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agony


それは疾風と暴風の激突。
荒れ狂う稲光が森を裂き、樹々を薙ぎ倒していく。
稲光の中心には、金髪を二つに結んだ少女の姿。彼女を中心に、破壊は、蹂躙は、その爪痕を広げていく。
少女は、宙に浮かんでいる――いや、違う。ただ浮かんでいるだけではない。
確かな意志のもとに、彼女は飛んでいた。

研ぎ澄まされ削ぎ落とされ、十にも満たない年端にて練達の魔導師と負けず劣らない術の導き手となったフェイト・テスタロッサ。
それが、彼女。そして彼女は、この悪夢のような催しのスペシャルゲストでもあった。
彼女を生み出した母――その人こそが、事の元凶であるプレシア・テスタロッサなのだ。
プレシアはこう考えた。
この殺し合いを円滑に進めるためには、参加者たちに死の恐怖を与える怪物が必要だと。
殺さなければ、殺されてしまう――そう思わせるだけの強大な力を持った怪物がいることで、この催しはより完成に近づく。
思いついたその瞬間、プレシアは自らの娘を――フェイトを殺し合いへと投じることを決めていた。
プレシアは狂っている。
いったいどの世界に、子を戦場へと立たせる親がいるのか。
ああ、そうだ。プレシアは狂っている。狂っているが――母なのだ。
フェイトにとっては、たったひとりのかけがえのない母なのだ。
母が望むのならばフェイトはただ一人で死地に向かうことに何の厭いもない。
そしてフェイトは、自らが死神となることを――決めた。望んだ。

「撃ち抜け、轟雷!」

少女の叫びと共に、閃光と雷鳴がまた一つ落とされる。
放たれたのは大気中の魔力を雷へと変換する『魔法』だ。
フェイトら魔導師は、大気に含まれる魔力素を体内で魔力へと変換することで、物理の法則を超えた超常の力を行使することが出来る。
そしてその威力たるや――雷を受けた大樹が、根から轟と倒れ伏せる――我々の知る近代兵器をも凌駕する。
当たれば即死。並の人間ならば己が攻撃されたと認識する暇もなく永遠の眠りにつくことになるだろう。
しかし、フェイトの対峙者は彼女が雨あられのように放つ魔法攻撃を見切り、かわし、凌いでいる。

(当たらない……どうして?)

対峙するは壮年の域を越え中年に入りかけた年の頃の男性。
だが、その動きに老いは感じられない。人並み外れた身体能力を発揮し、フェイトの猛攻を捌き続けている。
自己強化の魔法を使っている? いや、違う。眼に見える魔力光もなければ、魔術行使用のデバイスも見当たらない。
フェイトの中で、疑念が焦燥へと変化していく。押しているのはこちらのはずなのに、余裕があるのはあちらの方だ。

どうすればいい? どうすればあの男を倒せる?
どうすれば――どうすれば、母さんはわたしを見てくれる?

焦りは、拙攻を生む。
幾度目かの雷撃魔法が空振ったとき、男は回避の勢いそのままにそれまでとは逆の方向へと切り返した。
追わなければと気ばかりが逸るフェイトは男と同じ方向へと進路転換。次の瞬間、フェイトの眼前に現れたのは巨木の幹。
慌て急停止するも間に合わず、巨木に正面からぶつかる形となった。
樹々の生い茂る森林部での低空高速機動は高難度を誇るものの、本来のフェイトの実力ならば難なくこなせたはずのもの。
進行方向の障害物確認などという基礎中の基礎の部分でこんな初歩的なミスをしてしまうほどに、フェイトの心は焦っていた。

(こんなところで足踏みする暇なんて、ないのに……!)
『マスター』

はっと右手に握られたデバイス――閃光の戦斧バルディッシュへと目を移す。
黒く無骨なデザイン。鈍く光る金色の水晶はフェイトの魔力光と同じもの。
今はいないフェイトの師リニスがフェイトのために設えた最高級魔導端末が、主の為に言葉を紡ぐ。

『道は――切り拓くもの』

普段から言葉少ないバルディッシュが、自分に与えてくれた言葉。
その意味を、フェイトは何度も何度も噛み締める。
リニスが何度も教えてくれたことだ。道は、信じる先に出来る。
その道は、辛く困難なものかもしれない。フェイトがどれだけ強い心と賢い知恵を持っていても、途中で立ち止まってしまうかもしれない。
そんなときのために――バルディッシュは在るのだと。道を拓くために、フェイトが振るう剣となり、フェイトを支える杖となる。

(ありがとう、バルディッシュ)

まずは、落ち着こう。深く息を吸って、吐く。それを、三回。それでもまだ、心は落ち着かない。
でも、色んなことを考えるだけの余裕は出来た。
多分、相手は、魔法とは違う体系の力を持っている。
あの身体能力が生来的なものなのか付与的なものなのかまでは分からない。
分からないからこそ慎重に行かなければならなかったのに、そんなことさえ気付いていなかった。
残存魔力量をチェック。あれだけの乱れ撃ちにも関わらず、思っていたよりも魔力は残っている。
バルディッシュが独断で出力調整を行っていたのだろう。冷静沈着な相棒を、頼もしく思う。
改めて魔力リソースを再分配。バルディッシュの管理量を増やし、オートプロテクションの強度を上げる。
今フェイトが取るべきなのは、全身全霊で目の前の一人を打ち倒す戦法ではない。
少しでも長く、多くの混乱と恐怖、そして絶望を撒き散らさなくてはならないのだ。
被害は少なく、決着は瞬時に。慎重すぎるほど、慎重に。
フェイトの攻撃が止まったことを確認した男は、改めてフェイトのほうへと向き直り制止の声を上げる。

「私には君と戦う理由がない! 話を聞いてくれ!
 私の名前は南雲宗一郎。単刀直入に言おう。私は、この殺し合いを止めるつもりだ。
 君の力が欲しい。殺すためではなく、生きるためにその力は使われるべきだ。
 君のような子供が――殺し合いなどして良いわけがない!」

男、南雲は叫ぶ。フェイトのような年端もいかぬ子供がこんな理不尽な理由で命を失ってしまうなど、あってはいけないことだ。
殺し合いを止めてみせる。誰一人犠牲にすることなく、全員が救われる未来を皆で掴んでみせる。
決して譲れぬ強い思いが、南雲の瞳の中で燃えていた。
しかし、フェイトが返すのは――無言の否定、拒絶。
何も言わず、ただ雷の一閃で己の意思を示す。

(似ている、あの瞳。あの子と似ている。……でも)

そんなことは、関係ない。
南雲と名乗る男に譲れないものがあるように、フェイトにもまた曲げることが出来ない強い願いがある。
願うのは、ただ一つ。ただ一人。ただ、母を――少女は願う。

「バルディッシュ」
『Scythe Form』

フェイトの意を汲み、バルディッシュは己の姿を万物を斬り裂く大鎌へと変化させる。
中距離砲撃では埒が明かないことは、これまでの攻撃で分かっている。
確実に仕留めるには、いま以上に近づいて近接攻撃を叩き込むのが最良だ。
無論危険はこれまで以上のものになる。
近づけば近づくほどに、相手の運動能力は戦闘に有用な能力となる。だが――ここで退くわけにはいかない。
もしここで南雲を取り逃がしてしまえば、南雲は殺し合いを止めるべく奔走するに違いない。
これだけの力を持つ人間を中心に結託されては、この『儀式』を進めるにあたって重大な障害になるだろうことは容易に想像できる。
必ずここで南雲を――殺す。殺してみせる。

「あくまで戦うつもりか……!」

南雲は苦々しい表情のまま、言い捨てる。言葉だけでは少女を止めることは出来ない。
ならば……『力』を使ってでも、止めてみせよう。
力は、破壊のために使うものではないことを、人を助けるために使われるべきものだということを、教えるために。

「子供が間違った道を進もうとしているなら、それを止める。それが大人の役目だ」

フェイトと南雲、両者が動き出したのは同時。
交錯の瞬間、先手を取ったのはフェイトだ。
加速に次ぐ加速を重ねた、目にも止まらぬ速度の斬撃が南雲を襲う。
しかし、フェイトはバルディッシュを振りきることが出来なかった。
南雲の体を両断するはずだった軌道は、その途中で下方へとねじ曲げられたのだ。
唖然とする間もなく、南雲の反撃がフェイト目掛けて飛んでくる。
まるで壁が迫ってきたかのような圧力を感じさせる無数の裂脚が、フェイトを地へと叩きつけた。

「くっ……!」

毬玉のように数度地面に打ち付けられ、ようやくフェイトは立ち上がる。
派手に吹き飛ばされたものの、衝撃そのものはプロテクションで軽減されている。
バルディッシュを、強く握る。
相手を斬ったと思ったあの瞬間返ってきたのは、未だかつて感じたことのない感触だった。
物理防御に特化したプロテクションとも、相手の獲物を絡み取るバイトシールドとも似ていない、未知の防御。
インパクトの瞬間、その正体の片鱗が見えた。
歪み、たわんだ半透明の力場――それがバルディッシュの魔力刃を捕らえ、その軌道を変化させたのだ。

「君を必要以上に傷つける気はない。だが、間違いを犯すつもりなら、何度でもこの手を上げよう。
 そして、何度でも言おう。――君が戦う必要は、どこにもない。私が君を助けてみせる」

力場の強度は、ミッドチルダ式の防御魔法とほぼ変わらないくらい。
厄介なのは、力場それ自体が意思を持つかのごとく流動すること。
馬鹿正直に正面からぶつかっても、受け流され、反撃をくらうのが目に見えている。
狙うのは防御の死角。大丈夫、出来る。そのために、リニスは私を鍛えてくれたのだから。

「……南雲さん、でしたか」
「ああ。……武器を収める気になったか?」
「わたしの名前は、フェイト・テスタロッサ――この名前に、聞き覚えはありませんか?」

テスタロッサ――? それは、確か。
南雲の顔が歪む。驚愕、そして憤怒。

「そう。プレシア・テスタロッサは――貴方達をこの場所へ招き寄せた張本人は、わたしの母です」
「……ッ! 母が、子を殺しあわせているのか!?」
「わたしは――止まりません。この戦いの先に母さんの笑顔があるのなら、わたしは――!」

再びフェイトは加速する。先程までの猪突と違い、鋭角を組み合わせた立体機動で南雲との距離を縮めていく。
髪色が作る金の影が、まるで稲妻かのごとく煌めいた。その、次の瞬間――

地が、割れた。もうもうと土煙を上げ、土砂が宙を舞う。
土砂で即席の弾幕がばらまかれたようなものだ。たまらずフェイトは飛行を止め、距離を取る。

(これは……!?)

「――私にも、君と同じ年頃の子どもがいる」

土煙が晴れ、現れたのは――鬼。人の形をした鬼が、そこにいた。

「だからというわけでもないが、改めて決めたよ。私は君を助ける。救う。そう――決めた」

両者は確信する。次の交錯が全てを決めるのだと。
持てる力をすべて費やし――相手を切り捨てる。相手を救い上げる。どちらかが、答えになる。

離れていても相手の呼吸が伝わってくる。鼓動が聞こえてくる。
まるで、相手が自分で、自分が相手で。

分かり合えたかもしれない――その感傷を、フェイトは振り払い。
分かり合えるはずだ――その希望を、南雲は抱えたまま。

声もなく、音もなく、何の合図もなく。
二人は動き出した。

今までにないほどの集中が、世界の速度を遅くする。一が百にも千にも感じられる。
世界がゆっくりと動いていく。少しずつ背景は後ろへと流れていって、視界はだんだんと相手で埋められていく。
滴る汗の一粒も、流れる髪の一本も、全てを知覚出来るほどの鋭さで、二人は互いを見据え、近付く。

そして理解する。このままでは――この闘いに、勝者はいない。
己の刃は相手を貫き、相手の刃も自分を貫く。そんな終わりが、約束されている。

『終わり』を回避するために。『始まり』を掴むために。
ひとりは一歩踏み出して、ひとりは一歩退いてしまった。
それがふたりの運命を分けた。

「何故……止まったんですか?」

フェイトは立ったまま問いを投げかけ、南雲は倒れ伏せながら答えを返す。

「……言っただろう。私には子がいるんだと。重ねるなと言われても、影を重ねてしまうのが親だということだ。
 それに、私は臆して立ち止まったわけではない」
「……」
「受け止めたのだ。君を……まだ子供の君をな。それもまた、大人の役割だということだよ」
「それは……屁理屈です。おとなのつくった、言い訳です」
「はは、そうかもしれんな。君を救うと言ったのも、嘘になった。
 だが、私の仲間にはこの嘘を真実にする者が揃っている。
 断言してもいい。君は、救われる。私の仲間たちが、君を助けてみせる」
「……救われる」
「君を、歳相応の笑顔が似合う少女にしてあげるということだ。……ふふ、私らしからぬ気障ったらしい言い方だな」

ぐ、と南雲は声にならぬ呻きを上げる。もはや残された時間は少ない。

「……君には、未来がある。まだ白紙の未来をどう作るのかは君が決めることだ。
 決して、他人に強制されるようなものではないということを、忘れないでくれ」
「……それでも、わたしはっ!」
「悩めばいい。考えればいい。それでも答えが出なければ、大人を頼ればいい。そうして君たちは、大人になっていくべきだ」

声は、だんだんとか細く、聞き取れないほどのものになっていった。
そのまま……音は森の中へと吸われていった。もう何も聞こえない。息も、鼓動も。

他人の命をこの手で奪った――その衝撃と、南雲の最後の言葉が、フェイトの中でぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。
それでも、少女が願うのは。ただ、母の笑顔で。


【南雲宗一郎 死亡】
【残り37人】


【C-7 山中】


フェイト
南雲


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最終更新:2011年04月20日 12:18