【プール棟】その1「『姫代コレクション2』」

◆シーン『?』
パタパタと羽音を響かせて小鳥が一羽。
教室の窓の外に止まり首をかしげながら中を覗き込んだ。

ピヨ。

と小さく鳴く。
青い鳥が。
鳴いたのだ。

◆TIPS戸田茂睡『御当代記』
天和3年。
駒込(こまごめ)のお七(しち)付火之事(つけびのこと)、此三月之事(このさんがつのこと)にて二十日時分(はつかじぶん)よりさらされし也(なり)。

1683年。
駒込に住むお七という女が放火をおこなったのは三月の頃である、二十日頃には処刑され首を晒された。

と記録されている。
戸田茂睡(1629~1706)は江戸時代初期に実在した歌学者である。
これはお七という女が実在したことを記録した確かな証拠である。

◆シーン1 『真夜中のプール』

それはいつの間にか其処に居た。
黒い髪に大きな瞳の切れ長の目。
そして赤い唇。
窓から差し込む月の光がプールの水面に反射する。
水面に映るのは少女の姿。

「真夜中のプールに行けば“謎の転校生”に会えるという噂」

プールサイドに座り素足を水に入れてぴちゃぴちゃと鳴らしながら遠上多月は微笑んだ。

「”本当“になったようじゃな」
「あら、私はお招きされたのかしら?」

黒髪の少女は微笑み返した。

「はじめまして。そうね、私の事はコレクターって呼んでくれると嬉しいわ」
「名前など、どうでもよい。この学園に紛れ込んだ不安定要素じゃろ要するに」

青い小鳥が。

ピヨ。

と鳴いた。

◆TIPS『天和笑委集』
これはお七の死後数年たってから発行された当時の風俗を記した実録小説本である。
それによればお七は天和の大火で家を焼かれ正仙院という寺に親とともに避難したという。

◆シーン2 『水辺の邂逅』

「貴様の目的が知りたいのじゃ」

と、遠上多月は切り出した。
コレクターと名乗る女が学内に存在している事は何となく察知できていた。
遠上多月の魔人能力『竜言火語(フレイムタン)』は過熱した噂話を実体化させる。
人の噂を元に能力を構築する関係上もあり遠上多月は常に噂話へのアンテナを密にしている。

些細な噂。
取り留めもない話。
くだらない与太話。

そういったものを聞き逃さないように注意を払って生活をしていた。
そんな噂の中に登場する不穏な者ども。
つい先日にはそのうちの一人である榑橿との接触あった。
榑橿の目的は不明だったが。
話してみて解ることもある。
状況の変化を楽しみ邪魔となるものを排除する。
自分の優位な状況を作り出し相手を嵌める事を好む。
そういう雰囲気を持つ愉快犯的な思考。
積極的な悪意を持たないが状況を悪化させることに躊躇しない道化。

遠上多月にとってそういう存在は非常に迷惑であり厄介な相手だった。
常に不確定要素を孕む事は。
世界の状況によっては祖母が死ぬという結末を回避しなければならない遠上多月にとっては本当に困る。

遠上多月の能力は噂という他者の行動による揺らぎがある以上精密さを追求できない。
それでいて下準備を入念に行い計画的に行動することで真価を発揮するという真逆の属性を抱えている。
そこにある程度の状況を読み不測の事態にそなえて手を打つというのは。
正直高難度であると遠上多月自身が理解している。

で、あるからこそ。
不安定要素はできうる限り排除したい。
自身の目的の為に。

目の前にいるコレクターを名乗る少女は。
噂を聞く限り榑橿と同じような匂いがした。
三芳過去という生徒が消えたのはコレクターと接触したからだという噂もある。

「目的?」
「そう、目的じゃ。貴様は何を望んでいる」

やむを得ず敵対するのであれば致し方ない。
だが、関わり合いにならないで済むならそれに越したことはない。

「そうね、私はお話がしたいわ」
「生憎じゃが、そういう事は望んどらん」
「まあ、呼び出しておいてつれないのね」
「呼び出したわけではない、結果として貴様が出てきただけじゃ」

そう。
遠上多月はコレクターを名指しで呼び出したわけではない。
“真夜中のプールで謎の転校生に会える”。
これは元々学校に合った“真夜中のプールに出没する人影”という噂話を加工し炎上させた結果だ。
今現在の状況で警戒すべきは学園外部からの干渉だと判断した遠上多月は。
外部からの、その中でも特に生徒に紛れ込んでいる存在を一人釣れれば良いと考えた。
そうした結果、現れたのがコレクターだった。
呼び出したのは確かだが。
積極的に関わり合いになりたいわけではない。

「私はね、コレクター」
「それはもう聞いた」
「私はお話を集めているの、いろいろなお話」
「興味本位で事件に首を突っ込む輩か、気楽なもんじゃの」

同じような相手を引き寄せてしまうのは。
遠上多月の能力故かと勘繰ってしまう。

「だから、一つ。こんな話をご存じかしら?」

青い小鳥が窓の外で。

ピヨ。

と鳴いた。

TIPS井原西鶴『好色五人女』

お七の死後3年ほど後に出版されたこの作品は。
のちに浄瑠璃や歌舞伎、芝居などの演目として広く知られるようになる。
5組の男女の恋愛模様を書いた作品である。

八百屋お七の物語。
正仙院で避難生活を送るお七はやがて寺小姓と恋仲となる。
しかし実家が再建されれば家に戻らねばならない。
愛しい相手と離れた生活は耐え難い。
そう考えたお七は実家に火を放つのであった。
火事で焼け出されれば再び正仙院で暮らすことができる。
ああ、なんという愚かさ、恋は盲目とはこのことであろう。
火付けの罪は重罪でありお七は捕らえられ。
哀れにも鈴ヶ森刑場で火あぶりにされるのであった。

◆シーン3 『攻勢』

「というお話」
「井原西鶴は知っておる、日本史などでも出てくる作家、いや今でいうと脚本家じゃな。好色五人女とは字面がエロ小説のようであったがそのような話であったのか」
「今でいう恋愛小説ね。しかも結末は悲劇で終わる系。こういうのっていつの時代でもウケるのね」
「それが何じゃというのか。今、私が問題としているのは貴様の考えじゃ。面白半分でこの学園にちょっかいを出すというのならば…」
「お七は、何で放火したと思う?」

遠上多月はその一瞬で判断を行う。
榑橿がそうだったように。
自分がそうであるように。
この少女、コレクターはおそらく魔人かそれに類する存在であり。
何かをキーとして能力を発動するタイプである可能性が高い。
相手との対話を半ば拒否して自分の話題を続けるこの会話そのものが。

「危険じゃな」
「放火が?」
「いいや、貴様が…じゃ」

能力の発動条件だとすれば。
このままその会話を続ける理由はない。
ただし、それは。

「知っておるか?“プールで溺れて死んだ女生徒の噂”を」

遠上多月にとっても同じである。

ぬるり、と。
プールの水面が揺れ。
無数の土気色の腕がコレクターを掴み水の中へ引き込んだ。

ピヨ。

TIPS 『プールの呪いの怪談』

その生徒は水泳部に所属していた。
たまたま体調不良で水泳の授業を休んだ。
クラスメイトが授業を終え更衣室に戻っていく時に。
プールサイドに落ちていた誰かが忘れたであろうスイムキャップを拾おうとして。
プールに転落した。
泳ぎが得意だったはずなのに。
普通に立てば水面から顔がでる深さでしかないのに。
皆が更衣室へ移動中で。
教師も生徒が残っているとは思わず。
その生徒は溺れて死んだ。
衣服が絡みついて。

それ以来、水着を着ないでプールに近づくと。
女生徒の呪いでプールに引きずり込まれてしまう。

そんなありがちな怪談。

◆TIPS 『検証勢によるネタ考察』

1962年。
関東北部某県某市。
市立只野宮第二高校。
当時の地方新聞の社会欄によると。
水泳授業中の事故により生徒が死亡した。
とある。
全国に広がる同様の怪談の分布。
派生時期を考えた場合。
その元ネタとなった事件はこれであるとほぼ断定できる。
そして、その学校では。
当然のように事故対策が徹底され。
教師の確認や点呼の徹底により。
以降、事故は確認されていない。

また過去に。
姫代学園で同様の事故、あるいは事件が起きたという事実は存在しない。

ピヨ。

◆シーン4 『反証』

「ふふ、冷たい。でも」

水面をコレクターと名乗る少女が泳ぐ。

「結構気持ちいいかもしれないわ」
「何じゃ今のは」

プールサイドに座る遠上多月は少し驚いた顔をして尋ねた。

「今の?」

泳いできたコレクターがプールサイドに上がり座る。

「今の情報はどこから聞こえてきた。誰が言ったのじゃ」
「そんな事は」

コレクターが備品ボックスのバスタオルで髪を拭く。

「どうでも良いじゃないですか」
「良くはない。少なくとも私にとっては」
「噂話というのは、何か元になる事実やネタが必要になる。その元ネタを調べて開示したいって思う人は結構いるんですよ。自己顕示欲っていうんでしょうか」
「貴様がそうじゃと?」
「そういう気持ち、無くはないですけれど。私がやらなくても沢山居ますから」

話しながらコレクターは更衣室へ向かう。

「そういう人たち」
「それが貴様の能力じゃと言うのか?」
「うーん、そういうわけでもないんです。私はお話が大好きなだけなので」

炎上する噂を鎮める方法はいくつかある。
その一つが事実による否定である。
だが、遠上多月の能力は世界の改変である。
元ネタからの誇張という制限こそあるが。
炎上した噂は事実となり、存在しなかった事実さえ生み出せる。
それを否定できるはずがない。

「噂って」

更衣室からコレクターが語り掛ける。

「面白いですよね。噂。根も葉もない噂。人の噂も七十五日。浮いた噂」
「何が言いたいのじゃ」
「貴方のお話ですよ、遠上多月さん。炎上する噂話。ふふ、可愛いですね」

ピヨピヨ。

◆TIPS『宮中陰陽歌集』

戦火に燃ゆる女の恐ろしや。
焼けて爛れたその肌の蜥蜴の鱗の如くなりや。
割かれた舌のげに恐ろしき事か。

遠上の住まう蛇の巫女。
流言をもって民を惑わし悪戯に乱を呼ぶ。
乱は三月にも及び国司、嵯峨康友を殺害するに至ると帝が誅罰の詔を発し鎮護将軍源眼頼が討伐の兵を挙げた。
陰陽師、剣常左門上介常、源眼頼の鎮護の軍に帯同。
悪しき風説を退け巫女を調伏した。
巫女はその言葉の罪を問われ舌を割かれ。
その戦乱の罪を問われ火刑に処されたとされる。
これは、その処刑の様子を読んだ歌だといわれており。
焼け爛れた肌がまるで蜥蜴の鱗のようである様や
割かれた舌が蜥蜴のようであったという様子を伝えている。
蛇ではなく蜥蜴であるのは火刑に処された巫女が炎の中で両手両足を蠢かせていたからであろう。

◆TIPS『西国寺年代記』

遠上氏は遠野上野を所領とする土着の一族であった。
国司である嵯峨康友の悪政を朝廷に訴え出るも退けられ一族郎党は処刑される。
ただ一人生き残った娘は圧政にあえぐ民衆を糾合し国司の軍を打倒し追放した。
国司はその責を問われ自害。
一方で朝廷の軍により乱は鎮圧された。

◆TIPS『妖異風説集』

遠上の巫女は双子であったとも母子であったとも伝えられている。
あるいは何者かがその名を惜しみ名を継いだのかもしれない。
また処刑されたというのは陰陽師の作り出した幻であり、巫女は生き延びたという説や。
源眼頼が巫女を見初めて妻としたなど。
その話は多種に及ぶ。
事実がどうだったかは不明だが。
結果として悪政の打破へとつなげた遠上への民衆の支持は厚く、数十年のちに遠上家が再興された事は事実である。
以降、遠上家は為政者ではなく主に祭祀としてその地に根を張る事となる。

◆シーン5『炎上談義』

「噂をすれば影が差す、という言葉をご存じですか?」
「勿論じゃ。しかしながら偶然の勾配というべきであろうな。話題にするくらいであるから身近になりやすい点を考慮してもそういう状況になった事が印象居残りやすいという程度のものじゃろ」
「ですね、ですが。影という実体のないものが噂であるとするならば。その影を作り出す火が必要だと思いませんか?」
「言葉遊びか?」
「ええ、言葉遊びであるかもしれません。ですが火の無い所に煙は立たないという同種の言い回しもあるでしょう?言葉とは火に例えたイメージがあるのです。言に炎と書いて談というでしょう?言葉を集めて火をくべて炎となって影を映す」
「実体がないとでも言うのか?私に!」
「噂程度には。しかしここに遠上の歴史、その来歴それを鑑みて納得のいく説明をする。それは噂ではなく物語。人の噂も75日などと言うでしょう?噂はその場限りの幻想であり影の如き存在」

更衣室の扉を開けて着替えたコレクターが姿を見せる。
その手にはスクラップブックが開かれていた。

「ですが、物語は違う。先ほどの話に戻りますがお七という放火犯が江戸時代初期に実在したことは確かでしょう。そこに尾ひれがついて噂となる。さらに物語として井原西鶴が記すことで後世に残る。ここに噂が介在する余地は最早ないのです」
「何が望みじゃ!貴様は何を考えておる!」

遠上多月が叫ぶ。

「コレクションです。私はコレクターですから」
「何を集めるというのじゃ」
「勿論それは物語(フォークロア)、さしあたっては遠上多月という少女の物語」

遠上多月が身構える。
もはや敵対は確定的だ。
で、あるならば。
当然ながら仕込みは常に二手三手を用意している。
噂の強度というのであれば。
事実として崩しがたい物であればどうだ。

ガタン。
と備品倉庫の扉が開く。
ボロボロのパーカー付きコートを着た何かが立っている。
手には大きな肉切包丁を持って。

ピヨ。

◆TIPS 『姫代学園血の踊り場事件』『生徒連続失踪事件』『裏通りの通り魔事件』

二十年前に何があったかは誰も知らない。
犯人は捕まったが真犯人は別に居たという噂が絶えない。

生徒が消えている。
いつの間にか消えている。
消えた生徒はどこに行ったのか。
殺されたという噂がある。

姫代学園近郊にある坂崎町商店街で起きた連続通り魔事件。
重傷者2名、軽症5名。
犯人はいまだ捕まっていない。
武器は包丁だった。

◆シーン6 『転校生』

噂話というものは確かに強度が弱い。
所詮は人の想像力に依存する。
だが人は様々な事象を関連付けて考える。
噂話をうまく掛け合わせることで、それぞれの噂の詳細が強度を増し。
強い印象を与える事ができる。

「知っておるか?“少女を殺して回る殺人鬼の噂”を!犯人はいまだ捕まっておらず。人知れず学園の生徒を攫っているという。捕まれば抵抗もできず痕跡も残らず殺されてしまうという噂じゃ」

そう言って遠上多月は自身の姿を変容させる。
好んでこの姿になることはない。
だが蛇のような口裂け女のような姿は“殺人鬼の噂”の対象外となる。

殺人鬼がぬるりと動く。
まるで世界にノイズが走るような奇妙な動き。
一瞬ごとにその存在場所を転移するような異動でコレクターの眼前に迫る。

「なるほどですね」

にこやかに笑いながらコレクターが呟いた。
肉切り包丁がその頭部に向かって振り下ろされる。

ガキン。
なるで金属音のような音が響く。

「面白いですね」

コレクターが指一本でその包丁を受け止める。

「私、本来はこういうパワーは無いんですが」

と言って軽く殺人鬼を殴る。

ドゴ。
という音とともに巨体が吹き飛び壁に激突した。

「凄いですね。“転校生”って」

ピヨ。

◆TIPS『戦闘破壊学園ダンゲロス』

転校生とは世界を渡り歩く者。
契約によって現れ報酬として対価を得る。
転校生は世界の法則を無視した強度と力を持つ。

◆シーン7『青い鳥』

「真夜中のプールにいけば謎の転校生に会える。いい噂でした」
「転校生?転校生がなんじゃという」
「ああ、そうか。この“世界”をご存じないのでしたね」

ピヨピヨと青い小鳥たちが屋内プールの天井付近を飛んでいる。

『噂混ぜすぎじゃねww』
『転校生知らないのか?』 
『連続殺人鬼の凶器は肉切り包丁じゃなくて刃渡り20㎝の刃物だったと記憶していますが』
『推定包丁だっけ?』
『バールのようなものみたいな言い方だな』
『転校生つえー、チートじゃねーか』
『さすがに二十年前の事件と混ぜるのは無理がないですか?』

小鳥の囀りに混じって好き勝手な言葉が聞こえてくる。

「何じゃアレは」
「気にしないで下さい。あれは青い小鳥。好き勝手に呟く観戦者。そうですね。噂の青い鳥とでも名付けましょうか」
「だから何だと言うのじゃ!転校生じゃと!ならば私も」

ピヨ!
『にわかだ!』
『いや面白いんじゃね』
『駄目だよ、今更彼女の出自変更は矛盾があるよ』

ピヨピヨ

「“覗き目”“百目”という怪談はご存じでしょうか。その亜種、現代版のデジタル怪談」
「他人を覗き見て噂を立てる怪異ですから、程度の低い噂は即否定してくれますね」

コレクターはスクラップブックを手繰る。

「話をさらに戻しますが。八百屋お七はなぜ実家に火を放ったと思いますか?」
「男と暮らすためじゃろう?家がなくなれば寺で避難暮らしができる」
「それだけなら、家出でもすればいいのでは?」
「む、なるほど」
「つまりは目立ちたかったのではないかと。私は思うのです。可哀そうな私を演出したい男だけでなく周囲から同情されたい。ただの八百屋の娘が主役になるにはそうするしかなかった」

パタンとコレクターはスクラップブックを閉じる。

「貴女がたもそうだったのではありませんか?」

◆TIPS『竜の巫女』

たかが不良相手にその姿を晒したのは何故だったか。
力を持ちながら歴史の影に埋もれた一族に甘んじるのは何故だったか。
噂を振りまき炎上させるのは何故だったか。
他者を想い、他者の為に立ち上がったはずなのに。
異形とさげすまれるのは何故なのか!
蛇ではだめだった。
それはありふれている。
だから竜だ。
それも西洋の竜。
幸いにして伝えられる初代の巫女の最後は蛇ともとれるが両手両足があるまま焼かれ多その姿は蜥蜴にも似る。
その屈辱を力に変える。
噂を燃やす。
言の葉をくべて炎に変えよ。
談。
それは遠上がふたたび談じられる為なのだ。
その姿を晒し事件を解決しその名を正しい力の者として物語となる。
そうすることで遠上の一族は報われる。

はずだった。

◆シーン8『竜の幻想は去る』

「その、目的は復古。しかして手段はあくまで善性」

異形の少女の前でコレクターは叫ぶ。

「遠上多月、貴方の目的と由来、その根源が今!」
「物語となった」

世界が閉じてゆく。

「噂に語られる異形ではない」
「民を救った英雄の末裔として」
「その姿はもう必要なく」
「ここに居る意味もない」

青い小鳥たちが物語の断片を加えて飛び立っていく。

「まずは噂、しかして根拠があれば」
「君は普通に生きていけます。もちろんお祖母様と一緒に」

人に知られたいと願った一族の娘は。
この世界から去り。
平穏の世界を生きる。

◆TIPS『血の踊り場事件』

20年前のその日。
16人の生徒が消えた。
血の踊り場事件。
死体は一つ。
だが現場に残された血は16人分の致死量に十分だった。
残された血のDNA分析結果はエラー。
15人分の人間の血液であることは間違いないが。
それ以上の情報を解析不能。

◆シーン9『コレクター』

「私たちは15枚のテクスチャをこの世界に持ち込みました」

コレクターは呟く。

「発見されない死体。被害者」

彼女の目の前には二つの死体。
それは三芳過去とも遠上多月とも似ていない。

「テクスチャとなる物語は全国に散る未完のもの、それを貼り付けることで被害者は動き出す。物語の主人公として」

死体がどこにあるかはわからない。
もう存在しないのかもしれない。
だが見つかっていないという概念に。
コレクターたちは物語という外装を与えた。
物語たちは自分の物語を完結させる為に動いている。

「私もその一人の可能性は十分にありますが」

コレクター。
物語(フォークロア)の蒐集者。
物語が閉じる毎に死体が一つ発見される。
これは、そういうゲーム。

この綴じられた姫代学園というクローズドサークルを。
覗き込む無数の目を見上げながら。

「また、いくつか物語が閉じましたね」

コレクターは自分で集めた物語を愛おしそうに反芻し。
それを持ち帰るべく、次の行動に移った。

彼女は介入者であり。
物語を閉じて綴じる者。
外にそれを持ち帰る存在。

それはこの世界の住人にとって。
怪異と何も変わりはない。


最終更新:2022年10月30日 21:50