天正5年10月10日

「殿、申し訳ありません。あるかなの儀式は失敗しました。私が、私が自由を望んだばかりに」

 十歳にも満たない幼い巫女が老人に頭を下げ涙を流していた。その手には今にも爆発しそうに激しく発光する茶釜があった。

「よい。子供一人に重荷を背負わせた儂らが悪かったのだ」

 老人、松永久秀は巫女を責めず運命を受け入れる。 異国より手に入れたタロットカード。それに込められた運命を見る力を茶器と巫女を使い増幅・変質させあらゆる願望を実現する魔道具を作ろうとした。

 しかし、その計画は失敗に終わった。『あるかなの巫女』久山愛が儀式の最中に心変わりし、タロットカードに命を捧げる役目から逃げ出し自由に生きたいと願ってしまった。その結果、タロットカードを入れた平蜘蛛は暴走し爆発へのカウントダウンを始めた。

「織田の軍が辿り着くのが先か、この平蜘蛛が爆発するのが先か、どちらにせよ終わりじゃな。儂はここで死に、タロットカードはバラバラとなる。もう、誰も願いを叶える事はない」

「私は、本当になんて事を」

「そうじゃな、確かにお主のせいで将軍家復興の夢は絶たれた。だが、お主はいくさの無い世でのびのびと過ごしたいと願った。案外、良い未来が作られるかもしれんぞ?」

 この日、松永久秀は異形の茶釜平蜘蛛と共に壮絶な最後を遂げた。何故彼が平蜘蛛にそこまで固執したのかは長年歴史の謎であったが、魔人の存在が世間に明らかになってからは平蜘蛛が強力な魔道具だったのではないかという説が浮上している。

20:20年某日
中華街

【やあ、こんにちは。久山愛君で間違い無いかな?】

「違うぜ、魔法少女あいきゅうさんだぜ!」

【そうですか。でも、本名は久山愛ですよね?】

「だぜ!」

【私は闇医者です。貴方に命の危険が迫っているのを伝えに来ました】

 「い、医者?つまりお前は…鳥越センセーが化けて出たぜー!」

【あのダメ医者とは別の医者です。本当に時間がないので、私の話を聞いてください】

「わ、わかったんだぜ。死にたくないんだぜ」

【では助言します。目が覚めたらすぐに遊園地カニカニランドまで来てください。詳しい事はそこで話します】

「あ、これ夢の中だったのぜ?ところで闇医者さん、よく見たら知り合いに似てるんだぜ?もしかして俺とあったことあるぜ?伊山って名前だったりするぜ?」

【おや、私をご存知ですか。そうです私が】

「伊山しんえもんセンセー!おひさしぶりだぜ!」

【いえ、私は伊山洋一郎です】

「ただの俺の勘違いだったぜ!恥ずかしいぜ!」

【とにかく、必要な事は伝えましたから私は消えますね。起きたらすぐにカニカニランド、わかりましたね?】

「はーいだぜ!」

 そこで目が覚めた。あいきゅうさんは辺りを見回して、ここがチャオズの王将のキッチンだと気づく。

「えーっと、そうだぜ。俺はアホカナいっぱい手に入れたら急に死ぬほど腹減って、そんで水飴をこぼして爆発して気絶してたんだぜ」

 ススだらけになった魔女服、グーグー鳴り続ける腹、やたらリアルな夢に出てきた医者はすぐカニカニランドに来いと言っていたが、あいきゅうさんにとって重要なのは目の前の衣食の問題だった。

「まずはここで着替えてメシ食って、カニカニランドはそれからだぜ。あの偽しんえもんさんには少し遅くなると連絡して…あっ、俺あの医者の連絡先知らないぜ!」

 その時、あいきゅうさんの脳内に光が差し込み、伊山に似た顔つきをした武士の上半身が演歌調のテーマソングと共に出現した。

「愛どの、心配には及ばぬでござるござるござるござるござるござるござるござるよ(医者なだけにエコー多め)」

「あ、イマジナリーしんえもんさんだぜ!」

 イマジナリーしんえもんとは!あいきゅうさんが自らのIQを分割して脳内に生み出した存在である!まだあいきゅうさんがあいきゅうさんになる前の知り合い伊山診右衛門氏をモデルとしたソレは和尚と出会ってからはすっかり出現しなくなったが、同じ伊山姓で顔も似ている伊山洋一郎と会った事を引き金として実に八年ぶりぐらいに再登場したのだ!
 なお、今後はエコー音は省略する!

「しんえもんさん、心配ないってどういう事だぜ?」

「簡単な事でござる。夢の中に現れたなら、また寝れば会えるでござるよ」

「さっすがしんえもんさんだぜ!それじゃあ俺はこれから忙しいからイマジナリーしんえもんさんはオフにするんだぜ」

「うむ。頑張るでごさるよ。ではドロン!」

 イマジナリーしんえもんが消え去った後、あいきゅうさんには冷蔵庫を開けて中にあるものを適当にレンジで温め、その間にスタッフルームで着替えを探す。

「メシ!着替え!それが終わったらカニカニランドの行き方をヤフーでググって電車の中で寝て、偽しんえもんに連絡するぜ!あ、和尚にも卑怯屋と戦って勝ったって電話するんだぜ」

 やる事がいっぱいだが、あいきゅうさんはくじけず目の前の問題を一つずつ解決していく。

「もしもし和尚、卑怯屋死んじゃったぜ!俺が殺したのぜ!」

「大丈夫や、ドラゴンボじゃなくてタロットカードで生き返る。卑怯屋もそんな事ゆうとったやろ」

「そうだぜ!俺が優勝してなんとかするんだぜ!水飴を飲みたいという願いの解釈次第で皆助かるんだぜ!」

 水飴をツボが直飲みしたいというのがあいきゅうさんの参戦時の願いである。それは二回達成した今でも変わっていない。そんな願いで卑怯屋や他の犠牲者を救う方法があるのか?あるのだ。あいきゅうさんは自分の考えた願いを和尚に告げると電話口からオッケーの声が返ってきた。

「そりゃあごっつええ願い方やな。それなら皆救われるかもしれへん。よし愛久、願いはそれでええ」

「そうするんだぜ!それで和尚、俺を助けてくれる人が遊園地で待ってるから行ってくるぜ!」

「ワイも裏で色々せなあかんからまたな。あ、せや。ぺたぺたさんには気をつけぇよ」

頑張れあいきゅうさん。伊山が敵だという可能性が完全に頭から抜けているが頑張れ。


同日同時刻
カニカニランド内宿泊施設

 やれやれ、また『以前、お会いしましたっけ?』ですか。そんな事を思いながら伊山洋一郎はベッドから起き上がり、あいきゅうさん迎撃の為の準備に向かった。

 伊山は直接戦闘を好まない。死が近い人間を夢の中で揺さぶりをかけて自滅させる。あるいは他の患者と潰し合わせる。それが伊山の戦い方だった。

 しかし、今回は自ら手を汚す事を選択した。その理由は三つ。

 一つ目、それはあいきゅうさんを放置すると優勝しかねない事。伊山はこれまで築いてきたコネを使い、東京中の防犯カメラに記録されたアルカナ持ち同士の戦いを見ていた。そして知った、あいきゅうさんが鳥越九を撃破した事を。鳥越の様な人間は伊山が最も軽蔑するタイプだったが、その実力は認めざるを得なかった。最後まで勝ち上がって来るのは鳥越、その予想を覆したのがあいきゅうさんだった。しかも、彼の願いは恐らく伊山の願いと対極にある。なんとしても優勝させてはいけない。

 二つ目、それはあいきゅうさんを他の参加者にぶつけるのが難しかったから。伊山の基本戦術は二人以上の患者を誘導する事で最大の効果を発揮する。しかし、あいきゅうさん以外の生き残りはいずれも誘いには乗らないと考えた。アレとは会話が通じない。彼は丁寧に断ってくるだろう。彼女ならコソコソ隠れてないでお前が来いと言うはず。あの女は下手に刺激せず他と戦わせておくのが最善。愚者達の戦いが始まった時、伊山には利用できる駒が無数にあった。あいきゅうさんに破れたあの大生背理も、伊山にとって使いやすい駒になりえる存在だった。だか、愚者達の戦いはあまりに激しく、心にスキのある患者はあっという間にいなくなってしまった。

 そして三つ目、伊山はあいきゅうさんに直接話したかった。伊山が直接他人に会う時、それは罪を自覚しない愚者にその罪を宣告する必要があり、物理的干渉も必要と考えた時。他の二つの理由はついでに過ぎない。伊山は会いたいから会うのだ。そこには決して譲れない闇医者としての矜持があった。

「久山愛、貴方はこのタロットカードを巡る戦いに参加する誰よりも罪深く、そしてそれを覚えていない。その罪、私が思い出させてあげましょう」


同日某時刻
環状線

「スヤァ」

 電車内、巨乳のメイドが眠っていた。あいきゅうさんである。王将のスタッフルームでハイリの予備のメイド服を見つけた彼はそれに着替え、胸にありったけの肉まんを詰め込んで巨乳メイドになったのだ。

 そして、元々来ていた魔女服はクリーニングに出した後、カニカニランド前で停車するこの電車に乗り込み伊山にコンタクトを取る為に眠りについたのだ。

「スヤァ」

 無防備に大股開きで眠るあいきゅうさん。極太ソーセージを隠したパンツが丸見えだ。そのパンツをチラ見する男やレズは多数いたが、他人の目があるこの空間では流石にガン見する者はいなかった。

「愛どのー!メイド姿も最高でごさるよークンカクンカ!」

 他人には姿が映らない彼は例外だった。伊山そっくりの武士幽霊があいきゅうさんのスカートに顔を突っ込んだり顔をペロペロしたり好き勝手している。そして、それを咎めるのもまた伊山だった。

【何してるんですか、その子に用があるのでどいてもらえませんか】

 眠ったあいきゅうさんに会いに来た伊山(本物の方の幻)がしんえもん(現時点で詳細不明、伊山のそっくりさん)のセクハラを注意する。ああ、ややこしい。

「ぬな?こんな所に拙者そっくりのイケメンかが!さてはお主も伊山でござるな」

【ああ、貴方が久山愛君が言ってたしんえもんですか】

「左様、拙者は伊山診右衛門。享年36歳、今年で400とちょっとの幽霊でござる。今はこうして死亡フラグが立った奴に助言をしてるでござる」

 自分と同じ姓、自分と同じ顔、自分と似た能力、もしかしたらこの幽霊は自分の先祖だろうか。そんな考えがよぎると同時に、あいきゅうさんが自分とこいつの死の宣告ダブルパンチを受けていると思うと少しだけ同情する伊山だった。
 ともあれ、自分は死の宣告の為の幻。あいきゅうさんに話しかけるのが存在意義なので、先祖っぽい幽霊は気になるが闇医者の仕事に戻らないといけない。

【これはご丁寧にどうも。私は伊山洋一郎。闇医者です。まあ、幻ですがね。貴方がセクハラしている子に死が近づいてきていると伝えに来ました】

「おう、それは邪魔をして失礼したでござる。さ、拙者は脇にどいておるから存分に語ってくるがよい」

 伊山の幻はあいきゅうさんの身体に重なり消える。直後あいきゅうさんの身体かビクビク震えると、数秒後にヌルリと伊山が出てきた。もちろんこの行為も一般人達には見えてはいない。

【では、要件が済んだので私は帰ります】

「ウム、縁があらばまた会おう洋一郎!ま、お主が愛どのと直接出会うのならそこに拙者はいるわけで!ハッハッハ、拙者も引き続き愛どのをペロる作業に戻るとしよう」

 あいきゅうさんの巨乳(肉まん)に顔を埋めようとした時、あいきゅうさんが目を覚まし立ち上がった。結果、しんえもんは胸ではなく股間に頭からめり込んた。

「絶景かな絶景かなー!」

 思わぬハプニングに興奮しまくるしんえもん。
 一方、あいきゅうさんは顔を青ざめさせて震えていた。これはしんえもんのせいではない。夢で伊山に告げられた新事実があいきゅうさんを震え上がらせていた。

「俺が全ての元凶…、俺の存在から始まった…、どういう事なんだぜ?会わないと、あの偽しんえもんに直接会わなきゃいけないんだぜ」

 下半身に刺さったしんえもんを引きずりながらあいきゅうさんは電車を降りる。もちろん、しんえもんは誰にも見えないから傍目にはメイドが歩いている様にしか見えなかった。


同日某時刻
決戦のバトルフィールド・カニカニランド

 カニカニランドはその名の通りカニをメインにしたテーマパークである。カニ軍艦のメリーゴーランドやジェットコースター、カニ道楽を元にしたイメージキャラクターのどうらくん、カニ尽くしのレストラン、まさにカニ好きの為に作られたそれは開園から半年で閉園となった。来客の少なさと経費の高さが原因である。そんなカニカニランドも今では伊山の隠れ家の一つ、そして今回の決戦のバトルフィールドとして活躍の機会を与えられた。

「入り口のロックは4649っと、開いた。偽しんえもん、来てやったぜ!助けて欲しいぜ!後、俺とこのマルハゲドンの関係くやしく話すんだぜ!」

「本物のしんえもんも来たでござるよフォー!」

 あいきゅうさん無事到着。グーグルマップは偉大である。

「人の事を死ぬとか悪者とか好き勝手言いやがって!早く出てきて説明するんだぜお願いします!」

「セイセイセイバッチコーイでござる」

 伊山に繰り返し不安を煽られた患者は次第に彼に依存し言いなりになる。あいきゅうさんもこの時点で完全に術中だった。

「これは腰を振るのが速すぎてゆっくりに見えるでござるよー」

 隣ではしんえもんが完全に賞味期限切れのモノマネをしているが、あいきゅうさんのリアクションはない。胸元から肉まんを一つ出して食べながら辺りを見回す。

「私はここですよ」

 あいきゅうさんの頭上から声がする。カニカニランド入り口すぐにある全長10メートルのどうらくんの上に、右手にスプーンを持った伊山が荒ぶる鷹のポーズで立っていた。

「初めましてと言うべきでしょうか。私が本体の伊山洋一郎です」

「本当に本物の偽しんえもんなんだぜ?」

「はい、この通りです」

 伊山は持っていたスプーンでどうらくんの頭をコンコンと叩く。物理的干渉か出来ている、即ち生身の証だ。

「お前が本物なのはわかったんだぜ。それじゃあ、俺に言った数々の事の説明をするんだぜ」

「そうですね。王将や電車内では私も準備があったので説明を省きましたが、闇医者として患者が納得するまで説明しますよ。今なら他の参加者は戦闘中、邪魔は入りません」

「拙者も聞いておるが良いでござるか?」

「どうぞ」

 伊山はしんえもんのを排除しようとはしなかった。他の参加者との繋がりもなさそうだし、伊山の調査結果が正しいのならむしろ彼の存在があいきゅうさんを追い込む切り札になる。

「これは最初に言うべき事でしたが、実は私はタロットカードを持っています」

 伊山はそう言い、これまでに手に入れたカードを見せつける。

「そうだったんだぜ。だったら願いを言うんだぜ。俺って前の戦いで願いを叶えさせて勝ってるから、願い次第では叶えてやれるかも知れないんだぜ。治るとしてもお互い痛いのは嫌だぜ?」

「その話は後回しにしましょう。まずは夢で話した事の続きからです。久山愛君、君はこのタロットカードがいつ、どうしてバラバラになったか考えた事がありますか?」

「え、えーと」

 あいきゅうさんは答えられなかった。そんな事考えた事も無かった。あいきゅうさんが無言でいると、隣でしんえもんか元気よく手を上げた。

「はーい、拙者知ってるでござるよ。あれは確か16世紀、拙者が死にたてホヤホヤ魔人成りたてだった頃の…」

「ストップィング!」

 伊山は左手を振りしんえもんの回答を止めさせた。

「聞いていても良いですけど、黙っていてくれませんか?私は久山君と話をしているのです。えー、では正解発表、正解は今から400年以上前、戦国時代です」

「お前はどこに向かって何を言ってるんだぜ?」

 これにはあいきゅうさんも呆れる。しかし、伊山はあいきゅうさんのジト目を気にすることなく、スプーンを指揮棒の様に振りながら自説を語り続ける。

「私は闇医者です。医者は患者に与える薬について完璧な理解をしなければなりません。このタロットカードで人々を救うと決めた私は、持てる知識とコネを活用し尽くしてカードの秘密を探り、一つの怪異が関係している事を知りました」

「ある怪異だぜ?」

「それは『ぺたぺたさん』。戦国時代に広まった不死身の妖怪の伝承です」

 あいきゅうさんは驚愕した。ぺたぺたさんについてはあいきゅうさんも知っている。殺されたら足跡だけの怨霊になり同じ方法で殺し返そうとどこまでも追いかけてくる妖怪だ。あいきゅうさんが小さい頃一人で外出するたび、和尚はぺたぺたさんに襲われんよう悪い事はせずまっすぐ帰れと注意してきた。

 今日王将を出る時、久しぶりに和尚の口からぺたぺたさんの話が出たが、まさか伊山からも聞かされるとは思いもしなかった。

「私の調べたところ、ぺたぺたさんはこの戦いに参加し、今も生き残っています。ぺたぺたさんの不死性、それが彼と同化したカードに由来していたとするなら、タロットカードが世界に散らばった始まりの時は400年以上前になります」

「そ、そんな…、ぺたぺたさんが参戦してるなんて勝てるわけないんだぜ…」

 あいきゅうさんはタロットの由来よりもぺたぺたさん参戦の方がビッグニュースだった。だが、続く伊山の言葉はさらにあいきゅうさんに衝撃を与えた。

「カードが散らばったのは400年以上前、そうだとするなら、何がきっかけだったのでしょう?私は調べました。ぺたぺたさんの伝承が生まれた以前にタロットを使った大がかりな儀式は無かったかを。そして、久山君の名前がそこにあったのです」

「ど、どういう事なんだぜ!?」

「天正5年、戦国武将松永久秀が平蜘蛛という茶器に火薬を詰め込み自爆したと言われてきました。しかし、近年では大魔術発動の失敗による爆発という説が有力視されています。何故なら、松永久秀の屋敷には平蜘蛛の他に二つの存在があったからです。一つは海外から取り寄せたタロットカード一式、もう一つは『あるかなの巫女』と呼ばれた子供、その名は久山愛!」

「俺の名前が歴史の1ページにだぜ!」

「つまり、このハルマゲドンは巫女が儀式に失敗した事で始まり、その巫女とは久山愛、君の事なのです!」

「な、なんだっぜー!!」

 あいきゅうさんはがくりと膝をついた。顔面蒼白になりワナワナと震え、そしてある事に気づき冷静になった。

「偽しんえもんさん、その話おかしくないかだぜ?俺はこう見えて男だし、16歳だし、松永ナントカもそんな儀式も知らないんだぜ」

 男は巫女になれない。16歳なら400年前の儀式に参加できない。なにより、あいきゅうさんには彼の歩んできた人生の記憶と記録がある。いくらあいきゅうさんでも、伊山の説が強引過ぎる事は気づく事ができた。

「貴方の言う通りです。ここまでの情報から推測できるのは巫女の方の久山愛が元凶かも知れないという所さんまで。では、次は貴方とあるかなの巫女が同一存在であるかについて語りましょう」

「そんな証拠あるかなのぜ!?」

「よく考えて下さい。和尚さんは貴方が戦いに行く時にどんな事を言ってましたか?鳥越九を倒した時、アルカナに語りかけ力を引き出ましたが、何故そんな事が出来たのでしょう?この町一番の商人が君みたいな小坊主の相手をしていた本当の理由は果たして?」

 どれも決定的な証拠ではない。和尚や卑怯屋は元々そういう考えの人物で、とんちモードがアルカナと一体化した状態で力を発揮するのも相性の問題かも知れない。いっその事、「んなもん知らねえんだぜ!」と伊山を殴り倒せば良い話だ。いつものあいきゅうさんならそうしていた。しかし、今のあいきゅうさんは患者だ。患者は医者の言葉には逆らえない。

「で、でも俺は平成生まれなんだぜ。とーちゃんとかーちゃんと暮らした八年と暗愚寺で暮らした八年が全てなんだぜ」

「あるかなの巫女がこの時代に生まれ変わりたいと願っていたならどうでしょうか?」

「へ?」

「巫女が使命からの逃亡を願い、その結果この時代に生まれ変わった。それが君です」

「う、うそだぜ」

「嘘つきは貴方の方です。貴方が純粋なこの時代の人間ならば、そこでコサックダンスをしている伊山診右衛門とはどこで会ったというのです」

 伊山は切り札を使った。正直な所、あいきゅうさんと松永久秀の自爆とぺたぺたさんを結びつけて全ての元凶と決めつける説は、伊山自身も半信半疑だった。しかし、戦国時代生まれのしんえもんがあいきゅうさんと知り合いなのを知った事で自説への信頼10000%に急上昇。精神的にいたぶる材料に過ぎなかった策が正当なる断罪にグレードアップした。

「さあ、マイご先祖伊山診右衛門よ!今こそ出番です」

「え、拙者喋っていいでござる?」

「はい、この少年との出会いを今ここで語って下さい」

 しんえもんはコサックダンスをやめ、ダンス中にずれたチンポジを修正しながらあいきゅうさんとの出会いを語りだす。


2012年
東京
今明かされる衝撃の事実

 この日、高速道路で発生した玉突き事故は多くの人々の命を奪った。あいきゅうさん、いや、この時ははまだ久山愛と名乗っていた少年もまた家族と共に死を迎えようとしていた。

「もし、そこの女装が似合いそうなショタよ。拙者が見えるか?拙者の声が聞こえるか?」

 いつの間にか愛の前には場違いな武士がいた。

「おじさんだれだぜ?」

「拙者は通りすがりの死亡フラグしんえもん。その車の中にいるとさらなる追突がお主にトドメを刺す。今すぐ車から出るでござる」

 愛はしんえもんの言葉に従い必死で車から脱出した。その直後、息の無い両親が残った車はさらなる追突により押しつぶされた。辛うじて生き延びた愛だったが、事故で負った怪我と両親を失ったショックは彼を何度も死へと誘う。しかし、その度にしんえもんが現れ愛を助けていた。この二人の関係は愛が和尚と卑怯屋に出会う事で、目の前の死亡フラグが無くなるまで続いた。

 しんえもんがいなくなった後、愛は寂しさからイマジナリーしんえもんを脳内に生み出したが、それも和尚から愛久という名前を貰う頃には現れなくなった。


2020年
カニカニランド
今明かされた衝撃の事実

「といった所さんでござるよ」

「いやいやいやいや、ちょっと待って下さい」

 伊山は焦る。何か期待してた過去イベントと違う。

「他に無いんですか?もっと前、戦国時代に会ってたみたいな」

「あるっちゃあるでござる。だが、それは巫女の久山愛。お主がこの愛どのとの出会いを語れと言うから拙者はそれを語ったまでよ」

 伊山としんえもんが言い争い出したその時だった。

 ボコ ボコ ボコ ピキーン

「あっ」

 めっさ顔の濃いメイドがそこにいた。伊山はあいきゅうさんのコントロールを失ったと気付く。

「なんかさっきから変な話をしちゃあ、一人でブツブツと…、こんなのやっぱり信用出来ないんだぜ」

「ふむ、では罪を認めず開き直るのですか?」

 伊山はまるで会話に何のミスも無かったかの様に振る舞いリカバリーは図るが、あいきゅうさんは既にバーカーサーとなった。手遅れだった。

「お前のやり口、卑怯屋を思い出すんだぜ。いや、卑怯屋よりやべー妄想を俺に押し付けてるんだぜ。人をお嬢様だの巫女だのいい加減にして欲しいぜ!」

「私と戦うのですか?もう少し話を聞けば良かったと後悔したく無かったら辞めるのが懸命です」

「知るかだぜ!昔の事やアホカナの事は後で和尚に聞けばいいんだぜ!」

 皇帝・女帝・力・死神。四つのアルカナを同時に輝かせながらあいきゅうさんは突撃する。あいきゅうさんが弱かったのは初戦の話、これは二戦目だが卑怯屋のせいで実質五戦目。あいきゅうさんの経験値はスカイツリー行った奴と比べても引けをとらない。

 一方で伊山は二戦目にしてほぼ初戦みたいなもの。それに加え病人だ。あいきゅうさんの攻撃を防ぐ手段は彼自身には無い。

 ガキィン!

「な、なんだぜ!?」

 あいきゅうさんの箒は伊山に届かなかった。彼の一撃を止めたのは巨大なハサミ。

「チャキーン」

「カニのオブジェが動いたんだぜ!?」

 自身の戦闘力が足りないなら他から補えばいい。他のアルカナ持ちを利用できないなら別の力を探せばいい。伊山がこの場所を決戦のバトルフィールドにしたのは、本体を晒したのはこの切り札を使用する為だった。スプーンでコンコンと頭を叩いた時、あれはどうらくんのスイッチを入れていたのだ。

「解説しましょう」

 伊山が眼鏡を輝かせ解説を始める。職業病だ。

「これは私が作った秘密兵器平蜘蛛ネオです。願望成就の魔道具として作られたにも関わらず人間達の勝手により爆発四散した平蜘蛛はタロットに匹敵する大きな力と人間への恨みを秘めています。そんな平蜘蛛の欠片を集めてカニカニランドのマスコットに埋め込んだのがこの平蜘蛛ネオなのです」

「人間を恨んでるなら、お前の言う事聞くわけないぜ?偽しんえもん、さてはお前はうちゅーじん!」

「平蜘蛛ネオは全ての人間を一律に恨んている訳ではありません。自身が爆発四散した原因に近い人物を優先的に狙うのです」

 伊山の言葉を理解した時、あいきゅうさんの背中に汗が流れた。しかし、あいきゅうさんは止まらない。それがとんちモード。今はまだ戦いに集中できる。

「ふ、ふざけんなぜ!どちらにせよまず殴るんだぜ!」

「一応は理解したみたいですね。平蜘蛛ネオが貴方を敵と認識した、それこそが貴方がこの戦いの元凶である証。言ったでしょう。私に挑むと後悔すると」

「チャキチャキチャキーン」

 繰り出されるハサミの連撃。動きはそこまで早くないがパワーは圧倒的だ。ハサミが当たった地面はえぐれ、街路樹はなぎ倒される。威力だけなら鳥越の魔人能力マユミちゃんに匹敵する。つまり一発でも食らったらほぼ終わる。

「くそっ、このやろ!倒れるんだぜ!オラー!オラー!」

 あいきゅうさんは必死にハサミを回避しながら平蜘蛛ネオの足を攻撃するが、状況はあまり良くない。平蜘蛛ネオは攻撃力は勿論タフさも半端ない。元が無生物なだけあって痛みとは無縁。故に足を二、三本壊されても普通に戦い続ける。

「ハアハア、モグモグ」

 あいきゅうさんのタイムリミットが迫る。次々と肉まんを消費し胸が段々小さくなっていく。そして、遂に最後の肉まんが無くなってしまった。

「愛どのがちっぱいになったでござる。しかし、注意せよ洋一郎。愛どのは股間にソーセージを隠してるでござるよ」

「助言感謝します。ですが、彼の性別なんて最初から分かっていましたよ」

 伊山は最初からあいきゅうさんの性別を知っているし、あいきゅうさんに自身が自分は男だから巫女じゃないと戦闘前に言っている。今更チンチン見てショック死なんてしない。だが、しんえもんの言いたいのはそういう話では無かった。

「チャキー!!」

 突如響き渡る平蜘蛛ネオの悲鳴。痛みを感じない存在が悲鳴をあげるのは致命傷を受けた時。何事かと伊山が思う間も無く、彼にも攻撃が迫る。

 それは箒だった。槍の様に投げつけられた箒が平蜘蛛ネオの眉間を貫き、その先に立っていた伊山にも襲いかかったのだ。

 パリーン!ゾリュン!

「ぐうっ!」

 伊山は咄嗟にブリッジをして直撃を防ぐ。眼鏡が割れ、前髪が削ぎ落とされたが命に別状はない。

「届かなかったぜ…」

 パンツの中の極太ソーセージとはそのままの意味で食材の方の極太ソーセージだ。あいきゅうさんのチンチンはアルカナ半分で隠せるから極太ソーセージではない。最後の切り札であるこのソーセージをかじり、一発逆転を狙って箒を投げつけたが伊山を倒す事はできなかった。あいきゅうさんの顔が元に戻り、その場に崩れ落ちる。

「少しヒヤリとしましたが、やはり勝つのは私です。さあ平蜘蛛ネオよ、その子を真っ二つにしてやりなさい」

「ヂャ…ギィ」

 平蜘蛛ネオも限界が近い。恐らく次の一撃と共に停止するだろう。だが、それも伊山の計算の内。あるかなの巫女に似た存在が死ねば次は自分が標的になるだろう。平蜘蛛ネオはここで使い捨てるのが伊山にとっての最善だった。

「ヂャギ!」

 平蜘蛛ネオはハサミで憎き存在を万力の如く締め付ける、ターゲットは当然奴だ。平蜘蛛ネオの脳裏に全てが狂ったあの日の出来事が蘇る。


天正5年10月9日
今明かされる衝撃の事実パート2

「愛どの、マジやばでござるよ!起きてる時も拙者の存在認識してるとか、明日絶対死んじゃうでござる」

「何度も申しましたよ。私はその覚悟を持ってここにいると」

 平蜘蛛を抱えた巫女が何もない場所に向かって会話をしていた。それは巫女にだけ見える死神。伊山診右衛門という名のおせっかいな幽霊だった。

「私はこの命を使い全てのあるかなに力を与え国を救うのです」

「とは言うでござるが、やっぱり君が死ぬのは見過ごせないでござるよ。この屋敷の外には美味しい物や楽しい物がいっぱいあるでござる。要はさー、願い方次第でござるよ。何とかして愛どのも国も良くなる願いを考えてみるでござる」

 あるかなの巫女と同調していた平蜘蛛はしんえもんの存在を朧げにだが感じ取っていた。そして、こう思った。もし明日の儀式が失敗したならそれはこいつのせいだ。そうなったなら、この身に手足を生やしてでも追い続け倒してやる。そう誓った。


2020年
今明かされた衝撃の事実パート2

「ぐああああ!!」

 平蜘蛛ネオのハサミは伊山の胴体を締め付けていた。

「平蜘蛛ネオストップィング!よく見て!久山君まだ生きてる!私ノー!まだターゲットノー!」

「ヂャギィィィ」

 平蜘蛛ネオは喋れないが、そのハサミのパワーはイエスだった。お前からでいいんだとハサミが語っている。

「さっきまで私を襲わなかったのに、何故!?」

「お前の今の姿が拙者クリソツだからでござる」

 しんえもんに言われて伊山はスプーンを鏡代わりに使い自分の顔を確認する。闇医者から落ち武者にジョブチェンジした自分がスプーンの中にいた。

「伊山診右衛門!貴方平蜘蛛に何したんですか!」

「あるかなの巫女に生きよと助言したら、翌日平蜘蛛爆発したでござる。テヘぺろでござる」

「そういう事はっ!もっと早く!」

「言おうとしたら止めたのはお主でござる」

 ぶちん

「あっ」

 とうとう伊山の胴体が真っ二つになり上半身が十メートルの高さから落下する。落ちていく間、伊山はこれまでの人生を振り返っていた。

 医大受験に落ちてから毎晩悪夢を見る様になった。悪夢を見たくないと思い自分の夢から逃げた先には、自分よりずっと苦しい思いをしていた人達の夢があった。他人の苦しみを知り、悪夢に悩まされなくなると同時にこの能力の使い方を思いついた。夢から読み取れる不安を指摘すれば、それだけで名医と呼ばれた。実体ではないからと言い訳をしながら手術は極力避けカウンセリングだけを行う。死が近い人々は自分を恐れ敬い、神に供えるかの様に物とコネをくれるのが最高だった。自分が見捨てた患者が鳥越という本物の名医に救われた時は、己の存在の危機を感じた。鳥越の娘が亡くなり鳥越が壊れた瞬間をこの目で見た時は笑いが止まらなかった。だか、患者を見捨てる度に鳥越なら救えただろうかという考えが頭をよぎる様になった。自分と鳥越が同じアルカナを宿したのを知った時、己の手で倒すと決めた。その鳥越が女装した小坊主に負けた。この少年を徹底的に痛めつける為、彼を肉体的にも精神的にも追い詰められる盤石の布陣で挑んだ。その全てはブーメランになって自分に刺さった。

「洋一郎よ、今の気分はどうだ?」

 落ちていく伊山にぴったり寄り添いながら、しんえもんが語りかける。

「最悪ですよ。主に貴方のせいでね」

「それはそうでござる。拙者は死亡フラグ。拙者が見える人間には嫌われてなんぼの存在よ」

 伊山はここでようやく気付く。しんえもんはあいきゅうさんの死を宣告しに来たのではないと。

「もしかして、貴方が見えるのは私だけですか?」

「ハッハッハ、愛どのとも久々に語り合いたかったでござるが、全然気づかねえでござる!」

 あいきゅうさんには伊山の幻は見えても、しんえもんは全く見えてなかった。これは伊山としんえもんの考える死のラインの違いが原因である。現代医学を知る分伊山はしんえもんより早く死の予兆を感じ宣告する事ができる。逆にしんえもんは藪医者だから本当ヤバイ見るからに死亡フラグ立ってる奴の前にしか出られない。

 伊山は出血多量で青ざめながらもなお赤面した。

「つまり、久山君視点で私凄い頭おかしい人じゃないですか!」

「でござるな。見えない拙者と会話する度に、愛どのの洋一郎に対する信頼性が落ちていくのは楽しかったでござる」

 くっくっと笑うしんえもん。その顔から肉が落ちていき、和装の死神へと変貌した。

「そろそろ時間だ。洋一郎よ、お前はここで死に、その願いは永遠に叶わない」

 しんえもんは骨だけになった手で伊山の肩を掴む。

「い、いやだ。私は死にたくない。いや、死ぬにしても私に相応しい死に方を」

「ならばこれで良かろう。これはお主の望んだ死に方ではないが、お主に相応しい死に方だ」

 伊山洋一郎は参加者の中で最も他人の観察に優れていた。しかし、その目で己を見ることだけはできなかった。

「私は命の選定をしなければならないのです!願いを使い生き返るに相応しい人間を残す事ができるのは私だけなんです!だからまだ私は!私はぁ!」

 地面に激突し頭が割れて腹部の断面から腸が飛び出しても伊山は意識を失わなかった。死にゆく患者を数多く見てきた彼は、命尽きるまで気絶しない方法を心得ていた。だが、このままでは三分と持たない。絶賛気絶中のあいきゅうさんにトドメを刺して勝利しないと終わる。

「私はまだ死ねーん!」

「無理でござる。愛どのに攻撃しようとして動けば、その瞬間にお主の身体は崩れ去る」

「だったら、こうするまでです!」

 伊山は地面と胴体をピッタリとくっつけ、出血を最小限にし、静かに目を閉じる。

「死に際の医者による死の宣告【ガイダンス・ラストドリーム】!」

 本体同様瀕死状態かつ落ち武者の幻があいきゅうさんの夢に突入する。

【さあ、約束通り話し合いましょう久山君!そして私にアルカナを譲るのです!】

「スヤァ」

【こいつ…夢の中でまで寝てる!!】

 あいきゅうさんは凄く疲れてるから凄く寝ていた。夢の中でもスヤスヤなあいきゅうさんには伊山の声は届かない。

【起きて下さい!大事な話があるんです!そうだ!貴方の両親を復活リストの一番上にしてもいいですよ!】

 伊山本体死亡まで後二分。

「スヤァ」

【ほーらココアありますよー。それともジュースのが好きかなー?】

 伊山本体死亡まで後一分。

「スヤァ、ココア、スヤァ」

【よし、ちょっと反応した!起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて】

 平蜘蛛ネオが伊山本体の上に倒れてきて強制終了。おつかれしゃつしたー。

【あ】


2020年某日某時刻
卑怯屋系列店・ファッキンセンターしもねた

 あいきゅうさんは悩んでいた。

「どうすりゃいいんだぜ」

 あいきゅうさんはこの戦いの参加者だけでなく、アルカナ達の救済も願おうとしていた。あの日、ツボの中に力のアルカナがあったからこんな事になった。だから、『ツボの中の水飴を直飲みしたい』という願いによりツボの中が水飴だった事にしようというのが今のあいきゅうさんの願いだった。

 あいきゅうさんが手を入れたツボにアルカナは無い、つまりタロットは散らばらずアルカナジャーニーが発生しなかった世界の創造。この願いが叶えば卑怯屋も死なず、鳥越もあそこまでは狂わないはずだ。それに力や他のアルカナも仲間と離れ離れにならず、平蜘蛛だって無事かもしれない。

 しかし、この願いには欠点がある。伊山が言っていた事が全て真実だった場合、即ちあいきゅうさんが巫女の願いから生まれた存在だった場合はあいきゅうさんの存在が消えてしまう可能性があり、そうでないとしても、タイムパラドックスで世界が今以上に混乱するかもしれない。

「ほんと、どうすりゃいいんだぜ!ぺたぺたさん!」

 違った。あいきゅうさん別に願いについて悩んでなかったわ!あいきゅうさんにはタイムパラドックスとかわからないし、伊山の事は全く信用してない。

 あいきゅうさんの持つ伊山のイメージは会話の中で乱高下し、最終的には何か起きたら勝手に死んでたよくわからんやつで固まった。伊山の言葉のどこまでが本当だったのかあいきゅうさんにはわからない。わからないから気にしない。

 一応念の為に和尚に話したら、「詐欺師の戯言やから気にするな」と一蹴された。と言う訳でそんな終わった事よりぺたぺたさんのが怖い。いるかいないかわからないからこそ怖い。そして着替えが必要。

 そう、あいきゅうさんは新しい服を買いにこの卑怯屋の店に来ていた。今着ているメイド服は肉まんとソーセージの汁でグショグショになったし、クリーニングに出した魔女服はニトロで駄目になっていた。

「魔女服はどこなんだぜ!店が広くてわかんねえんだぜ!」

 もはや女装するのが当たり前になってしまったあいきゅうさん。彼の旅も終わりが近づいてきていた。
最終更新:2020年11月15日 14:15