディーニ』としての純度が下がった霊基──あるいはもうひとつあるという別バージョンのフォーリナーの霊基でしか、まともに現界できない。
別バージョンのフォーリナーで召喚される際はアラビアンな旅行者の装いになり、揮う邪神の権能も変わるんだとか。おそらく俗に言う水着霊基に近い。

【外見・性格】
鍛え上げられた体躯。囚人服めいた縞柄のスーツ。金属製の鎖と錠と重りで全身を拘束している。黒革のアイマスクを着けていて、右目があるであろう位置には常に灰色の炎が灯っている。
自信に満ちた表情と口調はまるで舞台に立つエンターティナーのようであり、人によってはその言動から胡散臭さを感じそうになる。しかし彼の心の奥底には目標に向かって邁進する熱意と厳格さがあり、肉体と同じく精神も強靭である。

【身長・体重】
188cm/92kg

【聖杯にかける願い】
母との交信を求めていた生前ならいざ知らず、英霊になった今は無い。
観客(マスター)の期待に応えて、見たいものを見せるのが己の為すべきことだと考えている。
この霊基でいると、【極地からの光】が頭の片隅で「出して出して普段やってるみたいにちょびっとした脱出じゃなくてもっと完全に出して早く早く早く君ならやれる」と煩いので嫌になるのだが、間違っても邪神の完全解放を聖杯に託さないよう気をつけている。「んなことなったら生前の苦労がパァになるし、【あの猫好きの作家】にも申し訳ないからな」とは本人の談。

【マスターへの態度】
観客(マスター)。
生前自分があれだけ探し求めていた本物のオカルティストがどこにでもいそうな子供だったことにやや驚いている。
召喚直後に少年が口にした言葉に強いシンパシーを感じており、何かと肩入れしがち。


【マスター】
依良籠野幹/Irakago Nomiki

【性別】
男性

【年齢】
17

【属性】
中立・善

【外見・性格】
色素が抜けてやや赤みがかった短髪。ひょろりとした体格(マッシブなフォーリナーと並ぶとその貧相さがより際立つ)。目元に濃い隈と真っ赤な泣き跡があり、しばらく取れない。
優しくて気が弱く、涙脆い性格をしているが、その一方で「これ」と決めたら曲げない芯の強さも併せ持つ。

【身長・体重】
170cm/56kg

【魔術回路・特性】
質:E 量:B
特性:生命

【魔術・異能】
依良籠家は長い時間をかけてあらゆる生命とその魂を解析した末に【魂そのものの生命体化】──すなわち第三魔法を実現し、根源到達への足掛かりにしようとしていた。しかし連綿とした歴史の中で徐々に勢力が衰え、野幹の父の代には廃業を視野に入れるまでになっていた。
数代前の依良籠の人間なら錬金術を応用した合成獣(キメラ)の作成や死骸を用いての死霊魔術(ネクロマンシー)、蝶魔術、致命傷レベルの治癒魔術などが可能だったかもしれないが、先細りの末裔にあたる野幹にそのような術技が可能なはずもなく、精々

  • 動物との意思疎通
  • 動物の操作

程度になっている。
一応、人間も【動物】の範疇なので念話や暗示の対象にならなくもないのだが、精神構造が単純な小動物相手の場合と比べると成功率は低い。

【備考・設定】
凋落していった魔術師の家系・依良籠。その一人息子。
父親は家の現状を憂いてはいたものの諦念も抱いており、野幹に自分と同じ道を歩むことを強制してはいなかった。野幹にとっての父は「魔術師を名乗って怪しげな研究に没頭しているけど、優しい父さん」だった。
しかし父は心のどこかで己が辿る【運命】を受け入れられなかったようであり──その想いが彼を【聖杯戦争】の舞台へと導き。
そして。
〈はじまりの六人〉のひとりにしてしまう。

【1回目】の記憶を持つ父は、野幹が知るものとはまるで違っていた。
魔術師としての使命は頭から消え失せ、家族など顧みず、頭にあるのは【神寂祓葉】の四文字だけ。
「人間離れした怪物である彼女と並び立つには自分も人間を辞めなければならない」という結論に至った父は狂気のままに人間性を放棄。愛や道徳や葛藤といった人として当たり前の感情──それは本来なら魔術師を志す際に捨てておくべきものだったのかもしれない──を擲つと『強力なサーヴァントの召喚に必要な触媒を作る為』という理由で妻を窯に焚べる。その際に野幹は強く反対したのだが、魔術師として己の一枚も二枚も上手を行く父を止められるはずもなく、逆に無力化されてしまう。その後、彼は依良籠家の工房にある実験動物用の檻に入れられ、『有効活用』の時を待つだけの身となっていた。

【聖杯にかける願い】
父さんが狂う前の平穏な日常を取り戻したい──が、誰かを踏み台にしてまで願いを叶えるのは間違っている。
今の野幹はただ、父を狂わせ、家庭が崩壊する原因になった【神寂祓葉】との対峙が自分の役目だと考えている。
その対峙が叶った時、彼はどうするのか?
怒りのままに糾弾するのか、憎悪のままに襲いかかるのか、何もできずに怯え泣くのか、それとも──

【サーヴァントへの態度】
自分を檻から救い、とっくに壊れていた父さんに引導を渡してくれた王。
感謝の念が尽きない。

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最終更新:2024年07月01日 03:11