路地裏に、血の花が咲いていた。
 壁に凭れてぐったりと項垂れている男の顔は、今や丸めたティッシュペーパーのようになっている。
 胸が上下していることから生きてはいるようだが、しかしまず間違いなく無事とは呼べないだろう。
 そんな男の姿を見下ろしながら、金髪の男がつまらなそうに唾を吐き捨てた。
 これほどの侮辱を受けても身じろぎひとつする様子がなく、歯の抜けた口をひくつかせるのみな辺り、やはり人事は不省であると見ていい。
 ゆらり、と身を揺らして。少し離れた位置で惨劇を見つめる、高校生ほどに見える少年の方に目を向ける。

「またちょっかい掛けられたら連絡しろ」
「は……はい! あの、ありがとうございました、周凰さん!!」

 血の滴り落ちる拳。
 武器のひとつも用いずに、周凰と呼ばれた青年が殴り壊した男は某暴力団組織に籍を置くチンピラだった。
 ヤクザがカタギに手を出すのはご法度、なんて話はもはや銀幕の中だけのお約束に成り果てて久しいが。
 その一方で、逆は変わらず法度のままだ。カタギがヤクザを打ち負かせば、面子を潰された側は鼻息を荒げて報復に来る。

 だから、どんな不良もヤクザには手を出さない。
 その場では勝てても、後で必ず厄介なことになるからだ。
 腕自慢の不良など、所詮本職の残忍さと狡猾さの前では役に立たない。
 少しでも裏社会の道理を知る者なら、それこそ高校生のガキでも知っている話である。
 だからこそ、周凰がそれを知らないはずはなかった。
 資金と勢力、そして人望を有する半グレの大物。
 そんな彼が、考えなしに面倒を起こすなど"らしくない"にも程がある。

「あ、あの……。泣きついた身で言うのも何なんですけど、周凰さんは大丈夫なんですか」
「何がだ?」
「いや、その……。そいつ、ヤクザ者ですし……。いくら周凰さんでも、本職に手出したらマズいんじゃないのかなって」
「部屋住みのチンケなヤクザにイモ引いてちゃ務まるもんも務まらねえだろ。カエシに来んならその時はその時だ」

 路上に屯して、非行という名の逃避を繰り返している不良少年たち。
 彼らにあえて薬を流し、売人の片棒を担がせた上で"ウチのシノギで大変なことしてくれたな"と詰める。
 そうして多額の金銭を要求し、女は風俗に沈める。何ともあくどいが、特に珍しくもない手口だった。
 それでにっちもさっちもいかなくなった少年のひとりが、その界隈でも名の知れ渡っていた"先輩"に泣きついた。

 その"先輩"こそが、周凰であった。
 オールバックの金髪に黒のメッシュを入れ、両腕に双頭の龍――内の片方は首がない――を彫り込んだ男。
 屈強ではあるが無骨ではない。見た目、佇まい、立ち振る舞い、すべてに華がある。
 面倒見がよく、羽振りもよくて喧嘩も強い。"こうなりたい"と思わせる魅力が、周凰という男にはあった。
 そしておまけに、これだ。自分が絞り出した心配も、力強い一言で切り捨ててくれる。

「ただまあ、お前らは不安ならしばらく溜まり場変えとけ」

 また今度メシ行くぞ。
 そう言って、ジャケットを翻し。
 自分が恐喝で搾り取られた金額よりも高いだろうスニーカーで、血溜まりを踏みしめて去っていくその背中。
 格好いい、と素直に少年はそう思った。
 いつかこの人みたいになりたい、心からそう思った。

 周凰狩魔。
 半グレグループ〈デュラハン〉のリーダーにして、不良たちのカリスマ。
 強さ、金、人望、そして人脈――そのすべてを併せ持った都会のギャングスターである。



◇◇



『お前、まだ不良なんてやってんのか?』

『悪いこと言わねえからさ、もういい加減足洗った方がいいぞ。どうせいずれ捕まるか、ヤクザの食い物にされるかのどっちかだ』

『お前も知ってんだろ。今は半グレでも準暴力団だとか何だとか、そういう区分で規制される時代だ。
 もう不良じゃ食っていけねえよ。フツーに就職して、飲み会で上司の愚痴聞いて、そんでいつかフツーに家庭持つ。それが一番だ』

『ああいうのはさ、ガキの遊びでやるのが一番ちょうどいいのよ。大人になるとどうしてもよ、素直に楽しんじゃいられなくなんだろ?』

『俺らの族ももう解散しちまったんだ。そろそろ夢から覚めてもいいんじゃねえのか、なあ――周凰』



◇◇



 眠らない街、東京。
 そこにはいくつもの暴力団組織がひしめき合ってしのぎを削っている。
 暴排法が整備された今、ひと昔前の映画のようにド派手な銃撃戦などはまず見られないし。
 ヤクザに幻想を抱けなくなる程度には慎ましくせせこましい、そんな暮らしを余儀なくされているのが実情だったが――とはいえ、ヤクザはヤクザだ。
 反社会組織の代表格であり、ジャパニーズマフィアとも呼ばれる彼らへ不用意に喧嘩を売れば、良くて人生が破滅。
 最悪の場合なら人知れず山奥なり海なりに消えることは間違いない。ヤクザがメンツを大事にする生き物だということは、今も昔も不変だ。

 ではなぜ、報復というものが起こるのか。
 そう問われたなら、周凰狩魔はこのように答える。
 "そいつのやり方が中途半端だったから"、だと。

 やるのならば、何事も徹底的でなくてはいけない。
 報復なんて考えられないくらい徹底的に、芽を摘むだけでなく根まで引き抜いて千切ってしまうのがいい。
 アリの巣に殺虫剤を突っ込んでも生き残りは一匹二匹生まれるかもしれないが、溶かしたアルミを流し込めば根絶やしにできる。
 周凰は、それを実践できる男だった。だから彼はこの魑魅魍魎が跋扈する東京で、若年ながらに裏社会の大物(スター)など張れているのだ。

「かねてから思っていましたが、狩魔。あなたは僕のことを体のいい殺戮兵器だと思っていませんか」
「違うのか?」
「ううん清々しいまでの不敬不遜。僕にそのような口を利く輩、ましてや無神論者の罰当たり者など久しく見ていませんよ」
「キリストも流石に、お前みたいな人殺しには罰を当てるか悩んでると思うよ」

 昼間、後輩に頼まれて殴り倒したチンピラの所属する暴力団組織。
 その事務所の中で、我が物顔で冷蔵庫を漁りながら周凰はひとりの青年と会話をしていた。
 金髪碧眼の白人だ。線の細い美男子、という概念を突き詰めたような、まさに絶世の美男である。
 だが彼の右手には、どういうわけか自ら淡く発光している……、光そのものにすら見える、奇怪な十字架が握られている。
 いや、違う。これは剣だ。十字架に刃を搭載し、不遜なる異教徒と魔性、神の敵を地平線の果てまで打ち払う罰の剣。
 鏖殺の十字架(ホーリークロス)。そういうものを握った青年の身体は、今しがた斬り殺したヤクザたちの返り血でひどく汚れていた。

「君だから赦している。少しはその寛大に報いてほしいものです」

 ゴドフロワ・ド・ブイヨン
 それが、青年の真名である。

 そしてこの名を知り及ぶ者がいたのなら、即座にこの状況に戦慄するだろう。
 第一回十字軍における指揮官のひとりにして、恐るべき勇敢さを宿した狂おしく敬虔な男。
 無数の勝利を積み重ね。無数の犠牲を、ひとつとして慮らず。
 あまねく異教徒の屍の先にて、聖地へ至る。
 それでもなお王の座を固辞し、神への信仰を一切揺るがさなかった生粋の〈神の使徒〉。それが彼だ。
 そのゴドフロワが、無神論者を公言する黄色人種の男にあろうことか信奉する神の名を出され揶揄されている。
 即座の粛清に走られても何ら不思議ではない状況だ。にも関わらずゴドフロワは、周凰という男に小さく嘆息するだけだった。

「一本、いただいても?」
「カトリックって煙草吸えんの?」
「曖昧ですね。ただ、過度でなければ特段咎められてはいません」
「適当だな。意外と緩いのか」
「神の御心は広いのです。……ああ、どうも」

 ソファに腰を下ろし、周凰の隣で指をぱちん、と鳴らす。
 それで火が点き、バニラの匂いがほのかに宿った紫煙が立ち昇った。

「銘柄は」
「キャスター。タールは5ミリ」
「まあ聞いたところで知らないのですが。ずいぶんと軽いのですね」
「重たいのはどうしても臭くてな。煙草は好きでも、煙草の匂いは嫌いなんだよ」

 そう言って、周凰が吸殻を懐から取り出した携帯灰皿に落とした。
 殺人現場を通り越して虐殺現場とでも呼ぶべき室内で、一服するふたりの偉丈夫。
 異常な状況だった。狂おしいほどに、此処には倫理というものがない。

「魂喰いとやらはできたのかよ」
「恙なく。あまり上等ではありませんでしたが」
「ヤクザ者なんてそんなもんだ。時代遅れの骨董品なんざ、埃臭いだけで何の旨みもねえだろうな」
「しかしあなたも奇特な方だ。人形相手に人助けをして、その尻拭いにわざわざ目立つ真似をするとは」

 ゴドフロワ・ド・ブイヨンは、大義の奴隷である。
 彼は目的を果たすためならば、あらゆる過程を厭わない。
 虐殺でさえ是とする彼が、魂を喰らう悪魔のごとき行いに顔を顰める筈もなかった。
 ましてや相手は極東の無神論者。八百万などというふざけた詭弁で、都合のいい時だけ神の威を借りる貧者どもだ。
 殺すことにも喰らうことにも、何ひとつとして躊躇はなく。
 結果、鏖殺という周凰のオーダーは恙なく完遂された。

 とはいえ、ヤクザの事務所に突撃して皆殺しという選択がクレバーでなかったのは確かだろう。
 どうせやるならそれこそ、町中に昼夜問わずうごめいている、いなくなっても誰も気にしないような連中を狙えばいい。 
 ゴドフロワの指摘はもっともだった。周凰もそれは分かっているのか、無言のまま煙草を喫んでいる。

「後進は育てなくちゃならねえだろ。お前らの宗教じゃ新しい入信者は迫害すんのか?」
「そう殊勝なことを言うタマには見えませんけどね、あなたは」
「そうだな。まあ、否定はしねえよ」

 実際、周凰には恐怖以外の感情で従属する人間が多くいる。
 カリスマアウトローと言えばチープだが、華々しく面倒見のいい強者は何かと世知辛い現代の裏社会ではひどく目を引く存在だった。
 その気になれば人の命など、こうして塵芥のように弑逆できてしまうというのに。
 それでも彼の周りにやってくる者たちは、周凰をこれからの裏社会を背負う者とばかりに持て囃し、損得勘定抜きに彼へ傅くのだ。

「ただ、不良って生き物を廃れさせたくないって気持ちは本当だ。
 誰かが育てなくちゃ、優しくしてやらなきゃ俺たちの世界は必ず滅びる。
 絶滅はしてなくても、危惧種にはなっちまった。俺はその日が訪れないように、せっせと種蒔きに興じてるってワケだ」
「種蒔きとは笑わせる。ゴミ袋に蛆を涌かせているだけでは?」
「それでいいんだよ。俺はこの東京には、ゴミ溜めのソドムであってほしいんだ」
「罪深い思想だ。やはりあなたは悪魔に似ています」
「お前に言われたかねえよ、人殺し」

 不良とは、すなわちはぐれ者だ。
 社会に迎合できなかった。
 居場所がなく、そうなるしかできなかった。
 もしくは、あったはずの幸せの平均台から自ら降りてしまった。
 周凰もかつては、そういう者であった。
 だからこそ、彼らの気持ちが分かるし。
 彼らという存在に、想いを馳せてしまう。
 それは女々しさにも似た感情で――屈強たる不良界の華には相応しくない、弱さであった。

「十三の頃に父親をブチ殺した」
「それはそれは。穏やかではありませんね」
「クソみたいな奴だったからな。母ちゃんをぶん殴るし、ガキにも平気で手ぇあげる野郎だった。
 俺はアイツに玉を片方潰されたし、妹は顔に消えない傷を負ったよ。       ブル
 毎月上納金集めるためにあちこち駆け巡って金借りて、子分からも舐められていつも寒がってるチンケなヤクザだ」

 周鳳狩魔は十代で少年院に入所している。
 父親殺し。中学生が肉親とはいえヤクザ者を惨殺した事件は、一躍話題を掻っ攫った。
 被虐待児という同情すべき事情がありながら、彼に重い刑が言い渡された理由はひとえに殺しの残忍さ。
 刺し傷の数、百二十。打撲痕、百五十。指はすべて切断され、歯はすべて折られ、眼球は無数の爪楊枝で貫かれていた。
 性器を切り取られ、その苦痛に堪えきれずショック死した後も容疑者の少年は死体の損壊を続けた――それは彼の父への憎悪の深さと、秘めたる残酷さの程を物語っていた。

「せめて死に際くらいは華やかにしてやろうと思ったんだ。
 あんなクソでも親は親だし、あいつの稼いだ金でメシ食ってたわけだからな。
 強がりでも何でもなく、あの時俺はそれがせめてもの親孝行になると信じてた」
「狂人の理屈だ」
「まさしくな。俺も夢から覚めてそう思った。
 結局やり方が酷すぎて年少にぶち込まれるし、守った筈の家族からも縁を切られるし散々だ。
 いっそ舌でも噛み切って死んだ方がマシかもな、と思ったよ。ただ、ある時ふと気付いちまった」

 狂気は、ヒトを変える。
 暴力に震える少年を、稀代の殺人鬼の素養に目覚めさせる。
 周鳳狩魔はそれを、身を以て体感した。
 そして、だからこそ。


「――狂っちまえば、人間って奴は何でもやれるんだってことに」


 ――――少年は、"これは使える"と気付いた。
 気付いてしまえば、成り上がるまでは簡単だった。


「バルブを緩めるみたいなもんだ。
 必要な時に必要なだけ、心の中の栓を緩める。
 そして狂気を絞り出す。事が終わったら、また締め直す」


 少年院でボスを気取っていた不良を倒した。
 誰も逆らう者はいなくなった。
 若い刑務官を狙って取り入り、幾つかの特権を手に入れた。
 そうなればもう、少年院は周鳳にとって居心地の悪い場所ではなく。
 いつか社会に戻る時までをゆるりと過ごす、ホテルのようなものになった。
 ただひとつ問題だったのは、周鳳は名を上げすぎてしまったこと。
 出所してすぐに、彼のもとには数多のヤクザからスカウトがかかった。これはヤクザ嫌いの周鳳にとってひどく不快な経験だった。

「その話は、とても納得できる」

 ゴドフロワが紫煙を吐きながら、言う。
 狂気をエネルギーとして、必要な分だけ扱う。コントロールする。
 狂気に呑まれればもはや成功は見込めない。
 だからあくまで道具として、狂気というものを用いる。
 その逸出した理屈は、この血塗れの聖騎士にとっても馴染みのあるものだったらしい。

「麻薬と同じです。狂えばどんな凡夫でも稀代の英雄に化けられる。
 それに、正気では成せないようなこともできるようになる。何かを成す上でたいへん合理的だ」
「そういうことだ。超人なんて、そう易々となれるもんじゃない」

 誰にでも皆、どこかにブレーキが備え付けられている。
 理性。良心の呵責。常識。臆病。発想の枯渇。
 だから人は、そう簡単には誰かを殺せない。

 ならば、逆にそのブレーキさえ外せてしまえば。
 人間は、人間のままで簡単に怪物になれる。
 利用。当て馬。命の売買。惨殺。虐殺(ジェノサイド)。
 女も子どもも斬り殺し、遺骸を踏みつけながら行進することができる。

 ――ゴドフロワ・ド・ブイヨンもまた、その手段を識っていた。
 そうでなければ人間が、鉄風雷火の只中に咆哮しながら踏み込んでいけるものか。
 我が子を抱き締め命乞いする母を斬り、腕の中から子を引きずり出して頭を割れるものか。
 異教徒だろうと、人は人なのだ。ゴドフロワはそれを知っている。だからこそ彼は狂気を愛し、正気のままに狂戦士だった。

「私はね、今でも異教徒が大嫌いです。無神論者など語るに及ばず。
 八百万など馬鹿げた詭弁にしか思えませんとも。
 その点で言うとこの国とその民は、ええ。まったくもって反吐が出ますね」

 ですが、とゴドフロワ。
 隣に座る男は、彼にとって敵でも仮初の主でもなかった。

「あなただけは別だ、狩魔。自分でも驚きなのですが、あなたと話しているとどうにも心が落ち着くのです」
「友達居ねえの?」
「とんと。何せこの性分ですからね、それらしい者は皆離れていってしまうのですよ」

 胸襟を開いて話せる、多少の寛容ささえ見せることのできる、友である。
 なぜなら彼は、人の身にして自分と同じ境地にたどり着いた同類だから。
 狂気を正気で制御して、そうして歩むことのできる男。できてしまう人間。
 言葉で記せばチープだが、これは稀有な才能だ。
 狂人の真似とて大路を走らば即ち狂人とはよく言ったもので、だいたいの場合真似ている内に"本物"になってしまう。
 ゴドフロワは、そういう者達を山のように見てきた。味方にも、敵にも。

「買いかぶり過ぎだ」

 しかし周鳳は、稀代の騎士から受けた友誼をそう称する。

「俺はお前が思ってるほど大した人間じゃねえよ。
 もっとこじんまりとした、そうだな――情けねえガキさ」
「ほう。理由を聞きましょうか」
「……年少を出た後、俺は暴走族に入った。
 最初はヤクザ共の求愛に対する当てつけのつもりだったが、実際入ってみるとこれがなかなかどうして居心地良くてな。
 楽しかったよ。今までの人生で一番充実してた、俺という人間の全盛期だった」

 ――"嫌なこたぁ全部忘れて、俺たちとつるまねえか?"
 そう言って自分を誘った先輩の顔を覚えている。
 今やもう久しく会っていないし、恐らく今後会うこともないだろうが、心に刻んだ恩義は消えない。

 生まれも育ちも違う仲間たちと単車を転がすのは楽しかった。
 警察の追跡を振り切って、暴走という一瞬に命を懸けるのは爽快だった。
 肩で風を切り、視界の端で軌跡と化すネオンライトを見送るのが好きだった。
 こんな時間が、これからもずっとずっと続いていくのだと、無邪気にそう信じた。
 そう。あの頃、周凰狩魔は確かに少年だったのだ。

「今はもう誰も"こっち"にはいない。みんなメットを脱いで、単車を降りて、自分の人生に帰っていった」

 永遠に続く時間なんて、あるわけもないのに。
 疑いもせず信じていたからこそ、少年はそれを受け入れられなかった。
 そして彼はただひとり、その道以外の生き方を知らなかった。
 幼い頃から暴力が支配する小さな世界で暮らし、それを暴力でもって打破した彼には。
 普通に生きるという"当たり前"が、画面の向こうの絵空事のようにしか見えなかった。

「俺だけだ。俺だけが、今もあの日の延長線にいる」

 社会を拒絶して。
 倫理に唾を吐き。
 誰かを食い物にして。
 救うべき誰かを、より深く堕とすことでしか救えない。

 ままならない現実に抗う代償行為を、不良行為という名の〈暴走〉に見出す。
 あの頃のままだ。誰がどう持て囃そうと、周鳳だけは自分の真実を知っている。

「そして俺はきっと死ぬまで、この幼年期から抜け出せない。
 あの日被ったメットを脱ぎ捨てて、あの日跨った単車から降りる日が、俺という人間の死ぬ時だ」

 最後に心から何かを楽しんだのは、果たしていつのことだっただろう。
 不良の世界は時を経るにつれ、静かに変わっていった。
 喧嘩が強くたって誰も褒めてはくれないし、何のステータスにもならない。
 金を稼げる奴が一番偉い。頭のいい奴が一番強い。
 味など何もしない、ただ世知辛いだけの世界だ。
 それなのに、今もこの足はかつて極楽だった泥濘みに浸かり続けている。

 界隈の不良達の面倒を見てやるのだって、ひとえに過去の残影らしきものを見出しているだけだ。
 幼く、若く、まだ世界の現実など知らない彼らの姿は、あの日の自分達に似ているから。
 それだけで、それまで。他の何事でもありはしない。
 周鳳狩魔は今も変わらず"あの日の少年"で、それ以上でも以下でもないのだと自己評価している。

「俺はお前とは違うよ、ゴドー」

 二本目の煙草を揉み消して、静かに立ち上がる。
 血の臭いが染み付いた室内に、心は変わらず微塵も動かない。
 はじまりのいつかを思わす光景もすっかり見慣れてしまった。

「あなたも難儀な人ですね」
「人のこと言えた義理か?」
「まあいいでしょう。それでもあなたは、私にはひどく非凡に映る」
「そうかよ。なら好きに見てろ」
「そうします。……ああ、現場(これ)どうします? NPCとはいえ警察の追跡は面倒なのでは?」
「ガソリンを用意してある。焼いて消し飛ばしちまえば、二日三日じゃ辿り着かれねえよ」

 彼らは狂戦士(バーサーカー)。
 理性で狂気を利する、非凡なる戦士。
 そしてどうしようもないまでに、ひとりの人間。
 炎に包まれていく惨劇の跡に背を向けて、大義の奴隷達が歩き出す。


サーヴァント
【クラス】
 バーサーカー

【真名】
 ゴドフロワ・ド・ブイヨン

【属性】
 秩序・善

【ステータス】
 筋力C++ 耐久C++ 敏捷C 魔力B 幸運D 宝具B

【クラススキル】
狂化:EX
 正気と狂気の二重思考。理性的に狂気を制御し、バルブを開くように調節してそれを引き出す。
 最大でAランクまでの狂化を適用可能だが、当然ランクが高くなるにつれその所業は無慈悲に変わっていく。

【保有スキル】
信仰の加護:A+++
 一つの宗教に殉じた者のみが持つスキル。
 加護とはいっても最高存在からの恩恵ではなく、自己の信心から生まれる精神・肉体の絶対性。
 ランクが高すぎると、人格に異変をきたす。

心眼(偽):B
 直感・第六感による危険回避。
 虫の知らせとも言われる、天性の才能による危険予知。視覚妨害による補正への耐性も併せ持つ。

大義の騎士:A
 命を賭して果たすべき大義に向かう時、本来の数倍もの力を発揮する。
 敵が強ければ強いほど、目的達成が困難であればあるほど力を増す不動の大志。
 友軍には最大の勇気を。そして敵軍には最大の恐怖を与える、狂気の如き騎士道。

【宝具】
『主よ、我が無道を赦し給え(ホーリー・クロス)』
 ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:1~10 最大捕捉:30人
 第一次十字軍が地中から発見した聖十字架、そこに埋め込まれていた木片。
 それを核として顕現させた十字状の剣。刀身から聖光を放ち、間合い自在の剣戟で敵を圧倒する。
 核が木片であることから、刀身を破壊されることがあろうと核が無事である限り即座に再生可能。
 また悪属性のサーヴァント、キリスト教以外の宗教に属する存在、魔性の類に対しては特攻を発揮する。

『同胞よ、我が旗の下に行進せよ(アドヴォカトゥス・サンクティ・セプルクリ)』
 ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:- 最大捕捉:100人
 第一回十字軍、聖地エルサレムの制圧を果たした光の軍勢を召喚する。
 呼び出される軍勢に顔など個人の識別が可能な要素はなく、全員が統一された背丈と武装、性能を有する。
 これらはゴドフロワの意思とその大義に従って行動し、為すべきことを為す。
 ゴドフロワが見据えるものは大義であり、同胞とはそれを叶えるためのある種画一的な存在に過ぎなかった。
 彼にとっては自分の後ろに続く者の仔細など、まったくどうでもよかったのだ。
 肝要なのは己の信仰を貫くこと。彼にとって十字軍とは、単なる剣であり、銃。暴力を執行するための手段だった。

【weapon】
 『主よ、我が無道を赦し給え』

【人物背景】
 第一回十字軍における指導者のひとりにして、聖地エルサレムを最初に統治した『聖墳墓守護者』。
 苛烈にして勇敢な騎士として知られ、その背中は多くの同胞に勇気を与えた。
 最終的にエルサレムの統治者に選出されたが、聖地にて王冠を戴けるのは偉大なるイエスのみであるとして拒否。
 『聖墳墓守護者(アドヴォカトゥス・サンクティ・セプルクリ)』を名乗り、エルサレムを統治した。

 その戦い方はあまりに勇猛で、無謀とも言えるほど臆することのないものだった。
 無数の軍勢にさえ得物一本で突撃し、勝利を勝ち取って帰ってくる征伐の象徴のような男、とある騎士は言う。
 彼の信心は非常に強固で敬虔だったが、それ故にゴドフロワは目的を果たすためにあらゆる犠牲に頓着しなかった。
 彼の率いた十字軍は女子供だろうと情け容赦なく虐殺し、数多の血の河を築きあげたという。

 ゴドフロワは決して狂人ではなかった。命の重さと人の絆、そして異教徒であろうと一人ひとりに人生という物語があることを知っていた。
 しかしそれと同時に、彼は自らの中に宿る狂気のごとき信心を自由自在に制御する手段をも熟知していたのだ。
 異教徒を鏖殺する無道の騎士。誰もに敬愛される、敬虔なる神の信徒。
 そのどちらも、ゴドフロワ・ド・ブイヨンの顔であり、真実である。
 ゴドフロワにとって狂気とは"道具"で、暴力とは"選択肢"であった。
 狂戦士となるのはバルブを捻って水を絞り出すようなもの。ヒトは、どこまでも目的のために残酷になれる生き物である。

【外見・性格】
 金髪を短く切り揃えた、理知的な容貌の騎士。現世では眼鏡を掛けているが視力に問題はなく、単に当世に倣うためのお洒落の一環。
 敵、相容れぬ者にはきわめて冷淡。同胞には柔和な面も見せるが、その実心の中では微塵たりとも笑っていない。
 自己の信仰を貫くこと、大義を遂げることに特化した、狂おしいほどに経験な信仰者である。
 自分の狂気と人間味を場面に応じて制御し、切り替える手段を身に着けた、ふたつの顔を持つ騎士。

【身長・体重】
 181cm・83kg

【聖杯への願い】
 真なる聖遺物であれば然るべき処へ、偽なるまがい物であれば破壊する。

【マスターへの態度】
 唯一胸襟を開いて接する相手。自分と同じ、暴力を理性で制御し飼い慣らす男。
 無神論者であるのはマイナスだが、大義を共にする善行を買って現状不問としている。
 彼と語らう時だけは、ゴドフロワの"人間"としての側面が垣間見える――のかも、しれない。


マスター
【名前】周凰狩魔/Suou Karma
【性別】男性
【年齢】23
【属性】混沌・悪
【外見・性格】
 金髪のオールバックを肩口まで伸ばし、黒のメッシュを入れた青年。
 両腕は手の甲から肩までに双頭の龍のタトゥーを刻み、どちらも片方の首が切り落とされ血を流したデザインとなっている。
 面倒見のいい不良界隈の兄貴分の顔と、敵対した人間を躊躇なく殺害できる非道の顔を併せ持つ理性ある狂人。
 彼にとって狂気とは"道具"であり、暴力とは"選択肢"であった。
【身長・体重】
 185cm・84kg
【魔術回路・特性】
 質:A 量:C
 特性:〈魔弾〉
【魔術・異能】
 〈魔弾の射手(デア・フライシュッツ)〉。
 手にした拳銃ないしそれに類する武器に、魔力で構築された弾丸を装填する。
 軌道及び威力は狩魔の思考によって制御され、故に必中。故に必殺。
 最大で自動車一台をこの世から消滅させる程度の威力は発揮可能で、殺人に対し躊躇を覚えないメンタリティがこの魔術を更に先鋭化させる。
 他にも肉体強化の類も余技の一環で可能としており、マスターとして周凰狩魔に隙はない。
【備考・設定】
 十三歳の頃に父親を惨殺し、少年院に収監される。
 出所後に不良の世界へ入り、暴走族に所属して知られた存在となる。
 族を解散してからは半グレの世界で名を上げ、資金と暴力、そして人脈を三種併せ持つ裏社会の有力者と化した。

 半グレグループ〈デュラハン〉のリーダー。不良達のカリスマ。
 身内には面倒見のいい顔を見せ、関わりのない相手でも温情を向ける場合はある。
 だが逆にそれ以外の人間を食い物にすることに微塵の躊躇もなく、利益のために人命も犠牲にできる冷血漢。
 ただし倫理観はむしろまともな部類で、彼の場合行為の異常性、非道さを理解した上で"箍を外す"という行動をしているだけに過ぎない。
 悪魔の顔をした人間。どこまでも、周凰狩魔はひとりのちっぽけな人間でしかない。

 暴走族として暴れ回っていた頃には夢があった。
 この時間、この居場所を愛する仲間がいた。
 けれど大人になっていくにつれ、誰もが夢から覚めていく。
 周凰はその夢から覚められなかった人間である。
【聖杯への願い】
 未定。だが自分が手に入れるに足るものだと認識している。
【サーヴァントへの態度】
 イカれた野郎。その暴力を活用し、その狂気も余すところなく利用する。
 聖杯を手に入れるまでの期限付きのバディ。

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最終更新:2024年07月06日 00:23