0.
北海道から持ってきたというライラック花が、ウチの庭で咲き乱れている。
うす紫色の花は、とても可愛らしい。
うす紫色の花は、とても可愛らしい。
花言葉は『初恋』。
私の中にも、いつかそのうち芽生えるのだろうか。
私の中にも、いつかそのうち芽生えるのだろうか。
1.
「王子様は絶対に居るって!!」
「それは外国での話だろ?」
「違う! そっちの王子様じゃないの! 王子様はね、絶対居るんだから!
王子様はいつか白馬に乗って、私の家までお迎えに来てくれるの。
それで、お城の舞踏会に連れて行ってくれるんだよ」
「分かった分かった。沼津城にでも行けばいるんじゃねーの?」
「何よ! チアキだってサンタ信じてるじゃん!」
「実際に居るんだから信じるしか無いだろ」
「だったら私にも信じる自由を!」
「いいか、内田。外国に行けば王子はいくらでもいるが、『王子様』は絵本の中での話だ」
「それは外国での話だろ?」
「違う! そっちの王子様じゃないの! 王子様はね、絶対居るんだから!
王子様はいつか白馬に乗って、私の家までお迎えに来てくれるの。
それで、お城の舞踏会に連れて行ってくれるんだよ」
「分かった分かった。沼津城にでも行けばいるんじゃねーの?」
「何よ! チアキだってサンタ信じてるじゃん!」
「実際に居るんだから信じるしか無いだろ」
「だったら私にも信じる自由を!」
「いいか、内田。外国に行けば王子はいくらでもいるが、『王子様』は絵本の中での話だ」
昼休み。チアキと内田が教壇の前で激しく言い合う。
パッと見だと口げんかにも見えるけど、これは一種の漫才のようなもので、五年二組の『日常』だ。
だから、私も他のクラスメイトも二人を止めようとはしない。
もし、本当に喧嘩になりかけたら、私が止めてあげればいい。
因みに、沼津城は明治時代に無くなって、今は中央公園になっている。
パッと見だと口げんかにも見えるけど、これは一種の漫才のようなもので、五年二組の『日常』だ。
だから、私も他のクラスメイトも二人を止めようとはしない。
もし、本当に喧嘩になりかけたら、私が止めてあげればいい。
因みに、沼津城は明治時代に無くなって、今は中央公園になっている。
「チアキの言ってるサンタって、藤岡くんのことじゃん!」
藤岡くん?
私はその単語に思わず反応した。
「何度言えば分かるんだ。藤岡とサンタはイコールだ」
「違うよ! 藤岡くんはサンタじゃないよ! チアキのためにサンタに変装したんだよ!」
何か、いつの間にか話題が変わっている様な気が……。まぁいいや。見ていて面白いから。
藤岡くんは、チアキの二番目のお姉さん──カナちゃん──のクラスメイトで、
しょっちゅうチアキの家にお邪魔しているらしい。
藤岡くん?
私はその単語に思わず反応した。
「何度言えば分かるんだ。藤岡とサンタはイコールだ」
「違うよ! 藤岡くんはサンタじゃないよ! チアキのためにサンタに変装したんだよ!」
何か、いつの間にか話題が変わっている様な気が……。まぁいいや。見ていて面白いから。
藤岡くんは、チアキの二番目のお姉さん──カナちゃん──のクラスメイトで、
しょっちゅうチアキの家にお邪魔しているらしい。
「ん? どうした吉野」
「えっ?!」
チアキに声を掛けられて、私はハッとした。
いつの間にかサンタの話は終わっていて、二人はどうやらぼーっとしていたらしい私を不思議そうに見つめている。
私を見たって良いこと無いよ?
「何だ? お前も藤岡が気になるのか?」
「うーん……」
ちょっとだけ。
「何々? もしかして、藤岡くんのこと、好きなの?」
「ち、違うよ! どうしてそうなるの!?」
内田にからかわれるとは思わなかった。
「えー、だって私とチアキが藤岡サンタの話をしてる時、ぼーっとしてたじゃん」
あ、本当にぼーっとしてたんだ。私らしくないや。
てか、二人の会話はサンタの話で終わったのかと思ったよ。知らない間に藤岡くんの話もしてたんだ。
「えっ?!」
チアキに声を掛けられて、私はハッとした。
いつの間にかサンタの話は終わっていて、二人はどうやらぼーっとしていたらしい私を不思議そうに見つめている。
私を見たって良いこと無いよ?
「何だ? お前も藤岡が気になるのか?」
「うーん……」
ちょっとだけ。
「何々? もしかして、藤岡くんのこと、好きなの?」
「ち、違うよ! どうしてそうなるの!?」
内田にからかわれるとは思わなかった。
「えー、だって私とチアキが藤岡サンタの話をしてる時、ぼーっとしてたじゃん」
あ、本当にぼーっとしてたんだ。私らしくないや。
てか、二人の会話はサンタの話で終わったのかと思ったよ。知らない間に藤岡くんの話もしてたんだ。
「言っておくけど、藤岡くん、競争率高いらしいよ?
中学校だと女の子に人気があるみたいだし、
それに、チアキも気に入ってるみたいだし」
「なっ、そ、それは違う! お前と一緒にするな!!」
「じゃあ、内田こそどう思ってるの? 藤岡くんのこと」
「もっちろん、素敵な王子様に決まってるじゃない」
「いいや、藤岡はサンタだ。そんなに王子が好きなら製紙工場にでも行けば良い」
………あ、近所にある王子製紙の工場のことか。
というか、二人の会話がまたややこしくなってきた。
「王子様なの!!」
「サンタだ!!」
「王子様!!」
「サンタだ!!」
「「ぬぅ〜〜〜〜っ!!」」
二人が教壇を挟んで向かい合い、火花を散らす。マズい。そろそろ止めないと。
てか、どうして私は巻き込まれたんだろうか。
「と、取り敢えず、私は藤岡くんは王子様じゃないと思ってるよ。藤岡くんは藤岡くんだよ」
「サンタかどうかについてはどうなんだ?」
これも答えないといけない、か。
「チアキがサンタさんだって言うから、多分サンタさんだよ」
「なっ、ひ、ひっどーい!! 何でチアキの肩を持つ訳?」
「吉野はお前のバカさ加減に呆れてるだけだ。諦めろ。バカ野郎」
そ、そこまで思ってないよ……。
「もういいもん! 王子様は居るんだもん! 藤岡くんは王子様なんだもん」
内田は何故か泣きながら、さっさと教室を出て行ってしまった。
いつもの事だから、私もチアキも気にしない。五分もすれば元に戻るからだ。
中学校だと女の子に人気があるみたいだし、
それに、チアキも気に入ってるみたいだし」
「なっ、そ、それは違う! お前と一緒にするな!!」
「じゃあ、内田こそどう思ってるの? 藤岡くんのこと」
「もっちろん、素敵な王子様に決まってるじゃない」
「いいや、藤岡はサンタだ。そんなに王子が好きなら製紙工場にでも行けば良い」
………あ、近所にある王子製紙の工場のことか。
というか、二人の会話がまたややこしくなってきた。
「王子様なの!!」
「サンタだ!!」
「王子様!!」
「サンタだ!!」
「「ぬぅ〜〜〜〜っ!!」」
二人が教壇を挟んで向かい合い、火花を散らす。マズい。そろそろ止めないと。
てか、どうして私は巻き込まれたんだろうか。
「と、取り敢えず、私は藤岡くんは王子様じゃないと思ってるよ。藤岡くんは藤岡くんだよ」
「サンタかどうかについてはどうなんだ?」
これも答えないといけない、か。
「チアキがサンタさんだって言うから、多分サンタさんだよ」
「なっ、ひ、ひっどーい!! 何でチアキの肩を持つ訳?」
「吉野はお前のバカさ加減に呆れてるだけだ。諦めろ。バカ野郎」
そ、そこまで思ってないよ……。
「もういいもん! 王子様は居るんだもん! 藤岡くんは王子様なんだもん」
内田は何故か泣きながら、さっさと教室を出て行ってしまった。
いつもの事だから、私もチアキも気にしない。五分もすれば元に戻るからだ。
内田をいじるのは結構楽しい。
「じゃあね」
「うん、また明日」
本当にわずか五分で立ち直った内田と別れた私は、市街地を北に進んでコクイチ(国道一号線)のバイパスを渡る。
私の家は門池(かどいけ)という、市街地の外れにある地区にあって、結構歩く。
うーん、学校から沼津駅に行くくらいはあるかなぁ。
結構歩くけど、今は体力も付いて来たので、この長い道のりもそれほど苦にはならない。
「うん、また明日」
本当にわずか五分で立ち直った内田と別れた私は、市街地を北に進んでコクイチ(国道一号線)のバイパスを渡る。
私の家は門池(かどいけ)という、市街地の外れにある地区にあって、結構歩く。
うーん、学校から沼津駅に行くくらいはあるかなぁ。
結構歩くけど、今は体力も付いて来たので、この長い道のりもそれほど苦にはならない。
市道に入ってマルトモの前を通りがかった時だった。
「あれ、おかしいな………」
詰め襟を着た男子中学生っぽい人が、下を向きながらスーパーのまわりをぐるぐると歩き回っている。
何か探し物をしているようだ。
────はて、この人、何処かで見覚えのある様な。
「何か、お探しですか?」
「あ、うん。財布を落としちゃったみたいでね。それを探しているん────ああっ!!」
目が合って、彼が誰なのかがすぐに思い出せた。そう、彼は藤岡くんだった。
藤岡くんが何でこんな所に居るのか知らないけれども、取り敢えず、彼が探しているとおぼしきモノが目に入った私は、それを指摘してみる。
「………で、そのお尻のポケットに入っているのは、何ですか?」
藤岡くんは「えっ?」と言いながらズボンのお尻のポケットに手を延ばす。
それに手が触れると、彼はそれを取り出した。
「ああ、本当だ。有り難う。えっと…………」
「吉野です。あの、チアキの友達の…」
「ああ、やっぱりそうだ。吉野…さん、でいいかな?」
「うん」
私の下の名前は覚えづらいからね。チアキに名前を忘れられた内田の二の舞にはなりたくない。
「あれ、おかしいな………」
詰め襟を着た男子中学生っぽい人が、下を向きながらスーパーのまわりをぐるぐると歩き回っている。
何か探し物をしているようだ。
────はて、この人、何処かで見覚えのある様な。
「何か、お探しですか?」
「あ、うん。財布を落としちゃったみたいでね。それを探しているん────ああっ!!」
目が合って、彼が誰なのかがすぐに思い出せた。そう、彼は藤岡くんだった。
藤岡くんが何でこんな所に居るのか知らないけれども、取り敢えず、彼が探しているとおぼしきモノが目に入った私は、それを指摘してみる。
「………で、そのお尻のポケットに入っているのは、何ですか?」
藤岡くんは「えっ?」と言いながらズボンのお尻のポケットに手を延ばす。
それに手が触れると、彼はそれを取り出した。
「ああ、本当だ。有り難う。えっと…………」
「吉野です。あの、チアキの友達の…」
「ああ、やっぱりそうだ。吉野…さん、でいいかな?」
「うん」
私の下の名前は覚えづらいからね。チアキに名前を忘れられた内田の二の舞にはなりたくない。
「本当に有り難う。助かったよ。こっちの方面だったんだね」
「藤岡くんもこっちだったんだね。あれ? でも、そしたら学校は門(かど)中じゃないの?」
門中とは、沼津市立門池中学校のことだ。
「あはは、おれ、学区外通学なんだ。小学校は門(かど)小だけど。色々あってね」
その『色々』で何があったかとても気になるけれども、詮索するのはやめておこう。
知っても幸せにはなれなさそうだから。
「へぇ。私がもし門池小だったら、私は藤岡くんの後輩だったんだね」
「あ、ま、まぁ、そういうことになるね」
「藤岡くんもこっちだったんだね。あれ? でも、そしたら学校は門(かど)中じゃないの?」
門中とは、沼津市立門池中学校のことだ。
「あはは、おれ、学区外通学なんだ。小学校は門(かど)小だけど。色々あってね」
その『色々』で何があったかとても気になるけれども、詮索するのはやめておこう。
知っても幸せにはなれなさそうだから。
「へぇ。私がもし門池小だったら、私は藤岡くんの後輩だったんだね」
「あ、ま、まぁ、そういうことになるね」
狭い県道を歩いていくと、国道とぶつかる交差点に出る。
「じゃあ、私はここで」
「うん、気をつけてね」
彼に手を振られて、私は歩道橋の階段を上がる。
上がり掛けたところで、私は藤岡くんに呼び止められた。
「あ、待って」
「?」
「こんど、お礼させて」
「え、別にいいよ。大したことしてないし」
本当に大したことしてないし……。
「ううん。おれに何かさせてくれないかな?」
「うーん…。じゃあ、次会った時に考えさせて」
「分かった」
彼にそう答えると、彼は笑顔で手を振った。
よく考えると、彼もずいぶんと遠距離通学だ。
中学だと自転車が使えるらしいけど、使わないのかな?
「じゃあ、私はここで」
「うん、気をつけてね」
彼に手を振られて、私は歩道橋の階段を上がる。
上がり掛けたところで、私は藤岡くんに呼び止められた。
「あ、待って」
「?」
「こんど、お礼させて」
「え、別にいいよ。大したことしてないし」
本当に大したことしてないし……。
「ううん。おれに何かさせてくれないかな?」
「うーん…。じゃあ、次会った時に考えさせて」
「分かった」
彼にそう答えると、彼は笑顔で手を振った。
よく考えると、彼もずいぶんと遠距離通学だ。
中学だと自転車が使えるらしいけど、使わないのかな?
…………あれ??
「次会った、時?」
私は確かに、彼にそう言った。
無意識のうちに、そう言ってしまった。
何故だろう。何故なんだろうか。
私は確かに、彼にそう言った。
無意識のうちに、そう言ってしまった。
何故だろう。何故なんだろうか。
「ああ、そうか」
私は多分、どこかで偶然会うだろうと思っているんだ。多分そうなんだ。きっとそうなんだ。
「さって、お父さんが心配するから帰ろっと」
私はやや早歩きで歩道橋の階段を下り、住宅街の外れの道へと進んだ。
私は多分、どこかで偶然会うだろうと思っているんだ。多分そうなんだ。きっとそうなんだ。
「さって、お父さんが心配するから帰ろっと」
私はやや早歩きで歩道橋の階段を下り、住宅街の外れの道へと進んだ。
ライラックの芽が、いつの間にか私の中に植えられていた。
この事に気付いたのは、ずっと、ずっと後の事だ。
この事に気付いたのは、ずっと、ずっと後の事だ。
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