聖・壁画ゆり女学院。
東京郊外の高天原に築かれた、乙女のみが存在を許される可憐の園。
品行方正、質実剛健、威風堂々――時に温室育ちと揶揄されつつも、そんな言葉など気にもせずに、蕾たちはいつか世界に花開くその時を待っている。
そんな楽園の昼下がりに突如、鋭い銃声が鳴り響いた。
ダンゲロスSSアルカナジャーニー 遊葉 天虎 プロローグ
「お酒は二十歳になってから」
『ぷしー』
「ノン、ド派手にぶちっかましてやろうかと!」
『ぶぎッ!?』
学院の広い敷地内の北端、学園名物「百合壁画」の見える丘の上に、小さな礼拝堂が立てられている。
その天井に嵌め込まれたステンドグラスが、突如粉々に砕け散った。
飛び込む人影、着地。ガラス片が陽光を乱反射して、周囲に降り注ぐ。
「さぁ、動くんじゃねーぞ悪党め!蜂の巣になりたいンなら別ですがねぇ!」
そのガラス片を振り払い、何事も無かったかの如く立ち上がるのは、1人の女だった。全身黒づくめで覆い、歳の頃は十代後半だろうか。
悪戯っぽく微笑むような、本気で忠告しているような、どちらともつかない曖昧な口調と表情だ。
天井に向けられた銃口が、再度火を吹いた。銃弾は窓枠に当たって跳ね返り、まだ残っていた反対側のステンドグラスを突き破る。
突然の暴力にも負けず劣らず目を惹く、奇妙な拳銃であった。
率直に言って非常に使いにくそうに思える、メーカー・型番共に不明の半自動式拳銃が2丁。
何せ銃口下部にはナイフ、グリップにはストック、多弾倉マガジン等とごてついたカスタムが施され、加えてあちこちに可愛らしいストーンやミニ・テディベアのキーホルダーがあしらわれているのだ。
そのテディベアが、何故かじたばたと動いていた。
『ぷきー!ぷしゃー!』
「警告!警告だぜ!そっから先は分水領でありますからして!」
礼拝堂に並べられた長椅子の間に空けられた通路、その先にある小さな講壇に、これまた女が腰かけていた。
ぱりっとしたスーツに身を包み、警告に耳を傾ける様子はなく、妖艶な笑みを浮かべている。
聖・壁画ゆり女学院理事長、朝神 槍子その人だ。
背後に聳え立つ、純白のキリスト像が濡れていた。雨、ではない。
潮だ。女の潮である。
朝神の膝上で、1人の女生徒が息も絶え絶えに喘いでいる。
品行方正に育てられた筈の花が、今はただ痙攣する肉の噴水と化している。
女教師は、震える肢体に歪んだ視線を這わせると、全く同じ眼で眼前の女を見た。
「あら、遊葉さんじゃない。それは校則違反よぉ?」
「両手を頭に当てて、とっとととうつ伏せになりやがれ!さもなくば撃ちますよ!」
銃口の向きは変わらず天を向いている。朝神はそれから目を外さないようにしつつ、視界内で動く別の影がないか探った。誰もいない。
「警備員はどうしたの?」
「んー?もう食っちまったぜ。ほらほら、速く早く!」
百合咲き乱れる情景を出刃亀する権利と引き換えに雇っていた修羅たちは、とっくに退場したようだ。女教師は溜息をつく。
「掛け値なしに恐ろしい魔人たちだったけど……まぁいいわ。ねぇ、そんな事言わないで。ほら、あなたも楽しみましょうよ?」
朝神は講壇から降り、しかし女生徒の乳を離す事はない。女生徒は知性ある人間とは思えない、間の抜けた声をあげるのみ。
否、最早そうするしかない程に衰弱しているのか。
その哀れな子羊は、転校生を装ってこの学院に潜入した遊葉に、初日から声をかけてくれた女の子であった。
遊葉の顔が、呆れたような、嘲るような、曖昧な表情を浮かべる。
「あなたも焦らしますねぇ、ちょっとムカついてきたぜ。撃っちゃおうかな?」
脅し文句が響く。だが、朝神に怯む様子はない。
「うふふ、そうはさせないわよ。私の、夢なのよ……生涯をかけてここまで来た……『エデン計画』の邪魔はさせないわ!」
「ちっ。全校生徒を百合にして、卒業後に女児を成して百合として育てさせ、また学園に還元させる無限循環百合システムなんて…気が狂っているぜ!」
『ぷり』
「ここであなたも百合になれば、虫を払ってかつ花壇も満ちるわね~ッ!!!」
朝神が立ち上がり、床に女生徒を置いた。遊葉目掛けて駆け出す。
と同時に、女生徒の乳を揉みしだいている右手首が、すっぽりと、取れた。
手首から先を取り外し、遠隔操作する魔人能力『いつでも君の傍らに』。
これにより朝神は、戦闘中でも女の子に手淫をする事が可能となる!
しかも朝神側の右手首切断面から、白い刃がにょきっと生えてきたではないか!
「!」
遊葉は銃口を左右の壁に向け、両方共に引き金を引く。だが、それでも朝神は止まらない。
――甘いな。先程から、威嚇射撃ばかりか!
朝神はにやりと笑うと、短く息を吐いた。
「ふっ!」
その一度の踏み込みで、遊葉と朝神の距離がほんの数十センチまで縮まる。何と凄まじい身体能力か、遊葉の胸元に白刃が迫る!
だが、その刃が遊葉の胸元を撫でる事はなかった。
ほぼ同時に左右から来た「跳弾」が、朝神の刃を挟み撃ちにしたからだ。
「ッな、何ィィイイイイイイーッ!?」
驚愕。無理もない、跳弾が――どの様に跳ね返るか分からない音速の鉛が――狙いすましたかのように、自分の刃を撃ち砕く筈がない!
「これが“中二丁拳銃”・“第一の型”、“銃弾の舞踏”!」
『ぷりぷー!』
ここぞとばかりに技名を叫ぶ遊葉。銃ごと両手を掲げて頭上で交差し、決めポーズ!
「馬鹿がッ」
朝神の左手首が弾けた。スペツナズナイフ式のばね仕掛け、その名は“鉄砲百合”――今度の驚愕は遊葉の声だった!
「ほう!?」
「飛び道具はあなたの専売特許ではないのよぉーッ!」
決めポーズにより動作が一瞬遅れ、左手首は見事遊葉の股間にヒットした。そして淫魔人として鍛えた朝神の触覚は、瞬時に遊葉の性感帯を把握する!
「あらあらうふふ惜しかったわね~大丈夫よ怖くないわ~イイコイイコ~後はもう先生に任せてね~替えのパンツもシーツも用意してあるからいつでも安心蜜壺スプラッシュよ゛ぇッ!?」
下腹部から太腿の内側周辺をなぞりつつどう攻略してやろうかと考えたその瞬間に、朝神は己の指先が掴む物の違和感に気付く。
もっこりしているのだ。
「……え?」
遊葉と目が合う。
「……。」
「……?」
「……。」
「……??」
「えへへ」
ちょっと恥ずかしそうに笑われた。
「グギャアアエウゴロゲログラッジャアアッ!!!」
男根を握ったレズは死す定め。
次の瞬間、朝神の体は爆発し、その血肉を礼拝堂内全域に飛び散らせた。
こうして、聖・壁画ゆり女学院で進行していた陰謀は、遊葉の活躍によって幕を閉じたのであった。
『ふん。今回の仕事は30点だな。』
夜、東京都内某所、「バー・マエストロ」。
雑多な賑わいを見せるその店で、遊葉はカウンター席に座っていた。ぶすっとした表情でコップに注がれたミルクを舐めている。
「師匠、でも標的はしっかり片づけましたよ。せめて120点でしょう?」
『依頼報酬は“生け捕りのみ”だろうがボケ。』
師匠がコップを磨きながら悪態を吐く。うぐ、と言葉が詰まる。
『いつも言っているだろうに。この仕事は金と命が釣り合うように引き受けて、釣り合うように事を成すべきだと。ええ?』
「…はい。」
『あの朝神は能力こそクソだが、高い膂力に淫技を併せ持つ強敵だ。てめぇの一番苦手なタイプだよ、あの下らねぇ能力で防げなかったらどうなっていたか』
『おいベア、誰の能力が下らねぇって!?お前のも大概だろうによ!』
『そうじゃの~そうじゃのぉ~』
『いぃじゃねぇか、な。ほれ、遊葉ちゃんも頑張ったんだしな。』
遊葉の隣で呑んでいた髭もじゃのロートルズが声を張り上げる。
『黙れボケじじぃ共!いいか、俺が言いてぇのはなあ!』
だがその時既に、遊葉はこれ幸いと逃げ出していた。壁際でギリーとアイアンが肩を組んで歌っている。ビッグウォールがつられて踊り出し、天井に頭をぶつけ、プティローズが神経質な悲鳴を上げた。電柱めいた太い脚を掻い潜りつつ、一番近いテーブル席に駆け寄る。
「いえーい、スケアクロウ!調子はいかが?」
『……最悪だネ。悪い遊びは覚えるものじゃないヨ。』
手札を睨むスケアクロウの顔が、普段より一層青白くなっている。その隣では猿顔のコングがげらげらと笑っていた――カモられていたらしい。
『おーい遊葉ぁ!今日は奢ってやるぜ!やっぱお前は最高だ!』
「へへん、私のミスに賭ける馬鹿がいたんですか?」
コングが、スケアクロウを指さす。遊葉は口元を抑え、信じられないといった顔を見せた。
「バぁ~~~ッカ!にゃはははは!」
『……酷いネ。』
隣のテーブルでは、カクタスとサンドマンが飲み比べをしている。積まれた酒瓶の数は、2人の限界が近い事を表していた。
カクタスがボトル追加のコールを出し、盛り上がる人壁。その時、誰かが誰かに足を踏まれたと言い出して、殴り合いが始まった。
遠くではドクターが珍しく白衣を脱いでいる――否、野球拳だ。こてんぱんにされている。対面に居るのは社長で、まだ脱いだのはブラウスだけだ。
酒と賭けと、罵詈雑言。とても賑やかな、いつもの酒場だ。ちらりと師匠を伺うと、自分用に酒を注いでおり、機嫌も大分持ち直した様子だった。
「ねぇ、師匠。美味しいですか?」
『あん?』
朱に塗られた盃を、傾ける。大きく無骨な口元に、透明な液体が吸い込まれていく。
『ふん。苦くて沁みるぞ、最高だ。』
「…いつ聞いても不味そうだぜ。」
『分かるさ。』
「ふーん?」
ちくたくと、時計の音が聞こえる。
『お前もそろそろか。』
「えぇ。」
この店では、二十歳未満の入店は、遊葉を除いて禁じられている。その遊葉も、品書きにある殆どを、注文した事がなかった。
「へっへー、楽しみにしてんスよねー」
『あぁ。』
「どんな味がするのかなーって。売り文句は一杯あるけれど、言われても全然分かんないし。」
『そうだな。』
「いっちばん高いお酒を空けてやりてぇんですよねぇ。」
『……遊葉。』
『ぷみぷー!』
ミニ・テディベアが、遊葉に駆け寄る。その小さな手には、1枚のタロットカードが握られていた。
図柄が意味するは“力”。
『……ぷぷ。』
「力、か……そうですね、私と皆の、力を合わせて。」
世界の果て。
そこに至るまでの道。
『ぷき、ぷきぷーき、ぷふー!ぷしゃっ、ぷぷぷぷぷ……』
戦いのルールを聞きながら、彼女は、微笑むような、悲しむような、そんなどちらともつかない曖昧な口調と表情で。
「死なずに戻って来られたら。そうしたら、一度でいいから――皆と一緒に、お酒が飲みたいですねぇ。」
グラスの底に、白い液体が僅かに残っている。
誰もいないバーの中、無数のテディベアだけが蠢いているその空間で、遊葉は一人、カウンター席で眠っている。
◆今回の能力紹介◆
能力名:『ダンの遺影』
効果: 意味のないバステ「巨根」付与。
対象:自分
時間:1ターン
制約:なし
能力原理:自らの股間に空気を入れ、巨大な陰茎でもっこりと膨らんでいるかの様に見せる。
備考:元の所有者はロートルズの1人、ダグ。
能力名:『くまさんどこだ』
効果:味方雑魚召喚。
- 「テディ」
- 攻撃:0 防御:0 体力:2 精神力:3 FS:0
- キャラクターオプション:ZoCなし、制約「味方死亡」の生け贄として使用不可
対象:同マス
時間:永続
時間付属:死亡非解除
制約:なし
能力原理:テディベアに自我と移動能力を与える。対象は『ぷーさん語』で喋れるようになり術者は理解可能。操れる訳でもなく、知覚共有とか怪力のような特殊能力もない。ただ、可愛い。
備考:元の所有者は師匠ことベア。
最終更新:2020年09月15日 19:33