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BAD DREAMS


死ぬ、ということについて考えたことがない人間は、きっといないだろう。
生きている限り、人は必ず死ぬ。それは決して避けることが出来ない世界の理だ。
そして、死んだ人間は、失われた命は、取り戻すことが出来ない。
奇跡は起こらない。ヒトは、死ねば死んだままだ。
死者を生き返らせるだなんて、そんなことが出来るのは――

「神様くらいなもんだよな。でも、ほいほいとそんな奇跡を起こしてしまう神様なんて、」

ぼくは、いらない。

 ◇

高町なのはは、魔法少女だ。
生粋の魔法少女ではない。生まれ持った才能こそ恵まれたものだが、魔術の存在を知ったのも、魔術の使い手となったのも、ごく最近のこと。
彼女が魔導の力を手に入れるきっかけとなったジュエルシードを巡る争いは、プレシアの行方不明という形で決着が着いた――はずだった。
だが、再びプレシアはなのはの前に現れ、クロノ・ハラオウンを殺害した。
分からない。何一つ分からないことだらけで、何をすればいいのか分からなくて。
だからなのはは、助けを求めた。最初に出会った、眼鏡をかけた青年へ。

「……多元世界に魔法、はては死者蘇生か……すぐには信じられないことだけど」

なのはから大まかな事情を聞いた夕日は、独り呟く。
信じられない言葉ばかりが少女の口から語られる。しかし夕日は冷静にその言葉の意味を考えられた。
信じられないのは、自分達が行っていた魔法使いと騎士の戦いも同様だ。
そういうことは、案外世界のあちこちで起きているのかもしれないなと口の端を曲げる。

「それで、雨宮さんが叫んでいるのを聞いて――」
「ぼくなら、プレシアを止める手助けをしてくれると思ったわけか」

……誰も聞いていないと思っていたのに、聞かれてたか。
……なんだこれ、すっごい恥ずかしいぞ。
その場で転げ回りたい衝動にかられるものの、これ以上なのはの前で恥ずかしい姿を見せるわけにもいかない。
こほん、とわざとらしく咳を一つ。極めて冷静、平静な様を装って、夕日は話を続ける。

「うん――ぼくも、こんな殺し合いに乗るつもりはない。プレシアを止めて、みんなで生きて帰ろうと思っている」

雨宮夕日の最終目的は、朝比奈さみだれの生還。
だがそれは、他者の命と引き換えに得られるものであってはならない。
夕日の言葉を受けて、なのははぽつりと自分の思いをこぼす。

「……レイジングハートがいない今のわたしには力がなくて、でも、なんとかしたい気持ちだけはあって。
 だから……雨宮さんに会えて良かったって、そう思うんです」

レイジングハートがいない今の高町なのはは、ただの小学生と変わりない。
殺し合いを止めようと気持ちばかりが先行しても、殺し合いを止める術を持たない。
その最中、力になってくれると言った夕日の存在になのはは安堵していた。

(雨宮さんだけじゃない……ここにはユーノくんもフェイトちゃんもアルフさんもいる。
 絶対……絶対に、こんな殺し合い、止めてみせる!)

あの広間での光景を――クロノの最期を思い出す。
初めて見た人の死だった。思い出すだけで恐怖で足がすくむ。
……もう、クロノと話をすることは出来ない。一緒に食事をすることも出来ない。
これから存在するはずだった楽しさや幸せは、永遠に失われてしまったのだ。
恐怖や悲しみは、なのはの小さな身体では受け止められないほどに膨れ上がっている。
ただ、それ以上に、二度とあんなことを繰り返させてはならないという強い気持ちも湧いてきているのだ。
この気持ちが、胸の奥底に確かにあるから――胸の奥から溢れ出しそうになるから。
止めるんだ、絶対に。

 ◇

――最初は、夢を見ているんだと思った。
真っ暗だった視界が急に開けて、大勢の人たちが目に入ってきた。
大部分が自分より年下で、制服らしきものを着ている少年少女も多い。
制服なんて長いこと着てないなぁ、見るのは好きなんだがと益体もないことを考えれば。
そういえば自分は、死んだのではなかったのではないかと、そんなことに考えが至った。

――東雲半月は、泥人形に身体を貫かれて死んだんじゃなかったか?

ほんの数分前まで、半月は泥人形と戦っていた。
その最中、半月は、雨宮夕日をかばって、確かに死んだはずだった。
東雲半月の物語は、そこで閉幕したはずだった。

訳の分からないまま呆然と立っていると、目の前で訳の分からない光景が繰り広げられた。
――今度は、動けなかった。誰かがクロノと呼んだ少年は、半月の目の前で死んでいった。
そのまま、再び視界が闇に包まれ――気付いたときには、街の中にいた。

夢ではない。
首に手をやれば冷たい金属の感触。
巻き付けられた首輪が、一連の出来事は現実なのだという証拠。

死んだと思ったらすぐに生き返って。
すると今度は殺し合えと命令され。

「勝手なもんだよな。どれもこれも」

自分自身も。
あの場所で少年が殺されるのを黙って見ているしか出来なかった自分自身が許せない。

(何がヒーローだよ……ばかやろう)

悔いたところで、何が変わるということもない。
分かっていても、歯痒さは消えはしない。
今度も、救えなかった――

「それで、先生は――この話を聞いて、どう思いました?」

半月は、自分の真正面に立つ女性へと投げ掛ける。
女性の名は紫水ほたる。
彼女も半月と同様に、気付けば街中に置き去りにされていた参加者の一人だ。
半月にとってもほたるにとっても、互いが初めて遭遇した他の参加者ということになる。
殺し合いに乗るつもりはないということで二人の意見は合致し、ひとまず情報の交換をすることにしたのだ。

「ぶっちゃけ信じられないわよねぇ。死人が生き返っただとか、魔法だとか。
 でも――百聞は一見に如かずというか。これだけのことをされちゃうと、そんなの出鱈目だと切り捨てるわけにもいかないかな」
「でしょ? 夢じゃないかとさっきからほっぺたつねりまくってるんですけど、まったく目覚める気配もありませんし」
「だったら、全部現実だと受け止めて行動するのが最善かー……
 あ、それと半月くん」
「はい?」
「無理に敬語使おうなんて思わなくていいわよ。タメ語でおっけー。
 先生っつってもまだペーペーの新米だからさー、そんなにかしこまれると逆に恐縮しちゃうわけ」
「んじゃ、ほたるさん」
「ん」
「おれと一緒に、この殺し合いをぶっ壊しません?」

まるでお茶のお誘いをするかのような気軽さで、半月は提案した。

 ◇

そして、なんの前触れもなく、四人は出会った。

「お、ゆーくん見っけ」

彼らの他には人っ子一人いない街の中で、半月の声は平時よりも大きく響いた。
半月にとっては、何の気なしにかけた言葉。
だがそれは、夕日にとっては予期せぬ言葉。
もう一度と切望しながらも、あるわけないのだからと諦めた声。
死に別れたはずの東雲半月との再会を果たした夕日の胸中は――

「……お久しぶりです、東雲さん」

夕日自身が驚くほどに、平静を保っていた。
アニムスの泥人形が半月の姿を模して夕日の前に現れたときの激昂が、まるで嘘のようだ。

「お久しぶりってことは……やっぱりおれってさ」
「……はい。東雲さんは、ぼくをかばって――死にました」
「の割には、思ってたより普通の反応だなぁ。ゆーくんって、人が生き返ったりとか、信じちゃう人だったっけ?」

信じない。人が生き返ったりだなんて、そんなことは有り得ない。
失われた命は、もう元には戻らない。死者は、永劫に死者のままだ。
夕日が信じたのは、

「生き返ったなんてことは信じられなくても、目の前の東雲さんは、信じられますから」

目の前で笑っている人間は、東雲半月に違いないということ。
そんなふうに笑えるのは、東雲半月だけだということだ。

「くはは、そういう風に言われると恥ずかしいな。やっぱりさ、ゆーくんちょっとキャラ変わってね?」
「変わりましたよ。……東雲さんたちが、変えてくれたんです」

命を弄ぶ神様も、魔法使いも、僕はいらない。
だけど、またこうして出会えたのなら――その奇跡にだけは、感謝してもいいのかもしれない。
ありがとうを、誰に言うでもなく、心の中で呟いた。


「……あのさー、二人で盛り上がってるところ悪いけど、わたしたちも話に入れてくれる?」
「あの、はじめまして。わたし、高町なのはです」
「よろしく、なのはちゃん。いい子だねーきみは。こんなヤローどもほっといて、二人でどっか行っちゃおっかー」

やや拗ねた調子でなのはを誘うほたるに、半月は苦笑混じりでフォローを入れる。
四人が自己紹介とそれぞれの目的――この殺し合いと、プレシアを止める――を話し終えた頃、周囲を照らす陽光は白からオレンジに変わっていた。

ぶつり、という無機質な音が響く。
四人は身構える――聞こえてきたのはプレシアの声。
死者の名を告げる、魔女の声。


【E-5 市街地】


屋上に昇って 夕日
屋上に昇って なのは
半月
ほたる


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最終更新:2011年06月16日 05:51