それは世界樹と呼ばれていた。暗愚寺の小坊主あいきゅうさんに渡された棒と箱はなんかむっちゃ硬い木材で作ったから多少乱暴に扱っても壊れないとの事。
「さあ、あいきゅうさん。その棒と箱を使ってあのバナナを取って下さいよ〜!ひっひっひ!」
この町一番の商人卑怯屋が嫌らしい笑みを浮かべながら急かす。卑怯屋は過去にあいきゅうさんのとんちによりかなりの損失を出しており、それ以来週二回のペースでこうやって自宅に招き、とんち勝負を挑んでいるのだ。
「どうかな?流石に今回はワシの勝ちかな〜?ギブアップ?ねえギブアップ?」
「いや、こんなん余裕なんだぜ。ただ俺にメリットないからやる気出ないんだぜ」
あいきゅうさんはその場にごろんと横になった。卑怯屋へのお呼ばれ自体は修行がサボれるから嬉しいが、とんち勝負に勝っても卑怯屋の悔しがる顔が見られるだけで、あいきゅうさんには何の得も無いのだ。
「もう卑怯屋の悔しがる顔は飽きたのだぜ。何か報酬を要求するんだぜ」
「じゃあ、あのバナナ食べてもいいよ」
「ヤル気スイッチ入ったんだぜ!」
あいきゅうさんは人の三大欲求に忠実な糞小坊主だった。報酬のバナナによりやる気を燃やすあいきゅうさんは座禅を組み、そして中指一本拳で自分の側頭部を左右同時にぶん殴る!
ボコ ボコ ボコ ピキーン
なんという事でしょう!やる気ゼロのあいきゅうさんの顔がめっちゃ濃くなったではないかッ!
そう、これこそがあいきゅうさんの魔人能力っッッ、その名も『とんちこそパワー』!普段だらけているあいきゅうさんは先程のルーティンを経る事でとんちモードに移行し、IQは普段の10倍の30になり欲望の為なら手段を選ばないバーカーサーに変貌するのだ!
「うおー!バナナが食いたいんだぜー!持って来るんだぜー!」
あいきゅうさんは手にした棒で卑怯屋を叩きまくる!あのバナナを天井に吊るしたのは誰か?そう、卑怯屋だ。ならば卑怯屋を棒で殴って言う事を聞かせればバナナを持ってくるに違いない!あいきゅうさんの頭脳はそう結論つけたのだ!IQ30のあいきゅうさんは一つの目的しか見ない、最速の答えしか見えない。
「棒で殴るんだぜ!さらに箱で殴るんだぜ!」
天井までの距離と箱の高さと棒の長さ?知らんそんなん。そんな事よりバナナ食べたい。
究極の集中力と決意がそこにあるのだ。どうだ恐ろしいだろう!
「ヒイー!痛い痛い!わ、わかった!バナナ持ってくるから!ワシの負けでいいから!」
「やったんだぜ!」
こうして今日もあいきゅうさんは卑怯屋とのとんち勝負に勝利した。あいきゅうさんはバナナ食べれて、ついでに世界樹の棒も貰って満足。卑怯屋もマゾなので満足。うぃ?んうぃん。
しかしその日の夜、あいきゅうさんは空腹で眠れなかった。とんちモードで消費したカロリーはバナナでは賄いきれなかった。しかもバナナ食べてきた事が和尚にバレて夕食抜きにされてしまったのだ。
「腹が減って寝れないんだぜ〜。何か食べないと、でも冷蔵庫に行く途中には和尚の部屋があるからつまみ食いは無理ゲーだぜ。…そうだぜ!」
あいきゅうさんはトイレに行くふりをして部屋を出た後に蔵の方に向かった。電気をつけると和尚にバレそうなので、手探りで目的のブツを探す。
「あったぜ」
あいきゅうさんが手元に引き寄せたのは小さな黒いツボだった。このツボは最近和尚が持ってきた物で、中には恐ろしい災厄が入っているから絶対に開けるなとキツく注意されていた。まあ、あいきゅうさんはそんな話全く信じて無かった訳だが。
「きっとこの中に水飴が入ってるんだぜ、俺は和尚の嘘には騙されないんだぜ」
ツボの蓋を開けて中に右手を突っ込み、右手にくっついてきた何かをペロペロ舐めるあいきゅうさん。
「あれ?甘くないんだぜ」
脳に入ってくるのは甘味ではない。デスゲームの情報だった。
二十枚のカードを集めたらあらゆる願いが叶う。
一度カードを手にした者は死ぬか願いを叶えるまでゲームから逃げられない。
参加者は全員アホ。
「だぜ?だぜ?だぜー!?」
わけがわからず混乱するあいきゅうさん。その頭に鉄拳が振り下ろされた。
「このアホっ!お前何しとんねん!」
「痛いんだぜ!って和尚!」
「おい愛久、お前自分が何したか理解しとんのか!」
「つまみ食いだぜ」
状況を理解してないあいきゅうさんに和尚は説明する。この世界にはハルマゲドンと呼ばれる魔人同士の戦いがある事、今回のハルマゲドンのキーアイテムであるカードの存在を知った和尚は仲間達と協力してカードの一枚を自宅のツボに出現する様に誘導するのに成功した事、このまま数日封印しておけば開催条件を達成できずハルマゲドンを防げたかもしれなかった事。
「それやのに、お前が台無しにしたんやボゲ!死ね!つーか死ぬわお前!…ま、起こったもんはしゃーないわ。このカードはお前が手にする運命やったんかもな」
「マルはゲドンってそんなにヤバいんだぜ?」
「ものによる。パン奪いあったり時計奪いあったり毎回ルールは違うんやけど、今回のはデスマッチかつ個人戦、超ヤバいで」
「そ、そんなだぜ〜」
今更自分のした事を理解したあいきゅうさんはオロオロしだす。
「和尚、助けてほしいんだぜ!」
「無理や、一度ハルマゲドンに参加してしまったらクリアか死ぬかなんや。ワイができるのは助言だけ」
「助言だぜ?」
「せや、真面目に戦え。愛久、お前はスイッチさえ入れば誰よりも速く目的を遂行する。やから迷うな、生きて帰ったならアフターケアはしっかりしたるからな」
「わ、わかったんだぜ…だからご飯食べたいのだぜ!腹が減ってはなんとやらだぜ!」
こうしてあいきゅうさんはアルカナバトルに参戦する事になった。願いは戦いに巻き込まれる前のダラダラした日常への帰還。果たしてどうなってしまうのか?
「ところで愛久、実はまだ
プロローグ文字数がちょっと足りてないんや」
「ぜ?」
「せやから今から戦いを有利にする為に女装するという名目で尺を稼ぐから、お前は今からの流れに全部はいかイエスで答えていってくれや」
「アナルパッケージホールドだぜ!」
「その返事はやめい」
カードを手にしてしまったあいきゅうさん。
その翌日、あいきゅうさんは和尚に連れられ、卑怯屋に来ていた。
「ひっひっひ、今日はとんち勝負はやってないよ。まだ準備が…、おや、和尚さん」
「今日は普通に買い物に来たんや、な、愛久」
「そうなんだぜ!」
卑怯屋で何をするのかさっぱりわからないけど、あいきゅうさんは力一杯返事した。
「ほう、それで何をお買い求めでしょう?」
「お前愛久にとんち勝負という名目で色んな衣装着せとるやろ。それもってこい」
「なるほど和尚さんもすきものですなあ」
卑怯屋は奥へと消えると、大量の衣装を持って戻ってきた。
「どうです?なかなかのラインナップでしょう」
「せやな。んじゃあ、この白シャツとカボチャパンツと黒スカートと黒ブレザー、それからこの金髪のヅラと魔女帽子、後、この棒を箒に加工できるか?」
「はい、かしこまりまし〜、ひっひっひ」
「よし愛久、試着室で着替えてこい」
「わ、わかったんだぜ!」
何だか話が変な方向に進んでる気がするあいきゅうさん。でも、命がかかった戦いがもうすぐ始まるのだ。一秒後には最初の戦いが始まるかもしれないのだ。今は事情通な和尚を信じてひたすらイエスするしかない。
「着替え終わったんだぜ」
「箒も完成しましたよ」
「よし愛久、鏡を見るんや。何が見える?」
鏡の中には魔法少女がいた。あいきゅうが笑うと鏡の中の魔法少女も微笑み、箒を構えると魔法少女も箒を構える。スカートをたくしあげると魔法少女の履いているカボチャパンツが見えた。
「俺、魔法少女になってしまったんだぜ!」
「よう似合っとる、これで優勝に近づいたで」
「ホントだぜ?和尚の趣味に付き合わされた気がするんだぜ」
「ワイはノーマルや!」
「私はマニアですけどね。あいきゅうさんブビィー!」
「ちょっと黙っとれ卑怯屋。ええか愛久、その格好を見た敵はお前を魔法少女と思うかもしれん、魔法少女のコスプレした女と思うかもしれん、正体を一瞬で見破るかもしれん。だが、いずれにせよ敵は反応し判断する。戦闘とは関係ない反応をな」
つまりはこういう事である。
魔法少女と判断→無駄に警戒
魔法少女コスプレ女と判断→無駄に思考
男と見破る→オエー!
いずれにせよアドが取れる。
「和尚の言いたい事は大体わかったぜ?でも、俺もスカート履いて戦うのは慣れてないだぜ」
「アホ、お前普段ハカマやろ。それに能力使えは関係ないやん」
「そうだったぜ!じゃあさっそく試運転だぜー!」
ボコ ボコ ボコ ピキーン
「オラー!オラー!」
「もっとぶってー!」
洋ゲーのヒロインみたいな顔になったあいきゅうさんが卑怯屋をバシバシ叩く。そこには一切の恥じらいは無かった。数分後あいきゅうさんが空腹で倒れるまで卑怯屋のヘブン状態は続いたのだった。
最終更新:2020年09月23日 11:50