シリアス・プラン
教室の中には、八つの人影があった。
その面々は風貌も年齢も性別もまるでばらばらで、学校という場所にそぐわない年格好の人物も混じっている。
規則正しく並べられた四十余りの机の中から各々好き勝手な場所を陣取り腰を落ち着けたところで、教卓に立つ黒髪長髪の青年が号令をかける。
「それでは、今から第一回作戦会議――もとい、学級会を始めます。起立、礼」
最前列中央、教卓の真ん前に座っていた黒髪の少女と、その後ろに座っていた小学生ほどの背丈の少女が勢い良く立ち上がったのに倣い、他の面々も腰を上げる。
しかし、他の六人など意に介さず座ったままの人間もいた。
顔面を包帯でぐるぐる巻にした――背格好を見るに、おそらくは女性――と、その隣に座る少女だ。
二人が座ったままであることに気付いた号令役の青年が、二人に声をかける。
「おいおい、くじらちゃん。そんな態度は良くないな。二人とも立って、ほらもう一度――」
「おいおい、はこっちのセリフだぜ『お兄ちゃん』。
この期に及んでのんべんだらりと仲良しごっこが出来っこないってことは――この中でも一番のリアリストであるあんたは一番良く知ってるはずだろ」
「それでも守るべき
ルールはある――いえ、こんなときだからこそ守らなければならない了解がある。
くじ姉。私からもお願いします」
「――ケッ。まったく喰えない兄妹だぜ。あたしも含めて、な」
黒神真黒。黒神くじら。黒神めだか。この三兄妹に加え。
ユーノ・スクライア。
風巻豹。
結城美沙。
黒鉄はやて。
中塚侑実子。
上記八人による『学級会』が、始まった。
◆
「……さて、なし崩し的に集まることになった僕たちだけれど、整理の意味も含めて、ここに至る経緯でも話してみようか。
始まりは――そうだね、あの広間に集められてからということにしよう。
おっと、そういえば自己紹介もまだだったね。ちょうどいい、僕から始めさせてもらおうかな。
僕の名前は黒神真黒。そこにいるくじらちゃんとめだかちゃんのお兄ちゃんだ」
進行役を買って出た青年が、まず口を開く。
真黒の目配せを受け、教室の前方に座っていた金髪の少年も立ち上がった。
「ユーノ・スクライアです。縁あって真黒さんと一緒に行動させてもらっています。
……まず、僕の方から皆さんにお話ししなければならないことがあります。
プレシア・テスタロッサ――この殺し合いを企んだ、一人の魔導師について、僕が知る限りの情報を提供させてもらいます」
ユーノの言葉に、教室内にざわめきが広がる。
無理もないことだろう。この事態の原因であるプレシアの情報は、誰にとっても喉から手が出るほどに知りたいものなのだ。
ざわめきが大きくなる中、それらを遮るように手が一本伸びた。
恰幅の良い、有り体に言えば太った、遠慮の無い言い方をするなら肥満体型といってもいい背格好の男が声を上げる。
「一つ、質問いいかな。……あ、僕は風巻豹といいます。
ええと、ユーノ君……だったね。君は、あのプレシア女史のことを知っている。
つまり――彼女に近しい人間だということかな?」
丸々とした人の良さそうな笑顔を浮かべたまま、風巻はユーノへ疑念を投げ掛ける。
――ここで風巻が疑問を口にせずとも、ユーノとプレシアの関係は彼自身の口から語られただろう。
あえて先に問いた理由は、
「僕が、プレシアの協力者ではないかと疑っている……そういうことですね?」
或いは情報そのものがブラフであるか、だね、と風巻は頷き、教室内の人間の代弁者として、言葉を続ける。
自分たちはプレシアの情報をなにも知らない。
そこに彼女の情報を持った人間が現れれば、それに縋ってしまうだろう。
それはつまり、プレシアの情報が大きなアドバンテージになることを意味する。
その気になれば、他者を支配し、殺し合いを煽ることも可能だ。
風巻が指摘するのは、ユーノが煽動者としての役割を与えられたプレシア側の人間なのではないかということ。
「仰ることはごもっともです。僕だって、自分が皆さんの立場ならばその可能性を疑ったでしょう。
……残念ながら、今の僕には反論できるだけの材料がありません。
ただ僕に出来ることは、皆さんに信じてもらうために、懸命を尽くすことだけです。
――信じてください。今の僕から言えるのは、ただそれだけです」
ユーノの頼りない言葉に、場がしんと静まり返る。
……この少年の言葉には、生命を委ねるに値するだけの正しさがあるのか?
この場にいる全員が、それを計りかねていた。
ユーノ自身もそうだ。
(僕の言葉は……本当に、皆に届くのか……?)
それでも、自分が信じられない言葉が、誰かに届くはずはない。
ユーノに出来ることはただひたすらに言葉を紡ぐことだけなのだ。
ごくり、と誰かが唾を飲む音が聞こえる。
静寂――それを破ったのは、しかし、ユーノではなかった。
「ならば、お前の言葉を、私は信じる。
他の誰が何を思おうと、この私、黒神めだかはお前とその言葉を信じよう」
声の主は、麗しい黒髪をかきあげながら、そう言い放った。
黒神めだか――人吉善吉、阿久根高貴らが所属する箱庭学園の一生徒であると同時に一生徒会長でもある彼女。
成績優秀、眉目秀麗、やろうと思ったその時には既に事を終わらせている超人的な行動力。
それらを束ねる強靭なメンタリティをもって、彼女は支持率98%の超カリスマ生徒会長として名を馳せている。
そんな彼女の性質の一つに、他者を疑わないというものがある。
正確に言えば、疑わないのではなく、信じるのだ。
ただ、信じる――たったそれだけの行為だが、それを貫くことが如何に困難か。
人並み外れた、化け物じみていると言って良いスペックは、ともすれば畏怖、迫害の対象にもなりうる。
黒神めだかが名物生徒会長として皆から愛されているのは、ひとえに彼女の人格が愛されるに相応しいからなのだ。
「……めだかちゃんなら、きっとそう言ってくれると信じてたよ。
風巻さん、確かに僕たちは出会ったばかりで、お互いを信じるには程遠い。
ですが、お互いに疑い続けるだけでは、この窮地を脱することは出来ない。
恐る恐るでも、他者に手を差し伸べる――そうしなければ、それこそプレシア・テスタロッサの思惑通りに事が進んでしまう」
「……そうだね。ぼくだって無闇に不安や疑いを撒き散らかしたかったわけじゃない。
職業柄か、少しでも気になれば突っ込んでしまうタチで……我ながら困ったもんだよ。
すまないユーノ君。話の続きを」
真黒と風巻に促され、ユーノは黒板の前に立ち、いくつかの単語を書き出した。
プレシア・テスタロッサ。
時空監理局。
ミッドチルダ。
魔法、魔導師。
「これらの単語に覚えのある方はいらっしゃいますか?」
イエスを唱えるものはいない。
魔法こそ聞き慣れた言葉だが、あくまで空想の物語の中でのこと。
現実と地続きに魔法が存在しているだなどと本気に出来る年齢は、とうに過ぎてしまっている。
ただ一人、風巻だけがぶつぶつと何かを考え込んでいる様子だったが、ユーノの問いに応えるということもなく。
全員の頭に疑問符が浮かんでいる状況を見て、ユーノは語り口を定めた。
「つまり、皆さん地球で生まれ育ったと、そういうことですね?」
「……って、それじゃまるでアンタが宇宙人だか異世界人だかって言ってるように聞こえるんですけどぉ?」
気の強そうな眉に、ツインテールをくくる赤いリボンが印象的な美少女が横槍を入れる。
半ば呆れ顔でユーノに突っ込みを入れた少女の名前は結城美沙。
まだ幼さの残る中学生らしい体型をしているが、顔の方はあと数年もすれば銀幕に映る大女優となっていてもおかしくないほどの美形である。
美沙の声に対し、ユーノは、
「そう、僕はあなた達とは違う世界の人間なんです。……あの、プレシア・テスタロッサも。
いや、僕はあなたたちの感覚で言えば、人間でさえないかもしれません。
口で説明するよりも、見てもらった方が早いかもしれませんね。……これが、僕の正体です」
言い終わるや否や、ユーノは教卓の上に立ち、自分の姿をよく見ていて欲しい、と告げた。
ユーノが目を閉じ、集中する様を、教室内の全員が見ていた。
次の瞬間――ユーノの姿が消えた。いや、違う。消えたのではなく、その姿を変えたのだ。
まるで消えてしまったかと錯覚するほどの小さな姿に、ユーノはその身を変えていた。
現れたのは、肩に乗るサイズの獣。フェレットに似ているが、微妙に違うその生き物が、
「これが、僕のもう一つの姿――」
「しゃ、喋ったぁ!?」
獣がユーノの声で喋ったことに、一同驚きを隠せない。
ある者は言葉を失い、またある者は興奮のあまり立ち上がりながら、ユーノの姿を物珍しく眺めていた。
騒ぎを収束すべく、こほん、とわざとらしく咳をしたユーノが、話を続ける。
「これで僕があなたたちとは違う世界から来たものなのだと、少しは信じられると思います。
みなさんの世界では極一部の人間しか知らないことですが、世界は一つではありません。
幾つもの似た世界が並行に存在し、異なる時を刻んでいる。
時空管理局は、それら異なる世界の間での問題を防ぎ、解決するための組織だと考えてください」
「じゃ、魔法ってのは……」
「ミッドチルダという世界を中心に発達した、魔力素というエネルギーを用いた技術、理論のことです。
みなさんにとっての科学といえば、納得してもらえるでしょうか」
ユーノは、ここで息を吐き、軽くうなだれた。その顔には多少の逡巡が見られる。
だが、意を決したように顔を上げ、黒板に新しい単語を書き綴った。
ロストロギア、と。
「ロストロギアとは、過去に滅んだ世界――その中でも、特に技術、魔法が発達した世界の遺物のことです。
みなさんの世界では、オーパーツとも言われていますね。
ロストロギアには現存技術を上回るほどの力を持つものも少なくありません。
……プレシアがみなさんの世界に目をつけたのも、元々はとあるロストロギアが地球に撒き散らされたことが原因なんです。
そして、そのロストロギア――ジュエルシードの発掘作業を指揮していたのが、僕なんです」
「つまり……君がこの事態の遠因なのだということかい?」
「……ええ。ですが、僕にも分からないことがあるんです。
プレシアは、ジュエルシードを集めて、過去の事故で死んでしまった自分の娘を生き返らせようとしていた。
だけど、強すぎる力は反動を生む。ジュエルシードの発動は、世界に大きな混乱を呼んでしまう。
事態の解決に乗り出した時空監理局と現地住民の協力もあって、ジュエルシード事件は終着しました。
首謀者であるプレシアの行方不明――実質的な死亡を伴って」
既に解決したはずの事件が、再び繰り返されようとしている。
そして、プレシアの復活。
一連の事件を当事者として経験したユーノでさえも、今回の事態には困惑するばかりだ。
「プレシアがこれだけ大がかりな事件を再び起こしたのは何故か。
どうして僕たちが選ばれたのか。そもそもここは、どの世界なのか。
……今回の事件は、謎ばかりです。だからこそ、僕は皆さんに協力をお願いしたい。
一緒に、この事態を乗り越えたい。……僕から話せることは、以上です」
話し終えると、ユーノは自分の席に戻っていった。
進行役の真黒が口を開く。
「……と、いうことらしい。ユーノ君の情報を信じるかどうかは君たちが自分自身で決めることだろう。
だけど――少なくとも、『死なずに此処から脱出する』ことは、共通した目的であるはずだ。
その一点を共通項として、僕たちは協力できる――違うかい?」
沈黙――しかしそれは、肯定の意を示すものだと真黒は判断する。
この催しはまだ始まったばかりだ。
この『学級会』を始める前にそれぞれのグループと二言三言ばかり情報の交換をしたが、殺人行為そのものに立ち会った者はいないらしい。
まだ、どう立ち回るべきか結論を出せないのが当たり前の反応だろう。
取り乱され、ヒステリックに場をかき回されなかっただけまだマシだ。
「僕とユーノ君は港で出会い、人と情報が集まるであろう場所だと考え学校を目指した。
着いて早々にそこのグループ――めだかちゃん、風巻さん、美沙ちゃん、はやてちゃんの四人と出会ったので学校探索とまでは出来なかったけどね」
「そこから先は、僕たちが引き継ごうか。どうも、さっきも名乗りましたがもう一度。風巻豹です」
「黒神めだかだ」
「結城美沙でぇ~す、イェイっ!」
「おっす、黒鉄はやてでっす! よろしく!」
丸々と太った男に、グラビア顔負けのナイスバディな制服美女、それにちびっこ二人。
なんともちぐはぐな四人組が、学校に到着した二つ目のグループだった。
「僕たちは全員、ここから東の方の市街地がスタート地点だったんだ。
みんな他の知り合いを探していたこともあって、スタートから一時間もしないうちに四人集まることになった。
最初こそ互いのことを疑いもしたけどね、」
「めだかちゃんが、さっきの調子でわたしたちのことも信じる信じるってね。
あんまり自己チューってか、王様……女王サマ? 上から目線というかなんというか……
とにかくわたしたちみんな、すっかり毒気抜かれちゃってさー」
けらけらと無邪気な笑顔を浮かべながら、美沙がめだかの方を見る。
にやりと不敵な笑みを絶やさず、めだかも美沙の方へと顔を向ける。
「めだか『ちゃん』ではなく、『さん』だとさっきも言っただろう、美沙。
ただし、どうしてもというのなら――『お姉ちゃん』まで譲歩してやってもいいぞ」
はははと笑う二人の様子に、思わず風巻も苦笑い。
めだか君のおかげで、四人とも意気投合できたよ、と続ける。
そして、「だけど」と逆接を前置きし、合流してから学校までの道中のことを話し出した。
◆
四人が合流し、打ち解けてから幾らかを経た頃。
話題に上ったのは、これからどう動くか、という行動方針の選択についてだ。
話してみたところ、四人ともこの場に知り合いがいるらしい。
そして彼らは四人にとってかけがえのない家族であったり、背中を預ける戦友であったり、とかく大切な人々であった。
一刻も早く安否の確認をしたいのは山々だが、最初の場所からランダムに飛ばされた今では所在さえもつかめない。
「善吉や阿久根書記ならば心配せずとも十全であろう。だが、いずれにせよ合流は不可欠だ」
「パニクった人たち同士で殺し合いが始まってもおかしくはないし、ちゃっちゃと合流してシュババっと解決したいところよねぇ」
「合流を目指すならこの地図に書かれた施設を回っていくのが手っ取り早いだろうね。
だけど、人が集まる場所は必然的に危険度も高くなるはずだよ。
最悪の場合、入った途端にトラップが発動して一網打尽……なんてことも考えられる。
ぼくたちに配られた武器を見るに、殺すという意思さえあれば簡単に殺せるような状況が作られてるのは確かだ」
「しかし、虎穴に入らずんば虎児を得ずともいう――己を守る臆病さと、皆を救う無謀さならば、私は後者を選ぶよ」
たとえ向かう先が地獄の釜の底であっても、助けを求める人間がいるのならば迷うことなく飛び込んで見せるのが、黒神めだかという人間だ。
しかし、めだかはそれを他の人間にまで強制するつもりはなかった。
誰しもが、誰かを守れる力を持っているわけではない。
それを出来る者が力を奮えばそれでいいと思っている。
だが、
「んじゃ、すぐに出発しよーよ!
あやなとじゅんじゅんとしぐまも、きっと同じこと考えてるだろーし、こう、ずばばーっと、しゅばばばっと!
ごーすとれーと ごーほむ ごーまいいえーい!」
「言えてない言えてない。……ま、わたしもはやてに賛成かなぁ。怯えて逃げ回るだなんて性に合わないしね。
幸いなことに、アシもどうにかなりそうだし……ね、風巻さん?」
はやて、美沙の二人もまた、友や家族のためならばどこまでも爆進出来るイケイケな女の子なのだった。
やれやれ、と風巻が肩をすくめてため息を一つ。がさごそと、デイパックの中を漁り始めた。
風巻の手に握られたのは鍵と一枚の紙切れだった。
紙には、簡易的な地図と番号が書かれている。
「どうやらこれが、僕に支給された道具みたいだ。
記された場所を目指す途中で君たちに出会ったから僕もまだ現物を見たわけじゃないけど、鍵と番号から推測するに、車か何かが用意されてるみたいだね」
「よし――それでは、出発だ!」
◇
「うっおー! テンション上がってきたぁぁぁぁぁ! しまきん、もっと飛ばせえええええ!」
「しっかし、しょっぼい軽自動車ってねぇ……もうちょっとマシなもん用意してくれたっていいのに」
「うむ、欲を言えば被害者すべてが乗り合わせられるような大型バスの類いがあれば最適だったのだがな。
これだと詰め込んでも、精々六人が限界といったところだろう。
車があると聞いたときは移動拠点に出来ればとも考えたが、なかなかそう上手くはいかんな。
とにかく、無いことを嘆いても何も始まらん」
「ほしがりません、かつまではー!」
「はやてもワケわかんないこと言ってないでちょっとは落ち着きなさいってば。
いつどこから襲われたっておかしくないこと、わかってんの~?」
「お?」
「ん?」
「あれ……」
「「……人だ!」」
はやてが指差した先にあったのは、走る四つの人影。
三つを、一つが追っているように見える。そして時折光る煌めきは、
「……闘ってる!?」
抜き身を晒した白刃が、日の光を反射したものだ。
運転する風巻が、アクセルを強く踏んだ。
距離にして数十メートル。時間で言えば数秒。
縮めた先に見えた人影の正体は、
「あやなー!?」
「モンたんに……ゲッ、ミュージアムのハイキュレーター!」
「その声……クロか!?」
「おお、ミサ! 感動の再会といいたいところだが、こっちはそれどころでなくてな!」
はやての刃友である無道綾那と、美沙の『趣味』でのお知り合い、デイモン・ギャレット。
同様に『趣味』でのお知り合いだがこちらは敵対しているヴァン=バチスト・ギヨーム。
最後の一人は全員が初見の赤毛の少女。
「しまきん、どーにかしてあやなたち乗せらんない!?」
「さすがにあと三人は無理かな。それに、車を止めているうちに僕らもろともやられる危険だってある……」
「あの襲ってるの、相当強い上に殺人なんてなんとも思わないようなヤツよ……!
下手すりゃ、三人とも!」
いつもひょうきんなはやてと美沙の二人も、この事態に冷静さを保てないでいた。
綾那もデイモンも、ある程度の武術の心得はある。だがそれは、あくまで常人が修得しうる範囲内のものだ。
身体能力そのものが人間離れしたギヨームが相手では、勝つことはおろか逃げることさえままならない。
現状も、防戦一方。即席のコンビでなんとかギヨームの猛攻をしのいでいるが、終始押されたままだ。
このまま消耗すれば、いずれは……
状況を打破するには、とはやてたちが頭を唸らせていたとき、めだかが呟く。
「あと三人は無理でも――あと一人なら、大丈夫であろう?」
めだかの発言に、意図を理解した風巻がハンドルを寄せる。
助手席に座っていためだかが、窓から半身を乗り出し、そして、
「黒神ラリアット!」
ギヨームを、右腕一本で引っ掛ける!
超人的なめだかの腕力に自動車の推進力が合わさり、さしものギヨームの巨体も引き摺られ綾那たちから引き離されていく。
「あやなーっ!」
「こっちは大丈夫だ、心配するなっ!」
「モンたん、コレ餞別ってことで!」
「おお、恩に着るぞミサ」
美沙からデイモンへ、デイパックごと装備が投げられる。中身は美沙に支給された銃器、弾薬類だ。
いざとなれば車で逃走できる美沙たちと違い、デイモンは少女二人をかばいながら己らの足で移動しなくてはならない。
せめてもの助けになればと願い、美沙はデイモンへそれを渡した。
「美沙ちゃん――少し、ハンドルお願いできるかい?」
風巻の声に、美沙は頷きを返し、助手席から手を伸ばす。
美沙に運転を任せた風巻は、窓の外で引き摺られるギヨームの方へと向き直る。
突然の衝撃になされるがままになっていたギヨームだが、数秒後には意識を取り戻し、拘束をほどこうとめだかの剛腕を両の手で掴んでいた。
ギヨームを解放するには、まだ早すぎる。デイモンたちとの距離は広がる一方だが、まだ視界の中に収まっている。
完全に安全だと保証できるまでは、こちらでギヨームの足を止めなくてはならない。
「創造領域――地母神(キュベレイ)!」
風巻の声が響くと同時、車体の上に重みが生まれる。
虚空から産まれた土くれが、四つ腕の土人形の姿となったのだ。
獣の騎士の一人、風巻豹――彼が持つ念動力の能力は、土人形の創造。
風巻の命令に従う従順な下僕は、ギヨームの巨体を掴み、めだかから引き離した。
そしてギヨームを連れたまま、車から飛び降りる。
「いけ、ミッドヴォッホ!」
命を受けた土人形が、ギヨームと対峙する。
かたや人ならざる人外の土人形。かたや人を超えた人狼の戦士。
パワーは互角。ならば、勝負を分けるのはそれ以外。
それはたとえば頑強さ。そして、戦闘技術。
ミッドヴォッホはスペックこそギヨームと拮抗しているが、知能そのものは低く、戦闘経験もまた少ない。
四つの腕をフル稼働させた大振りの打撃も、当たらなければ何の意味もないのだ。
巨体に似合わない俊敏な立ち回りを見せるギヨームには、ミッドヴォッホの攻撃は遅く、単純すぎた。
なんら決定打を与えることも出来ず、ただ時間だけが過ぎていく。
ミッドヴォッホの鈍重さに見切りをつけたギヨームは、土人形へと打撃を加える。
細かく、しかし重い連撃が土の身体に損傷を与えていく。
「こんなものか、貴様の手品は!」
ミッドヴォッホの背中に回っての、ギヨーム渾身の掌打――!
疲れを知らぬはずの土人形が、がくりと膝をつく。
「くっ……!」
おかしい。風巻は額に流れる汗をぬぐい、思考する。
土人形の錬度が、下がっている?
今回召還したミッドヴォッホは、風巻が造り出した四体目の土人形だ。
これまで、一体目より二体目、二体目よりも三体目と、作るたびに土人形はその力を上げていた。
確かにギヨームは強い。だが、ミッドヴォッホの力もこんなものではないはずなのだ。
それだけではない。召還した風巻の消耗も、これまでとは比にならないほどのものになっている。
(これ以上の戦闘続行は無理……か。これもまた、プレシアの仕業なのか?)
このままミッドヴォッホが倒されるのを眺めていては、今度は自分達が危ない。
ギヨームをこちらに引き寄せてから、十分な時間が経っている。
時間稼ぎの役目は果たせただろう。
「ミッドヴォッホ、そのまま相手を止めるんだ!」
ハンドルを握りながら、風巻は土人形に最後の命令を出す。
撃破されるミッドヴォッホを後目に、風巻たちを乗せた車は戦場から離脱した。
◆
「――ぼくたちはそのまま学校へと辿り着いた。そして、真黒くんたちと出会い、今に至るというわけで、ぼくたちの話はこれで終わりだ」
話し終えると、風巻は進行を真黒に任せ席に座った。
「……どうもありがとうございます、風巻さん。死傷者こそ出なかったものの、戦闘行為は行われたというわけですね」
「うん。結局、はやてちゃんと美沙ちゃんの知り合いの人たちとも別れたままだ」
「モンたんが付いてるから、そうそう危ないことにはならないと思うけど……一応武器もいくつか渡しておいたし」
「なるべくなら、早急に合流しておきたいところだね……」
「それに関してですが、この集まりが終わり次第風巻殿の車を借りてはやてと二人で彼らを探しに行こうと思っていたところです」
「めだかちゃんが?」
「はい。先の戦闘で風巻殿は疲労困憊の様子……なら、動けるのは私くらいなものでしょう」
車の運転は……と言いかけて、真黒は口をつぐんだ。
どちらにせよこの中で正規の免許を持てるような人間は風巻くらいなものだ。
それに、愛する妹ならばこう言うに違いない。
『ルールとは人を縛るためではなく、人を守るためにあるのです』
「……はぁ、分かったよ、めだかちゃん。ただし、危ないと思ったらすぐに戻ってくること。分かったね?」
「その約束は出来かねません。私は、他人を守るために行動するつもりなのですから」
「……んじゃ、よぉ。そろそろこっちの話に移っていいかよ? といっても話すことは殆どないんだけどな。
たまたま会った中塚とたまたま学校を目指したら、たまたまアンタらと会ったっつー、ただそれだけの話だよ。以上」
めだかたちの話を遮るように、名瀬夭歌――本名、黒神くじらが自身の動向を簡潔すぎるほど簡潔に説明した。
隣に座る中塚侑実子も、名瀬の話に間違いないというニュアンスを込めこくんと頷く。
有無を言わせぬその態度に、一同も口を挟めず受け入れるしかない。
「そ、そうか……なに、無事でいてくれたならお兄ちゃんはそれだけで満足だよ。
……さて、ここまでの話を踏まえた上で――これから僕たちがどう動くのか、具体的なプランを練っていきたい」
もちろん第一目的は、全員での生還だ。
だが、ギヨームの襲撃を例に、各地で戦闘――そして死者が出てくる可能性は高い。
少しでも被害を減らし、ここから脱出するために、いくつもの課題をクリアする必要がある。
「さっきめだかちゃんが手を上げた被害者同士の合流も、そのうちの一つだ。
脱出するその時には全員が集まっている必要があるし、何より数は力だ。
襲撃者から自衛するにしても、こちらの頭数が多ければそれだけ優位に立てる」
「次に考えなければいけないのは、この首輪をどうするかだね。
ぼくたちが脱出のために画策したところで、この首輪を爆破されればそれでお陀仏だ。
プレシアたちに気付かれることなく首輪をはずす手段を見つける必要がある」
「脱出手段については、ぼくのほうで考えてみます。
多元世界の知識を持っているのは、この中ではぼくだけですし……」
クリアしなければならない関門は、いくつもある。
今は一つ一つそれを潰していくしかない。
長い戦いになるかもしれないと思いながら、みなは話を進めていく。
◇
「ふぅ……ようやく終わったね」
作戦会議も終わり、一人風巻は空き教室で息を吐く。
めだかとはやては、会議が終わるやいなや教室を飛び出していった。
それだけ、助けたい誰かのことが大切なのだろう。
「綾那ちゃん……に会うまではあんなに賑やかだったのに、さっきのあいだ中ずっと静かだったのは、そういうことなんだろうね」
独り、誰に向かってでもなく、呟く。
――いや、独りではない。
あの場所にいた誰一人として知覚できなかった存在が、風巻の側にいる。
「ねぇ、クー。最近は騎士団の皆といることが多かったからね。
誰にも気づかれないというのも久しぶりだったんじゃない?」
「別に慣れてるからいいの」
風巻の従者、クー=リッターはずっと風巻の側にいた。
だが、やはり風巻ら獣の騎士以外の人間にはクーの姿は見えないらしい。
君たちには見えないが、人語を喋る黒猫がそこにいるんだと言っても無闇に混乱させるだけだろう。
風巻はクーの存在を、隠すことに決めたのだ。
「もしかしたら……クーに仕事をしてもらうことになるかもしれないからね」
誰にも見られないクーは、時として最高のスパイにもなる。
現時点でも、注意すべき人物はいる――黒神くじらと中塚侑実子の二人組だ。
よく見れば、中塚の身体には負傷の痕があった。
それもついさっき出来たかのような、生々しいものがだ。
学校に来る前に、何らかの戦闘行為を行った可能性は高い。
だが、それを隠した二人には、何らか考えるところがあるのではないか?
もしかしたら今自分達は、喉元にまで凶刃が迫っていることに気付いていないのかもしれないのだ。
――だが、今の風巻には二人よりも頭を悩ますことがあった。
魔法使い。
ユーノはプレシアを魔法使いだと表現した。
そして、風巻もまた、魔法使いを知っている。
アニムス。風巻が所属する獣の騎士団、その標的こそが魔法使いアニムスなのだ。
「お前も……あの場所にいたのか? アニムス――」
【E-2 学校】
最終更新:2011年06月16日 05:38