善悪の定義。
 古来より多くの人が考え、議論し、数多の答えを出してきた命題だ。
 善の定義も悪の定義も、時代と土地によって多種多様に変わってくる。それでも人は善と正義を求め、あるいは自らが敵対する対象に悪を求めた。
 彼───スカルマンもまた、そうした善悪の基準によって遍く敵を打倒してきた。
 しかし実のところ、彼はこうした善悪二元論にはあまり興味がなかった。探求への欲求が薄かったのだ。
 スカルマンとはマスクに蓄積された歴代装着者たちのデータの集合体。故に素体となった人間の持つ個我が薄まり、人間的な感情や道徳に鈍くなったというのもある。
 だがそれとて決して零になったわけではない。それは偏に、彼の中に設けられた善悪の基準が、極めて単純かつ厳然と成り立っているからに他ならない。

 彼の考える善悪の定義。
 それは、真に邪悪なる者は無口であるということ。
 彼はそれのみを絶対の基準として、今まで戦ってきた。

 そして今、彼の目の前には───





   ▼  ▼  ▼




 結局のところ、その戦局はあくまで"彼ら二人"でしか成り立たないものだったのだ。

 力のハサンと技のスカルマン。暗殺者でしかない者と戦士としてある者。
 性質の違いこそあれど絶対値としてはある程度拮抗している両者は、故に戦えば技巧に優れるスカルマンに分があると。
 先を見据え、緻密な戦略を立て、一手も二手も先を行く。

「……!」

 暗闇を駆ける一陣の颶風。音もなく、気配もなく、文字通りの影となって瞬時に間合いを詰める。
 体勢を崩し身動きの取れぬ一瞬を逃さず、遂にその首へと刃を叩き込まんとする。敵手は未だ反応すらできていない。
 それで終わりのはずだった。理合によって動きを崩されたハサンを、スカルナイフの一閃が刈り取り首を落とす。
 その確約された未来は、しかし想定外の闖入者によって阻まれる。

 ───二人の間に、鉄槌が如き一条の槍が飛来した。
 地響きと衝撃に土煙が舞い、狭まりつつあった両者の間合いは互いが飛び退ることで再び開かれる。柱のように突き立った槍を見遣れば、しかしそれは槍ではなく、球体の連なりの先に備わった巨大な針であった。
 スカルマンには、それが恐ろしく巨大で歪な、何かの"尾"のようにも見えた。
 そして事実、その認識は間違いなどではなく。

「これは……」

 見上げた先、"尾"の繋がる向こうには、何とも形容しがたい巨体が鎮座していた。
 その頭部はおよそ生物のものではなく、しかし鼓動めいて蠢動する様は条理を逸脱した命の形か。
 一見して蛇にも見えて、その尾にあるは二人を襲った鋭い長針。
 肉体を形作るのはそれ自体が十数メートルはある球体の集まり。波打ち蛇行する様は外見とは相反した生々しさで、だからこその冒涜がそこにはあった。
 身の丈およそ50m。
 長く、天を衝く巨体の頭部が、無機質な視線を彼らに降ろした。

「───ッ!?」

 瞬間、闇夜に銀光が閃いた。それが林内の巨石を穿ち、次いで地面を抉りながらスカルマンへと薙ぎ払われる。
 腰に構えたスカルスピアが跳ねた。その刃は盾となって、巨針の一閃を防ぐ。
 迅雷の如き反応だったが、しかし体格差から来る威力を殺しきることはできない。
 弾かれるように吹き飛ばされるスカルマンは中空で体勢を整え、何とか地面に叩きつけられることなく着地する。地に槍を刺して勢いを殺す彼を、旋回する尾が再び殴りつけた。
 空気を裂いて迫る一撃を、それより速く前方へと滑り込むことで回避する。上体を後ろへ逸らして腰を落とし、勢いのままに地面を擦る。間髪入れずに跳躍し、尾の攻撃可能圏内からの離脱を図った。
 攻撃はしない。この巨体を倒せるだけの火力を持たないから。
 逃避もしない。まだ自分は倒すべき相手がいるのだから。
 距離を取り、着地と同時にナイフを取る。そして再度の戦闘のために反転し。

「ただ一言、無様」
「ガッ……!?」

 その口から、溢れんばかりの喀血を噴き出した。





   ▼  ▼  ▼





「アサシンさん……ああぁ、アサシンさん!」

 最早そこに呪腕のハサンの姿はない。己を討ち倒したという事実と共に飛び去ってしまった。
 力の失せたスカルマンを背負い、駆ける叢が慟哭めいた叫びを上げる。しかしその声に答えることすら、今の彼には難しい行いだった。

 少し考えれば分かることだった。あの場に二騎存在したはずのサーヴァントを、けれど何故、あの巨体はスカルマンしか襲わなかったのか。
 今まで戦っていたはずのハサンは何故攻撃の気配すら漂わせなかったのか。
 己らのクラスは一体何であるのか。
 少し考えれば分かるはずだった。けれど火急の事態が思考を阻害し、致命の攻防が直感の働きすら妨げた。

 どれだけ先を見据え、緻密な戦略を立てようと。
 一手の判断を誤るだけで、全ては───

「ごめんなさい、ごめんなさい……!
 すぐに出てこられなかった! アサシンも、"あれ"も、怖くて……できたはずなのにやれたはずなのに我はもう無力じゃないのに!
 でも、令呪を使うことだって、我は……」

 少女が泣いている。
 冷徹な仮面はボロボロに剥がれて、その下の素顔が露わになっている。
 極度の恥ずかしがり屋で素顔ではまともに人と話せないはずの彼女は、けれど今はそんなことも関係なしに。
 その涙が、彼女自身に向けた無力感や情けなさだけでなく、この自分に対する感情も含まれているのだと。
 うぬぼれではなく確かな実感として、伝わってくるものがあった。

「我は何もできなかった……!
 黒影様のために戦うと言って、でも口ばっかりで!
 願いもないのに我のために戦ってくれたアサシンさんに全部全部押し付けて!」

(お前は……)

 早く逃げろと言いたかった。後ろからあの巨体が迫る地鳴りが聞こえる。忍の脚力と言えど、人間ひとりを抱えていつまでも体力が保つわけではない。
 自分のことなど放っておけばいい。元よりこの身は影、死んだところでこの闇夜に溶け消えるだけなのだから。

 だから。
 自分を見捨て、ひとりで逃げろと、そう言いたかったのに。

「アサシンさん……! 我は今度こそ上手くやりますから! もう失敗しない! 絶対絶対勝ってみせる奪われたりなんかしませんから!」

(なにを……)

 ───願いなどないと言っていたが、実のところ、スカルマンにも思うところはあった。
 それは聖杯に託すような大それたものではなく、願いとさえ呼べないような微かな気がかりのようなものでしかないのだけど。
 この現界に際し、"できるならそうあってくれ"と望んだものは、彼にも確かに存在した。

 善悪の定義。
 彼はそれを、真なる邪悪は無口であると定めている。
 故にこそ悪を滅ぼす悪たる彼はその口を開くことは滅多になかったし、叢は心を覆う仮面がなければあまりにも多弁に過ぎた。
 仮面被る暗殺の徒として在った二人は、しかし決定的なまでに善と悪に分かたれていた。

 彼はそれを善し哉と受け入れていた。悪を殺すのはいつだとてそれ以上の悪だが、世に善行を為すのはいつだとて善人であるべきなのだから。
 そして今、彼の目の前には涙ぐんで手を取る少女の姿。
 自分とは違うその在り方を、スカルマンは善しとするから。

 だから───
 だから、どうか願う。少女よ、何の因果かこの私を呼びだしてしまった哀れな娘よ。

 どうか───
 どうか、その素顔までをも悪に染めてくれるな。
 私のような、救いようのない"悪"になってくれるなと。



「アサシンさんの力は、我が全部受け継ぎますから……!」



 そう祈った、最早名前すら失った男の最後の願いは。
 他ならぬ少女自身の手で踏み躙られた。意志を継ぐという、恐らくは彼女の為し得る最後の善行によって。

「──────」

 言葉もなく、力もなく、この夜ひとりの暗殺者がこの世から姿を消した。
 悪に叶えられるべき願いなどないという、彼自身の矜持に従って。





   ▼  ▼  ▼






 振り返ってみれば、ハサン・サッバーハというサーヴァントが今まで取ってきた行動に、瑕疵と呼べるものは何一つとして存在しない。
 例えば彼のマスターである丈倉由紀の扱い。彼はその歪みを悪戯に指摘するでもなくただ受け入れ、現状出来得る限りの庇護と安寧を与え、一つ所に匿った。その判断は決して間違いではない。時間的な猶予もなく街全体が戦場となっている中、社会的な立場もないサーヴァントが取った行動としては模範とさえ言えるだろう。
 例えば戦果。白痴のマスターというこの上ない重荷を背負って尚、彼は己の本分を貫き通した。予選期間においてはその姿を一度も晒すことなく多くの陣営を破滅に追いやり、本戦に移ってもその勢いは衰えず数多のサーヴァントを屠った。マスターが複数のサーヴァントに囲まれるという危機的状況からも無傷で生還し、『幸福』討伐戦においては自らの労を支払うことなく目的を果たし、目下最大の脅威たる辰宮百合香をその手にかけることさえ成し遂げた。
 そして今、衆目に姿を晒さざるを得ない状態にて一対一の戦いに持ち込まれて尚、彼はその手に勝利を掴んだ。

 そのどれもが正しい行動だった。
 先を見据え、緻密な計画を立て、十分以上の働きをした。

「全ての障害は……排除せり」

 数多の不測、数多の困難に晒されて。
 それでも彼は全ての試練を乗り越えた。仲間も持たず、主さえ頼れず、ただ己一人のみで。
 無論、未だこの身を蝕む香の影響は抜けきっていないが、それさえある程度は意思力で抑制できるくらいには収まりつつある。夜闇に紛れて身を隠し、機を見て戦場に戻れば問題はなし。それでようやく、被った不利益の全てを帳消しにすることができる。
 とはいえ、それはあくまでゼロ地点に戻るだけ。過去の失態を取り戻した後は、それ以上の功を得なければならない。度重なる破壊の痕を見るに、聖杯戦争の趨勢は既に終わりに差し掛かっていると見てもいい以上、次なる一手こそが自分たちの命運を分けることとなるだろう。
 外洋上のライダーへの対抗策や原因不明の異形発生への対処など、問題は未だ山積みではあるが、それは他の連中も同じこと。元よりこの身は暗殺者、影に潜み闇討てばそれで良い。

「退けよ貴様等、意志の伴わぬ怪物に用はない」

 そこかしこに湧く白色の異形を、すれ違い様に切り裂く。両断された肉塊が地に落ち、しかし周囲の異形はその痕跡にすら気づくことがない。
 気配遮断を敢行するハサンを彼らが認識することは叶わないが、単純に数が多すぎて進行の邪魔なのだ。今や異形達は地上を埋め尽くさんばかりに増殖し、隙間を縫って疾走することさえ難しいほどだった。
 鬱陶しくはあるが、見方を変えれば僥倖だった。香による攻撃の強制を向ける相手が増えたという点で、この異形共は都合がいい。この分なら、腕に主を抱えた状態でも彼女を傷つけることなく行動できるかもしれない。

 どこまでも合理的に、ハサンは思考を巡らせる。
 感情の熱が入り込む余地のない、冷たい論理の思考。何の間違いもなく、事実として身の丈以上の結果を彼にもたらしてきた合理性。
 歯車のように理路整然として、だからこそ砂の一粒が入ればどうなるか。

 ───結局のところ、彼は最期までそれを自覚することなく終わった。
 故に。


「……な、に?」


 故に。
 この結末は、あるいは最初から決められたものだったのかもしれない。

 地を駆けるハサンの全身から、急速に力が抜け落ちていく。
 腕が、足が、指先が、金色の粒子となって宙に解けていく。
 一瞬前まで体を満たしていたはずの魔力が、栓を切ったように消失していく。

 これは───

「契約の喪失……まさか、ユキ殿!」

 焦燥から駆け出そうとして、けれどその脚はもう半ばまで消え失せた。
 這ってでも前へ進もうとして、けれどその腕は最早動くこともなく。
 失われていく活力に徐々に鈍くなっていく思考は、「何故」というフレーズを延々と繰り返していた。

 ……何故。
 何故、このようなことになってしまったのか。

 ───君が真実を知ろうとしなかったから。見せかけの答えに縋って何も変えようとはしなかったから。

 耳元ですぐに回答があった。それは彼の心の裡から漏れ出たものか、末期の走馬灯に属するものなのか、それすら鈍った頭では判別がつかない。
 ハサンはついぞ知ることが無かったが、彼がその手で殺害したバーサーカーのマスターは、丈倉由紀の無二の親友であった。
 由紀の話をきちんと聞いていたならば。彼女の纏う制服が由紀のものと酷似していると察することができたなら。穏やかに由紀と話す彼女が、敵意の一欠片も持っていないと見ることができていたなら。
 きっとその悲劇は起こらなかっただろう。あるいは夢想から目を覚まし、真に現実へと向き合う未来もあったかもしれない。
 だがそうはならなかった。由紀のことを何も知らないハサンに為せることではなく、結果として丈倉由紀は夢の世界に埋没し、その元凶を追ったハサンは辰宮百合香の反魂香に囚われた。

 互いが互いを尊重し、けれど互いが互いを見ることはなく。
 由紀は最後まで夢に逃避し現実を認識せず、ハサンは最後まで現実に逃避し夢を理解しなかった。
 目を閉じ、耳を塞ぎ、関わらない。
 己の世界を己の形に閉じ込めたまま、口では互いを思いやりながら見ていたのは自分ひとりだけ。由紀にとってハサンはサーヴァントではなかったし、ハサンにとって由紀は自分を現世に繋ぎ勝利を持ち帰るだけの置物だった。
 二人は最後まで見たいものだけを見て、信じたいように信じた。
 その末路がこれだ。由紀の抱える真実を知ろうともせず、自分はただ仕えるだけという見せかけの答えに自己完結して現状を変えることもなかった。

 以て性命双修、能わざる者墜ちるべし。
 どれだけ先を見据え、緻密な計画を立てようとも、ただ一手を間違うだけで。
 主従の思いを交えるという、最初の一歩を間違うだけで───

「ぬ───ぐ、オォ、おおおおおぉぉぉぉおぉぉおおおおぉおぉぉおおおおおおおぉぉぉぉ……ッ!」

 ついに体勢を維持することも叶わなくなり、気配遮断が解かれたハサンは、無数の星屑に群がられながらも叫ぶ。
 全身を襲う激痛も肉を食まれる咀嚼音も意に介さず、彼の脳内を彩るは敗残の屈辱と守れなかった悔恨と、無数の疑問符。

 何故?
 何故、何故、何故、何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故───!?

 その本当の答えを知る機会は、永遠に訪れることはない。
 晩鐘の音すら、彼には届くことがなく。絶叫は闇夜に溶けて消えた。





   ▼  ▼  ▼





 白い月光に照らされる、大きく並ぶ杉木立。
 その頭頂にて佇む、闇色のコートを羽織った影。
 コートの襟から覗くは白色の骸骨面。右手に携えるは、血も滴る少女の生首。

 遠くに、こちらへと迫る異貌の巨体が見える。
 けれど彼奴は自分を捉えられまい。アサシンのサーヴァントとして受胎し、気配隠滅の術を究めた己を。

「……」

 ハサンがどれだけ由紀の隠し場所へ急ごうと、その脚が間に合うことは決してなかっただろう。
 何故なら彼が守り求めた少女は、夕刻の時点で既に、叢の手の中にあったのだから。
 叢は、自分が捕獲した少女と、今しがた自分のサーヴァントを討ったアサシンが主従関係にあることなど知りもしない。
 ならばこれは運命のいたずらであるのか───いいや違う。
 人とは因果な生き物だと、言ったのは誰だったろうか。
 宛がわれた主という因果に惑い、主の親友を討つという因果を手繰り、『幸福』とそれに対抗した女から等しく呪詛を受け、果ては生存のためにスカルマンを退けた因果が巡りくる。
 ハサンは最初から最後まで、そうした因果に弄ばれた。
 それは運命ともよく似通った事象だが、選んだのは全てハサンの意志によるもの。
 彼は、彼自身の選択によって殺されたのだ。
 そして、叢は───

「我……いいや」

 叢は。
 かつて叢という少女だった新たなスカルマンは。

「"私"は、いざ鎮魂の夢に沈もう」

 最早、仮面で覆うしかなかった多弁な素顔など何処にもなく。
 真に無口となった"かつて少女だった"誰かが、いるのみであった。



【丈倉由紀@がっこうぐらし! 死亡】
【アサシン(ハサン・サッバーハ)@Fate/stay night 消滅】
【アサシン(スカルマン)@スカルマン 霊基譲渡】



『A-3/六国見山周辺/一日目・禍時』

【叢@閃乱カグラ SHINOVI VERSUS -少女達の証明-】
[令呪]三画
[状態]スカルマスク着用、デミ・サーヴァント化。精神汚染、視界の端で黒い秒針が廻っている。
[装備]包丁、槍(破損)、秘伝忍法書
[道具]スカルマンのコート
[所持金]極端に少ない
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にし黒影様を蘇らせる……?
1:最適行動で以て聖杯戦争を勝ち抜く。
[備考]
イリヤの姿を確認しました。マスターであると認識しています。
アーチャー(ギルガメッシュ)を確認しました。
エミリー・レッドハンズをマスターと認識しました。
※スカルマンと霊基融合しデミ・サーヴァントとなりました。叢固有の自我が薄れつつあります。





   ▼  ▼  ▼





















 私たちは、ここにいます。
 ここには夢がちゃんとあるから。




















   ▼  ▼  ▼





 壁にかけられた時計が、午後5時を知らせた。
 学園生活部の机で、由紀はひとり、みんなの帰りを待っていた。
 机の上では湯煎されたレトルトカレーが、とうに冷え切っても手をつけられないまま寂しく残されている。
 すごくお腹が空いたけど、でも食べようとは思わない。
 だって、これはみんなのものだから。
 私と、りーさんと、くるみちゃんと、みーくんと。
 それとそれと、他にもいっぱい増えたみんなの分。
 みんながどこに行ってしまったのか、由紀は知らない。すぐ帰ると言ったきり、誰も帰ってこない。
 探しに行こうかと思って、やめた。
 だって、誰かが帰ってきた時、部屋に誰もいないのは寂しいから。
 だから、自分はこうやってひとりで、みんなが帰ってくるのを待っていようと決めた。
 みんなは、きっと帰ってくる。
 だって、今日は楽しい日だから。
 昨日も、明日も、その先もずっと。楽しい日だけが続いていくんだから。
 そんな楽しい日々に、悪いことなんて起こるはずがない。
 だから、由紀は待ち続けた。
 机に頬杖をつき、そっと目を閉じ、口許に小さく笑みを浮かべて、真っ赤な夕陽を浴びながら。
 そして。


「ただいま、ユキ」


 扉を開ける音に、由紀は嬉しそうに振り返るのだ。
 そこにいる大切な人達を、思いながら。
 これからも続く永遠の今日を、想いながら。
 花が咲くような、満面の笑みを浮かべて。


「おかえり、みん


 ──────ぶつっ、

 …………。

 …………。

 …………。
最終更新:2019年06月21日 20:57