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Carnival


魔法使いは笑っている。
自分が演出した舞台が、思惑通りに進行していくことに。
枷をはめられた哀れな生け贄たちが、掌の中で踊っていることに。
瞳に映る幾十の姿がもがき苦しむ様を見て、愉悦に浸り口の端を醜く歪ませる。
進め、進め。破滅へと突き進め。しかしこの破滅は終わりではない。
この破滅は――始まりなのだ。破滅の先には願いが残る。願いと共に、始まりがある。

今、更に命が失われた。

 ◇

『彼』が牙を剥いたとき、少女の命は即座に奪われた。
痛みを感じる暇さえもなく、本当に呆気なく、少女は死んだ。
『彼』の心に人を殺した忌避感などない。『彼』はこれまでに、何度も何度も人の命を奪ってきた。
人を殺すことを生業にして、『彼』は今まで生きてきた。
だからといって、『彼』が生来のシリアルキラーであったり、殺人に異常な執着を見せる性癖を持ち合わせているというわけではない。

『彼』が人を殺すのは、『彼女』を守るためだ。
『彼女』をありとあらゆる害と悪から守り抜くために得た知識と技術を用いて、『彼』は仕事/殺人を遂行する。
依頼成功率100%――東日本最高の殺し屋の異名を持つ『彼』の名は、弑・四方儀。
弑は、この殺人ゲームにおいて、狩る側になることを決めた。
最終的な目的は、殺人ゲームに巻き込まれた『彼女』を生還させること。
最初はゲームの趣旨に反して『彼女』を会場から脱出させることも考えたが、不正な手段で逃亡したところで再び『彼女』に危険が迫る可能性が高い。

ならば、選ぶべきは正攻法――『彼女』を最後の一人にするしかない。

プレシアが最後の一人に手出しをしない保証はない。
しかし、それでも、それが『彼女』の安全を守る最善の策ならば、弑は乗るしかない。
幸いにして、殺人は弑が最も得意とする分野だ――勝算は十分にある。

静馬夕歩、と名乗った少女には弑の方から近付いた。
いきなり襲うような真似はしない。無害を装い、相手の警戒心をなるたけ解いてからの接触。
二言三言かわしただけで静馬は弑に対する警戒を解き、口下手ながらに彼女とその知り合いの情報を喋ってくれた。

夕歩には、このような殺し合いに巻き込まれる覚えはないこと。
彼女の学友たちの名前も名簿に記されていたこと。
皆ある程度の剣の心得はあるものの、殺し合いの経験など皆無な一般女学生であること――

そこまで聞いて、弑は夕歩の殺害を決行した。
じゃれつく子猫のように、後ろから夕歩に抱きつく。
最後の表情は、困惑したような、照れたような、とても可愛らしいそれ。
見るもの全てを蕩けさせるような表情を浮かべたまま、夕歩の首が90度折れ曲がる。
武器の一つも使わずに、弑は静馬夕歩の命を奪い去った。

「まず、一人――」

表情一つ変えず、夕歩に支給された装備を物色する。
弑の中には人を殺したことによる罪悪感も達成感も何もない。
まだ、一人。弑はこれから数十の命を奪わなければならないのだ。
こんなところでいちいち心を動かす余裕などない。

がたり。

振り返る――尻餅をついた少女が、視界の中に入ってくる。
少女は目尻に涙を浮かべ、がたがたと震えている。
弑を見て――ではなく、首があり得ない方向に折れ曲がった夕歩の死体を見てのことだろう。
少女が着るセーラー服とこの反応からして、夕歩と同じく荒事とは縁遠い『表』の世界の人間に違いない。

「おい」
「ひっ……!」

ああ――間違いない。こいつは、今までぬくぬくと生きてきただけの人間だ。
自分が生きていることが当たり前過ぎて、生きることに必死になったことがない人間だ。

「お前は、死にたくないと思うか?」

唐突な問いかけにしばらくぽかんとしていた少女だったが、言葉の意味を理解した途端に、強く頷き始めた。
既に涙は目尻から溢れ、しかし腰でも抜けたのかべたりと地面に尻をつけたままだ。
醜いな、と弑は思う。生きることに無頓着な人間ほど、死に際は醜い。
逆に悪人ほど、死に際は潔い。悪を為して身を成した人間には、死に対する覚悟がある。
そういう意味で、この少女は呆れ返るほどに善人なのだろう。

誰だって、死にたくなんかない。
それでも死は、すべての人間に平等に訪れる。
要はそれが早いか遅いかというだけの違いだ。
その違いに、人は執着する。そのために、鬼にも悪魔にもなる。

「死にたくない――なら、どうしてぼくを殺そうとしない?
 ぼくを殺せれば、少なくとも目の前の危険は排除できる。
 そのくらい分かってるだろう?」

それさえも分かっていないのなら、最初からこんな猶予を与えたりはしない。
少女の手に黒く光る拳銃が握られていたからこその質問だ。

「この場所に、お前の知り合いはいるか?」

ぷるぷると小動物のように少女は頷く。

「お前は、そいつらを殺せるか?
 そいつらを殺して、自分が生き延びる道を選べるか?」

少女の嗚咽は、更に激しくなる。
薄々と、弑がこの質問をしてきた意味を理解したのだ。
もし、最後の一人を目指すとして。
一人で他の四十人弱を殺すのは、非効率極まりない。
最後の一人になれればいいのだ。人数を減らすのは、必ずしも自分でやらなくとも。
たとえば、そう。見ず知らずの人間よりも、元々知り合いだった人間の方が、まだ信用できる。
そこに、隙が生まれる。だから、殺人の難易度だけ考えれば、知り合いを殺す方が、きっと簡単だ。
油断した隙を狙えば、きっと、わたしでも殺せる。
わたしなら――宮永咲なら、清澄のみんなを、殺せる。

殺せると言えば、わたしはきっと見逃されるだろう。
その代わり、わたしはきっとみんなを殺さなければいけなくなる。
原村さんと、優希ちゃんと、部長を。
わたしは、殺せる?
自分が生き延びるために、みんなを殺せる?

答えが――答えが、出なかった。
この沈黙は、否定としか捉えられないだろう。
きっとわたしも殺される。あそこで転がっている子のように首を折られて殺されるのか。
この銃を奪われて撃たれるのか。奪われる前に撃ってしまう?
ううん、きっとそんなことは出来ない。

結局のところ、わたしは何にも決められなかったのだ。
殺したくない――死にたくない。
どちらを選ぶことも出来ず、ただ黙っているだけ。
死にたくないなら、這いつくばってでも命乞いをして、誰でも殺すと言えばいい。
殺したくないなら、胸を張ってそう答えて、誇りを抱えて死ねばいい。
どちらも選べない半端者のわたしは、きっとこのまま死んでいく。
涙と一緒に色んなものを垂れ流して、後悔にまみれて死んでいく。

こんな異常な場所で、普通でいたくて。
でもこんな異常な場所で普通を貫けるだけの異常でもなくて。
わたしは、ただここで――

「――死になよ」


【静馬夕歩 死亡】
【宮永咲 死亡】

 ◇

――都城王土は、生まれながらにしての王だった。
王となるべくして生まれた彼は、王となるべき力を持ち、しかし王となることを拒んだ男でもあった。
彼の言葉は王の言葉だ。
王の言葉は絶対で、だから彼の言葉を聞いたものは逆らうことが出来なかった。
しかし律せぬ力だけを持てば、暴君にしかなり得ない。
力を支配できるだけの心があってこそ、王は王たりえる。
彼は、王の地位を拒み、王の力を自制すべく、王を捨て、人を避けた。
だが――『王』は、彼を掴んで離さなかった。
幾年にも及ぶ彼の努力もむなしく、王の力はまるで呪いのように彼の心さえも蝕んだ。
己の持つ力に屈した都城王土は、だれも寄せ付けぬ絶対にして傲慢な王となった。

「――跪け(ヒザマズケ)」

王土の言葉に、また一人地に倒れ伏す。
倒れた男の名はスプレイ。超古代文明の機器を全身に組み込んだ機械人間(チューンマン)。
取るに足らぬ愚民の一人であるスプレイが、どうして王に逆らうのか。
いくら歯向かったところで、王の前には平伏すのみ。何も得るものなど無いというのに。

「見ず知らずの小娘を助け、それで満足か? 機械男よ」
「……プシュー。うるせーんだよ、ファック野郎。ンだおめー、王だのなんだの。
 いい歳こいて厨二病かよ、ダッセーな」
「フン、減らず口を。あくまで俺に歯向かうというのなら――よかろう。そこで朽ちていけ」

王を敬え。崇めよ。平伏せ。跪け。服従せよ。
王の命令がスプレイの痩身を縛る。
言葉は更に激しく、熾烈なものになる。

王土の言葉の正体――それは、電気信号そのものの放出。
生物も、機械も、突き詰めれば電気信号による命令で動いている。
王土はその命令そのものを上書きし、電気の届く範囲にあるありとあらゆる存在を、自分の意のままに操ることができるのだ。

スプレイの全身に埋め込まれた機械が、悲鳴を上げる。
主の意にそぐわぬ命令が、絶え間なしに送られてくる。
既に、どの命令が本物で、どの命令が偽物か判別さえもままならない。

「ぐッ……!」
「辛いか? 苦しいか? それこそが、王に逆らった罰だ」

――死ね(シネ)。


【スプレイ 死亡】

 ◇

加治木ゆみは、走っていた。逃げ出したのだ。
自ら王を名乗る男と、自分をかばってあの場に残ったスプレイと、その両方から。
逃げ出して、生き延びてしまった。

修羅場の経験一つないゆみでさえ、正対した瞬間に悟ったのだ。
――この人間は、自分とは違う。生物としてのステージが、まるで違う。
あの場にいれば、自分は真っ先に命を落としていたに違いない。
だから、逃げろと言われた途端に、脇目も振らず逃げ出した。

私は、弱い人間だ。
牌を少々握れる他には取り立てて取り柄もなく、至極平凡な人生を歩んできた。
喧嘩さえもろくにしたことがなく、まして命の奪い合いをすることになるなど、想像の埒外もいいところだ。

だが、現実として、私はいつ命を奪われてもおかしくない盤上に立たされている。
何故、自分が――と、思う気持ちも少なくない。
先に述べたように、私には特別なものなど何もないからだ。
選別に何かしらの基準があったとして、自分がそれにパスするとは到底思えなかった。

いや、むしろ――誰でもいい、のか。
普通であるということが、ステータスなのか。
逃げ惑い、泣き叫ぶ役も、この死亡遊戯には必要ということか。

――会いたい。会いたいよ、モモ。

走るのに疲れ、思考に疲れ、最後に浮かんできたのは後輩の顔だった。
東横桃子――ゆみが最も信頼する、鶴賀高校麻雀部の一員だ。
彼女を初めて見つけたときのあの感覚は、今でも覚えている。
歓喜と期待が入り交じったそれはゆみの身体を震わせ、後輩の教室まで赴き公衆面前の前で桃子を求めるほどの熱を生み出した。
その熱が、段々と形を変え――今では、熱ではなく、温もりになっている。
傍にいてほしい。ただ、そう願える存在になっていた。

桃子の名前も、名簿には記されていた。
もう、二人でずっと一緒にいることは、叶わない夢になってしまった。
せめて、会いたい。何も言えないまま別れるのだけは嫌だ。
会って、今までどれだけお前に助けられてきたのか、伝えたい。
伝えたい気持ちは、いっぱいあるんだ。話したいことも、いっぱいあるんだ。

――でも、もう、どんな顔をしてお前と会えばいいのか、分からなくなってしまったよ。

自分はスプレイを見殺しにした。逃げたんだ。
そこまでして、生き延びても――胸を張って、お前と会えない。

――私は、生きたいのかな。それとも、死にたいのかな。

 ◇

魔法使いが笑っている。
舞台は進行している。もう、誰にも止められやしないだろう。
儀式は完遂され、悲願は成就する。
愛しい我が子も、更なる怒りと悲しみを振り撒いている。
数日もしないうちに、蟲毒は完成する。
最後の一人になるまで、殺せ、殺せ、殺し合え。
残り――34人。



【D-5 市街地】


夕歩
王土
スプレイ
ゆみ


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最終更新:2011年06月16日 05:59